一人の老人が深い森の中を歩いていく、生い茂る草木はまるで立ち入るなと警告を促しているようだ。老人の足取りは軽く、険しい道を難なく進んでいく。
老人には一つの目的があった。その目的を果たす為にこのような森の中を進んでいるのだった。まるで死神のような黒い着物を着ている老人、年は六十を超えるだろうか、腰には一つの古びた刀を差している。
まるで亡霊のような雰囲気を出す老人。しかし一人の人間、森の至るところからこの場所に住み着いている『妖怪』が老人を食わんと隙を窺っている。それは下級妖怪と言われる知能が少ない、人語を理解出来ない怪物達である。しかし、その妖怪達は手が出せなかった。
「雑魚が多いのう」
老人が呟く、まるで妖怪達を格下と見るような発言、だが実際はそうであった。老人から放たれる殺気、それは上級妖怪でさえ強者と認める程の背筋を突き抜けるような恐ろしく濃い殺気、それだけでは無かった。刀に手を添える。それをゆっくりと引き抜く。
「地獄の果てで手に入れた刀じゃ」
その刀は異様であった。黒と白の螺旋を描いたような刀身、まるで全てを飲み込むような存在感、老人が何かを刀に注いでいく。
刀が光を放ち始めた。黒と白の光を交互に、まるで脈打つように、少しずつ光が強くなっていく。老人の周りを囲っていた妖怪達は動けないでいた。それは死を悟ってしまったかのように。
「やめなさい」
女性の声が響く、老人の頭上からだ。
「なんじゃ、つまらんのう」
刀が放っていた光が弱まっていく、濃い殺気もまるで初めから無かったかのように消えた。周りの下級妖怪が一斉に逃げていく、そしてその場所には一人の老人と、美しい金髪の女性だけになった。
「八雲紫か」
老人が呟く、その女性の名であろう、刀を鞘に納める。頭上から降りてきた八雲紫に顔を向ける。
「ごきげんよう、過去の英雄」
その言葉に老人は顔をしかめる。まるでその言葉を嫌っているかのような、八雲紫は優雅に手に持っていた扇子を口元に添え、クスクスと笑っている。
「ごめんなさい、久しぶりに会ったものだからつい」
「今はただの老人、普通の人間じゃよ」
「そんな人間は怖すぎるわ」
紫は顔を引き攣らせている、凄まじい力がこの魔法の森の最深部で感知され、慌てて老人を止めたのだ、もしその力を放っていたらなば、楽園と言われるこの場所の結界に傷がつくかもしれない、それほどの力であった、今頃この楽園の妖怪達、人間、はたまた神達がこの力を感じ取ったであろう、今頃は大騒ぎになっているかもしれない。
紫は老人の腰に差している刀に目をやる、膨大な力を生み出す刀、八雲紫からしても異様な刀であった。
「その刀はどこで?」
「地獄の最下層、とある場所を封印してある『神』でさえ嫌う地獄の果てで手に入れたのじゃ」
「地獄の門(ゲヘナゲート)は九つの鍵が必要と言われていたけれど」
「儂は『あらゆる全ての物体を切る』ことが出来るのじゃよ、前に教えただろうに」
「鍵を全て切った……あなた本当に人間?」
「人間じゃよ、少し長生きする人間な」
高笑いする老人に頭を痛ませる、この老人はもはや人の域を超えている。空間ですら切れるのだ。
「何をしにこの幻想郷へ?」
「約束を果たしに」
老人の目が鋭くなる、脳裏に浮かぶのは一人の男。かつて切りあった仲、好敵手とも呼べる存在。老人の体にはいくつかの深い傷跡が彫られている、あの男を超える為に、あらゆる苦難を乗り越えてきた。超える為に、地獄から『神を殺す』刀を手に入れた。
犠牲を枷に、命と魂の存在を生み出した、刀を極限までに引き出す為だ。実際に神を殺したこともあった。
「魂魄妖忌は儂の最後の宿敵じゃ」
かつて、魂を地獄から解放した一人の人間は英雄と呼ばれた。その英雄は全てを終わらした後に旅に出た。旅の途中で八雲紫と出会い、意気投合して数年ほどお互いに旅を共にした。紫は途中で楽園を作るために別れたが、英雄は数百年かけて全てを見て回った、普通の人間なら寿命で死ぬが、救済した魂の一部を取り込んだ英雄は途方もない寿命を手に入れたのだ。だが体は人間と変わらない、長いのは寿命だけ。致命傷を負えば死に至る。
最後の地と言われる山の奥で、魂魄妖忌と出会った。その強さと魂の輝きに体が震えるほどだ。自身の強さを知りたく、挑み、そして初めて敗北を知った。
まるで遥か頂を歩み続ける一人の剣豪、そう見えた。
「儂を冥界まで連れてってくれ」
「あなた…挑めば死ぬわよ」
「奴に切られるなら本望じゃ、奴に切られ、そして儂も奴を切る」
見よ、老人が言う。
紫は首の後ろに冷たい物を感じた、老人が抜いた刀の切っ先が紫の首に触れていた。驚愕する、老人と数メートル距離があったとはいえ、いつ刀を抜いたか、いつ自身の背後に回ったか、まるで最初から首に刀の切っ先を当てていたかのような、それはもはや『認知』出来なかったのである。
殺気だけで相手を殺せるかのような、そんな感覚が老人の殺気から感じる。額に汗が噴き出る。スキマの能力を使った瞬間には首を跳ね飛ばされているだろう。
「魂の一部、分けたのじゃ。新しい能力を手に入れる為に」
「どうやって?それは不可能よ、ましては人間じゃとても」
「とある神を脅したわ、刀に怯えておったわい」
「神って‥あなた…」
「能力とついでに神を切った。取り込んだんじゃよ、『神速』はもはやあの魂魄妖忌でさえ認知できんじゃろう。」
にやりと老人が笑う。これでも自称人間なのだ、紫は背筋が震えた。刀を抜いたまま紫の正面に立つ。
「さあ冥界まで送ってくれ、お前のスキマなら一瞬じゃろ」
「またともにお酒でも飲みかわそうかと思っていたけれど…これが最後とわね」
「奴に勝てばまた飲み交わせる。負ければ終わりじゃがな」
「いいわ、送るわね。目を閉じて」
老人が目を閉じる。
「さようなら『英雄』。あの日の貴方との日々、楽しかったわ」
「紅き吸血鬼から言われたのう、『英霊』になるとな」
「そうならない事を、祈っているわ」
八雲紫の前から老人が消えた。送ってしまった。友人を。
「馬鹿な人間、本当に馬鹿ですわ」
悲しげな表情を一瞬だけ見せたが、すぐにいつもの表情に戻る紫、そしてその場所にはもう誰もいない。それはとある一つの物語であった。八雲紫と英雄だけが知る物語。
冥界、そこは日々美しい桜で彩られている。そこの片隅に一つの小さなお墓がある。そのお墓には、刀身が半分に折れた黒と白の刀が墓の前に刺さっている。未熟な半人前の剣士でさえも、はたまたそこに住まう亡霊姫でさえもその存在を知らない。知っているのは冥界の剣豪と、八雲紫だけである。
END‥?
7月15日‥細かい所を修正
小説を書くのは苦手ですが書いてみました。
練習用に書いた一つの作品です。