魔法科高校の攘夷志士   作:カイバーマン。

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第六訓 乱闘&正体

桐原武明(きりはらたけあき)

一昨年の中等部剣道大会男子部の関東1位。2年生の中では第一高校トップの実力者と目されている一科生、海軍所属の軍人の息子

強さの信奉者で、強いか弱いかが人を判断する第一基準となっているため、一科生、二科生に対するこだわりがあまりなく、弱いものには一科生であっても興味を抱かず、強いものなら二科生であっても敬意を払っている。

そんな侍の様な強い信念を持っている彼なのだが

 

「桐原先輩が負けたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

剣道部が使ってる道場にて、剣道着を着ていた桐原武明はダラリと口を開けたまま白目を剥いて大の字で倒れていた。

あの桐原が負けるなんて、他の部員達が目を見開いて驚きながら彼を負かした相手を見る。

 

彼の向かいに立っていたのは、剣道着でなく普通の制服を着た小柄の少女。右手に持った竹刀を肩に掛けながらフゥーと息を吐きながら顔を上げた後、ゆっくりと倒れた桐原の方へ振り返り

 

「チャンバラごっこはもう終めぇか……」

「「「中条先輩超怖ぇぇぇぇぇぇ!!!!」」」

 

1年組が悲鳴を上げる程彼女の眼光は禍々しさを持っていた。

生徒会書記でありながら2年組トップとまで噂されている桐原と魔法無しというルールであっさりと打ち勝ってしまったのは中条あずさ。

自分よりずっと背の高い男性をひれ伏し、嘲笑を浮かべながら見下ろす。後にその姿を見た者達によって『小さき猛獣、熊をも食らう』という伝説として語り継がれる事となった。

 

「おい起きろ、喧嘩吹っかけたのはそっちだろうが」

「うう……」

 

倒れている桐原に竹刀を突き付けながら冷たく見下ろすあずさ。

すると桐原は意識を取り戻したのか呻き声を漏らし

 

「参ったな、まさかここまで手酷くやられるとは……」

「どういうつもりで俺に喧嘩を売った。トドメ刺されたくなかったら正直に吐け」

「……」

 

本気で竹刀一本で殺しにかかりそうな気迫を感じながら、思わず桐原はフッと笑ってしまった。

 

「”力試し”だ、それ以外の理由はない」

「そいつはテメー自身の力を試そうと思ったのか、それとも」

 

あずさの右手に持つ竹刀からミシミシと音が鳴りだす。

 

「テメェ如きが俺の力量を測ろうとしたとでも言うのか……」

「……どうだろうな」

 

彼女が放っているのは正に本物の殺気。数多の戦と修羅場を潜り抜けた者が持てるといわれている圧倒的な威圧感。

あまりの迫力に桐原は圧倒されながらも額から汗をしたらせながらなんとか答える。

 

「俺はちゃんと理由を言ったぞ中条、生徒会として厳罰を与えるなり風紀委員を呼ぶなり勝手にやってくれ」

「……」

 

こちらから逃げずに視線を向き合わせる桐原に、今彼女はどんな事を考えているのかは彼女自身にしかわからないであろう。

 

「……フン」

 

しばらくしてあずさは手に持った竹刀を捨ててこちらに背を向けて無言で行ってしまった。

残された桐原は深く深呼吸するとゆっくりと半身を起こす。

 

「マジで死ぬかと思ったアレが”本物”か……こんなに汗かいたのは壬生の手作り弁当食った時以来だ」

「桐原先輩大丈夫ですか!?」

「ああ、俺はちょっと席外す。お前等、俺が中条にボコボコにされた事絶対バラすなよ」

「はい! 絶対に言いません!」

 

もう一度言う。桐原VS中条。後にその姿を見た者達によって『小さき鬼兵、2年のエースをチャンバラ扱い』という伝説として”学校中で”語り継がれる事となった。

そうなる事も知らずに桐原はよろめきつつも立ち上がると道場から外に出て、懐から携帯を取り出して耳に当てる。

 

「どうも”アンタ”の言う通り手も足も出なかったよ、やはり実力は相当なモンだった……いや後悔はしていない」

 

携帯を耳に当てたまま桐原は満足げに笑う。

 

 

 

 

 

「なにせ本物の侍とやり合えたんだ、一生モンの宝だろ」

 

 

 

 

 

 

 

生徒会長の七草真由美は学校の廊下を風紀委員長の渡辺摩利と共に歩いていた。

 

「なに? あーちゃん殿が剣道部のエースを一方的に打ち負かしただと?」

「もう学校中で噂になってるぞ、つい数分前の出来事らしいのに剣道部員のもう一年生達でツイッターにアップしまくっている、しかもやられた桐原の写真付きで」

「……道場破りなどとっくの昔に卒業したであろうに、まるで成長せんなあの男は……」

「なにブツブツ言ってるんだ?」

 

アゴに手を当てしかめっ面で何か呟いている真由美に摩利はジト目を向けながら話を続ける。

 

「今回は桐原の方が喧嘩を一方的に吹っかけたらしいから中条は不問という事にしておくが、これ以上騒ぎをそこら中で起こしてたらその内退学どころじゃ済まされないぞ」

「案ずるな、あーちゃん殿もそこまで愚かではない、下手に動いて目立つような真似はせんだろ……ん?」

「どうした急に立ち止まって?」

 

突如足をピタリと止めた真由美に摩利が振り向くと彼女は

 

「……すまんが摩利殿、先に行っててくれまいか、ちと用事が出来た」

「どうした急に、なんだ用事って」

 

怪しむ顔で尋ねて来る摩利に真由美は真顔のまま鋭い眼光を光らし

 

「ウンコだ」

「っておい! 七草家のお嬢様がなに飛んでもない事口走ってるんだ!!」

「ということで代表会議は先にやっててくれ、相当長丁場になりそうだからな、正直流れないかもしれんがそん時はよろしく頼む」

「なにを頼まれた私!? どうしろっていうんだ! 自分で産んだ作品は自分で何とかしろ!!」

 

そんな頼み誰が聞くかと摩理は即却下してさっさと一人で行ってしまった。残された真由美は摩利の背中が見えなくなるまで見送った後、目を瞑って静かに腕を組み

 

「隠れていないで出てきたらどうだ」

「……」

 

真由美が呟くと彼女の背後にある廊下の曲がり角から一人の男子生徒がスッと現れる。

1年E組の二科生、古式魔法の名門・吉田家の次男、吉田幹比古(よしだみきひこ)だ。

 

「バレてたみたいですね」

「偵察の仕方が粗末過ぎるぞ少年、物陰に隠れる事だけが尾行とは言わん、対象を追いかける時は、まず悟られぬように周りと同化しろ」

「ご指導ありがとうございます」

 

彼が現れると真由美もゆっくりと彼の方へ振り返った。そして幹比古の顔をまじまじと見つめながら

 

「ふむ……貴殿の様な真面目そうな者に追われる理由は無いのだが……さては告白だな」

「いや全然違います……」

「生憎だが今の俺は愛だの恋だのに付き合ってる暇はない、悪いが余所へ当たってくれ」

「だから違いますって!」

「俺に振られたからといって挫けるなよ、まだ若いのだからこれからゆっくりと愛を育める相手を見つけ……」

「ちょっとぉ! 人の話聞いてます七草生徒会長!? もしくは耳壊れましたか!?」

 

勝手に勘違いして勝手に話を進めていく真由美に叫びながら幹比古はガックリと肩を落とす。

 

「こういう話を聞かない所とか”あの人”そっくりだ……あっちの人って基本こういう人の話聞かない人ばかりなのかな……」

「まあまあそう肩を落とすな、なんなら俺の知り合いを紹介してやろう。俺の友である渡辺摩利殿と言ってな……」

「……その人、僕の幼馴染の兄の婚約者なんですけど……」

「婚約者がどうした! だからこそ燃えるであろう! だからこそNTRしたいだろう!」

「ご友人相手になに仕向けようしてるんですか! ていうかホントそういう目的で来た訳じゃないですから!!」

 

勝手に暴走しながらサラッと性癖をバラす彼女へ幹比古はツッコミながら話を続けた。

 

「……あなたに頼みがあるんです」

「頼み」

「その頼みを聞いてもらう為に少し場所を変えて欲しいんです、あまり人気の無い場所に」

「ふむ……」

 

場所を移して頼み事を聞いてほしい。こちらに軽く頭を下げてお願いしてきた彼に真由美は小首を傾げ

 

 

 

 

 

「やはり告白ではないのか? だから俺ではなく摩利殿を寝取って……」

「だから違いますって!」

 

 

 

 

 

 

そしてその頃、司波深雪はというと学校裏でいつも通りに死んだ魚の様な目で退屈そうにしてしゃがみ込んでいた

 

「ったくよぉ、なんで俺が授業なんて受けなきゃいけねぇんだよかったりぃ」

「だからといってサボるのはマズイよ深雪、早く教室戻らないと」

「授業は大事、そろそろ学力試験だからなおの事」

「ケ、試験だけが人生だと思うなよ小娘、社会に出たらそれこそ毎日が試験だぞ」

 

授業が始まる数分前であるのにも関わらずヤンキー座りしたまま一向に動かないでいる深雪。

親友の光井ほのかと北山雫の言葉にも全く耳を貸さずにブツブツと言いながらそっぽを向く。

 

「いいよ俺は、昨日書かされた卒業後の進路アンケートに「万事屋です」って書いておいたし」

「万事屋!?」

「意外、深雪は成績優秀だからてっきり大学に行くのかと思ってた」

「どんだけ頭良かろうが悪かろうが辿り着く先は皆土の下だろ? だったらその前に好きな事して好きな風に生きていきたいんだよ俺は」

 

けだるそうにそう言いながら深雪はやっとスクッと立ち上がった。

 

「という事で次の授業はフケるわ俺、先公に俺の事聞かれたら「下痢気味らしくて今トイレで呻き声上げながらひり出してます」とか適当な事言っておいて」

「いやそんな理由でいいの深雪!? そんな事言ったらクラスどころか学校中から浮くよ!!」

「わかった、一語一句違わず正確に言っておく」

「雫ぅぅぅぅぅ!?」

 

彼女の提案に困惑するほのかをよそになんの躊躇もなく雫は頷くと、すぐにほのかを連れて教室に向かって歩き出す。

 

 

「ちなみに言うのは私だけでなくほのか」

「なんで私!? いやだよ友達がトイレに閉じこもってますとか言うの!」

 

去り際にそんな会話をして行きながら雫とほのかは行ってしまった。

残された深雪は眠そうに口を開けて欠伸した後。

 

 

 

 

 

 

「テメェもさっさと授業行って来い」

「いや、俺も次の授業はサボる事にしてんだ」

 

前方にある茂みからガサガサと音が聞こえると、中からガタイの良い男子生徒が飄々とした態度で現れた。

幹比古と同じく1年E組の生徒、西城(さいじょう) レオンハルト、通称レオ。

制服の裏からでもその屈強な肉体は容易に想像できる。

 

「しかしこうも変わるもんなんだな……達也が見たらさすがにアイツも驚くんじゃねぇか?」

「おいなんだ人の体ジロジロ見やがって? こんないたいけな美少女の前で盛ってんじゃねぇぞ、風紀委員呼んでやろうかコラ」

「……自分で美少女って言うのかよ」

 

現れていきなりまじまじと見つめてくるレオに深雪は片目を吊り上げてヤンキー口調で難癖つけてると彼は苦笑しながら後頭部に手を置き

 

「いや実はアンタに試してみたい事があってさ」

「あん?」

「自分の実力がどこまで届くのか……」

 

するとレオは深雪に飛び掛るような体勢をとって……

 

「アンタと戦って知りてぇんだよ!」

「!」

 

屈強な体で地面を踏み一気に蹴って飛んできた彼に深雪は一瞬驚いたように目を見開くが

 

「なんだコイツ……」

 

彼女は周りにバレぬように制服の裏に隠して背中に差して置いた「洞爺湖」と彫られた木刀をすぐに抜いて構える。

 

「誰だか知らねぇが、生徒会に喧嘩売って……」

 

突っ込んできたレオに深雪は木刀で横薙ぎの構えで持ち

 

「タダで済むと思うなよ!」

 

一閃。

 

しかし

 

「なに!」

「あー悪い悪い、説明してなかった、俺は普通の人より体が頑丈に出来てんだよ」

 

深雪が両手に持った木刀はレオをふっ飛ばすどころか彼の腹の上で振り抜けずにピタリと止まった。

その理由は木刀をカタカタ震わせながら全身の力を振り絞っている深雪が一番良くわかっていた。

 

(なんつう硬さだ……まるでぶ厚い鉄の壁相手にしてるみてぇだ……!)

「女の力じゃ全力で振っても俺は痛くも痒くもねぇよ……まさかこれで終わりじゃねぇよな?」

 

腹に一撃食らっている筈なのに全く効いていない様子でレオはこちらに向かって拳を掲げ

 

「安心しろよ! 殺すなんて真似はしねぇから!」

「!」

 

、自分より高い身長から振り下ろされる拳を深雪は咄嗟に木刀を引っ込めて彼の脇をすり抜けるように地面を前転して転がって回避する。

その瞬間、レオの放たれた拳は地面に直撃してその部分を激しく抉った。

 

「テンメェ何が殺すような事はしねぇだ! そんなの食らったら深雪さんの柔い肌がボロボロになるじゃねぇか!! 全校の男子生徒敵に回してぇのかコラァ!」

「おーそうか、これぐらい簡単に避けれるもんだと思っていたんだが?」

「あん?」

 

挑発的な物言いしながら不適に笑って振り返ってきたレオに深雪はピクリと反応する。

 

「おっかしいな、あの司波達也の妹ともあろう人がこれぐらいの事でビビっちまうなんて」

「は? ビビってねぇし、テメェのヒョロヒョロの拳程度でビビるとかマジあり得ないんですけど? そんなの百発来ても避け切れるし」

「そうかいだったら遠慮なく……」

 

必死になって強がっている姿勢を見せる深雪にレオは再び右手を振りかぶって

 

「百発どころか千発かましてやるぜ!!」

「チッ……」

 

一気に振り抜いてきた。深雪はその拳から放たれる余波を感じながら、今度はレオの下を掻い潜るように前転

 

「何度避けようがアンタの木刀じゃ俺は倒せねぇよ!」

「そうかい、だったら……」

 

レオの股の下を掻い潜りながら深雪はある場所に目をキランと輝かせて右手に持った木刀を構え

 

「テメェじゃなくてのテメェの息子をぶっ倒す」

「え?」

 

彼の股の真下で転がった体勢で深雪は木刀を突き上げるようにして彼の……

 

「安心しろよ、使えないような事にはしねぇから」

「ハァァァァァァァァァン!!!」

 

逞しい下半身にぶら下っている股間目掛けて思い切り木刀を突き入れた。

どれ程の頑丈な肉体を持ってしても唯一鍛えていなかったその場所を突かれてレオは断末魔の叫びを上げながら。

 

「き、汚ねぇだろそれはさすがに……」

「いやーまあ確かに汚ねぇわな、股間は男にとってケツと同じぐらい汚ねぇ所だから」

「そういう意味で言ったんじゃねぇよ……」

 

自分の頭上でレオは両手で股間を押さえながら前のめりにズシンと倒れるのを確認した後、深雪はヒョイッと半身を起こしてすぐに立ち上がった。

 

「どうだ参ったかコラ」

「……すげぇ納得したくねぇがアンタの戦い方はなんとなくわかった、俺の負けだ……はう!」

 

まだ痛む股間を片手で押さえながらよろよろと半腰の状態で立ち上がるレオ。その顔からしてとてつもない痛みに襲われているのが手に取るようにわかる。

 

「さすが“あの人”のかつての同胞だった人だ……全く抜け目のねぇ戦い方をするぜ」

「は? あの人? 誰の事言ってんだ?」

「俺、いや俺達はあんた等の実力がどれ程のモンか試しに挑んだんだよ。ちゃんとあの人に話を通してな」

 

誰の事だかわからない様子の深雪にレオはフッと笑う。

 

「さすが攘夷戦争って奴で『白夜叉』という仇名で活躍していた侍は一味違ったわ」

「おま!!」

「なに驚いてるんだ、アンタの事だろ、“坂田銀時さん”」

「俺の名前を!」

 

突然レオが放った言葉に深雪は驚きを隠せないでいた。

攘夷戦争、白夜叉、そして自分の本来の名である坂田銀時。これ等を異世界の者でわかる者がいたなんて……

 

動揺を見せながら目を見開いている深雪に更にレオは話を続ける。

 

「俺達はアンタ等を知っている、白夜叉・坂田銀時、狂乱の貴公子・桂小太郎、鬼兵隊総督・高杉晋助。あの人から耳が痛くなるほど聞かされたよ、どんな人達だったか今はどんな事をしているのか、そしてかつて共に国を護る為に戦った同胞だという事もな」

「……そいつがお前に俺達のこと教えたのか、俺達の世界を知らねぇお前達に」

「そりゃまあ最初はやっぱり半信半疑だったが、達也があっさり信じるモンだから俺達もつい流されてな」

「達也? 司波深雪の兄貴か? やっぱそいつが何か関係あるのか?」

「ああ、そして俺達とあの人は達也の居所を知っている」

「なに!?」

 

あっさりとしながら深雪がずっと探していた兄である達也の行方を知っていると言うレオ。

深雪はすぐにでも彼の居場所を突き止めようと、レオの方へ一歩踏み出したその時。

 

「なに、もう終わってたの? さすがにもうちょっと粘ると思ってたんだけど?」

 

不意に前方から一人の少女がザッザっと足音を立てながらやってきた。

こちらは特に隠れもせずに堂々と深雪の前に現れた。

これまた幹比古やレオと同じクラスの二科生、「剣の魔法師」の二つ名を持つ百家本流の一つ「千葉家」の次女であり、赤髪ポニテが特徴的な女の子、千葉エリカだ。

 

「アンタもまだまだね、まあこれでよくわかったでしょ、この三人の実力って奴を」

「ああ、痛い程わかったぜ、う! マジで痛ぇ……潰れてないよなコレ?」

「いや待て待て、なんだいきなり現れて、全然話が読めねぇんだけど」

 

股間を押さえながら痛がっているレオをエリカがたしなめているのを深雪が混乱しながらツッコむと、エリカがおもむろに彼女のほうへ振り返り

 

「つうかしばらく見ない内に可愛らしい顔になったわねー、まあアタシも負けてないけど」

「は? いやだから誰?」

「あり? 気付かない? じゃあこれで……」

 

自分の事を知った風に話しかけてくるエリカに深雪が口をへの字にしてしかめっ面を浮かべていると、彼女は制服の裏から黒いレンズのスポーツ用サングラスを取り出して目に掛ける。

 

「ほれ」

「……は? いやだからお前なんか知らねぇって」

「あり~?」

 

得意げにグラサンを掛けるエリカを深雪が一蹴すると、傍にいたレオがバツの悪そうな顔で

 

「つうかその喋り方だから気付かないんじゃないかアンタに?」

「あ、そうだった、アハハハハ」

 

彼に指摘されてエリカはゲラゲラ笑いながらうっかりしてたと後頭部を掻きながら

 

「すまんすまん! 女の体だからだとつい女の口調で遊んでおった事に忘れとったわ!! いやーわしとした事が生まれついて肌にまで染みちょる土佐弁を忘れるとは! アハハハハハハ!」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!! もしかしてお前!!」

 

今までの口調から一転していきなり土佐訛りのきつい喋り方でバカみたいにデカイ声で笑っている彼女を見て深雪は速攻で気付いて指を突きつけて

 

 

 

 

 

 

 

「坂本辰馬ぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「おおようやく気付いちょったか銀時、そうじゃわしこそ快援隊の艦長」

 

エリカは自分を親指で指差すとニヤリと笑い

 

「坂本辰馬とはわしの事じゃアハハハ! アハハハハハハ!!」

「よりにもよってオメェみたいなバカまで出てくんじゃねぇぇぇぇぇ!!!」

「うづほぉ!!」

 

名乗りをあげる前に深雪のドロップキックがエリカの顔面に直撃した。

坂本辰馬、かつては銀時・桂・高杉と共に並んで攘夷戦争を生き抜いてきた攘夷志士の一人であり今は宇宙をまたにかけて快援隊という組織を率いて貿易を行っている商人である。

 

そして彼との出会いにより物語は急に動き始めていく

 

 

 

 

 

 

 

某日未明 場所は見渡す限りに無限広がる大宇宙。坂本辰馬がまだ千葉エリカでなかった時の話。

 

坂本辰馬は自ら作り上げた組織、快援隊を率いて宇宙を航海していた。

長きに渡る航海にも船乗員にもすっかり慣れっこの様子で艦内を首尾よく動き、とある目的の為に動いていた。

 

「オロロロロロロロロロ!!」

「何時になったらお前は船酔いが直るんじゃ」

 

ある一人を除いては。

そしてその一人が他でもないこの組織のトップ、坂本辰馬である。

艦内の隅っこで両手に持ったビニール袋に顔を突っ込んで吐瀉物を吐き散らしているのを見かけた彼の右腕である女性、陸奥がいつも通りの彼に呆れたように言葉を投げかける。

 

「もうじき目的地じゃというのに艦長がこげな所でゲェ吐き散らしとったら緊張感台無しじゃき、はよ船頭に行くぞ」

「ま、待ってくれ陸奥、すまんがビニール袋もう一つ頼めんかの……そろそろ溢れ……ドボロシャァァァァ!!!」

「……どんだけ胃の中モン吐き出すつもりじゃ」

 

タップンタップンとビニール袋の中から音を出しながら顔色悪い状態で顔を上げる坂本。

そしておぼつかない足取りをしながらも懸命に陸奥の後を追って歩く。

 

「それにしても今回はちっとばかり長くなってしもうたの……おかげで艦内の金太郎袋がほとんど無くなってしもうた……」

「それ全部使ったのおまんじゃろうが、もう艦内の船務員の間では金太郎袋でなく坂本袋と改名済みじゃ」

「なに!? わしの許可なく勝手にわしの名前を金太郎袋に使っておるじゃと! さすがにそげな事許せん! こうなったら艦内全員に名前の撤回! ドボロロロロロロロ!!! すみません坂本袋一枚!」

「はい坂本袋」

 

吐くか怒るかどっちかにしろと内心思いながら懐からビニール袋を彼に差し出す陸奥。

坂本は新しいビニール袋を両手に抱えたままようやく船頭室に着いた。

 

「おいおまん等ぁ! 首尾よく動いてるかぁ!」

「「「「「お帰りなさい坂本袋!!!」」」」」

「もはやわしの存在自体ゲロ袋ぉ!?」

 

陸奥と共にやってきた坂本が船員達に向かって檄を飛ばすが返ってきたのはもはや悪口に近い仇名だった。

少々テンション下がりながらも坂本は船頭から見える星のきらめく大宇宙を見上げる。

 

「ここら辺のエリアには次元の裂け目が観測されとるきん、危うく入ったら一瞬でお陀仏ぜよ」

「なにを今更、元よりその覚悟でここまで来たんじゃろう」

 

次元の裂け目とは次元空間の間に作られた溝のような物で、触れればたちまち吸い込まれていつの間にか未発見の場所にまで飛ばされてしまい右も左もわからないまま宇宙を彷徨うという、大変危険なポイントの事を表している。宇宙を航海するものは本来決して歩み寄ってはいけない地区なのだが、坂本達は果敢にもそこに向かって突っ込んでいく。何故なら

 

「理由はどうあれ“アイツ等”の母星を破壊したのはわし等じゃしちと気になってはいたんじゃ、ここ最近の奴等の動きを聞いてからどうも胸騒ぎがしての」

「金にならん事で船動かすのは勘弁してほしいんじゃが、だが確かに連中の動きが気になる、もしかしたらまた地球を侵略に……」

「アハハハハ! そん時はそん時でまたわしの交渉術であいつ等の侵略を食い止めてみせるきん」

「連中の言い分を勝手に解釈して交渉を行ったせいで奴等を地球にけしかけさせたのは一体どこぞのバカだったかの」

 

豪快に笑ってみせる坂本をジト目で見つめながら陸奥が皮肉っていると、乗務員の一人が突然

 

「艦長! 目的地のあるポイント先に! 謎の巨大な物体が!!」

「なに!?」

「映像出します!」

 

慌てたように叫ぶ乗務員に反応してすかさず坂本と陸奥は前方に振り向くと瞬時にモニターから映像が映し出される。

 

そこに現れたのは巨大な……

 

「な、なんじゃと……! 陸奥、コイツはもしや!?」

「バカな! コイツはわし等で完全に破壊した筈!!」

 

モニターに移された“ある物”、かつて宇宙の塵となり消え去ったはずの存在が今目の前で再び現れた事に二人が驚愕していると……乗務員は更に慌てた様子で

 

「巨大な物体がこちらに向かって攻撃体勢に!」

「やはり気付かれちょったか! 全艦隊に告ぐ! 超逃げてぇぇぇぇ!!!」

 

どうやら相手は既にこちらを敵とみなしたらしい。巨大な物体がこちらに向かって動いたのを確認すると坂本はすぐに皆に伝令。

 

しかし

 

「雷の様な衝撃波がこちらに向かって急接近!! あまりにも早すぎて回避できません!!」

「なに!?」

 

乗務員の叫び声に坂本が前方に向かって振り向いた瞬間。

 

「へ!?」

 

艦隊の壁を透き通って、黄色い閃光がまっすぐに坂本を捉えて直撃した。

 

「坂本! く! 物質通過性の光線じゃと……! 何をしとる救護班の用意を!」

 

目の前で雷に射抜かれそのままフラッと後ろに倒れた坂本にいち早く陸奥が歩み寄って抱き抱えながら回りの乗務員に通達。

 

「全艦隊撤退じゃ!! 一刻も早くこのエリアから脱出するぞ!!」

 

艦長が倒れた今、副艦長である陸奥が実質的に艦長の権限を得て坂本の意思を受け継いで撤退命令を飛ばすとまた坂本の生死を確かめるために彼の方へ振り返るが

 

「……無傷じゃと?」

 

これまた奇妙な事であった。先ほど雷の様な物に射抜かれたにも関わらず坂本の体には何処も損傷がない、しかしこれはこれで陸奥を更に不安にさせた。

 

「連中の目的は一体……」

 

幸いにも“彼等”が追撃することは無かった、まるで最初から艦長である坂本だけが目的だったかのように

不安に思う陸奥と他の乗務員を乗せて、快援丸は電光石火の速さでその場から撤退するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

そして今、雷の様な光線に射抜かれた坂本辰馬はというと

 

「……とまぁわしがその雷の様なものを食らったのが最後の記憶で、次に目覚めたら中々ええスタイルのボンキュボンの嬢ちゃんになってたんじゃ! アハハハハ!!!」

「笑い事で済ませられるかぁ!!」

 

いつの間にか異世界に渡り女子高生の千葉エリカの体に宿って復活していたのであった。

そして同じ境遇を得て司波深雪の体になってる坂田銀時は事の経緯を聞いて彼女の胸倉を掴み上げる。

 

「テメェいつからこっちの世界に来てんだよ!」

「んーいつじゃったかの~、なあヒデキ?」

「いや俺はレオだって」

 

自分がいつ来たのか確認するためにチラリと横に立っている西条レオンハルトに尋ねるエリカ。

 

「少なくとも俺が初めて会った時からもう坂本さんだったな、入学式だから4月か」

「そうじゃそうじゃ! 確かわしが気がついた時には講堂で入学式やっててみんなが見ちょる所で深雪ちゃんが新入生代表で答辞しちょってたんじゃ!!」

「オイィィィィィ!! どんだけ早い時期から異世界渡ってんだよ! 入学式から来てたとかそれもうモノホンよりお前の方が学校生活満喫してんじゃねぇか!!」

「いやいやあん時はわしも驚いたわ、なにせ目が覚めたら宇宙から学校の中! しかも体が女になってたから思わず混乱して……」

 

 

 

『アハハハハハ!! なんじゃこれ! どういう事じゃ一体! アハハハハハハハ!!』

『あの……私の答辞になにかおかしな点でもありましたか?』

『ハハハハハ!! 知らん知らん!! 訳わからなくて笑ってるだけじゃからアハハハハ!!』

 

 

 

「大爆笑して教壇で答辞言ってた深雪ちゃん困惑させてしもうたきに、あん時は講堂の中シーンとしてたの」

「そらそうだろ、あん時は俺もヤバイ奴と一緒に入学しちまったと思ったぜ」

「どこが混乱してんの!? 至って普通の何時も通りのバカなお前じゃん! 俺が最初にこっち来た時なんかすげぇパニックになったんだからな!!」

 

レオと話しながら初めてここに来た時を思い出していたエリカに深雪がツッコむ中、彼女は話を続ける。

 

「でもそっから本当に大変だったんじゃぞ、右も左もわからんきに、でもわしが入れ替わる前にこの体の持ち主と知り合いになっとった美月ちゃんがすぐ異変に気付いてくれとったんじゃ」

「美月?」

「ウチの二科生の生徒だよ」

 

坂本の存在にいち早く気付いたというその人物に深雪が眉をひそめると、エリカの代わりにレオが答える。

 

「特殊な目をしててな。言うなれば人が常時出してるオーラみたいなのを見分けることが出来るんだとよ、坂本さんに入れ替わった途端そのオーラが丸っきりに別人に変化していたとかですぐに坂本さんの正体を見抜けたらしい」

「なんだその写輪眼みてぇな能力、だったらそいつなら俺やヅラの事も簡単に……」

 

美月の能力を小耳をほじりながら聞いていた深雪はピタっと止まる。

 

「そういや飯食ってるときに妙な奴が……」

「それが柴田美月な、一応アンタ等が坂本さんと同じ異世界から来たのか見てもらって来たんだよ」

「通りでなんか怪しいと思ったんだあのメガネ、おっぱいデカかったし」

「いやおっぱい関係ねぇだろ!」

 

昼食の時に食堂で出会った少女を思い出して深雪が顔をしかめているとレオがツッコミを入れた。

 

「とにかくその目のおかげで千葉エリカっていう生徒が坂本辰馬っていう別の人間と中身がすり替わってる事がわかったんだとよ、後は達也が坂本さんの話をまともに聞いていたおかげで俺達も信じるようになった」

「ああ? 兄貴が?」

「ああ、俺達と同じクラスで2科生の司波達也」

 

どうやらエリカの中にいた坂本は失踪前の達也と面識があったらしい。レオはその辺を含めて深雪に説明してあげた。

 

「「信じられない話だがこの人の言動に嘘が含まれてない」って判断でアイツは坂本さんの話を真面目に聞いて一緒にこの事態を考察していたんだ」

「アハハハ! ほとんど達也に任せっきりじゃったがの!」

「そっから俺達も加わるようになって、坂本さんのいう異世界って奴をみんなで調べるようになったんだよな」

「ああ、思えば短い間じゃったがこの世界に来てからおまん等と色んな事ば体験しきてたのう」

 

腕を組んでエリカはしみじみと思い出す。

 

「入学早々同じ新入生に絡まれたり、学校にテロリストがやってきたり、深海に眠られた謎の文明の後が残った建造物を見つけたり、また学校にテロリストがやってきたり、山の頂にいる山賊の群れと戦ったり、またまた学校にテロリストがやってきたり、とある国のお姫様を暗殺者から護ったり、あれ? 今週来ないのかなと思ってたらやっぱり学校にテロリストがやってきたり……ほんに色々あったのう! アハハハハ!!」

「いや本当に短い間に色々起こりすぎ! なんか所々そっちの原作にないエピソード挟んでるし!! つうかテロリストに襲われすぎだろ! 最終的にもう恒例行事みたいになってるじゃねぇか!!」

 

彼女の体験した奇想天外なエピソードに深雪は指を突きつけながらツッコミを入れた。

 

「つうかそんな事やってる間にヅラや高杉とか俺にどうして隠れて動き回ってたんだよ!」

「ああ、それにはちゃんと理由があるばい、別に仲間外れにしてた訳じゃないぜよ」

「そういう事気にして言ったんじゃねぇよ!」

 

ヘラヘラしながら後頭部に手を置きながら軽く謝るエリカに深雪がキレている中、彼女は話を続けた。

 

「実はつい1ヶ月ぐらい前に達也の奴にちと問題があっての、ちょうどヅラが生徒会長さんと入れ替わった時期ぐらいじゃったか」

「それって兄貴の奴が失踪したっていう……」

「ああ、といってもそれは“達也で無く別の存在”じゃ」

「!」

 

サラリととんでもない事を言いのけるエリカに深雪は目を見開く。

 

「別の存在、そいつはつまり!?」

「ヅラが生徒会長さんと入れ替わったように、それと同じタイミングで“あるお方”が達也と入れ替わったんじゃ」

「マジかよ、お前等そんな事まで……」

「おまん等にわし等は近づけんかった理由はの、迂闊にこちらがまとまって動けば悟られる可能性もあると思ったからなんじゃ」

 

そう言ってエリカは空を指差す。

 

「宇宙からの」

「よりによってそんな所からかよ……俺たちを入れ替えた黒幕はそっから高みの見物してるってわけか……一体誰なんだそいつは」

「そいつはお前もよく知ってる筈じゃて」

「は?」

 

グラサンの下から目を覗かせ、真顔でエリカは深雪に真に迫る。

 

「そいつ等の名は」

 

 

 

 

 

 

 

エリカが敵の名前を深雪達に告げていたその頃の事である。

深雪達がいる世界とは別の世界、つまりかつて銀時達がいた世界では彼等がいなくともかぶき町はいつも通りの毎日を送っていた。

 

その町の中にある何でも屋、万事屋銀ちゃんだけは覗いて。

 

「おはようございまーす」

 

家の戸を開けて志村新八は挨拶をしながらリビングに入ると。

 

「あら、おはようございます新八さん」

 

白米、味噌汁、鮭漬けという日本人なら一般的な朝食が乗ったお盆を両手で持って、空色の着流しを着た銀髪天然パーマの男、坂田銀時がこれまた似合わぬ純白のエプロンを付けた状態で柔な微笑みを浮かべながら彼の方に振り返った。

 

「ちょうど新八さん用のご朝食も作り終えた所です、何分まだこの身体に不慣れで少々不恰好な出来になっておりますがお口に合うのでしたら是非」

「ユッキー! おかわり!」

「フフフ、そんなに食べては新八さんの分も無くなってしまいますよ神楽さん」

「……」

 

新八の分の朝食も作ってくれていた銀時に、神楽がソファに座ったまま勢いよく彼に空になった茶碗を差し出している。

自分の妹の様に優しく言いながら注意している銀時を眺めながら新八はどこか遠い目をしたまま

 

「……ありがたく頂きます、”深雪さん”」

 

そう、やはり七草真由美が桂小太郎と入れ替わった様に

司波深雪もまた坂田銀時の身体と入れ替わってしまっているのだ。

しかもその入れ替わりから既に数日の時が流れているのである。

 

 

 

 

 

 

銀時の手料理を食べ終えると新八はソファに座った状態で

 

「桂さんに続きまさか銀さんまでこんな事になるなんて……」

 

向かいに座っている司波深雪の魂が入り込んだ坂田銀時の方に顔を上げた。

 

「深雪さん大丈夫ですか? そんな万年金欠のモジャモジャ頭のおっさんの身体になっちゃって」

「ええまあ、正直最初は不安で寝る事もままならなかったのですが、皆様のご助力のおかげでなんとかこの身体にも慣れてきたところです、見知らぬ私をこんなにも温かく迎え入れてくれてありがとうございます」

 

数日前、コンビに向かう途中で道端で倒れていた銀時。目を覚ました彼は既に新八達の知る坂田銀時ではなかった、それでも桂の件があったのでこの事態をすぐに受け止めて新八と神楽はなんとか彼をフォローしていたのだ。

それら含めて感謝するかのように頭を下げる銀時だが、新八はその姿に唖然とした表情を浮かべている。

 

「ヤバいよ神楽ちゃん、こんな丁寧な物腰をしながら頭を下げて来る銀さんとかやっぱ不気味過ぎるよ……」

「私はもう慣れたアル、ていうかもう無理矢理この状況に適応しないと頭おかしくなるネ」

 

表情にはどこか怯えがある新八とは対照的に、彼の隣に座っていた神楽はどしっとした構えで銀時にジト目を向ける。

 

「一体なんなんアルかこの状況、ヅラに続いて銀ちゃんまで、おまけにあのモジャモジャ艦長も向こう行っちゃったみたいだし」

「そうだ、深雪さんは向こうの世界で入れ替わった坂本さんと一緒に行動していたんですよね」

 

新八がそう言うと向かいに座る銀時が静かに縦に頷く。

 

「はい、千葉エリカという私と同じ学年の女子生徒と入れ替わったとか。よくお兄様はあの方とお話になられてました、この世界の事や技術や文化の違い。そしてこの状況を作りだしたのが誰なのかと探しておいでだったのです」

「よくもまああの人の話を真に受けたなその人……。そしてそのお兄さんの方もこちらの世界のどこかで誰かと入れ替わったと……」

「……あれは1ヵ月程前のお兄様の誕生日でした、私室で異世界について調べていたお兄様が突如あんな事に……」

 

何よりも大切な兄の存在が別人と入れ替わる、その事は彼女にとってあまりにも残酷な仕打ちだった。

 

「学校側にはお兄様は行方不明となっておりますが、実際はお兄様と入れ替わったその方があまりにも特殊な方だったらしく、坂本さんがその方の存在の動向を周りに悟られぬように隠蔽したのです」

「特殊な方? 坂本さんがそこまで存在を隠そうとした人物って一体……」

 

新八が兄である司波達也がどんな人物と入れ替わったのか思考を巡らせていると、神楽は銀時に向かって

 

「じゃあお前の兄貴はこっちの世界に来てるって事アルな、なんなら私達が探すの手伝ってやるヨ」

「それが私もその方の事を詳しく坂本さんから聞けなかったんです、その時の私は突然お兄様がいなくなられて気が動転していたので一体どんな方だったのかさえ……」

「誰なのかわからないんだったらまずは江戸を片っ端からそれらしい奴を探す事から始めればいいアル」

「え?」

 

諦めかけていた銀時に神楽はあっさりと答えて私に任せろと言った感じで自分の胸を叩く。

 

「私達は万事屋、妹ほったらかしにてどっか行ったバカ兄貴をとっ捕まえる事なんざ昼飯前ネ、依頼料の朝飯は既にもうお前に貰ったしな」

 

そう言って神楽は自分の腹を軽く摩る。

 

「私もバカ兄貴にほったらかしにされた妹だからお前の気持ちはよくわかるんだヨ、だからすぐに会わせてやるから安心するヨロシ」

「神楽さん……」

 

素性も知れぬ相手に対してこうまで協力してくれるという事に銀時は胸を熱くさせ、自信満々に頷く神楽に思わずソファから立ち上がって身を乗り出し

 

「この様な迷惑を掛けて更には行方も知れぬお兄様を探してくれるなんて! 感激の極みです!! 本当にありがとうございます!!」

「ぬおぉー! 銀ちゃんの身体で抱きつくんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!」

「ちょっとぉぉぉぉぉ!! なんかヤバい絵面になってんだけどぉ!? 離れて二人共! アグネス動くから! アグネスが待ってましたと言わんばかりにドア蹴破って入って来るから!!」

 

つい嬉しかったのか神楽の首に両腕を回し勢いよく彼女を抱きしめる銀時。

思わぬ出来事に神楽は目を血走らせて激しく抵抗する中、新八が慌てて二人に叫んでいると。

するとそんな時に

 

「なんじゃ、お楽しみの最中じゃったか?」

「え? ってええ!? あなたは!」

 

騒いでいたので気付かなかった、いつの間にか家の戸からリビングへとやってきた一人の女性の登場に新八は目を見開く。

 

「陸奥さん!? どうしたんですか急に!?」

「アグネスじゃなくて悪かったの、ちょっとおまん等の所のモジャモジャに頼みがあったから寄ったんじゃ」

 

頭に被った三度笠を取って現れたのは坂本辰馬の右腕とも称される快援隊の副艦長、陸奥。

突然現れた彼女に新八が困惑の色を浮かべる中、陸奥はずかずかと部屋の中へと入って来て

 

「にしてもそこの天パとチャイナ娘はしばらく見ん内に随分と……これではおまんも肩身の狭い思いをしているんじゃろうて」

「待ってぇ! 違いますからこれは! うまく説明できませんけど今の銀さんは銀さんじゃないんです! 信じれないと思いますけど精神が異世界の女の子と入れ替わっていて!」

「……ああ」

 

こちらを見ながら哀れみの視線を送って来る陸奥に新八がすぐに否定して訳を説明しようとすると、彼の話の途中で何か悟ったのか陸奥は神楽に抱きついている銀時の後頭部をガシッと掴むと。

 

「なるほど、どうやらこちらの大将も既に連中にやられたという訳か」

「あだだだだだ! 割れます! 頭割れますから!! いきなり乱暴な事しないで下さい!!」

「これぐらいの事で喚くんじゃなか、ウチの世界じゃこれぐらいの事常識ぜよ」

「づッ!」

 

涼しい顔で銀時の頭を鷲掴みにしたままグイッと上に掲げる陸奥。

いきなりの事に銀時は悲鳴の様な声で叫んで混乱していると、彼女はすぐにパッと手を放して彼を乱暴に落とす。

 

「てことはちと面倒な事になってきたの、敵の攻撃はそろそろ始まる頃合いじゃというのに」

「どういうことですか陸奥さん! もしかして陸奥さんの所も銀さんみたいに!」

「ああコレと同じ事になっちょる、使えんバカが更に使えんバカになっちょるきに、じゃからこっちの大将に協力を仰ごうとしたんじゃ」

 

サラッと酷い事を言いながら陸奥は腕を組みながら新八の方へ振り返る。

 

「奴等がまた動き出したからもう一度手を貸せと」

「奴等……!?」

「この入れ替わり騒動の発端は、全ておまん等がかつて戦った事のある、とある種族がやらかした事じゃ」

「とある種族……それが銀さん達を入れ替えたっていうんですか、一体そいつ等は……」

 

この騒動を引き起こした真犯人の正体を恐る恐る問い詰める新八に。

陸奥は一度一呼吸整えるとゆっくりと

 

「その種族は今二つに分かれた、一つは今もなお自分達の母星を探し続ける者達、もう一つは失った母星を再び復活させ、更なる過ちを行おうとする者達」

 

 

 

 

 

 

 

「蓮蓬」

 

 

 

 

 

 

「かつてわし等が地球を護る為に戦った幻の傭兵部族が最悪な形で蘇った、今度はわし等の世界だけでなく別の世界までも手中に収めんとな」

 


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