骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第39話:山小人

 バハルス帝国の観光から数日後、モモンガ一行は帝国に雇われて「先遣調査隊」の護衛に就いていた。

 トブの大森林は既に抜け、今はアゼルリシア山脈を登り始めたところだ。冬を越したとはいえまだ肌寒く、標高が高くなるにつれ残雪も目に付くようになる。

 

 モモンガは振り返ると、登ってきた斜面を見下ろす。

 視線の先には数百人規模の帝国兵が長蛇の列を成していた。行軍の規模が大きいので亜人や魔物も襲ってくることはなく、ここまでの道中は至って平穏であった。

 

 モモンガは出発の日のことを思い出す。

 

 

 

 

 

「600人!?」

 モモンガの驚きの声に静かな女性の声が続く。

「はい。騎兵60に歩兵500、魔法省から10、随伴する人夫が30ですわ」

「てっきりもっと小規模なのかと思っていました……」

 

 会話の相手は先遣調査隊の指揮を執る帝国四騎士のひとり、レイナース・ロックブルズだ。

 彼女によれば、今回集められた兵士は将来を期待されたエリートらしい。死の騎士(デス・ナイト)によって多くの士官を失い、それらを補充するための優秀な士官候補生とのことだが、今回の遠征は“上に立つ者”として箔をつけるための通過儀礼でもあるとのことだった。

 任務を終えて戻れば、彼らは部下を持つ立場になる。その時、「アゼルリシア帰り」といった何かしらの肩書きがあった方が軍隊的には具合がいいらしい。

 

 彼らに課せられた任務は狼煙の上がった山小人(ドワーフ)の地上砦の調査、及び魔神発見時にはその情報を何としてでも帝国に持ち帰ること。

 山岳を苦手とする騎兵をわざわざ連れてきたのも、その情報を素早く、より確実に持ち帰らせるためだ。場合によっては帝国の存亡をも左右しかねない任務のため、兵士の人選は確かなものだとレイナースは保証する。

 

 そして当のレイナースだが、第一印象は愛想の無い女騎士。

 しかし、彼女は彼女で訳ありの人物だった。

 

 帝国の支配領を抜けた野営初日、彼女はひとりで漆黒の天幕を訪れたのだ。

 

 

 

 

 

 その日、野営は徒歩の歩兵や人夫に合わせ、日が落ちる前から準備が始まった。

 モモンガたちは雇われた身なので天幕の設営や夜間の警戒も仕事の内だと覚悟していたが、警備は訓練を兼ねて帝国兵が担当する旨を伝えられた。

 多額の報酬で雇われている手前、漆黒としては何かしら手伝いたかったが、「行軍中の警護で働きは十分。夜は休んで明日に備えてくれ」と指揮官のレイナースに言われては従うしかない。

 労働環境が思いの外“ホワイト”だったことで帝国へのモモンガとやまいこの好感度は上がる。しかし、多くの兵が設営の準備などに追われている横で、手持無沙汰な状況に居心地の悪さを感じてしまうのは社畜の性なのだろうかとモモンガはやるせなさを感じる。

 

 夜も更け、そろそろ寝ようかと話していると、人目を避けるかのように外套に身を包んだレイナースが訪ねてきた。

 

「夜分に申し訳ない。個人的に伺いたいことがあるのだが、宜しいか」

 その身を素早く天幕に滑り込ませた彼女には、暖気を外に逃がすまいとする心遣いの他に、人に見られたくないという気持ちが見て取れる。

 伺いこそ立ててはいるが、決意を秘めた眼光が是が非でも話をしたいと物語っていた。

 

「これはロックブルズ殿。ええ、大丈夫ですよ。どのようなご用件でしょう」

「実は……、呪いを解除する魔法かアイテムに心当たりがないかお聞きしたいのです。皆さんは遥か南方から旅をしてきたと伺いました。旅のさなかにそのような物を見聞きしていたら教えてほしいのです」

 

 やまいこがいち早く反応する。

「目的は、()()()だね?」

「はい……」

 レイナースは唇を噛み、肯定する。

 

 四騎士のひとりとして名を馳せる彼女には公然の秘密があった。呪いによって顔の右半分が膿を分泌する腫瘍に覆われ、酷く爛れているのだ。

 女性にとって繊細な問題であるため、誰も声に出して話題にはしないが周知の事柄だ。元が美しい顔立ちをしているので本人の心の傷も深いだろう。

 

「見せてもらえる?」

 やまいこの要求に躊躇するもレイナースは素直に髪をかき上げる。

 見ている側から黄色い膿が溢れてくる姿は痛々しい。

 

「モモン、分析お願い」

「!? 呪いを、分析できるのですか!」

 やまいこの言葉にレイナースが食いつく。

 その勢いに思わずモモンガは気圧される。

 

「できますけど……、解除はまた別ですからね。……あと、今から起こることは他言無用で」

「わ、分かりました。詳細が分かるだけでも助かります」

 

 モモンガとしては“漆黒の設定”を超える位階魔法の行使に抵抗がある。酷なようだが赤の他人の美醜に特別思うところもない。しかし、やまいこが望んでいるのなら話は別だ。

 座らせたレイナースの前に立つと、スクロールで分析を試みる。

「これは……、呪いを受けた経緯を聞かせてもらえますか?」

 

 レイナースによれば討伐対象の魔物が死に際に呪いを掛けたとのことだった。

 

 それを聞いてモモンガは納得する。

 分析によれば、今まで見聞きしたこの世界の魔物では不可能と思えるほど強力な呪いが掛かっていた。もしかしたら生れながらの異能(タレント)ではとも疑ったが、“死に際の呪い”であればその強度にも頷ける。

 ユグドラシルでも一部のモンスターの“最後っ屁”は、そのモンスターのレベルを越えて強力な特殊技能(スキル)が発動されることは間々あることだ。

 

「ねえ、どうなの?」

 やまいこの問いに、さてどう答えたものかとモモンガは考える。

 有り体に言えば〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉で解呪できそうだ。しかし、消費される経験値が未知数。呪いを掛けた魔物の命と等価、つまり経験値と同等であれば大した量にはならないだろうと推察できるが、確証はない。

 

 何か対価を、レイナースから消費される経験値に代わる何かを受け取らないと勿体ない。

 

「……ペストーニャでも無理ですね」

「モ~モ~ン?」

 やまいこがジト目でモモンガを見る。

 答えるまでの“僅かな間”でモモンガが何を考えたのか察したようだ。その目は無償の解呪を要求しているが、しかし、モモンガもここで引くわけにはいかない。なんと言われようと希少アイテムが絡むならギルドに利が無ければ承認はできない。

 

「モモン殿、そのペストーニャ様を紹介して頂けないだろうか。たとえ無理でも一度お会いしたい。もちろん紹介料を支払う。この通りだ」

「ぐ……」

 妙齢の女性に縋られてモモンガはたじろぐ。やまいこの後ろでモモンガの様子にくつくつと笑っているクレマンティーヌが小憎たらしい。思い返せば恐慌状態のクレマンティーヌに縋られたこともあるのに、理不尽だ。

 やまいこはといえば、今のところ様子を見るだけで口出しする気配はない。ペストーニャを引き合いに出したことでモモンガの〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉頼みだと気付いたのだろう。

 

 とはいえ、レイナースの呪いに興味は無くても仲間の気持ちは無視できない。

 モモンガもやまいこの機嫌を損ねたい訳ではない。解呪する方向性で検討し、対価に関してもある程度は譲歩するつもりだ。

 

「あー……。まず、解呪はできます」

「ほ、本当ですか!? 是非その手段を教えてください!」

「わわ、ちょ、落ち着いてください!」

 興奮するレイナースを今一度押し止める。

 

「えーと……、呪いは貴女の証言通り、魔物の“死に際の呪い”でした。命を素にした呪いはとても強力で、これを解呪するにはそれ相応の対価が必要です」

「対価なら払う! 私財を全て処分してでも、必ず! もし足りなければこの身を――」

「待てまてまて、待ってください!」

 モモンガも現実(リアル)では営業職だ。入念に準備されたプレゼンならこなせる自信があるが、突発的なイベントではアドリブが追いつかない。

 特に女絡みの案件を仲間の女性2人に見られながらともなるとなおさらだ。

 

「ロックブルズ殿、貴女の身をどうこうしては帝国との関係が損なわれる恐れが――」

「それならば問題はありません!」

 言いながらレイナースは懐から封書を取り出す。

 封をしている蝋には皇帝の印が押されている。

「……それは?」

「これは一種の特赦状ですわ。四騎士を務める見返りに解呪の方法を探してもらう契約を陛下と結んでおりますが、同時に陛下の命よりも自分を優先しても良いという内容も含んでおります。これを事情を知らぬ味方へ提示することで四騎士の責務から解放される仕組みですわ」

 

 思いもしなかった雇用契約にモモンガも唸る。

「つまり、それがあれば自分の都合を優先できる? 職務放棄も罪にはならないと?」

「はい。もし四騎士の立場が解呪の妨げになるのであれば、私はこの特赦状を使います。ですから……、どのような雑用でも……、何でもいたします。だから……」

 それ以上の言葉を持ち合わせていなかったのか、レイナースは声を押し殺して泣くだけだった。

 

「あーあ、泣かせた」

「ちょ、ちょっと! 茶化さないでくださいよ!」

 やまいこは何故か鬼の首を取ったかのような表情だ。

 

「モモン、彼女もこう言っていることだし、対価は彼女自身でどう? 何をしてもらうかは追々ね。もしそれでも足りないと言うのなら、手っ取り早くボクの流れ星の指輪(シューティングスター)を使うけど?」

「それは止めてください」

 超激レア課金アイテムを出され、モモンガは思わず冷静に返してしまう。やまいこの私物なのでどう使おうが彼女の自由だが、代替手段があるモモンガにとっては余りにも勿体ない選択だ。

 

「……わかりました。対価はご本人で。ただし、周りへの説明が面倒なので解呪は任務が終わった後です。それまではお仕事に集中してください。いいですね?」

 

 モモンガの念押しにレイナースは声もなく何度も頷く。

 やっと解呪への望みが繋がったことに感涙している様子だが、“まだ口約束でしかないのに”とモモンガは思う。もちろん約束は守るつもりだが、ビジネスにおいて口約束ほど信用できないものはない。呪いを解きたい一心なのだろうが、任務を控えている今、その精神状態は些か心配だ。

 

 モモンガは改めてレイナースを見下ろす。

 そこには第一印象でみた愛想の無い女騎士はいなかった。

 

 

* * *

 

 

 モモンガが回想しながら黙々と登山していると、身軽に岩場を駆けていたクレマンティーヌから声がかかる。

 

「あった! 砦あったよ」

「ん? ああ、あれか。一度行軍を止めよう」

 モモンガたちは行軍を中断し、レイナースに合図を送る。彼女は未だに呪われているが、出会った頃よりは表情が幾分か柔らかい。

 合流して今後の出方を相談する。

 

「――というわけで、魔法で下見する事もできますが、如何しますか?」

「その提案はありがたいですが、諜報活動だと誤解を受けかねませんわ。ここは指揮官の私と数人で行き、開門を願い出ます」

 言われてみれば確かに国交のある人間が訪ねてきたに過ぎない。

 緊急事態に見舞われていたとしてもコソコソと嗅ぎまわるのは礼に欠ける。

 

「なるほど。では、漆黒からはマイをお付けしましょう」

 モモンガがやまいこに目配せすると、彼女は了解とばかりに頷く。

 

 

 

 

 

 砦から少し離れたところに先遣隊を待機させると、レイナースとやまいこ、それにバハルス帝国の国旗を掲げた騎士が砦に向かう。

 

 山小人(ドワーフ)の地上砦は山の斜面を利用した造りで、遠目には砦が山肌に半ば埋まっているようにも見える。

 近寄ると、そこそこ大きな砦にもかかわらず静寂に包まれていた。魔神の襲撃を受け放棄したのではと警戒するが、しかし建物自体に目立った損傷は無い。帝国に届いた狼煙も既に燃え尽きたのか、空に昇る煙も無い。

 ただただ、ひたすらに静かだ。

 

「開門願う! 我らはバハルス帝国の者。盟約に従い異変の調査に来た!」

 レイナースが声を張り上げるが砦からは返事がない。

「誰も居ない? ……山小人(ドワーフ)よ、開門願う!」

 再度の呼びかけも空振りに終わり、レイナースとやまいこは視線を交わす。

 

 やまいこが門に近寄り、ドンドンと叩いてみるがやはり反応はない。

「留守みたいだね。どうする? ブチ破る?」

「……そうですね。ここへは調査に来たわけですし、調べないで帰るわけにもいきません」

「それじゃ離れて。一発ドカンとや――」

 

「ま、待て! 今開ける! 門は壊さんでくれ!」

 やまいこの不穏な言葉に被せるように慌てた声が響く。

 続いてゴゴンと鈍く重い音が響く。察するに閂が外された音のようで、事実ゆっくりと門が開かれる。人がひとり通り抜けられる程度に開かれると、中から小柄な山小人(ドワーフ)がひょっこりと顔をだす。

 

「居るなら返事くらいしたらどうなの?」

「無茶を言うな。儂はこの砦の者では無いしそもそも戦士でも無い。ただの炭鉱夫じゃ」

 

 そんなふたりのやり取りを見てレイナースが改めて挨拶をする。

「私の名はレイナース・ロックブルズ、バハルス帝国の者です。こちらで上がった狼煙を見て調査に来ました。入国の許可を頂きたい」

「ああ、あの狼煙か。なるほど、確かに儂が上げたものじゃ。おっと失礼、儂はゴンド・ファイアビアドじゃ。……入って寛いでくれ。儂ひとりしかおらんから大した持て成しはできんがのう。相談したいこともある」

 

 

 

 

 

 ゴンドに導かれ先遣隊は砦の中へ。

 先遣隊は荷馬車を含め全員が入ることができ、暖房の類は見当たらないがほのかに暖かい。高地の寒さに体力を奪われていた兵士たちにとっては心休まる空間だ。内装も広々としていて天井が高い。山小人(ドワーフ)の建築物なので低い天井を覚悟していたが頭をぶつける心配はなさそうだ。

 

 モモンガたちが砦の造りに感心しているとゴンドの補足が入る。

「当然じゃ。地上砦は元々外の種族と交易することを目的として建てられておるからの。宿泊用の部屋や倉庫もある。街に行けばお主らの想像するような建物ばかりじゃわい。……平時であれば案内してやれるんじゃがのう」

 ゴンドの表情が――髭で分かり難いが――曇る。

 

 レイナースが代表して質問をする。

「ファイアビアド殿――」

「ゴンドで構わんよ。言ったかもしれないが儂はただの炭鉱夫。畏まった会話も苦手じゃ」

「そうですか。ではゴンド殿、“平時では”と仰られたが、裏を返せば今は非常事態ということですね? アレもそのせいですか?」

 レイナースがそう言いながら指差した両開きの扉はバリケードで塞がれていた。

 

「……そうじゃ」

 ゴンドは力なく答えると、ぽつぽつと経緯を語る。

 ゴンドによれば、ここフェオ・ライゾは、長年敵対関係にある土掘獣人(クアゴア)との衝突を避けるため、3年ほど前から一時的に放棄しているらしい。山小人(ドワーフ)王国の民は皆、東の都市フェオ・ジュラへ避難中とのことだ。

 

 ゴンドがその放棄されたはずのフェオ・ライゾにいる理由は、ルーン技術の研究に使う希少な鉱石を採掘するためらしい。

 土掘獣人(クアゴア)と遭遇しても、単独であれば所有する“不可視化のマント”で逃げられると踏んでいたが、どうやら運に見放されたようだ。フェオ・ジュラへ続く坑道を押さえられ、さらには不注意で見つかってしまい、この地上砦に立てこもったのだ。

 

「大部隊だった。もしかしたら土堀獣人(クアゴア)の大侵攻かもしれん……」

「この砦は安全なんですか?」

「奴らは太陽の光を嫌う。儂をここへ追いやっただけで扉を破って追ってこようとはしなかった」

「なるほど……。ここから出てフェオ・ジュラの地上砦へ行こうとは?」

「それも考えたんじゃが……。怖くてのう」

 

 山小人(ドワーフ)の迷信に「空に吸い込まれる」というものがあるらしい。

 常に天井のある洞窟暮らしの山小人(ドワーフ)らしい迷信だが、現実的な理由としては、鈍足で有名な山小人(ドワーフ)がたった独りで彷徨えるほど山は安全では無く、先遣調査隊のように数百人規模の大所帯でもなければたちまち魔物に襲われてしまうという。

 

 ゴンドは、「扉の向こう側で土掘獣人(クアゴア)たちが待ち構えているのでは」とバリケードを解くことができず、かといって地上に出て無事にフェオ・ジュラの砦まで辿りつく自信もなかった。

 そこで、せめて土掘獣人(クアゴア)の脅威を仲間に伝えようと古びた狼煙に火を付けたという。あわよくば救助が来るかもしれないと期待しながら保存食で食い繋いでいたらしい。

 

「ひとつ確認をしますが、魔神が現れたわけではないのですね?」

「その通りじゃ。現れたのは土掘獣人(クアゴア)じゃ。お主らが来てくれたことには感謝するが……、なんかすまんのう」

「なるほど、事情は分かりました。魔神の脅威が無いと分かっただけでも帝国としては収穫です。ふむ……、他の者と相談するので席を外させていただく」

 そう切り上げると、レイナースは連れてきた魔法省の人間と何やら相談を始める。

 その隙に、という事でもないが、今度はモモンガがゴンドと向き合う。

 

 

 

 

 

 モモンガたちは今回の依頼を受ける前から、山小人(ドワーフ)の狼煙と帝国の動向を把握していた。

 帝都観光2日目、フィオーラ王国から狼煙発見の報告受けていたのだ。闇妖精(ダークエルフ)の持つ知識はやや古かったが、彼らによれば魔樹によって移住を余儀なくされるまでは山小人(ドワーフ)と交易していたらしい。

 

 モモンガは闇妖精(ダークエルフ)の語る“山小人(ドワーフ)”という種そのものと、山小人(ドワーフ)謹製の“ルーンが刻まれた武具”に興味を持った。

 しかし、普段であればフィオーラ王国を通して接触を図るところだが、帝国から得た“狼煙の由来”を聞いて思いとどまる。魔神の存在がモモンガたちを慎重にさせたのだ。

 

 スレイン法国の資料によれば、魔神と呼ばれる存在はユグドラシルプレイヤーかNPCである可能性が高い。

 ユグドラシル内の“アインズ・ウール・ゴウンの風評”を考えると、相手を見極めるまでは組織単位での接触は躊躇われたのだ。

 

 そこでモモンガたちは、魔神と接触するにあたって間に帝国を挟むことにした。

 雇われた冒険者として接近しつつ、もし関係が拗れた時は帝国を盾にして全ての責任を擦り付けるつもりだったのだ。

 そして、そのお膳立てをする人材が必要だった。

 

 白羽の矢が立ったのは帝国の大魔法使い、フールーダ・パラダイン。

 アルシェの師であり、また王国との戦いで見せた柔軟な魔法運用などから、モモンガは一度は会ってみたいと考えていたのだ。

 

「まさか、あんな性格だったとはな……」

 モモンガはフールーダの豹変ぶりを思い出し身震いする。

 

(俺って縋られてばかりだな)

 

「何か言ったかの?」

「ああ、いえ、独り言です。それよりもお聞きしたいのですが、先ほどルーン技術の研究をしていると言っていましたが、帝国への輸出が無くなったのはなぜですか?」

 

 モモンガがひとつ気になっていたこと。

 闇妖精(ダークエルフ)が言及したルーンの武具だが、フールーダによれば100年ほど前から流通しなくなったと言うのだ。革新的な技術に到達して秘匿しているのか、それとも魔神戦争の折に技術が途絶えてしまったのか。

 闇妖精(ダークエルフ)の知識は500年前のものなので、差し引いた400年の間になにが起こったのか知りたかった。

 

 しかし、話題が不味かったのか、ゴンドに怒りの感情が垣間見える。

 ただそれも一瞬のことで、改めてモモンガを見据えると静かに語った。

「特別な理由は無い。新しい技術に追いやられて廃れたんじゃ」

 

 彼によれば200年前の魔神襲来の際、山小人(ドワーフ)の王族はルーン工王を除き途絶え、最後に残ったルーン工王も魔神の討伐に向かったまま戻らなかったらしい。

 その後、生産性に優れた魔法による魔化技術が流入し、またルーン工匠の適性者の希少性も相まって、山小人(ドワーフ)王国はルーン技術による武具生産を縮小、それが原因で徐々にルーン技術そのものが廃れたという。

 

「ルーン工匠は皆、看板を下ろして飲んだくれておるよ」

「でも……、それでも、ゴンドさんは研究を続けられている。秘策でも?」

 モモンガの問いにゴンドは肩を落とす。

 

「正直、儂独りでは難しい。ルーン工匠の家系に生まれ、受け継いだ秘伝書のおかげで知識はある。しかし、腕が追いつかん」

 ゴンドは悔しさを滲ませた表情で自分の手を見つめる。

 

「他のルーン工匠たちの協力があれば何か進展があるやもしれんが、皆それぞれが持つ技術の開示に抵抗があってな。協力を得られんのが実情じゃ。今こそ団結する時なのに……。先祖から受け継いだ技術を失うのは口惜しい」

 ゴンドは小さく溜息をつく。

「……すまんな。湿っぽくなってしもうたの。……消えゆく前に誰かに聞いてほしかったのかもしれん」

 

 ルーン技術の衰退はやむなしとモモンガは考える。

 話を聞くかぎり山小人(ドワーフ)王国は魔化産業を完全にルーンから魔法へ切替ている。生産性に劣り、後継者も増やしにくいルーン技術が生き残るには、それらを度外視できる付加価値を付けなければならないだろう。

 

 ゴンドの話が正しければ、彼以外に研究を続けている工匠も居ない。

 技術が途絶えるのも時間の問題だ。

 

(だからこそ欲しい)

 

 山小人(ドワーフ)たちにとって価値が無くても、モモンガには価値がある。

 

 現在、ナザリックではアイテムの魔化を停止している。

 理由は至って単純。この世界の魔物は、ユグドラシルの魔化技術で使用するデータクリスタルをドロップしないからだ。

 もし、ゴンドのような山小人(ドワーフ)のルーン工匠を味方に付けることができれば、それらの問題を解決できる。

 

 さらに、既に広く伝播している魔法による魔化とは異なり、希少なルーン技術は高い市場価値を得ることも不可能ではないと考える。

 成長限界が似たり寄ったりのこの世界の住人たちでは、魔法による魔化で突出した商品を生み出すのは難しい。同じような商品を作っても利益が出ないどころか価値が下がる恐れもある。それならば、失われつつあるルーン技術に投資した方が商機を捉えられるはずだ。

 

(ただし、独占が大前提)

 

 モモンガは一呼吸置くと落ち込んでいるゴンドに話しかける。

「ゴンドさん、ルーン技術に関してご提案があるのですが――」

 

 

* * *

 

 

 レイナースは部下たちとの調整を終えて一息つく。

 そして思い出したかのように顔の膿を拭き取る。帝城内で使うような上品な手巾ではない。遠征中で水も限られていることもあり、粗雑な布を使い捨てている。

 

 手巾に滲む膿を見やると、不意に小さく笑みがこぼれる。

 フールーダですら呪いを解くことができないと知ったときは絶望に打ちひしがれたものだが、ようやく長く苦しめられてきた呪いから解放される目途が立ったのだ。もはや一生叶わぬのではと思い始めていた願いを、漆黒は叶えると約束してくれた。

 

 そして帝国と綺麗に手を切るためにも、まずは任務を達成しろと言われた。

 反論の余地は無い。筋を通すのは大切だし、皇帝には恩もある。

 少なくとも自分を見限った実家と婚約者に復讐はできた。義理を立てる必要がある。

 

「呪いが解けたら……」

 

 やりたいことが沢山ある。

 

 醜く爛れた顔を恥じ、今までできなかったことをしたい。

 変わらず接してくれた数少ない知人を集めてお茶会を開こう。お勧めの化粧品や、流行りの装飾品を教えてもらおう。着飾って劇場へ足を運ぶのもいい。

 手帳に書き留め続けた小さな夢の数々が次々と頭をよぎる。

 

(でも、まずは、大きな姿見を買おう)

 

 

 

 

 

 あれもこれもと妄想が捗るが、遠征中に浮かれすぎだと反省する。

 緩む表情を引き締め、先ほど受け取った新たな指令に集中だ。

 

 土掘獣人(クアゴア)の確保。

 

 本国は山小人(ドワーフ)を守るために土堀獣人(クアゴア)との戦争を視野に入れている。

 魔法の武具の輸入先として、彼らを見捨てるわけにはいかないのだ。

 

 死の騎士(デス・ナイト)に屠られた帝国兵たちの装備、取り分け魔法が付与された武具は王国兵や戦泥棒の手に渡ってしまい回収できたのはほんの僅かしかない。

 壊滅した一軍を再編成する予定だが、上級騎士に施す魔法の武具が足りないのだ。帝国内でも作れないことはないが、やはり山小人(ドワーフ)たちの手による品質にはかなわない。

 

 バハルス帝国は、トブの大森林、カッツェ平野、牛頭人(ミノタウロス)王国、妖巨人(トロール)国と隣接している。

 スレイン法国のように他種族と積極的に敵対はしていないが、脅威が無いわけではない。小鬼(ゴブリン)程度ならばまだ対処は容易いが、強靭な牛頭人(ミノタウロス)妖巨人(トロール)ともなると脅威度は馬鹿にならない。脆弱な人間が奴らと張り合おうと思ったら、群れで行動し、強力な武具で武装するしかない。

 それ故に、帝国は山小人(ドワーフ)たちを見殺しにはできないのだ。

 

 だから、戦う前に土掘獣人(クアゴア)という種を理解する必要がある。

 

 

 

 

 

 提供された部屋を出て漆黒らと合流する。

 まずは新たな指令を――、任務に変更があったことを伝えねばならない。

 

「モモン殿、それにゴンド殿。本国から新たな指令を2つ受けました。ひとつは土掘獣人(クアゴア)を数匹確保して本国に送ること。生死は問わないので協力してはもらえませんか? モモン殿たちには捕獲ないし討伐を、ゴンド殿には案内をお願いしたい」

「ば、馬鹿を言うでない! お主らを侮る訳ではないが、相性が悪すぎる!」

 モモンが返事をするよりも早く、ゴンドが強く捲し立てる。

 言葉通りこちらを侮っている様子はなく、その表情は真剣だ。

 

「その相性に関して、説明をしていただけますか?」

「む、怒鳴って悪かった。そうだな……、まず、奴らは幼少期に食べた金属の種類で個体の強さが決まる。食べた金属の硬度を体毛や爪牙に宿すのじゃ。そのせいか分らんが、金属製の武器に耐性を持っておるんじゃ。分かるじゃろ? お主らの金属製の武器は通用せん。その癖、奴らの爪牙はお主らの鎧兜を容易く切り裂くことができるのじゃ」

 

 忌々しき情報だ。

 自分たちの装備が効かぬと言われたのだ。

 

「では、貴方がた山小人(ドワーフ)はどのように対処を?」

「奴らは雷に弱くてな、防御の要となる砦には〈雷撃(ライトニング)〉を放てる魔道具を設置しておる。魔法詠唱者(マジックキャスター)たちの使う〈雷槍(ライトニング・スピア)〉や〈雷球(ライトニング・スフィア)〉も有効じゃ。戦士であれば雷属性を付与したミスリル以上の武器があると望ましい」

「ミスリル以上……」

 思わず顔を顰めてしまう。

 

「そうじゃ。何を隠そうフェオ・ジュラの最終防衛線もミスリルとオリハルコンを合わせた大門。扉を閉じれば結構な時間を稼げるはずじゃ」

「その扉を以ってしても“時間を稼ぐだけ”ですか?」

「まあな。数は少ないがオリハルコン以上の硬度を持つ奴がいるからのう。ああ、それと信じられんかもしれんが、木製の棍棒(クラブ)も有効じゃな。打撃力で骨を砕けば手傷を負わせることはできるぞ」

 

 ゴンドの証言が確かならば、連れてきた兵士たちでは歯が立たない。彼らの装備は魔化が施されていない金属製の武具がほとんどだ。魔法の武具で固めた自分なら勝機はあるだろうが、それでも数で押されたら負けるだろう。

 あとは魔法省の人員が雷属性の魔法を扱えることを期待するしかないが……。

 

 モモンに目を向けると発言したそうにしているので頷いて促す。

 

「えーと、土掘獣人(クアゴア)に関しては了解しました。ここまでの道中、仕事らしい仕事をしていませんから、土堀獣人(クアゴア)を調査するというのなら協力させていただきます。私は〈雷撃(ライトニング)〉を使えますし、マイの攻撃も打撃ですし、クレマンティーヌもアダマンタイト製の鎚矛(メイス)を所持しています。大丈夫でしょう」

 頼もしい言葉だ。

 

「それはありがたい。連れてきた連中では対処できそうになくて内心困っていました」

「それで、もうひとつの指令とは?」

 モモンの質問に簡潔に答える。

「フェオ・ジュラへ駐屯し、帝国軍が到着するまで山小人(ドワーフ)王国を防衛することですわ」

 その言葉にゴンドが食いついた。

 

「なんと!? それは願っても無いことじゃが、大侵攻は儂の勝手な想像じゃぞ?」

土堀獣人(クアゴア)が大部隊で動いていたのは確かなのでしょう? ならば用心に越したことはありませんわ。騎兵は確保した土堀獣人(クアゴア)の輸送に、歩兵は全部フェオ・ジュラへ派遣します」

「しかし、さっき言ったように装備が……、いや、フェオ・ジュラに行けば儂らの装備を貸し出せる……か。……ふむ」

 

「そういえば、ゴンド殿も相談したいことがあると言っていましたが、我々にできることであれば相談に乗りますよ?」

「ん? ああ、安全のためにフェオ・ジュラまでの地上の道のりに同行してほしかったのじゃが……。防衛の手助けをしてくれるなら喜んで案内しよう」

 

 そうと決まれば早急に土堀獣人(クアゴア)を確保すべく動くべきだ。

 まずはゴンドの言う“大部隊”が実際にどの程度なのかを調べないといけないだろう。

 

「モモン殿、確か魔法で偵察できると言っていましたよね?」

「はい。お任せください」

 

 




独自設定
・500年前の闇妖精と山小人の関係。

補足
・山小人の迷信は某海外RPGより。

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