「安直に言いますとそうなりますね。マスターは聖杯にマスターの資格を満たしていなかったのに強制的に認めさせた、言わば最悪のマスターですよ。魔力供給にも影響しますが、それでも召喚時には十分に魔力を蓄えておくものです。それなのに、貴方っていう人は」
やれやれ、と青年が手を万歳する。酷い言われようだ。そもそも魔術回路は食われてきたのだから、私は一切悪くない。あの感覚が魔術回路を食われる感覚なのだとすると合点がいく。血管ではない回路を断たれるそれは、まさしく魔術回路だったのだ。私は魔術の一家だったのだろうか。
「呵呵、そう責めるな。させたのはワシよ。決死ではあったがな。此奴の魔力が最低にも満ちていなかったのなら死んでいた」
さらっと恐ろしい事を言うなゾウケン。私はまだ死ぬには早いと思ってるぞ。私は青年の後ろにたつ、木の棒を支えにして立っている青年を見た。身長は165cm。私よりも少し小さい気はするが、当時では平均的身長だったのだろう、年上の感覚。英霊なのだから年上なのは当たり前だが。奇妙な関係性で出来上がっているこの二人は、彼のツタンカーメン王とその従者らしい。従者の名前はハックルー・サー。綴りはHuckrea Sarらしい。確定されたものではないから、良く分からないと従者自身も言っていた。何でも、ツタンカーメンのスキルで呼ばれたのだとか。彼らへの魔力供給はない。元々のマスターである私から、サーヴァントであるツタンカーメン王へと魔力供給がいって、サーヴァントが従える従者である彼はツタンカーメン王から一定量魔力が渡されて、低ランクの単独行動スキルによって現界しているようだ。つまりは、彼が如何に暴れようとも、死のうとも生きながらえようとも、私の魔力供給量は変化しない。まぁ、何度も死なれれば私にも影響が出るだろうが、そんなに死なない筈だ。
「それで、私のサーヴァントは"ライダー"でいいんだな? さっきはそう言ってたけど」
ハックルは首肯し、背中に負ぶったツタンカーメンを背負い直した。
「はい、その質問には肯定します。私めは我が王をサポートする従者である事も同時に提言させて下さい。我が王はライダーで相違ないですよ。ただし、我が王には高度な思考は不可能ですから、意思疎通は私めを仲介していただければと存じます」
ライダー。騎乗兵のサーヴァント。その特徴はやはり、騎乗するものに対する逸話である。ツタンカーメンの場合には、その黄金のチャリオットが有名だ。然程大きな功績は認められないものの、知名度としては十二分と言える。しかし、ツタンカーメン王が有名な理由を述べると話が180度変わってくる。ツタンカーメン王が有名な理由は、その墓が暴かれた時に発生したその呪いだ。あれから王家の墓には、王家の呪いという逸話が一緒に出回る事となり、ミステリーに包まれた古代エジプトに少しでも足を踏み入れれば誰もが知るであろう伝説である。しかし、このツタンカーメンはライダーとして召喚された。本来であればその伝承から魔術師のクラスで現界した筈なのに。
「呵呵、ライダーとはまたワシの思惑から外れたな。ワシはキャスターのクラスを狙っておったのだが。適性クラスは三つだと理解はしておったがな、まさかライダーとは。貴様も不幸よなクズハ」
適性クラスに関しては問題ない。そもそも、古代エジプトにおいては弓兵か、騎乗兵か、もしくは槍兵しかないだろう。剣士も少なからずいるだろうが、その場合には相当の英雄でなくてはいけない。しかも戦士の。ツタンカーメンは王であるから、遠方から攻撃する弓兵か、移動が楽な騎乗兵しかない。しかし、何故それが不幸に当たるのかが理解出来ない。ライダーと言えば、三騎士からは外れるものの、中盤まで生き残る事は勿論の事で、対魔力スキルも持っている。騎乗するものを見せない限りはクラスさえもがバレる事が少ない。
「それの何処が不幸なんだ? 私はただ召喚に成功しただけでも嬉しく思うのだが」
そう、第五次聖杯戦争の時にも私は感想を受けた。だって、"クラス名で呼ぶ意味が分からない"。クラスがバレれば一気に候補は絞られるし、各クラス毎にも対応策があるのだ。例外は多数いたとしても、そのテンプレートが一瞬でも刺さり、真名を開放しなければいけなくなれば、自然と禁忌に近寄るではないか。他の呼称がないのだから、クラスで呼ぶ他ないのだが。それでも、クラスすらも偽ってしまえば、それで相手の思考は混乱するだろう。
「はい、その意見には同意します。我が王はライダーとして召喚されたという事は、三騎士の弓兵は他に埋められているのでしょう。更に追加すれば、騎乗兵の弱点は魔術師です。我が王に関してはそれが酷く顕著です。我が王の騎乗物は逸話も何もない普通のチャリオットですし、我が王の身体能力は私めが言うのもおかしいですが皆無です。弓兵も致命傷となるでしょう。弓は古来から伝説も多い、弓は魔を破るものとしての表面が強いので。我が王の能力は呪いの類ですから、これは不味いでしょう。弓兵のステータス値は期待するものではありませんけど、一番の利点は単独行動によるイレギュラーと、スキルや宝具によるステータス補填能力に長けている所です。つまりは、弓兵のイレギュラー因子と、魔術師のイレギュラー因子が確実に敵となった事と同じ意味なのですよ」
ハックルはゾウケンの言葉を聞いているようだ。ハックルの意見には確かに思う所がある。しかし、それはこちら側にも言える事ではないか。騎乗兵の利点は高い騎乗能力なのだから、伝承がなくとも、対軍宝具の極一部に限られるとして、第四次聖杯戦争の魔術師
すっと、気になって私はマスターの目を使って自分のサーヴァントのステータスを確認した。その結果は言わずもがな、最悪、劣悪と表現する他ない。
ライダー:真名ツタンカーメン
筋力E耐久E魔力A幸運D敏捷E宝具Ex
スキル:騎乗D:騎乗の才能。自分の有するチャリオットに限って騎乗可能。その際のライダーの特殊能力によって、言語能力が小学生レベルにまで上昇する。
対魔力E:魔術に対する守り。無効化は出来ず、ダメージを多少軽減する。
従者召集E:一人の従者を召喚し、ランク分の単独行動スキルを付与させる。戦闘能力は無く、一般人と大差ない。単独行動スキルによって現界している為、霊体化は不可能。
近親交配の子B:思考的欠陥、肉体的欠陥を抱える。極めて致命的なもので、歩行の際には杖が必須。理解力は低く、言語能力は狂化したバーサーカーと相違ない。
エジプトのファラオA++:特定の状況下で、歴代ファラオの加護を受ける。勝利をもたらし、その場においての支配者となる。発動条件は、『自身がその場において一番高所にいること』『王家の谷が発動している事』『その場にいる誰かが自身に向かって攻撃すること』
つまりは、この唯一の優位点である魔力ステータスも意味を成さない。ステータスから確認出来たのは、劣悪な英霊を呼び出した現実と、スキルに記載されている能力、"エジプトのファラオ"を如何にして使うかだ。条件はさっき述べたように、三つ。そのうち二つは現実的ではある。『王家の谷』は何をさしているのか。瞬時に理解する。
英霊を英霊足らしめる奇跡、宝具の存在だろう。つまりは、このスキルにおいては宝具を使用しなければ使う事はおろか、使ってしまえば真名もバレるという二重苦。然程有名でもない逸話であれば話は変わって来ていたが『王家の谷』に関してはそうは行かない。王家の谷という場所は、今も現存する世界遺産だ。更に言ってしまえば、エジプトの伝説が彼らの王家しかない。となればライダーの身体的特徴からして真名がバレる事も時間の問題だろう。私はライダーのステータス値を見る事を止め嘆息した。
「とんだサーヴァントを引かされたものだ。ゾウケン、これで復讐をすると? これで報復をすると? これで──聖杯戦争を掻き乱そうと? 笑わせる、そんなこと、出来るわけないじゃないか。それこそ、全能神でも掴ませれば私でも掻き乱せた。でもこれじゃあ」
無理に決まっているではないか、と言葉を紡ごうとした瞬間に脳内を電撃が走る。ピリリと、未だに残っている微かな魔力炉が声を上げている。呼応するように、魔力が蠢いている。その犯人が、ハックルの背中に負ぶさった張本人だという事はすぐに分かった。焦点の定まらない目でこちらを睨んでいる姿は、身体障害者への嫌悪感をそそった。しかし、それを上回る威光が感じられる。そして魔力炉が、私に意志を伝えようと必死に鼓動を刻み始めた。決めつけるにはまだ早い、やれるんだという意志がそこには籠もっていた。私は、なんとバカだったのだろうかと反省する。
「これでいいと言ったじゃろうがクズハ。マトウは勝とうとはしておらん。聖杯の浄化を止めようとしているに過ぎないと正しく理解しろ。第四次の狂犬を召喚しても良かったがな、あの凡骨は粘りよったわ。それに、マトウとは関係のなかった貴様があの魔力消費に耐えられるとは思わんかった。そこで、魔力消費効率の良い此奴を選んだ。もちろん、その逸話と特性を事前に把握しておったからの所業じゃがな。安心せい。ワシが指示した時以外には自由を許す。っと、その前に、貴様には刻印蟲を植え付ける。異論はないな?」
あっても植え付けるのだろうと心の中で毒吐いて首肯した。宝具頼りのサーヴァントと割り切ってしまえばいい。しかし、その宝具開帳時の魔力消費は召喚、現界時をも遥かに越える量となる事は予測出来る。魔力ステータスが高い理由は、固有結界にも似たそれを発動させるのに必要だったからだろうか。ともあれ、現界は解いておきたいものだ。魔力は刻印蟲でなんとかなるとして、私自身の痛み、痛覚が何処まで麻痺させられるのだろうか。魔術回路を動かす事には痛みが付き纏うらしい。そして刻印蟲は身体中を喰らいながら生き、魔力を放出する生き物だ。今痛みの麻痺している私に植え付けたとして、果たして。
「分かった。私に刻印蟲を植え付けろ。この身体は薄汚いマトウによって穢された身体だ。蟲もちゃんと馴染むだろう」
現実的な判断だ。もっとも、刻印蟲だけで固有結界の発現を保てるとは思っていない。複数回使う事は確実に不可能だろうと、私は勝手に自分の才能を呪った。固有結界と言えば、主人公足るものであると認識出来る。第四次聖杯戦争の騎乗兵、ライダーは典型的なものとして、第五次聖杯戦争時の弓兵、アーチャーは最古の王すらも倒す。もっとも、イレギュラーにイレギュラーが度重なった結果とも言えるが──それでも、魔術の到達点とも揶揄される能力を連発して。英霊を殺して、根源へと至る事も夢見ていた。私だって、エミヤシロウのように偶像ながらも、英雄となりたかった。今となっては不可能な事ではあるが、それでも、物語の紡ぎ手となった事には変わりないし、なおかつ、ライダーという優良なサーヴァントを召喚せしめた事に関しては私自身評価出来る。
「───M──s──t───er──」
呻き声と形容して良いのだろうか、ライダーの声が聞こえた。こうしていると、ただの言語能力の低い人にしか見えない。街中を歩いていても、服装さえ取り繕えば、私が介護士で、ライダーが身体障害者にしか見えない。それもどうかとは思うが。そもそも、英霊に身体障害があって良かったのだろうかと、よからぬ事まで思考し始めた。いけないと、私は首を大きく振って、声を発したライダーからの質問を許可しようと首肯する。
「なんだい、ライダー。私に何か用か?」
「──My──ty──o──t─p──eas─」
自国の言葉でない事は理解出来た。まさか、ツタンカーメン王は聖杯からの予備知識すらも受け取りに失敗していたのかと一瞬示唆した。私の表情が変わった事に気付いたのか、ハックルがぽんと手を叩いて提言する。
「マスター、我が王のステータス値はもう見られたでしょうか。我が王には救済措置として、騎乗する事によって若干の言語能力が付与されるのです。我が王が戦地へと直々に赴き、私めらを導いて下さった事への配慮でしょうね。騎乗物は大したものではないのですが、それでも慣れ親しんだものを召喚する上ではやはり、魔力が必要となるのです。そこで、マスターであるあなたに我が王は魔力の供給を申し出ているのですが──まさか、魔力供給に問題がある、だなんて言いませんよね?」
「魔力はちゃんと流れてる。パスが通ってるからそれは分かる。……勝手にすればいいじゃないか。私はライダーと話す事もしてみたい」
「そうでしたか、これは失礼しました。しかし、我が王が気にするというのであれば、それは相当の魔力の少なさなのではないでしょうか?私めの召喚時も、少々の魔力を頂いたのですが……残念ながら、そろそろ時間切れのようです。残り数分と言った所でしょうか」
驚いた。そこまで魔力って少ないのか私は。
「そうか。それじゃあ、霊体化しておいてよハックル。お疲れ様」
「いえいえ、私めは霊体化することは出来ませんよ。魔力を我が王に頂いて──と、これ、さっきもいいましたよね。マスターは鳥か何かなんですか?」
バカにされた。太古の英霊の従者というよく分からない人間にバカにされた。
「私めは残念ながら、毎回の自然消滅しかございません。記憶の引き継ぎも不可能ですので、ご了承を。我が王が私に情報を与えてから召喚したのであれば別ですが、我が王にはそんな思考能力はないですし。さぁ、早く刻印蟲とやらを植え付けて下さい。我が王もそろそろ限界のようです。あの、よろしければその刻印蟲の植え付けを見学させて頂けないでしょうか?私も興味があります。数分で済むことでしたら是非」
ハックルがそういって、瞳を爛々と輝かせながらそういった。ただの従者と、彼はそういっていたが、私にはその姿、在り方が異常にしか思えない。まるで、従者になるべくして生まれたかのような、自己を顧みないそんな思想が垣間見えて、私は彼について思考することえをやめた。ゾウケンはニヤリと口角を上げて、卑しく言い放つ。
「残念じゃが、それは出来ぬ相談だな。ワシは構わぬが、クズハは頷かぬであろう。馴染みは良くとも、刻印蟲が魔術回路として機能するには時間が足りんからな」
そういえば、第四次聖杯戦争のマスターは一年だった。私に関してはそう時間はかからないだろう。私は随分と前から蟲に嬲られ続けているのだから、彼との共通点は無いに等しい。果たして、刻印蟲は私の躯を気に入るのだろうか。私個人としては、あまり馴染んで欲しくない。だって私は、私なんだから。造型が変わってしまう事は問題であるし。狂ってしまえば、私という個人は消滅してしまうだろう。それほどまでに。私は私で在り続けたい。