「あ、あの時の…キラー……」
シルフの少女にそう言われ呆然とする俺リンネ。その隣にいる元パートナーのアモネも何が何だかわかっていない。見間違いなのではないかと言葉での接触を試みるが彼女は何かを感じたのかシルフ領へと戻っていった。そのままシルフ領に入っていこうとしたが、アモネに腰をつかまれ静止させられたので仕方なく諦めることにした。正直この後に起こることが悪いことだということを予想しながらシルフ領を後にした。
「リンネさんはインプを選んだんですね」
「あぁ、その種族ってそれぞれ何か違うのか?」
「はい。まず種族は9つあり、リンネさんが所属するインプは暗闇の中でも行動がしやすいいわゆる夜行性な種族…です。私はモンスターのテイミングがしやすいケットシーを選びました」
「なんか…猫みたいだな。」
「はい、ケットシーは妖精の猫らしいです。インプは悪魔らしいですよ。その設定が羽にも反映されています」
俺は悪魔だったのか…だが、そんなことで俺は落ち込むことがなくむしろランクが下がったことに安堵していた。なんせ、今まで死神だなんて呼ばれて毎日のように呼ばれていたのだから。今までの仮想空間の出来事が一気に俺の中からなくなり、気楽になった。そんなことを思っているとミラのことなんてどうでもよくなり、黒の剣士と会いたいという思いが大きくなっていく。とりあえず情報を集めるためにすべての領地を回ろう、とアモネに提案した。
「いや…リンネさんいくらリンネさんが強くても多種族のプレイヤーにはこの前の開放軍みたいに集団で攻めてきますよ…」
「それならすべての領地に一人ずつ知り合いを作ればいいだろ?」
「でもどうやって…」
「え、領地を通過すればすぐには襲ってこないだろうしその間に話し合えば…」
と、自信満々に作戦を発表するとアモネは呆れたように頭をポリポリと掻き、ため息をつく。が、俺にはわかっていた。この動作でアモネは『しょうがないですね』と表したいのだろう。ありがたく思い笑いかける。が、そんな俺たちの後ろからはそれをよく思わないシルフのプレイヤーが並んでいた。振り向くと、おぉ緑の甲冑を付けたプレイヤーの他に気弱そうな男性プレイヤーと雰囲気からかなり強そうな女性プレイヤーがいたことに少し驚き、同時に今俺たちは危機に陥っているのだろうということはこの状況から察した。
「あのさ…アモネ、逃げた方がいいよな」
「…ですね!!」
アモネはとっさに羽を広げ飛ぼうとするが、俺は生憎飛ぶことが出来ない。シルフ達も戦闘態勢が整っているらしくデスペナルティーを受ける覚悟で俺も剣を手に取ろうとするが、アモネが俺を持ちあげ逃走を図る。急すぎて俺は持っていた剣を落としてしまった。アモネは急にスピードを上げ全力で退避する。
「リンネさん飛んでください!そろそろ私の腕が限界なんですけど!!」
「俺跳べないんだよ!どうやって飛ぶか教えてくれよ!!」
「えっと、初心者の人はなんか念じればコントローラーが出てくるのでそれを手に持って…ギャッ!」
「カザネちゃんを泣かせたのは君たちでしょ!因みに私、スピードなら誰にも負けないからね!」
先ほどのシルフの女性プレイヤーがアモネに追いつく。このプレイヤー、どっちかといえば俺らをキルするよりもこの飛行を楽しんでいる気がする。シルフの顔を覗き込むと、彼女の緑色の目が俺を完全にとらえていた。
その時だった。アモネの手は限界を迎え、俺を手放した上にアモネは墜落していく。シルフのプレイヤーも俺たちを見た後、どこかに飛んで行ってしまった。横を見ると遠くだが赤い群れがこちらに迫っており、これが理由でシルフの彼女は逃げたのではないかと思う。そして俺たちは砂漠に不時着した。
少しダメージは入っているが、森林地帯に不時着するより痛くはなかった。アモネも無事そうですぐに起き上がりあたりを見渡している。そして何かに気付いたのか、俺の手を引き岩に隠れた。
「リンネさん、ここはサラマンダーの領地です!」
「なんかまずいのか?」
「サラマンダーは攻撃力が高めで、主にシルフに対してプレイヤーを攻撃するらしいです!」
「だから俺は狙われたのか…っ!?」
アモネに頭を押さえられ伏せるが、丁度サラマンダーたちが俺らの上を通り過ぎていったらしい。なんとかばれずにすんだが俺らの目の前には広大な砂漠が広がっており歩いて逃げるのは難しそうだ。だからと言って飛ぼうとしても俺が飛べないため万事休すとなっていた。ここをまっすぐ突っ切ると間違いなく見つかり死ぬし、シルフ領も恐らく警戒態勢と仮定し、とりあえず唯一脱出できるであろうルグルー回廊を目指すことにした。もちろん徒歩で。
アモネが周りを確認しながら慎重に進んでいく、がサラマンダーは見つからず割とあっさり領の北側まで移動することができた。が、ルグルー回廊の前にはサラマンダーのプレイヤーが一人何やらシャドーボクシングをしているのだろう、回廊の出口付近でうろうろしていた。
「…やっぱり、サラマンダーは脳筋がたくさんなのでしょうか…?」
「いや多分ゲームの脳筋ってこういう意味じゃないと思う」
「…多分あれは私たちに手を振っていますよね…こっちに来いって手招きしてます」
アモネが俺に呪文を唱え、目を開けてみると遠くまでいろんなものが見える。確かに赤い短髪の男がこちらに手招きしているように見える。もしこれが罠ならば剣がない俺は間違いなく即死、アモネも対人戦闘ができないので死亡で全滅である。が、ワンチャンスかけてみることにし歩いて彼の元へ向かうことにした。
改めて近くで見ると、赤い短髪で細身の筋肉質…いわゆる細マッチョで手には何も装備していない。ジムにいそうな人物だった。その男は俺を見ると元気に声をかけてくる。
「俺はローベ、現実でボクサーやっててな。この世界でも素手で戦えるようなプレイヤー目指してやっているぜ!」
「素手か…俺はリンネ、こちらはアモネだ。さっきシルフ領から門前払いされてサラマンダー領に迷い込んで…助かったよ」
「それはよかったぜ!なんなら助けたお礼で俺の願いを一ついいか?」
「まぁできることなら…」
俺にその命をよこせとかいうんじゃないかと予想する。その証拠に赤い三角眼は急に目つきが鋭くなったのである。そして俺たちをまじまじと見つめた後叫んだ。
「俺と一対一で決闘しろ!」
「やっぱサラマンダーは脳筋だな…だが俺は生憎武器をもってなくてな」
「それなら尚更いい。拳と拳で語り合おうじゃないか!決まりだ…燃えてきたぜ!!」
一人勝手に燃えているローベを見ながら呆然と立ち尽くす俺たち一行。アモネを見るが、アモネはジト目で俺のことを見つめ目伏せで『戦えよ』とサインしてくる。泣く泣く俺は脳筋ボクサーと対決せざるを得なくなってしまった。
この世界でも決闘のシステムはあり、相手から送られてきたメッセージウインドウから初撃決着モードが選択される。このモードは相手の体力を黄色まで持って行けば勝ちなのでキルの心配はない。全ての設定が決まった後、カウントダウンが始まった。するとローベは上半身のトーガらしき装備を外しバトラーを彷彿とさせるようなバトルモードになる。
3…2…1…
『DUEL Start!』
ブザーが鳴ると同時にお互いが、前進し自らの拳を繰り出す。その拳がぶつかり俺は元い場所より遠く飛ばされることとなった。そして右手に激痛が走る。体力はあまり減っていないものの武器なしでも十分な威力と推定される。そんな俺に比べローベはまだピンピンしている。流石ボクサーといったところか。俺は拳を構え直しもう一度立ち向かった。今度は一発ではなく連続して攻撃してみるが、彼は全てその場から動かず避け相手も攻撃をしてくる。ローベのワンツーは早く、一発が重い。体に殴られる感触が伝わりもう駄目だと思ったその時だった。ローベの動きが止まっていたのだった。燃え尽きたかのか目には全く光が入っておらず、口はがくがくと何かをつぶやいている。俺は体術スキルを思い出しながら飛び蹴りをかました。ローベは俺を見上げるとおびえたように俺を見揚げ無抵抗に蹴りを食らい地面に倒れた。彼はまだ体力が残っていたものの右手を上げ、降参した。途端ブザーが鳴り俺の勝利が表示された。
事後、ルグルー回廊を通りながら三人で冒険を続ける俺たち。先ほどまで意気消沈していたローベは立ち直り少し低めのテンションで行動を共にしている。が、少し気になった。もしローベの攻撃をもろに食らっていたら確実に俺は負けていた。なぜ攻撃しなかったのか…と思うとアモネが質問する。
「ローベさんは何故最後呆然としたんですか?」
「あぁ…少し嫌な思い出を思い出してしまってな。こんなことが昔にもあったんだ。」
「相当大きいショックだったんですね…」
「少し話をしてもいいか?」
勿論と二人で承諾する。その話はローベの過去の話だった。
ローベは昔、現実でボクサーだったらしい。彼はボクシングのクラブで一番強かった、県大会や地方大会でも抜群の成績を見せていたらしい。が、何階目の全国大会。相手はいつも彼を馬鹿にし続け、いつも全国大会で彼を負かしているボクサーだった。そのボクサーにどうしても勝ちたいと思ったローベはグラブを硬くし、その中にはメリケンを仕込み彼との戦いに臨んだ。ローベは勝ちにこだわり、ボクサーとしてのプライドを捨てたのだ。そして戦った彼は体への負傷が大きくローベは初めて彼に勝った。が、のちに不正がバレて勝利もボクサーのプライドも失った。
「毎日、俺の罪を消すためにここで一人練習に励んでいるんだ。お前と闘っているとき脳裏に浮かんでしまって…まだまだだな俺は…」
「…そんなこと考えているから今回も勝てなかったんだ。お前、ただ練習するの詰まらないだろ?」
「な、なんで…」
「そりゃあ、押し付けて自分の罪をなかったことにしようとしているからだな。やったことはもうなくならないし、ずっと忘れないことも大事だけどため込み過ぎると体の内側からダメになる。」
俺だってそうだ。最初、大切な人を殺され怒りで人を殺し次々に命を奪っていった。最初の頃は人を殺す、殺したと考えすぎて体が思うように動かなかった。時に殺した人の幻影すら見える時があった。が、あるときから思うことをやめた。俺は人を殺しているんじゃない。この世界を生きているんだと。その途端、再び俺の世界は光輝いた。
「現実でのことを忘れるためのこの世界だろ?だったらここにいる時ぐらい気楽にしてもいいんじゃないかなーと俺は思う。」
「なる…ほど……」
「ちょっと難しいかもしれませんが、時間をかけて…あまり意識しない方がいいと思いますよ」
ローベは頷きよしと言うと両手を空に上げ雄たけびを上げる。どうやら少しエンジンが入った模様だ。
「よし、俺はこの世界にいる時だけでも楽しむ!モンスターを倒して、この世界で一番強くなってみせる!!リンネ、たまには俺と冒険して強いモンスターのところに連れていってくれ!!」
「見つかればな…というか、サラマンダーは群れるだろう?」
「実は俺、レゲネイドなんだ。大勢で多種族を襲うのはどうも嫌でな。せめてタイマンだと思って脱領した!」
なんとなくわかる気もしながらとりあえず連絡先を交換しておいた。これでサラマンダーの知り合いができたが、レゲネイドのために多分あそこの敷地には入れないだろう。が、無事に自領地に向かえることと新たに仲間ができたことにほっとしてため息が出た。それぞれ自分の領地に近くなったところで別れ、俺はやっと自分の領地に入ることができた。洞窟の中に町はあり、真っ暗だが俺らインプには問題はない。しっかりと街を見渡し、なんとか宿を取った。そしてログアウトした。明日もいい冒険ができますように。そう祈り目を閉じた。