学園都市に就職したけどブラックすぎワロエナイ   作:ドラ夫

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科学者の場合

 私は東大卒の科学者だ。学園都市にそれ以上の大学がでてしまったものの、まだまだ一流大学であるここを卒業した私は学園都市に就職することにした。

 外の世界に住む科学者にとって学園都市で働くというのは、とてつもないステータスなんだ。だが、狭き門のため、今年は私を含めた3人しか就職できなかったそうだ。

 今までニュースでしか見た事なかった色んな機械を今から思いっきりイジれる。さらには超能力も使えるようになるらしい。

 これでワクワクしないのなら、そいつは科学者失格だ。私は抑えきれない笑みを浮かべて学園都市に入った。

 

 ──今思えば、これは大きな間違いだった。もし学園都市でタイムマシンができて乗る事ができたら私は私をぶん殴ってでも止めるよ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

【03:24】

「ち、調整終わりました」

「はいお疲れ様、明日も8時に来てね」

「……はい」

 

 ──超絶ブラックだ。

 

 

 学園都市に来た当時はいろいろ環境改善を頑張ってみたものの、全て徒労に終わった。

 労働者組合を立ち上げようとしたけど、そもそもこの街には大人が少ないから人数が足りなかった。

 職場を変えようにも、外からきた私には学園都市にはどんな企業があるのかもわからなかったし、辞めて外に帰るのは私のプライドが邪魔をした。

 そもそも五年契約だから、辞めたら莫大な違約金を払うことになるのだが。

 

 

 なにより辛いのが、娯楽が少なすぎる事だ。

 ここは学生の街だという意味を、私は来るまでキチンと理解していなかった。

 まず、酒がコンビニにない。置いてあるところも稀にあるのだが、残念ながら私が住む近辺にはなかった。

 その上完全下校時間とかいうやつのせいで、夜にはファミレスどころかコンビニすらやってない。死にてたい。

 それに帰りの時間帯になるとバスや電車も止まってしまっているため、まさかの自転車通いだ。科学の街にやって来て、まさかこんなローテクな通勤手段になるとは。

 

 

 たまの休日に遊ぼとう思っても、全ての娯楽施設は学生向けだ。

 学生用料金が格安で、大人用利用がかなり高い事もこの際目を瞑るが、そもそも大人向けとして作られていない。

 さすがにこの歳にしてゲーセンに行くわけにも行かないし、レジャー施設もやれ『カップル専用』だの『最後の青春を残そう』だのそんなんばかりだ。

 

 それに加えて能力開発は大人はできないそうで、踏んだり蹴ったりだ。

 

 唯一の取り柄である研究も、宇宙船や兵器の開発といった所謂『花形』をやらせては貰えないと思ったが、まさかの『クローンの調整』なんていう訳のわからない仕事をさせられるとは思わなかった。

 私がこの街に来て、初めて職場に行った日に様々な書類を渡された。そこで「この実験の事に関して詮索しないし誰にも喋らない」といった内容の書類に沢山サインした。

 この時私は物凄くワクワクしていた。

 こんな沢山の書類にサインしてまで秘密にする実験だ。「きっと学園都市のオーバーテクノロジーの塊のような機械に触れられるのに違いない」と馬鹿な妄想をしていた。

 

 

 蓋を開けてみれば、地味だが法に触れてしまう、微妙な研究だった。

 なんでもこの街に7人しかいないレベル5の1人の能力が、筋肉が動かない人達を治すために役立つのだが、彼女は忙しいために、遺伝子情報を提供してクローンを研究する事にして欲しいと言ってきたので、そのクローンを作っのだとか。

 しかしこのクローン達は常に調整をしなければ死んでしまう事が判明。

 その調整をするのが私の仕事だ。

 秘密守秘義務の書類を書かされたのは本人の同意があり、人類のためとはいえ、クローンを作るのが違法だからだと言われた。

 私は学者であり、法律家ではないからその辺りの事はよくわからないが……

 まあこれだけ大規模に行われている研究だ、きっと大丈夫だろう。

 

 

 それでこの調整なんだが時間がかかるだけで目新しい物は全くない。

 そりゃあ新しい病気の治療法が確立されれば人類のためになるし、そのために遺伝子情報を提供してクローンの作成にまで同意してくれなレベル5のためにも全力を尽くさせてもらってるが、「充実感があるか?」と聞かれれば答えは「NO!」だ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 最悪だ。

 何者かがここ最近研究所を襲ってるらしいと言うのは聞いていた。

 しかし学園都市の便利屋みたいな事をしてるレベル5を雇ったから安心だ、と言われてたのに、見事に研究所は襲撃されな。

 データも機材も、私がせっせと書いたレポートも何もかも木っ端微塵だ。

 だが、少し喜ばしくもある。

 いかに学園都市といえどあれだけの機材を再び集めるのは難しいだろう。となれば私は別の研究所施設に行く事になり、別の研究をする事になるだろう。

 まさか次の研究所でもクローンの調整をする、何て事はないだろう。ここには五人ものクローンがいるのだ、これ以上いるなんて事はあり得ないだろう。

 5年契約だからクビにされる事はない。

 やっと毎日18時間も見ていたクローン達の顔を見なくて済むようになると思うと嬉しい反面、ほんの少しだけ寂しい気もした。

 

 

 

 学園都市をなめていたのかもしれない。まさか3日で新しい機材が来るとは……

 もう私はこのクローン達の調整を一生していくのかもしれない。そう思うとなんだか愛着もわいてきた。これまではただクローンと呼んでいたけど、折角だし何か名前でもつけようか?

 まだ目を覚まさない、ビーカーに入った『彼女達』につける名前を考えながらの作業は、帰宅時間をいつもより1時間ほど遅くした。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「おはようございます、とミサカは今までお世話になった事への感謝の気持ちを表しながら挨拶します」

「おはよう。体に何か問題はない?」

「ありません、とミサカは豊満なワガママボディをチェックしながら言います」

「それは良かった、ホントに。ここまでやって問題があったら、ホント私の学園都市生活なんだったのって感じだし……

ああ、そうそう。これ、服ね。悪いんだけどここで着替えて。こんななりでも私一応女だし、恥ずかしくないでしょ?」

「わかりました、とミサカは裸を見られた事への恥ずかしさから早口で答えます」

「結局恥ずかしいんかい」

 

 私の予想は学園都市に裏切られてばかりだ。

 なんでも彼女達はもうすぐ実験での出番らしく、ビーカーから出てきたばかりの彼女達はこの後、何処か遠い施設に送られるそうだ。

 一生付き合っていく覚悟を決めた途端にこれだ。まったく、私を何処かで監視していて、ワザと予想を覆してるんじゃないだろうか。

 

 それと今日初めて口を交わす彼女達の感情は薄く、学習装置に不備があるのかとも思ったけどこれでいいらしい。

 なんでも今回行う実験の際に過度な感情は不都合なんだそうだ。

 筋肉が動かなくなる病気などを患ってる人達に対してのなんらかの配慮なのだろうか?漏れ出てしまう糞や尿を気持ち悪く思わない様に、的な。

 しかしここまで反応が鈍いとは……

 彼女達が目を覚ましたら一緒に買い物でも行こうと思ったがこれでは断られてしまうだろうか?折角の門出だと思ってこの日のためにお金おろしてきたんだけどな……

 

 

 

 意外な事に彼女達は私との買い物に2つ返事で答えてくれた。

 いつも白いシャツに黒いスカート、その上から白衣という女として終わってる格好をしてる私だ。もちろん、今時の子の服装など分からないし、流行りの店も分からない。

 しかし今日は娘の様にさえ思ってるこの娘のショッピング(初陣)なのだ。偶には見栄を張っても良いじゃないか。

 娘には尊敬されたいのだ。

 

「この服なんて似合うんじゃない?ちょっと試着してきなよ」

「わかりました、とミサカは意外にも貴女が可愛い趣味をしてる事に戸惑いながら試着室に向かいます」

 

 いかにも手馴れてる、という風に服を勧めてみた。

 暫くして、ミサカが試着室から出てきた。

 下はフリフリとしたピンク色のロングスカート。上は白い花柄のシャツ、その上から淡い水色のカーディガン。

 私にしては、良いチョイスではなかろうか。いや、単に元が良いだけかもしれない。

 

「どうでしょうか、とミサカは大きな期待と少しの不安を胸に問いかけます」

「大学でオシャレ番長と言われた──いや謳われた私をして、可愛いと思うよ」

「ぽっ、とミサカはあなたに容姿を褒められた事に恥ずかしがります」

 

 正直この娘たちは非常に可愛らしい。なんというか私の好みドンピシャだ。ロ、ロリコンちゃうわ。

 それは置いといて、気に入ったみたいだし、今日は彼女にこれを着て帰ってもらおう。

 うーん、他の娘達もはやく起きないかな。

 趣味とか自由時間がないから、お金は有り余ってるんだ。何かしらのプレゼントを買ってあげたいなあ。

 まさか誰かと一緒に服を選んで、プレゼントする事がこんなに楽しいなんて。私も女の子だったってことかな。いや、この娘達とだから楽しいのかも。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「こ、これは!味の宝石箱やー!とミサカは熟練のコメンテーター並みの素晴らしい感想を述べます」

「いや、それ大分古いよ?学習装置(テスタメント)のデータ古すぎない?」

 

 私はミサカを連れてクレープ屋さんに来ていた。

 私はイチゴ味を、ミサカはマンゴー味のクレープを食べている。

 学生時代はスイーツ(笑)何てバカにしていたが、食べてみると中々どうして美味しいじゃないか。

 

「ミサカ、ほっぺの所にクリームが付いてるよ」

「わー恥ずかしい、とミサカはドジっ子キャラまで身につけてしまった己のポテンシャルに慄きながら言います」

「だから、ほっぺにクリームをつけるドジっ子とかちょっと古いって……。ホラ、とってあげるから頬出して」

 

 私はポケットから颯爽とハンカチを取り出し、優しくミサカの頬を拭いた。昔はハンカチなんて持たなかったが、ミサカの前でかっこつけるために持つようになった。

 

「ありがとうございます、お姉様……とミサカは羞恥に頬を染めながら感謝します」

 

 私はミサカの「お姉様」という言葉を聞いて、何だか危険なものに目覚めてしまいそうになった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 いよいよ今日は彼女が実験へと向かう日だ。最初はクローンとして見ていた彼女を今は実の妹のように思う。彼女も私をおねえさ──お姉ちゃんだと思ってくれていたなら嬉しい。

 私も実験についていこうとしたのだが、「それだけはダメです、とミサカはお世話になったあなたへの全力の忠告をします」と言われてしまった。

 お母さんに授業参観に来てほしくない子供のような物なのだろうか?とにかく、今日で彼女とはお別れだ。

 いや、お別れではないか。

 ここを出て行ってもメールや電話で連絡はとれるし、この娘の向こうでの生活が落ち着いたら会いに行く気満々だ。

 これはそう、旅立ちだ。

 私の元を離れ、人の役に立つために社会へ羽ばたいていく、旅立ち。

 

「はいこれ、プレゼント」

「これは……ヘアピンですか、とミサカはプレゼントを見つめて確信を持ちます」

「スイートピーのヘアピン。花言葉は『門出』と『優しい思い出』花言葉なんて科学者らしくはないと思うんだけどね」

「ありがとうございます、とミサカは感謝の言葉がそれしか思いつかない事に歯噛みしながら答えます」

「その言葉だけで十分だよ。大事なのは万の言葉で飾ることじゃなくて、一つの気持ちを込めることだ」

「最後まで、貴方には教わってばかりでした、とミサカは感謝の気持ちを込めて告げます。お姉様。さようなら……」

 

 こうして私の可愛い娘は実験へと向かった。

 そういえば、何処に行くのか知らされてない……

 ま、まあ直ぐに分かるでしょ。

 何てったってここは学園都市!居場所くらいデータに残ってるだろうし、それを後で見よう。

 さて、次にビーカーからでてくる彼女達はどんな娘だほうか?私と仲良くしてくれるだろうか?何をして遊ぼうか?何をプレゼントしようか?

 この娘達には輝かしい未来が待っているんだ。私にできる事は少ないけど、せめて華々しい門出を飾ってあげたい。

 あの娘達の将来を思いながらの作業は、私の帰りをいつもより二時間遅くした。


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