アイドルマスターシンデレラガールズ 〜自称天使の存在証明〜 作:ドラソードP
第66話
ノーベルカワイイ章
「プロデューサーさん、聞いてください!! ボク凄いことを思いつきました!!」
「何だって!? 凄いじゃないか!! こりゃ今年のノーベル賞は決まりだな!!」
「……いや、ボクまだ何も言ってないですけど」
それはとあるスキマ時間、俺と幸子は次の予定の時間が来るのを部屋で待っていた。特に何かが起こるわけでもなく、俺はいつも通り書類と今後の予定の整理。そして幸子の方は何故か独り言を言いながら、手鏡で自分の顔を眺めていた。
今日も特に大したイベントも発生せず、平和な一日で終わりそうだな。そう考えていた俺だったが、こうして幸子は突然、びっくり箱もびっくりするような勢いで椅子から飛び上がると、俺の方へと駆け寄ってきた。
俺は嫌々作業の手を止めると、幸子の方に視線を向ける。
「……で、何を思いついたんだ? 話だけなら聞いてやるぞ」
「フフーン! では聞いてください!!」
そう言うと幸子は、胸を張りながら自慢げにその『凄いこと』について話し始めた。
「なんとボク、自分の中のカワイイを無限に増やせる革新的な技術を思いつきました! これが仮にもし実現したなら、冗談ではなく本当にノーベル賞が取れかねない、とてもすごいものですよ!」
俺は幸子の方から、再び視線を目の前のデスクの方に戻す。そして、頭を抱え黙り込んだ。
「……なんですかその反応!? もはやツッコミすら無いんですか!!」
「ツッコミって、おかしいことを言っている自覚はあるんだな……」
「えっ、あっ……いっ、いや〜……プロデューサーさんはいつも、ボクが何を言ってもツッコミを返してくるのでつい……」
幸子は俺からの指摘を受け、段々と声が小さくなっていく。
「あー……とりあえず幸子、大丈夫か? 最近結構忙しかったし色々疲れてない?」
「またそうやってボクが変なことを思いついたみたいに言い始めて! ボクは本当に思いついたんです!」
幸子はそう言うと、棚の隅に置かれた鏡を手に持つ。そしてテーブルの上に置くと、今度は先程まで自分の顔を眺めるために持っていた手鏡を、テーブルの上に置いた鏡と対角線上になる様に構えた。
「フフーン! 見てください、こうすれば鏡の中に、無限にカワイイボクが映るんです!! 凄いことだとは思いませんか!? カワイイボクが!! なんと!! 無限に居るんです!!」
幸子は満面の笑みを浮かべながら語気を強め、俺に語りかけてくる。その様子からしてどうやら、彼女は本当にこれを凄いことだと思っているらしい。
「凄くないですか!? カワイイボクが!! 無限に居ます!! 一人でもカワイイボクが!! 宇宙の法則を無視して!! 無限に居るんですよ!?」
「……流石に冗談だよな?」
しかし、幸子の目はマジだった。俺の言葉は一切届いている様子が無く、幸子は自らを挟むように存在する鏡を交互に見ながら、過去最大級に満足気な顔をしている。
「……よし分かった、じゃあ仮にその……カワイイを無限に増やせる技術だっけか? それでノーベル賞が取れたとして、一体何の賞なんだよ。科学でもなけりゃ物理でもないし、もしかしてノーベル幸子賞とか言わないよな」
「ノーベル幸子賞って、なんですかそれは」
俺は幸子から真顔でツッコミを入れられる。普段幸子にツッコミを入れる側なせいで、幸子からこの様に真面目に返事を返されると、ダメージがかなり高い。
「ノーベルカワイイ賞ですよ。ノーベルカワイイ賞」
しかし、そんな幸子の真面目なツッコミから続け様に返ってきたのは、再びツッコミ所しか無い発言だった。
「ほとんどノーベル幸子賞と同意義じゃねーかよ!!」
「同意義じゃないです!! 」
そう言うと幸子は、まるで塾の講師か何かにでもなったかの様に、人差し指を振りながら俺に語り始める。
「第一、ノーベル賞はアルフレッドノーベルさんが作ったから、ノーベル賞なんですよ。ノーベル幸子賞だと、ノーベル賞なのか幸子賞なのか分からないじゃないですか」
「その辺、ちゃんと知っているんだな」
「まあ、ボクはカワイイだけでなく、勉強もできて、物知りなので!」
「本当、無駄に頭だけはいいから侮れないよな、お前……」
とか言いつつ、それが幸子の日頃からの努力の賜物なのは俺が一番知っている。彼女のアイドルに対しての向き合い方と、レッスンでの成長を見れば明らかだ。
「カワイイだけとか言われたくないですからね! カワイイのは当たり前なんですから」
「その努力を少しは自制心に費やしてくれ⋯⋯」
しかし、その頭の良さや真面目さから、何をどうしたらあんなトンチンカンな発案が出るのか。さらにこれが素だというのだから恐ろしい限りだ。下手な芸人のわざとらしい狙ったコメントなどよりも、遥かにぶっ飛んでいる。テレビ映えという点ではもはやプロ顔負けだ。
「まっ、実際ノーベル賞はダメでも、イグノーベル賞なら可能性ありそうなもんだけどな」
「イグノーベル賞……名前を聞いたことはありますね。内容までは詳しく知らないですけど」
「イグノーベル賞ってのはアレだ、つまりノーベル賞の⋯⋯」
そこまで言いかけて俺は言葉を止める。
「ノーベル賞の?」
「⋯⋯な、何でもない」
イグノーベル賞。『人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究』に重心を置いた特別な賞だ。その名前の通り、ノーベル賞とは打って変わってどちらかと言えばクスッと笑えるような研究がほとんどになっている。更に発表内容があまりにも酷いと紙くずを投げつけられたり、長過ぎるとどこからか八歳の幼女が出て来て罵られたり、とにかく言ってしまえばおふざけ調なノーベル賞のパロディだ。
うっかり口が滑ってイグノーベル賞なんて言ってしまったが、幸子に内容を伝えたらかなり怒られそうだな。せっかく何事もなく仕事が順調に進んでいただけに、あまり話を面倒にはしたくない。
「で、そのイグノーベル賞とやらにはどんな研究が有るんですか? 」
「そ、そうだな⋯⋯確か、今年受賞した日本人の研究は『人は何故、コタツに入ると出られなくなるのか』だったかな」
「なんだか偉くピンポイントですねぇ。研究したくなる気持ちは分からなくもないですが」
「まぁ、イグノーベル賞はそう言った比較的一般人にも分かりやすいような研究が多いからな⋯⋯ハハハ」
そう言い上手く話を誤魔化す。幸子の方も今の説明で納得してくれたようで、特にそれ以上追求は無かった。
しかし、こう考えてみると幸子が唱えた『カワイイ無限増殖機関(命名俺)』も案外、イグノーベル賞のテーマとしてはまともなのかもしれないな。真面目に論文を書けばもしかしたら、世界初のイグノーベル賞を受賞したアイドルとして有名になれないことも⋯⋯ないな。
「にしても話は戻すが、仮にノーベル賞に受かったとして、幸子は賞そのものが欲しいのか? それとも賞金?」
「賞金?」
幸子は賞金という言葉を聞いて首を傾げる。
「ああ、ノーベル賞って実は受賞すると賞金が貰えるんだぞ。それも数百とか数千万じゃない、日本価格にして約一億円だ」
「一億円⋯⋯一億!?」
ちなみにこれは、アルフレッドノーベルの遺産の利子から出ているのだそうだ。ノーベル賞の存在理由や賞金が出る意味など、細かく説明していくと色々あるが、とりあえず俺が一番思うことは利子一億円ってどんだけ膨大な遺産なんだということだけだ。そんなに何年何十年も遺産を配って、いつかは遺産が無くなるんじゃないかと思っていたが、流石偉人はレベルが違った。そんなに有り余るくらい貯金があるなら、百万円くらい分けてくれても良いだろ。幸子のカワイさに免じて。
「なんだか桁が膨大過ぎて、現実味が無い話ですね⋯⋯」
「いや、分からんぞ? アイドルがありとあらゆるエンターテイメントを掌握するこのご時世、トップアイドルになれば、一億円も遠い話じゃない」
「フフーン? そこまで言い切ったからには、本当にそのレベルまでボクを導いてくださいよ? 年収一億円を要求します!」
「⋯⋯一千万円じゃダメか?」
「なんでハードルを下げるんですか!」
年収一億円なんて企業の社長とかそういうレベルの話だぞ。いくらアイドルが活躍できる時代だからって、無理がある。
「⋯⋯まあでも、そうは言いましたが、本当はお金が貰えたとしても、何かやりたいこととかって無いんですよね。現にボクがアイドルをやっている理由も、お金が欲しくてやっているわけではないので」
「お金が欲しくてやってる訳じゃない? 意外だな、幸子のことだからお金も稼ぎたいものだと思っていたが」
とは言ったものの、幸子のその言葉には謎の説得力があった。幸子は確かにワガママで、ナルシストで、自己中心的で、自分こそが世界で一番の存在だと思っていそうなものだが、不思議とお金にがめついというイメージは全く無いのだ。そう考えると、彼女は本当に自分が世界一カワイイことを証明するためだけに、純粋な気持ちでアイドルをやっているのかもしれない。
「まあそれに、そもそもお金ならそこまで不自由はしていませんからね。ボクはお小遣いをしっかりと貯めていますので!」
「おのれ倹約家め⋯⋯」
「プロデューサーさんも、そんな風に言うなら貯金とかしてみたらどうなんですか?」
「残念ながら、山梨から毎日通勤してくるようなブルジョワ中学生とは違って、名も売れていないような一人暮らしのプロデューサーには、まだまだ貯金できるような余裕は有りません」
あの渋谷遠征の時にそれを痛い程思い知らされたからな。最近の中学生は怖い。
「でも、お金を使うものが全く無いわけでもないだろ? オシャレをしたりするのにだってお金はかかるわけだし、何かお金の使い道はとかは無いのか?」
「そうですね……」
そう言うと、幸子は黙り込んで真剣に考え始める。
「あっ、有りました!!」
「お? 何か良い使い道が思い浮かんだらしいな」
すると幸子は、腰に手を当てながらドヤ顔をする。
「それならボクは、日頃ボクをカワイがってくれている両親のために、海外旅行に連れて行ってあげたいです! それもよくある国内旅行ではなく、全世界の名所を巡る様な、とても豪華なワールドツアーに!!」
「両親を旅行に⋯⋯か」
てっきり俺は自分に関する何かだと思っていたが、予想は外れたようだ。だが、幸子の口から出てきたその言葉もある意味、幸子らしいと言えば幸子らしい答えだった。
「ボクが今、アイドルをしていられるのは他でもない、パパとママのおかげなんです。旅行には限りません、だから仮に沢山のお金が手に入ったとしたら、まずは両親のために何かをしてあげたいですね!」
「⋯⋯こんなにカワイイ子供を授かって、幸子の両親は幸せ者だな」
「はい! 何せボクは、両親にとっての『幸せな子』なんですから!」
幸子はそう言うと、これまでにないほど嬉しそうに笑顔を浮かべる。久しぶりに見た彼女の笑みに、幸子は褒められたことを心から嬉しがっているのだと理解した。
「まったく、お前ってやつは⋯⋯」
前にも幸子は言っていたが、彼女は自分の名前と、そして家族に何よりも誇りを持っているのだろう。彼女と初めて出会った時、やたらと名前を言ってくるように要求してきたのも、そういう心理が働いてなのかもしれない。
「⋯⋯だったらその夢、幸子がノーベル賞を取るよりも遥か先に、トップアイドルにして叶えさせてやるよ」
「はい?」
俺は一度、大きな伸びと深呼吸をする。そして、首を鳴らすとヨシ、と気合いを入れる。
「こりゃどうやら、俺にまたまた頑張らなきゃいけない理由が増えちまったみたいだな」
「別にこれは、ボクのちょっとした夢みたいなものですから、そこまで真に受けなくて良いですよ?」
「バーカ、夢に小さいも大きいもねえよ。叶えさせてやるって言った以上、二言は無い! これはプロデューサーとしての義務ではなく、一人の男としての意思だ!」
「ばっ、バカじゃないです!」
しかしそう言ったあと、幸子は顔を赤らめ小さな声で呟いた。
「⋯⋯もし両親と旅行に行く機会があったら、その時はプロデューサーさんも連れて行ってあげますから」
「ん? 何か言ったか?」
しかし俺がそう言うと、幸子は更に顔を赤くし早口で話を逸らした。
「と、とととにかく! ノーベル賞だとかなんだとか、さっきから話がだいぶ脱線しましたが、ぼっボクはそんなことを伝えたかったんじゃないんです!」
すると幸子は再び手鏡を構え、そこに映る複数の自分を見て満足げにドヤ顔をする。
「カワイイでしょう?」
そして幸子は、何かを誤魔化すかのようにそう聞いてくる。
「何言ってんだかお前は⋯⋯」
そう言うと俺は幸子に向かって笑みを浮かべる。
「そんなの、今に始まったことじゃないだろ?」
「⋯⋯プロデューサーさん!!」
まったく、素直なのは良いんだが本当にチョロいんだよな幸子は。少し褒めるだけでこの通りだ。
「⋯⋯やっぱり、ノーベルカワイイ賞はボクじゃなくて、プロデューサーさんが受賞するべきですね」
「どうした? 突然」
「だって、ボクがボクらしく、こうしてカワイく居られるのは、プロデューサーさんの日頃からの努力があってこそですよね? なら、そんなカワイイボクをカワイくしてくれるプロデューサーさんこそ!」
「⋯⋯本当、カワイくないやつ」
俺はそう小さく呟く。
「⋯⋯プロデューサーさん? 何をブツブツと」
「はいはいなんでもないよ、さあそろそろ作業に戻りたいから黙った黙った!」
「なっ⋯⋯!!またカワイイボクを雑に扱って!! 言っておきますが、プロデューサーさんはノーベルカワイイ賞かもしれませんが、ボクはノーベルスーパーカワイイ賞なんですからね!」
「ノーベルスーパーカワイイ賞ってなんだよ!!」
こうして、俺たちのこの部屋はまた少しずつ騒がしくなっていくのであった。しばらく静かな日々が続いているなったと思ったら、いきなりこれだからな。皆さんも、幸子の突発的な思いつきとカワイイ発作にはご注意ください、と。
だいぶお久しぶりです。
近い内にとかいって随分かかったなワレェ⋯⋯
すいません、あの直後本格的に精神ぶっ壊して心療内科通いになりました。
で、約二ヶ月間かくかくしかじかあってメンタルを戻しつつ、シャニマス1stで泣きに泣き、シャニマスに助けられ、今ここにこうして戻ってきました。ありがとう、シャニマス(シャニマスをやるんだ)(アルストロメリアをすこれ)(乃々と甜花と杏奈が絡む話はまだですか?)
ちなみに前々から言っていた本編の修正についてですが、幸子会の中盤までは終わってます。物好きな人はもう見たかもしれませんが、話の根本的な所に関わらないような感じでだいぶ変わってます。
いつか同人誌の形にして配布してぇなぁ、という思いを抱き、今日も様々な本やラノベを読んで勉強中。同人誌出版なんかした事のない素人の考えかもしれませんが、そんなの知ったことか。とりあえず夢はデカいのに限る。
まあという訳で、近状報告は長くなり過ぎない内に終わりです。それではまた、ワシのメンタルが壊れないように⋯⋯あと、会社を辞めることが無いように⋯⋯
強く生きろ、俺。
次回、いよいよ始まる346プロ一大オーディション。集められた精鋭達は果たして、何を語るのか。
物語はいよいよ動き出す。
蘭子回も絶賛執筆中! あとウサミン回も。
ご期待ください(長くなったら申し訳ない)
文章の改行や空白
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