骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第33話:夜明け

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが城塞都市エ・ランテルの駐屯区を東側から北側へぐるりと巡り、遭遇した死の騎士(デス・ナイト)と死闘を繰り広げていた頃、冒険者組合がある居住区大通りの広場では不死者(アンデッド)を討伐するために冒険者たちが集められていた。

 衛兵がけたたましく警鐘を鳴らす中、はやる心を必死に抑え、冒険者たちは組合長の号令をいまかいまかと待っている。

 彼らは未だに待機を強いられていたのだ。

 

 有事に際しての初動としては“遅い”と評価せざるをえない。

 しかし、今は戦時中。冒険者には繊細な対応が求められる時期であった。冒険者組合の規約と戦争法により冒険者は国の争いに関与できないのだ。

 冒険者はあくまでも魔物退治の専門家、民間の便利屋であり、政策に不干渉であることが要求される。その働きが国家の枠組みを越え、人々の利益になると理解されているからこそ、独立機関として活動が許され徴兵が免除されているのだ。でなければ国は得体の知れない集団に武器の携帯を許すはずがない。

 もし仮に、組織だって戦争に加担したとなったら冒険者組合の立場は非常に厳しいものになる。いくら一般兵士よりも強いとはいえ、冒険者の数は王国全土で3000人程度。ひとたび不穏分子と認定されれば、たちまち物量で押しつぶされてしまうだろう。

 国家を敵に回すという事はそういうことなのだ。

 

 だからこそ情報の精度が求められた。

 街の衛兵が第一報を持ってきたが、しかしその衛兵は酷く取り乱していた。エ・ランテルはカッツェ平原と近いため、他の地域よりも墓地での不死者(アンデッド)発生率は高い。それでも一度に発生する数としては10体を超えることは稀。まして数百などと言われてもにわかには信じられない。冒険者組合長アインザックの現役時代から今日まで、それだけの数が一度に発生したことはないのだ。

 

 ゆえにアインザックは衛兵の報告をそのまま鵜呑みにはしなかった。一早く駆けつけた冒険者チームを情報収集のために何組か送り出すと、自身は組合に所属する冒険者へ緊急招集をかけたのだ。

 攻めてきているのが帝国軍であれば即解散。真夜中に騒がせて済まぬと組合長が頭ひとつ下げれば済む。もし攻めてきているのが本当に不死者(アンデッド)であれば住民を守らなければならない。国家に対して不干渉であれど、住民あっての冒険者だからだ。

 

 そして、待ち望んでいた続報が示したのは後者。

 戻ってきた(シルバー)級冒険者たちは、衛兵の報告を裏付けたのだ。ただ、その内容はより悪く、規模も桁違いだった。不死者(アンデッド)の数は数百から数千に膨れ上がり、既に居住区の西門が突破されていると言う。

 

(必要な手順だったとはいえ、出遅れたか……)

 

 リ・エスティーゼ王国にある冒険者組合所属の冒険者は3000人程。

 ただ、それは()()()()()だ。当然、3000人の冒険者が一つの都市に集まっている訳もなく、その大半は魔物の生息地と隣接する各都市に分散している。

 そしてこの城塞都市エ・ランテルの組合に所属する冒険者は400人弱。これでも所属人数としては多い方だが、残念なことに実数としては300を下回るだろう。何故ならその三分の一ほどが戦争で減った仕事を求めて地方へ出稼ぎへ行ってしまったからだ。

 

 実質300人弱。

 単純に数値としての戦力で考えれば、低位の不死者(アンデッド)だけなら5000体でも余裕だろう。しかし、上位の不死者(アンデッド)が混ざれば話は別だ。ここエ・ランテルにはミスリル級冒険者チームは四組しかいない。しかも内ひとつはカルネ村在住だ。

 

(早急に西側の通りを封鎖しなければ)

 

 しかし、まだ間に合う。西の門を突破されたが、ここは城塞都市エ・ランテル。戦争を想定したこの都市の道路は複雑でまさに迷路。主要機関を繋ぐ大通りでさえ土地勘が無いと遠回りするよう設計されている。思考できる人間ですら迷うのだ。生者にただ吸い寄せられる不死者(アンデッド)であればなおさら侵攻速度が遅いはず。そこを突くしかない。

 

(その為にも王国軍との連携が必要だ)

 

 冒険者の強さ、地理的条件、王国軍との連携。

 それらが揃えば挽回できる、と意気込むアインザックに空から無慈悲が襲い掛かる。広場に集った冒険者へ指示を飛ばし、戦意高揚のために鼓舞していたまさにその最中に夜空から急襲を受けたのだ。

 アインザックが士気の高さに満足する間もなく広場に轟音と衝撃が広がる。立ち込める土煙の中から怒声と悲鳴、そして呻き声が響く。

 

「な、何事だっ!?」

 土煙が晴れ、焚かれた篝火に照らし出されたのは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)

 魔法に対する絶対耐性を持つ怪物だ。

 

 

 

 

 

 ニニャが夜空から零れ落ちてきた()()を目の当たりにした時、自分を拾い鍛えてくれた恩師の言葉を思い出していた。

 曰く、「骨の竜(スケリトル・ドラゴン)と遭遇したら迷わず逃げろ」だ。魔法に対する絶対耐性を持つ奴の異名は、“魔法詠唱者(マジックキャスター)殺し”。かの偉大な魔法詠唱者(マジックキャスター)、フールーダ・パラダインが放つ攻撃魔法でさえ効かぬのだ。(シルバー)級冒険者、第二位階魔法が限界のニニャが敵うはずがない。

 

 ニニャは逃げ出そうと咄嗟に腰を浮かせた。

 でも、それが限界だった。恐怖で膝が笑い、動くことができなかったのだ。

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)がカッツェ平原に出現することは知識として知っていたし、冒険者ランクが上がればいつかは遭遇するかもしれないと何となくは思っていた。でも、それはずっとずっと先の話で、決して今ではなかったはずだ。

 ニニャは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)と相対する覚悟ができていなかったのだ。

 

 近くでルクルットが何か叫んでいるが危機に瀕し上手く聞き取れない。

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が身体を捻って長い尾を振るった時、ニニャは死を悟った。迫りくる白い軌跡を目に映しながら、ニニャはただぼんやりと行方知れずの姉を想い描いていた。

「姉さ――っ!?」

 鞭のようにしなる骨の尾に頭を潰される寸前、ニニャは何者かに蹴り飛ばされる。皮の服とマントしか装備していない魔法詠唱者(マジックキャスター)にとって、それは不意を突いた重い一撃となる。

 

「邪魔だボケェ! 呆けてる暇があったら住民を誘導しやがれ! 立て!」

 真横からの衝撃と頭上をかすめる骨の尾。

 罵声を浴びせられ訳がわからぬまま倒されたニニャは、地面に強打した痛みで自分が生きていることを理解する。もんどり打って悶絶していたところをルクルットに助け起こされると、ニニャは意外な人物を目にする。

「げほっ! 痛っ!? ――イ、イグヴァルジさん!?」

 

 咳込みながら身を起こしたニニャが目にしたのは、ミスリル級冒険者チーム“クラルグラ”のリーダー、ニニャたちを庇うように立つイグヴァルジの背中だった。

 彼は骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の一撃をいなした手首が痺れたのか、片手剣(ショートソード)をクルクルと回して調子を確かめている。

「クソ……。お前ら組合長の言葉が聞こえなかったのか? (シルバー)以下は住民の誘導と警護だ。奴が背を向けている隙にここを離れろ」

 

 “骨の集合体”に視覚や聴覚があるのか分からないが、声を潜めて喋るイグヴァルジにニニャも頷きで返す。幸いにも尾による攻撃は意図したものではなかったらしく、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の注意は広場の反対側、こちらには背を晒している状態だ。

 ニニャたちが広場を離れるなら今しかないだろう。ここは既に上級冒険者の狩場。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)白金(プラチナ)級でも危うい相手なのだ。

 

「――ご無事で」

 落ち着きを取り戻したニニャは、ルクルットや(ゴールド)に満たない他の冒険者たちと共に広場から離脱する。自分たちに与えられた任務、住民たちを避難させなければならない。

 

 

 

 

 

「ルクルット! あれを見て!」

 しかし、行政区へと続く大通りに差し掛かると、安全だと思われていた後方でも各所で突発的な戦闘が発生していた。

 警鐘に追い立てられるように逃げる住人たちを、体長1メートル、広げた翼が2~3メートルにもなる骨の猛禽類が襲っていたのだ。幸いにも骨の鳥は群ではなく少数で、衛兵たちが槍で懸命に応戦している。

 その様子を見た冒険者たちが次々と参戦する。

 

 ニニャは言い知れぬ不安に襲われる。

 王国と帝国の戦争とも呼べない小競り合いは、時が経てばいつも通り過ぎ去るものだと思っていた。しかし、現実には大敗を喫した王国軍の負傷兵が大勢運び込まれ、瞬く間にエ・ランテルが包囲されてしまった。

 そして今は墓地から途方もない数の不死者(アンデッド)が溢れているのだ。

 

 さらに西地区へ目を向けると、西の夜空が赤く照らされている。

 炎で不死者(アンデッド)に対処しようとしたのか、街の一角で火の手が上がっているようだった。

 

(二人とも、無事でいて)

 

 ニニャは西地区に残した仲間の二人を思う。

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を見てしまった後では嫌な予感しかしない。

 神を信じてはいないが、それでも今は「これ以上悪いことが起こりませんように」と祈ることしかできなかった。

 

 

* * *

 

 

 広場に現れた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は追い詰められていた。

 元々不死者(アンデッド)に対処すべく冒険者が集められていたところに突っこんだのだから当然と言えば当然だ。奇襲によって不幸にも下敷きになった冒険者を除き、まだ多くの者が健在だ。

 ここにはエ・ランテルの冒険者組合が誇るミスリル級冒険者チーム“クラルグラ”、“天狼”、“虹”の3チームが揃っている。それぞれに所属する魔法詠唱者(マジックキャスター)たちには支援以外活躍の場は無いが、3チーム分の戦士職が協力すれば倒せる相手だ。そこに(ゴールド)白金(プラチナ)の援護が加われば勝利は固い。

 

「このまま畳掛けるぞ!」

 イグヴァルジは“天狼”と“虹”のリーダーに呼びかける。即席の共闘だが互いにミスリル級冒険者で知らぬ仲でもない。息を合わせることはできるだろう。

 しかし、返ってきた言葉は了承ではなく警告だった。

「イグヴァルジ! 避けろ!」

「な!?」

 

 反射的に身をひるがえし新手の奇襲から逃れるが、続く前足による攻撃を避けきれず吹き飛ばされる。咄嗟に半身を庇った左腕と肋骨が折れる不快な感触と激痛がイグヴァルジを襲う。

「ぐっ! に、二体目だとっ!?」

「違う! ()()()だ!」

 負傷したイグヴァルジに駆け寄った仲間が後方を指す。

 そこには、離れた位置から自分たちを支援していた(ゴールド)白金(プラチナ)の冒険者たちを襲う、三体目の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が暴れていた。

 

「な、何故こんなに!?」

 誰かが口にした疑問の答えは至極単純なものだ。

 すなわち、「不死者(アンデッド)は生者に惹かれる」である。墓地を飛び立った骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が眼下に広がる居住区、とりわけ広場に集まる大勢の生者を見逃すはずが無いのだ。

 

 状況を察したアインザックが声を張り上げる。

「そいつをここから引き離せ!」

 後方に降り立った骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を広場から引き離すよう(ゴールド)白金(プラチナ)の冒険者たちに指示をだす。正直、彼らには荷の重い相手だが注意を引くだけでもしてもらわなければならない。連携も無く個々に暴れ回る不死者(アンデッド)とはいえ、流石に三体同時の乱戦となると分が悪い。

 中堅冒険者たちが新手を引きつけている間に、損傷が蓄積している一体目をなるべく早く倒さねばならないだろう。

 

「ベロテ! モックナック! 一体目を確実に殺れ!!」

『おう!』

 アインザックの指示に“天狼”と“虹”の両リーダーから短い了解の意が返ってくる。

 

「イグヴァルジ、動けるか?」

 アインザックは水薬(ポーション)を飲むイグヴァルジに声をかける。

 この男は性格にやや問題を抱えているが組合にとっては優秀な人材。エ・ランテル最上位のミスリル級冒険者だ。負傷したとはいえ踏ん張って貰わなければ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)相手に勝ち目はない。

 

「ああ、動ける。ただこの様だ。囮くらいしかできない」

「それで十分だ。天狼と虹が一体倒すまで時間を稼ぐぞ」

 ここで彼らミスリル級冒険者たちが敗れれば、残るは王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが駆け付けるのを待つしかないだろう。

 

 

 

 

 

 それから大して時間が過ぎぬ間に状況は悪化する。

 夜空を舞う骨の鳥、骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)の数が徐々に増えつつあるのだ。脅威度としてはそれほど高くはないが、それでも攻撃を受ければ無傷では済まされない。地上の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を相手取るだけでも集中力を要するのに、この期に及んで上空にまで気を配らねばならなくなったのだ。

 

 まだ一体目の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を撃破できていない。

 それ自体は天狼や虹を責めることはできない。ミスリル級冒険者なら倒せる相手とはいえ、ものの数分で倒せる訳ではない。「倒せる」と「倒した」には大きな隔たりがあるのだ。

 

 アインザックは逡巡する。

 当初の目論見通り迷路のような街並みのおかげで、墓地に発生した骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)はまだ姿を見せていない。しかし、その地の利を度外視して現れた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)は計算外。その数が増えつつある現実から目を逸らしたかった。

 考えたくはないが、四体目の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が現れないとも限らないのだ。

 

(継戦か、撤退か)

 

 アインザックが判断に迷っていると、その隙を突くかのように骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の尾が振るわれる。思考を戦闘以外に割き、集中力を欠いていたアインザックにはそれを避けることは難しかった。

 

「むぅ!?」

 風を切って振るわれた尾に対し咄嗟に盾を構えるが、ギリギリだったために打撃を受け流せず衝撃をもろに受けてしまう。身体が浮き、そのまま数メートル吹き飛ばされる。

 ろくに受け身も取れずに転がったアインザックは、己に毒づく。

「クソッ! ここまで鈍っていたとはな」

「組合長!」

 

 その声に顔を上げると、目前まで迫った骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が巨大な鉤爪の付いた腕を振り合上げていた。飛ばされ距離が離れたと思ったが既に目前に居るのだ。この巨体にしてこの素早さにはもはや笑うしかない。

 いや、実際にはそこまで素早い訳ではなかった。ただ単に、巨体ゆえに数歩移動するだけで自ら突き飛ばした獲物に追いすがれるのだ。

 

「ここまでか……」

 盾で頭上を庇いたかったが、先の一撃で盾を持つ腕が上がらない。

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の腕が振り下ろされる直前、視界の隅で天狼と虹が一体目を倒すのを垣間見る。

 

()()()()()

 

 時間稼ぎは成った。

 自分はここで文字通り退場することになるが、満足だ。

 引退した身でありながら役に立てたのだ。

 後は現役の彼らが継いでくれるだろう。

 

 アインザックは目を閉じ、死を受け入れる。

 数瞬もかからず命を刈り取られるのだ。

 

 しかし、覚悟した衝撃はこなかった。

 恐る恐る目を開けたアインザックが目にしたのは、黒檀の杖を突き出した黒スーツの男と、動きを止めた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の姿だった。

 

「ご無事ですか? アインザック組合長」

「おお、モモン君! よく来てくれた!」

 

 

* * *

 

 

 モモンガは広場に到着すると状況を素早く確認する。

 ユグドラシル時代に培ったチームリーダーとしてのリアルスキルで状況把握はお手の物だ。

 

〈アンデッド支配〉

 

 組合長へ凶悪な鉤爪を振り下ろそうとしていた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に狙いを定め職業技能(ジョブスキル)を発動。レベル差も相まって問題なく支配を完了する。上手く言語化できないが精神的な繋がりを感じる。口に出さず念じるだけで意のままに操ることができるだろう。

 アインザックと短い挨拶を交わすと、モモンガは続いて新たな呪文を唱える。

 

上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)

 

「クレマンティーヌ、使え。俺の魔力で維持しているからあまり離れるなよ」

 モモンガは魔法で戦棍(メイス)を作り出すと刺突武器しか持たぬ彼女に手渡す。

「具体的にどれくらいの距離なら大丈夫なの?」

「分からん」

「えー……」

 

 無下もなく答えるモモンガに、クレマンティーヌは頬を膨らませる。

「戦闘中に消えるかもしれないとか超不安なんですけどー」

「未検証なのだから仕方あるまい。さあ、動きを止めている間に倒してこい」

「はーい」

 クレマンティーヌはその軽い口調とは裏腹に恐るべき速さで骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に接近すると、戦棍(メイス)を力いっぱい振り抜く。下顎へ見事に炸裂したその一振りは一撃で顎を大きく破損させ、広場にその破片をばら撒く。

 

「それじゃ、ボクも行きますか」

 やまいこも軽くステップを踏むと一足飛びに接近し、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の関節へ拳を叩き込む。「バキャッ! メシャッ!」と派手な音を響かせながら四肢が粉砕されいく。

 

 アインザックや他の冒険者が見守る中、あれだけ苦労した骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を、二人の女性がいとも容易く壊していく。細身の身体からは想像もできないほどの膂力が発揮されていると直感するが、周りの誰も理解が追いつかない。

 そして杖をかざし続けているモモンガと動きを止めた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を見れば、そこに何かしらの魔法が効果を発揮しているであろうことが容易に想像できた。

 

「ば、馬鹿な……。君の魔法は、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に効くというのか……?」

 驚愕するアインザックに()()()()()()()()()()()()

「まさか。()()()()()()()()()()()()()()。やつの魔法に対する絶対耐性は健在。ただ、何事にも抜け穴はあるものですよ。例えば“死霊術”とかね」

 もちろんモモンガが語ったことは嘘だ。

 しかし、それを確かめる術を持たないアインザックは受け入れるしかない。

「モ、モモン君。君という男は……」

 

 “動きを止めるだけ”と言うが、それこそこの場の誰にもできない芸当だ。

 アインザック含め、驚愕する周囲のミスリル級冒険者たちの表情にモモンガは内心ほくそ笑む。

 

「それよりも組合長。こいつは我々が引き受けます。残ったもう一体をお願いします」

 モモンガの言葉にアインザックは後方に目を向ける。

 そこには功を焦った中堅冒険者たちの骸がそこかしこに転がっていた。

「無茶をしおって……。――ここは漆黒に任せる! 天狼、虹、クラルグラはもう一体に取り掛かれ!」

 漆黒の三人に釘付けだったミスリル級冒険者たちが弾かれたように動きだし、アインザックも司令塔となるべくもう一体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)のもとへ向かう。

 それを見届けるとモモンガは一息つく。

 

 やまいことクレマンティーヌを見ると手加減しながらも順調に骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の体力を削っている。残る一体を冒険者らが倒す前に駆けつけて、再び動きを止める演技をしなければならない。それも時折、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が“()()()()()()()()()()()()()”を演出しなければならないのだ。

 吹っ飛ばされることになる冒険者たちには同情するが、ここは「漆黒のおかげで助かった」と強烈に印象付ける必要があるので致し方が無い。

 

(演技、苦手なんだよなぁ)

 

「もう少しだ。二人ともガンバレー」

「もー、少しぐらい手伝ってくれてもいいんじゃない?」

 モモンガのまったく心のこもっていない“頑張れ”にクレマンティーヌが抗議する。

「無茶を言うな。魔法が効かないんだから仕方ないだろ?」

「あーはいはい。絶対耐性絶対耐性」

 もちろんクレマンティーヌは真実を知っている。

 それどころか従属神、それも戦闘メイド(プレアデス)でも余裕で滅ぼせると聞かされて、己の常識がひとつ砕けたばかりだ。

 

「それで? ボクたちがこの広場を片付けたら、次はどうするの?」

 やまいこが骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を殴りながら今後の予定を確認する。

「まずは西地区ですね」

 突破されている西地区は住民に活躍を見せつける絶好の場だ。

 その機を逃したくはない。

「そこが終わったらそのまま墓地に入ってハムスケと合流……かな。戦士長と一緒とはいえ、生身のハムスケを長時間不死者(アンデッド)の相手をさせるのは少々心配です」

 

「あぁ、死体から変な病気もらっても困るしねー」

 やまいこはユグドラシル時代の不死者(アンデッド)が毒や疾病を持っていたことを思い出す。ユグドラシル同様この世界でも回復魔法で癒すことはできるが、妙な病気などは気持ちの上でも貰いたくないものだ。

 

「ほいっと」

 やまいこがひとり納得している間にクレマンティーヌが骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に止めの一撃を叩き込む。

 崩れ落ちた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が動かなくなると、遠巻きに見ていた冒険者たちから歓声があがる。宣伝効果は抜群のようだ。

「よーし。次、行くぞー」

『はーい』

 

 その後、残る骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を倒すと、後世に語り継がれる漆黒の快進撃が始まる。

 

 津波のように押し寄せる不死者(アンデッド)の群をやまいことクレマンティーヌが薙ぎ倒し、上空を飛ぶ骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)をモモンガが〈雷撃(ライトニング)〉で撃ち落として行ったのだ。

 三人が西地区を踏み荒らしていた集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)を撃破し、駐屯区を掃討していたハムスケと合流する頃には“漆黒”の地位は不動のものとなっていた。

 

 そしてエ・ランテルを包む空が白み始めると、ようやく墓地に立ち込めていた霧が晴れ、“死の螺旋”の終わりを告げる。

 長かったエ・ランテルの夜が明けたのだった。

 

 




独自設定
・王国の冒険者数は原作基準ですが、その分布状況は適当に配分。
骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)の強さ。低位としか情報を得られなかったので取りあえず“冒険者でも対応できる”としました。
・城塞都市エ・ランテルの迷路のような街並み。迷路の()()()街並みであって、迷路ではない。侵略者への備えとして主要機関を繋ぐ大通りなどは大周りするように敷設されている感じ。
〈上位道具創造〉(クリエイト・グレーター・アイテム)で創り出された武器を第三者も扱える。原作で剣を投げて敵を倒していたので本人から離れても大丈夫だとは思いますが、きちんとした仕様が不明なので独自設定扱い。

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