昼食時間の生徒会室、生徒会長である七草真由美は目を瞑ったまま腕を組み満足げに頷いていた。
「いやはや一度はどうなるかと思っていたがこうしてあーちゃん殿も無事に登校するようになった、これで生徒会も元通り、準備は万全だ」
そう言って真由美は目をかっと見開き口を大きく開けて
「これで来たるべき決戦である九校戦に全力で取り組めるというものだ! 首を洗って待っていろ他校の者共! 屈強なる精鋭揃いを連れて貴様らを血祭りにしてやるわ! フハハハハハハッ!!!」
「……」
「あれ? どうした摩利殿」
一緒に昼食を取るために座っていた風紀委員長の渡辺摩利が縮こまった様子で黙っていることに真由美は不審そうに見つめる。
「ここは「お前は九校戦を殺人現場にでもさせる気か!」とかツッコミを入れる所だと思うのだが」
「……いや」
不満げな様子の真由美の方へは振り向かず、摩利は恐る恐る左側の席へチラッと目を向けた。
「もっとツッコミたい相手が隣にいるんだが……」
摩利がそう言った先には、見た目は小リスの様な小動物っぽい小柄の女の子であるのにテーブルに足を置いて退屈そうに目を瞑りながらも
「……」
無言の威圧感をヒシヒシぶつけてくる中条あずさの姿があった。
「真由美、私に納得のいく説明をしてくれ、中条に何があった……」
「ふむ」
明らかに今までと別人だと思うぐらいすっかり変貌してしまっているあずさを見ながら摩利が言うと、真由美はしばしアゴに手を当て考え……
「高校デビューだ」
「どんだけ遅い高校デビューだ! コイツもう2年だぞ!!」
彼女の一言にやっと摩利が立ち上がってツッコミを入れてくれた。
「中条が戻って来て数日経つが学校中でもう大騒ぎなんだぞ! 生徒会書記のロリっ娘が暴走族の総長になって戻ってきたとかそんな噂まで出てるし!!」
「そうか、すぐに暴走族の総長じゃなく怪しい黒服の集団を片っ端から叩き潰してただけだと俺が全校集会で説明しよう」
「なお学校中がパニックになるわ! ていうかそんな事をしでかしてたのか中条!」
聞く必要があるけど正直聞きたくなかった中条がやってた事に、摩利が頭を抱えていると彼女の右側のほうに座っていた市原鈴音が
「いいじゃないですかそれぐらいの事、兎にも角にも彼女が無事に帰ってきた事を祝いましょう」
「無事じゃないだろ! 小動物がバハムートになって戻ってきたんだぞ!!」
「次期生徒会長候補としての貫禄が出始めているんですよきっと」
「出過ぎなんだよ! 国家一つを掌握しかねないボスキャラの貫禄になってるじゃないか!!」
左で目を瞑っているあずさを指さしながら摩利が叫んでいるのを適当に流しながら。
「それより」
鈴音は片目を真由美のほうへチラリと向けた。
「司波さんは今日こちらには来ないのですか?」
「ん? そういえば姿を見せんな、まあアイツの事だ。どこぞで飲み歩いて道端で寝っ転がっているやもしれんな」
「どこのおっさんだ……」
「もしくはパチンコで玉を出せなくて金も無くなり、仕方ないから自分のタマを売りにでも出そうかと考えている所ではないのか」
「だからどこのおっさんだ! ていうか司波はタマ無いだろ!」
「女の子がタマとか言うな、はしたないぞ摩利殿」
「いやお前にだけは言われたくない!! そもそも最近のお前はだな!」
ジッとこちらを非難の目で見つめる真由美にテーブルを叩いて徹底抗議する構えを取った摩利。
そんな光景を片目だけ細めで明けて眺めていた中条あずさはまた目を瞑り
「くだらねぇ……」
一方その頃、真由美達が昼食をとっている中、司波深雪は食堂にて昼食を取っていた。
「だからさー、兄貴なんてウザったいだけなんだよ。思春期真っ只中から余計めんどくせぇしベッドの下にエロ本やらエロDVDやら散乱してるし、カピカピのティッシュが大量にゴミ箱に入ってるし」
「へ、へーそうなんだ……お兄さんにもそんな意外な一面が、カピカピのティッシュってなんだろう……」
「……興味深い」
授業後、クラスメイトに半ば強引に食堂へと連れてかれた深雪は昼食がてら暇つぶしと称してまた兄である司波達也の事をデタラメに喋っていた。
彼女の話を向かいの席で聞いているのは彼女をここに連れてきた張本人である同じクラスの光井ほのか、そして彼女の親友の寡黙そうな少女、
「というより深雪が食べているそれも興味深い」
「私もずっとそう思ってた、深雪、それって一体何……」
「なにって宇治銀時丼に決まってんだろうがよ」
どんぶりご飯に宇治金時を山盛りでトッピングした異様な食べ物を凝視する二人に深雪は箸で食いながら答える。
「あげねぇぞ」
「いや別に食べたくないから……」
「……少し残念」
「え!?」
「はー、ホントどこ行ったんだろうねぇウチの兄上殿は」
あげないと言われていつもの無表情が残念そうにボソッと呟く雫にほのかが軽く驚いてる中、深雪はため息混じりに。
「死んでるかもな」
「い、いやそれはないよ! だってあのお兄さんだし!」
「ほのかの言う通りそれはないと思う……あなたのお兄さんならきっと帰ってくる」
「どうだろうねぇ、人間どんなに立派になろうが死ぬ時は案外コロッと逝っちまうモンだし」
どんぶりの中のご飯と宇治金時を箸で混ぜ合わせながら深雪は死んだ魚の目で呟く。
「つうかお前等随分と兄貴買ってるみたいだけどさ、そんなに凄かったっけ?」
「結構凄いと思うけど、入学式の時とか……それに深雪が一番お兄さんのこと凄いって言ってるよね?」
「そうだっけ?」
「隙あらばお兄さんを褒め称えてた、周りが引く程」
「ふーん」
ほのかと雫の話を聞いて他人事の様な反応をする深雪。
「確かに部屋のゴミ箱に入ってるカピカピのティッシュが凄まじく異臭を放ってて凄いといった覚えはあるけど」
「私そんな事聞いた覚えないよ!? カピカピのティッシュってなんなの!? 変な臭いするの!?」
「今の俺はすっかり愛想尽かしてるから、こんだけ放置プレイされれば百年の恋も冷めるってもんだろ?」
「そうなんだ、深雪はお兄さんにずっとほったらかしにされてると思って怒ってるんだね……」
「怒ってんじゃねぇ、ただ無性にぶん殴りてぇだけだ」
「深雪、それ怒ってるから」
心配そうに見つめてくるほのかに拳を掲げてはっきりと答える深雪に雫が横槍を入れた。
「いつも深雪を大切にしてそうなあのお兄さんの事だから、帰ってこないのはそれなりの事情があるのかもしれない」
「どんな事情? 借金を理由に傷もんの人に金玉取られてるとか?」
「お、女の子がそういう事言っちゃダメだよ深雪!」
「玉じゃなくて棒の方かも」
「雫ぅぅぅぅぅぅ!?」
深雪に便乗するかのようにサラリと卑猥なことを言う雫にほのかが目を見開いて叫んでいると深雪は自分の髪を指でクルクル巻きながらフっと鼻で笑う。
「この俺の下ネタに的確な下ネタ返しをするとは中々やるじゃねぇか小娘」
「この程度であなたに褒められても嬉しくない、私はまだ本気を見せていない」
「上等だ、十数年に渡る連載で長きに渡り鍛え上げられた俺の下ネタトークで格の違いを見せ付けてやる」
「絶対に負けない」
「いやいや待って二人共! 昼食を食べている食堂でどんな戦い繰り広げようとしてるの!? 時間帯と場所考えて!」
互いに火花を散らせながら下ネタ談義に花を咲かせようとしている深雪と雫にすかさずツッコミを入れるほのか。
「元々私が深雪をここに連れて来たのはお兄さんの事で落ち込んでるかもしれないから元気付けてあげようと思っていたのに……」
「だから俺は全然ヘコんでねぇって前に言っただろ? むしろいなくて清々してんだよこっちは」
「いいの! もう強がりは止めて! 私は深雪の事はちゃんとわかってるから!」
「は? いやだから……」
こちらに手を突き出して力強く頷くほのかに深雪が何か言おうとするが……
「私達に心配かけまいとそうやって意地張るような真似しなくいいの! 本当は一刻も早くお兄さんに会いたいんでしょ!」
「……おいなんだこのガキ。さっきから俺と兄貴の事をズケズケと」
「ほのかは思い込みが激しいからね」
勝手に話を進めていくほのかに思わず雫に尋ねる深雪。だがほのかの話はまだ終わっていない。
「深雪! お兄さんを殴る事が深雪なりの愛情表現なら私は責めはしない! だけどそれなら私が深雪より先にお兄さんを全力で殴るから! 深雪一人に重荷は背負わせないから!」
「なんでそうなるんだよ!?」
「いや私がお兄さんを殴る、ほのかにその咎を負わせはしない」
「お前まで何言ってるの!? 人の兄貴ぶん殴ろうとしてしてんじゃねぇよ! アイツをぶん殴るのは俺だけだ!!」
三人で拳を掲げて誰が司波達也をぶん殴るかでギャーギャー揉めていると
「あのーすみません、深雪さん?」
「ああ!?」
不意に誰かに話しかけられて深雪は乱暴な声を上げながらそちらに振り向くと
申し訳なさそうにしながら立っているメガネを掛けた少女がいた。
深雪、ほのか、雫の一科生でなく二科生、1年E組の
「さっきから達也さんの事を殴るとかなんだの言ってましたけど、あの、冗談ですよね?」
「(誰だこのメガネ……)いや本気で殴るつもりだけど」
「私が先に殴る!」
「ほのかよりも先に私が殴る」
「だーかーらー! 俺が一番最初に言ったんだから俺が先にあの野郎ぶん殴るんだよ!!」
「きゃ!」
まだ言うかとほのかと雫に向かって突然席から立ち上がる深雪に思わずびっくりしてその場で飛び退いて足を滑らして床に尻もち付いてしまう美月、その拍子に掛けていた眼鏡も床に落とす。
「いたた……」
「おい、大丈夫か? ほら眼鏡」
「平気ですちょっと驚いただけですから、ありがとうございます」
自分が立ち上がったことで転んでしまったのかとさすがに傍若無人の深雪もしゃがみ込んで彼女の眼鏡を拾い、美月はそんな彼女に礼を言いながら眼鏡を受け取ろうとすると、突然ピタッと止まった。
「……」
何故か口をぽかんと開けながら眼鏡も掛けてない状態でこちらを見つめてくる美月に深雪は目を細める。
「え、何?」
「あ、い、いえ……」
話しかけられて我に返ったのか美月は慌てて眼鏡を受け取ってすぐに掛ける。
「すみませんもう大丈夫です、それでは……」
「なんか俺に用があったから話しかけに来たんじゃねぇの?」
「い、いえただお兄さんの事で話そうと思ったんですけどちょっと気分が……またの機会にしますね……」
慣れていないのか下手な誤魔化し方をすると美月はおぼつかない足取りでそそくさと深雪の前から立ち去ってしまった。
「……」
彼女の背中を追いながら深雪は黙り込んで見つめる。
美月の怪しい挙動がどうしても気になったのだ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもねぇ」
無表情である場所に向かって視線を送っている深雪に雫が尋ねると
彼女はすぐに二人の方へ振り返って
「じゃあ誰が最初にクソ兄貴ぶん殴るかは競争という事で」
「わかった!」
「了解」
三人で司波達也ぶん殴り争奪戦を開始するのであった。
一方ここは体育館の倉庫。
昼食時間にも関わらずそこには数人の生徒が隠れるようにたむろっていた。
部屋の中は薄暗く、窓から指す日光の光で僅かに誰がいるか確認できるぐらいの明るさしかない。
まるで企み事をしている事を他の生徒達に勘付かれないように
「柴田さんからメールが来た、やっぱり“あの人”の読み通り“彼女”もそうみたいだね」
「はは、やっぱりそうだったか。つうかお前等いつの間に連等先交換してたんだ?」
「い、いや! “あの人”が強引に柴田さんに僕と連絡先交換しろって言い出したから!」
「ん? なんで慌てるんだそこで?」
目の下に泣きホクロが付いている細身の男子生徒が携帯片手に慌てふためく姿を、キョトンとした様子で眺めるのは黒髪でありながらどことなく白人の様な出で立ちをしているガタイのいい男子生徒。
そして彼の背後にもう一人
「やはりか、これで三人は確定だな……」
三人目の男子生徒が静かに頷く、そして手に持った刀ほどの大きさの得物の様な物を強く握り
「そろそろ俺達も動く必要があるようだ」
「抜け駆けは無しですよ先輩、三人相手ならこっちも三人だ」
「え、僕も入ってるの!?」
「ああ、“あの人”にはしっかり言っておいたぜ」
「勝手に進めないでよ……」
何やら何者かに“仕掛ける”つもりらしい。どんな方法だか知らないが彼等はその為に集まっていたようだ。
ガタイのいい男子に先輩と呼ばれた男は鋭い眼光で隠れる為に閉めていた倉庫のドアを両手で勢いよく開けた
「さあ、見せてもらおうか」
「侍の力というやつを……!」