桂小太郎こと七草真由美は、吉田幹比古と共に学校の屋上へときていた。
幹比古の狙いはもちろん桐原やレオと同じく侍としての桂小太郎の力量を見定めることであったのだが……
「随分と魔法を上手く操れるんですね……名のある侍だと聞いていたのでてっきり刀使ってくると思いましたよ」
「まあな、戦いとは刀のみにあらず、ありとあらゆる物を巧みに操ってこそ侍の本領だ」
幹比古の周りには何十発もの氷の弾丸の破片が冷気を放ちながら消えていく。
立ち尽くした彼の数メートル先の前方に立っていた真由美は冷静な表情を浮かべながら
「今なら俺が独自に編み出した必殺技「尻波絶対凍風《ケツカチブリザード》」を披露してやってもよいのだぞ」
「……なんですかそれ」
「尻から冷凍光線を放つのだ」
「……なんで尻からなんですか?」
「知らん、色々試したらなんか出た」
人の体でなんちゅう魔法を体得しているのだと幹比古が心の中でツッコンでいると真由美はまだ話を終えていない様子で
「これはまだ生徒会の仲間にも教えていない秘術でな、お主が俺の力試しをしたいのであれば是非この必殺技もぬしに見てもらおうと……」
「いやいいです、もう大体わかったんで」
「いいのか、凄いぞ俺の尻波絶対凍風は」
「いや本当にいいんで……」
「後で見たくなっても知らないぞ、本当に凄いぞ俺の尻波絶対凍風は」
「どんだけ見せたいんですか! 尻波絶対凍風!!」
拒否してもめげずに見せてやろうと何度も提案してくる真由美に幹比古は遂に心の中でなく口に出してツッコミを入れた。
「あなたの力はもう十分見ました、七草生徒会長、いえ桂小太郎さん」
「やれやれ、坂本の奴がこちらの世界に来ているとぬしから聞いた時は驚いたが、まさか俺達から隠れながら異世界の者達を中心とした隊を編成していたとは」
「エリカ……坂本さんが手当たり次第に色んな人を誘って作り上げた全然まとまりのない隊ですけどね」
「ああ、あいつは昔からそういう奴だったよ。味方はおろか敵にまで馴れ馴れしく話しかけ、いつの間にか船一隻には収まらないほどの仲間を作っている本当におかしな奴だ」
幹比古が真由美に行ったのは力量を測るだけではない、坂本辰馬がこの世界で千葉エリカの体の中にいて独自に動いていたことも教えていたのだ。
そして坂本達が隠れて行動していたのは敵であるあの種族に勘付かれない為だった事も。
この入れ替わり現象を引き起こした元凶が「蓮蓬」の仕業だという事も
それ等を聞いていた真由美は頭の中で上手く整理しながらジッと彼を見据える。
「その坂本が俺達に隠れて動かなければならない程、相手の脅威は恐ろしい物なのか」
「はい、こうして僕等が急いであなた達とコンタクトを取ったのも、最悪の事態が始まる事に一刻の猶予もないからなんです」
「最悪の事態? この入れ替わりが一体何を引き起こすというのだ?」
「二つの世界の滅亡です」
「!!」
冷静に言う幹比古にあの真由美が一瞬言葉を失うほどの衝撃を受けていると彼は話を続けた。
「そして今、現在進行形でこの星は滅亡の一途を辿っているんですよ」
「……詳しく説明してもらおうか幹比古殿」
「ええ、その為に僕が来たんです」
いきなり世界の滅亡だの言われてはさすがに頭の処理が追いつかない。
幹比古は残り少ない時間の中で出来る限りの事を彼に話すのであった。
そしてその頃の事であった。
彼らのいる地球からずっと遠くに離れた宇宙で。
機械で造られた強大な星のような球形の物体が彷徨っていた。
その大きさは計り知れず、どれ程の規模かもパッと見ではとてもじゃないがわからない。
そしてその星の表面にはアヒルのような口ばしをした変な生き物の顔が貼り付けられてるかのように作られていた。
それはこの星に住む者があの幻の傭兵部族、蓮蓬だというのを明確に表す象徴の一つである。
そして強大な力と兵力を持ったその星のある一角の大部屋に、番傘を背中に背負った一人の若者が立っていた。
「やれやれ、しばらく見ない内にまた随分と急成長したね。俺ら夜兎とは違う形で他の星から恐れられていた種族だとは聞いていたけど、まさか地球の侍達にやられてから僅かの期間で前以上の星を創り出すなんて」
「おい、いくら同盟結ぶ相手だからって、連中の機密事項のある場所になにお散歩感覚で入ってきてんだすっとこどっこい」
若者と同じく巨大な番傘を手に持った無精ひげの生やした一人の男が背後からけだるそうに声をかける。宇宙最強の傭兵部族、夜兎にして宇宙海賊春雨の第七師団副団長の阿伏兎だ。
そしてそんな彼に話しかけられた男は口元に微笑を浮かべながらゆっくり振り返る。
「あららどうしてここにいるのがわかったの?」
「近づくなって言われた場所に近づくのがお前さんだろ」
阿伏兎と同じく夜兎であり春雨の第七師団団長、神威。
宇宙最強のエイリアンハンターの海星坊主を父に持ち、そして神楽の兄でもある。
「そういう阿伏兎だって入ってきてるじゃん、いいの? 受けた仕事はきっちりやるのがモットーとか言ってなかったっけ?」
「だから連中の秘密の場所にノコノコ出向いてる侵入者を母艦に連れ戻そうとしてんじゃねぇか、これも俺の仕事だ」
「ふーん、じゃあちょいと仕事休んで、“コイツ”の事教えてくれないかな」
そう言って神威は自分の背後を親指で指差す。
彼の背後には直径10メートル近くの黒光りの複雑そうな構造した巨大装置。微弱な電流を中で走らせている透明なパイプが何百本とくっ付いており、顔を上げれば微かに見える装置の頭には発射台のような物まで設置されている。見れば見るほど禍々しい機械であった。
「コイツって、『異空間転心装置』の事か? コイツの事なら前の春雨の会議で説明されてただろうが」
「俺が会議なんかちゃんと聞いてると思う?」
「ああそうだな、なにせ仲間の話もロクに聞かずに勝手に動くはた迷惑な団長だったわ。会議に出された議題なんて耳にすら入ってねぇだろうな、だから俺が代わりに聞いているんだったぜ」
やれやれと首を横に振りながら呆れると阿伏兎は目の前にある装置を眺めながら神威に話を始めた。
「異空間転心装置は簡単に言えば人と人の体を入れ替える転送装置だ。頭上に付いてる発射台から雷の様な物を打ち上げて対象に当てる、すると装置に事前に登録していた者と当たった者の体が入れ替わっちまうんだ」
「ふーん、てっきり核搭載二足歩行型戦車かなと思ったのに」
「回りくどいやり方をしながら敵の気づかぬ内に星を占領しちまう事に関してはスペシャリストの傭兵部族、蓮蓬が作った代物だ、俺達みたいな武力で押し切るタイプと違うんだよ」
発射台が付いてるのに体を入れ替えるだけの装置だと聞いて、少々がっかりした様子で頬をポリポリと掻く神威に目を細めながら阿伏兎は話を続ける。
「それにコイツばっかりさすがに夜兎の俺達でさえ食らっちまったら一巻の終わりだ。なにせコイツは食らった相手を宇宙の辺境どころか異世界とかいう未知なる次元にまで飛ばしちまう、さすがにアンタでも見知らぬ世界に飛ばされて見知らぬ身体にされたらひとたまりもないだろ?」
「へー」
わかりやすい阿伏兎の説明に神威は感心する様に頷く。
「つまりコイツを使えば俺もハルケギニアやバリアン世界に飛ばされるって訳だ」
「それどこの世界?」
「ユグドラシルや学園都市でもいいかな」
「だからどこの世界の事言ってんの?」
唐突に聞いた事の無い世界の名前を並べだす神威に阿伏兎が困惑した様子で見つめる。
「ったく、そんなお気楽に考えてんじゃねぇよ、コイツはそんじゃそこらの並大抵の兵器じゃねぇんだ。だから春雨は即座に動いて連中を敵に回さないためにこうして俺達が出向いてんじゃねぇか」
「そんなにヤバイなら今ここで破壊しておく?」
「こんな星のど真ん中でやってみろ、連中に気づかれたらさすがに俺達でも生きて帰れまいよ」
相変わらず単純な手をすぐ実行しようとする神威に阿伏兎は釘を刺す。
「春雨は連中と戦争おっ始める気はねぇ、連中にやりたいようにやらせて隙を見せたら奴等が手に入れたモンごと横から掻っ攫うのが狙いなんだよ」
「あまり乗り気がしないなぁ、たかが異世界に飛ばすだけの装置に腰引かす海賊ってどうなの?」
「それだけだったらとっくの昔に俺達が奪ってやってるよ」
基本力で相手をねじ伏せて殺す戦い方がお好きな神威。しかし彼の推測よりもこの装置の恐ろしさはとても計り知れぬ者であった。
「コイツを地球のお偉い方に狙いを定めて、蓮蓬の連中がそいつ等と入れ替わったらどうなる? 政治も占領も奴等の思うまま、地球の連中は誰が蓮蓬と入れ替わってるのかもわからずてんてこ舞いよ。気が付けばあっという間に地球人はいなくなり連中だけの星となる」
「あーそういう事?」
「既にコイツは実験で地球の連中数人を異世界に送り飛ばすことに成功した。そしてもう連中は異世界に仲間を送る事に成功している、つまりそういう事だ」
はぁ~とため息をつくと阿伏兎は異空間転心装置を見上げる。
「もうすぐ二つの星が消えんだよ」
そしてその頃、かつて坂田銀時のいた世界の江戸では。
「ち、地球が滅ぶって……本当ですか?」
「ああ、こっちの地球とあっちの地球、二つのタマが蓮蓬の手によって簡単にぐしゃりじゃ」
「下半身が冷える言い方止めてくんない?」
向かいに座る陸奥の話を聞いて新八は身震いしながら彼女の方へ顔を上げる。
「どうして蓮蓬が……坂本さんの交渉のおかげで地球侵略は諦めた筈ですよね?」
「蓮蓬は二つに分かれた、一つは無限に広がる宇宙の中を彷徨い母星を探す者達。もう一つは宇宙に散らばりバラバラになったかつての母星を繋ぎ合わせ再び」
問いかける新八に陸奥は一旦言葉を区切って顎に手を当てる。
「母星として最も適した星、地球侵略を再開しようとする者」
坂本が上手く彼等と交渉し、銀時と桂もまた黒幕である米堕卿の本体とも呼べる蓮蓬の母星を制御するシステム「SAGI」を破壊する事に貢献した。それにより蓮蓬達は地球を侵略する事を止め、母なる星をもう一度見つける為に長い旅に出た筈だが……
「種族が皆同じ考えになるとは限らん、あん時わし等が破壊したのはその蓮蓬の住んどったかつての母星じゃ。それがどげなひどかとこでも、捨てようとしても捨てきれぬモンもおるんじゃ」
全ての事が綺麗に済むわけではない。蓮蓬の一部は未だ地球侵略を諦めず再び牙を剥いたのだ、とんでもなく恐ろしい兵器を用いて
「ただの入れ替わり装置じゃない……自分達の種族と人類の身体を入れ替えて星を手に入れる、ある意味核兵器よりも恐ろしいモンじゃないですか、一体どうやってそんな物を」
「かつて蓮蓬の母星の核となっておったシステムSAGI」
「!」
「蓮蓬は、バラバラになったかつての母星だけでなくそのシステム「SAGI」その物さえ復活させたんじゃ、既に奴等は上手くこの世界に潜り込み、技術や兵器を吸収していった」
かつて地球に牙を向いた真の黒幕であるSAGI。それが復活し、更にはこちらの世界の技術までも既に手中におさめたと知って新八は驚愕する。
そして
「てことはこのタチの悪い入れ替わり現象も……」
「なんらかの器を試す為に恨んでるわし等で試し撃ちでもしたんじゃろ」
困惑している新八に陸奥は人差し指を立てる。
「わし等の世界で言うなら幕府のお偉い方と体入れ替えて内部から壊滅させていくとかも可能じゃきん、つまり本当の目的はそっちじゃ、あのモジャモジャコンビはただの実験台として選ばれただけに過ぎん、自分等で試すのはまだ危険だとでも思うたんじゃろうな」
仮説を立ててそう結論付ける陸奥に対し、新八でなく彼の隣に座っていた神楽が腹を立てる。
「なにアルかそれ! テメーで作った兵器ぐらいテメーで責任とれヨ! なに人に向けてとんでもないモンぶっ放してるんだコノヤロー」
「全くです」
事件の全貌と黒幕を知ってさらに神楽の隣に座って話を聞いていた司波深雪の魂が宿った坂田銀時は静かに頷く。
「星を奪うなどという非道な行いをする為にそんな装置を作るなど許しがたい行為です! 私をこんな体にした事、いずれ絶対にしかるべき報いを……!」
「深雪さん顔怖いです」
「ヅラの奴はどうでもいいけどユッキーと銀ちゃんを元通りにしないと! 私が直々に出向いてぶっ壊してやるアル!!」
「……ヅラ?」
神楽の口から出てきたヅラという言葉に陸奥は眉間にしわを寄せる。
「まさかあのウザったい長髪も入れ替わっちょるんか、過去に名をはせた攘夷志士3人がこうも容易く敵に振り回されるとは情けなか」
「いやいや陸奥さん、今回ばかりは仕方ないですって」
上司やその友に対してでも厳しい評価を下す陸奥に新八がまあまあと呟いていると。
おもむろに神楽は銀時の方へ振り返る
「そういえばユッキーはまだ入れ替わったヅラに会ってないアルな」
「確かにそうですが……七草会長が桂さんと入れ替わってる事はあっちの世界でも知っていました」
「ええ! 向こうの世界で桂さんと会ってたんですか!?」
「はい、坂本さんが教えてくれました、ただ存在を公にしてはいけないので私からは彼の正体について何も追求しませんでした、まあでも……」
銀時が桂の事を知っていたのは初耳だった新八達、しかし驚く彼等に銀時は目を瞑って
「私の記憶から抹消したいので出来る限り彼の存在は忘れようとしていたんです」
「そこまで嫌ってたの!?」
「私は本物の千葉エリカさんには会ってないので坂本さんが彼女と入れ替わってもある程度は受け入れられました、ですが皆に慕われ誰からも尊敬され、私も生徒会でよく話した仲である七草会長の姿であんな真似を……生理的に無理です」
「桂さんホントあっちの世界でも何やらかしたの!?」
はっきりと拒絶の意志を伝える銀時を見てあの男は異世界で何をやらかしたのかドンドン不安になっていく新八。他人事と言っても自分達の世界の住人があちらの世界で迷惑掛けてるともなると同じ世界の住人として少々責任を感じてしまう。
「まあ一番私が嫌悪しているのは私の身体と入れ替わった坂田銀時という男ですが」
「いやいやそれはしょうがなくないすか!? 銀さんもきっと望んで深雪さんの身体奪った訳じゃありませんし!」
「不可抗力だとしてもお兄様しか見てはいけない司波深雪の身体を上から下まで見る事が出来てしまう時点で私が今最も憎むべき相手です」
「大体予想は出来てたけどこの人結構ブラコンだな……やっぱ生徒会長と一緒で向こうの世界の人もなんかズレてるよやっぱ」
「ズレ過ぎて歪な形になっちょるわし等の世界よりはマシじゃき」
真顔で兄以外の人に裸を見られたくないと宣言する銀時に新八が若干引いてる中、腕時計をチラリと見ながら陸奥は冷静に答える。
「それよりもう時間じゃ、こうなったらもうおまん等に任せるしかない。わしの後についてこい」
「え? 一体どういう事ですか?」
「決まってるじゃろ」
「いや決まってるって一体何が……」
いきなりおもむろに立ち上がってついてこいとリビングから出て行こうとする陸奥を困惑しながら呼び止める新八、すると彼女は踵を返して相も変わらずの無表情で
「星二つが滅ぶ危機じゃぞ、ならそれを止める為に行く場所は一つじゃけ」
そう言って陸奥は天井を指差し
「宇宙行って蓮蓬の野望と入れ替わり装置を叩き潰す」
「えぇぇぇ!? 銀さんや坂本さんもいないこの状況でですか!」
彼女の提案にさすがに新八も口を大きく開けて驚く。銀時達が不在の今二つの星を征服せんとしている星一つを止めるなど考えてもいなかったのだ。
「安心するぜよ、いないならその分代わりに入った連中をコキ使って働かせてやればなんとかなるじゃろ、最悪弾避けに使っておっさんの身体ごと死んでもらうきん」
「アンタ異世界の人達になんでそんな容赦ないの!? もしかして坂本さんと入れ替わった人と気が合わなかった!?」
「別に気が合う合わないは関係なか、ギャーギャー喚いてばかりじゃからうんざりしちょるだけじゃ。機会があれば宇宙のど真ん中ほおり投げようと思っとる」
「坂本さんのボディ事宇宙に射出する気ですか!?」
「入れ替わり騒動が終わった後じゃき」
「全ての事が無事に済んでから宇宙に捨てんの!? どんだけ嫌いなんですか!」
隠しもせずに堂々と異世界人一人の抹殺を企む陸奥に新八はツッコミを入れながら話を続ける。
「ていうかやっぱ僕等だけじゃ戦力不足もいい所ですよ、やっぱり銀さん達がいないと」
「だからそこは異世界の連中共で補えばええと言うとるじゃろ。心配せんでもよか」
銀時達の不在のおかげでやはり決心の付かない新八に陸奥は不安や心配など微塵も感じてない様子ではっきりとした声で返事した。
「実は入れ替わり騒動のおかげで中々骨のある奴がこの世界に来ちょる、ここに来る前にわしはその者と情報を交換し合ってきた」
「え?」
「奴の手を借りて空間の狭間に陣構えしている蓮蓬をわし等で叩く」
「い、一体誰なんですか?」
陸奥がここまで自信満々に推す異世界の人間とは誰の事なのであろうか……。
問い詰める新八の背後で神妙な面持ちで銀時も陸奥を見つめる。
すると陸奥はゆっくりと口を開いた。
「司波達也、異世界の人間でありながらわし等と結託し二つの世界を救おうとしちょる男じゃ」