魔法科高校の攘夷志士   作:カイバーマン。

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第三十九訓 凋落&決着

銀雪と達茂が邪悪なる融合体・魔堕王と対峙していたその一方で

 

中層部でまさかの仲間割れを始めていた土方十四郎とリーナの戦いもまさに終わろうとしていた。

 

「……く」

「な、なぜ……!」

 

激しい戦いによって周りのモノが崩れ落ち、瓦礫や砂埃を頭や背中に被りながら倒れているのは土方の方であった。

 

リーナは以前無傷の状態ではいるが、その表情は激しい戸惑いを見せている。

 

「どうしてずっと反撃してこないのよ! さっきからアンタ一方的に私の魔法を食らってるだけじゃない!」

「……」

「私の知る土方十四郎であればこの程度で呆気なくやられる訳がないわ! まさかアンタ! 私が女子供だから斬りたくないとかそんなつまらない理由じゃないでしょうね!」

 

仰向けに倒れている土方は何も答えない

 

数十分前に二人は確かに相対する思想の結果、戦うという選択肢を選んだ。

 

しかし始まって見れば土方は一転してこちらに対して斬りかかろうとさえしなかったのだ。

 

ただ黙々とリーナの類稀な秀でた魔法をガードし続け、最終的にその身で直撃を食らい続けていき

 

挙句の果てにはこうして無様にも自分に対して背中を向けて倒れてしまったのだ。

 

この様なモノはとても戦いとは呼べない、こんな勝利をリーナは望んではいなかった。

 

本気の本気でぶつかり合い、その結果の上で土方十四郎の身体を再び我が物にせんと企んでいたのに。

 

このような形で終わってしまった事で彼女は歯がゆそうに拳を震わせて、倒れている土方を見下ろしながら睨み付ける。

 

「答えなさいよ! アンタの答えによってはお望み通りこのままお陀仏にしてやるんだから!」

「……わかったか、コレがテメェの持つ力だ」

「!」

 

沈黙を貫いていた土方が遂に口を開いたと同時に、予想だにしない事を言い出しながらゆっくりと立ち上がったのだ。

 

驚くリーナに対して土方はフラフラとしながら、頭から血を流してる事など気にもせずに静かに語りかけた。

 

「ガキの頃から才能を開花させ、それを買われて軍事組織に入隊。その強さは他の同僚達を軽く追い抜き、早々に出世を続けて暗殺部隊の隊長を任せられる程の組織において重要な要の一つとなった、確かテメェの経歴はそうだったよな?」

「……入れ替わってた時に私の事をちゃんと調べてたみたいね」

「悪いとは思ってたが、テメーと入れ替わった相手の事を知る事も大事だからな」

 

土方の状態は見るからにもう戦える状態ではなかった、力の入らない手を動かしながら懐からタバコの箱を取り出しつつ、こちらを睨み付けたまま動こうとしないリーナに話を続ける。

 

「解せねぇ、どうしてそんなエリートコースを走り続けていたテメェが土方十四郎などというエリートとは程遠い芋侍なんかになろうとするんだ。刀を振り回すしか能のない俺なんかよりも、テメーの身体のままでいた方がずっと多くの可能性を秘めているというのに」

「……あなたにはわからないでしょうね、そうしてエリートと呼ばれ続けて来た私の心の痛みを……成長すればする程周りから疎まれ続け、信用できる同僚や部下も今では片手で数える程度」

「……」

「嫉妬を買う事ぐらい慣れてはいたけども、その嫉妬心が元で、私だけでなく私の数少ない親しい友人の同僚が被害に遭った時からかしら、もう嫌になったのよ、自分も、あの世界も」

 

腕を組んで目を逸らしながら少々寂し気にそう呟くリーナ。

 

「だからこそ私は私の地位を全て捨てて、別人に成り代わろうと思っていたのよ。アンタと入れ替わることが出来た時はそりゃ最高だったわよ、魔法も必要としない異世界は、私にとってまさに理想郷だったのよ」

「……」

「だからもう私の生まれた世界がどうなろうがどうでもいいのよ、魔法も才能もいらない。そしてこんな誰にも受け入れてもらえない私自身さえ……」

「……誰にも受け入れてもらえねぇだと? そいつは一体誰が決めた事だ?」

 

不意に土方が口を開くと同時に、タバコを一本口に咥えながらライターでを火を点ける。

 

「紛れもねぇテメー自身がそう勝手に決めつけた事だろうが、全くの見当違いもいい所だ、ここに”一人”、そんなテメェでも受け入れてやろうって奴がいるってのによ」

「!?」

 

いきなりの発言に驚くリーナは思わず言葉を失って固まる。

それに構わずタバコの先から煙を放ちながら土方は彼女の方へ顔を上げた。

 

「先程テメェが本気で俺の身体を手に入れようとする気合は確かに伝わった、それと同時に未だアンジェリーナという名を捨てきれないという未練のようなモノも感じた」

「は、反撃せずに一方的に私の魔法を食らっていたのは……全て私が本気なのか確かめようとしてたって言うの!?」

「迷う奴の剣は鈍る、そしてそれは魔法も同じだ。テメェはただ他人だけでなく自分も信じられない不安に怯えているだけのガキだってのがお前の力を受けてしかとわかったぜ」

 

タバコの先が灰となりポトリと床に落ちても気にせずに、土方はただ心見透かす様な真っ直ぐな目で

 

困惑しているリーナを見つめる。

 

「周りにどう言われようが気にしてんじゃねぇ、テメーのせいで大切な何かが傷付くなら身を張ってでも護って見せろ。もしも辛くなったら助けになってやる、俺は何時までもテメェの味方だ」

「な、な、な……!」

 

真意の込められた眼差しでそう言われてしまったリーナは突然ワナワナと震えだし

 

混乱に陥りながら彼女は必死に頭をフル回転させた。

 

(なんてこと! ま、まさか今までの振るまいは全て私を正しい道へ導く為の布石だったというの!? 私の魔法をまともに食らい続け! 倒れようが私の為に味方になってくれると言ってくれるなんて! こんなの! こんなの!)

 

なんというフォロー力。

不思議と後光さえ見えて来た土方に対し、リーナは血走った目を剥き出しながら

 

(ほ、惚れてまうやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)

 

心の中でそう叫びながらリーナはグラリと体を揺らしてその場にへたり込んでしまった。

 

すっかり放心気味の彼女を見下ろしながら、タバコを口に咥えたまま土方はフッと笑う。

 

(フン、こんぐらいフォローしておけばもうコイツも俺を襲ってこようとしないだろ。ったくガキの相手なんてもうゴメンだぜ)

 

リーナに悟られぬ様脳内でそうぶっちゃけながら、土方はタバコをポイッと床にほおり捨てる。

 

(悪く思うな小娘、助けになってやるとは言ったがこの戦いが終わればもうテメェと一生会う事はねぇ、なにせ帰るべき世界は別々だからな。その場しのぎでつい余計な事も言っちまった気がするが、コレでもうコイツに付きまとわれる事はないだろ、ま、せいぜい向こうの世界では達者で暮らせ)

 

我ながら中々の演技だったと思いつつ、土方は勝ち誇ったように再びタバコを取り出そうと懐に手を伸ばそうとする、だが

 

その手を突然、パシッと強く両手で掴まれた。

 

掴んだ者はこちらに半腰状態でかろうじて立ち上がっているリーナだった。

 

「……アンタの言葉、痛いほど伝わったわ。まさか私の為にここまで身を挺したフォローをしてくれるなんて思いもしなかった」

「フン、ようやくわかってくれたか……」

「決めた私、もう二度とあなたの身体を奪おうだなんて考えないわ、だって……」

 

思いの外手を握る力が強かったので、土方は若干驚いて頬を引きつるも、上手くいったみたいだと確信する。

 

両手で彼の手を包み込みながら、リーナはゆっくりと彼の方へと顔を上げた。

 

先程までの殺意が込められた鬼気迫る表情をしていた者とは思えないぐらいの

 

両目をうっとりとさせて羨望の眼差しを向けて来る彼女がそこにいた。

 

「もう私の身も心も、貴方の方が先に奪ってしまったのだから……」

「へ!? え、ちょ! どういう事それ!?」

「でも私はもうアンジェリーナ=クドウ=シールズに戻る気は無いわ、そう今日から私は」

 

マズい、何か嫌な予感がする、それもとてつもなく嫌な予感だ。

 

焦りつつグイッと彼女に握られてる手を抜こうとする土方だが

 

リーナは一生放すもんかというぐらい両手に力を込めて彼を逃がさない。

 

「土方アンジェリーナとしてあなたを支える良き妻になる事を誓います……」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」

「不束者ですが今後よろしくお願いします、旦那様」

「ちょ! ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

嫌な予感が的中した、どうやら彼女には思いの外フォローが利きすぎてしまったみたいだ。

 

その場しのぎで取り繕った彼の言葉を、愛の告白的なモンだと思い込んでそれを受け入れてしまったのである。

 

(や、やりすぎたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! まさか俺のフォローがここまで利く奴がいたなんて!! 味方になるとは確かに言ったがここまで効果があるとは思ってもいなかった! チョロ過ぎるだろコイツ!)

「フフ、もう離さないわよ旦那様……でも私を裏切る真似だけはしないでよね、そうなったら私もう自分自身を抑えつけられなくなるから……! でも心配ないわよね、貴方は私の味方であり続けると言ったんだもの……!」

 

自分の選択ミスに土方は絶句しながらも恐る恐るリーナを見下ろすと

 

その表情はまたもやガラリと大きく変わり、献身的な妻の表情から

 

狂気をはらませた血走った両目でこちらを見上げていた。

 

歪に歪んだ満面の笑みを見せながら

 

「そうよ私達は一生添い遂げるの、絶対に互いを裏切らずありのままをさらけ出しながら……! それでももし貴方が私の前から逃げるような真似をするならば……! その時は貴方の手足を千切り取ってでも……!!」

(しかも根本的な所は変わってねぇんだけどぉぉぉぉぉぉぉ!? むしろ前よりも更に猟奇的なヤンデレに進化してるよねコレ! む、無理だ! こんな重たい愛なんざ受け入れる気がしねぇ! 重すぎて胃がもたれるどころか輪切りにされちまう! つうかこの先コイツと一緒にいたら絶対いつか殺される! だ、誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!)

 

まさかのアンジェリーナルートという名のバッドエンド直行のコースへと迷い込んでしまった土方。

 

必死に頭の中で助けを呼ぶがそれに応える者は誰もいない。

 

 

何故ならここにいるのは土方とリーナ、そして

 

 

「フハハハハハハハ! 良かったではないか鬼の副長殿! 異世界の年下女房を捕まえるとは恐れ入ったぞ!」

「ウフフフ、本当におめでたい事ね。結婚式にはぜひ参加させてもらうわね」

「お前等本当に嬉しそうだな……」

 

土方の宿敵である攘夷志士・桂小太郎と、そして異様に彼と仲の良い七草真由美。

そして二人のお目付け役である渡辺摩利しかここにはいなかった。

 

真由美の方はまだおしとやかに笑ってはいるが、桂の方は「ざまぁみろ」と言わんばかりに下卑た笑いを浮かべて土方に指を突き付けている。

 

「こいつは傑作ではないか! 見ろあの激しく戸惑っている鬼の副長の姿を! まさか真撰組のナンバー2があんな娘っ子を嫁にするなど思ってもいなかったわ! これで真撰組は内部から崩れ落ちるのも時間の問題だな真由美殿!!」

「羨ましいわねぇ……」

「ん?」

 

ゲラゲラ笑いつつ隣に立つ真由美に対していつもの様に共感を求める桂。

 

しかし何故かいつも自分に賛同してノリノリで乗っかって来る彼女が、何故か妙にしんみりした表情で土方とリーナを見つめている。

 

「まあでも私達もすぐに……せめて婚約発表でもみんなの前でやっておくべきかしら……あっちに住む事になるんだから達也君や深雪さん達とも会えなくなるだろうし……そうね、私達の大事な門出をみんなに祝ってもらう為に、最後にお別れ会的なモノを開いてそこで発表しましょうか、まずは将軍をウィンディングケーキ代わりにして……」

「……真由美殿? さっきから何一人でブツブツ呟いているのだ?」

「いやだもう桂さんったら! 盗み聞きしないで下さいね! 私達の事はちゃんとバッチリ私に任せて!」

「私達?」

 

土方達を見つめながら何か延々と呟き出している真由美に首を傾げる桂。

尋ねても笑いながら機嫌良さそうに自分の肩を強く叩く真由美にますます桂は眉をひそめる。

 

しかしそんな二人を背後から見守っていた摩利は一人、後ろからジーッと見つめた後、ゆっくりと目を逸らした。

 

 

 

 

 

 

(これは最後に一波乱ありそうだな、桂に)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未だ気付かぬ桂の後で摩利が一人、真由美の思惑に気付いている頃。

 

ラスボス魔堕王と対峙していた坂波銀雪と徳川達茂が同時のタイミングで真っ向から挑みかかっていた。

 

と言ってもそれは正面から馬鹿正直に突っ込むのではない。

 

「その木刀が邪悪の権現と化したあの全裸男を倒す秘策になるんだな?」

「みたいだな、詳細はわからんが長谷川さんの遺言の通りなら間違いねぇ」

「私を前に無視するんじゃないわよ! 食らいなさい!」

 

二人が会話してる途中で巨大化してる長谷川、魔堕王の口からグロデスクな泥のようなモノがボトボトと大量に落ちて来た。

 

床に落ちたその液体はその瞬間ジューッと音を立てて床を徐々に溶かしながら沈んでいく。

 

もはやただの化学兵器、まともな魔法と呼べる代物ではなかった。

 

銀雪と達茂はそれを反対方向に軽く飛んで避けつつ、二手に別れながらもまだ会話を止めようとしない。

 

「なら木刀を俺に貸してくれ、伯母上を倒すのは俺だ、俺が奴に一撃を加える」

「おいおい性懲りもなくまた自分勝手につっ走るつもりか? どうやらまだ殴られ足りねぇみたいだなお兄様」

「もう一度言うぞ深雪、銀さん。その木刀を貸してくれ」

「ああ? だから……」

 

頑なに銀雪の持つ木刀を貸してくれとせがむ辰茂に、銀雪はウンザリした様子でまた説教でもかまそうかと思ったその時、達茂の表情を見てふと何かを読み取った。

 

(まさかコイツ……)

 

アレは頑なに自分だけで何もかも終わらせている腹くくってる眼ではない、自分を銀時と深雪を信じてる眼だ。

そうだと知った銀雪は手に持っている木刀をググッと力強く握った後

 

「……そこまで言うなら仕方ねぇ、受け取れお兄様」

 

銀雪は思いきり左手に持った木刀を力いっぱい達茂に向かってほおり投げる。

 

「させないわよ!」

 

目の前で宙を回転しながら舞う木刀目掛けて、巨大な腕を振り下ろす魔堕王。

 

しかし寸での所で達茂自らが木刀目掛けて飛び上がると、その手で潰される前にパッと横から掻っ攫う。

 

「まだだぁ!!」

「チッ、往生際の悪い伯母上だ、いい加減しつこいぞ」

 

振り下ろされた魔堕王の腕からブツブツと何かが浮かび上がったと思いきや、それら全てが意思を持ったかのように蠢きながら飛び出てくるのは

 

生首だけの大量の長谷川泰三

 

「幸せになりて~……」

「腹いっぱい食いて~……」

「屋根付きの家に住みて~……」

「ハツ~……」

 

それぞれ長谷川の持つ願望を呟いているのか、弱々しい表情で嘆きながらこちら目掛けて飛んで来た。

 

無表情のまま達茂は木刀を受け取ったままもう片方の手に銃を握り

 

「なら仕事しろ」

「あぁぁぁぁぁ! 私の可愛いファンネルをよくも!」

「アレを本気で可愛いと思ってるのならいよいよ手遅れだな伯母上」

 

なんの抵抗も無く銃口を突き付けて一発で全て消し飛ばす達茂。

 

魔堕王が大声で叫んで何やら起こっているみたいだが

 

そんな事お構いなしに、辰茂は銀雪から受け取った木刀を手に構える。

 

「終わらせるぞこの一撃で、全てを」

「やれるものなら!」

 

決意を込めた表情でそう言うと、達茂は魔堕王目掛けて走り出す。

 

しかしそう簡単にやられようとしないのがラスボスである。

 

「やってみなさい! 魔堕王光殺砲!!」

 

両手を戻して10本の指を全て辰茂に向けると、全ての指の先から回転状の光線が一斉に放たれる。

 

「やってやるさ」

 

それでも達茂は退かずに魔堕王目掛けて走り出す、そして10発の光線は自ら突っ込んで来る彼に……

 

「俺達がな!!」

「く! おのれ深雪さん……!」

 

当たる事は無かった、達茂の方に意識を集中し過ぎていた為か、いつの間にか銀雪は床に両手を当てて氷結魔法を唱えると、魔堕王の両腕目掛けて氷の柱を下から生やして思いきり弾き飛ばしたのだ。

 

両腕が弾かれると同時に光線も上へと飛びあらぬ方向に行ってしまう。

 

「終わりだ伯母上」

 

魔堕王が次なる攻撃を行う前に終わらせる、達茂は彼の目の前へと来ると一気に飛び上がって両手に持った木刀を突き刺さんとする。

 

だが奴は真っ黒なグラサン越しから闇へと染まったこれまた真っ黒な目を覗かせてニヤリと笑う。

 

「忘れちゃったのかしら達也さん、私が得た魔法の力は『吸収』……つまり」

「!」

 

そう、全てはフェイク。

とっておきの秘策、それを確実に行う為にわざと魔堕王はここまで辰茂を誘い込んだのだ。

 

「さああなたと将軍も吸収してさしあげるわ!!」

「く……」

 

大口を開けたその先を見て達茂はさすがに奥歯を噛みしめてキツそうな表情を浮かべる。

 

魔堕王の口の中は何も見えぬ暗黒でしかなかった、ブラックホールのように光さえも吸い込む強烈な吸引力に抵抗しつつも辰茂はそのまま呆気なく

 

「……後は頼んだぞ二人共」

「お兄様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

最期に銀雪に言葉を残してあっという間に口の中へとすっぽり入って消えてしまった。

 

ゴクリと大きく飲み込んだ音を鳴らすと、魔堕王は残された彼女の方へ笑みを浮かべてきた。

 

「こんなにあっさりとあの子が終わるとは思っても無かったわ、深雪さん、あなたにとって最後の希望は私の手によって潰えたわ。あなたが達也さんに渡していた、私を倒せるかもしれないという木刀もね」

「……」

 

うつむきながら無言で魔堕王の言葉を聞く銀雪。

 

三人で戦っていたのに一人が飲まれて、また一人飲まれ、いよいよ一対一となってしまった。

 

残された銀雪は右手に持った木刀を力強く握りながらゆっくりと顔を上げる。

 

「潰えてねぇよまだギリギリ残ってる、テメェがどれだけ周りに絶望を振り撒こうとしても、色んな連中が束ねて編んだこの希望の綱は絶対に切れさせやしねぇ」

「……哀れなモノね深雪さん、大切な兄を失ってなお気丈に振る舞うなんて、でもその気丈さがどれまで持つか見物ね、あなたを消す前にそれをゆっくり堪能するというのも……」

「銀雪だ」

「……え?」

 

後は残った彼女を消せば自分を倒せる可能性を持つ邪魔者はもういない、魔堕王は最後に残った彼女をゆっくりと時間をかけて潰してやろうとか思っている矢先

 

残った彼女は平然とした様子でこちらに目を向ける。

 

「ずっと言おうと思ってたんだけどさ、俺の名前深雪じゃなくて銀雪だから、司馬深雪じゃなくて、坂田銀時も含まれてんの、ずっと深雪深雪って俺の名前を何度も間違えやがっていい加減にしろよコノヤロー」

「……それ今更言う事? あなた今まさに私にやられる所なのよ?」

「いやいや伯母上様、今だからこそ覚えておかないと困るんですよ、だって」

 

突拍子もない訂正を求めて来た銀雪に魔堕王が攻撃するのを止めてキョトンとしていると。

 

彼女はニヤリと笑って見せる。

 

「テメーを倒す相手の本当の名前ぐらい、冥途の土産として覚えて置いた方がいいだろうよ」

「は? 何を言って……うッ!!!」

「それともう一つ訂正だ、達也さんじゃなくて」

 

意味深な事を口走る銀雪に眉を顰める魔堕王だが、突然お腹を両手で押さえて苦悶の表情を浮かべる。

 

電車で突然お腹を壊してしまったサラリーマンの様に苦しそうにしている彼に対し、銀雪は人差し指を立てて更に訂正する。

 

「徳川達茂だ、今正にテメェの身体の中で暴れてる奴の名は将軍であり俺のお兄様だ」

「ぐ! ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! な! 一体どういう事!?」

「忘れておいでなのですか伯母上様~、お兄様が持つ魔法の力は『分解』ですのよ~……つまり」

 

わざとらしく猫撫で声で話しかけてくる銀雪に、魔堕王はハッと気づいた様子で顔をこわ張らせると次の瞬間

 

「この私の身体を内部から分解して消滅させるつもりだというの……! そんな馬鹿な!」

「安心しろ、消滅まではさせねぇと思うぜ、そんな真似したら長谷川さんまでおっ死んじまう」

「だ、だったら達也さんの狙いは……!」

「決まってんだろ」

 

体のあちこちからヒビが割れ始め、その隙間から邪悪の根源たるモノの様なドロドロした液体物質を滲み出てくる。

 

とても宇宙最強の王と名乗るには相応しくないその醜い姿を前に

 

銀雪はチャキッと持っている木刀を水平に構える。

 

「俺等がテメェにトドメ刺すまでの足止めだ」

「な! 何を言っているの! あなたが託した木刀はさっき私が達也さん事……は! ま、まさか!」

「ようやくお兄様の作戦に気付いたか」

 

銀雪の持つ木刀を見て魔堕王は絶句の表情を浮かべる。

 

もしかして彼女が達茂に渡した木刀は……

 

「ありゃあ坂田銀時の愛刀の方だよ、テメェを倒す本命はこっちだ」

 

不敵に笑みを浮かべながら銀雪はネタバラシをしつつ、ゆっくりと彼の方へと歩み寄る。

 

「ったく大した奴だぜ全く、今なら流石はお兄様ですって心の底から言えるよ」

「な! 何故!? どうして!?」

「お兄様はな、テメェを騙す為にわざと囮役になったんだよ」

 

身体の崩壊が始まっている事にも気づいていない様子でパニクる哀れな王に向かって、銀雪は歩み寄りながら説明してあげた。

 

「テメェの事だ、どうせ妹よりも先にあの兄貴の方を先に倒せばそれでケリが着くとタカをくくるだろうよ。だからお兄様はテメェを倒せる木刀を持っている俺に合図を送って、より自分に注意を惹きつけさせる為にわざとああ言ったんだ、「伯母上を倒すのは俺だ、木刀をよこせ」ってな」

「が……!」

「テメーを倒せる木刀を持ったお兄様と何も持たねぇ妹、そら優先するならそらお兄様の方ですよね伯母上」

「ハナっから私が達也さんを吸収するのも算段のウチだったというの……!」

「いやそれは俺達も流石にそこまでするとは予想していなかったんだけどね……ったく無茶しくてくれるぜ全く」

 

今までずっと自分の手の平の上で彼等を躍らせていると思っていた。

 

しかしそれは全て彼女達が仕組んだ幻想に過ぎなかった。

 

ずっと踊らされているのは他でもない、自分自身だ。

 

「という事でネタバラシは終わり、いよいよ大詰めだな伯母上様」

「!」

 

失意に満ちた表情でショックを受けている魔堕王の前に

 

いつの間にか銀雪が嘲笑を浮かべながら自分の目の前に立っているではないか

 

特製の木刀を肩に担ぎながら

 

彼が驚く隙も与える暇もなく、銀雪は床を蹴って一気に飛び掛かる。

 

「四葉真夜!! テメェの身体に塗られているそのメッキを剥がして! お兄様と将軍! ついでに長谷川さんと世界も取り返させてもらうぜ!!!」

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉ!! こんな! こんな所で私が負けるわけにはぁぁぁぁぁぁぁぁ!! がぁ!!」

 

真正面から飛び掛かって来た銀雪に向かって、崩壊されていく身体をありったけの力を振り絞って動かして抵抗しようとする魔堕王。

 

しかしその身体は突然、ピタリと時が止まったかのように固まってしまい動けなくなってしまう。

 

「ど、どうして身体が……!」

『ここでジタバタ足掻くなんて見苦しいぜ、姪っ子の全身全霊の一撃、いっちょ食らってやろうじゃねぇか』

「ま、まさか長谷川さん! あなたもまた私の体内で生き続けて……!」

『ハハハ、言い忘れてたな、俺の生命力はゴキブリ並だ』

 

頭の中で響く声に魔堕王が気を取られていると

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

もう眼前には木刀を振り上げる銀雪の姿があった。

 

身動きとれぬまま硬直した身体を必死に動かそうともがく魔堕王目掛けて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わりだクソババァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

哀れなる孤高の王への顔面に

 

咆哮と共に銀雪の降り下ろした木刀が食いこむ程重く叩き込まれた。

 

 

ここに至るまでに積み重ねて来た努力と苦労の連続

 

 

全てはただこの一撃の為に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回で最終章は終わります。

けどもうちょっとだけ続きますのでお楽しみに

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