骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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戦争
第27話:軍事会議


 多くの国で収穫が終わり吐く息が白くなり始めたころ、バハルス帝国領からリ・エスティーゼ王国領へ向かう幌馬車が一台、その本来の用途からはかけ離れた速度で疾走していた。御者台に男が2人、荷台には女2人と子供2人、計6人が乗り込んでいて、その全員が酷く疲弊していた。

 御者台の男が荷台の女に呼びかける。

 

「イミーナ! 追っ手は来ているか?」

「大丈夫! 影も見えないわ!」

「ははは、そうでなくちゃ困るわな」

 イミーナの返事に御者の男、ヘッケランは軽口で返すが速度を落とす様子はない。

 緊迫した空気に耐えきれなくなったのか少女が申し訳なさそうに謝罪する。

 

「本当にごめんなさい」

「もう! いい加減謝るの止めないと放り出すよ?」

「そうですよアルシェ。貴女に付き合うと決めたのは私たちです。気にする必要はありません」

 黙っていたもう一人の男、ロバーデイクが落ち着いた声でイミーナの発言をフォローする。

 

「……ありがとう」

「そうそう。それでいいの」

 イミーナはアルシェのさらさらとした金髪をくしゃくしゃと撫でる。

 アルシェは幼い双子の妹たちを強く抱きしめる。クーデリカとウレイリカ。5歳の妹たちは強行軍に疲れはてて寝てしまっている。

 馬車の面子はバハルス帝国のワーカー“フォーサイト”。いや、元ワーカーだろうか。今、彼らは古巣の帝国を飛び出し新天地へと駆けていた。

 

 ワーカー。それは冒険者組合に登録していない冒険者だ。組織に縛られない代わりに、全てが自己責任。人助けもすれば犯罪ギリギリの仕事、あるいは犯罪そのものを生業とする者がいたりと、その質は様々だ。

 フォーサイトのリーダー、ヘッケランは二十代に差し掛かった二刀流軽戦士。金銭好きだが仕事はきちんと選び、危険な橋は渡らない性格だ。回復役のロバーデイクは三十代の元上級神官。神殿に所属していては救えない人々がいることに気づきワーカーになった善人。イミーナは年齢不詳の半森妖精(ハーフエルフ)野伏(レンジャー)。チームの目であり耳である彼女は弓の扱いに長けており、喧嘩っ早いのが玉に瑕だがいざ戦闘になれば一歩引いた位置から的確に味方をサポートする。そして魔術師(ウィザード)のアルシェは十代半ばにして第三位階魔法を行使できる秀才。バハルス帝国が誇る逸脱者、第六位階の魔術を操るフールーダ・パラダインと同じ生まれながらの異能(タレント)、“看破の魔眼”を持ち、その能力でなんどもチームを救ってきた。

 各人の能力が上手く噛み合い、四人チームとしては安定した依頼達成率を誇る彼らフォーサイトは、正規の冒険者でいえばミスリル級の冒険者であり、また堅実に依頼をこなしてきたために帝国内での信用度も高かった。

 

 しかし、彼らはその全てを投げうって逃避行をしている。全てはチームの妹分、アルシェのためだ。

 アルシェを追う借金取り――正確にはアルシェの両親が多額の借金をし、あろうことか抵当物として差し出されてしまった双子の妹を追う借金取りから逃げていた。

 

 全ての原因はアルシェの両親だ。鮮血帝に貴族位を剥奪された没落貴族にもかかわらず、かつての栄華な暮らしを忘れられずに借金を重ね、身分不相応の浪費をする体たらく。自ら働こうとはせず、その返済を娘のアルシェに丸投げしていた救いようのない両親だ。

 膨らむ借金に業を煮やしたアルシェは妹たちを連れて家を出ることを決意し、フォーサイトの仲間たちが一肌脱いでくれたのだ。いや、アルシェの件はきっかけに過ぎず、遅かれ早かれフォーサイトは解散間際だったのだ。ヘッケランとイミーナは結婚して身を落ち着かせるつもりだったし、ロバーデイクも孤児院を開業する予定であった。どうせワーカーを辞めるならと、引退前に一花咲かせようと協力を申し出たのだ。

 しかし着々と準備が進む中、アルシェの両親はついに5歳の妹たちを抵当物として差し出してしまった。

 そして借りた相手が悪かった。高利貸しの裏に犯罪組織がからんでいたのである。鮮血帝の目があるので王国の八本指ほどではないが、帝都でそれなりに影響力のある犯罪組織から力尽くで妹たちを取り戻し、準備に準備を重ねた逃走計画を実行したのだ。

 

「諦めると思う? 行先は割れていないはずだけど……」

「国境は越えましたし、しばらくは大丈夫でしょう。こちらの用意は万全。大丈夫ですよ」

「あったりめぇだ! 準備に金貨100枚もつぎ込んだんだぞ!?」

 ロバーデイクの言葉にヘッケランは強い口調で合わせるが嫌味さはなく、本気で悪態をついている感じもない。そこにあるのは絶対の自信。絶対に逃げ通すという強い意思だ。

 

 周辺国の情報。逃走先の絞り込み。有力者の推薦状。逃走経路に替え馬の用意等々、多額の資金を投入した。多少予定が早まったが入念に下準備をしたうえでの逃走、ミスリル級冒険者の本気の逃げだ。

 

 帝都から休まず幾つかの街や村を経由し、手配していた替え馬に何度も乗り継ぎ、既に4日目の夜。目的地は目と鼻の先だ。

 

「見えた! ロバー、推薦状を用意してくれ」

「了解」

 馬車が徐々に速度を落とし、そしてついに大きな門の前で止まる。

「……こんな夜更けに大丈夫かな」

 固く閉ざされた門を前に不安を漏らすイミーナにヘッケランは「見てろ」と大きく息を吸うと大声で開門を乞う。

 

「開門を願う! 誰か居ないか!?」

 ヘッケランの声に反応して門の上の篝火が動く。

 姿は見えないが門番と思しき声が返ってくる。

「何者だ?」

「移住希望の者だ。ここに推薦状がある。確認してくれ」

「分かった。(あね)さんを呼んでくるんで少しのあいだ待っててくれ」

 

 追っ手の心配はしていなかったがずっと移動しっぱなしだったために、いざ立ち止まると待ち時間が妙に長く感じてしまう。ほどなく門が小さく開くと小鬼(ゴブリン)数体と一人の少女が現れる。

 何も知らなければその組み合わせに驚くところだが、事前調査で目の前の少女が亜人を使役する“血濡れのエンリ”であると推察できた。

 

「エンリさんですね、こちらが推薦状です」

「……確かに。ロフーレ様の割印ですね」

 推薦状を手持ちの割札で確認したエンリが合図を送ると重厚な門がゆっくりと開かれる。門を押し広げ姿を現したのは鋼鉄製の鎧を装備した人食い大鬼(オーガ)と、新たに灯された篝火に照らし出された射手と思われる小鬼(ゴブリン)だった。

 それらを目にしたフォーサイトのメンバーは、初めて自分たちが狙われていたと悟り背中に冷たい汗が落ちる。

 そんな彼らの表情を見たエンリが皆を安心させるように、そしてはっきりとした声で新たな入居者を歓迎する。

 

()()()()()()()へようこそ。今日からここが皆さんの家です。よろしくお願いしますね」

 

 

* * *

 

 

 リ・エスティーゼ王国、王都。ロ・レンテ城の謁見の間に名だたる王族や貴族たちが集まっていた。国王に続き二人の王子とラナー王女、六大貴族にその他大勢の有力な貴族たちだ。

 例年通り送られてきた帝国の宣言文に対して、王国がどう対処するのかを決める会議が開かれていた。

 

 バハルス帝国曰く、年々増加するバハルス帝国民及びリ・エスティーゼ王国民への麻薬汚染は、城塞都市エ・ランテルとその近郊が温床となっていることに起因する。

 当該地域において、現支配者である王国にはこの蔓延する麻薬被害に対して解決能力は無く、このまま王国の支配が続けば両国の民はいたずらに健康を害し搾取され続けるだろう。

 よってこれ以上被害が広がる前に王国は支配権をバハルス帝国へ譲渡し、事態の改善に努めなければならない。

 これに従わないのであれば、帝国は無辜の民のために立ち上がり、王国に侵攻を開始する。

 これは正義の行いであり、無能な支配から人民を解放するものである。

 

 聞く者が聞けばなんとも耳の痛くなる内容だが、王国の多くの支配層が麻薬被害に対してさしたる危機感も無いために宣言文は“いつもの戯言”として受け止められる。

 しかし、今回の会議は先の帝国の宣言文とは別に、まったく未知の相手から布告文が届いたことで紛糾していた。

 

 送り手は“フィオーラ王国”。

 かつてトブの大森林を支配していた闇妖精(ダークエルフ)たちが戻ってきたという。

 

 曰く、我ら闇妖精(ダークエルフ)は500年前に現れた魔樹(ザイトルクワエ)を討ち滅ぼし、トブの大森林にて復権をはたした。よってここに新たな闇妖精(ダークエルフ)の国家、フィオーラ王国の樹立を宣言する。

 同時に、フィオーラ王国はスレイン法国、竜王国、カルネ村自治領と同盟関係にあることを通達する。同盟者に対し不当な侵略行為が認められた場合、フィオーラ王国は同盟者を守るためにあらゆる手段を講じるだろう。

 また我らは既に多くの亜人部族をその傘下に収めた。よって彼らの生活を守るため、人間の森への侵入を制限する。

 一、森の外縁部10キロまでを狩猟可能域とし、それ以上の侵入を堅く禁止する。

 一、伐採を禁じ、これを犯した場合、当事者またはその主が償わなければならない。

 

 なお、フィオーラ王国に属さぬ亜人部族または野生動物が問題を起こしてもフィオーラ王国は一切の責任を負わないものとし、問題解決にあたって冒険者などが対象を討伐しても報復を行わないことを約束する。

 現状、人間にとって森は大変危険なため、緊急の用向きの際はカルネ村自治領に設置した外交窓口を訪ねることを推奨する。

 

「なんなんだこの布告文は!? 500年前の闇妖精(ダークエルフ)だと?」

「一方的に伐採を禁止するとは暴論もいいとこだ!」

「なにが魔樹だ! そんな化け物が現れたなんて聞いたことがないぞ!」

「そもそもカルネ村自治領とはなんだ!? 元は王国領だろう? 反逆者ではないか!」

「然り! 王国に反逆し勝手に同盟を結ぶなど許せん!」

 

 怒号が飛び交うなか、一人諫める者が現れる。

 

「皆さんお静かに。陛下、宜しいですかな?」

「うむ、構わん。レエブン侯はこのフィオーラ王国とやらをどうみる?」

「実は先日、我が領地へフィオーラ王国の使者が参りました」

「……して、どのような用件だった?」

 

 国王同様、他の貴族たちもレエブン侯の話に耳を傾ける。

 

「その前に、トブの大森林に領地を接する者としてご報告させていただきます。まず、彼らが討ち滅ぼしたという魔樹(ザイトルクワエ)は、以前法国が伝えてきた破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)のことです。蒼の薔薇を調査に向かわせ確認させたので間違いありません。そして蒼の薔薇が魔樹(ザイトルクワエ)と遭遇し壊滅したところを闇妖精(ダークエルフ)の王族が率いる一団と法国の特殊部隊に助けられたとのことです。その後、彼らに同行したイビルアイ殿が、闇妖精(ダークエルフ)の王族が推定難度250の魔樹(ザイトルクワエ)を討伐する様子を目撃いたしました。その折に、一緒にいた法国の人間が、闇妖精(ダークエルフ)の王族を六大神と並ぶ“神”に認定した、と」

 

 謁見の間が静寂に包まれる。皆、レエブン侯の言葉を理解するのに時間を要したのだ。

 国王が静かに口を開く。

 

「レエブン侯、話をまとめるとつまり、王国が誇るアダマンタイト級冒険者すら敵わぬ相手をその闇妖精(ダークエルフ)は討ち滅ぼしたと。そして法国が彼らを神と認めた……」

「はい。フィオーラ王国はこの周辺国を滅ぼせる力を持っています」

 

 場がざわつく。レエブン侯の言葉に血気盛んな貴族から野次が飛ぶ。

 

「馬鹿馬鹿しい! 魔樹が如何ほどのものか。王国全軍を以ってすれば――」

「勝てると仰るのですか? 魔樹はこの王城を遥かに超える大きさ。さらに魔法も操るのだとか。それに対し徴兵した農民で本気で勝てるとお思いか?」

「な……!?」

 レエブン侯の言葉に野次を飛ばした貴族は目を白黒させる。城よりも大きいモンスターを想像できなかったのだろう。八欲王が討伐した竜王であればあるいは匹敵するかもしれないが、現存するドラゴンでそれほど巨大な存在は知られていない。

 

「神代の存在が現れたのです。人間の尺度で物事を判断しないことです」

 貴族は口をぱくぱくするだけで言葉を失う。

 その様子に呆れた国王は片手を上げてその貴族を制す。

 

「話の腰を折るでない。それで、レエブン侯。使者はなんと?」

「はい。木材の売買契約を()()()()と結びたいと」

「伐採を禁じておいて売買か……。価格は適正なのか?」

「むしろ安いくらいです。彼らは魔法で木を育てるため、天然物にくらべ価格を低く設定できると。職人によれば質は天然物と変わらないと言っていたので、我々からすれば単純に木材を安く手に入れられるということですね」

「ふむぅ……」

 

 森に隣接する貴族たちが従属を強いられるのではと覚悟していた国王は、意外にも良心的な売買契約の話を聞き考えに耽る。そこへ落ち着いた声の老貴族がレエブン侯に話しかける。

 

「その木材、仲介してもらえないだろうか」

 六大貴族の一人、ウロヴァーナ辺境伯である。腕や身体は枯れ木のように細いが、威厳を感じる調子でレエブン侯に打診する。

「差金を抑えてもらえるならそちらの仕入れから買い取らせてもらっても構わない」

「それはもちろん構いませんが。急ぎですか?」

「マーマンどもに漁船を数隻壊されてな。海が凍る前に漁獲を稼ぎたい」

「なるほど。ではこの後にでも話を詰めましょう」

「宜しく頼む」

 

「どこの馬の骨ともわからない亜人共と取引をするなどと……」

 会議とは関係のない商談が気に入らなかった第一王子バルブロの揶揄が割って入るが、レエブン侯は余裕をもって応える。

 

「なにか問題でも?」

「なに?」

「森は危険。これはトブの大森林に領地を隣接する者なら常識です。いつ現れるともしれない魔物に備え、木を一本伐採するのにも安全を確保しなければならない。どんなに対策を講じても毎年少なからず被害がでる。その補填に掛かる費用は馬鹿にならないのです。そんな危険な森を勝手に管理してくれるだけでなく、適正価格よりも安く木材を卸してくれる。これのいったいどこに問題があるというのですか?」

 

 周囲の貴族たちから同意の声が複数上がると、レエブン侯は畳掛ける。

 

「殿下、安全な王都にいては実感できないのかもしれませんが、森に限らず領地を亜人や魔物の生息地域と隣接している皆さんは苦労されているんですよ?」

 流石に話題が自分にとって不利だと悟ったのかバルブロは苦虫を噛み潰したような顔をみせ沈黙する。

 そこへ彼の義父、ボウロロープ侯が庇うかのように話題を変える。

 

「フィオーラ王国が商売したいのは理解した。元々トブの大森林は人外の地。噂によれば闇妖精(ダークエルフ)は滅多に人前に出てこないというではないか。過度な接触を避ければ今まで通りなのだろう。しかしだ。カルネ村はどうする? 王国から離反した挙句、自治領を名乗り闇妖精(ダークエルフ)どもと同盟を結んでいる。これを見逃したら他の農村も追従しかねないのでは?」

 

 ボウロロープ侯の指摘に再び謁見の間はざわつき始めるがそれも致し方がない。農民から搾取している貴族としては、農民に離反されると税収が減るだけでなく徴兵もできなくなる。独立を止めようにもその後ろ盾に竜王を滅ぼせる存在がいては手が出せないからだ。

 

「森に隣接する村々が追従したら事だぞ」

「徴兵逃れのためにやりかねんな……」

「我らの土地を勝手に明け渡して亜人に擦り寄るとは浅ましい奴らだ」

「しかし手荒なことはできまい……。手を出せばフィオーラ王国と敵対しかねないのでは?」

「時期が悪い。帝国との戦争を控えている今、下手をすると二正面作戦だぞ」

「いや、法国や竜王国とも同盟を組んでいる。彼らが動く可能性を考えたら最悪、4ヵ国同時だ」

 

 貴族たちが口々に不安を語るが具体案を挙げる者はいない。人間同士の戦いなら強気になれたかもしれないが、亜人の、それも法国が神と認定した相手を敵に回すだけの気概がないのだ。

 

 そんな貴族らをザナック王子、ラナー王女、レエブン侯、ペスペア侯、ウロヴァーナ辺境伯の五名が冷ややかな眼差しで見る。彼らは指輪で結ばれた同志だ。

 互いに協力し着々と貴族派閥の包囲を進めた結果、パワーバランスは国王派に傾きつつある。残るは帝国との戦争で貴族派が疲弊したところに追い打ちをかける手筈だが、しかし、今回のフィオーラ王国の布告文は彼らにとって寝耳に水であった。

 

 ラナーは思考する。

 これが名も知れぬ闇妖精(ダークエルフ)であれば無視して帝国との戦争に集中できたが、“()()()()()”は不味い。レエブン侯の調べで竜王国に現れた使者の名が“アウラ・ベラ・フィオーラ”であることは判明している。そして“()()()()()()()()()()が取り込まれた。これが偶然であるはずがない。

 貴族たちがあれこれ騒ぎ立てているが、既にそんな次元の話ではなくなっているのだ。人間同士の争いに明け暮れているあいだに神が一手打ってきた。

 帝国がどこまで知っているか、あるいはどこまで関わっているか不明だが、今回のフィオーラ王国の出現は、リ・エスティーゼ王国がアーグランド評議国、トブの大森林、アベリオン丘陵によって包囲されることを意味している。唯一その包囲から突出した物流の要所、城塞都市エ・ランテルを失うようなことになれば、リ・エスティーゼ王国は他の人類圏から隔絶されてしまうのだ。

 幸いにして国王は理性的で、フィオーラ王国に対して慎重さがある。他の貴族が強硬論を持ち出す前に助言をするべきだろう。

 

「お父様、宜しいでしょうか」

「どうした、ラナー」

「はい。王国は戦争を控える身。カルネ村に手を出してフィオーラ王国と敵対した場合、最寄りのエ・ランテルが2ヵ国から同時に攻められることになります。かといってカルネ村を放置するのも王国として問題。ですので、カルネ村へ貸与していた土地の所有権を主張して様子をみてはいかがでしょうか」

「ふむ、そうだな。まずは領有権の正当性を主張するか」

 

「父上、ラナーの話を鵜呑みになされるのか!?」

 バルブロが横槍をいれるがすかさずザナックが牽制する。

「兄上、ここは会議の場。ラナーの案は妥当であると思いますが、それに代わる案をお持ちで?」

 睨み合う二人の王子は一触即発の空気を纏うが国王によって止められる。

 

「よさぬかお前たち。余はラナーの案を採択する。例年通り帝国との戦争が避けられない状況で下手に藪をつつくこともあるまい。売買契約の件で話ができる相手なのは確か。故にまずは対話から始める。良いな?」

『は!』

 

 ラナーはひとまず安堵する。予断は許されぬが、カルネ村に行けば使者と接触できると判明しただけでも今後の計画を立てやすくなったからだ。

 

 場が落ち着いた頃合いを見計らってボウロロープ侯が国王へ尋ねる。

「陛下、帝国へは如何いたしましょう。例年通り宣戦布告を?」

「うむ。宣言文の内容は大変遺憾だが認めるわけにもいかぬ。各人エ・ランテルに兵を集めよ」

 

 

* * *

 

 

 収穫も終え本格的な冬に備え始めたカルネ村。

 新たな村の指導者エンリ・エモット村長は、新しい地位とその仕事内容にようやく慣れてきたところだ。

 お昼になる少し前、エンリは昨夜迎え入れた新たな住人であるフォーサイトのメンバーを自宅に招いて面談をしていた。

 

「皆さん新しい家はどうですか?」

「いや、どうもなにも、いきなり新築を宛てがわれるとは思ってなかったからよ……。正直戸惑ってるぜ」

 ヘッケランは越してきて早々に真新しい家を与えられて困惑していた。新たな人生を歩むにはそれ相応の苦労が伴うと覚悟していたし、家を得るためにはまずは稼ぐ必要があると思っていたからだ。

 しかし条件付きとはいえ与えられたのは三階建ての物件。居住空間は二階と三階で、一階は改造可能なフロアだ。ヘッケランとイミーナ、アルシェと双子の妹、そしてロバーデイクの()()()()()家が与えられたのだ。住む人数によって建物の規模に差異はあったが、基本的な設備はどれも同じで、アルシェたちの住む家がこのなかでは一番大きく4人家族用、結婚予定のヘッケランたちは二人暮らし用、ロバーデイクは独り暮らし用の家が宛がわれた。

 

「昨日説明した通り再開発中なので、なにか気付いたことがあったら言ってくださいね」

「任せてくれ。今の家は試作品。家の仕様が固まったら取り壊して作り直す、だろ?」

「はい。そのときは少し不便をかけるかもしれませんけど、代りにご意見を頂いた人には優先的に本番の物件を融通するつもりですので、宜しくお願いしますね」

 家の貸し出し条件とはつまり、住み心地を報告するというものだった。

「住んで感想を伝えるだけで役にたてるならお安いもんだ」

 

 現在のカルネ村は、村の名士であるモモンとバレアレ家からの後押しで自治領として王国から独立を果たしていた。モモンガにしてみれば説得に時間がかかると思っていたが、村人たちは意外とあっけなく独立に踏みきった。

 カルネ村は、()()()()()()()()()()()()村々の生き残りを受け入れており、全体を通して助けに現れなかった王国への不信感が根付いていたのだ。

 独立にあたって不当な徴税が無くなり、徴兵によって王国と帝国の戦いに駆り出されることは無くなったが、これからは自分たちの身は自分たちで守らなければならないと理解していた村人たちは、直後から始まったフィオーラ王国や他の亜人部族との交流を経て急激に変わろうとしていた。

 現在、その一環として村の再開発に取り組んでいるのだった。

 

「それで、今日は皆さんにこのペンダントをお渡しするのと、仕事のお話があります」

「ペンダント?」

「どんな?」

 女の性か、差し出されたペンダントをアルシェとイミーナが興味深げに手に取る。それは不思議な紋章が刻まれたメダル状の銀製ペンダントトップで、派手さがない代わりにどのような服装にも似合いそうなデザインだった。

 ペンダントをさっそく首にかけたロバーデイクが気付く。

「これは……小鬼(ゴブリン)たちも着けていたものですね?」

 

「はい。ペンダントはこのカルネ村の住人である証であると同時に、同盟国相手にも目印になる大切なものですので普段から身に着けるようにしてください。特に森に入るときは見える位置にお願いします。村によく来る闇妖精(ダークエルフ)蜥蜴人(リザードマン)たちも着けているので、間違っても攻撃しないでくださいね」

「なるほど。冒険者プレートみたいなものね」

 フォーサイトのメンバーは元ワーカーなだけに察しはいい。種族が違えば互いに顔の見分けは難しい。この手の分かりやすい共通の目印を身に着けるのが一番楽で手っ取り早いのだ。

 

「それでエンリさん、仕事の話だけど……」

「そうでした。皆さん今までチームで活動されていましたけど、申し訳ないですけど個々に見合ったお仕事を手伝ってもらうことになります」

「あぁ、気にしないでくれ。元々解散予定だったしな。けど俺ら農作の知識や経験はないぜ?」

 

「ご心配なく。まずヘッケランさんとイミーナさんには自警団に入団してもらいます。主なお仕事は村の警備ですけど、たまに森の奥へ交易品の護衛で蜥蜴人(リザードマン)の集落まで行くことになります」

 ヘッケランは“森の奥”という言葉に不安を覚える。

「森か……。その集落とやらは遠いのか?」

「片道一日半くらいです。道中も治安は良い方なので道を逸れなければ大丈夫ですよ」

 

 フィオーラ王国樹立後、トブの大森林に存在する多くの部族がその支配下に入っていた。なかでも蜥蜴人(リザードマン)の集落はアゼルリシア山脈を囲うように伸びるトブの大森林の丁度中間にあるために、物流の要所として機能していた。

 そのため集落一帯の警備は厳重で、またハムスケの縄張りでもあるので大森林のなかでは比較的安全な地域であった。

 

「次にアルシェさん。妹さんの世話もあることですし、しばらくは私の手伝いをお願いします。主に書類仕事ですけど、今回のようにペンダントの受け渡しとかをお願いするかもしれません」

「分かりました」

 

 アルシェはほっとした表情を見せ、エンリが妹たちのことを留意してくれたことに感謝する。今、幼い妹たちの面倒を見れるのは自分しかいないからだ。かつて妹の世話をしてくれていた使用人たちは逃避行に巻き込むわけにはいかなかった。かといってあの両親たちの下に使用人たちを残してくるのも忍びなかったので、最後の依頼で得たお金を退職金として渡し暇を与えたのだ。

 アルシェは文字通り無一文だったが、フォーサイトのメンバーが逃走に用立てた費用は必ず返すと心に決めていた。本人たちは気にするなというが、アルシェはケジメとして返済用の貯金をするつもりだ。

 

「最後にロバーデイクさんですけど、たしか孤児院を開きたいということでしたよね?」

「はい。ただ元手が心許無い。もしカルネ村の再開発に組み込んでいただけるなら全力で尽くすつもりですので検討していただきたい」

「分かりました。実はまだ少し先の話ですけど、学校を建てる計画があるんです。その学校と併せられるか他の皆さんと相談してみますね。それまでは村の治療師としてバレアレ家の工房で水薬(ポーション)作りのお手伝いをお願いします」

 

 ロバーデイクは了承しつつも気になる点を質問する。

「その学校について伺っても宜しいですか?」

「はい。今後新しい住人が増えることを踏まえて、生活に必要な最低限の知識や職業訓練を施す施設です。何を教えるかはまだ未定なんですけど」

「それは素晴らしい試みですね。エンリさんの発案ですか?」

「いえいえ違います! えっと、マイ様の発案です」

 

 エンリから語られた名前にヘッケランが反応する。

「確か“漆黒”の一員、だったよな?」

「ご存知でしたか! はい、その漆黒のマイ様です。カルネ村の恩人です。この村を守る壁も、独立も、他種族との交流のきっかけも、全部漆黒の皆様のお陰です」

「凄いわね。一度挨拶してお――」

 

「――こんちは~!」

 ばんと勢いよく扉が開けられ、ルプスレギナが現れた。呆気に取られる面々を余所に無遠慮にエンリの家の中へ入ってくるとフォーサイトのメンバーを見渡す。

「おんやぁ~? 新人っすか?」

「あ――」

――ドサッ

 

 エンリが答えようとした瞬間、アルシェが床に尻餅をつく。

 その場の全員が思わずアルシェを見やる。彼女の呼吸は荒く、見開かれた目には驚愕と恐怖が宿っている。見つめる先はたった今現れたルプスレギナだ。

「ん?」

 ルプスレギナは敏感にアルシェの恐怖を感じ取り、帽子を被り直したりメイド服に乱れがないかを確認する。自分の顔をペタペタ触るが不審な点はなく、いったい何が初見の少女を怖がらせているのか分からない。

 

「ちょっとアルシェ、大丈夫? まだ疲れが取れてないんじゃない?」

 心配したイミーナが寄り添い、具合を確かめるかのようにアルシェのおでこに手を当てている。

「う、うん。大丈夫。た、ただビックリしただけ、だから……」

 気丈に答えるアルシェだが怯えの色は相変わらず濃い。

 そこへルプスレギナがツカツカと近寄るとアルシェに視線を合わせるかのようにしゃがみ込み、いまだ涙を浮かべたアルシェの目を覗き込む。

 

「んん~? “アルシェさん”っすか? ()()()()何が見えているんすかね?」

「ご、ごめんなさい! その、生まれながらの異能(タレント)で、貴女が師と同じに見えて……」

 アルシェの言葉にヘッケランが驚き、思わずルプスレギナを注視してしまう。

「マジかよ。アルシェの師匠って、パラダイン老だろ?」

 他のメンバーもアルシェの言葉が何を意味するのか理解でき、息を飲む。

 

「ほうほう、生まれながらの異能(タレント)っすかー。あー、不味いっすねぇ……」

「――きゃ?!」

 ルプスレギナは逡巡した後、素早くアルシェを抱き寄せ担ぎ上げると、未だに事態を呑み込めずキョロキョロしているエンリに声をかける。

「エンちゃん! この子、借りてくっす」

 一方的に言い放つと来たときと同様に扉をばんっと音を立てて出ていく。余りの勢いの良さにその場にいたフォーサイトのメンバーは一瞬出遅れ、慌ててイミーナが追いかけていくのだった。

 

 




独自設定
・<看破の魔眼>はご指摘により「魔力系」しか見えないらしいので、このお話ではD&Dの<アーケイン・サイト>()のように「魔法の系統を見分けられる」ということにしておいてくだちい。
・アルシェが見たルプスレギナの位階レベル。ルプスレギナが扱える最高位階魔法(大治癒が最高?)が分からなかったので、取りあえずフールーダと同じくらいに設定してあります。書籍で明言されたら修正予定。場合によってはこの場でアルシェがゲロインの座に。

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