アサシンを召喚してから3日経った。移動と休憩を繰り返しながらロシアを横断し、到着した私の故郷。サティスファクトの土地は懐かしい土の香りがした。私の記憶とは違う街の風景に感動する。人口はおおよそ5000人と多いが、土地面積がかなり広いこともあってか都会とは感じられない。賑やかさを残しながら、のどかに過ごせる良い土地だと我ながら思う。ロシア北西部に位置するこの街は寒気に包まれ、刺すような痛みが肌を凍らせようとしてきた。
聖杯の降霊場所は街の中央部に位置する教会だという。つまりは、そこを陣取り、半数少しの英霊が死んだ時に私の願いを告げてしまえばそれで勝利なのだ。賢い案だと思う。アサシン曰く小賢しいらしいがどうだっていい。人を生き返らせる事が目的なのだ。この際他のプライドなんて捨て去ってやる。そして、教会にたどり着いたのだ。
「……それなのに」
何故教会が破壊されているのだろうか。疑念は尽きなかったが、周囲を見渡すと雷の魔力が付与された残滓が漂っている事を確認する。きっとアサシンを召喚した時と同じ襲撃犯だろうと算段付けた。起源覚醒者万歳。
ふとため息が漏れてしまう事も仕方のないことなのだ。そうだ、私は悪くない。というか、私があの襲撃者に何かしたのだろうか? 覚えがない。私怨にしては手口が派手過ぎないか。
「どうしたマスター? この教会がどうかしたかね」
「五月蝿いわアサシン、貴方は出てこないで頂戴。私は今酷く機嫌が悪いの。雷で黒焦げにするわよ」
背後からアサシンに話しかけられた。突然実体化するのは是非とも止めていただきたいものだ。遣ってる魔力は私のものなんだぞ。起源魔術以外には使わない魔術回路だが。
移動中にアサシンに問い詰め話を聞き出してみると、アサシンには”発声阻害”だなんて大層なスキルはないらしい。呪いの類とも聞いていたが、彼の出自は愚かステータスが上手く読み取れなかった。パスが不能なのかとも思ったが別にそういう訳でもなく、ただ私が未熟なだけらしい。……ロード・エルメロイは未熟であろうともちゃんと見えるって言ってたぞ。
アサシンには発声阻害スキルなんて無かった。そういう系統の伝説を持ち得なかったのだろうか。彼曰く『あぁそれはだなマスター。私の迫力に君が怖気付いていただけだ。私は生前から言われていてね。”人に非ず”なんて呼ばれる度に傷心したものさ』だそうだ。解せぬ。
「おいおい。マスターそれはないだろう。せめて理由くらいいってくれたっていいじゃないか」
気付け駄サーヴァント。アサシンの脛に後ろ蹴りを入れた。
「……マスター。駄々を捏ねるな。子供か」
「子供で結構。これでも私は学生なのだし。それより気づいていないの? 私、この教会の破壊も入れると二度目の襲撃なのだけれど」
「──ほぅ。それにしてもマスター。君は敵を作りやすい性格なのだから心当たりくらいあるのではないかね?」
アサシンがゆったりと私の隣に立とうとするものだから、再び脛へと蹴りを入れた。アサシンの言った通り、私は確かにアサシンの気迫に押されているのだ。
正面に立って目を合わせようとすれば身体が硬直する。まるで蛇に睨まれた蛙の如く。
対面して口をきこうとすれば、舌が痺れる。何かよくないものでも飲んだかのようだった。
こうして背面越しでなければ口をきけないし、目を合わせない会話方法でないとなると、意思疎通も念話のみだ。困る。非常に困る。あと解せぬ。解せぬ。
アサシンの言いぶりからすると事の重大さに気付いたのだろう。理由は定かではないが、同じ方法で狙われたとなっては頷ける。魔力の残滓は濃密だ。数時間前の事なのだろうと適当に判断する。
「まぁ、まだ断定するには早すぎるのだけれど。今回は直接狙われた訳でもなしにね。そして、第一回目と第二回目とで私以外にも共通点が出来た。一つは私がいたことだけれど、もう一つ──ここが、教会であった事よ。教会で幾らか絞り込めない? アサシン」
私には知識を期待出来ない理由があるのだ。私が起源に囚われているせいで、記憶領域にすら被害が及んでいる。雷が関する記憶でないと新たには覚えられないのだ。実生活ではさして問題ではないのだが……勉学面では困る。数学と英語は赤点レベルだ。代わりに歴史は首席を抑えてトップクラス。起源覚醒者万歳。
「ふむ……私の知識の中にはないな。教会に所縁のある神は殆ど該当してしまう。というより。神は振興される対象なのだから教会を壊すとなると教会が何を振興していたか。これが焦点になってくるぞ。流石の神も無意味には壊すまい。神と言えど英霊として召喚された以上は死があり限界がある。愚鈍なのか策士なのかまでは分からないがね」
アサシンはむ、と私の蹴りに不満を示し足を足で止めた。動体視力万歳、そろそろ止めてくれないかアサシン。
「今の段階では判断しかねる。一度面を合わせれば難しくはないのだが──ところでマスター。今ずっと私の事を使えないサーヴァントだとか思っているだろう。心外だ」
良く分かったなアサシン。まったくもってその通りだこれなら何か触媒を用いて召喚すればよかったとまで思っている。
「貴方とパスが繋がっている事をつくづく残念に思うわ、アサシン。折角口に出さないであげたのに台無し。分からないのなら分からないと初めから言いなさいよ、回りくどい。木偶の坊、ウドの大木、駄サーヴァント」
「今すぐその五月蝿い口を閉じろマスター」
アサシンは私に背後から抱きついて、私に例のマントを被せた。目を合わせてきて私の喉が痺れる。咄嗟に命令しようとも思ったが、アサシンの真剣な眼差しに言葉を失い、念話へと切り替える。マントの内側からは外の景色がうっすらと見える。念話を飛ばそうとする前に、アサシンが言葉を紡いだ。
『その場に名は無かった《The name nameless》』
距離が近いせいで、耳元で囁かれる姿勢となった。身体が反応して身震いする。アサシンの固有スキル:気配遮断を使ったのだろう。
空気が一瞬乾く。雷鳴が轟く。天上より降りる、一条の魔力塊。バリィ、と轟音をまき散らしながら地を抉った。1m程地面が消えただろうか、クレーター状に穴が開いた。粉塵が舞う。姿は粉塵に隠れていた。
『マスター。これは幾らなんでもレベルを上げすぎなのではないかね? 私でも彼とは刃を交えた事はないぞ』
念話で話しかけてくるアサシン。その声は私を心配しているかのような声だったが、私は彼の気が知れなかった。レベルとは、要するに召喚サーヴァントのランクの事だろう。極端にあげたとは聞いていたが、彼はそこまで驚いてしまうような程なのか。
粉塵が晴れていく。雷の魔力を目に捉える事が出来た。そして影だけが見える。人のカタチをしている事は分かる。立っているのは、一人の男の姿だった。年の頃は、20後半から30前半くらいだろうか。
『マスター。改めるんだ。彼は人に非ず。神を数える時の数は一柱と数えるんだ』
アサシンには確証があるらしい。神であると、この男は神であると断言した。男はふん、と鼻を鳴らして周囲を見渡す。自身の首筋に手を当てて首を回し、タントンと足を鳴らして地面から浮く。
「あー……鬱陶しい。なァんで俺がこんな事しなきゃいけないわけ? 魔術師狩りなんぞ、他の息子たちがするだろうに」
装束は、見るからにおかしい白の一枚布。立派に携えられた髭は白いが、老いが感じられない体躯。顔の彫りは深い。あまりの魔力の濃さにクラリとした。男は右手を天へと掲げ”空を掴んだ”。人差し指を親指で空を摘んで、引く。周囲の空気が再び乾いた。
『……っ。マスター口を閉じろ舌を噛むぞッ!』
アサシンは私を抱えたまま上方へとジャンプ。マントで覆う事を気にする事無く飛翔を開始。ただ回避に専念したのだろうと思う。──世界が反転する。
逆さになった筈なのに、彼は依然と其処に在す。この男が、ただ世界を担うようなイメージ。中心があの男なのだから、向きが変わった”程度”では存在否定にすら成りはしない。成る筈がない。
「──そこか」
ピンと張り詰めた空気を解法する。雷を帯びた魔力を──否、雷撃を放った。空気を裂く音が破裂する。雷は黄色などではない。明るすぎて、私の目には白しか見えなかった。比喩でも模倣などでもない。この稲妻は、その現象そのものを扱った数億ボルトの必殺の一撃に他ならない──
「────Calling」
思いついた事と言えば、私は起源覚醒者であった事だけだった。アサシンとは違う、異常者の一端でしかない私には、私個人に与えられた異常を振るうしかないと、脊髄反射で蹴り出した。
アサシンに抱えられていた手足を振りほどいて、彼自身を踏み台として前方へ。踵には風の起源の魔術を付与させる。そこを噴出口にして一回転、雷へと、その力を叩きつける。
「起源呼応《Calling》──颶風《Wind》、迅雷《sand》!!」
起源覚醒者。あらゆる事を起源に囚われる事を代償に、起源を扱う。起源を利用して、現象にまで力を及ぼす。世界始まって来の力を、稲妻へと叩き込む──!!
「はァ──ッ!!」
回旋、落下。雷という魔力の塊を下方へと叩きつけて逃した。足の下で曲がる感覚。成功したのだろうか。失敗はしていない事に肩の力を抜いた。
ピリピリと足を焼く魔力に歯噛みする。起源を様々に違えた私だったとしても、起源に勝る魔術など存在する筈がないじゃないか──
「ほぅ? また珍しい。なァんで捨てた? 人が手に出来る力など、たかが知れているだろうに」
男は稲妻を放った後に、残心をとるように脱力した。張った右手を垂らし、私をキッと見据えた。荘厳な顔の造りに息を飲む。ふと言葉を忘れそうになる。アサシンのような言葉を放てなくなるような感覚ではなく、言葉が一定の物しか許されていないような。アサシンを否定の威厳とするのであれば、男は肯定の厳格だった。
足を地につく。砂利を踏む音だけが私の生きている実感だった。アサシンが絶句であれば、あの男は許可。
こういう事しか認めない、と。その創躯が私の脳を狂わせようとしてくる。
「──スター─マ─ター──ッ! ─目…──醒ませマスターッ!」
焼き印を押された右手が赤く燃えた。痛みで意識を止まらせる。アサシンの声が絶え絶えに耳朶に響いた。若干の麻痺の及んだ右足を庇おうと、左足に重心を掛けて地に立つ。手の甲に意識が割かれているのか、男の威圧感を先ほどまでには感じなくなっていた。彼を知ろうと、私は口を開いた。
「──貴方は何者なのかしら? 私に一体、何の用があって、如何なる理由があって襲ったの?」
「…………」
「質問しているのは私よ。早く答えなさいな」
「ぷっ……あはは、アハハハハ! おいおい、聞いたかトレヴィス! この女は、自分が中心人物であるかのように語ったぞ! あぁ、なんと愚からしい。ヒトなど罪と意識を被った動物でしかないのに、だ! 中々に傲慢な態度だ事だな、俺には滑稽に見えて仕方がないぞ!」
男は私の言葉を聞くなり、ぷっと吹き出した。高らかに空に向けて大笑いし、自分の開けた大穴から出てくる。アサシン程大きいわけではないが、180は優に越えているだろう。彫刻によって彫られたような深い顔の彫りに、上半身を露出させた一枚布を腰に巻いた男。老いてはいない筈なのに、豊かに携えられた髭。ふむ、と髭に触れ、弄べば、ついに真面目に口を開いた。
「さりなれど、俺は父だからな。女──その蛮勇に免じて、仮初めの名を名乗ってやろう。奇しくも俺の娘は臆病でな、その謝罪の意も込めようか──アーチャー、弓兵だ。俺の事はそう呼べ」
男改め、アーチャーはそういうと弓を番えるフリをしてひゅん、と口にして冗談粧した表情を作った。
「仕方あるまい。女、俺の目的を教えてやっても良い。何でも律さない魔術師が現れたらしいぞ。共同全線、とまではいかないが、俺と組む事を許そう。我が娘は勝利を欲しておる」
アーチャーは私に話しかけている。アサシンが私の背後から近寄ってきた。そもそもアサシンは隠れていなくてはならない存在なのだ。姿を見せた事が失敗だったと言えるだろう。
「バカじゃないの? 私は怪我してないじゃない。貴方それでもアサシン? らしく隠れていればいいのに」
弓兵なのだから、アサシンにとっては不利だ。アサシンは暗殺者なのだから暗殺対象が離れている固定砲台を倒す事など出来る筈がない。アサシンが幾ら大きかろうと、彼は強くないのだ。最弱クラスと嘆かれる所以だろう。
「アサシンのマスターだったか。話は聞いていないと見受ける。俺と組むか、それとも──」
「──アサシン、私を連れて逃げなさいッ!」
絶叫すると、不意に身体が浮いた。
「承知。我が貌に名はない《The name nameless》──ムメイ」
アサシンの魔術が発動する。もしくは宝具か。私の身体がマントに包まれ透明化する。詠唱がさっきの気配遮断と同じ言葉だった事から、彼のスキルだと判断した。
彼が私を抱えて走る。気配遮断で、動いていても効くのだから相当のものなのだろうと思い、私は弓兵を目で追った。弓兵は苦い顔をしたまま、私たちが見えているかのように目を合わせてきた。