骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第40話:土堀獣人

 山小人(ドワーフ)王国南端の都市フェオ・ライゾ。

 都市内の偵察を魔法で済ませたモモンガたちは、土堀獣人(クアゴア)を確保すべく行動を開始する。

 

 都市に侵入している土堀獣人(クアゴア)の数は100前後、都市中央の建物に大多数、他二か所の坑道入口に見張りを配置していることが判明している。ゴンドによれば北側の坑道は元王都フェオ・ベルカナ方面へと通じていて、東側の坑道はフェオ・ジュラへ通じているらしい。

 

 突入する人員は漆黒とレイナース、それに歩兵100名弱と魔法省の魔法詠唱者(マジックキャスター)数名。

 人員の選考基準は実力ではなく“暗視の首飾り”を装備しているか否かだが、彼らの実力は出発前にレイナースが保証した通り帝国内でも上位だ。

 

――流石に質がいいな。

 

 帝国といえどもマジックアイテムの数には限りがあるようだが、規格化された武具の品質は高い。

 王国の徴兵された農奴たちとは雲泥の差、貴族配下の私兵と比べても良い装備だ。間近で見れば職業軍人に相応しい精強さで、帝国内で冒険者の需要が減るのにも頷ける。

 

 兵士たちは土堀獣人(クアゴア)の金属武器耐性に備え、武器を剣から鎚矛(メイス)へ換装している。

 ゴンドの証言が正しければ柄頭の大釘(スパイク)はすぐに壊れるだろうが、60センチ強もある硬質な木製の柄はそのまま棍棒になると判断されたのだ。普通の剣だと戦闘中に柄を残して壊れる可能性があるので必要な処置といえる。

 この突入部隊で換装をしていないのは、武具をアダマンタイト製で統一しているレイナースと接敵しない魔法詠唱者(マジックキャスター)、それに漆黒だ。

 

 なお、案内役を予定していたゴンドは地上砦に残すことにした。

 鈍足の彼を庇いながらの戦闘は危険と判断したのだ。代わりに、彼にはフェオ・ライゾの簡易地図を描いてもらい、漆黒とレイナース、それに隊長格の兵士に持たせている。

 他の帝国兵は夜目が利かないために地上砦の防衛に専念だ。

 

 

 

 

 

 水晶の淡い光を避けながら警戒の薄い地区を静かに進む。

 フェオ・ライゾはアゼルリシア山脈内にできた天然の大空洞を利用した都市。天井や岩壁には光る水晶が生えており、永続光(コンティニュアル・ライト)とは違った趣きがありとても幻想的だ。

 

「光る水晶とは面白い」

「ええ、でも人間には暗すぎますわね。これも報告しないと」

 モモンガの独り言にレイナースが答える。

 後に続く帝国軍が支障なく任務を遂行できるよう情報収集をしているのだろう。指摘の通り、人間が活動する環境光としては暗すぎる。帝国が本格的に山小人(ドワーフ)王国を支援するとしたら何かしらの対策は必須だ。

 

「そろそろですね」

「ええ、気を引き締めましょう」

 土堀獣人(クアゴア)は北の坑道入口に10、東の坑道入口に30、残りは中央の建物にいる。

 今向かっている場所は東の坑道入口だ。

 

 人数の割き方から土堀獣人(クアゴア)はフェオ・ジュラ側を警戒しているのが分かる。

 反面、その他の地区は疎かで、都合の良いことに今進んでいる都市の南東側や西区に至っては哨戒すらしていなかった。

 

「居ました。あそこです」

 見つからないように物陰に潜みながら進むと、遠くに土堀獣人(クアゴア)を発見する。

 鎧を纏った100人の兵士が近付けるギリギリの距離だが、“暗視”のお陰で土堀獣人(クアゴア)の姿を確認することができた。

 

 身長は山小人(ドワーフ)と同じくらいで、体格はずんぐりとしている。

 二足歩行をしていなければ毛むくじゃらの獣にしか見えない。

 

「……油断しきっていますわね」

 坑道入口には放置されていた家具などが粗雑に積まれ、簡易的な関所のようになっていた。出入口が狭められているので、フェオ・ジュラ側からの攻めに対しては一定の防御効果はありそうだ。勿論、その障害物も内部から攻める我々にとっては効果はない。

 そして肝心の警備状況もお粗末で、30匹ほどの土堀獣人(クアゴア)が数組に分かれて円を描くように座って寛いでおり、実際にフェオ・ジュラ側の坑道を見張っている者は居ないというていたらくぶりだ。

 

「確認ですけど、奇襲は帝国兵のみで。我々漆黒は逃走の防止と増援の警戒。坑道に逃げ込まれたら深追いはしない、でいいですね?」

「はい、それで問題はありません。帝国軍の戦いをお見せいたしますわ」

 

 奇襲は帝国軍を中心に決行することになっていた。

 これは力の過信や相手を侮っている訳ではなく、この戦いで帝国兵士自身が土堀獣人(クアゴア)の力を見極めるためだ。実体験に勝る報告はないと彼らは豪語する。

 あとは単純に軍隊としての連携力を活かすためだ。主軸となる帝国軍の練度は高いが、それでも急ごしらえであることには変わりはない。そこへたった3人とはいえ漆黒は彼らにとって異物。訓練で培った連携を崩さないためにも帝国軍主導で行おうというのだ。

 漆黒は帝国兵の動きを邪魔しないよう、状況に合わせて臨機応変に立ち回る予定だ。

 

 初戦は目の前の30匹を全力で襲う。

 この一戦で土堀獣人(クアゴア)の力を測り、倒せると判断したら中央の建物を攻める流れだ。

 半包囲で都市の南側へ追い込み、地上砦側に残してきた歩兵400と挟撃を狙う。漆黒は中央への攻撃からは一旦外れ、単独で北の坑道入口を制圧してから合流する。

 

 

 

 

 

 レイナース含め、帝国兵たちに僅かな緊張が窺える。

 無理もない。土堀獣人(クアゴア)という未知の敵に相対することを考慮すれば、例え3倍近い人数差であっても油断はできない。

 事実、竜王国を襲っていた成人のビーストマンは、成人した人間の10倍の身体能力を持つと噂されている。覚悟は必要だ。

 

 事前に組み分けした部隊が配置につく。

 まずは坑道入口付近の土堀獣人(クアゴア)を坑道内に逃がさないためにも入口前の広場まで誘いださなければならない。

 

 土堀獣人(クアゴア)へ目をやると、数匹が辺りを窺うように視線を巡らせていた。

 夜目が利くとゴンドが言っていたが、どうやら鼻もそこそこ利くらしい。周囲から嗅ぎなれない人間の臭いを感じ取ったのだろう。

 レイナースもそのことに気づいたのか味方に合図を送る。

 

 その合図を受けて数名が広場へと歩を進める。

 驚くことに、この囮役に名乗りでたのは魔法省の魔法詠唱者(マジックキャスター)たちだった。武器らしい武器を持たない自分たちであれば相手も油断するだろうと立候補したのだ。

 

 やや怯えた足取りを演じながら接近する。

 

――肝が据わってるな。いや、仲間を信頼しているのか……。

 

「止まれ! 何者だ!? どこから来た!!?」

「ひぃいぃ!! バ、バケモノだぁ!!」

 魔法詠唱者(マジックキャスター)たちがワザとらしく悲鳴を上げて接敵を味方に伝え、すかさず石を投擲して脱兎のごとく来た道を引き返す。

 その攻撃とは呼べない石つぶてを当てられた数匹が怒りを露わにする。

 

「な!? お、追え!! 変な生き物が潜り込んでいるぞ!」

「ひょろ長いが、山小人(ドワーフ)の変種か!!?」

 囮役に一番近かった集団が立ち上がり、一斉に追いかけ始める。

 

 突出して追ってきたのは20匹くらいだろうか。

 激昂しやすい種族なのか、一度に半数以上が釣れたのは上々だろう。

 

「今だ! 取り囲め!!」

 レイナースの号令で潜んでいた歩兵部隊が躍りでる。

 盾を前面に構えた密集陣形(ファランクス)土堀獣人(クアゴア)を包囲する。

 

 20匹弱を大きく取り囲むのに歩兵60人。

 残りの歩兵は遅れて来る土堀獣人(クアゴア)を警戒すべく、包囲した円陣を守るように坑道入口側へ密集陣形(ファランクス)を展開する。本来であれば二重三重と密集陣形(ファランクス)に厚みを持たせるのが定石だが、この人数ではそれもままならない。

 が、密集陣形(ファランクス)を初めて見る相手に威圧効果は十分発揮しているようだ。

 

「な、何だ、こいつらは!? こんなに何処に居たんだ!?」

「落ち着け! 見た目は違うが山小人(ドワーフ)と同じような格好だ!!」

「臆するな! 金属を纏わねば身を守れぬ脆弱な奴らだ! 突撃だ!!」

 

 平均身長が140センチほどの土堀獣人(クアゴア)に対して帝国兵は平均180センチ。

 その身長差も相まって土堀獣人(クアゴア)から見た密集陣形(ファランクス)はまさに壁。重装歩兵ではないもののその威圧感は凄まじいものだろう。

 だが土堀獣人(クアゴア)の中にも冷静に状況を見るものがいるようだ。落ち着きを取り戻し、仲間に発破をかける者が現れる。

 だが、遅かった。

 

 互いに未知の相手。

 しかし、こちらはゴンドから情報を得ていた。戦いにおいてその差は埋めがたい。

 

 敵意を剥き出しにした土堀獣人(クアゴア)たちが密集陣形(ファランクス)を食い破ろうとした瞬間、包囲の外から複数の〈雷球〉(ライトニング・スフィア)が放たれる。

 

『ぎゃあああああ!!』

 

 雷に打たれた土堀獣人(クアゴア)たちがバタバタと倒れる。

 感電した複数体が地面に伏して痙攣し、直撃を食らった個体に至ってはピクリとも動かない。

 

「円陣、縮め!」

 レイナースの2回目の号令で包囲していた密集陣形(ファランクス)が縮まる。

 距離を詰め、倒れている土堀獣人(クアゴア)に手が届くようになると、盾を使い3人掛かりで抑え、1人が鎚矛(メイス)で頭部を砕いていく。

 

 雷撃を免れた土堀獣人(クアゴア)たちが激しく暴れるが、帝国兵も無抵抗ではない。

 金属の盾を破壊しうる土堀獣人(クアゴア)に対抗するために、彼らが取った戦法は“圧殺”。

 

 徐々に、そして確実に包囲を縮めていき、最終的には凶悪な爪を振るえないよう盾で物理的に土堀獣人(クアゴア)を押さえつけるのだ。

 装備重量込みで100キロを超える歩兵による押さえこみだ。

 

――命を奪う押し競饅頭(おしくらまんじゅう)か。

 

 一連の流れを見事な連携で遂行する帝国兵は、それでひとつの生き物のようであり機械のようでもある。

 坑道入口側を見ると、残った数体も同じように取り押さえられて撲殺されようとしている。

 襲撃から制圧まで10分と経っていない。

 

「見事なものですね」

「歩兵の強みは剣術だけではありませんわ。盾を使った戦術も研究しています」

 

 場に静寂が戻ると、隊長格の一人が駆け寄ってくる。

「報告いたします。敵の殲滅を確認、捕虜は3体。味方は軽傷26名、重傷2名、死者無し。この一戦で攻撃を加えた者たちの鎚矛(メイス)が劣化、内12本は折れて使い物になりません。同様に盾を失った者は24名になります」

 報告しながら傷んだ鎚矛(メイス)と壊れた盾を見せてくれる。

 

大釘(スパイク)が摩耗していますね。盾も酷い状態だ」

 何も知らずに剣で挑んでいたら戦闘中に武器を失っていたはずだ。その場合は魔法頼みになるが、乱戦の中で〈雷撃〉(ライトニング)などを放とうものなら味方も巻き込んで大惨事になっていたはずだ。

 盾は表面の金属が切り裂かれ、裏打ちの革張りまで抉れている。場所が悪ければ腕を負傷するだろうし、場合によっては固定できなくなった盾を戦闘中に捨てざるを得なくなるだろう。

 

「……これでは連戦は無理ですわね。重傷者の容体は?」

「ひとりは盾の上から腕を、もうひとりは盾の下を潜られ足を負傷しました。水薬(ポーション)を飲ませたので命に別状はありませんが復帰には時間がかかるかと」

 

「無理をさせるつもりはない。それで、戦ってみた感触は?」

「はい、小柄なれど力は非常に強い。今回、1匹抑えるのに3人で挑みましたが油断なりません。それに装備を切り裂くあの爪も驚異です。もし逆の立場、我々が奇襲を受ける側だったなら、最悪壊滅もありえたと思います」

 

 兵士の所感を聞いたレイナースは直ぐに指示を出す。

「各位へ連絡、作戦は中断。地上砦に戻る。捕虜の他に状態のマシな死体を幾つか持ち帰るぞ。この場で素早く装備を再配置、装備が揃っていない者は負傷者と捕虜の輸送。他のもので護衛だ」

 

 指示を受けた兵士が味方に内容を伝えに行く。

 レイナースが撤退を決めたのなら漆黒も従わねばならない。

 

「では、我々は殿を務めましょう。皆さんは砦まで急いで下さい。戦闘音を聞きつけて追手が来るとも限りません」

「お願いします。迅速な撤退を心掛けますので、無理はなさらないでください」

 

 

* * *

 

 

 撤退中、「魔法で敵を感知した」と言って漆黒は別行動をとる。

 目的地は土堀獣人(クアゴア)たちが(ねぐら)にしている都市中央だ。

 

「さてさて、ボクたちに気づいているかな?」

「結構響いていましたからね。警戒はしていると思いますけど」

 レイナースも気にしていたが、戦闘音が想定以上に響いた。

 洞窟内ゆえの反響だが、中央まで伝わっている可能性が高い。向こうに届くまでに不明瞭な音になっているだろうが、東側で“何かがあった”ことには気づいただろう。

 

「しっ! 着いたよ」

 クレマンティーヌが身を屈めながら前方を指さす。

 拠点にしている建物を出入りしている土堀獣人(クアゴア)が何体かいる。事前の偵察から数に変わりはないようだが、戦闘音が届いていたのか東側の連中よりは周囲に気を配っていた。

 とは言え、ここまでフェオ・ジュラの山小人(ドワーフ)が攻め込んでくることを想定していないのか警備は薄い。

 

「よし、――やれ」

 

〈集団全種族捕縛〉(マス・ホールド・スピーシーズ)

 

 どこからか凛とした声が響くと土堀獣人(クアゴア)が拘束され、暗闇から音もなく現れた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)たちが土堀獣人(クアゴア)に猿轡と縄を打つ。

 それを何度か繰り返し、あっという間に制圧が完了する。

 

「ニグレドとの連携も板についてきたな。見事な手際だ」

「お褒めに与かり光栄でありんす。北の見張りも制圧済みでありんす」

 今までどこに潜んでいたのか、シャルティアが姿を現し優雅にお辞儀する。

 髪を金に染め、顔は仮面で隠し赤いローブに身を包んでいる。この格好はイビルアイに倣ったものだ。冒険者として活動しているモモンガたちと接触するときは自発的にこの格好をすると決めたらしい。

 

 シャルティアはアルベドの姉であるニグレドと組ませることが多い。

 自ら〈転移門〉(ゲート)で神出鬼没に移動できるシャルティアは、占術魔法などによる情報収集に特化した職業(クラス)構成のニグレドとの相性が良い。その性質上、状況が常に流動的に変化する漆黒との連携には欠かせない。

 

 ふと、仮面を外したシャルティアがクレマンティーヌを見ていることに気づく。

「どうした?」

「いえ、報告書で同盟者になったとあったので……」

「そういえば同盟を組んでから会うのは初めてか。参考までに印象を聞いておこう」

 他のシモベたちで人間蔑視が軽減されているのは確認済みだ。

 なので改めてシャルティアに聞くほどの事でもないが、せっかくなので心証を聞くことにする。度々休暇を王都で過ごし、蒼の薔薇と親睦を深めているシャルティアであれば、もしかしたら輪をかけてクレマンティーヌに親しみを感じるかもしれない。

 

「シャルティア、どうだ?」

「はい。萌えまくりでありんす」

「ん?」

「流石は御方、至高の嗜好とはまさにこの事。『耳と尻尾だけでいいんだよ!』とはペロロンチーノ様のお言葉ですが、それを忠実に体現させるお手並みには敬服でありんす。ところで、あの尻尾はどこから生え――」

 

「わーわーわー!」

「如何なさいましたか。やま……、マイ様?」

 やまいこがそれ以上言わせてたまるかと遮り、シャルティアはなぜ遮られたのか分からないと小首をかしげる。シャルティアの仕草はそこだけ切り出せば可憐な少女のそれだが、事が猥談によるものなので素直に可愛いと思えない。

 だが、生みの親(ペロロンチーノ)ならきっと胸を押さえながら可愛い可愛いとのたうち回るのだろう。

 

「つ、積もる話もあるだろうけど、ごめんね、一応、作戦中だからさ」

「これは申し訳ありんせん。つい熱が入ってしまい……」

 やまいこの苦し紛れの話題変えに納得したのか、シャルティアが大人しくなる。

 熱の籠った視線を向けられていたクレマンティーヌはと言えば、その性質がなんであれ守護者の好意を無碍にもできず、その顔に笑顔を張り付けてはいるが僅かに引きつっていた。

 

――その笑みを知っているぞ。ユリもたまにするやつだ。

 

「そいでモモン様、捕らえた者共はどのようにいたしんしょう?」

 仕事スイッチが入ったのか、シャルティアは真面目な表情で問う。

「そうだな……、焦げ茶色以外の奴はいるか?」

 ゴンドによれば土堀獣人(クアゴア)は体毛の色で強さを判別できると言う。

 焦げ茶色は最弱で、黒、茶、青、赤と続くらしい。

 

 捕虜をざっと見渡したシャルティアが首を縦に振る。

「青色が1体に茶色が2体、他は焦げ茶と黒が半々のようでありんすが」

「なら青と茶は“真実の部屋”へ。残りは牧場行きだな。扱いはデミウルゴスに一任すると伝えてくれ」

「畏まりました。そのように手配いたしんす」

 シャルティアが一礼する。

 

「他にご用向きはありんせんかぇ?」

 土堀獣人(クアゴア)の捕獲が一瞬で終わってしまったので働き足りないのだろう。

 シャルティアが仕事をくれと言わんばかりに胸を張る。

「いや、今はないな。戻って土堀獣人(クアゴア)の生息域を調査するようニグレドに伝えてくれ」

「仰せのままに」

 

 

 

 

 

 シャルティアがナザリックへと戻る。

 その残念そうな表情に心が痛む。パンドラズ・アクターの内部調査で、守護者たちが信頼を得ようと頑張っていることは知っているのだ。もちろん、ギルドメンバーが残した子供たちを大切に思ってはいる。ただ、意思を持ち始めたばかりの彼らには、まだ全幅の信頼は置けないのも事実だ。

 信頼とは過去に積み上げた信用あってのもの。時間が必要だ。

 

――属性が悪寄りのシモベは要観察だな。

 

 例えばカルマ値が-450のシャルティアは、邪悪ないし極悪に分類されている。

 本来であれば人間を襲い、生き血を啜るのが本能、吸血鬼(ヴァンパイア)の生態であるはずだ。それをアインズ・ウール・ゴウンへの忠誠心で抑えている。無理をさせているのだ。

 残酷で冷酷で非道な、それでいて可憐な化物を自負する彼女だ。なにかのきっかけで箍が外れたらどうなるか分からない。

 

――今でこそ第三階層のハーレム、ユリやクレマンティーヌへの色目、現地の吸血鬼(ヴァンパイア)や忍者との絡み……、あれ? シャルティアの箍が外れたら、どうなるんだ? 残酷で冷酷で非道な展開よりも桃色の展開しか見えないぞ、ペロロンさん……。

 

「モモン、ボクたちもそろそろ戻ろう」

「モモンちゃんどしたの? 難しい顔しちゃって」

 女性陣に声をかけられて思考を中断する。

「すまない、ちょっと考え事をしてた。行こうか」

 

 

* * *

 

 

 地上砦に戻ると、捕虜を入れる檻をゴンドが作っている真っ最中だった。

 捕虜は何重にも縛られてはいるが、金属を簡単に切り裂く爪を持っていることから念には念を入れての檻だ。また、太陽光で目がやられないように頭には麻袋を被せている。

 

「ロックブルズ殿」

「漆黒の皆さん、ご無事でなによりですわ。――モモン殿、我々は任務を共にした身、名前で呼んで頂いて結構ですよ。任務中の規律は大切ですが、いつまでも他人行儀では息も詰まるでしょう」

「そうですか? では、レイナースさん、今後の予定は?」

「まずは彼らを送り出します」

 

 レイナースの言う彼らとは騎兵60と随伴してきた人夫たち、それに雷系の魔法を使えない魔法省の4名だ。彼らは先遣調査隊として土堀獣人(クアゴア)の捕虜と死体を帝国まで無事に輸送しなければならない。

 残される歩兵たちは先遣調査隊の任を解かれ、今後は義勇軍としてフェオ・ジュラの防衛に派遣される手筈だ。

 

「騎兵を全部帰すとは思い切りましたね」

「魔神がいませんでしたから。活躍の場がなく不本意かもしれませんが、不慣れな山に残すよりは輸送の護衛をしてもらいます」

 

 確かに、これから向かうフェオ・ジュラでは本格的に洞窟内での戦いになる。

 60騎とはいえ遊兵にするよりは本国へ帰したほうが有益だろう。

 

「本当に良いのか? 逃げるなら今のうちじゃぞ?」

 檻を作り終えたのか、ゴンドが言葉少なげに話しかけてくる。

「500たらずの歩兵で駆けつけても手遅れかもしれん……。勅命とは言え、兵を生かすのも将の務めではないのか?」

 

 ゴンドの顔色は悪い。

 それもそのはずで、捕虜が語ったフェオ・ジュラ侵攻軍の規模が予想を遥かに超える規模だったのだ。数にして16000。フェオ・ライゾにいた100体ですらゴンドは“大規模”と表現していた。それが蓋を開けてみれば倍どころの話ではなかったのだ。

 さらに悪いことに、「守りの要である“大裂け目のつり橋”を迂回する抜け道が見つかった」とのオマケ付きだ。

 

 今、こうしている間にもフェオ・ジュラが蹂躙されているのかもしれないし、山小人(ドワーフ)の生き残りは既にゴンド独りかもしれないのだ。

 意気消沈してしまうのも仕方がない。

 

 レイナースがゴンドを諭す。

「捕虜の証言は嘘かもしれません。行って確認するだけでも帝国には価値ある情報となる。それに、もし地上砦に難民が溢れていたら、我々が帝国までご案内いたしますわ。陛下なら悪いようにはしないでしょう」

 

 モモンガは内心唸る。

 予想以上に山小人(ドワーフ)たちが劣勢かもしれない。ルーン工匠たちが心配だ。

 ただそれとは別に、モモンガにはもうひとつ懸念事項があった。

 

土堀獣人(クアゴア)の裏に何者かがいるかもしれないな」

 聞けば本来は大規模な軍を編成して戦争を始めるような種族ではないという。

 であればそう仕向けた者がいるはずで、それがプレイヤーである可能性が浮上する。

 

「プレイヤーの影……か」

「それは無いんじゃないかなー」

 ボソリと漏れた独り言をクレマンティーヌがバッサリと切る。

 レイナースに聞かれたかと心配するが、彼女は帰還する隊員と何やら話し込んでいた。

 

「なぜそう思う?」

「いや、結構あることなんだよね。いままでバラバラに活動していた亜人とかが、きゅーに巨大な国を作っちゃったりとか。大抵は飛びぬけた指導者の出現がきっかけだけど、文明化が一定以上進むと急成長する例もあったりとか? ま、だから法国はそういった亜人が台頭しないように、勢力が小さいうちに狩って回ってたんだけど」

 座学で習うよ~とクレマンティーヌは結ぶ。

 

「なるほどな。マイはどう思う?」

「え、ニグレドに調べさせればいいじゃん。生息域を調べるついでにさ」

 身も蓋もない事を言われた。

 

「そんな悲しそうな目で見ないでよ。……そうだなぁ、強いて言えば馴染みのないモンスター(土堀獣人)に肩入れするプレイヤーがいるか疑問だね。ボクたちみたいに異形種ならって気もするけど、それでもよほど“中の人”が種族に引っ張られてないとモモンみたいに山小人(ドワーフ)の鍛冶技術とかルーン技術とかに魅力を感じると思うんだよね」

「確かに……、考えすぎかな」

 

「皆さん、お待たせしました。我々も出発しましょう」

 先遣調査隊を送り出したレイナースが戻ってくる。

「情報の真偽がどうであれ、なるべく速くフェオ・ジュラへ向かうべきですわ」

 

「そうですね。万が一を考えると時間が惜しい。行きましょう」

 レイナースの言葉に気持ちを切り替える。

 土堀獣人(クアゴア)の動向が気にならないわけではないが、もう少し情報が集まるまで保留にする。いま優先すべきはフェオ・ジュラに辿り着くことだ。

 

 地上砦の外に出ると歩兵が既に整列を終えていた。

 結局、歩兵は怪我人も含めて500人全員がフェオ・ジュラに向かうようだ。帝国に帰るよりもフェオ・ジュラの方が近いために早く安静にでき、また現地の神殿に治療をお願いするつもりらしい。治療が終わったらその場で戦線復帰という厳しい状況だが兵たちの士気は思いのほか高いようだ。

 

 事前に魔神と遭遇するかもしれないから覚悟するようにと言われていただけに、レイナースや漆黒が対処できる相手であったことから心に余裕が生まれたのだろう。

 

「それだけではありませんわ」

 レイナース曰く、行き先がフェオ・ジュラであることも士気の高さに影響しているという。

 詳しく聞くと、彼ら帝国兵士にとって上級騎士や近衛部隊に支給される山小人(ドワーフ)製の武具は憧れの的。その産地であるフェオ・ジュラは、質の高い武具を信奉する兵士たちにとっては正に聖地とも呼べる場所なのだ。

 

「ああ、その気持ち分かります」

 モモンガもユグドラシル時代は魔術の研鑽のために多くのイベントを熟したものだが、イベント名が「忘れ去られた古代魔術師会の塔」とか「伝説の死霊術師(ネクロマンサー)〇〇〇の秘密の研究所」だったりするとテンション上がったものだ。

 

「では、私とゴンド殿は配置に付きますので、これで」

 レイナースがゴンドを連れていく。

 

 モモンガは義勇軍を眺めながら思う。

 

――現地人からしたら色々ズルしてるけど、これも立派な冒険だよな。

 

「ギルドマスターが楽しんでいるようでなによりだよ」

「え?! か、顔に出てました?」

「ゆるゆる」

 緩んだ表情を見られたことに思わず赤面する。

 

「良いと思うよ? そういうの」

「そうですか?」

 やまいこがしみじみと語る。

「断然いいよ。感情エモーションだけじゃ味気ないからね」

 

 この世界に飛ばされて、「表情が分かるようになったのは良いことだ」と、やまいこは言う。

 モモンガも言われるまで特に意識はしていなかったが、確かにユグドラシルの仕様のまま飛ばされていたらと考えるとゾッとする。いや、“飛ばされた”というよりは“()()()()()()()()()()”だろうか。

 今よりもずっと“作り物感”が強い世界で、永遠に生き続けられる自信がない。

 

「全隊、進め!」

 気持ちが沈みかけたところにレイナースの号令がかかり、義勇軍がゆっくりと行軍を始める。

 

――後ろ向きにと考えるのは止そう。

 

 モモンガは独り反省する。

 性格なのだろうが悪い方へ考え始めると身動きが取れなくなる。

 

 隊列に目を向ける。

 打ち合わせではレイナースとゴンドは隊列の中央、やまいことモモンガは最後尾だ。クレマンティーヌはちまちまと足並みを揃えるのが苦手なので、偵察がてら先頭から突出して進んでいる。犬猫ではないので迷子になる心配はしていない。

 

――何はともあれ、今は目の前の冒険だな。

 

 




独自設定
・ドワーフの都市の描写など
・クアゴアの強さ。個人的には黒色と遭遇したら普通の帝国兵では歯が立たず、魔法詠唱者必須となる。四騎士は青色までは対処できると想定。

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