透き通るように青い空の下、二人のポケモントレーナーがコートの上でにらみ合う。彼らが手にしているのはモンスターボールと呼ばれる赤と白に半分に分かれたボールだ。
「レイ、せっかくアキラ博士からポケモンもらったんだしさ、さっさとやろうぜポケモン勝負」
「そうあせらなくてもいいわ、ユウキ」
ユウキと呼ばれた少年は赤いキャップを片手でつかみながら、相手の少女を見すえる。
一方レイという少女はクールな表情で構えるだけだ。
そうしているうちに涼しい風が吹き、近くの木から葉がパラパラと落ちていく。
「よし、やるか」
瞬間、二人はモンスターボールを構える。
「いけ! ポッチャマ」
「いきなさい、ヒコザル」
かけ声と一緒にユウキとレイがポケモンをコートへ放つ。
たちまち目の前に現れるのは青色の体をしたペンギンポケモンだ。とても愛らしい外見をしているが、果たしてうまく戦えるのだろうか。
一方相手が繰り出したポケモンは赤い毛をしたこざるポケモンだ。やんちゃな雰囲気をかもし出し、尻尾の炎を大きくともしている。どちらかといえばレイのポケモンのほうが戦闘に向いているだろう。
「先行はあなたに譲るわ」
「そうか、だったら俺たちははたくだポッチャマ」
レイの言葉にあまえてユウキがさっそく指示を出す。それを受けてポッチャマが小さな足で地をかけ、そのままヒコザルへ向かってビンタをかます。たちまち相手は顔をゆがめ、後ろへ下がる。
「あれ? 『はたく』っていうより『往復ビンタ』じゃないか? まあ、いいか。いくぞポッチャマ次も『はたく』だ」
「だったらヒコザル、『ひっかく』で対抗よ」
トレーナーの指示で二匹のポケモンが同時に動き出す。けれどもすばやさで勝るヒコザルは即座に攻撃を繰り出せる。よってポッチャマは相手の爪でひっかかれ、愛らしい瞳が涙でうるむ。
「負けるなよポッチャマ。俺たちならやれるってところ見せてやろうぜ」
ユウキの声にポッチャマは顔をキッと引き締める。つづいてヒコザルへ向かって『はたく(おうふくビンタ)』を繰り出す。けれども二度目の攻撃は通用しない。相手はいとも簡単にこちらの攻撃をかわしてしまう。かと思いきや、いつの間にか後ろを取られていた。
「今よ、もう一度ひっかく」
さらにポッチャマの体にヒコザルの爪が突き刺さる。
「チクショウ……」
トレーナーであるユウキは悔しそうに唇を噛む。
そうした中、前方でレイが冷静いな声で尋ねる。
「ところであなた、『あわ』は使わないの?」
「え?」
「なんで驚いてるの? 普通は覚えてるはずでしょ。まさか、知らなかったの?」
「その……」
『知らなかった』とは言えず、ユウキは大量の汗を流して固まってしまう。
「まあいいわ。相手がダメなトレーナーで助かった。ヒコザル、止めよ」
レイがピシッと左手を前へ出す。たちまちヒコザルも気を引き締めたように構える。
「『ひっかく』」
トレーナーの指示と同時にポケモンも動き出す。
「ポッチャマ、『あわ』だ」
せめて一矢報いようとユウキも指示を飛ばした。されども間に合わない。ヒコザルの爪によって切り裂かれたポッチャマは地面を転がる。
「まだだ! まだいけるだろ? 立ってくれよ」
ユウキが顔を歪めて呼びかけるが、ポッチャマは起き上がれない。
「勝負あったわね」
前方から冷たい声が聞こえ、ユウキが目の角をキッと尖らせる。
そうした中、レイのヒコザルはおのれの勝利に沸き立つ。両手を天高く上げ、おかしな踊りを踊っている。
「チッ。つまらねぇな」
仕方なくユウキはその場でモンスターボールを取り出し、ポッチャマを戻す。
すると、レイがこちらへ近寄ってくる。顔は無表情でいつも通り冷たい印象を見る者に与えるが、悪意は感じない。
「握手。ポケモン勝負が終わったでしょ?」
彼女はこちらへ手を差し出す。
けれどもそんな相手の態度が癇に障ったらしく、ユウキは奥歯を噛み締める。
「いらないよそんなもん。お前、勝ったからって調子に乗ってるんだろ?」
彼は差し出された手を振り払い、相手を指差す。
「いっとくけど今回は負けたなんて思ってないからな。本当は俺のほうが強いんだぜ? 次こそは絶対勝ってやる」
「次こそはと言っている時点で敗北を認めているじゃない?」
「うるせえな。とにかく俺は絶対にお前なんかに負けないからな」
そう言い捨て、彼は逃げるようにしてコートを出て行った。
レイとのポケモン勝負を終えたユウキは、そのままポケモンセンターへ足を踏み入れる。彼はそこにポッチャマを預けて、回復までの間はオレンジジュースを飲んで暇をつぶすことにした。
「なんなんだよレイのやつ。毎回まいかい俺の前に立ちふさがりやがって」
ユウキは橙色の液体が注がれたガラスのコップを、ひねりつぶせそうなほどの強さで握りしめる。
二人の関係は幼馴染というより腐れ縁のようなものだ。昔から勝負事が好きだった彼は近所の仲間たちと様々なバトルを行った。まずは腕相撲。次はかけっこ。ユウキはいかなる勝負でも破れることはない。とはいえポケモンが絡むと話は別で、トレーナーズスクールの演習ではなかなか勝負を収めずにいた。また、ユウキの最初の演習相手がレイで彼女は彼には完膚なきままに叩き潰されてしまう。それがきっかけでユウキはレイを一方的に敵視している。もっとも、実力差は開くばかりなのだが。
「次こそは勝ってやる勝ってやる勝ってやる」
呪文のようにつぶやきつつ、机にタウンマップを広げる。
「アケボノ地方か……。最初のポケモンはカントー・ジョウト・ホウエン・シンオウから合計十二体ももらえるけど、本当にポッチャマでよかったのかな」
ユウキは本人(ポケモン?)に聞かれたらはたき倒されそうな発言を繰り出す。
余談だがアケボノ地方はカントー地方の南に存在する島で、そこにはカントー・ジョウト・ホウエン・シンオウのすべてのポケモンが生息している。ポケモンコンテストが開かれない代わりにポケモンバトルは盛んに行われており、ユウキもテレビで毎年ポケモンリーグを観戦していた。
「せっかく一〇歳になるまで待ってやったんだ。絶対にナンバーワンになってやる」
彼はぐっと拳を握り締め勝手に闘志を燃やす。
すると、背後から桃色の髪をした女性が近づく。
「ユウキさん、ポッチャマの回復終わりましたよ」
「お、ありがとうジョーイさん」
ジョーイと呼ばれた役職の女性はそのまま彼はカウンターへ案内する。かたわらにはラッキーと呼ばれる丸っこい体をした桃色のポケモンもおり、モンスターボールが入ったトレイを運ぶ。ユウキはすぐさまそれを受け取り、ジョーイへ向かって声をかける。
「じゃあな、ジョーイさん。次は絶対ヘマしないからさ」
「はい、頑張ってくださいね」
手を振りながら去っていくユウキを見送るジョーイの顔は天使のごとく輝いていた。
その後、ユウキは草原をかけながら前へモンスターボールからポケモンを繰り出す。
「いくぞ、ポッチャマ」
ポケモンバトルをするつもりはないが、ポケモンセンターでどれほど回復したのかを見る必要がある。
繰り出されたポッチャマはみたところ異常は見られない。毛並みもツヤツヤしているしダメージは完全に回復しているようだ。今からでも戦闘を行えそうだが、不機嫌そうにそっぽを向いているのが気になる。
その理由を考えるうち、ユウキの脳内に稲妻が走った。
「ははーん。お前、敗けたことが悔しいんだろ?」
彼がポッチャマをあざけるような笑みを浮かべると、たちまち相手も真っ赤になって狼狽する。
「なになに? 敗けたのはトレーナーのせいだって? そんなわけないだろ」
正直ポケモンの言葉は理解できないが、なんとなくそんなことを言っているような気がしたため、わざわざ口に出して否定してみた。もっとも、そのようなことを思っている時点で先ほどのポケモンバトルは自分が悪かったという自覚は無意識ながらあるのだが。
「おっとその前に……と」
ユウキはふと思い出したかのようにポケモン図鑑を取り出し、ポッチャマへ向けてみる。すると、ポケモン図鑑から機械音声が鳴り響く。
『ポッチャマ ペンギンポケモン 歩くのは 苦手で こけたりするが ポッチャマの プライドは 高く 気にせず 堂々と 胸を はる』
「性別はオスで、レベルは8と。まあ、こんなもんだよな」
おのれのポケモンの能力を確認して、ユウキは勝手に納得する。そんなトレーナーの態度が気に食わなかったらしく、ポッチャマは不機嫌そうにくちばしを尖らせる。
「そう怒るなよ事実だろ? 大丈夫だって。俺たちはこれから頑張ってがんばって、いつかチャンピオンにも勝つんだからさ」
ちなみにユウキはアケボノ地方のチャンピオンの名前を知らない。これから先どこへ行けばいいのかすら分かっていなかった。
その時、近くから草木が揺れる音が耳に届く。
「ん?」
そちらへ視線を送ると、そこには一匹の鳥ポケモンはいた。羽の色は茶色で、腹はクリーム色だ。見た目は小さくかわいらしいがなかなか好戦的という性格であると、ユウキは把握している。
「あいつは確か……」
ポケモン図鑑をかざすと、ふたたび機械音声が解説を始めた。
『ポッポ 小鳥ポケモン 戦いを 好まない おとなしい 性格だが 下手に 手を 出すと 強烈に 反撃されるぞ』
「ほれみろ、俺の思った通りだ。だが、これはチャンス。いくぞポッチャマっておい、なにそっぽ向いてるんだよ」
さっそくやる気を見せるトレーナーに対し、ポケモンは興味がないと言わんばかりにあくびをする。
「俺たちは今から戦うんだよ! 分かったか?」
何度呼びかけてもポッチャマの心に闘志は灯らない。どうしたものかと悩んでいると、どこからか風が吹いてくる。それは単なるそよ風ではなくポケモンが起こしたものだった。
「なんだよ?」
見るとポッポはすでに臨戦態勢に入っており、茶色い翼で風を巻き起こしていた。標的はトレーナーではなくポッチャマに向いている。これにはたまらず怠けていたポケモンもシャキッと背筋を正す。
「よし、行くか。レベルは……4だな。よし、俺たちでも倒せるぞ」
ポケモン図鑑を確認して意気込むユウキ。実質弱いものいじめのようなものだが、細かいところは気にしない。そのままユウキはポッチャマへ指示を飛ばす。
「『あわ』攻撃だ」
しかれども実際にポッチャマが繰り出したのは『はたく』で、敵の頬を平手打ちする。
「いや、『あわ』を繰り出せって言ってるだろ?」
困った様子で頭をかくユウキに対して二体のポケモンは勝手に戦闘を続行してしまう。この様子ではトレーナーの意味はまったくなく、結局ポッチャマ一匹で完封してしまうのだった。
ひとまずモンスターボールを投げてポッポを二匹目の仲間として手に入れたユウキだったが、これから先のことを思うと不安が頭をよぎる。とはいえ悩んでいても始まらない。
「とにかく、俺たちはポケモンを倒して倒して倒しまくるんだ。分かったな」
なかなか答えてくれない自分のポケモンだが、今はそれでもいいだろう。これから仲良くなっていけばいいだけだ。かくして、今日からユウキの旅が始まるのだった。