某日 青葉寮にて
「いってきま~す!」
来栖が元気よく青葉寮を飛び出していった。彼女は学校に行くと言った。私は元々どの学校に行っていたかも不明なままなのでここで家事をしながら留守番である。
「最初はあれとあれをして・・・・」
最初は来栖の部屋からだ。まずは部屋の家具の隙間の埃を取っていく。私は丁寧にそれを埃を綺麗に取ることが出来た。もっともこんなに早く出来たのは来栖の部屋だからだろう。ふとそんな事を思いながら来栖の部屋の机に視線を移すと
「・・・・これは?」
今の現状では結衣、結人、父さんもそれぞれの理由で外出している。ということは私しかいない。
彼女の視線の先には来栖の忘れ物があった。
まだ暖かさが残っているこの時期に一人の女性が渋谷の街を歩いていた。松葉杖を使いながら必死に歩いていた。
片手には何かの書類だろうか、それが入ったバッグを決して落とさないようにがっちりと固定されていた。
「はぁ、はぁ」
さすがにまだ歩きなれてはいないのでかなりつらい。やはり父さんが帰ってくるまで待っていればよかったかなと思い始めていたが何とか他の人に目的地を聞きながらその近辺まで来ていた。
「・・・・!」
必死に歩いていると角から来た女性とぶつかった。危うくこけそうになったが少し足に痛みが走っただけで済んだ。
「す、すいません。大丈夫ですか・・?」
どこか怪我していないかを彼女は聞いた。
「・・・・・」
「あ、あの・・・」
女性は黙ってぶつかった彼女をまるでいないかのように扱いながら、ゆっくりとした足取りで歩いて行く。
片足を悪くしているのか引きずりながら歩いている。その顔は半分が髪で覆われており確認できない。夜だったら解けてしまいそうな色のワンピースを身に着け、その上から真っ赤なガーディアンを羽織っていた。胸元も足も手も露出はほとんどなかった。
「・・・・・」
彼女はそのまま去って行ってしまった。彼女はそれを呆然とした気持ちで見ていたがすぐに踵を返した。
「一体何だったんだろう?でも彼女はどこかで見た様な・・・・」
そんなことがあったが何とか目的地に着くことが出来た。その目的地の名は・・・
「えーと確か碧学園ってここだったかな?」
しばらく確認してここが目的地だと分かると足を踏み入れた。そしてそのまま校舎に入ろうとしたところで呼び止められた。
「ちょっと君いいかな?どこの生徒かな?」
彼女が振り返ると何ともおとなしそうな顔をした男の人が立っていた。
「あ・・・私は・・・」
「うん?」
「あのあなたは・・・」
「ああ、決して怪しい者じゃないよ?ここの教師をやっているんだ。久保田だ。よろしく」
どうやら久保田と言う教師らしい。
「あの来栖に届け物が・・・」
「来栖って来栖 乃々くんの事?」
「はい。そうです」
どうやら来栖のことを知っているらしかった。教師だから当たり前か。
「今は新聞部の部室にいるはずだけど・・・・君はここの生徒じゃなさそうだし。分からないよね。私は連れていこう」
「あ、ありがとうございます」
彼が案内をしてくれるみたいだ。しかもこちらが松葉杖を使って歩いていることに気をつかったのかエレベーターから上の階に上った。
「新聞部の部室はここからこの廊下をまっすぐ行って右に行けばあるから。そこに新聞部で書かれた部屋があるから」
「何から何まで・・・・」
自分が頭を下げようとするところを彼が手で制した。
「お礼何ていいよ。本当ならいっしょに行ってもいいんだけどね。何分忙しい身分でね。今は文化祭の準備で忙しくて。もし来れるんなら今度おいで」
そう彼は言った後にエレベーターで下の階に行ってしまった。自分は再度お礼を述べて彼が教えてくれたルートを通る。
「ここを右に曲がると・・・・あった!」
思わず大きな声になってしまったがようやく来栖に忘れ物を届けることが出来る。しかも来栖の声がこの部屋から聞こえてくるから間違いはなさそうだ。
「し、失礼します」
なぜか言ってしまったがまぁ、問題はないだろう。中に入ると来栖が同じ制服を着た男子二人に何やら怒っていた。
「もうこんな時に一体誰----ってあなたは!?」
来栖は不機嫌な表情でこちらを見たがこちらの顔を確認したからだろうか驚きの表情に変わった。そのまま詰め寄ってくる。
「どうしてここに!?無理しちゃいけないっていったでしょ!?」
かなり近い。自分は何とか狭いスペースから書類を取り出し、彼女の鼻先から見せた。
「これを忘れていたので・・・・」
「うん?これは文化祭の・・・・わざわざ届けに・・・?」
その質問にこくこくと答える。それに困った笑みを見せる来栖。
「ごめんなさい。私のせいだわ。これを届けてくれたのは嬉しいけど大変だったんでしょう?もう無理はしないこと。分かった?」
「はい・・・」
さすがにここまで言われると反論の余地はない。実際体中が痛い中で来たのだ。少し椅子に座って休憩がしたい。
「このまま帰らすのもいけないし、そうだ拓也、この子をここで帰るまで留まらすのはいけないかしら?」
来栖が男子生徒に話かける。
「別にいいけど・・・」
「それよりも副部長!?誰だよそのかわいい子!?」
もう一人は何やらこちらを指さしながら叫んでいた。あまりの事に来栖に助けてと目線を送る。
「こら。伊藤君彼女が迷惑がっているでしょ!」
伊藤?この男子生徒は伊藤というらしい。
「だけど来栖。この子はウチの学校の制服は来ていないみたいだけど・・・・」
「拓也。あなたは見たことがあるでしょ。拓也が起きた後もずっと眠っていた」
来栖に指摘されて少し考えた拓也と呼ばれた男子生徒はあっと言った。どうやら心辺りがあったようだ。
「あの時の!?」
「そう。数日前にようやく起きたんだけど・・・・」
来栖は私の現状を言った。
「なるほど記憶喪失ねぇ、まぁ、ありえない話じゃないだろうしな」
「そうだな・・・・」
どうやら納得してくれたみたいだ。ということで来栖の部活が終わるまでここで部活を見学することになった。
「とにかく事件を調べるのはやめないからな」
何やらさっきの来栖が怒っていたことの答えなのだろう。拓也が答えた。そして彼はコルクボードに張られた地図に向かっていった。するとさっきから聞こえていたプリンターの独特な電子音も消えた。それから出た写真を撮ると説明を始めた。
「と、とにかく今、僕たちが追っている事件は二つ。まず一つは目は今月の七月に起きた、二コニヤ生放送公開自殺事件、通称「こっちみんな」・・・・場所はここ神南」
あれ?何か想像していたのと違うぞ。
「事件の内容は、名前の通り、二コニヤ生放送をしていた男が、放送中に突然自殺した。厳密には完全な自殺と決まったわけじゃないけど死んだときの状況からそう言われている。名前は大谷 悠馬。21歳。『俺氏、未来が見えてしまう件について』っていう預言者モドキな放送をして結構アクセス数を稼いでいた二コニヤ主」
彼の口から被害者と思われる情報がスラスラと出てくる。
「で、その状況だけど・・・・。まず、大谷氏はコメントを設ける時間を取って一旦カメラから姿を消す。その後にドアがノックされて誰かが来た音を僅かながらにカメラのマイクが拾っている。そして彼が戻ってくると彼の右腕が切断されていて、自分が持ってきた皿に乗っていたんだ。そしてそれを食べた。まるで痛みを感じていないみたいに」
「・・・・・・」
来栖が顔を青くしている。自分だって想像したら気分が悪くなる。
「それから突然苦しみだして死亡した。死因は失血性ショック死だった」
訳が分からない。
「何らかの理由で精神が錯乱した上での自殺という線が濃厚だけど、警察は自殺する前に訪ねてきた人物をさがしているらしい」
もっともそれが怪しい人物だろう。警察の判断は間違ってはいないようだ。
「・・・・・」
皆が黙って聞いている。しかしこれだけでも異常な事件はもう一つあるようだ。
「二つ目の事件は19日に起きた事件。死体の状況から「音漏れたん」と呼ばれている。場所はここ神泉」
これが最新の事件らしい。確かニュースにもなっていたはずだ。
「名前は高柳 桃寐。20歳。二コニヤ放送の歌ってみたの歌い手で、最近ネットで有名になっていて、アニメソングのコピーバンドのボーカルで復興祭でも歌うことが決まっていた」
どうやら今度は歌手らしい復興祭というものは来栖から聞いたがそれを聞けなくなることは残念だ。
「バンドの派手な衣装を着たまま一人でストリートライブをしていて、晴れた日は毎日決まった場所、決まった時間にで演奏していたらしい。だけど、何か様子がおかしかった。声が小さくて、いつもの感じじゃなかったらしい。そして結局、ライブの最中に__」
やはり・・・
「死んだ。こちらも失血死。ライブを始める前から、お腹を刺傷していた」
大谷氏と似ている点が多いな。どうやった手段で死亡したのかも気になる。
「妙なのが遺体の状況で・・・・伊藤再生してくれ」
伊藤さんがパソコンを操作して音声を流した。
「きゃー!いやぁーっ!」
「は、マジで!?マジで!?」
「死んでるって!マジで死んでるって!」
「救急車呼べって!」
「・・・・とう。ゆっ・・・して・・・・」
?最後の部分が聞き取れなかった。来栖もそうらしく首を傾げている。
「あーそっちじゃなくて、渋谷にうずが音声いじってくれたやつ」
そうすると伊藤さんは分かった顔で
「ああ。そっちね。えーと」
すると、またパソコンをいじってもう一つの音声が再生された。最後の部分が違った。
「ありがとう。ゆっくりしていってね。ありがとう。ゆっくりしていってね。ありがとう。ゆっくりしていってね」
まるで再生されるように言葉が繰り替えされている。
「「ありがとう。ゆっくりしていってね」常連によると彼女はこの言葉を言ってからストリートライブをしていたみたいだ」
「二コ動ユーザーだからな。歌ってみたの歌い手の中では彼女が一番だって評判だったらしいぞ」
拓也さんの言葉を伊藤さんが補足する。しかし来栖と私はどうしてもさっきの言葉が引っかかった。
「今のは・・・・?」
来栖が聞いた。私もそれは気になっていた。
「悲鳴は、お客さんのもの。たまたま動画で撮っていた人がいたんだ。で、今のが高柳さんの声で___」
またしても自分は耳を疑った。
「彼女のお腹に埋め込まれたスピーカーから聞こえていたんだ」
「・・・・・・?」
よく分からない顔をする来栖に伊藤さんが答えた。
「つまりライブは始っから録画されたものだったんだ」
衝撃だった。奇妙だが気味が悪い。そんな事件だった。
「最初は、録画した自分の声に合わせてギターを弾いたらしいんだけど、途中から歌だけになった。それから俯きむちしっぱなしだったから既に死亡すていたんじゃないかな。それを妙だと思いながらも気ずかずにずっと聴き続けて___」
それからあの状況になったと。
「とにかく、さっきに音声がリピート再生されるまで死んでいるとは気ずかなかった」
話終わり拓也さんは興奮していることがこっちでも分かった。
「な?すごいだろ」
そして彼自身の結論を出した。
「僕はこの事件はまだ続くと思う」
皆からしても相当に衝撃的な事件だ。個人的にはかなり衝撃で起きてほしくないと思う。
「共通点は単に異常ではない。実は事件の現場だけじゃない」
そして事件の事でこれに気ずいているのは彼だけとこれを言われた時に思った。
「日ずけだ。二つの事件はニュージェネレーションの事件と日ずけが一致する。そして三つ目の事件が起きた日が」
「今日だ」
彼と彼女は知らない。これがこの”くそったれなゲーム”の始まりだった。