Fate/Liar heart   作:木樵蝋梅

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Saber to Odin

 カッツォ・ホーキングは眩暈がして思わず目を閉じた。ロシアの名家と名高いホーキング家の魔術回路を持ってしても、神へと捧げる魔力は圧倒的に足りない。相手は神だ、原初から存在するモノだ。人一人で賄う事は初めから不可能であったと切り捨てても構わないだろう。オーディンはマスターへの負担を顧みず、自分の使った魔力をごっそりと持っていたようだ。

 オーディンの馬に乗り、聖杯の降霊場所とされる場所へと移動している最中だ。馬の尻の上は快適とは言えなかったが、カッツォは文句を漏らす事はなかった。

 元より、神をどうにかしてしまおうとする事自体が悪寒が走る愚行であるのだ。カッツォはオーディンの二つの宝具に悩まされていた。

 [主神騎乗するは八本足の馬]《スレイプニール》、[主神擲は黄金の槍]《グングニール》。

 さして彼の魔力保有量が少なかった訳ではないのだが、難しい事には違いないとカッツォは算段付けた。

「……おい、糞爺。手前ェどんだけ魔力溜め込める?」

「ん? 余の魔力保有量の話か? そうさな、現界換算なら二日程度。宝具換算なら五回分と言った所であろうか。神格低下がここまで食い込んでおるとは思ってもおらんかったわ。それがどうかしたか、我が息子よ?」

 オーディンは白い髭を右手で弄りながら、きょとんとした風で言葉を発する。カッツォは眉を寄せた。

 今は丁度、魔力を失った虚脱感に苛まれている。魔力は生命力とも置き換えられるのだから、二回の宝具使用を耐えられるカッツォの魔術回路は良い方だと言える。が、しかし。

 ──この神の宝具が如何に強力であろうとも、有名過ぎるあまりに効果は期待出来ない。槍兵のステータスが言わずもがな高めに設定された敏捷値で拮抗する事は可能だろうが、それでも宝具が通じない事は問題だ。真名を名乗る以上、戦闘スタイルを変えなければならないだろう。

「糞爺、流石に宝具ぶっぱなしながら戦うとか考えてねぇよな?」

 如何に優れていようとも、如何に強かろうとも、真名が露呈する事は目に見えているのだ。先手を打たれてしまえば意味がない。主神オーディンには明確な弱点はなくとも欠点はある。

 ここは神話ではない。何かをすれば何かが起こるなどという確定事項は発生せず、確定しない以上は回避行動がとられてしまう。オーディンは大きく笑い、くしゃりとカッツォの頭を撫でた。

「ほーれ、どうしたカッツォ・ホーキング。余が敗北するとでも思っているのか?」

 愛撫とは形容しがたい強力で頭から押さえつけ、髪の毛をくしゃくしゃにする。カッツォはその手を払いのけようと右手を払ったが。相手は神である。手は止められ、成されるがままにカッツォは顔をしかめた。

「言ったろ。俺様はあの協会共から汚名を注ぐんだ。魔術理論は十分だった筈だし、どう考えてもあいつらの俺へ対する偏見が悪い。──勝利をもたらすとまで言われてんだ。負けたら承知しねぇぞ」

「ふむむ。そう心配するな。余が余である限り、敗北はありえんと言っただろう。それとも何か? 余の聖槍を見てなお信用出来んと言うのか?」

 そういう訳ではない、とカッツォが言おうとしたとき、オーディンは騎乗していた馬の尻を蹴った。馬が加速し、慣性が働いて身体が後方へと反れる。カッツォは前のめりになってオーディンの背へとしがみついた。

「マスター、もっと強く捕まれ。振り落とされると死ぬぞ」

 どう、とオーディンは綱を引いて愛馬を飛翔させる。それとほぼ同時に。

 音もなく、地面が刮断された。

 飛び上がった馬からカッツォは刮断された地面を見下ろす。地面目下にあった森が綺麗に二分され、何もなく平地が出来上がっていた。襲撃を場所を扇状に広がった広場の中心部から推測出来る。広さはそこまで広くない。だが、斬撃を上空へと放ったが故の為だ。オーディンが愛馬を操作し、その広場へと降りる。

 そこに立っているのは臙脂色の剣士。手に持っているのは鉛色の剣。大きさ140cmの大剣だ。その剣だけで切り裂いたのか、とカッツォは思う。酷く出鱈目だ。自分自身が出鱈目な力を振るう事には違和感を覚えない癖に、初めて目にした敵対者に震えていた。

 ──純粋な殺意と恐怖。

 心臓が早鐘を打った。鼓動が耳に響く。口の中が乾燥した。

「糞爺、サティスファクトへ行かねぇと話にならないつったろ。先に到着してからだ」

 オーディンは振り向かずに首を横に振り、馬を歩み進める。

「どうやら余らは罠にかかったらしい。飛翔すれば先の斬撃に身を切られるだろう。なんだ、怖いか?」

「怖くなんかねぇよ。どうせぽっと出のマスターだ。死ねばそこまでだって分かってるよ」

Fate/Liar heart

 心臓が鼓動を無理に続け、”セイバーであろうとする”。臙脂色の剣士は手に握られた剣を、腰を屈めて一閃する。放たれるのは魔力塊。それを剣を媒介として薄く展開し、森を平地へと変えた。重量感のある鎧を動かし、開いた場を見据える。来たる要因は揃えた。周囲を囲う結界と化した領域において、この地に現れぬ英霊は英霊としての名折れだろうと推測する。セイバーは低く唸った。

「……誰だ」

 近づく音は八つ。違和感を感じながらもセイバーは剣の柄を握り直した。森から現れ出るは、”白髭を豊かに携えた隻眼の老人”。更には、彼は奇形な馬に乗っている。直感ではなく、実感でセイバーは相手の真名を確信する。とんでもない人物と出会したものだと、肩から力を抜いた。真名を悟った事からか、心臓が地に足を付いた。

「どうどう、余を呼びつけるには少々手荒いな、剣士よ。尊びを知らぬ愚者はヴァルハラへと導かれんぞ」

 老いを全く感じさせる事のない創躯、その口から放たれる言葉は此れ一つの偽りすらも感じ取る事がなかった。

 ──隠す必要すらない、彼は其処に在すだけで彼足り得る。言葉がなくともその手に何が握られていようとも関係はない。ただそこに在るだけで、存在が飽和する一柱。

 セイバーは見えた当人に確認しようと、ゆったりとした口調で言葉を紡いだ。

「その立派な騎乗物、その馬はスレイプニールで相違ないな、オーディン神よ」

「ほぅ? 余の真名を一目で見抜くとは、お前は中々の目を持っているな。如何にも、余は北欧に名を連ねる神々の父、オーディン神であるぞ!」

 オーディンは高々と声を上げ自身の名を宣言し、その地に轟かせる。セイバーは立ちろいだ。これが神か、と心の中で呟き、奥歯を噛んだ。

 圧倒的な威圧と、その格の差を肌で直に感じ取る。主神オーディン。北欧における最高神であり、戦場においては勝利をもたらすと言われた老人。片目を代償にルーンの魔術を会得した、神であるのに貪欲な神。

 セイバーはその手に聖剣を握った。

 ──だから、どうしたというのだ。

 今ではあの神もサーヴァントの身へと落ちている。魔力を絶てば消えてしまうし、命令一つで死に至る。格などに意味はない。そして何より、この身は最良のサーヴァント、セイバーである────!!

「行くぞ──主神オーディン」

「良かろう──名を知らぬ、聖剣の担い手よ」

 セイバーは抜刀術の要領で剣を引き、一歩の蹴り出しのみでオーディンの右方へと回り込む。瞬間にマスターの存在を確認し、右手の聖剣を左手に持ち変えた。鉛色の一閃が奔る。切り裂く対象はオーディンのマスター、カッツォ・ホーキングその人────

「……ッハ、舐められたものだな、俺様も」

 紅い色が弾ける。セイバーの目の前で爆風となって襲いかかった。魔術はダメージにならない。そも、セイバーの持つ対魔力スキルによって、カッツォの即席で発動した詠唱を用いない魔術が通じる筈がなかった。

 だが、しかし。

 セイバーは人であった。それが故に、如何に鋼の身体を持っていたとしても、その爆風に目を覆った。一閃までに要する時間が一刻空いた。連続して発生する破裂音は、連なる爆竹を連想させる。

 ひるんだセイバーは遅れて一閃を放った。ヒィン、と今までに感じた事のない阻害感。大地ですらも紙の如く切り裂く聖剣を、オーディンは受け止めていた。しかし、セイバーが目を見開いたのは剣が止められた事にではない。──マスターが、消えていたからだ。

「剣士であるお前が目を瞑る戸は情けない。剣士人に非ず、ヴァルハラに導かれし英雄はベルセルクの名を冠するに相応しいものでなければなるまいて。そして己が聖剣を見誤ったかセイバー。そんなただの一閃で、この余が切り裂けるとでも思うたのか?」

 鉛色の聖剣を受け止めていたのは、見るに美しい黄金の槍。魔術が施されている風はない、ただ、純粋に剣と槍との衝突を再現していた。ぎり、と動かせば火花が散り、鉛と黄金が競り合う。

「……どこへやった?」

「お前は本当に剣士か? 混ざり合いすぎて騎士としての勘が鈍ったか」

 オーディンは槍を振るい押し返すと、スレイプニールを動かして距離を取った。騎乗したままで槍を振り回し、長い柄を地面へと突いた。

「そらマスター、初撃は譲ろう」

 小さく破裂音が上方より木霊する。セイバーが剣を取り、周囲をぐるりと見回すと紅い玉が浮遊している事を確認した。

 そう、その玉こそは正しく血液そのものであった。音に反応し、上方へと視線を遣ると、そこに人影を確認する。

 ──カッツォが、そこで手を振り下ろした。

「魔力っつぅモンはな、体液によーく含まれてんだよ。一体誰が始めた事か分からんねぇけどよ、性交渉なんかでも魔力の移動は出来る。そんで、俺の魔術はどこか呪術に影響を受けてる。──例えば、元々自分のものだったものに干渉するとかな」

 パン、パパパンと、弾ける火花。カッツォは口角を上げ、更なる言葉を紡ぐ。

「────ッッッ衝撃《クラッツ》!!」

 紅が弾け、紅焔となりて炸裂する。爆発の規模は大きくない、むしろ小さい。だが、カッツォには勝算があった。対サーヴァント戦において、対魔力スキルを持つサーヴァントにはマスターの魔術は通じない事が多い。対魔力スキルが高ければ高いほどに、魔術《・・》は無効化されてしまう。

 ──ならば、ただの魔力塊をぶつけてしまえばいい。

 通常戦闘にいけるサーヴァント戦では、マスターは補助に回るしかない。だが、この攻撃が通ればマスターも戦闘に参加出来、2対1での戦闘展開を可能と出来るのだ。

 しかし、セイバーは俄然、そこから動く様子を見せなかった。

「…竜殺し足る由縁《ジークフリード》」

 爆炎が消えるとその顔に傷一つ折っていないセイバーを確認出来る。否、うっすらと緑を帯びたトカゲを彷彿とさせる鱗が敷き詰められていた。

「……それで?」

 ギリリとセイバーはカッツォを睨みつけ、長さ140cmの鉛を右手に持ち替えて、文字通りに振るった。

「残念だったな、俺が真っ当なサーヴァントであれば良かっただろうに」

 寸での所で届かず、聖剣はぐるりと回って地を裂く。如何なるものも紙の如く切り裂く剣は停止を知らない。そのまま地を切り裂きながら一回転し、下からオーディンを切りつけようと刃が迫った。

「奇襲策略謀略上等、剣士であって騎士でない。俺に出会った事を後悔するがいい、ライダー《・・・・》──!!」

 斬、と血肉を切り裂く音が平地に響いた。オーディンは馬を蹴り、地へと身を投げ出す。セイバーが大振りで剣を振るった事も幸いしてか、オーディンには傷が付かなかった。かんからん、と黄金が鳴った。

「──全く、有名過ぎるのも困り者だ。良いだろう、セイバー。余を全能神と知った上での言動であろうな? 余が余である理由を、特とお見せしようぞ」

 オーディンは手に握る黄金を横に凪ぎ、低く構えた。片目が獣の如く輝く。幾度もの干渉を地に齎した神である彼は、地に足を降ろす事で相手と対等に立つ。

「さぁ、響け我が聖槍。余の盟友を傷付けたその折、高く付こうぞ」

 オーディンは黄金の切っ先を下方へと下ろし、右足を蹴り出した。白髭を靡かせながら、臙脂を穿つ。槍の切っ先は見事に額を沈まん位置へと進行経路を確定させた。オーディンは方向だけを見据えると、その手を槍から放す。

「主神擲は黄金の槍《Gungnir》─────!」

 その聖槍の名を紡げば、大源より収束する魔力渦を目に捉える事を可能とした。神が扱うその聖槍の名はグングニール。一度擲てば必ず対象に命中し、手元に戻る。神話で語られる勝利を司る黄金の一穿──!!

「良いかマスター。戦線離脱の準備をしろ。余の聖槍に巻き込まれるぞ!」

 オーディンが叫ぶと、カッツォは爆破魔術を行使する。足裏を丈夫に作るロシアの長靴の底を起点として爆破魔術を使い、爆風を足場としてその場から離れた。

 セイバーはカッツォを見遣ったが、迫る槍の方を優先し、右腕を鱗で覆った。ヒトの目から、爬虫類の目へと黄色く変色する。

「──ふん」

 槍が飛来し、命中するその瞬間に鱗で覆われた腕を振るい、黄金を弾き返した。聖剣を魔力へと戻し、拳を握って構える。そして──低く腰を落としてピンと肘を伸ばし、手を開いた。口から印を結ぶ。とある女性と同一の構え。

「五行相成、火」

 オーディンは絶句する。未だ動く聖槍を投げた今、彼には多少ばかりの補助のルーンしかない。彼がキャスタークラスであれば別であっただろうが、彼の今のクラスには補助にしか使えない。攻撃方法など、知った今では存在しないのだ。

「──模倣など、誇りを捨てたか、セイバー」

「略奪は正義の名の元においては是とされる。それに従っただけだ」

 弾かれた聖槍は動きを変え、再びセイバーへと迫る。投げた当初よりも確実に速度は上がっていた。閃を描いて穿たんとする。

「六開大──」

 セイバーは息を吐き出し、黄金を見据えた。

「発勁ッ!!」

 同時に流れを作り出し、焔の魔力放出。腕を凪いで再び弾く。聖槍は弧を描き地へと突き刺さった。互いに沈黙。

「……」

「………」

「神も落ちたな、ライダー。いや、聞き方が悪かったか。そも、ライダーの持つ槍が強力な筈がない」

「余は全能神ぞ。クラスなど、あってないようなものではないか」

「ッハ、何を言う。まずサーヴァントという枠に収まっている時点で貴様は全能ではない。ただの一回の騎乗兵である事を識れ」

 セイバーは低く唸り、焔の魔力を巡らせる。彼は竜の血を浴びた剣士である。彼が焔を扱う事は当然と言えるだろう。張り詰める空気の中、オーディンは思考を巡らせていた。手に槍は無く、愛馬は傷を負った。そして、彼に残されたものは、彼の身体と補助のルーンのみ。

 ──だが、しかし。

「ふ、ふははッ! 何を言うかと思えば斯様な事であったか! いやなに、神の御席に興としてなら招いてやっても良いと思っただけよ、セイバー」

 ──この御身は神で出来ている。

 オーディンは屈んで小さな石を拾い上げる。丁度、握り拳くらいの大きさだろうか。くつくつと愉快そうにオーディンは笑う。

「この身は北欧の全能神、オーディンであるぞ! 故に崇め、故に奉れ、故に! 余の持つ物全てが上等、それも、オーディンの悪行とでも言おうか!!」

 天切る礫。

「主神争わせるは優れた石《ブリンド・アルフォズル》!!」

 オーディンは石を上空へと投げると、そのまま足を蹴ってカッツォを抱えて走り去る。投げた石に、セイバーは意識を割かれた。

「……チッ」

 セイバーは舌打ちしてオーディンを見送る。小さくため息を吐くと、魔力補給をしようと街へと向かった。

「なんだ、あの神がライダーなのなら、もう怖がる必要はないな。既に騎乗物に戦闘能力がない事は分かっている事だし」

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