骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第41話:大裂け目の砦

 バハルス帝国の先遣調査隊は義勇軍へと再編され、フェオ・ライゾから北東のフェオ・ジュラを目指す。案内役のゴンドは地上から目指すのは初めてだと言っていたが、種族的な特性か、はたまた炭鉱夫としての技量か、彼はフェオ・ジュラまでの方角や距離を高い精度で把握しているようだった。

 

 アゼルリシア山脈を進むこと数日、山を越え谷を越え、切り立った幾筋もの尾根を越えると、先導していたクレマンティーヌがフェオ・ジュラの地上砦を発見する。

 

「ほら、あそこ、村みたいになってるとこ」

 案内を受けて峰から眼下を覗くと、急ごしらえの集落に囲まれた地上砦の全景が広がっていた。

 山腹に半ば埋まったような地上砦はフェオ・ライゾのものと変わらないが、こちらは周囲を集落が取り囲んでいて、遠目にも多くの山小人(ドワーフ)たちが忙しなく動き回っているのが分かる。

 

「ゴンド殿、あそこで間違いありませんか?」

「間違いないはずじゃが……」

 レイナースに問われたゴンドの表情は複雑だ。

 自分以外の山小人(ドワーフ)を発見した喜びと、「フェオ・ジュラに何かあったのでは」という焦燥感で渦巻いている。

 

 山小人(ドワーフ)が地上に集落を作らざるを得ないほどの異常事態が起こっている。

 それは間違いないだろう。

 

「まずは少人数で来訪を伝えましょう」

 土堀獣人(クアゴア)の攻勢を受けて地上に追いやられているとしたら、義勇軍とはいえ先触れも無しに近寄っては怯えさせてしまうかもしれない。前回と同様、バハルス帝国の旗を掲げた少数で接触を図る。

 

 それにしても、とモモンガは思う。

 本来、先触れは指揮官の仕事ではない。ましてや将軍と同格の権限を持つ四騎士ならばなおさらに率いている部隊を離れる訳にはいかないだろう。にもかかわらずレイナースは自ら行っている。

 実力を尊ぶ軍隊ゆえに帝国最強の肩書が我意を許しているのかもしれないが、部隊を率いる将としてはやや無用心だ。

 

――何事も率先する姿勢には好感が持てるけど。

 

 

 

 

 

 地上砦で出迎えてくれたのは軍部や警察を管理する総司令官だった。

 先触れに国交のある帝国旗を掲げていたことと、彼らの同胞であるゴンドが同行していたことで滞りなく話が通り、指揮官のレイナースと護衛の兵士2人、漆黒のモモンと山小人(ドワーフ)のゴンドたちはすぐさま摂政府へと案内される。

 この段階で総司令官自らが案内をしていたことから、モモンガは山小人(ドワーフ)たちに余裕が無いと判断する。

 

 会議室のような部屋に通されると8人の山小人(ドワーフ)がいた。

 道すがら受けた説明によれば、200年前の魔神襲来の際にほぼ全ての王族が絶え、最後に残ったルーン工王も国宝(ハンマー)を手に旅立って帰らずじまい。今の山小人(ドワーフ)王国は各部門の長からなる摂政会で政を執り行っているという。

 目の前にいるのはその長たちだ。

 

 信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)のみならず、魔法全般を管理している大地神殿長。

 鍛冶などを主とする生産関係を管理している鍛冶工房長。

 軍事警察関係を管理している総司令官。

 食料生産を管理している食料産業長。

 内務全般を管理している事務総長。

 酒造りを管理している酒造長。

 鉱山の発掘を管理している洞窟鉱山長。

 交易や外務を管理している商人会議長。

 

 皆同じような髭面で、同じような背丈で、同じような服装だ。

 せめてお伽噺の小人のように、派手な色の服で個性をだして欲しいとモモンガは思う。

 

――食料産業長がいるのに酒造りのためだけに長がいるって凄いな。

 

 ユグドラシルの山小人(ドワーフ)と同様に、この世界の彼らにも酒好きなところがうかがえてモモンガは思わず親しみを感じてしまう。これで技術力も同等であれば良かったのだが、残念ながら彼らの技術力はユグドラシルのものと比べると遥かに低い。

 

 フェオ・ライゾの街並みもそうだったが、フェオ・ジュラの街並みもみすぼらしかったのだ。アゼルリシア山脈に住む山小人(ドワーフ)最後の都市。首都を兼ねているにも関わらず、地上砦から摂政府を繋ぐ大通りに立ち並ぶ建物はどれも質素で味気なく飾り気が無い。

 ユグドラシルで山小人(ドワーフ)の都市といえば煌びやかで繊細、それでいて“鉄と山の民”という重厚な雰囲気を醸し出していたものだ。

 

――すこし、残念だ。

 

 転移世界の人間よりも優れた武具を作れるようだが、単純な製造だけならナザリックのシモベで事足りる。モモンガの興味を引くのはルーン技術だけだ。

 

 

 

 

 

 各自簡単な自己紹介を交わすと、洞窟鉱山長が口を開く。

「まずは山小人(ドワーフ)王国を代表してバハルス帝国の義勇軍に感謝する。窮地に陥っていた同胞を送り届けてくれただけでなく、共に戦ってくれるとは……。これほど心強い援軍はないだろう。そして、お主はゴンドと言ったか」

「は、はい」

 洞窟鉱山長がジロリとゴンドを一睨みするがすぐに表情を和らげる。

 

「自己責任とはいえ独りでフェオ・ライゾなぞに行きおって! と、小言のひとつも言ってやりたいところじゃが、お主の上げた狼煙のお陰で避難民を土堀獣人(クアゴア)どものもとへ送らずに済んだ。お主が兵士なら勲章ものじゃ」

 ゴンドは気の毒なほどに恐縮している。

 その姿にモモンガは同情の念を禁じ得ない。現実(リアル)の会社で例えるなら、一介の平社員が会ったこともない会長を前にしているようなものだ。それも1人ではなく8人。さぞや居心地が悪かろう。

 

 モモンガが遠慮がちに質問する。

「避難民とは地上の集落のことですか?」

「うむ。10万もの民をいきなり移動させるわけにもいかんからのう。地質調査や避難先を探させておる。本来は一足先にフェオ・ライゾに行って都市機能を回復させる役だったんじゃ」

「なるほど。もしフェオ・ライゾに向かっていたら……」

「捜索隊を組んでフェオ・ライゾに送り込んだかもしれないし、見捨てて地上に活路を求めたかもしれん。どの道、儂らは出遅れ、何かしらの被害が出たはずじゃ」

 

 状況は相当厳しいようだ。

 仮に彼らが地上へ逃れたとしたら、人間のように堅固な壁を築かねば民を、そして国を守れないだろう。

 

「本題に入りたいのだが、よろしいか?」

 総司令官が間を見計らって話を引き継ぐ。

 状況を一番よく把握している彼の表情は険しい。

 

「レイナース殿、率直にお聞きしたい。貴方がた義勇軍以外に、バハルス帝国の増援は期待できますかな?」

 開口一番に増援の話題が出たことで他の長たちの表情が歪む。

 苛立たしさと悔しさを感じるが誰も口を挟まない。総司令官の言葉は暗に500の義勇軍では足りないと言っているようなものだが、援軍が必要であることは皆が認めているのだろう。

 

「もちろんですわ。すでに土堀獣人(クアゴア)の捕虜を帝国へ送りました。然るべき調査が行われ次第、本国から増援が送られる手筈となっています」

「そ、それはありがたい! それで……、いつ頃に、どれだけの規模の援軍になるか分かりますか?」

「確約はしかねますが、軍団規模であれば最低1万。到着は最速で20日、遅くても30日は必要かと思います」

「1ヶ月か……」

 そう呟くと総司令官は押し黙り、考え込んでしまう。

 

「こちらからも質問を宜しいでしょうか。我々が得ているのは捕虜からの情報のみですので、できれば擦り合わせをしておきたい」

 総司令官はレイナースの言葉に頷く。

「なんでも聞いてくれ」

 

「では、まずは敵の兵力を。実際に16000もの規模なのかをお聞きしたい。次に山小人(ドワーフ)王国の兵力を。増援の到着まで、如何に防衛するかを相談したい」

「ふむ。捕虜の言った数は概ね正しい。大裂け目の対岸は奴らで溢れかえっておる。そして山小人(ドワーフ)の兵力は80じゃ」

 

「な!?」

「8000の間違いじゃないのか?」

 総司令官の言葉に驚きの声を上げたのは後ろに控えていた帝国兵だ。

 

「本当は100人いたんじゃ。だが奇襲を受けて20人失った。まあ、お主らの軍団規模からすると驚くのも無理はないがな。少なすぎるのは認める。儂らも慢心していたのは確かじゃ。……こいつを見てくれ」

 総司令官は机の上に地図を広げる。

 “大裂け目”周辺の地図だ。吊り橋や砦の位置、地形の高低差まで細かく測量されている。

 

 大裂け目。

 それはフェオ・ジュラの西に広がる全長60キロにもおよぶ巨大な地層の裂け目だ。横幅は一番狭い所でも120メートル以上あり、深さに関しては未だに測定できていない。過去に観測班を2回送っているが、誰一人として帰ってきた者がいないらしい。

 

 モモンガは地図を見る。

 大裂け目とフェオ・ジュラを繋ぐ坑道は緩やかな螺旋の一本道だ。その中間に天然の洞窟を利用した山小人(ドワーフ)の駐屯地があり、そこに王国最後の盾、ミスリルとオリハルコンで作られた大門がある。

 問題の奪われた砦は大裂け目にせり出した狭い崖棚に築かれていて、上から見ると扇を潰したような形だ。

 

「儂らはこの砦に魔道具を設置して吊り橋から来る奴らを一網打尽にしておった。だが、此処じゃ」

 総司令官は砦のやや後方、北側の岩壁を指さす。

「ここに我々の知らない横穴があった。奴らが掘ってきたのか、それとも地殻変動なのかはわからんが、とにかくその穴から奴らが出てきたんじゃ。穴は小さくて一度に何百と通れる代物ではないようじゃが、それでも奇襲する分には十分効果を発揮した。我々がいま窮地に陥っているのがその証拠じゃな」

 総司令官は自虐的に締めくくる。

 

「今はどのように防衛を? 大門だけで食い止めているのですか?」

「……油を使った」

 

「まさか! 火を放ったのか!?」

 それまで大人しく成り行きを見守っていたゴンドが声を荒げる。

 レイナースらはピンと来ていないようだがモモンガは察することができた。完全環境都市(アーコロジー)に住んでいた身としては、閉鎖空間での火災は恐怖の対象だ。火の怖ろしいところは燃え広がり可燃物を灰にするだけではない。周囲から酸素を奪い、煙で空間を満たすのだ。呼吸を必要とする生物にとってその煙は毒となる。

 

「大門に穴を開けられたのだ! ……仕方なかった」

 大門まで肉薄されているにも関わらず、総司令官が余裕をもってレイナースらに応対できる理由がそれだった。

 彼らは大門に穴を開けられ、止む無く火を放ったのだ。煮えたぎる油と炎、それに煙に巻かれて土堀獣人(クアゴア)たちは大門から吊り橋のある砦まで後退したのだ。

 

 今は街中の可燃物と“風を起こす魔道具”を掻き集め、火を絶やさぬよう、そして煙が都市に流れないように見張るだけで精一杯らしい。

 

「だが、それも長くはもたん」

 商人会議長が補足する。

 

 彼によれば可燃物、とりわけ木材の貯蓄が少ないらしい。

 聞けば東の森に“グ”を名乗る妖巨人(トロール)が現れて以降、木材の確保が難しくなったという。ただ、もともと木材への依存度はそれほど高くはなかったので、特に問題視せずに放置していたとのことだ。

 

――ん? “妖巨人(トロール)のグ”ってどこかで聞いたことがあるな。

 

 モモンガは聞いたことのある名前に記憶を掘り起こす。

 以前、報告書で見かけたはずだ。

 

――思い出した! アウラがうっかり殺しちゃった奴か!

 

 それはフィオーラ王国樹立後まもなくの頃。

 トブの大森林を支配するために、森に住む有力な部族をアウラは訪ねて回ったのだ。そして東の森を支配する妖巨人(トロール)と出会い、殺した。

 

 アウラの報告書では、交渉の余地もなく相手を殺してしまったことへの謝罪と反省が長々と書かれていたが、短絡的なことをしそうにない彼女が何故と疑問に思い、モモンガとやまいこはアウラを呼び出して妖巨人(トロール)を殺すに至った状況を聞き出したのだ。

 曰く、ぶくぶく茶釜に名付けてもらった“アウラ・ベラ・フィオーラ”を弱者の名だと笑われ、“アインズ・ウール・ゴウン”も弱虫の集団らしい名だと馬鹿にされたという。

 

 結果的にアウラの鞭で妖巨人(トロール)は血煙となったのだが、一時の感情で「森の敵対勢力は放置」というギルド方針を破ってしまったことにアウラは落胆したのだった。

 

――気持ちはわかるけど、あんなに落ち込むとは思わなかったな。

 

 

 

 

 

「火が消えたら奴らは間違いなくまた襲ってくる。砦の奪還が必要じゃ」

 総司令官の声にモモンガは意識を会議に戻す。

 

「その意見に同意ですわ。その任、我々帝国義勇軍で引き受けましょう。ただ、協力は必要です」

 圧倒的な戦力差を聞いてもレイナースはやる気のようだ。

 とはいえ、モモンガも砦の奪還に賛成だ。地図を見る限り、大門から吊り橋の砦までは狭い通路で、砦の面積を考えると収容人数もそれほど多くはない。火と煙で後退したのなら、収容できなかった者は大裂け目の対岸へ戻っている可能性が高い。

 つまり、火と煙に巻かれている間は手薄。砦の奪還は消火と同時に打って出るのが最善だ。

 

「協力は惜しまんぞ。何をすればいい」

「可能であればミスリル以上の装備を提供してもらいたい。それに加えて大盾を人数分。最低でも100単位で欲しい」

 総司令官が商人会議長と鍛冶工房長に視線を送る。

「用意できるか?」

 

 商人会議長が腰に下げた分厚い冊子を取り出す。

 在庫状況を確認しているのか、ペラペラとページを捲る彼の表情は渋い。

「もともと帝国に納品予定のアダマンタイト製全身甲冑が10、オリハルコン製の近衛装備が40、ミスリル製の上級騎士装備が100ある。これらは元から人間用だから直ぐに使えるが魔化が済んでおらん。残りの分は山小人(ドワーフ)用の武具を新旧問わず掻き集めれば数だけは揃うが、魔化を施さねば着ることもできん。残るは大盾じゃが……、ミスリル以上のものは無い。過去に発注を受けたのは鋼鉄製だからのう。作り置きも鋼鉄製じゃ。とてもではないが土堀獣人(クアゴア)の爪には耐えられん」

 

「ならば造るしかあるまい!」

 鍛冶工房長が鼻息荒く立ち上がる。

「アダマンタイト、オリハルコン、ミスリル。倉庫からありったけの鉱石を持ってこい! 神殿の魔法詠唱者(マジックキャスター)もだ! 魔化できる奴は強制徴用だ!!」

 職人総出で取り掛かれば何とかなるだろうと言いながら、鍛冶工房長は勢いに任せて部屋を出ていく。

 

「お、おい! 待たんか!! まったく……、失礼した。国を想っての行動と理解してくれ。西のフェオ・ティワズは廃都、北のフェオ・ベルカナは霜の竜(フロスト・ドラゴン)、南のフェオ・ライゾは土堀獣人(クアゴア)、儂らにはもう後が無いんじゃ」

「心中お察しいたします。ただ、時間は惜しい。我々も今できることをいたしましょう」

 

 

* * *

 

 

 それから数日、山小人(ドワーフ)王国は砦の奪還に向けて動いた。

 寝る暇も惜しみ、総出で装備の準備から作戦の立案、帝国兵と山小人(ドワーフ)兵の連携の確認を行ったのだ。

 そして、山小人(ドワーフ)王国が背水の陣で事に臨んだおかげで、全ての準備を5日で終えることができた。

 

 しかし、十全とは言えない。山小人(ドワーフ)用の武具は人間の背丈に合わないために魔化を施さねば着ることができないのだが、生産速度を優先させたために低品質となったのだ。

 さらには旧式の物も混在しており、職人があれこれと手を入れたものの、残念ながら土堀獣人(クアゴア)を前にして“ミスリル製”以上の代物にはならずじまいだ。

 

 ただ、密集陣形(ファランクス)の肝ともいえる盾は揃えることができた。

 500人分ともなると結構な量だが、比較的扱いやすいオリハルコンとミスリルで基本構造を作り、アダマンタイトで表面処理を施すことで製造時間を圧縮したのだ。

 完成した盾は形状こそバハルス帝国の標準的な大盾を模したものだが飾り気は一切なく、限りなく武骨で、しかし、整然と並べられたその姿は“敵を拒絶する壁”としての本質を悠然と物語っていた。

 

 そして武器も新調された。

 砕氷斧(ピッケル)を基に、盾越しに攻撃できるように柄を僅かに屈折させ、アダマンタイト製の鋭く尖った刃を持つ武器だ。金属武器耐性、ないし斬撃耐性のある獣毛を刺突することで、素肌を直接穿とうというのだ。

 

 

 

 

 

 今、大門の前に帝国義勇軍と山小人(ドワーフ)兵が整列している。

 いよいよ出陣の時だ。重装歩兵となった500人の帝国兵、その後ろにレイナースと漆黒、魔法省の魔法詠唱者(マジックキャスター)6人、そして80人の山小人(ドワーフ)兵が4門の投石器(カタパルト)を引いている。

 

「なんとか間に合いましたわね」

「もう外の火がもたん。行動を起こすなら今しかなかろう」

「ええ、漆黒の皆さんも準備が宜しければ出陣となりますが、如何ですか?」

 

「はい。大丈夫です」

 聞かれはしたがモモンガたちには準備の必要はない。

 

「いっちょやりますかー」

「いつでも行けるよ~」

 やまいことクレマンティーヌは早く身体を動かしたいようだ。

 なにせここ数日の間は、モモンガが魔法による偵察をする以外はルーン工匠の引き抜きのために働きかけていただけで、件の装備の準備などには関与していなかったのだ。強いて言えばクレマンティーヌのアダマンタイト製鎚矛(メイス)に雷属性を付与した程度だが、それすら山小人(ドワーフ)の職人が勝手にやってくれたものだ。

 つまり、有り体に言えば暇だったのである。

 

「よし。 ――聞け! 皆の者!!」

 レイナースが全員に聞こえるよう声を張り上げる。

「この一戦は速度が鍵だ! 門が開き、火が消えたらすぐに突入する! 砦を奪い援軍の到着まで守り抜くぞ!!」

『おうっ! おうっ! おうっ!』

 帝国兵が鬨を上げ大通りを震わす。

 

――はは、凄い迫力だ。

 

 モモンガは帝国兵の気迫を全身に受けて気持ちが昂る。

 以前、王国と帝国の戦争を覗き見たときは〈水晶の画面〉(クリスタル・モニター)越しだったが、やはりその場に居るのとでは味わえる雰囲気がまるで違う。彼らと一体感を感じ、自然と気分が高揚してくるから不思議だ。

 

 レイナースの合図を受けて大門が開き、山小人(ドワーフ)たちが消火のために砂を撒く。

「いざ進め! この地に帝国騎士団の武勇を轟かすのはお前たちだ!」

『おぉー!!』

 

 兵士たちが早足で前進する。

 目指すは砦が鎮座する崖棚とフェオ・ジュラを繋ぐ洞窟口だ。

 

 モモンガは小走りしながら大門を振り返る。

 案の定、投石器(カタパルト)を引く山小人(ドワーフ)兵たちが遅れ気味だが、軽装鎧であることを差し引けば目的地までは大丈夫だろう。山小人(ドワーフ)という種は総じて肉体的に強靭で疲れ知らずだ。

 彼らのさらに後方へ目を向けると、山小人(ドワーフ)の職人たちが破損した大門の補強を始めている。小耳に挟んだところでは今回の襲撃を踏まえ、土堀獣人(クアゴア)の身長に合わせて門の下部2メートルの高さまでをアダマンタイト製の補強材を混ぜるのだとか。

 

 

 

 

 

 薄れていく煙に紛れて前進すること数分、坑道の先に占拠された砦が見えてくる。

 土堀獣人(クアゴア)侵攻軍の大部分は煙から逃れるために対岸へ退避中だ。そして肝心の砦も“ドワーフの砦(小さな砦)”なので、駐屯している土堀獣人(クアゴア)の数も少ない。

 そこを狙う。レイナースの「速度が鍵」とは、「対岸から土堀獣人(クアゴア)の援軍が来ないうちに制圧する」という意味だ。

 もし制圧に手間取るような事になれば、吊り橋を落とすことも視野に入れなければならない。

 

 坑道を抜け、視界が通る。

 ここまで来れば煙も坑道内の熱気も感じない。

 

 砦前の広場には、身分的な理由からなのか、それとも単に砦に入りきらなかっただけなのか、数百体の土堀獣人(クアゴア)が幾つかの組に分かれて待機していた。

 毛並みから察すると同じ部族同士で固まっているのだろう。突然現れた帝国兵に一様に驚いている。

 

 坑道から広場へ出た帝国兵は、速度を落とさずにすぐさま二手に分かれる。

 一方は来た道を塞ぐ200名の帝国兵。作戦中、そこを横20、縦10列の密集陣形ファランクスで封鎖する。彼らは盾こそ他の帝国兵と同じ大盾を装備しているが、鎧は改修した山小人(ドワーフ)の装備を身に着けた者たちだ。

 そして残りの300名が広場の中ほどまで一気に前進する。こちらはアダマンタイト、オリハルコン、ミスリルの装備を混ぜた横60、縦5列の密集陣形(ファランクス)だ。

 

 帝国兵たちが瞬く間に横幅30メートルの密集陣形(ファランクス)を展開し終わると、手に持っていた松明を前方に、戦場となる広場に投げ捨てて辺りを照らす。

 するとにわかに砦が騒がしくなる。山小人(ドワーフ)とは違う“何か”。土堀獣人(クアゴア)たちは、その何かが砦を襲おうとしていることに気づいたのだ。

 

 砦前にいた土堀獣人(クアゴア)の反応は早かった。

 戦いに来たのに煙で燻されて、彼らなりに鬱憤が溜まっていたのかもしれない。戦術や連携といった素振りを見せずに集団で突っ込んでくる。

 

 帝国兵の構える大盾の隙間から、土堀獣人(クアゴア)の集団がみるみる距離を詰めてくるのが見える。

 

――怖い。

 

 モモンガは素直にそう思った。

 照らし出された土堀獣人(クアゴア)の顔が醜いだとか、殺されるだとか、そういったモノとは少し違う。

 

 迫る土堀獣人(クアゴア)を帝国兵の構える大盾越しに見ることで、自分があたかも帝国兵であるかのように感じたのだ。それは単に心理的な錯覚ではあるが、長く後衛職(マジックキャスター)をしてきたモモンガにとっては新鮮で、それでいて怖い視点だった。

 

 魔法が使えない、歴然たるレベル差もない、頼れるのは己の(実力)と仲間だけ。

 

――前衛職に興味があったけど、この世界でレベル1からやれって言われたらキツイな。

 

 地味な鍛錬や自己研鑽は嫌いではない。

 ただ、それはユグドラシルのシステムで、可能なら今のレベルを振りなおす形で楽をしたいとモモンガは思う。

 

 前衛職をしてみたい。でも、痛い思いはしたくない。

 いかにもゲーマーらしい思考だとモモンガは己に呆れる。

 

――()()()()()どう思うのかな。

 

「押し負けるなよ! 本国の連中も羨む武具で固めてるんだ。これで獣風情に後れを取ったら実力を疑われかねん!」

「まったくだ! 皆気合入れろ!!」

『おぉよ!!』

 モモンガがかつての仲間に想いを馳せていると、目の前の帝国兵たちが仲間を鼓舞する。

 前方に意識を戻すと土堀獣人(クアゴア)の集団とまもなく接触だ。

 

 

 

 

 

 駆け出した土堀獣人(クアゴア)の集団が密集陣形(ファランクス)に辿りつこうとしたその瞬間、密集陣形(ファランクス)の後方で強烈な光が周囲を白く照らす。

 モモンガたちと共に控えていた魔法詠唱者(マジックキャスター)による〈閃光〉(フラッシュ)だ。最前列を走っていた土堀獣人(クアゴア)たちが、その突然の閃光に目を眩ませて体勢を崩す。

 

『ぎゃっ! ぶべっ!?』

『ぐぎゃ!?』

 不運にも転んでしまった者たちは、勢い付いた味方に次々と踏みつぶされる。

 

 そして、間髪入れず密集陣形(ファランクス)の頭上を「ビュンッ」と音を立てて何かが投擲される。

 後続の山小人(ドワーフ)たちが、〈閃光〉(フラッシュ)を合図に投石器(カタパルト)を使用したのだ。ただし、飛ばしたのは攻城用の岩石ではなく、()()()()()()()()()()だ。

 

 転んだ仲間が障害物となり、勢いの無くなった土堀獣人(クアゴア)の集団を網が絡めとる。

 網にはミスリルが織り込まれているため、焦げ茶、黒、茶色の土堀獣人(クアゴア)では逃れることは困難なはずだ。

 

 そこへ、空中に飛んだ魔法詠唱者(マジックキャスター)たちが〈雷球〉(ライトニング・スフィア)〈雷撃〉(ライトニング)を放つ。

 もちろん、モモンガも参加する。

 

〈雷撃〉(ライトニング)!』

 死にゆく土堀獣人(クアゴア)には悪いが、魔法が炸裂するたびに糸の切れた人形のようにパタパタと倒れていく様は電池の切れた玩具のようだ。

 

 モモンガも魔法省の魔法詠唱者(マジックキャスター)たちも、範囲拡大の補助魔法は使っていない。

 なぜなら()()()()金属製の網だからだ。貫通特化の〈雷撃〉(ライトニング)でも金属の網を巻き込めば広範囲の敵を感電させることができる。〈雷球〉(ライトニング・スフィア)も打ち込む場所を調整すれば性能以上の範囲を感電させることが可能だ。

 

――なるほど、こういった戦い方も面白い。補助魔法に魔力を割く必要が無いのはいいな。

 

 土堀獣人(クアゴア)の前線が混乱に陥るが、それも致し方が無い。

 背丈が違うだけで山小人(ドワーフ)と似たような種族だと思ったら、空中を飛びまわり、苦手な雷撃を撃ち下ろしてくるのだから堪らないだろう。

 

 ここまでが作戦の第一段階だ。

 

 

 

 

 

「行くよ! クレっち! レイナースさんも!」

「あいよ~」

「はい!」

 密集陣形(ファランクス)の前に、やまいこ、クレマンティーヌ、レイナースの3人が躍りでる。

 

 ここからが作戦の第二段階。

 アダマンタイト級冒険者と四騎士が敵を攪乱しながら“色付き”の土堀獣人(クアゴア)を積極的に狙う。そして投石器(カタパルト)の投網と魔法詠唱者(マジックキャスター)で範囲攻撃をしていき、密集陣形(ファランクス)が討ちもらした敵を迎撃しながら徐々に前進する。

 

 モモンガは空中から戦場を見下ろす。

 接敵から今に至るまで順調だ。

 

 やまいことクレマンティーヌに関しては実力も装備も知っているので心配はしていない。

 だからだろうか、その目は自然とレイナースを追う。

 

 前回は見ることが叶わなかった彼女の戦い。

 その姿はまさに“演武”と呼ぶに相応しいものだった。華麗にして流麗、全身甲冑をものともしない軽やかな身のこなしで手にした得物を振るっている。

 そして振るわれる一撃一撃が、鼻、顎、喉、手足の関節などを的確に捉えていた。それも二つ名の“重爆”に相応しく重い一撃でだ。

 

――綺麗だ。

 

 舞う姿もさることながら、実力を伴った連撃は目を見張るものがある。

 ナザリックの装備で固めればクレマンティーヌといい勝負ができるだろう。

 

――そういえば、()()()()、“絶対領域”だっけ?

 

 愛すべき変態が熱く語っていたのを思い出す。

 偏った意見を散々聞かされた挙句、最終的にどう話がすり替わっていったのか「一見するとブルマだけど実は旧スク水に体育着の上だけ着た状態に名前を付けたい!」と叫んでいた姿が懐かしい。

 

 と、くだらない事を考えていたら()()()〈雷撃〉(ライトニング)が放たれる。

 

「何だ!? 敵にも魔法詠唱者(マジックキャスター)が居たのか!!?」

 味方の魔法詠唱者(マジックキャスター)たちが狙撃を回避するために不規則に飛ぶ。

 

――咄嗟に回避運動ができるのは流石だ。

 

 これも日々の訓練の賜物だろう。

 回避行動を始めた魔法詠唱者(マジックキャスター)に狙いを定めるのは困難だが、敵に不可避の〈魔法の矢〉(マジック・アロー)を扱える者がいたら厄介だ。

 

 モモンガが〈雷撃〉(ライトニング)の出所を探ると、()()()

 砦に固定されていたはずのマジックアイテムだ。無理やり引き剥がしたそれを、複数の土堀獣人(クアゴア)たちが拙い手つきで空中の魔法詠唱者(マジックキャスター)たちに狙いを定めている。

 

「マイ! あそこだ!!」

 やまいこにマジックアイテムの位置を知らせる。

 

「了! クレっち!」

「はい!? え、嘘ぉおおぉぉぉ!!?」

 やまいこがクレマンティーヌの襟首を掴む。

 

「いってこぉおぉぉぉーーーいっ!!!」

 投げた。

 そう、やまいこはクレマンティーヌをマジックアイテムを操る集団へ向けて投げたのだ。

 

「ぎにゃあぁぁぁーーーっ!! お馬鹿ぁあああぁぁぁーーー!!!」

 猫耳を付けたクレマンティーヌがそれらしい悲鳴をあげながら放物線を描く。

 そして流石は漆黒聖典と褒めてやるべきか、空中で器用に姿勢を制御すると猫のように綺麗に着地した。

 

――あのセットアイテムに“猫っぽくなる”なんて設定はなかったと思うんだけど。

 

 モモンガは密集陣形(ファランクス)の様子を見る。

 彼らはゆっくりではあるが確実に前進している。目を凝らすと負傷者が幾人か出ているようだが、密集陣形(ファランクス)の性質上、歩を止めるような事態には陥っていない。

 このままいけば彼らが砦に辿りつくころには女性陣が砦を制圧できるだろう。

 

「モモン殿! あれを!!」

 魔法省の魔法詠唱者(マジックキャスター)が吊り橋を指さす。

 対岸からの増援だ。

 

――遮るものが無ければ流石に異変に気づくか。

 

「モモン殿、こちらには2人残すのでこのままレイナース様たちの援護をお願いします。我々4人で吊り橋の敵を押さえます」

「了解した。ここはお任せください」

 

 吊り橋の4人に対して砦組はモモンガを含めて3人だが、人数の割き方としては申し分ない。

 砦組には投網と密集陣形(ファランクス)の援護があり、吊り橋組は射撃武器を持たない土堀獣人(クアゴア)相手なら安置(空中)からの一方的な攻撃ができる。大軍といえど一度に多くが渡れない吊り橋であればなおさらだ。

 

 クレマンティーヌに視線を戻すと、マジックアイテムの奪取に成功したようだ。

 レイナースも近くまで来ているので砦周辺の制圧はまもなく終わるだろう。

 

――あれ、やまいこさんがいないな。

 

 周囲を見渡すが、やまいこの姿が無い。

 となれば答えはひとつだ。

 

 モモンガは降下してクレマンティーヌとレイナースに近づく。

 すると近くにいた土堀獣人(クアゴア)たちが潮が引くように後ずさる。彼らにとって、初めて見た“人間の魔法詠唱者(マジックキャスター)”は、ライトニングを放つ(死を振りまく)悪魔のように見えただろう。

 その証拠にモモンガたち魔法詠唱者(マジックキャスター)を見る彼らの目に畏怖の念が宿っている。

 

――今なら投降を呼びかければ下るかもしれないな。

 

「クレマンティーヌ、マイが砦に突入した。援護に向かってくれ」

「りょーかーい」

 クレマンティーヌは投げられたことを気にしていないのかケロッとしている。

 返事もそこそこに砦へと走っていった。

 

「レイナースさんは室内戦闘は厳しそうなのでこのまま砦周辺の掃討をお願いします」

「そうですね。確かに、この槍では無理ですわ」

 レイナースはしげしげと砦を窺う。

 実際には狭い空間での戦闘を想定した槍術もあるのだが、山小人(ドワーフ)のような小型な種族が建てる建築物は想像以上に狭いのだ。こうした種は、自分たちよりも大きな種に攻め込まれないように建物を小さく作る傾向がある。それが軍事拠点ともなればその小ささも顕著に現れるものだ。

 

「そういえば、他の魔法詠唱者(マジックキャスター)はどちらへ?」

 どうやら吊り橋に向かった彼らはレイナースに伝え忘れたようだ。

 報連相の大切さを感じながら、指揮官であるレイナースに改めてモモンガから現状を伝える。

 

「そうでしたか。では、私も吊り橋へ向かいましょう」

 もちろんレイナースは物見遊山で向かうわけではない。

 最終手段とされているが、状況次第では吊り橋の破壊も視野に入れている。レイナースはその判断をしなければならないのだ。

 

「こちらはもう大丈夫そうですから、お供します」

 モモンガはもっともらしく振舞うが、こちらは完全に物見遊山だ。

 大裂け目を近くで見たいのだ。

 

 

* * *

 

 

 吊り橋に着く。

 魔法省の魔法詠唱者(マジックキャスター)4人は善戦していた。吊り橋の中間、砦から50メートルほどのところで1人が渡ろうとする土堀獣人(クアゴア)〈雷撃〉(ライトニング)を放ち、残りの3人は対岸の土堀獣人(クアゴア)に向かって〈雷球〉(ライトニング・スフィア)を放っている。

 

 対岸の混乱は反対側に居ても伝わってくる。

 それもそのはずで、今までは吊り橋を渡ろうとしなければ飛んでこなかった〈雷撃〉(ライトニング)〈雷球〉(ライトニング・スフィア)などの魔法が、大裂け目を物理的に物ともせず飛び回る魔法詠唱者(マジックキャスター)によって一方的に撃たれるのだ。

 対岸にいても安全ではなくなったのだ。

 

「何とかなりそうですね」

「ええ、これなら例のマジックアイテムの再設置と山小人(ドワーフ)兵の雷撃の弩(ライトニング・クロスボウ)、それに帝国の魔法詠唱者(マジックキャスター)たちで守れそうですわ」

 一安心といったところだ。

 

 吊り橋で〈雷撃〉(ライトニング)を放っていた1人がレイナースとモモンガに気付く。

 先ほどモモンガに話しかけてきた彼だ。戦況報告をするつもりなのか、攻撃の手を止めて飛んでくる、が――。

 

 一瞬の出来事だった。

 

 引き返し始めた彼が、突如として現れた巨大な何かに、()()()叩き落される。

 それは大裂け目に落ちていく魔法詠唱者(マジックキャスター)を一瞥すると、一度上昇して改めて砦の近くに降り立った。

 

 細く蛇のような肢体。

 蝙蝠のような飛膜の翼。

 冬の寒空のような青白い鱗。

 蜥蜴や鰐を思わせる口からは冷気を纏った白い息が漏れている。

 

霜の竜(フロスト・ドラゴン)!!」

「なぜここに!!?」

 モモンガとレイナースの驚愕をよそに、霜の竜(フロスト・ドラゴン)は独り言つ。

 

「父の使いで来てみれば……。なぜ平原の虫が山にいる?」

 

 




独自設定
山小人(ドワーフ)王国と帝国の間でどの程度の取引があったのか分からなかったので、ここではそこそこ上客になっています。それとは別に、山小人(ドワーフ)王国はグが森の行き来を邪魔していたので、ここ数十年は他の亜人との取引も減少傾向にあった。
山小人(ドワーフ)王国の旧王都フェオ・ベルカナが北にある。記憶違いでなければ原作では北と明言されていなかったかと。
・帝国の受注内容。四騎士用にアダマンタイト、近衛にオリハルコン、上級騎士にミスリルなどの設定。
・吊り橋の砦の構造。収容人数云々とか。ご都合なり。

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