Fate/Liar heart   作:木樵蝋梅

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Lider to Master

 ”世界に勝るものありて、成して、あったとして、手に入れたそれは如何なものになるのだろうか”。

 心を殺す度に、魔術回路が死んでいく。その死んだ魔術回路を抉じ開けようと、刻印蟲が体内を這いつくばる。刻印蟲は私の身体の中を蠢き、蝕み、魔力を作り出す。刻印蟲はその名の通り蟲なのだが、マトウゾウケンの特別製らしい刻印蟲はどこか──否、どう考えても人間的におかしい。

 寄生虫と言えば分かりやすいだろうか。彼らは種を増やすために、苗床として私を使う。雄雌の差は外見上にはないが、雌は基本的に体内にて卵を産みつけ、雄は体内に侵入して卵に精を掛け、受精させる。刻印蟲は文字通り私の身体を嬲り、犯していく。

 私に卵を植え付けて、肉を貪り糧として、孵化し、増え、死に。そうして魔力を放出して、死んだはずの魔術回路に刻印蟲の放った魔力が蓄積され、蘇生されていく。

 だがそれは、私の魔力を作るものでしかない。足りないのだ。ライダーのステータスを見た感想だ。それをゾウケンに伝えると、新たな特注の刻印蟲を植え付けた、というわけだ。とんでもなく厄介な、私に根を張る醜い化け物。

「M──st──r」

 霊体化した状態でライダーが私に話しかけてきた。彼の小さな気遣いがうれしい。蟲蔵で嬲られている間、ライダーはこうして話しかけてくれる。だから私は彼の為に不快感に耐えようと思えるのだ。

 身体の中と外を這い回る蟲。それなのに外側の感触を感じられない。内側でも同じ事が言える。どれだけ刻印蟲が血管を開こうと、魔術回路を抉じ開けようとも激痛はない。位置は辛うじて分かるが、痛みを感じられないのだ。脳がセーブしているのか、それとも触覚が死んだのか。

「ライダー、良いよ。お話しよう」

 私がそう答えると、すぅ、と溜まっていた異物が絞り出される感覚。汚物を放つと身体が軽くなった。ライダーは魔力を使って自分の持つ黄金色を塗られたチャリオットを召喚し、それに悠然と座った。

「ふふん、マスターありがとう! マスターが苦しんでいる所を見ると僕も哀しくなっちゃうよ」

 彼は心配そうに私に声を掛けた。ライダーの固有スキルは騎乗スキルなのだが、ライダーには救済措置として特殊なスキルが付与されている。騎乗時に限って彼は言語能力を得るのだ。彼が王であるのに戦地に趣き指揮を執っていた事を再現したのだろう。彼のマスクは有名だが、彼は知名度などで直接的な恩恵を受ける事ができない。多少ばかりは弓の心得もあるらしいが、期待は出来ないだろう。彼の成した偉業は戦闘面ではない、彼の偉業は墓に屠られている。彼を英霊たらしめるのは、彼の死後の怪異現象だ。

 ”王家の呪い”。

 彼の墓の中に調査に入った調査団が数日後突然死した事。死因は一切不明、それが呪いとして世界を巡り、彼は昇華した。

「……別に、哀しまなくたっていいじゃないか。私の事なのに」

「僕の為に苦しんでいる人を笑う事は出来ないよ。だって僕は王だもの」

 そう、彼は王だ。古代にあった大帝国の王で、近親婚の間に出来た身体障害者。足に病を発見され、家来の謀反にて殺された無念の──。

「王ならば、もっと傍若無人であるはずだ。私でもそれくらい分かる。上に立つ者は、下々の民の事を”ついてくる人々”としか認識していないのだろう? 征服王然り、英雄王然り、騎士王然り。それが貴方には──恐ろしいほどに、欠けている」

 人を信じる事が出来ない、であれば納得出来る。彼は臣下の謀反で殺害された王だ。だがこのライダーはまったく違う。理解する事が出来なかったのだ。感じる事も、思う事も。──王には、人の気持ちなど分かる訳がないのだ。

「そうさ、でも、僕は王だっただけだよ。決して王の器なんかじゃあない。ただのヒトだったんだ。いや、ヒトと呼ぶ事すらもおこがましいか。僕は呪いだ、僕は妄執だ。僕は──お飾りの人形さ」

 そういいながら、ライダーは自嘲するように小さく笑った。

 その間にも、私の身体は刻印蟲に犯されている。穴という穴すべてから刻印蟲は私を孕ませようと侵入してきた。鼻の穴や耳の穴までもが刻印蟲の苗床となっている。刻印蟲が鼻の穴から精を放った。鼻の穴から白濁した体液が漏れ出す。呼吸が苦しくなって、私は思わず口を開いてしまった。

 新たな穴の形成に刻印蟲は嬉々として口の中に入り込んでくる。噎せて吐き出してしまえばいいものを、私の脳は作用を及ぼさなかった。口一杯に入り込んだ刻印蟲は、ゆっくりと私の喉の奥へと入り、滑り落ちていく。

 脱力すれば楽だっただろうに、刻印蟲はうねうねと動きながら食道を下って胃へと落ちていく。喉に未だ感覚が残っている事が残念に思える。蠢く刻印蟲の不快感に汗を滲ませながら、蟲を体内へと受け入れていく。

 ライダーが令呪を熱くたぎらせて私の意識をはっきりとさせようとしてきた。その優しさを憎く感じてしまう。このまま蟲に飲まれてしまえば良かったのに。

 強引に口を閉じての刻印蟲の更なる侵入を拒んだ。蟲が潰れて弾け、蟲の体液に塗れる。粘着質の白く濁った嫌悪感を催す体液。

 ライダーは霊体のまま私の頬に触れ、大丈夫かと問うてくる。大丈夫も何もなかったが、私は強がってコクリと頷いた。蟲が魔力を放つのは受精時と発生時、それと私の血肉を喰らって吐き出す魔力だけだ。雌が私の中で卵を植え付けて、雄が私の中で精を放つ。そして、私の血肉を糧にして魔力に変換する。

 こう考えると蔵にいるのは殆どが雄なのだろう。私は常に雄に嬲られているわけだ。精神が壊れてしまう前にここからでよう。身体が幾ら慣れていようとも心は慣れていない。私の蟲蔵生活は逃避ばかりだった事が悔やまれた。

 腹に力を込めて身体を起こす。右手で上半身に未だ這う刻印蟲を払いのけて、左手を支えにして立ち上がった。

 ──胎盤に感じる重量感に奥歯を強く噛む。

「余計にも程がある。そこまでして私を見張りたいか、ゾウケン」

 腹の中で蟲がゴロリと回る。生える触手で胎盤を撫で、蟲は嗤った。身に何も纏っていない身体に鞭を打って移動を開始する。足を踏み出す度に蟲が素足の下で潰れた。──とんだ害虫を孕んだものだ。

 漏れ出る魔力を余す事なく吸い尽くす腹の蟲は、私から体液が一滴も漏れないようにと触手を伸ばす。どうやら蟲に嬲られている間の私の肉体はそれを快感と受け取っていたらしく、腹の蟲はまた一回り大きくなっていた。体液の全てを吸われているせいか、ここ数日間は尿意すらも感じない。着々と私は壊れ始めていた。

 ゴロリ、と腹の蟲が回った。胎盤の血を吸ったのだろう、血液の量が減って立ちくらみがした。倒れる寸での所で壁へと到着し、階段へと手をついた。

「マスター、君は少し無茶をし過ぎだ。現界分の魔力は十分足りているんだよ? 宝具を用いない戦闘であれば戦いに支障は来さない。僕だってサーヴァントだ。弓を与えてくれるのであれば、幾らだって殺してみせる。おかざりでも知名度補正は十分だろうし、通常戦闘くらいなら大丈夫さ!」

 ライダーは霊体化を解いて階段の一番上に降り立った。彼のチャリオットがギリギリ入るくらいの小さな足場だ。だが、それではダメなんだ、ライダー。それをマトウゾウケンは望んではいない。魔力を溜め込んで、腹の蟲に魔力を喰わせ続けないと、腹を喰い破って出てくる。マトウゾウケンは、令呪を三つに分けていた。

 私に一画、ゾウケン自身に一画。そして、この腹の蟲に一画。

「それは無理な相談だな、ライダー。私か神を殺す為の捨て駒だ。私の人生に先なんてない」

 そもそも、刻印蟲を孕んだ時点で真っ当な人生を望む方が間違っているのだ。蟲を降ろすにしても、一体どこがこの蟲を引き受ける? 内蔵機だってまともに動く訳がない。いずれ体内を全て喰らわれて蟲になるのだ。それならば、生きながらえるよりもこの戦争で死んだ方がマシなんじゃないか。

 ヒトのままで、私は死にたい。ヒトとして真っ当に生きる人達が──酷く、憎く感じる。

「……マスター、今、すごく怖い顔してる」

 ライダーが私を見下したままで問うてきた。一体彼が何を知っているというのだ。初めからの不自由と、奪われた自由には決定的な差異がある事を彼は知らない。彼は私を殺す。魔術回路が死に、刻印蟲によってこじ開けられた。

「ッハ、所詮私もこのザマか。哀しいかな、私はどうしても主人公たり得ないみたいだ」

「ふぅん。そうかいマスター、聞いていいかい?」

 愉快そうに口端を歪めるライダーを見据えて、私は階段へと足を掛けた。今日の蟲蔵の時間は終わりだ。もう、今日は眠ってしまおう。質問にだけ、答えてしまえばそれでいい。

「マスター、何を求める?」

「──この怨嗟を、晴らす術を」

 ライダーが、乗ったチャリオットから身体を乗り出して私に手を差し出した。ライダーのチャリオットが蟲蔵の緑色を反射して妖しく輝く。

「マスター、何処に求める」

「我が父の述べた言葉の真理を、この胸の内に」

 きらびやかな黄金から手を伸ばす少年に、汚物に塗れた白色の手が伸びる。私の手は汚かった。蟲の白濁液でべたつき、見るのも憚れる奇怪な腕。手が伸びる度に、指を喰らう蟲が蠢く。

「マスター、何処を目指す」

「──知った事。ヒトでない私が人を目指す事は道理じゃないか」

 少年はその手をとった。──依然とした声で凛と鳴く彼は、正しく太陽を連想させる。

「よろしい、僕は王だ。求められた民草の声を聞かない訳にはいかないな!」

 汚物を躊躇う素振りすら見せず手を引いて、私の身体はチャリオットの上へと乗った。ライダーは倒れた私を見下ろして、屈託のない笑みを浮かべる。

「さぁさぁ、マスター。手始めに最弱の暗殺者、魔術師辺りから殺してあげよう。土産は首だ。君が引いた劣悪サーヴァントは、宝具頼りの大馬鹿者ではなかった事を見せてあげよう」

 ──カカッタン。

 つま先と踵、そして蹠でチャリオットを鳴らす。おいで、と小さくつぶやくと。黄金の粒子が何処からか集まり形となる。彼の固有スキル:従者召集。一人に限って従者を呼び出し、その場で使役するものだ。そうだ、この少年は王なのだった。

「僕のお気に入りの奴隷、シードだ。懐かしいなぁ、ちょっとした移動の時にはよくコレで引かせたものだ」

 奴隷はヒトであって人ではない。

 粒子はカタチとなってそこに顕現する。筋骨隆々の大男、筋肉達磨のような屈強な男は、跪いて王へと顔を合わせる。

「王よ、只今このシードめは参りました」

 ライダーはんん、と咳払いをして、どこか不機嫌そうにため息を吐いた。

「あっれれぇー? おっかしいなぁ、僕の奴隷は口を効かない筈なんだけどなぁ」

 男は黙り込み、小さく首肯した。

「ライダー、お前は──」

 履き違えている、と言おうとした時、私は踏みとどまった。幾ら救済措置が施され、等しく人間と話していたとしても、彼の本質はいつまでたっても変わらないのだろう。否、この少年王は変われないのだろう。既に死んでいる彼の生き方を正した所で一体何の意味がある?

「なんだい、マスター?」

「いや、いいんだ。気にしないでくれ」

 この王はカーストを重んじる王であったというだけ。一つしたのヒトには慈しみを持って、愛情を持って対応する優しき王。しかし、階級が二つしたの奴隷となると話が極端に違う。数千年を守ってきた英霊と、たった数年生きただけの小娘。その小娘が正そうなど、おこがましいにも程がある。

「彼は一体何をしたんだ?」

「んー……確か親殺し、だったかな。ま、何をしたのかどうかっているのには興味はない。僕の家畜なのだから」

 ──過ちを許さぬ、呪われた王。

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