骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第3話:アインズ・ウール・ゴウン

 数刻後、モモンガとやまいこは応接室にいた。偵察で得た情報が記述された報告書を読み終え、一息ついたところだ。

 2人は今いる世界がユグドラシルでは無い事を確信すると、諦めの境地とでもいうのか、自分たちでも信じられぬほど素直に受け入れていた。

 

「モモンガさん、整理しましょう。まずは確定しているであろう情報から」

 やまいこが切り出す。

「ナザリックが転移した場所は“ユグドラシルの別ワールド”ではなく、“現実(リアル)の別世界”。とある大陸にあるスレイン法国の首都にナザリックが出現した」

 

 補足すると、周辺にある人間の国は、リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、聖王国、湖を挟んで竜王国。この中でスレイン法国が最大の国力を持ち、人類存続のために亜人討伐に尽くしている、らしい。

 そして、()()()()()()。 アーグランド評議国、エルフ王国、ミノタウロス王国、ビーストマン国、ダークエルフ国、ダークドワーフ国、オークの集落、トロール国などなど、数えたらきりがない。

 

 モモンガが唸る。

「――人間の生存圏が極めて狭い」

「それに不確定だけど、無視できない情報が伝説の類。六大神、八欲王、魔神、十三英雄。いずれもユグドラシルプレイヤーを匂わせる。特に八欲王が六大神の1人をPKした事は見逃せない」

 

 今回の情報源からは国家機密に関する情報は得られなかったが、スレイン法国の状況は概ね把握できた。

 600年程前、滅びの一途を辿る人類は六大神の救済により繁栄。しかし時代が下るごとに神々を失い、しまいには従属神たちが堕落し“災いを呼ぶ魔神”となり危機を迎える。その後200年程前に現れた“十三英雄”によって多くの魔神が封印され、以後、残された人類はそれまでに得た国力で何とか生き永らえてきたようだ。

 神を失ったスレイン法国は結果的により強固な宗教国家となり、人類団結を提唱し、周辺の亜人や獣人の勢力が大きくなる前に積極的に討伐していた。肉体的にも亜人や獣人に劣る人類は常に狩られる側であり、数で負けた時点で勝算がなくなる。だからこそ、増える前に叩く。そうやって生き永らえてきたのだ。

 

「ボク的には放逐された死の神、スルシャーナが攻め所かなと」

「俺は神様になんてなりたくないですよ? それに成り済ましはどこかでボロが出る。リスクが高いです」

「んー、そうなんだけど。このスレイン法国はプレイヤーが作った国なんだろうけど、人類以外に対して排他的過ぎる。置かれている状況を考えると仕方がないんだけど。異形種だらけのナザリックとは相性が悪すぎる」

「はああ、だよなー」

 モモンガは天を仰ぐ。

 

 そうなのだ。ユグドラシルと事情は違うが、どうやらこの世界でも異形種が人に交じって生活するのは難しそうだ。さらに言えば、ユグドラシルでは人間種に分類されていたエルフが、この世界では人類の敵とされ、場所によっては奴隷として扱われていた。

 

 いっそ人類を滅ぼした方が気楽に過ごせるのではと、モモンガに黒い思考がよぎる。

 

「モモンガさん。異形種のスルシャーナが受け入れられた前例がある以上、ナザリックも人間の国と上手く付き合っていけると思う。ただ接し方は気をつけないと。ナザリックの力を利用されるのは嫌。対等か、それ以上でないと」

 それを聞き、モモンガは深くソファーに背を預け思案する。

 

 確かにこのナザリックを利用されるのはまっぴら御免だ。伝説を聞く限り、転移してきたユグドラシルプレイヤーはどれも神や英雄級の扱いだ。自分もやまいこさんもレベルはカンストしている。神にもなれるだろう。

 気になるのはユグドラシルのサービス期間は12年にもかかわらず、確認できているだけで転移に600年の差が開いていることだ。

 

「その辺を決める前に、やまいこさん。さっき相談があるって言いましたよね」

「え? あ、うん。今後のナザリックの方針とか、ボクたちの立場とか」

「立場、ですか?」

「うん。今後、意思決定が混乱しないように、モモンガさんが最上位であることを守護者たち全員の前で宣言して欲しい」

 

「俺としては2人で相談できた方が気が楽なんですが……。もともとアインズ・ウール・ゴウンは多数決を重んじてきましたし」

「気持ちは嬉しいんだけどね。守護者たちはナザリックを守り続けたモモンガさんを慕っている。なんの前触れも無く戻ってきたボクがモモンガさんと同等の発言力を持ってしまっては快く思わない守護者もいるでしょう。建前だけでもいい、彼らの前で宣言してくれればボクも気が楽になる。裏ではちゃんとフォローするから」

「――わかりました。あとは、ナザリックの方針でしたっけ」

「うん。この世界で言う六大神か八欲王か、みたいな話」

 

「正直に言うと、ナザリックさえ守れるのなら周りの国がどうなろうと興味がありません。引き籠れるならナザリックに引き籠っていたいです。ただ、先ほどアルベドから報告がありましたが、何か問題に巻き込まれた場合、消費アイテムが早い段階で尽きてしまうそうなんです。なのでそういった補給を行う為にも周辺の国とは関わって行かなければならないかなと思っています。その相手は人間でも亜人でも獣人でも構いません。――やまいこさんは?」

「ボクは、異種族が集まるアインズ・ウール・ゴウンが好き。ただ、そこに人間種も加えたい。人間を救った六大神でもなく、周りを飲み込んだ八欲王でもなく、全種族の共存共栄」

「共存共栄……。確かに(明美)さんには悪いことをしました。遊びに来てくれていたけど、仲間外れにしている感じがして。現実(リアル)では叶えられなかった」

 

 やまいこの妹は、アバターに森妖精(エルフ)を選択していた。人間種に分類されていたため、残念ながらアインズ・ウール・ゴウンに所属する事はできなかったのだが、やまいこの妹でありギルドの女性メンバーとも仲が良かったので度々ナザリックに遊びに来ていたのだ。

 

「あははは。いいよいいよ。本人は気にしてないから。――ただ、アインズ・ウール・ゴウンを、ボクの枷にしたいと思っている」

「枷?」

 その言葉のニュアンスを掴みかねたモモンガは、内心眉を顰める。

 

「モモンガさんもさっきの()()の時に気付いたでしょ? ボクたちの精神が種族に引っ張られていること」

 

 やまいこの言う“尋問”にモモンガは頷いて返す。

 実は先の情報収集においてトラブルが発生していた。手っ取り早く情報を集めるために現地人に〈魅了〉(チャーム)〈支配〉(ドミネイト)を使用したのだ。しかし、〈支配〉(ドミネート)が不味かった。解放後も“支配中の記憶”が残っていたのだ。

 

 結果、スレイン法国との交渉前に不都合な記憶を持った人間に騒がれては不味いと判断して拐ったのだ。先の情報は拐った人間をさらに尋問して引き出したものだ。そして、後日解放することを視野に入れ、〈記憶操作〉(コントロール・アムネジア)で記憶を書き換えようと試したところ、記憶のほんの一部を書き換えるだけで膨大な魔力を消費してしまったのだ。

 現状、何が起こるか分からない状況下で無駄な魔力消費は避けたかった。そこで解放する代わりに“有効利用”する事にしたのだ。つまり、()()()()にしたのである。

 

「……はい。デミウルゴスたちに流される形になりましたが、彼らをモルモットにすることに抵抗がありませんでした。ナザリックに対する損得で割り切れました」

「うん。ボクもそう。半分魔族だからなのか、その辺の感覚が麻痺したようだった。だからこそ、ボクはアインズ・ウール・ゴウンを枷にしたい。人間性が残っている内に、理想の理念を掲げておきたい。この先、心も化け物になったとしても大きく道を踏み外さない為に」

 

 やまいこの気持ちは理解できる。変質した自分に違和感を覚えない事に、ふと気づく瞬間が怖いのだ。気付くまで素直に受け入れていたのに、気付いた瞬間、心を抉られるような不安感が襲うのだ。()()()()()()()()()()()()、と。

 

「分かりました。共存共栄に関しては私も同意します。ユグドラシルでは異形種狩りが流行った結果、前身となる『九人の自殺点(ナインズ・オウン・ゴール)』が生まれたけど、だからと言って人間種を排除するのもおかしい。元々困っている人を助けるために始めたクランですからね。困っている人に種族は関係ありませんから。今回犠牲になった人たちの為にも、ここは初心にかえるつもりでいきましょう」

「うん。ありがとう」

「ただし!」

 モモンガが若干語気を強く迫ると、やまいこは半魔巨人(ネフィリム)の身体をビクンと震わす。

 

「枷という表現は縛っている感じがして嫌です。レール……も進路が強いられている感じがするな。……やっぱ道で良いんじゃないですかね。やまいこさんは踏み外したくないって言いましたけど、たまには寄り道しないと気が滅入りますよ。問題は守護者たちの人間蔑視をどう矯正するか、だけど。……やっぱ魔王ロールかなぁ」

「まぁ、魔王でなくても支配者とか。その辺はモモンガさんに任せるよ。ふふふ、それにしても……ふふ」

 

「な、なんですか。急に笑って……」

「モモンガさんってたまに、一人称が“私”じゃなくて“俺”になるよね」

「っ! あー、テンパるとつい素がでて……。すみません」

「いいよいいよ。社会人ギルドと言っても今は2人しか居ないんだから。もっと砕けた感じで話そうよ。ボクもそうするから。それに“俺”の方が格好良かったよ?」

「か、からかわないで下さいよ。まぁ、砕けることに関しては吝かではありませんが」

 

 骸骨の顔を恥ずかし気にポリポリと指で掻くと、気分が落ち着いたのか改めてやまいこに向き直る。

 

「これからも宜しくお願いします。やまいこさん」

「うん。こちらこそ宜しく。モモンガさん」

 

 

* * *

 

 

 その後、アルベドとデミウルゴスを交えてナザリックの今後について話し合った結果、ナザリックの全NPCに向けて演説することになった。

 

――どうしてこうなった。いや、必要な事であるのは理解しているのだが。

 

《モモンガさん。ふぁいと》

 やまいこの励ましが届くも、乾いた笑いしか返せない。

 

 モモンガは玉座に座したまま階下を見る。ナザリックの主だったNPCが全て揃っていた。階層守護者やセバスと戦闘メイド(プレアデス)たち、高レベルのシモベから低レベルの一般メイドまで勢ぞろいだ。なかにはNPCではないが、レアガチャで当てた高位のドラゴンまでもが一堂に会している。まさに圧巻である。

 モモンガの右隣には新たに設置された椅子にやまいこが座り、左側にはアルベドが佇んでいる。

 

《これも両手に花って奴なんですかね》

《もっと喜んで良いんだよ?》

 やまいこのそんな言葉に苦笑しつつ、覚悟を決めて口を開く。

 

「まずはお前たちも気になっているだろうから紹介しよう! アインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人が一人、やまいこさんがナザリック地下大墳墓に帰還されたっ!!」

 オオォォォォーッ!と歓喜の声が玉座の間を包む。

 帰還を祝う言葉が送られる中、やまいこは静かに立ち上がり、落ちついた、しかしはっきりした声で宣言する。

 

「我が名はやまいこ。ナザリック地下大墳墓へ帰還したことをここに宣言する」

 再びシモベたちが喜びを大合唱する。その物理的な圧力を感じる程の賛辞を一身に受けながら、やまいこは「ただいま」と手を振っている。

 

 モモンガが杖で床を小突き、場を鎮める。

「お前達のやまいこさんへの想いはよく分かった。嬉しく思う。我が友の帰還というめでたい日だが、残念な事に非常事態である事も同時に告げておこう」

 その言葉にシモベたちは静かになる。

 

「現在、ナザリック地下大墳墓は原因不明の事象により、未知なる世界へと転移した。戦闘要員はしばらく忙しくなるが尽力してくれ。非戦闘員は普段通り仕事に従事してくれて構わない。詳しいことは各階層守護者に伝えてあるから各人指示を仰ぐように」

 NPCたちの間で微かな動揺が見て取れたが、その目には「異変を乗り切るぞ」と強い意志が感じられた。

 

 そして、ここからが本番だ。

 モモンガもこの場を乗り切らねばならない。

 

「さて。――これよりお前たちの指標となる“ギルド方針”を発表する。私とやまいこさんの2人で決めたことだ。ひいてはナザリックの新たな理念ともなるだろう」

 言葉を区切り、部下たちを見渡す。先ほどとは違い引き締まった顔をしている。

 

「まず初めに、やまいこさんが帰還したことで、ナザリックはこのモモンガとやまいこの2人が支配者となる。今後、もし我々の指示が重なってしまった場合は、ギルドマスターであるこのモモンガの指示を優先する事」

 シモベたちの目に理解を認め、ひとまず安堵する。

 

「次に、アインズ・ウール・ゴウンは人間種の参加を長らく認めてこなかったが、この規則を撤廃する」

 事前に通知していた守護者たちは静かだが、予想した通り、シモベたちからは大きなどよめきが生まれる。彼らには衝撃が大きかったようだ。

 

 アルベドが統括らしい威厳のある声で一喝する。

「静まりなさい! まだモモンガ様のお言葉の途中よ」

「よい。アルベド。彼らの疑問はもっともだ」

 静まりかえった広場を見渡す。シモベたちは困惑を隠し切れないでいる。

 

「守護者たちも改めて聞け。アインズ・ウール・ゴウンの至高の四十一人は確かに人間種と戦い続けてきた。1500人ものプレイヤーに侵攻された事を覚えている者は恨みもあろう。――だが、この世界はユグドラシルではない」

 

『っ!!!!!!』

 

 ユグドラシルではない。

 シモベたちは今まで実感が無かったのか、改めて言及された事で異変の重大性に気付いたようだ。

 

「繰り返し言うが、この世界はユグドラシルでは無い。侵攻してきた者たちが人間種の全てではないのだ。価値観を捨てろとは言わん。そうあれと作られた者達も無理に変わる必要はない。ただ、今後出会う人間種は、ユグドラシルの人間種と区別しろと言っているだけだ。この世界で出会う人間種の中には、このナザリックに迎え入れるに足りる者が居るかもしれない。別に馴れ合えと言っているのではない。未知なるものを侮れば必ず足をすくわれると心せよ」

『はっ!!!』

 いい返事だ。

 

 そして安心させるよう言い聞かせる。

「創造されてから一度も外へ出た事が無いお前達には分からぬだろうが、至高の四十一人には多くの人間種の友がいたのだ。そもそも、やまいこさんの妹君はエルフだし、階層守護者には闇妖精(ダークエルフ)戦闘メイド(プレアデス)の末妹は人間だ。案外身近に居るものだろう?」

 その言葉に納得したのか、シモベたちは幾分か落ち着きを取り戻す。戦闘メイド(プレアデス)たちは若干悩まし気な表情をしているが問題は無いだろう。

 

「最後に。今後、アインズ・ウール・ゴウンはこの世界に対し共存共栄の道を模索する。今はまだ準備段階だが、来たる未来、多種多様な種族がこのナザリックのように共存する世界となるだろう。そのために、アインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説とせよ! このナザリックの秩序こそが世界の規範であると知らしめよ! このアインズ・ウール・ゴウンこそが最も偉大なものであることを世に知らしめるのだ!」

 モモンガの覇気に満ちた声を受け、玉座の間の全ての配下が頭を下げる。

 そしてアルベドが配下を代表して宣言する。

「御下命を賜りました。アインズ・ウール・ゴウン、万歳! いと尊きお方、モモンガ様、やまいこ様、ナザリックの威を以てして全ての者が御身の偉大さを知るでしょう!」

 続いて守護者たちも声を上げる。

 

「アインズ・ウール・ゴウン、万歳! 至高の御方々、モモンガ様とやまいこ様に私どもの全てを奉ります!」

「アインズ・ウール・ゴウン、万歳! ナザリック地下大墳墓全ての者よりの絶対の忠誠を!」

 

 モモンガとやまいこが賛辞を全身に浴びながらその場を後にしても、しばらく玉座の間は配下たちの繰り返す万歳の連呼で熱気に包まれていた。

 

 

* * *

 

 

 アルベドが玉座の間に残るシモベたちへ声を掛ける。

「皆、今後も御方々の勅命には謹んで従うように。それでは職務に戻りなさい。守護者達は話があるので残るように」

 

 シモベたちがそれぞれの持ち場へと戻っていく中、守護者達はアルベドの前に集まる。その目は新たに始動したアインズ・ウール・ゴウンの為に役に立とうと燃えている。

 

「話トハ何ダ、アルベド。特別ナ任務デモ受ケタノカ」

「それに関してはデミウルゴスから聞くといいわ。デミウルゴス、お願いね」

 

「分かりました。では、私からお話し致しましょう。明日行われるスレイン法国との会談ですが、モモンガ様とやまいこ様には上位者として振る舞って頂くために“謁見”という形で迎える事になりました。これは今までに得た情報が確かならば、相手も恐らくそれを望んでいるであろう事も加味した判断です。ついては当日、階層守護者各位には80レベル以上の配下を伴って頂きたい。ここまでは宜しいですか?」

 

「了解でありんす。つまり格の違いを思い知らせる為でありんしょう?」

「理解が早くて助かるよ、シャルティア。交渉の前に何よりも大切なことはガツンと一発殴りつけて、差というものを理解させることです。幸い今回の相手は至高の方々がどれほど偉大な存在かを理解している様子。ならば彼らとナザリックの差を徹底的に知らしめる為に、謁見の場を最大限演出するべきでしょう」

「なるほど。そういうこと」

 

「それと謁見中はくれぐれも慎むように。たとえ人間共に粗相があろうと先走って誅殺などしないように。これは配下のシモベ達にもきちんと伝えておいて下さい」

「承知シタ」

 

「あとマーレ。君に手伝ってもらいたい事があるんだ」

「は、はい。ボクでお役に立てるなら、何でもします!」

「ありがとう、マーレ。実はセバスに外の様子を聞いたんだが、ナザリック周辺の森林は手入れが行き届いていないらしい。栄光あるナザリックが客人を迎えるには不相応と言える。そこで上位森祭司(ハイ・ドルイド)である君の力で整備してもらおうと思ってね。具体的な指示はその場で私が出すのであまり気張らなくていいですよ」

「わかりました! ぜ、全力で頑張ります」

 

「出迎エハドウスルノダ。セバスヤプレアデス達ニ任セルノカ」

「無論、セバスと戦闘メイド(プレアデス)に任せるつもりだ。相手はセバスとソリュシャンの顔しか分からないだろうからね。あとセバス達に付ける護衛はモモンガ様にご協力頂こうかと思っている。高レベルのシモベを召喚して頂こうかと」

 

 そう言うとデミウルゴスはニコリと微笑むのだった。

 

 

* * *

 

 

 スレイン法国の最奥に続く廊下を、頬に傷を持つ男が歩いていた。身を包む白い法衣は一般的な神官たちが着るそれではなく、もっと実戦的な趣が見て取れる。彼こそがスレイン法国が抱える非合法活動を主とする特殊工作部隊群、六色聖典の一つ、陽光聖典の隊長ニグン・グリッド・ルーインである。

 陽光聖典。六色聖典の中で一番戦闘行為が多い彼らの主だった任務は、亜人の村落を殲滅することであった。1500万の人口を誇るスレイン法国にも拘らず、部隊は予備役含めわずか100人と少数である。少数ではあるが、隊員たちは普通の魔法詠唱者が到達できる最高レベルの魔法、第三位階の信仰系魔法を習得してた。つまり、エリート中のエリートである。

 

 ニグンは苛立っていた。通常とは違う()()()()()をもう少しで完遂かというところで、急遽本国へ呼び戻されたのだ。逃した獲物は大きい。苛立ちと共に歩調も荒くなる。死んでいった村人たちを思うと心が痛む。任務を完遂してこそ、その死は人類の礎となる事が出来たはずなのに、これでは無駄死にだ。

 こんな事が続くと部下達の士気にも関わる。己を信仰心で完全に塗りつぶせる者なんてそうはいないのだ。

 

 廊下を渡り終え待合室に入ると先客が居る事に驚き、その相手が誰であるかを確認すると眉を顰める。六色聖典の一つ、漆黒聖典の隊長、若くして神の血を覚醒させた神人“漆黒聖典”その人である。部隊の性質上同じ部屋で顔を合わせるのは稀な事であった。

 

「これはルーイン殿。お疲れ様です。お待ちしておりました」

 

 最奥から漏れ聞こえる神官長達の侃侃諤諤たる会議が、この国に何かが起こったことを示唆していた。さらに漆黒聖典と陽光聖典、戦闘に特化した二つの特殊部隊の隊長が揃って呼ばれているのだ。ニグンは心を落ち着かせると漆黒聖典に問いかける。

 

「私が呼び戻された理由をお伺いしても? 漆黒聖典まで居るという事は荒事だとは思いますが」

「神都に、神が降臨なされました」

「なんっ!? ですと……」

 

 予想外の言葉。だが漆黒聖典の若き隊長が冗談を言う性格ではない事はニグンも知っている。だから素直に信じた。思わず大声を出してしまい慌てて声を落とすが、その目には歓喜が見て取れる。神の降臨。スレイン法国に住むものなら誰もが一度は願ったものだ。

 一瞬、祝福の声を掛けようとして思いとどまる。会議の様相。漆黒聖典の硬い表情。そして呼ばれた自分の存在。

 

「まだ、六大神に連なる神かは分からない、と?」

「はい。昨日、従属神と思しき者と会いました。明日、謁見予定です。場所は神都西側の森林区」

「……貴殿は()()()だと?」

「従属神は理性的で落ち着いた方でした。初めから対話を求めてこられたので交渉は出来ると思いますが、正直分かりません」

 

 そういうと漆黒聖典は未だ収まる気配のない会議を窺う。「神官長たち次第」そう言いたいのだろう。

 

「あの様子では指示もままならないだろう。何をすればいい」

「謁見中、漆黒聖典は神官長たちに付いていくことになります。その間、陽光聖典には一般兵を指揮下に置いて森林区を封鎖してもらいたい。謁見中は如何なる者も近づけないで欲しい」

 

 当然の対応だ。人類の未来を左右する場に不埒な者が乱入するなんて事があってはならない。神官長達に付いていき、神を拝見したい欲求はあるがニグンは己を弁えている。個として最強が集う漆黒聖典がいる場所に自分がいても役に立たない事を理解している。ならば自分に出来る事で人類に貢献しなければならない。

 

「了解した。では今から取り掛かろう」

 

 




ニグン、土の巫女姫、生存。(死なないとは言っていない)
カルネ村、平和。(エンリが将軍になる日は遠い)

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