オバロ瓦落多箱(旧オバロ時間制限60分1本勝負)   作:0kcal

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オーバーロードアニメ4期及び某食堂2期放映を勝手に祝して


余談
がんばれニグンさん 


 不気味な仮面を被り闇から作られた糸で織られたのではないか、と思うような漆黒のローブを纏った魔法詠唱者と、暴力を凝縮したかのような黒い全身鎧の騎士が己を見下ろしている。魔法詠唱者が声に楽し気な響きを含みつつ、つぶやいた。

 

「ふふふ……またこんなことを言うとは思わなかったが……確かこうだったな」

 

 冷えた金属の棒が幾本も突き刺されたかのような恐怖。命乞いをしようと声を出したいのに全く声が出ない。涙が流れ、全身が震えて力が入らない。

 

「憐れだな」

 

 やめろ、やめてくれ、その先の言葉を紡がないでくれ、下さい、お願いします、私に出来ることは何でもしますから。だがその言葉を紡ぐための器官である喉も口も全く動かない。

 

「せめてもの情けだ、苦しまぬよう一撃でその身を滅ぼしてやろう」

 

 魔法詠唱者が持っていた杖を構え――――――

 

 

 

 

 

 

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 

 

 陽光聖典隊長であるニグン・グリッド・ルーインは、大きく声をあげ飛び起きた。荒い息を吐いた一瞬の後、左右に顔を動かしすぐさま全身の状態を確認する。四肢は自由に動く……拘束はされていない。手で顔や頭を触って確認する。顔のパーツで欠損している部分は無い様だ。

 

「い……生きてる?私はまだ生きてるのか?はっ……ははは」

 

 命を失っていないことに思わず安堵し笑みがこぼれる。ニグンは実行部隊の隊長に任命されるだけあって、比較的強い信仰と理想を持ってはいたが、同時に現実主義者である。

 

 たとえどんな能力や地位をもっていても、死ねば終わりである。人類の為に戦えるのも命あっての事。確かに法国には神官長をはじめとして、蘇生魔法を使える者が儀式魔法まで含めて幾人かはいる。

 だが蘇生の魔法には術者の他に状態が良好な死体、高価な触媒の両方が必要であり、己の任務の性質から考えれば命を落とした場合、蘇生魔法の行使が可能な確率はかなり低い。

 それゆえにニグンは常日頃から隊の鍛錬や情報収集を熱心に行い、任務の成功率を高める努力を怠らないよう努めてきた。

 

(だというのに、なぜあのような……こ、と、に)

 

 脳裏に死が顕現したとしか思えない恐ろしい魔法詠唱者と漆黒の騎士、悍ましき不死竜の姿が蘇り恐怖に身震いする。囚われの身ではあろうが最後に見た光景を考えれば、命があるだけで望外の幸運と言えるだろう。

 

「さ、さてここは一体……やはり監獄……なのか……?」

 

 恐怖を振り払うように意識して声を出し、ニグンは遅まきながら状況確認を行う。自分が居るのは薄暗く、あまり広くない部屋だ。装備は全て取り上げられているようで、青と白の縞模様の見慣れない衣服を着せられている。ただ自分の為にしつらえたとしか思えない程体になじんでいることから、何らかの魔法がかかっているマジックアイテムだと推測する。

 

 拘束されていないことと併せて考えると逃亡防止用の感知魔法、もしくは拘束用の魔法が込められている可能性は高い――そこまで考えた所でニグンは違和感を感じ、即座にその原因を突き止めた。自身が寝かされていたのは背もたれも肘掛けも無い、長椅子のような家具だ。だがよくある板張りではなく、手触りの良い布張りの中にかなりの厚みと柔らかく弾力のある詰め物がされている。まるで貴族の寝具のような……いやこちらの方が心地よいかもしれない。

 

「…………?」

 

 己が置かれているであろう立場からかけ離れた品に不信を感じつつ、注意深く部屋を見回す。天井から突き出た突起からろうそく程度の淡い光が放たれており、室内をぼんやりと照らしている。音や熱を感じないので、まず間違いなく魔法の明かりだろう。壁・床・天井の材質は不明だが、表面に目立った凹凸や汚れや痛みも――不自然な程に――なく真新しく清潔だ。そう、まるで建てられたばかりのように。

 

 違和感はますます強くなり、ニグンが室内をより詳しく確認せねば、と椅子から降りようと体の向きを変えたその時、視界の端に動くものを捕えた。先程感じていた恐怖がぶり返し、慌ててそちらに身体の向きを変え身構える。見れば暗い部屋の奥に小窓がありその向こうで、おそらくは人影が動いたのが見えた。

 

「何者か!」

 

 誰何の声が部屋に反響するが、小窓の向こうの影は動かない。ニグンは身構えたまま、相対している影に気がつかれぬよう注意しつつわずかに前進を開始する。その時、影もまたわずかに動き、ニグンは小窓の正体に思い当たる。

 

(……鏡像か?)

 

 確認のため構えた手を左右に少し動かすと同時に影が動く。それでも注意しつつ近寄ってみると、確かにそこには鏡があった。気が抜け、鏡像に怯えたという事実がニグンの口から自嘲をこぼさせた。

 

「ふっ、情けない……仮にも聖典の隊長である私が鏡像に怯えるとは……む?」

 

 ニグンは鏡をじっとみつめた後、表面を軽く指でなぞった。軽い驚きが目に現れる。そのまま指を鏡をなでるように動かすと、その驚きは深まった。鏡の表面は滑らかであり、凹凸が全くなかったのだ。歪みの少ない鏡は手鏡であっても貴族階級や商家であればともかく、都市部の中間層程度ではあまり所持していない位には高価な品である。窓並の大きさで全く歪みが見当たらない精緻な鏡ともなれば、一級の工芸品と言っていい。ニグンにもどのくらいの値が付くか判断がつかない代物だ。

 

 己が置かれているはずの境遇や、部屋の雰囲気と全く釣り合わない品物の発見でニグンは混乱する。さらなる手がかりを求めるように周囲を見回すと、鏡のすぐそばに洗い場とニグンもよく知るある装置が目に入った。

 

「蛇口……水道が引いてあるのか。まさか湧水の?いやそれは流石にないだろうが」

 

 ニグンは自らの知識にあるかつて神がもたらしたと言われる技術とマジックアイテムの名ををつぶやいた。蛇口は水道の末端につけられる開閉装置、水道は湧き水や川などの水を溝や管によって引き込み配分する仕組みだが、都市部ならともかく郊外の町や村にはまずない。

 大都市や要所である城や砦は無限の水袋(インフィニティ・ウォーターバッグ)や湧水の蛇口(フォーセット・オブ・スプリングウォーター)等を利用した水源が水道や井戸の他にも設置されているのが普通だが数は限られている。なにせマジックアイテムは高価なのだ。

 

「永続光の明かりに工芸品級の鏡と貴族の寝台、水道が引かれている個室、か」

 

 監獄とばかり思っていたが、部屋に備え付けられている設備は装飾は皆無だがマジックアイテムを含め高価な品ばかりだ。あらためて意識すると何らかの魔法が働いているのか、室内は適温に保たれており実に快適で、ここが実は貴人の部屋と言われても納得できる程だ。ニグンの頭にもしや自分は思っているよりはるかに良い状況にあるのではないか?と言う甘い期待が芽生えかけた。

 

「……いや」

 

 その考えを振り払うと室内の探索を再開する。最初に居た長椅子から見えない位置に扉がひとつあったが、開けるとごく狭い小部屋の中央に穴が空いた椅子があるのみであった。これは明らかに不浄場、となるとこの部屋には外部に繋がる扉は無い事になる。ならばやはりここは監獄で部下たちも同様に捕らえられていると考えるべき。そう判断し伝言や感知などの魔法を発動させるか逡巡していると、どこからか突然声がした。

 

「目覚めていましたか」

 

「!?」

 

 ニグンは声のした方向から咄嗟に距離をとり、振り返る。先ほどまで壁であったはずの場所に格子が出現しており、その向こうに美しい女が見えた。今まで見た中では最も美しいと言ってもいいかもしれない。思考がその女の容姿に持っていかれそうになるが、ニグンの冷静な部分が警告を鳴らす。いつ壁は格子に変わった?さらに言えば女の足音はおろか、気配も何も感じ取れなかった、と。

 

「初めましてボk……私はユリ・アルファ。至高の御方アインズ様に仕える戦闘メイド、プレアデスの1人です。貴方の様子を確認するよう申しつかりました。以後お見知りおきを」

 

 

「ア、アインズ・ウール・ゴウン!……様!のメイドとおっしゃられたな、ユリ・アルファ殿。よろしければ私の境遇をお教え願えないでしょうか?」

 

 魔法詠唱者の名前をうっかり呼び捨てにした瞬間、女からあの漆黒の騎士と同質の殺気が噴出したことに威圧され慌てて敬称をつけ、その後敬語になってしまったのが今さらもう恥でもなんでもない。戦闘メイドなどという不可解な単語に疑問は残ったが、現状確認のための情報収集と何より己が身の安全が第一だ。

 

「簡潔に申し上げますと貴方は至高の御方のお慈悲により、命を奪われること無く生かされております。まずはその事実に心から感謝をして頂きたく思います。そこで大人しくしている限りは新たなご命令までは身の安全は保障されるとのお言葉です。逃走、もしくは外部に連絡を取る目的で魔法を行使する事はおすすめ致しません」

 

「よ、よくわかっ……りました、ご忠告感謝いたします」

 

 危なかった、魔法を行使していたらどうなっていたかはわからない。女の言いまわしから魔法を使った途端になんらかの仕掛けが働くことは容易に想像できた。

 

「食事は日に2回運ばれます。蛇口から出る水は飲用可能ですので、渇きに耐えられなければ飲まれると良いかと。他に質問はございますか?」

 

「・・・・・・部下達はどのような扱いを受けているのでしょうか。私と同じような処遇でしょうか」

 

「いえ、貴方は死なせぬように注意して管理せよと命じられておりますので特別です」

 

 なんだそれは、部下達は死なせてもかまわない扱いをしていると言っているのと同じではないか。ニグンの心に反射的に反発する気持ちが沸き上がる。自分の命が保障されているという安堵もあり気が緩んだのかもしれない。

 

「部下たちにも捕虜として、しかるべき待遇をお願いした」

 

「・・・・・・何か勘違いをしているようですが」

 

 思わず上げた声は殺気による威圧と共に、途中で言葉でさえぎられた。

 

「貴方達は、いと気高き至高の41人の統率者であらせられるアインズ様に逆らった塵です。本来ならば即贖罪のための拷問の後に資材としてばらすのが妥当なのですが、至高の御方が有効に活用せよ、とおっしゃられたゆえ処分されていないだけ。捕虜等と言う上等な身分ではないとわきまえなさい」

 

「なっ」

 

 あの魔法詠唱者の他に40人、あの黒騎士もそうだとしても後39人もあんな化け物がいるのかという驚愕。法国の情報網に一切そんな存在が引っかからなかったと言う恐怖。今話しかけてきている女も外見こそ見目麗しいが、あれらの化け物と同様の存在であり自分たちの命等なんとも思っていないという事実にニグンは声を詰まらせた。

 

「理解できたようで何よりです。では、最初の食事をお持ちします。これも至高の御方のお慈悲ですので、感謝を捧げることを忘れぬように」

 

 ニグンが絶句していると、ユリと名乗った女は格子ごと壁に埋まるように消えた。慌てて壁に駆け寄って触り、押し、叩いてみるが幻の類ではなく確かに実体として壁があった。

 

「一体なんなんだ……魔法の監獄とでもいうのか?」

 

 

 

 

 

 

「食事です、受け取りなさい」

 

 少しの時を置いて部屋に声が響いた。ニグンは先程から格子

 

 

 先ほど女の顔があった場所にゆっくりと食事が乗ったトレーが降りてきて格子があいた。震える手で格子の向こうに手を差し入れ、トレーをつかむ前に手を動かす。床、左右、奥には確かに壁がある。だが上には空間が広がっていた。

 ではあの女は、やはり。ぞっとしつつ震える手でトレーを受け取る。先ほどまで座っていた長いすの横から板が飛び出していたので、これがテーブル代わりなのかと考え

 トレーを置き、長いすの端に腰かけて与えられた食事をまじまじと見る。

 

「これはまた・・・・・・ずいぶんと品数が多いな」

 

 パンと水はわかる。法国でも囚人や捕虜に出しているからだ。なぜかと言えば神の教えに罪人にパンと水を与えよ、と伝えられているからだが、実の所理由は判明していない。

 もっともそれも定められた七日に一回の割合で、殆どの食事は泥粥鍋と部下たちも揶揄するあのマジックアイテムから湧き出す食事になる。だが最初の食事だけは、神の教えの通り必ずパンと水を与えられる。

 もしやあのアインズ・ウール・ゴウンは法国・・・・・・あるいは六大神の教えに連なるものなのか?確かに名前は法国式だ。しかしウール、と言う洗礼名は聞いた事が無かったため除外していた。だが共通点が2つとなれば……

 その時鼻腔に良い香りが流れこみ、思考が中断したため、改めて食事を見る。

 

 パンと水の他に何色かの具材が入ってると思われる白い汁のようなもの、豆らしきものを煮たような何か、切り分けた果実のような形をしたもの、そしてやや黄色のスライムのような何かと、最後に白い液体・・・・おそらくは動物の乳だろう。

 トレイには大小のスプーンが併せて2つ、フォークが1つ。これで食べろと言うことか。ニグンは毒物や薬品を警戒しようとして・・・・・・やめた。魔法を行使しなければ判別は不可能だし、そんな気があればとっくに注入されているだろう。

 ニグンは食事の前の祈りの姿勢をとり、自分の使える神に感謝の祈りをささげる。あの女は魔法詠唱者に感謝をささげよと言っていたが、自分の心の中までは読むような事はしていないだろう。

 

「さて」

 

 祈りを済ませたニグンは、まず一番量の多い白い汁を見る。橙、緑の野菜とおぼしきものの他に、数種類の具が入っているようだ。大きいスプーンを差し込むと掬い上げ、慎重に口に運ぶ。

 

「!?・・・・・・うまい」

 

 口の中に広がる、ほのかな甘み。よく煮込まれているのか、口を動かすだけで崩れるほどに柔らかい具材、うまみをしっかりと吸ったそれらがニグンの口中でハーモニーを奏でた。

 

(このうまみは・・・・・・溶け出した野菜だけではない。動物の乳と、麦か?それに、これは塩漬けの肉?)

 

 動物の乳の風味と野菜の風味が溶け合った中で、柔らかく、だが確かな歯応えで存在感を主張する塩漬け肉。だがこの新たな風味はなんだ?ニグンは塩漬け肉を汁から探し出すと、スプーンに乗せて観察する。

 

(一部が飴色になっている・・・・・・これは燻製か?)

 

 塩漬け肉の燻製。豚を多く飼育する地域ではいつの頃からか、作られるようになったと聞くが、あまり出回っている物ではない。だが、これは間違いなくうまい。

 もうひとつ具材があった。それはある意味慣れ親しんだ味であるキノコ。だが汁の旨味をたっぷりと含んだそれは、任務中に野伏の技を修めた部下が集めたものよりも遥かに良い香りと、味を持っている物だと確信した。

 そしてニグンは最後の具材を発見する。透き通るまで炒められたと思われる、強い風味と甘みを持つ野菜は、この料理の肝とも言えるだろう。この具材がなんなのか、ニグンに心からの欲求が沸き起こる。その間にも手は止まらない。様々な野菜と塩漬け肉の燻製、そしてキノコの味を存分に含んだ、動物の乳汁。一口含むごとに味わい深いその料理は、ニグンが今まで食して来たものはなんだったのかという思いを抱くに十分であった。

 

 気が付くと椀の中身は殆ど空になっており、ニグンはああ、もうこれだけしかないと言う思いが胸中に沸いた事、たった一つの料理に自身が没頭していた事に驚愕した。

 

「まさか他の料理も?」

 

 ニグンは、他の料理にも手を伸ばす。魔法詠唱者と退治していた時とは全く別の種類の恐怖が襲ってきた気がするが、目の前の料理の誘惑に抗えなかった。

 

 豆を煮た料理は、意外な事に、力強い風味と酸味と伴う味だった。強い風味はおそらく強壮効果があると言われる植物の物、だがその中にワインの風味がわずかに漂うのはおそらく果実酢、おそらくこれも高級品を使用しているのだ。さっぱりとしているのに、食べる程に体に力が漲るというのはずいぶん不思議な感覚だ。豆の持つ素朴な味が、風味と酸味でここまでうまくなるというのは驚嘆するしかない。もうひとつ、何かが隠れているとニグンは食べながら考える。

 

(甘み・・・・そして力強い風味に負けない程のコク・・・・・これは・・・・・油か!油を和えているのか)

 

 しかもかなり上質、いや間違いなく今まで自分が触れた中で、最高の油が使われているだろう。ニグンは戦慄した。一見豆の煮た物にしか見えぬ料理に、これ程の材と技巧が凝らされていることに。だが流れる思考と関係なく、両手は夢中で次の料理に取り掛かっていた。

 

 切り分けた果実のようなものに、フォークがざくっと音を建てて突き刺さる。スプーンで掬うにはやや大きいと察して持ち替えたが、正解のようだ。

 急ぎ口に運ぶと、ざくっとした食感と共にふわっとした塩味の初撃を受け、すぐさまじゅわっと香ばしい油の風味と味の追撃を受ける。流れるように口の中で崩れる実の感触と、甘みがニグンに襲い掛かった。

 これは・・・・・・・芋。しかもこの固さは焼いて、いや油で揚げてある。単純な料理でありながら、完璧な足運びの連撃に似た味の構成はニグンに無骨な戦士との戦いを思い起こさせた。この戦士とは是非酒を呑み明かしたい。だが残念ながら、流石に酒までは供されていない。

 

 口中の塩味に、無意識に口直しの意味でコップに入った水を飲んだニグンの目が大きく見開かれた。喉を通る清涼な感触が、即座に全身にいきわたり、生命力が回復したかのような不思議な感触がひろがっていく。

 

「これが……水、ただの水……なのか?」

 

 今まで口に運んだものは”料理”贅を尽くし技巧を凝らしたもの。だが、ただの水が自身の体に吸い込まれていき、快感と活力を与えてくれるとなると――ニグンの目が、自然にパンに流れる。震える手でちぎり、口に運んだ。顔が自然と天を仰ぐ。

 

「これが、パンか……本当に、今まで私が食してきたものは何だったのか」

 

 パンがこれ程柔く、これほど甘く、香ばしい香りを放つとは法国の誰が知るだろうか。ニグンはなぜ罪人にパンと水を与えよと神がおっしゃられたのか、わかった気がした。普段食べているパン。だからこそ、今までで最大の衝撃を受けた。生命とは、生きることとはなんなのか、自らに問いかけてしまう程に。

 

 たっぷりと時間をかけてパンを食したのち、ニグンの目は最後の料理に吸い寄せられた。わざわざ「最後に食すように」とメモが挟まれている、その料理に。

 

 パンと水に神を感じた。対してこの最後に残った、琥珀色のソースがかかった黄色くぷるぷると振動で震える料理から、何かそら恐ろしい物を感じるのだ。

 

 自らの予感に逡巡するが、ニグンは選択した。小さなスプーンを手に取って、掬い、ゆっくりと口に運ぶ。

 

 

「おお……おお!!」

 

 

 滂沱の涙を流したニグン・グリッド・ルーイン、陽光聖典の隊長であった神の使徒の心は

 

 

 神と悪魔の合作である至高の甘味、ナザリック・プリンの前に完全に敗北した。

 

 

 

 

 

 

 数日ぶりにナザリック大墳墓に戻ったアインズは、供を連れず単独で第六階層の端に作った観察小屋と呼ばれている施設に向かっていた。小屋といいつつもその実態は石造りの塔であり物理的に脱出不可能な複数の牢屋が設置されている。だが、今現在は捕えた陽光聖典の隊長であるニグンと、なんとなく気になった隊員1人を監禁してあるのみだ。

 

「さて……ユリが仕事を気に入ってくれているとよいのだが」

 

 アインズがそこの管理をユリ・アルファに命じたのは、彼女が人間の飼育観察に適性があるからとかそういう理由ではない。

 後々、ユリには魔導国建国の暁にエ・ランテルで孤児院を経営させることになる。だが、それは殆ど仕事がなく、ため息をついて日々を過ごしていた彼女を見かねたルプスレギナとナーベラルより彼女に仕事を与えてほしい、と嘆願されるに至った結果である事を覚えていたからだ。

 

 (ルプスレギナはカルネ村の管理を行い、ナーベラルはモモンの相棒として俺に同行。ソリュシャンはセバスと共に情報収集を行っている、と彼女にしてみればやりがいのある大役を妹たちが任されているのを羨ましがってた……だっけか。エントマもリザードマンの戦いでコキュートスに同行させたしな)

 

 アインズにしてみればメイドの統括を行っている執事長であり、プレアデスのリーダーであるセバスをナザリック外に出すのだから、副リーダーであるユリがセバスが留守の間代理を務めるだろうと判断したのは正しい事だとは思っている。

 

 それゆえ、アインズはユリにはナザリック外での仕事を与えなかったのだが、実態は執事長の代理は執事助手兼副執事長である直立歩行するイワトビペンギン、エクレア・エクレール・エイクレアーとメイド長である直立歩行するシェットランド・シープドッグ、ペストーニャ・ショートケーキ・ワンコによって全て処理されていたのだという。

 

 となれば残るはプレアデスの副リーダーとしての仕事だ。これもプレアデスの半分がナザリック外に居り、出動もないとなると交代で詰めるログハウスでの歩哨任務の他は、自分達の部屋掃除以外に仕事が無かったと聞いた。

 

「窓際族……だったかな。そんな状況に置いてしまっていたとは・・・・・知らぬ事とはいえ悪い事をした」

 

 窓際族。遥か昔・・・・・まだ企業が容易には従業員を強制退職させることが出来なかった時代、対象者を窓際の席に配置し出社した対象者に何の仕事も与えぬまま日々を過ごさせることで、自発的な離職を促したといわれる企業戦術だ。

 

 毎日早朝出勤、そしてくたくたになるまで働かされ、上司に対し不満を表面に出そうものなら雀の涙の補償だけで放り出される時代の会社員であった鈴木悟としては、9時に出社5時に退社。その間何も仕事をせずともクビにもならず、給与がもらえるなどと言う状況はこの世の天国なのではないか、と思わなくもないが……実際にその状況に置かれたことがないのに、そんな事を思うのは筋違いであろう。

 

 それにかつては「社長を含む重役なんぞ何の仕事をしてるのかわからないのに高給をもらって偉そうにしている」等と考えていたが、ナザリックの絶対支配者として過ごすようになり、その考えは誤りであったことに気がついたように、同じ立場にならなければわからない苦しみがあるのは間違いない。

 

 (それになあ、仕事中毒というか……仕事を減らされ休みをもらうことが苦痛です、なんて真顔で訴えるナザリックのNPCの立場で考えると……うん、拷問だわ。それもかなりの)

 

 鈴木悟に無理やり当てはめれば、全ての就業時間を不得意な分野での強制労働に就かされる様な状況のではないだろうか。想像しただけで死ねる……今のアインズは睡眠も食事も不要であり、疲労というバッドステータス無効、なによりアンデッドであるから身体的に死ぬ事は出来ないだろうが、間違いなく何らかの意味で死ぬ。ここまで考えた所で、背骨が凍るような嫌な感触が襲ってきたので、頭を振って思考を浮上させた。

 

 そのため、今現在の自分の状況がまさに”全ての就業時間を不得意な分野での強制労働に就かされる様な状況”であることにアインズが気がつかなかったのは、ある意味幸運だったといえるだろう。

 

(ただ・・・・・解せぬのは、ユリとほぼ同じ境遇であったはずのシズはあまり不満を持っていなかった、という点だな。やはり創造主の性格に影響されるのかなあ……やまいこさん、プレイスタイルは脳筋だけど真面目だったもんな)

 

 かつてのギルドメンバーのこと思い出し、アインズの歩みが停まる。そこに、ちょうど巡回を終えたユリ・アルファが塔の門より現れた。

 

「こ、これはアインズ様」

 

 アインズの姿を見るなり膝をつこうとする彼女を片手で制し声をかける。

 

「その必要は無い、ユリ・アルファよ。あの男達の様子と実験の結果はどうだ?」

 

「はい、アインズ様。お命じになられた通りナザリックの料理を与えて飼育し確認したところ、料理によるバフはこの世界の者たちにも完全な形で発揮されております。効果時間延長の食事効果までも発揮されました」

 

「おお、期待通りの結果が出るというのは嬉しいものではあるな。他に気がついたことはあるか?」

 

「その」

 

「ほう、なんだ?」

 

「あの人間の男達ですが、2日目より食事前に信奉する神の名と共に、アインズ様に感謝の言葉を捧げております」

 

「どゆこと!?……いや、それは本当か?己の立場を考えての保身のための行動とも考えられるが……そうではないのか?」」

 

「いえ、嘘看破によって確認致しました。偽装魔法の発動も感知されておりません。真実の感謝の言葉であることは検証済みでございます」

 

「そのような効果付与の指示をした覚えはないのだが……食事は一般メイドたちのビュッフェから出た廃棄……余った料理に手を加えて与えていたのだったか?元の材料である一般メイドの食事には、忠誠心を上昇させる効果等は無い筈だな?」

 

「もちろんです。そんな事をせずとも彼女達、いえナザリック全ての存在の忠誠は至高の御身に」

 

「ふむ、ではこの世界の者たちを使役する際にナザリックの料理を振舞えば能力は向上し、さらに懐柔も狙えるという事か。では飼育を続けよ。あの男達は、その内使う時が来る。それまでしっかりと飼育してほしい」

 

 この言葉は真実とは言い難い。先日の事件によってニグンより地位が高く、レベルが高い法国の人間を数多く入手したからだ。しかし、状況が変わったことをわざわざ伝えて、やる気を削ぐ意味はどこにもない。

 

「はっ、では体重の著しい増加が確認されておりますので、魔法的拘束を施したうえで適度に運動をさせることとします」

 

「そうだな……バランスの良い食事と適切な運動によって、身体だけでなく精神にも良い影響がある、筈だ。まかせたぞ」

 

 

 職務として予定されていた質問を全て終えたアインズは、少し逡巡したのちに口を開く。

 

「んんっ……ユリ・アルファよ、最後に尋ねる。この仕事は……いや違うな」

 

 ここに居るのは、ユリ・アルファだけだ。支配者ロールをする必要は無い。

 

「ユリ、日々は充実しているか?」

 

 ユリ・アルファの顔がわずかに――本当にわずかに――緩んだ後、力強くアインズの言葉に答えた。

 

「はい、日々が充実しております!アインズ様」

 

「そうか、それは……本当に良かった」

 

 

 

 


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