Fate/Liar heart   作:木樵蝋梅

3 / 11
For Lancer God father

 ロシアの北方の地で、カッツォ=ホーキングは苛立ちを露にしていた。理由は有るにはある。もっとも、それは些細な事ではあるが。ロシアでの魔術協会連盟は小規模かつ、連盟とは名ばかりの権力集中が行われていた。彼、カッツォ=ホーキングもまた、魔術師の端くれである。そう形容されることを彼は嫌うのだが。

 そもそもロシアには宗教的に固定化された宗教概念がほぼ皆無であるから、つまりは魔術のカタチは様々。初歩中の初歩ともなれば話は変わってくるだろうが、それでも魔術の多彩さに関しては群を抜いている。

 その中でも、カッツォは異端の部類とされていた。彼の専攻する魔術が異端であった事も理由の一つだが、それだけであれば、彼が腹を立てる事はないだろう。彼が腹を立てている理由は、ロシアの魔術協会連盟からの除名にある。彼が特に何か法を犯したなどと言う訳ではなく、ただ単に彼の魔術が魔術師たり得ないという理由からの除名だった。

「畜生! 畜生畜生畜生!! 手前ェら全員地獄に落ちろ!!」

 カッツォは絶叫し、グラスに入れられたウィスキーで喉を潤わせた。彼の過去はそのような、汚れたものでしかない。名門とされるホーキング家も今や衰退の一途を辿っている。カッツォが除名された事で、ホーキングの名前は穢され、ついには娘に魔術を教える為に時計塔へ飛ばす事も叶わなかった。時計塔にまで響く汚名の原因。彼の魔術が爆破魔術である事が原因である。

 奇襲、罠、不意打ち上等。むしろそれをやってみせて、それを克服出来て、利用してこそ魔術師であると、カッツォはそう思っていた。だからこそ奇襲への対策は誰よりも理解しているし、罠の張り方、不意打ちへの対応も心得ている。魔術師は正面切っての戦闘を以て相手を討つと、そう教えられたからこそ、カッツォは爆破魔術を習得した。爆破魔術なんてものに凡例はなく、彼自身が編み出したオリジナル術式である。炎を基盤とし空気で圧縮、開放する事による擬似的な爆破魔術だったが、その有用性もあって今までは賞金稼ぎの魔術師として名がしれた人物であったのだが。

 ロシアの魔術協会連盟からの除名で全てが狂わせられた。

 依頼がパタリとこなくなり、時計塔へは入ることすら叶わず、ついには家系にまで泥を塗られた。

 魔術師は本来、彼のようにあるべきなのだ。自身を探求追求し続け、論文を発表し、家の知名度を上げ、繁栄を望むべきだ。しかし、それを良しとしなかったロシア中枢部の家系が、彼を追い詰めた。

 コトン、とウィスキーの入ったグラスを置き、深く溜め息を吐く。彼がこの身に宿した魔術は爆破だけに留まらない。もっとも、不完全ではあるものの、彼は人間には成し得ない事項を成していた。

 彼の知人が寄越した手紙に、一単語の奇怪なものがあったのだ。それはどの辞書で調べても該当しない、ネットによる知識によっても該当しない単語。──聖杯戦争。

 本来、聖杯とはキリスト教における神物である。その記述はあった。しかし、その聖杯戦争という言葉に関しては、結局彼は見つける事が出来なかった。

 その手紙を返信すると、すぐに聖杯戦争がなんたるものなのかを理解した。あぁ、これは魔術の絡む事なのだと、これは、魔術師の終着点なのだと。

 魔術師は皆根源へと至ると騒がしいが、果たして根源とはいかなるものであるかをカッツォは理解出来なかった。定義自体は理解しているが、それが人類に成し得る事が可能なことなのだろうかと、次の世代へと研究成果を残して、そして死ぬ。自分は部品で、歯車でしかなく、何れは名前を残す事など出来ず埋もれていくのだろうかと。

 しかしこの聖杯戦争を聞くには、自分が根源へと至る方法だと瞬時に思いついた。理解、正しき見解を、カッツォは紙面に書き残したのだ。聖杯戦争について教えてくれ。聖杯戦争で、俺様はこの屈辱を晴らすのだと。

「でもそりゃあ、俺様をそォんな事で止めれると思ってた協会様の失態だぜ? 今に見てろよ…俺様は、聖杯で願いを叶える」

 聖杯とは、願いを叶える万能の願望機なのだと。聖杯戦争とは、聖杯を奪い合う魔術師の殺し合いを指すのだと、そして聖杯戦争は、七騎のサーヴァントなるものを召喚、使役し、その名の如く戦争をすることなのであると。

 カッツォは聖杯に関する知識を裏口から掻き集めた。裏に入った途端に、その情報に圧倒される。七騎にはそれぞれクラスが存在し、そのクラスに収められた英雄たちを使役するものだなどと、彼が平々凡々に生きていれば知る良しもなかった事だろう。しかし、彼は知ってしまった。知ってしまったが故に──その参加資格をも手に入れてしまった。そもそも、彼には上等な魔術回路が存在する。後は知識の問題だ。聖杯も人を選ぶ。聖杯の事を知らない人物を選ぶことはまずないし、知っていたとしても、その願いが強いものを選ぶ。なのだから、彼の妄執にも似た願いは然りと聞き入れられたのだ。

 彼の右手に宿る、三画の令呪が煌々と赤い輝きを放つ。この一画にどれだけの魔力が込められているかなど、魔術師であれば知って当然。ついにまりと笑みが零れる。

 カッツォはその下準備として、聖遺物を探し始めたのだが、時計塔にも、貴族にも見放された彼が成し得られる訳もなく、彼は仕方なく家宝を使う事とした。

 家宝が如何なるものであるかを、彼は知らない。ましてや、存在のみを知っているだけで、見たことすらもないのだ。しかし、彼は同時にこの家系がどんなものであるかを正しく理解している。

 ホーキング家は長きに渡る家柄であり、衰退はしているものの、遠い過去には名を馳せたロシア有数の家柄だ。その祖先が残す家宝に外れなどあるはずがない。あってはならないとまで思っていた。

 ウィスキーを飲み干し、立ち上がると時計で時刻を確認する。針は、丁度1:30を指している。つまりは、次期に魔力の最高潮点が訪れる。召喚の際、自身の魔力が万全な状態で行う方がいいと裏からの情報を得ていた。聖遺物はまだ確認していなかった。それは楽しみの為ではあるが、同時に彼の心配でもあった。

 ──もし、聖遺物でなかったら。

 ──もし、家宝が既に失われていたら。

 ──もし、聖遺物が機能せず、己の精神性から英霊が選ばれたら。

 その思念が彼を邪魔し、酒を飲まなければいてもたってもいられなくなっていた。元から彼はロシア出身という事もあって日常的にウィスキーを飲む。しかし、今宵開けたウィスキーは上物だった。士気を高める理由もあるし、更には──気を紛らわす理由にもなるからだ。

 今現在、ホーキング家リビングから、地下酒造庫へと移動中。ウィスキーでも飲んで、気を紛らわせたい衝動に駆られたが寸での所で制止する。これ以上飲むと精神状態に関わると、首を振って意識を覚醒させた。

 酒造庫へと移動する際に、家に飾られた家宝の入った箱を手に取った。ずっしりと重い木箱。しかし大きさは大してなく、10cm四方程だろう。異常に重い事から、この中に入っている事は理解出来た。更に言えば、今まで持ってきた金属よりも重い事を感じる。鉄や銀など、様々なものを手に取ってきたが、そのどれよりも重い。

 ──純金か。

 純金、ただの純金が家宝になる筈がない。しかし、もしこれが、ただの純金であれば、などといらぬ思考が脳を走った。鼻頭を摘んで意識をはっきりとさせると、ゆっくりとその木箱を開ける。魔術的施しもなく、開けられる事もなかったホーキング家の家宝が今、目の前にその存在を誇張する。

 純金の、何かの欠片か?

 しかし豪奢に出来上がっている事には違いない。これが仮に、どこかの王の玉座の一部であったのだとすれば、これが仮に、どこかの王の鎧の一部だとすれば。

 ニヤリと口角が自然を上がるのを、カッツォは自覚出来なかった。これは嬉しい誤算ではある。本当に聖遺物かもしれないという期待と、その純金もさながら王のものである事が伺える逸品だ。勝った、これは勝ったと心中思う。決して声には出さなかったものの、その表情は恍惚としたものへと変貌を遂げていく。

「はっ……ははは……見てろよ……見てろよ連盟!俺様を嘲笑った事、一生後悔させてやらぁ!!」

 ぱたりと木箱を閉じて足取り軽く地下酒造庫へと向かう。表情は相変わらずではあったが、その足取りから上機嫌である事は誰の目からみても分かる事だろう。

 重い扉を押し開ける。既に用意してあった赤い血液で作られた魔方陣。消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲まれた、赤い魔方陣。手違いは許されない。

 階段を降りながら、その酒造庫の発酵臭とアルコールの匂いで肺を満たす。ゆらりと体を傾けたが、それは単に余興だ。カッツォは楽しんでいる。この先召喚されるであろう英雄を思い描いて、楽しみに思っている。あぁ、あの英雄が現れたら、ああしてやろう。あぁ、あのクラスが召喚されたのであればこうしてやろうと、思考は止まりを知らない。

 魔方陣の前に立って、その中心に木箱を置くコトンと軽快な音を鳴らす。時計を確認すると、刻一刻と魔力の波の最高潮時刻、二時へと針が動いていく。カチカチと腕時計の針が1:59を差し掛かった所で、靴音を鳴らし、カッツォは召喚の呪を紡ぎ始めた。

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師ミハエル=ホーキング。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 魔術回路が動き始める。魔術の行使に痛みが付き纏う事は皆が知る周知の事実だ。しかしそれでも、この痛みに慣れる事はついにカッツォには訪れなかった。それでも、この復讐だけは成さねばならない。この復讐だけはなんとしてでも遂げねばならないと、義務感によってその痛みに耐えた。

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。

──告げる。汝の剣は我が下に、汝の命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば答えよ。誓いを此処に。我は、常世総ての全となる者、我は、常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!」

 逆巻く風と稲光が酒造庫を襲った。見ているだけだったカッツォまでもが思わず目を覆う程の風圧の中、召喚の紋様が燦然と輝きを放った。

 魔方陣はこの世ならざる場所と繋がり、滔々と溢れる眩いばかりの光の奥から、現れいでる白髭を携えた老人。その威光に心を曇らせて、カッツォは感嘆の呟きを漏らす。

「……なんだ?糞爺が、これが王だと?」

 魔方陣の中に顕現したるは、白い髭を携えた隻眼の老人。手には何も持っておらず、その元となったであろう聖遺物の大元も見当たらない。英霊の召喚は、その人物の最も良い状態で召喚されると聞いた。それなのに。

「問おう、貴様が余のマスターか?」

 老人は悠然とそう問いかけた。カッツォは面を喰らって呆然としている。

 英霊の存在は聞いていた。こうして主従関係を結んで、聖杯戦争を勝ち抜く為に協力するのだと。しかし、この老人は一体誰なのか、見当もつかない。そもそも、老人が召喚される事自体が異常なのだ。

「……答えよ。貴様が余のマスターか、と問うておるのだ。それと、余を糞爺などと称した事を詫びよ。神の御前ぞ」

「……神だと?」

 そう老人が言った言葉が耳に掛かった。カッツォは怪訝に目を細めて声を絞り出した。

「余のマスターか、と聞いておるのだが。返答によっては、我が宝具による殲滅もやぶさかではない」

 白い髭を携えた老人はそういうと、虚空に手を伸ばし、その手に黄金色の槍を掴んだ。非現実的な光景に、この老人がまさしく英霊であると理解する。カッツォは黄金の槍を見て思う。この槍が触媒として作用したのだろうかと。それは実感へと変わっていく。この黄金の槍こそが、この英霊の真足る証であると。記憶を漁っていると、この英霊の姿貌に合点が行く。それが余りにも異常であることも、それが本来、英霊などという枠に収まるような人物でないことも、カッツォは同時に理解する。

「まさか──戦場神」

「ほぉ?その名で呼ぶか男。ならば、余のマスターで相違ないのであろう?マスターであればすぐに真名も理解出来る筈であろうて。しかしまぁ、余の力も削がれておるものだ。貴様の技量ではない。むしろ魔力は十全に供給されておる。貴様をマスターと認めようぞ、男」

 戦神、またの名を北欧の主神。オーディン神をこの手に召喚せしめた。オーディンとは即ち神である。聖杯システムで神を召喚した一例は聞くものの、本当に神を目にしたのであれば全てが一変する。この神には弱点というものがほぼ存在しない。さらに、敗北するとしても、北欧神話中でのあの巨狼、フェンリルによる一飲みの他には、目立った弱点も存在しない。さらには変身効果まで付与されているのだ。この神に出来ない事はない。

「そうか、糞爺。それで、その大層なカミサマはどのクラスで召喚されたんだ?」

 本来の伝承でもっとも相性が良いのはキャスターである。オーディン神は魔術の技量が在り、なおかつそれは根源に近しいものである。北欧の伝説は、ここロシア北方では余りにも有名過ぎる。

「マスターが余を糞爺と呼ぶのは気に入らんがしかし、マスターの意向というのであれば余は甘んじて受けよう。そうだな、余はランサーである。魔術師としての側面は殆ど失われておるよ。ただし、余の聖槍は健在よ。他の、魔術師以外の伝承もな」

 そういうと、ランサーはその黄金色の槍の柄を下にして、コツンと音を鳴らした。

「しかしな、余はこれでも神ぞ。槍だけで敵を屠るには十二分。余が余である限り、余に敗北は存在せん」

 大きく、かかかと笑って、白髭の老人は召喚者であるカッツォの頭に手をおいた。

「心配するな、男。余が余である限り、貴様を殺させはせん。余は貴様を家族と認めよう。よって、余は余である限り、貴様を死なせはせん。貴様がどんな状況下であろうと、貴様は余の加護を得る事となろう。して、技量が見たい。余とて一父親なのだ。家族の技量を知らぬて手は貸せぬ」

 白髭、隻眼の老人はそういった。言葉にカッツォは顔をしかめる。自分が舐められているのかとそんな風に感じられた。カッツォが、ホーキング家の嫡男である自分自身が何故"使役する使い魔"にさけずまれなければならないのだ。神のカタチをしているとはいえ、これは座から複製されたコピーであると言えるのだから、コピーになぞ自分を卑下する資格はないとカッツォは思った。

「糞爺。手前ェはどうなんだよ。聖槍があるからって、あんたの神格が低下してるのは俺の目にも写ってる。となりゃ、命を預けられるかどうか」

 カッツォは既にマスターの資格を得ている為に、自身のサーヴァントのステータスを確認出来た。もっとも、今ついさっき気付いた事ではあるし、余り詳しく見れるものではなかったが。

 

ランサー:真名オーディン

筋力B+魔力C耐久C幸運B敏捷A宝具B

スキル:対魔力B 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗A+ (A)騎乗の才能。獣であれば、神獣・幻獣に関わらず乗りこなす事が可能。しかし、自身の持つ神獣スレイプニール以外には幻獣・神獣を乗りこなす事は不可能。

宝具:主神騎乗するは八本足の馬 (スレイプニール)ランクB種別:対人宝具。レンジ:1最大捕捉1

スレイプニールを召喚、騎乗する。スレイプニールは、陸海空に関わらずに走り回る事が出来る軍馬。八本足。騎乗スキルがこの時に限りA+に変化する。真名解放をするとスレイプニールが飛翔。しない間は一般的な軍馬と大差ない。

主神擲は黄金の槍 (グングニール)ランクA 種別:対人宝具。レンジ1最大捕捉1

投げれば確実に対象に命中し、その後は自動的に手元に戻る。軍勢に向けた場合には、勝利をもたらすとされているが、その機能は失われている。

 

 一部スキルが隠されている事は彼にも分かった。スキルに関してはクラス別固有スキルの対魔力と、彼の伝承にあった騎乗からの騎乗スキルの再現が成されている事が分かる。しかし、それだけだ。普通、スキルは固有スキルも含め三つ以上はある。表示されない部分まで含めれば4~5個はあるはずだとカッツォは思案した。宝具の開示は予想通りであった。主神騎乗するは八本足の馬 (スレイプニール)、彼の愛馬スレイプニールである事実は、北欧神話を知る者であれば誰もが知る程有名なものである。これは騎乗スキルがある唯一の理由だろう。他にも多数の神獣を乗りこなしているが、それでも彼の愛馬は有名だ。他者に貸し与える事もあって、その伝承だけは知っているという者も多いだろう。宝具の開示は正当だと言える。

 次いで、主神擲は黄金の槍 (グングニール)、彼の持つ主神槍、聖槍はありとあらゆるものを確実に穿ち、手元に戻るという神物だ。これについても誰もが知っている。言わば、聖槍の原点と言っても過言ではない。この開示も頷ける。

「ほう、余に力を問うか。なかなかもって面白きマスターよ。我が聖槍を見たいと申すか?それとも、我が愛馬で翔たいと申すか?それとも──」

 神格低下がなされていようとも、やはり彼は神であるし、英霊として召喚されたものなのだから、信頼出来ないカッツォの方が異常なのだが、それをランサーは気付かない。理由としては、彼自身の在り方にあった。

 神々の父という、その立場。

 息子、娘、兄弟姉妹叔父叔母あらゆるところにおいて、彼は神の父として崇められていた事が北欧神話から頷ける。簡単な話だ。息子の在り方を否定する父親など存在しない。

「待てよ糞爺。俺は手前ェのチカラが見たいっつってんだ。だったら、試す他ねぇだろ」

 うむ、とランサーは首肯し、聖槍を完全顕現。その黄金の槍を杖の代わりにして、槍先に文字を刻む。刻む文字は、もちろん彼の十八番である、ルーン文字である。丁度、英語表記のFを傾けたような形に文字を刻む。

 意は、軍神、オーディン。彼自身。

 次いで、英語表記のMを歪ませたような形に文字を刻む。

 意は、騎乗。目的地のある馬での移動を示す。

「我が愛馬で、貴様の敵とやらを屠ってやろう。なに、心配するな。余が余である限り、敗北はありえぬ」

 聖槍の柄でコツンと叩いて快音を響かせ、くおんとくぐもった音が消える。すっと、ランサーの小さな一呼吸。

「余が余である問いに答えよ──主神騎乗するは八本足の馬 (スレイプニール)

 霊体化が解けた際に見える出現の違和感を一切感じない、元よりそこに居る事が当然であるかのように現れる、八本足の異形の馬。その馬こそ彼、主神オーディンの持ち足る愛馬である事は誰もが知る。

 ここで、カッツォは自身の呼び出した英霊の最大の欠点へと辿り着いた。

 "知名度"。

 英霊の強さは、伝承内での伝説の強さとともに、その地における知名度が大きく関係するとカッツォは知っていた。だからこそ、彼は神を呼び出した事に苛立ちは覚えたものの、落胆はしなかったのだ。しかし、知名度は即ち弱点の露呈へと繋がる。

「……あぁ、そうかいそうかい」

 面倒なハンディを負ってしまった、とカッツォは肩を落とす。第一に、普通であれば風貌から真名を悟られる事はないと聞いた。その理由はもちろん、その当人に会った事のある人物がいないこあらである。だが、このランサーに関しては違った。

 どの文献においても、白髭を携えた隻眼の老人と表現される。仮に老人だけであれば、ここまで困るものでもなかっただろう。しかし、隻眼である。彼の左目は彼の伝承によって失われているものであるし、聖杯戦争の例外として顕現するランサーの姿貌を見て、ランサーの真名へと至らないマスターは阿呆だと評価されても問題はない。北欧の伝承を知らぬ欧州人などいないし、なおかつ少しでも、一瞬でも北欧に触れた人物であれば、彼の真名を悟る事も可能だろう。

「さぁ、騎乗せよ、マスター。貴様の恨み、前金として払ってやろうではないか。聞きたい事は移動しながら聞く。それで、どれくらい掛かるのだ? その場所までは」

 辿り着く対応策に関しては、オーディン神の伝承を調べれば全て分かる。その伝承は多岐に渡るとはいえ、多少のパターンが存在することは事実だ。更には、このランサーとして現界したオーディン神には魔術師的側面が殆ど失われていると聞く。もっとも、今さっきのルーン文字の魔術も、彼の根本的なところからのものであるし、恐らくは宝具使用の鍵としたものでしかない事はカッツォにも分かった。

「糞爺、手前ェ、オーディンって名乗れ。方針だから」

 そこから導き出される策として当たったものが、"敢えて真名を公開すること"だ。

 元々、オーディンの伝承は数多く存在する。どのクラスで召喚されるとしても、どの伝承が色濃くでた召喚なのかまではクラス名がバレなければ分かるものでもない。

 オーディンの場合はそれのパターンが顕著に現れる特殊なケースではあった。魔術師としての技量は勿論の事、今回のような聖槍を元とした槍兵のクラス。そして、スレイプニールの伝承を元とした騎乗兵のクラス。北欧神である彼が、人間に送ったとされる聖剣を伝承とした剣士のクラス。どのクラスにおいても別の伝承が存在しており、オーディンであるという共通点の他には同一の点がほぼ存在しない。故に、オーディンだと分かったところで、グングニールが出るか、スレイプニールが出るか、ルーンの魔術師が出るか、聖剣が出るかは推測出来ない。となれば──。

「突然何事ぞ? 余は槍兵となったのだが、そう名乗らぬとも余の名を叫べというのか?」

「糞爺は俺の方針に従っとけばいいんだよ。何にも考えるんじゃねぇ」

 ぴしゃりと言い切って、カッツォは表情をしかめるとランサーの召喚したスレイプニールへと乗る。乗り心地は如何なものかと問われれば、彼は確実に最悪と答えるだろう。八本足の馬とはそれほどまでに気味の悪いものである。しかし、乗り心地だけに関して言えばそれは否定される。八本足であればそれだけ安定はするわけであるし多少の揺れはあるにしても悪いわけではないのだが。

「……っは、ほう? 余の息子もなかなかにやんちゃに仕上がったものであるな。いやなに、愛で甲斐のある良き事よ」

「場所はロシア東方地。こっから結構あるけど」

「無問題。スレイプニールは冥界へ九夜で着く名馬ぞ? 数刻で着くだろう。その間に、余のマスターである貴様の願いでも聞いておくとしようか。本来願いを叶える為の儀式よ、貴様もそれ相応の奇跡を願って縋ったのだろう?」

「………」

「そうか、余から話せと申すか。なお良し、余の願いを暴露しようぞ」

 槍を片手に、空いた手で虚空に英語表記のRを歪ませたような文字を描く。

 意は騎乗、移動。スレイプニールが呼応し、その反応を動きとして顕現した。

 莫大な慣性の法則にカッツォは体勢を危うく崩す。気を効かして、ランサーは槍を後方へと回し身体を支えたが、それが気に入らなかったのか、カッツォは眉に皺を寄せる。

「余の願い。勿論、あの悲劇の回避よ。ロキが起こした、そして、盲目であった我が息子が成した──あの事故。バルデルの死の回避。歴史を改変せよとは言わぬ。あれがあったからこそ、余はあのヴァルハラを使えたのだからな。ただ余は、バルデルを救いたい。バルデルの素行を正し、母に孝行していれば、バルデルは冥界から帰ってこられたのだから。さらに言えば、宿り木にもバルデルの誓いを誓わせておけばそれでよかった。方法は様々であるが、あのような悲劇を成してはならない。家族の死とは斯様なものであるよ」

 風を切る感覚と同時に、浮遊感がカッツォを襲った。スレイプニールが神獣とされる所以がここにある。陸海空全てにおいて最大の速度を叩き出すその名馬はロシアの空を翔けていた。カッツォは、そのオーディンの話を聞いても感情を抱けないでいた。元より、この魔術家系には誇りを持っているし、嫌いだと言えば嘘となる。しかし、これが肯定出来ない理由は、彼自身にある。

 自己中心的なカッツォの思考回路は、彼の不満不服な事を全て悪とする。

 今のカッツォは認めて欲しかった。今のカッツォは、自分の成した功績を認めて欲しかった。魔術血統も良し、術式の発表論文も良し、魔術そのものに関しては全て歴史に残る程の成果だった事は自負している。だからこそ──彼は、認めて欲しかった。

「その願いは、本当に俺を越えるのか?」

「呵々、知らぬよ。余は斯様な願いで現界したと認識してくれればいい。余の家族は今や貴様だけよ、マスター」

 ライダーはそっと槍に体重が掛かっていない事を確認すると、槍を消失させて手綱を握った。ロシアの空は寒い風と氷に包まれている。魔術的な処置を施しているのか、寒さを感じる事はなかったが。

「して、余は話したぞ、マスター。貴様の願いは何だ? まさか、答えぬという訳ではあるまいて。余は息子の願いを叶える為に疾走していると言っても過言ではないぞ」

「俺は──」

 一瞬躊躇った。

「──俺は、この汚名を返上したい。爆破魔術が外道だと抜かした奴等を見返したい。俺の仕上げた魔術を認めて欲しい。たったそれだけの──願い」

 ぐっと拳を握って、カッツォは唇を噛み締めた。聖杯でなくとも、この汚名を注ぐ事は可能ではある。奇跡に頼るものでもない事は知っている。しかし、それでも彼はこの汚名を許せなかった。ホーキング家の為にも、この自分自身にしても。

 ランサーは大きく笑った。

「良し、良し、なお良し! 良かろう、余が余である限り、貴様のその願い、この聖槍に掛けて誓おう。誇りとは良きものよ! 聞いたか、マスターの仇敵よ! 貴様等がさけずんだ愚か者はここまでに崇高なものであった! 故に余は余である限り、貴様等を許してはおけぬわ!」

 足をばたつかせてスレイプニールを蹴るものだから、カッツォは冷や汗を流した。もっとも、その言葉を否定する事も出来ず、ただ呆然としている事しかできなかったが。神々の父として崇められた彼の主神は、こんな精神を持った、それこそ理想の父のカタチに近しい人物であったのかと実感する。カッツォはスレイプニールの上から下方を見下ろした。

 ロシア魔術教会連盟の本拠地がそこにはある。驚愕の表情を露にした。数刻と聞いたが、数刻とは数時間だと思っていたカッツォには、宝具というカタチある奇跡の在り方を理解するに至らなかった。スレイプニールはまさしくその奇跡の体現であった。更に言えば、スレイプニールの疾走はロシアを約半分横断する事が数分で成せてしまう程の早さである。ランサーの言っていた数刻とは、数秒を指していた。

「見ておれマスター。余が余である所以、余が余である限り、この聖槍は余の力となる!」

 スレイプニールに騎乗したまま、その右手を突き出して虚空から聖槍を召喚し、思い切り振りかぶった。魔力が収束している事を肌で感じる。どこから集めているのか見当も着かないが、それでもこの現象が宝具によるものだと言うことくらいは理解出来た。槍先で、矢印を描く。そのルーン文字の意は、"勝利"。

「主神擲は黄金の槍 (Gungnir)──!」

 力いっぱいの投擲を魅せ、吸い込まれるように黄金色の槍は教会へと入っていく。理解が出来ない。魔力の収束が一瞬で失われたというのに、その魔力が何処に吐き出されたのかも、分からなかった。しかし、その事実は直ぐに思い知らされる事となる。

 投げた黄金色の槍が戻ってくる。その刀身全てを赤く染め上げたままに、自然と戻ってくる事がさも当然であるかのように、ランサーの手の中に収まった。ふっとランサーは短く息を吐いて、その槍を高く掲げる。

「余はランサー。北欧の最高神である余に成せぬ事はない!」

 白髭の老人はそういって、再び大きく笑った。イケる、この戦いに勝てる、そう確信した。北欧の最高神を召喚せしめた自身に、成せぬ事はないのだから。

「それと、糞爺。ランサーっつぅな。オーディンでいい」

「……心得た。しかしまぁ、難しいものよな。余も化けすぎた」

 神でありながら、小さく自嘲の笑みを零すランサーに、カッツォは少し人間味を感じていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。