骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第31話:死の螺旋

 城塞都市エ・ランテルの墓地に不気味な男の笑い声が響く。

 男の名はカジット・デイル・バダンテール。近隣諸国を脅かす邪悪な秘密組織ズーラーノーンの一員にして十二高弟の一人でもある。

 

 彼にはひとつ目的があった。

 それは死に別れた母親を蘇生する手段を探すことだ。しかし、すぐに人が扱える程度の信仰系魔法では不可能であることを知った。

 

 そこでカジットは考えた。

 蘇生できる魔法が無いのなら生みだせばよいと。そして己の才能がどの程度なのかも自覚していた。母親の亡骸は三十余年が経ち、ボロボロに朽ちてしまっている。そんな状態から復活させる蘇生魔法の研究には何十年とかかるだろう。それも、人間の一生をかけても辿りつけないであろう膨大な時間が必要だ。

 

 そして目を付けたのが、ズーラーノーンの盟主が20年前に執り行った魔法儀式“()()()()”。その儀式を再現して己を不死者(アンデッド)化することである。

 

 不死者(アンデッド)の集まる場所にはより強い不死者(アンデッド)が生まれる。そしてより強い不死者(アンデッド)が集まればさらに強い不死者(アンデッド)が生まれる。こうして螺旋を描くようにして生まれる不死者(アンデッド)たちによって膨大な量の“負のエネルギー”が発生する。

 その発生した負のエネルギーを己に封じることで不死者(アンデッド)化しようというのだ。

 

 しかし、死の螺旋を引き起こすには一定以上の不死者(アンデッド)が必要だ。それもすぐに討伐されない規模が望ましい。死が連鎖する速度を上げるためにも数百体、理想は数千体の不死者(アンデッド)が必要だ。

 盟主から伝え聞いた第七位階魔法〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉を発動できれば話は早いのだが、カジットが扱えるのは第三位階魔法まで。弟子たちと共に〈魔法上昇(オーバーマジック)〉と大儀式を併用すれば第五位階まで行使できるが第七位階までは届かない。

 故にカジットは五年もの歳月をかけ、弟子たちと共にエ・ランテルの墓地に隠し神殿を用意し不死者(アンデッド)を溜め続けたのだ。

 

 そして今、城塞都市エ・ランテルは死の螺旋を執り行うのに理想的な状態であった。すなわち、戦争がもたらす死者と負のエネルギーだけではなく、20万近い無力な生贄(農民)が駐屯区にいるのだ。これを襲わない手はないだろう。

 

「ふははははは! さあ行け! お前たち! このエ・ランテルを死都に変えるのだ!」

 カジットの叫びに呼応して解き放たれた不死者(アンデッド)たちが墓地に溢れる。

 目指すは駐屯区。農民という生贄を喰らい、エ・ランテルの外周を落とす。そしてゆっくりと市街区を平らげるのだ。

 

 カジットはこれから起こる死の螺旋を想像し歓喜に震えた。

 

 

* * *

 

 

「わ、忘れてたっ!!」

 ナザリック地下大墳墓第六階層、円形闘技場(アンフイテアトルム)

 カジットの登場にどよめく貴賓席に、クレマンティーヌの声が一際大きく響く。

 

「あ……」

 〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉に映し出されたカジットに釘付けだった目が一斉にクレマンティーヌへと向けられる。クレマンティーヌは明らかに動揺し、視線を左右に泳がせている。

 

「クレマンティーヌ、説明を」

「はい。え~と、その、少し前に転職を考えていた時期がありまして……」

「ほう、転職か。初耳だな」

 なんとも白々しい言葉だがモモンガはツッコミを我慢して先を促す。

「それで?」

 

「えー、彼の名はカジット・デイル・バダンテール。元スレイン法国の人間で、今は秘密結社ズーラーノーンの幹部です。彼の伝手で組織を見学させてもらったんですけど、ご覧の通り死霊術系の職場だったので私には合わないかな~と……。それで転職候補から外しました。はい」

 クレマンティーヌはこれ以上追及しないでくれと目で訴える。

 

「なるほど。まあ、確かにクレマンティーヌには合わなそうな職場だな」

 モモンガが納得してくれたことにホッとするクレマンティーヌだが質問は続く。

「彼は何をしているんだ?」

「た、確か、不死になる儀式の準備をしていたはずですので、恐らくそれかと」

 

 クレマンティーヌの言葉にモモンガは身を乗り出すように〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉を見据える。

「不死になる? するとこの世界にも転生する手段があるのか。興味深いな」

 この世界の転生手段に興味を持ったモモンガが思案を始めたので、今度はやまいこが質問をする。

 

「因みにその儀式の詳細は?」

「儀式の名は“死の螺旋”。以前、カッツェ平原でなぜ不死者(アンデッド)が発生するのかを冒険者組合から説明を受けたと思いますが、あれを人為的に引き起こす儀式です」

「ああ、あの不死者(アンデッド)不死者(アンデッド)を呼ぶっていうやつね」

「はい。ですので儀式というよりは“現象”に近いかと。カジットの目的は死の螺旋で発生する膨大な量の負のエネルギーなので、恐らくエ・ランテルを滅ぼすつもりです」

 それを聞きモモンガが再び口を開く。

 

「彼の転生に興味はあるが、エ・ランテルを滅ぼされるのは困るな。とはいえ、これでは帝国の都市攻めも危うい」

「ねえ、モモンガさん。これ、名声を高めるチャンスじゃない?」

 

 やまいこの言葉にモモンガは心得たと頷く。現状、不死者(アンデッド)たちが暴れ回っているせいで戦争どころではなく、当初の目的であるこの世界の砦戦(ギルド戦)の継続は難しそうだ。

 都市の崩壊は困る。砦戦の観戦も期待できない。であるならば、この状況をせめて自分たちの為に利用しなければ勿体ない。

「よし、冒険者としてエ・ランテルの防衛に手を貸して名声を得ようじゃないか。と、その前に、せっかくなのでカジットとやらをヘッドハンティングしてみるか。何かの役に立つかもしれないしな」

 

「モモンガ様。横からの発言、お許しください」

 カジットの勧誘に言及するとモモンガの横から声がかかる。

 

「どうした、デミウルゴス」

「はい。もしよろしければ私の愚案を聞いていただければと思いまして」

「ふむ、聞かせてもらおう」

「はっ! 彼の者を勧誘する際に大図書館(アッシュールバニパル)の司書たちを連れてみてはいかがでしょうか。死霊術に傾倒した者であればデイバーノックのように説得が容易になるかと思います」

 

 モモンガは二ヵ月前に勧誘した死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を思い出す。彼の勧誘には死の支配者(オーバーロード)の司書たちを使った。同じ不死者(アンデッド)が誘えば説得も容易いと判断しての利用だ。モモンガの意に反して少々乱暴な説得になってしまったが、その狙いに狂いはなかったと思う。

 そして今回のカジットも不死者(アンデッド)でこそないが死霊術に傾倒している。であるならデイバーノック同様に効果があるかもしれない。

 

 モモンガは思う。自分と同じ死の支配者(オーバーロード)という種族に、ただ本の埃を払うだけの仕事をさせるのはなんだか可哀想だ、と。彼らは御方々に与えられた仕事だからと喜んで勤めているのだろうが、たまには外に出してやるのもいいかもしれない。

 

「そうだな。彼らの気分転換になるかもしれないし連れだしてみるか。ふむ。気分転換という意味では一般メイドたちもナザリックの外でピクニックをさせるのも有かもしれないな。どう思いますか、やまいこさん」

「良いね。墳墓の入口か神社なら大丈夫じゃないかな。あとは、神都がもう少し落ち着いたら散策させてもいいかもしれない」

 確かにスレイン法国内であれば戦闘メイド(プレアデス)を付ければ問題はないだろう。それでなくとも六色聖典のいずれかが勝手に警護をしそうだが。

 

 モモンガは話をまとめるためにポンと手を打つ。

「では、ピクニックの件は追々考えましょう。取りあえずエ・ランテルに行きますか」

「了解」

 

 

* * *

 

 

 エ・ランテルの駐屯区は阿鼻叫喚の地獄絵図であった。

 帝国との戦いで疲れ切っていた民兵――徴兵された農民たちが、兵舎で泥のように眠っていたところを数え切れない不死者(アンデッド)の群れに襲われたのだ。

 警鐘が鳴らされるが訓練らしい訓練をまともに受けていない農民たちは咄嗟に行動を起こせない。次々と兵舎の扉が破られ、建物の中から悲鳴があがる。

 

 王国軍にとって不運だったのは、墓地に隣接する兵舎には徴兵した農民を中心に寝泊まりさせていたことだ。下級貴族直属の近衛や、それこそ王国戦士団や精鋭兵団といった王族や有力貴族に仕える兵士たちは墓地とは真逆の位置に配置されていたのだ。

 それは軍事施設において合理的な理由で配置されたわけではなく、不浄な土地に近寄りたくないという身分制社会の選り好みが優先された結果だ。

 

 それが今、エ・ランテルに駐屯する王国軍を悪夢のどん底に突き落とす結果となる。

 墓地から溢れた不死者(アンデッド)は、練度の高い兵士に阻まれることなく、弱い農民を平らげて数を増やす。骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)食屍鬼(グール)百足状骸骨(スケルトン・センチュピート)腐肉漁り(ガスト)膨れた皮(スウエルスキン)崩壊した死体(コラプト・デッド)内臓の卵(オーガン・エッグ)

 時間が経てばたつほど、王国軍は苦しい立場になるのだ。

 

 カジットは徐々に勢力を増す不死者(アンデッド)の軍勢を見て愉悦に浸る。

 そして――

 

 駐屯区を練り歩く不死者(アンデッド)の中に、カジットは見慣れない不死者(アンデッド)が混ざっていることに気づく。

 

「始まったか。ぐふ、ぐふふふふ! ついに、始まったか!!」

 カジットの視線の先には食屍鬼(グール)よりも強力な黄光の屍(ワイト)と、墓地を取り囲む壁よりも背が高い集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)がいた。さらに、自分で召喚したいくつかの強力な不死者(アンデッド)が数を増やしていた。

 

 死の螺旋の始まりだ。

 

 

* * *

 

 

 エ・ランテル市街区。

 駐屯区に近い地域では早くも不死者(アンデッド)との戦闘が始まっていた。駐屯地と市街区を繋ぐ南西の門が破られたのだ。ただし、突然襲われた駐屯区とは違い、事前に警鐘に気づいた衛兵が冒険者組合と他の駐屯地へ伝令を派遣したおかげで辛うじて迎撃することができ、不死者(アンデッド)の勢いを弱めることに成功していた。

 

 しかし、それも束の間、不死者(アンデッド)の物量に押され、徐々に後退を余儀なくされていた。

 

「ルクルット! ニニャを連れて組合まで下がれ!」

 “漆黒の剣”のリーダー、ペテルが叫ぶ。

 不死者(アンデッド)との絶え間ない応酬でニニャの魔力が尽きかけていた。このまま魔力が枯れればニニャは気絶する。大量の不死者(アンデッド)を前に、気絶したニニャを庇いながら戦う余裕は無いと判断したペテルは、本人が動けるうちに退避させようと考えたのだ。

 

 そしてニニャをルクルットに任せたのにも理由があった。

 野伏(レンジャー)であるルクルットの装備が、面で押してくる不死者(アンデッド)と相性が悪いのだ。弓と短剣では刺突や斬撃に耐性のある不死者(アンデッド)相手に効果的な攻撃をできずにいたのだ。

 後衛のニニャを守るために懸命に不死者(アンデッド)をいなしていたが、なかなか数を減らせないために防戦一方で疲労が溜まるばかりだ。

 

「くそっ! キリがねぇぞ! お前たちはどうする!?」

「住人のためにもう少し時間を稼ぐ。ダイン、お前もまだ行けるだろ?」

「当然! メイスを振るだけの体力はまだまだあるのである」

 ペテルとダインは不死者(アンデッド)の攻撃が弛んだ隙に二人へ振り返る。

 

「そういう訳だ。お前たちは先にいけ」

「わ、分かりました。では――〈鎧強化(リーンフォース・アーマー)〉」

「おう、ありがとな」

 足手まといになることを恐れたニニャはペテルの判断に従う事を決める。仲間の無事を祈って最後に防御魔法を唱える。途端に足元がおぼつかなくなるがまだ意識は保てている。後退することはできるだろう。

 

 そんなニニャを見てルクルットも腹を決める。

 ふらつくニニャに肩を貸すとペテルとダインに声をかける。

「んじゃあ、俺らは先行くからよ。お前らも頃合い見計らって逃げろよ」

「本当に、無茶はしないでください」

 

「分かってるさ。無茶はしない」

「さあ、行くのである」

 ペテルとダインは二人を急き立てる。

 そうして去っていく仲間を見送ると、ペテルとダインは互いに頷き合う。

 

 無茶はしない。もちろん嘘である。

 

 攻撃してきたのが帝国軍であれば住民は戦争法で守られており、冒険者も原則不干渉だ。しかし、いま目の前にいるのは生者を憎む不死者(アンデッド)

 誰かがここで無茶をしなければ多くの住人の命が失われる可能性があるのだ。

 

 不死者(アンデッド)は生者に引かれる。

 

 生きた人間が側にいれば、不死者(アンデッド)は引き寄せられる。

 二人は生餌になることを選んだのだ。

 

 とはいえ、ペテルとダインも無駄死にする気は毛頭ない。

 放置されている荷台や建物、細い路地を利用して、囲まれないよう慎重に位置取りをしながら戦うつもりだ。地の利は生者にある。狙いはあくまでも時間稼ぎなのだ。

 近くでは他の冒険者たちも戦っている。彼らと連携しながら少しずつ下がれば、援軍がくるまでの時間は稼げるはずだ。そして万が一の時はルクルットが言ったように、頃合いを見計らって逃げればよいのである。

 

 

 

 

 

 ペテルとダインを残し、ニニャとルクルットは後ろ髪を引かれる思いで走る。

 前線は押され気味だが、行政区へと続く大通りには不死者(アンデッド)の姿はまだない。しかし、先ほど破られた門からはとめどなく不死者(アンデッド)が侵入していた。軍が適切に動かなければ(じき)にここもやつらで溢れるだろう。

 

 冒険者組合のある広場に辿りつくと、事態を飲み込めず戸惑う住民たちと緊急招集された様々なランクの冒険者たちが集っていた。住民たちが不安そうな眼差しを向ける中、冒険者たちは組合長の指示待ちのようで各々装備を点検している。すぐに出動する気配はない。

 

 冒険者たちには動けない理由があった。

 帝国軍が攻めてきたのか、それとも不死者(アンデッド)が発生したのか、時期が時期なだけに情報が錯綜していたのだ。もし、騒ぎの原因が帝国軍であれば原則として冒険者組合は不介入でなければならない。相手が不死者(アンデッド)と確定するまでは政治的にも冒険者たちを動かす訳にはいかないのだ。

 万が一にも冒険者たちが徒党を組み、帝国軍とぶつかるようなことがあれば一大事。そのまま帝国側の勝利で戦争が終わった場合、鮮血帝が冒険者組合を許すはずがない。必ず報復処置をとるだろう。

 戦闘に長けた冒険者組合でも、さすがに国を相手に喧嘩はできない。

 

 ニニャとルクルットは人混みをかきわけ冒険者組合の建物へ向かう。自分たちが見たことを報告しなければならないからだ。

 

「おい、お前たち! 先発組だな。状況を報告してくれ」

 

 建物の入り口から緊迫した声がかかる。歴戦の強者を思わせる風貌の男、エ・ランテルの冒険者組合長、プルトン・アインザックである。

 立場柄、事務作業の多い平時とは違い、今は鎧を着こんでいる。とっくに冒険者を引退した身だが、この男はエ・ランテルの危機に座して待つ気はないようだ。

 

 疲労しているニニャを休ませながらルクルットが応える。

「組合長、墓地への門が不死者(アンデッド)に破られた。伝令は正しかった」

 ルクルットの報告に周りの冒険者たちも集まる。

「帝国軍ではないのだな……。それで、不死者(アンデッド)どもの数は?」

「百や二百なんてもんじゃない、数千はいる。早く対処しないとやばいぜ」

 

 ルクルットの言葉にアインザックは即断する。

「聞け、冒険者たちよ! 敵が不死者(アンデッド)であることが確定した! (カッパ―)(アイアン)(シルバー)は住民の避難と警護! (ゴールド)以上は四組に分かれて各門のある地区に急行! 討伐任務だ!」

『おおぉおぉぉ!!――

 

――ドドォーーーン!

 

 アインザック組合長の指示に応えた冒険者たちの喊声(かんせい)が、広場を襲う突然の衝撃でかき消される。辺りは騒然となるが、土煙で何が起こったのか即座に把握できた者はいなかっただろう。ただ悲鳴や呻き声がすることから悪いことが起こったのは確かだ。

 

 ニニャは見た。

 休憩のため道端に腰を下ろし、半ば見上げる形でアインザック組合長の言葉を聞いていた為、空から降ってきたそれを見てしまった。

 難度にしておよそ48。無数の人骨で(ドラゴン)を形どるそれは、魔法に対する絶対耐性を持つ魔法詠唱者(マジックキャスター)殺しと謳われる怪物だ。

 

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)

 

 大きな衝撃音と共に舞い上げた砂煙が晴れると、そこには踏みつけた人間の返り血を浴びた全高三メートルほどの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)がいた。

 そして、多くの冒険者たちが体勢を立て直し反撃に転じようとする直前、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はその長くゴツゴツとした骨の尻尾を振るう。

 

 その白い骨の尻尾が凄い勢いで向かってくるのを、まるで他人事のように、ニニャはただ見ることしかできなかった。

 

 

* * *

 

 

 王国戦士団が異変に気づいてエ・ランテル内を奔走し始めた頃、エ・ランテルを包囲する帝国軍にも異変が起こっていた。エ・ランテルの北側と西側を包囲していた師団から、東側の陣地に設置された帝国軍本部に続々と戦闘報告が届き始めたのだ。

 ジルクニフは本部に足を運ぶ。何かが起こっても余程のことがない限り部下たちに任せても構わないと考えるジルクニフだが、“敵は不死者(アンデッド)”との怪訝な第一報に皇帝専用のテントから起きだしてきたのだ。

 

「何事だ」

「は! 現在、エ・ランテルの北と西で不死者(アンデッド)を相手に小規模の戦闘が発生。空中偵察を行った魔法詠唱者(マジックキャスター)の報告によりますと、エ・ランテル内に数千の不死者(アンデッド)を目視。その一部が外に漏れでたようです」

 その報告にジルクニフは眉をひそめる。

「エ・ランテルの西に墓地があった筈だが、数千だと?」

 

「自然発生したとは思えませんな」

「爺もそう思うか」

 遅れて現れたフールーダが皇帝の疑問に答える。

「カッツェ平原ならいざしらず、人の手の入った墓地で一度に数千も自然発生することはありえませぬ。長年墓地を維持してきた都市が定期的な駆除を怠るとも思えない。十中八九、人為的なものでしょう」

「戦争の混乱に乗じて邪教の類が暗躍する、か」

 ジルクニフは帝国に潜む邪教徒の存在を思い出し顔をしかめる。

 

「如何致しますか?」

「如何もなにも、戦争相手の我々が援軍に駆けつけても混乱するだけだろう。こちらに被害が無ければそれでいい。――が、王国軍に使いを出せ。“手に負えないようなら助けてやるぞ”、とな」

「陛下もお人が悪い」

 フールーダは言葉でこそ窘めているが顔には笑みをたたえていた。

 

 そこへ顔に無数の傷跡を刻んだ筋骨隆々の男が荒々し気に登場する。この東側の陣地を任されている帝国軍第三軍を指揮するベリベラッド将軍だ。

「陛下! パラダイン老! 一大事ですぞ! 第二軍から報告、四騎士のナザミ・エネックが戦死! 死の騎士(デス・ナイト)が現れたとのことです!」

 

「何だとっ!?」

 将軍の言葉に真っ先に反応したのは皇帝だ。

 ジルクニフは叫ぶ。

「第二軍は北だったな! 死の騎士(デス・ナイト)だと?! 何が起こっている!!?」

 もはや先ほどまでの余裕は見受けられないがそれも仕方がない。

 四騎士の一人が戦死しただけでなく、かつてカッツェ平原に現れた規格外のモンスターと同じ名前が報告に挙がったからだ。

 

「はっ! 初めは〈伝言(メッセージ)〉のみで疑わしかったのですが、直後にカーベイン将軍からの報告書を伝令が持ってきました。巨大な体躯に波打つ剣と大盾を装備した不死者(アンデッド)死の騎士(デス・ナイト)に間違いありません」

 

 死の騎士(デス・ナイト)

 一体で帝国を危機的状況に追い込める伝説級の不死者(アンデッド)と言われている。フールーダとその弟子たちが数日をかけて上空から攻撃し、やっとのことで捕縛したモンスターだ。将来的に帝国の戦力になればと今は魔法省の奥深くに厳重に封印されているが、第六位階に到達しているフールーダをもってしてもいまだに支配が叶わぬ相手だ。

 

 フールーダの思案する声が漏れる。

「まさか、いや、数千の不死者(アンデッド)が集えば、ありえるのか?」

「爺。爺の力をもってしても簡単には退けないという認識でいいんだな?」

「はい。まずは第二軍に伝令を。相手にせず距離を取れ、と。死の騎士(デス・ナイト)に殺された者は従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)にされます。そして従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)に殺された者は動死体(ゾンビ)に。生身の兵士が近寄ってはいけない相手です。私が弟子たちと共に駆け付けるまで持ちこたえよと」

「よし! では――」

「――報告!! 魔法詠唱者(マジックキャスター)から〈伝言(メッセージ)〉! ()()()()()()()()()()死の騎士(デス・ナイト)が出現! 指示を乞うとのことです!」

 

 その場の全員から表情が抜け落ちる。

「馬鹿な、二体目だと」

「爺――」

「――()()ッ!」

 

 フールーダに呼びかけようとした皇帝は、逆に強い語気で愛称を呼ばれ息を呑む。鮮血帝と恐れられる彼を“ジル”と呼べる相手はそうはいない。その一人が今目の前にいる逸脱者フールーダ・パラダインだ。

 帝国の建国以来歴代の皇帝に仕え、帝国においてその教養と知識に並ぶ者なき英雄。普段であれば聖者のような、または保護者のような雰囲気の彼が、今は英雄の覇気(オーラ)を纏っていた。

 

「ジル。私は弟子たちと共にできるかぎり友軍の撤退を支援する。それと、ベリベラッド将軍。お主とその軍団の命、私にくれ」

「はっ! 帝国のお役に立てるのなら、喜んで!」

 一方的な“命をくれ”の言葉に、ベリベラッドは迷いなく了承する。傷だらけの彼は見た目通りの武人であり、そして帝国が誇る将軍だ。緊急を要するこの場において、状況を把握している将軍は自分だけだと理解しているのだ。

 

 ベリベラッドの覚悟を認めたフールーダは改めてジルクニフに向き直る。

「そういう訳だ、ジルや。すまないが第三軍を貰い受ける。ジルは第三軍を除く全軍を即時撤退させ、帝国の守りを固めなさい。これはもはや人間同士の戦争ではなくなった。聡いジルなら分かるな? 初動が肝心だ。今やらねばならぬことは可能な限り軍の被害を抑え、お主が無事に帝国に戻ることだ」

 ジルクニフを見据えるフールーダの目には有無を言わさぬ迫力がある。

 

 が、元よりジルクニフに反論する気は無い。

 二体目の死の騎士(デス・ナイト)がエ・ランテルの外に出てくる前に軍を引かなければ王国軍共々全滅する恐れがあるのだ。

 人類対不死者(アンデッド)という尺度で見ても、ここで兵士を死の騎士(デス・ナイト)にぶつけていたずらに損耗させるより対死の騎士(デス・ナイト)戦の実績があるフールーダに全てを任せた方がいいだろう。

 

 故にジルクニフは決断する。

 ベリベラッド将軍の第三軍を犠牲に、残りの五軍を逃がす。いや、既に死の騎士(デス・ナイト)と接敵している第二軍を除けば四軍――四万の兵士を逃がすのだ。

「ふん、言われるまでもない。できればフィオーラ王国が絡む前にエ・ランテルを奪いたかったがな。はぁ、止めだやめ。死都になるかもしれない場所に長居は無用。全軍撤退だ」

 

 ジルクニフは一呼吸置くとフールーダとベリベラッドを見据える。

「――必ず戻れ。お前たちが命をかけるべきは帝国。エ・ランテルではないぞ」

『御意』

 

 直後、帝国軍は撤退に向けて慌ただしくなる。

 フールーダもすぐさま弟子たちを集めると、死の騎士(デス・ナイト)を抑えるために出撃するのだった。

 

 

* * *

 

 

 エ・ランテルで不死者(アンデッド)の発生は珍しい事ではない。それに輪を掛けて帝国に包囲されている状況が、不死者(アンデッド)発生の第一報を受けたガゼフ・ストロノーフを見誤らせた。帝国軍に集中するあまり不死者(アンデッド)の発生を甘く見てしまった。

 結果、初動が遅れ、多大な被害を受けた。

 

 発生した不死者(アンデッド)の規模が数千であるとの追加情報を受け、王国戦士団は駐屯区の不死者(アンデッド)を掃討すべく動いた。戦士団を二手に分け駐屯区を左右から攻める案もでたが、ガゼフは部隊を分けることなく反時計回りに掃討することを選んだ。駐屯区のあるエ・ランテル外縁ともなるとその面積も広大だ。下手に分散するよりも討ち漏らしの無いよう確実に殲滅する方法をとったのだ。

 

「このままゆっくり前進だっ! 一匹も見逃すなよ!」

『はっ!!』

 

 不死者(アンデッド)の軍勢相手に出遅れたものの、練度の高い王国戦士団は安定して前線を押し進めることができた。時折強力な不死者(アンデッド)とも遭遇するが、ガゼフとその直属の部隊が余裕をもって撃破する。

 不死者(アンデッド)の数は多いが知能は低く動きは単調だ。それが幸いし戦士団に救われた民兵たちも次第に落ち着きを取り戻し戦線に復帰する者が現れる。

 

 その民兵たちの様子にガゼフはひとつ安堵する。平静を取り戻せば連携が取れる。たとえ農民だろうと見様見真似で隊列を組めば低位の不死者(アンデッド)であればなんとかなるものだ。

 

 ただ、逆に気がかりなこともある。

 居住区から散発的に戦闘音が聞こえてくるのだ。

 駆け付けたい気持ちに駆られるが、今は駐屯地に集中しなければならないとガゼフは我慢する。居住区には魔物退治の専門家がいる。平均的な王国兵士よりも強く、場数を踏んでいる彼らを信じるしかない。

 

「戦士長! 北門から帝国兵!!」

「なにっ!?」

 王国戦士団が北門に差し掛かった時、突然北門から帝国兵が現れる。

 混乱に乗じて帝国軍が攻めてきたのかと思ったが、ガゼフは直ぐに違和感を覚える。突撃にしては数が少なすぎる。そして武器を手に持ってはいるが兵士然とした所作が感じられない。ただひたすらに、全速力で走っているだけだ。

 

 ガゼフのその疑問は、帝国兵を追うように北門から姿を現した不死者(アンデッド)によって氷解する。

 

「オオオオァァァァアアアア!!」

 北門に現れたそれが咆哮する。

 大気を震わせ聞く者を萎縮させるその叫び声は、この場の全員の注意を引き付けるに十分なほど大きく、邪悪だった。

 

「あ、あれは何だ……」

 見たことのない不死者(アンデッド)の騎士にガゼフは言葉を失う。

 巨大な騎士は右手に血塗れの波打つ刀身の剣、左手にはその巨体を覆い隠すほどの大盾。身体には帝国兵のものか何本もの剣や槍がささっており、ボロボロの漆黒のマントがまるで闇を纏っているかのようにたなびいている。

 一目見て、この不死者(アンデッド)の騎士が圧倒的強者であることを見抜く。先程の帝国兵たちはこいつに追われてきたのだ。

 

 ガゼフはリ・エスティーゼ王国から宝具を賜っている。

 金属を紙のように切り裂く剃刀の刃(レイザーエッジ)。魔化により致命の一撃を避ける守護の鎧(ガーディアン)。疲労を無効化する活力の籠手(ガントレット・オブ・ヴァイタリティ)。体力を回復し続ける不滅の護符(アミュレット・オブ・イモータル)

 そして十三英雄の一人から託された戦士の技量を高める指輪。

 

 ガゼフがこれらを装備すれば間違いなく近隣最強の存在だと皆は言う。

 驕る訳ではないが、ガゼフ本人も誰にも負けない自信と、それを裏付けるだけの鍛錬を積んできたつもりだ。

 それでも、だ。目の前の強大な存在を相手に、死力を尽くして戦っても勝てるかどうか分からなかった。

 

 

 

 

 

 巨大な黒い塊が一足飛びに隊列へ向かって身体を滑らせる。

 その巨体から想像もできないほど軽やかに、そして素早い動きに王国軍の兵士たちは反応できなかった。

 

 漆黒の闇が躍る。

 

 一閃。

 波打つ剣が一度振るわれただけで王国兵士三名の命が刈り取られた。

 

 再び一閃。

 兵士たちが崩れ落ちる。

 

 大盾による打撃。

 兵士が飛ぶ。

 

 そして、最初に命を刈り取られた兵士が()()()()()

 

「馬鹿なっ!? 殺された直後に動死体(ゾンビ)化だとっ!? 下がれ!」

 この強敵はガゼフが独りで受け持つべきだ。

 そして倒せなくとも可能であればエ・ランテルの外に追い出さなければならない。

 

 そう思いながらガゼフは剣を構え、北門を確認する。

「な、なにをしている」

 そこに、予想し得なかったものを見る。

 帝国兵が物資を満載した荷馬車で北門を封鎖していたのだ。

「何をしているっ!!」

 

 いや、答えなくても分かる。理解してしまった。

 彼らは逃げていたのではなかった。

 死の騎士を誘いこんでいたのだ。

 

 ガゼフの心は激しい怒りに染まる。そこへ追い打ちをかけるかのように空から火の玉が降り注ぎ、荷馬車共々北門を吹き飛ばす。可燃性の何か――カッツェ平原で本陣を燃やした錬金油と思われる積み荷が炸裂し、北門を一瞬で火の海に沈める。

 元々戦争を想定して作られた頑丈な門なので完全には崩れてはいない。しかし衰えることのない炎と荷馬車などの瓦礫のせいで常人が無傷で通過することは不可能になった。

 

 反射的に上空へ目を向けると、カッツェ平原の時とは異なり目視できる高さに犯人がいた。帝国が誇る偉大な魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。

 

「フールゥーダアァァアーー!!」

 咄嗟に近場の兵士から槍を奪うと、ガゼフはフールーダに向け投擲する。

 しかし、槍が届くことはなかった。槍の投擲に気づいた他の魔法詠唱者(マジックキャスター)がフールーダを庇うように割って入ると、槍は不自然な軌道を描き逸れてしまう。

 

「オオオオァァァァアアアア!!」

 ガゼフの叫び声に呼応するかのように死の騎士が咆哮する。

 ガゼフを敵として認識したようで一直線に向かってくる。

「糞っ!」

 接敵するや否や振るわれた剣を武技で弾き反す。

 もはやフールーダを気にかけている余裕はない。

 ガゼフは意識を切り替え目の前の強敵に集中する。

 

 今から始まる戦いは間違いなく死闘となる。

 一瞬の油断が死に直結するだろう。

 

 ガゼフは覚悟を決めると死の騎士を目掛け剣を振るう。

 

 

* * *

 

 

「パラダイン様! 各門の封鎖が完了したようです!」

「良し。各隊に〈伝言(メッセージ)〉、速やかに撤退だ」

「は!」

 

 フールーダは眼下に燃えるエ・ランテルを一瞥する。

 己が指示した作戦に対して罪悪感はない。第二軍を襲っていた死の騎士(デス・ナイト)が、撤退する帝国軍を追撃する可能性があった。大勢の味方を救うため、決して少なくはない帝国兵士たちを犠牲にエ・ランテルに封じ込めたにすぎない。

 申し訳なく思うとすれば、死の騎士(デス・ナイト)を誘導する過程で命を落とした帝国兵士たちに対してだろう。そして唯一の救いは、志願者たちによって危険な誘導が敢行されたことだ。そう、彼らは全うしたのだ。

 

「行くぞ」

 フールーダは空中で踵を反すと帝国へ向け飛び立つ。

 〈飛行(フライ)〉を使えるフールーダたち魔法詠唱者(マジックキャスター)が、人気の無い場所まで死の騎士(デス・ナイト)を誘導する手段もあった。しかし複数の死の騎士(デス・ナイト)が確認されている以上、悠長にしている暇はない。

 

 それに、ついでと言ってはなんだが死の騎士(デス・ナイト)をガゼフ・ストロノーフにぶつけるという目的もあったのだ。彼が帝国四騎士より強いのは分かっていた。しかし、宝具を身に纏った全力の強さが分からなかったからだ。

 ガゼフが死の騎士(デス・ナイト)に負ければその程度だったと捨て置ける。一体でも倒せれば帝国の仕事が減って助かる。そして万が一、二体とも倒せるとなれば、戦争における帝国軍の陣容を再考する必要があるだろう。

 

 フールーダは飛びながら上空を見やる。

 目には映らないが不可視化した皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)鷲馬(ヒポグリフ)が二組、エ・ランテルを監視しているはずだ。鷲馬(ヒポグリフ)の体力が許す限り上空に止まり、王国軍や不死者(アンデッド)の動きを見届ける役目を負っている。

 

(後は彼らに任せればいい)

 

「高度を下げて明かりをつけろ」

 フールーダは弟子たちに低空を飛んで撤退する地上の味方を誘導するように指示をだす。

 帝国軍人は誰であれ貴重な人材だ。今後、ガゼフにしろ死の騎士(デス・ナイト)にしろどちらを相手取るにしても、800万の帝国の民を守るには兵士たちの力が必要になる。撤退中の彼らを不死者(アンデッド)や魔物相手に失うわけにはいかないのだ。

 

 




独自設定
・ズーラーノーンの盟主が執り行った“死の螺旋”が具体的に何を目的にしたものなのかは不明。取りあえずカジッちゃんが不死化のヒントを得る儀式。
・カジッちゃんが第七位階魔法の〈不死の軍勢〉(アンデス・アーミー)を知っていた理由。
・駐屯区の内訳。貴族とか身内を墓地の側に起きたがらなそうだったので。
・死の螺旋によって生まれる不死者(アンデッド)の順番は特に考えていません。各不死者(アンデッド)のレベルが分からなかったのでふわふわ設定です。

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