骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第44話:挑戦

 クレマンティーヌ、レイナース、ティナの3人は、ナザリック地下大墳墓の第一階層「墳墓エリア」に挑む。

 

 通路には点々と魔法の光が灯っていた。しかし、その光はとても淡く、視界の全てを照らすほどではない。

 通路の途中や曲がり角など、明かりの届かぬ場所には深い闇が広がっていた。

 

 3人はそんな暗がりのなかを松明を灯すことなく進む。ただでさえ不死者(アンデッド)は生者の感知に長けている。そこに加えて光を灯してまで目立つ必要はないと判断したのだ。

 

 ティナが先行し、クレマンティーヌとレイナースが追従する。

 突入してしばらくは高位の魔物は現れず、むしろカッツェ平原でもお馴染みの獣の動死体(アンデッド・ビースト)食屍鬼(グール)骸骨(スケルトン)といった低位の魔物が現れた。

 おそらくはモモンガなりの配慮なのだろう。覚悟していたぶん拍子抜けはしたものの、準備運動と互いの連携を確かめるうえでは丁度いい。

 

 

 

 

 

 どれほど進んだだろうか、骸骨戦士(スケルトン・ウォーリアー)骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)などの“役職持ち”が現れるようになり、戦闘に幾らかの緊張感が生まれる。

 本来であれば個々の難度的にも余裕をもって対処できる相手だ。

 

 しかし、()()()()()()()()()

 

 クレマンティーヌは息苦しさを覚え、不快気に“首輪”を弄る。それは他の2人も同じで、慣れないそれに無意識に手が伸びている。

 罪人や奴隷がつけるような、鎖の垂れさがった首輪だ。この首輪のせいで能力が大幅に下がっているのだ。そのため例え低位の魔物だろうと、役職をいかした連携をとられると想像以上に手間取ることになる。

 

 何組かの集団を殲滅し終えると、クレマンティーヌは指示をだす。

「つぎ行くよ」

「いつでも大丈夫ですわ」

「了解、先行する」

 

 チームリーダーはクレマンティーヌ。柄ではない役回りだが、強さの序列を理由に他の2人に押しきられたのだ。

 とはいえ、もともとモモンガから「レイナースを引率するように」と指示を受けていたのでリーダーという立場は好都合だ。なにしろ彼女を守るだけでなく、当人が魔物にトドメを刺せるようお膳立てしなければならない。攻撃する対象や時機を指示できるのはありがたい。

 

――こいつも使えそうで良かった。

 

 クレマンティーヌはティナの実力に安堵する。

 正直な気持ち、彼女の働きを実際に目にするまではまったく信用していなかった。なにしろトブの大森林で圧死していた彼女しか知らないのだ。

 さらに言えば、アダマンタイト級冒険者と紹介されたところで“強さの質”は人それぞれ。何を以てしてその者がアダマンタイト級なのかは実際に見て判断するに限る。

 

 そして、クレマンティーヌにはティナの動きに心当たりがあった。

 

――イジャニーヤ、か。

 

 都市国家群周辺で暗躍する暗殺集団イジャニーヤ。

 高額な依頼料を対価に狙った相手を殺す。その確実性からスレイン法国の暗部も度々利用する組織だ。

 

――これならなんとかなりそうか。

 

 ここに来るまでにティナの実力はそこそこ測ることができた。

 罠もいくつか見抜いてきたし、魔物との戦闘や仲間との連携も申し分ない。

 

「ティナ殿は普段からこのような役回りを?」

 レイナースは盗賊めいた動きが物珍しいのかティナに興味をもったようだ。

 その様子から恐らくは彼女のことを偵察や追跡を得意とする斥候(スカウト)、または野伏(レンジャー)のような職だと誤解しているようだが、本質はもっと“殺し”に特化したものだ。その方向性はまるで異なるものだが、さりとてそのことを指摘するほどクレマンティーヌも野暮ではない。

 

 暗殺者がアダマンタイト級冒険者をやっている理由は計り知れないが、レイナースの人柄を完全に把握していない今、この場で話題にしていい内容ではないだろう。

 殺しや暗殺は往々にして忌避されるもの。形になり始めた連携力はそのままクレマンティーヌの生存率に繋がる。それを率先して壊すほどクレマンティーヌも酔狂では無い。

 

「大体いつもと同じ」

 ティナは返事をしつつも周囲の警戒は怠らない。

「罠を見破る手腕、それに的確な援護には感服いたしましたわ」

「……普段より人数が少ない。鬼リーダーが居ない分、今の方が楽」

 ティナの表情は背中越しに窺うことはできないが、声はこころなしか明るい。

 常日頃から5人組で活動しているのなら、連携対象が2人しかいない今の状況はなんら障害にはならないのだろう。

 

 そんなティナがふと足を止めると、前方へ身構えたまま背後に合図を送る。

 事前に示し合わせた手信号で「敵を発見」、続けて「先行して動きを止める」と伝えてきた。

 

 ティナの肩越しに前方を窺うと確かに人型の不死者(アンデッド)が1体徘徊している。

 背後から彼女の肩に手を置き「了解」を伝えると、ティナの姿が闇に落ちる。これまでの探索で何度か目にしたイジャニーヤの技だ。影から影へと渡る術。クレマンティーヌの目を以てしてもその動きを追うことはできない。

 

 ティナが消えた――、そう認識すると同時にクレマンティーヌも武技を発動して駆け出す。

 視線の先でティナが不死者(アンデッド)の背後を取り、別の術で動きを封じたところにクレマンティーヌの雷の鎚矛(ライトニングメイス)が振るわれる。狙うはレイナースを攻撃しうる爪牙。相手は動きを封じられた木偶、外しようがない。

 不快な打撃音を響かせながら腕を潰し、顎を砕く。

 

「レイナース!」

「はいっ!」

 レイナースは槍で不死者(アンデッド)の足を払い、転倒したその胴体へ深々と槍を突き刺す。そして間髪入れずに覚えたての治癒魔法を唱える。

 神器によって底上げされた魔力が容赦なく不死者(アンデッド)を蝕みその身体を塵にする。

「……終わりましたわ」

 

 クレマンティーヌはレイナースの働きに満足してみせるものの、ひとつ助言をする。

「動きはよかったけどさ、いまのトドメに第三位階は過剰かな」

 少人数での戦いを常としてきた“漆黒聖典のクレマンティーヌ”から見て、元軍属の戦い方にはまだまだ無駄が多いと感じてしまう。

 

「力の配分をもう少し意識しないと。魔力切れは“死”だよ?」

「気をつけます」

 レイナースの肩をやや煽るようにポンポンと叩きながら表情を窺うが、返してきた殊勝な態度に毒気を抜かれる。クレマンティーヌもとりたてて嫌味を言うつもりはない。ただ、気を失った者(魔力切れの者)を庇いながら戦える相手ばかりではないということを肝に銘じてほしいだけだ。

 格上は必ず存在する。強敵と相対したら仲間を気遣う余裕はない。結局のところ、仲間(他人)は当てにできないのだ。

 

――まあ、ここまでチグハグな編成も珍しいけど。

 

 “チグハグ”という意味ではスレイン法国が誇る漆黒聖典も“寄せ集め集団”だ。

 ただ漆黒聖典の場合は、各隊員が互いに“人類にとって”貴重な戦力であることを自覚している。そのため傷ついた仲間を簡単には見捨てない使()()()()()()があった。余程のことがなければ死体だろうと持って帰るのだ。

 そのことに甘えて無茶な戦い方もできたが、流石に今はそんな真似はできない。

 

――モモンちゃんたちは……、まあ、例外……だね。

 

「2人とも、この先に休めそうな広場がある。ただ……」

 物思いに耽っている間にティナが廊下の先を偵察してくれたようだ。

 歯切れの悪さを除けばいい情報だ。

「“ただ”……、どうしたの?」

「……行けば分かる」

 

 促されるまま向かった先は10メートル四方の石造りの部屋。

 入口に面した反対側の壁には順路と思われる出口があり、右手には休憩できそうな長椅子、左手の壁には見るからに清らかな水が湧き出す水場があった。

 そして水場に佇む人物がいた。

 

「ようこそ! ここは回復の泉っすよ!」

「私たちは泉の妖精。お金次第で魔力も回復します……わん」

 

 

* * *

 

 

 草原の道なき道を疾走する一団がいる。

 豪華な馬車が6台。そしてそれらを護衛する騎士の一団だ。

 そのなかで目を引くのは輓馬を務める八足馬の魔獣、スレイプニール。この高価な魔獣を馬車6台分揃えているだけで所有者の財力はもとより、延いてはその者の権力をも暗に示している。

 そして何某かの看破能力を持つ者ならば、上空を飛ぶ不可視化した鷲馬(ヒポグリフ)に騎乗する者たちにも気がついただろう。もちろん彼らも馬車を警護する者たちだ。

 

 ひときわ警備の厚い馬車がある。

 客室は圧迫感を排除する工夫が随所に見られ、まるで高級宿屋の一室だ。そこにこの一団を率いる支配者、バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスと、同席する3人の配下が乗り込んでいた。

 主席宮廷魔術師、フールーダ・パラダイン。秘書官、ロウネ・ヴァミリネン。そして帝国四騎士――今は2人になってしまったが、雷光ことバジウッド・ペシュメルだ。

 

「……よもや総会に招かれるとはな」

 ジルクニフは柔らかな座席に深く座ると、部下に語りかけるでもなく嘆息する。

「内情を知る良い機会だが……」

 帝国がスレイン法国を通して神への謁見を申し込んだのは随分と前の話だ。国家間の調整には月単位の時間がかかることはざらだが、それにしても待たされた感は否めない。

 そしていざ都合がついたと思えば「共栄圏の総会へご招待する」だ。“敵地”という程ではないが、周りが共栄圏の関係者だらけの中へ身を投じなければならないのはなんとも居心地の悪い話ではないか。

 

「陛下、いつもみたいに不敵に笑っていてくださいよ」

 バジウッドの不躾な言葉に苦笑で返す。

 確かに、絶対権力を持つ支配者が臣下に弱みを見せるのは宜しくない。

「そんなに酷い顔だったか?」

「酷いというか、らしくないですね」

 

――らしくない、か。

 

「許せ、神経質になり過ぎていた。じいをも超える“神”という存在に実感が伴わなくてな」

 その言葉にフールーダが微笑む。

「陛下の知る“一番”が私ではなくなる日も近いですな。謁見を終えればいままでの常識は全て過去の物となりましょう」

「笑えん冗談だ。例え常識を塗り替えられても帝国の切り札はじいだ。簡単に引退できると思うなよ」

 日常的に交わされる他愛のない会話。

 しかし、フールーダの反応がやや遅れる。

「それは……、勿体ないお言葉ですな」

 フールーダが感慨深く漏らす。

 思いかえせば彼は十三英雄を知る生き証人。英雄を知り、魔神を知る彼だからこそ、神という存在に対して冷静に、そして現実的な思考や予測ができるのかもしれない。

 その先にある未来が帝国にとって良いものである事を願うばかりだ。

 

「――この話は終わりだ。辛気臭くなる」

 伝え聞いた話では、神は自然淘汰を是とし「特定の種を贔屓しない」と前置きしたうえで、それでも守護を求めるなら「庇護下の種には争いを禁じる」とスレイン法国の者に宣言したという。

 神の出現から半年強、その間、共栄圏の動向が先の宣言を裏付けていると思えば気に病みすぎるのも馬鹿ばかしい。

 

 ジルクニフが気分を改めようと、ひとつ伸びをして身体をほぐす。馬車は事前に指定された“安全な経路”を進んでいるので、退屈なことを除けば道中は至って平穏だ。

 万が一を想定してフールーダを同乗させていたが、ここまで平穏だとその必要もなかったかもしれない。

 リ・エスティーゼ王国のエ・ランテルとスレイン法国の二つの都市を経由し、残すは神都への道のりだけだ。

 

 

 

 

 

 馬車の扉が叩かれる。

 ジルクニフがバジウッドへ目配せすると、彼は小さく扉を開き外を窺う。バハルス帝国の最高権力者を輸送するということもあり、この馬車は極限まで防御に重きを置いた作りをしている。全体を隙間なく金属版で覆っているので窓が無いのだ。

 

 バジウッドは並走するもう一人の帝国四騎士、ニンブル・アーク・デイル・アノックと短く言葉を交わすとジルクニフに向きなおる。

「陛下、間もなく神都とのことです」

「そうか。ならば上の連中に合図を送るように伝えろ」

「はっ」

 

 皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)らに不可視化の解除を指示する。

 緩衝地帯ならいざ知らず、流石に他国の都市近郊で不可視化したままは礼を失する。在らぬ嫌疑を避ける意味でも解除は必要だ。

 

 人類の領土は極めて曖昧で、その“範囲”の見極めは難しい。川や渓谷のように土地が隔てられていれば国境として分かりやすいが、領土が草原のような平野で続いていると厄介だ。

 ローブル聖王国が築き上げた要塞線のような分かりやすい国境は稀で、あんな御大層なモノは必要に駆られたうえで地形に恵まれなければ気軽に作れる物でもない。

 結局、壁で囲める現実的な範囲は、財力と労力面でも村や街単位が限界だ。

 

――それゆえの緩衝地帯、または非武装地帯な訳でもあるのだがな。

 

 裏を返せば、明確に法の力が及ぶのは文字通りこの“壁で囲んだ中”だけということになる。それはエ・ランテルのような大規模な城塞都市から小規模なカルネ村でも変わりはない。一歩でも壁の外に出れば無法地帯だ。

 各国はそんな無法地帯へ人を派遣し、彼らの目の届く範囲を“領土”と言い張っているにすぎない。お世辞にも実効支配しているとは言い難く、事実、警邏や自警団の目の届かない場所には野盗が潜み、街から遠く離れればいつ藪の中から魔物が襲ってくるか分からないのが実情だ。

 

 かくいうバハルス帝国も、軍の巡回により領土を維持している。それに加えて帝国魔法省による魔術的な哨戒も行っているため、他国のそれよりは広範囲を実効支配していると自負している。

 そして、目的地の神都はアインズ・ウール・ゴウンのお膝元。当然、相応の哨戒がされている筈だ。故に、常に見られていることを意識していて損はないだろう。

 

 

 

 

 

 しばらくして、馬車は滞りなく神都へ到着し、迎賓館へと通される。庭園を兼ねた広場を巡り、車寄に馬車が停められると、安全を確認したバジウッドが分厚い扉を開ける。

 出迎えであろうスレイン法国の儀仗兵を前に、久しぶりに吸う新鮮な空気に思わず解放感を感じてしまう。客車内の空気は魔法で清涼さと温度を保っているため淀むことはないが、やはり外の空気を好んでしまうのは本能かもしれない。

 

 控えめに視線を巡らしていると、背後から感嘆するロウネの声が届く。

「見事な宮殿ですね」

「……そうだな」

 宮殿といえば華々しい印象を持たれることもあるが、実際は王族などが過ごす場所なので“堅固な要塞”としての姿が正しい。地理的に特別恵まれた国を除けば、基本的に“平野に追いやられた種族”として各国とも価値観を共有している。土台となる基礎部分を高く積み、堀で囲む。壁は厚く、外周の窓は高い位置に配置するのだ。

 これらの前提条件を踏まえ、建築家たちは支配者の要求に応えつつ趣向を凝らし設計しなければならない。

 

 いま目の前にしている宮殿は、かつては六大神に連なる縁者たちが暮らしていた宮殿だという。

 六柱を失い、各宗派がそれぞれの神殿を創建した現在は、国の最高執行機関が置かれ、また一部は国賓を迎えるための施設に改装されたという。

 

「スレイン法国へようこそ」

 厳かな声に視線を戻すと、高位の神官らしき老婆が従者を連れて近づいてくる。

「私は火の神官長を務めさせていただいているベレニス・ナグア・サンティニと申します。遠路はるばる、よくぞお越しくださいました。歓迎いたします」

 

 最高執行機関を担う一人の登場に、背後の部下たちが姿勢を正したのが分かる。

 自身も観光気分を正し、神官長へ上品な笑顔で応対する。

「歓迎を心より感謝する、ベレニス・ナグア・サンティニ殿。バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。滞在中は世話になる」

「ベレニスと呼んでくださって結構ですよ。それと、滞在中はこのシュゾン・ディ・フーシェが諸々の窓口を担当いたします」

 

 窓口兼“お目付け役”であろう中年女性が歩みでて会釈する。

「ご紹介にあずかりました、シュゾン・ディ・フーシェです。限定的ではありますが神官長に次ぐ裁量権を預かっております。ご入用の際は遠慮なくお申し付けください」

 知的な女性だ。神官長と同じような格好であることから、こちらも聖職者なのかもしれない。

 秘書然とした様はロウネに通ずるものがある。

「ご配慮ありがとうございます。私のこともジルクニフとお呼びください。なにぶん長い名前ですので。フーシェ殿もよろしく」

 

 

 

 

 

 両者への挨拶を済まし、いよいよ宮殿へと歩を進める。

 左右に儀仗兵を配した赤絨毯を進んで正面玄関を潜ると、美術品が飾られた大広間にでる。金銀輝く調度品の類は少なく、どちらかといえば歴史を伝える絵画や六大神を称える宗教画が多い。

 時間が許すなら道すがら絵画ひとつひとつの謂れを伺いたいところだ。

 

 絵画に想いを馳せている間に中庭の回廊へでる。

 そして、一行は回廊に面した赤い扉の前で立ち止まった。

「こちらが“赤の間”、談話室となっております。しばしの間、ジルクニフ様とお付きの方はこちらでお寛ぎください。警護の方と従者の方々を一足先に宿泊部屋にご案内いたしますので、室内の検分をお願いします」

 寝泊りする部屋の安全は、先行していた先触れが前以て確認している。ここで言う検分とは最終確認のことだ。

 滞在中、部屋は一時的にバハルス帝国の物となる。いわゆる治外法権が適用され、法国の影響を受けない反面、室内で起こりえる問題に関して自己責任を負うことになる。故に最後は念入りに、限定的な看破魔法の行使すらも許されるのだ。

 

「了解した。では、ニンブルとロウネは残れ。フールーダ、バジウッド、行ってくれ」

『はっ!』

 フールーダたちに検分を任せ、新たにニンブルを警護に就ける。

 二人になってしまった四騎士は、こうして交互に現場を担当させている。「負担を分散させてやろう」というジルクニフなりの気遣いによるものだが、“皇帝の側”と“離れての任務”、どちらが現場でどちらがより負担に感じるかは聞かないでいる。

 流石に意地悪な質問であることぐらいは自覚しているのだ。

 

 フーシェがフールーダたちを連れて行くのを見送り、談話室に残った神官長に声をかける。

「ベレニス殿、今後の予定を確認したい」

「本日は晩餐会を残すのみですね。お時間の少し前に改めてお伺いしますので、それまではご自由にお過ごしください。明日はアインズ・ウール・ゴウンの神殿より迎えが来られるそうです。当日の細かい段取りはフーシェに確認してください。明後日は昼の立食会を経てそのまま総会となります」

 打てば響くような返答には齢を感じさせないキレがある。王国の連中とは違い、名ばかりの役職ではないようだ。

「ロウネ、聞いたな」

「はい」

 ロウネが素早く手帳に書きとめる。

 総会に関しては傍聴人という立場上、多くは期待していない。そもそも発言権が無いので、議会の雰囲気だけでも感じ取れれば十分だ。

 やはりバハルス帝国としての本番は明日。全ては神との謁見に尽きるだろう。

 

 

 

 

 

 しばし神官長と他愛ない世間話で時間を潰していると突然扉が開け放たれる。

「陛下、部屋は問題なかったですぜ」

 室内には身内だけだと思ったのか、無作法に現れたバジウッドに眩暈を覚える。

「バジウッド、国に戻ったら女官長と二人きりの実技演習を組んでやろう」

「こ、これは失礼いたしました!」

 流石の神官長殿も苦笑いを隠しきれないでいる。

 

「ベレニス殿、配下の者が失礼した」

「構いませんわ。うちはご存知の通り、良くも悪くも固すぎるきらいがありますから。ここは厚い主従関係を見せて頂いたことにしましょう。――ただし」

 寛大な言葉に場が和む間もなく神官長は続ける。

「明日はくれぐれもご注意なさいませ」

 その眼光にさしもの帝国四騎士もタジタジだ。

 バジウッドの珍しい姿を堪能しつつ助け舟を出す。

「こう見えて普段は場所柄を弁える男です。それに、神前での粗相は私が許さない」

 バジウッドに念を押すように視線を送り、続いて神官長へと向きなおる。

「その言葉、信じましょう」

 ようやく表情が和らいだ神官長にバジウッドもほっとしたようだ。

 

――そういえば、レイナースは元気にしているのだろうか。

 

 ふと元帝国四騎士の紅一点を思い出す。礼儀作法を卒なくこなしていた彼女が懐かしい。

 彼女を失ったことへの穴埋めは未だできてはいないが、神との“共通の話題”という手札になってくれただけでもありがたい。

 新天地でどのように過ごしているのか、気になるところだ。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「凄い……、気力が漲るかのようです」

「ご利用、ありがとうございます……わん」

 この“回復の泉”に至るまでに得た金品を換金し、ペストーニャ・ショートケーキ・ワンコ様から魔力を頂いた。駄目元で現在地を聞いてみると「迷宮の半ばを少し過ぎた所」と返されたので、懸念していた魔力切れもひとまずは回避できただろう。

 

 ワンコ様はナザリック地下大墳墓のメイド長であり、最高位の神官様だ。隠しようのない彼女の頭部は“中央で縫い合わされた犬の頭”。初めは被り物をしているのかとも思ったが、スカートを分けて尻尾が生き生きと動いていることから「ビーストマンに類する種族なのでは」と個人的に思っている。

 神社の警備中、治療魔法を巫女たちの前で実演している場に何回か立ち会ったことがある。当初はその容姿と絶大な力に恐怖した。しかし二三言葉を交わした際、ふと彼女の瞳を見て気づいてしまった。落胆、哀しみ、遠慮、諦めが宿る瞳。

 

 見えない心の壁に傷ついた瞳だ。

 

 己を深く恥じた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、よもや逆の立場になるとは夢にも思わなかったのだ。

 

「レーちゃんは欲しい物ないっすか?」

 気さくに話しかけてきたのは“戦闘メイド(プレアデス)”の役職を持つルプスレギナ・ベータ様。

 彼女も大儀式を必要とせず単独で〈大治癒(ヒール)〉を行使できることから、バハルス帝国主席宮廷魔術師「三重魔法詠唱者(トライアッド)」を凌ぐ存在だと思っている。

 

 そんなベータ様は行商人役なのか、不要品の買取りと、装備や水薬(ポーション)の販売を行っていた。

 今回の探索で得た物は三人で分配することになっていた。ただ私とクレマンティーヌ殿は下賜された装備があるので、売買に際して“換金する武具の取捨選択”はティナ殿に一任していた。

 当のティナ殿は「探索で得た品々は持ち帰っても構わない」とのお達しがモモンガ様からでていたためにあれこれと迷っているようだ。

 彼女にしてみれば王都の高級武具店ですらお目にかかれない逸品を入手できる貴重な機会。“蒼の薔薇”へのお土産にと悩む姿は微笑ましいが、品定めする目は真剣だ。

 

「いいえ、ベータ様。私は大丈夫です」

「相変わらず硬いっすねぇ……。エンちゃんみたいに名前呼びでもいいんすよ?」

 今朝、アルベド様に「跪く必要はない」と諭されたのと同じように、これはこれで畏れ多いことだ。

 アインズ・ウール・ゴウンに身を寄せて分かったことがある。強さの序列に関係なく、至高の41人の御手で創造された者、召喚または自然に発生した者、外から来た者で明確に差があるのだ。後者ふたつは難度や与えられた地位により序列は流動的だが、前者は格別、どんなに相手が気安く接してこようと絶対不可侵の存在なのだ。

 

 ベータ様にどう返事をしたものか、失礼にならないよう言葉を選んでいるとティナ殿の声が上がる。

「決めた。これにする」

「おぉ? いいっすねぇ、これはお目が高いっすよ♪」

 ティナ殿の手元を見る。

 初めは“蒼の薔薇”全員分のお土産を見繕っていたはずだが、いま彼女の手元にあるのは金属板に赤い宝石がはめられた護符がひとつだけ。値札に並記された説明によれば生命力持続回復(リジェネート)が付与された非常に高価な品。どうやら探索で得た物を全部売り払い、ティナ殿の取り分全額を護符に充てたようだ。

 

 護符ひとつに絞った理由を問えば「魔法詠唱者(イビルアイ)用」だとティナ殿は言う。

 信仰系魔法を唱えられる者が前衛職のため、場合によっては後衛に治癒魔法がとどかないこともある。その対策としたいらしい。

 

 ベータ様が目を細める。

「確かに、あの男胸さんのお姉さまになら有用っすね」

 “男胸さん”が誰なのか、そして「その話題に深く関わると危険」だということは、アルファ様やアウラ様からそれとなく忠告を受けている。

 なので聞こえなかった態で聞き流し、理不尽な火の粉が降りかからぬことを祈りながら思考を護符へと戻す。

 

 私がティナ殿の立場だったなら何を選ぶだろうか。ルーンの刻まれた武具、各種用途の異なる水薬(ポーション)や護符などなど、商品は様々だ。

 ただ、仮に帝国四騎士の“重爆”として挑み、同じように「持ち帰り」を許可されたなら、やはりティナ殿と同じように護符のような装飾品を選ぶと思う。なぜならそれが“無難”だからだ。

 

 まず、武具は個人の得手不得手があるだけでなく、細かい形状や重心の違いなどで実際に手にするまで相性が分からない。特に武技を発現させた者ほど“基点となった得物”を替えづらい。短剣(ダガー)のような予備武器なら喜んでもらえるかもしれないが、命を預ける得物ともなると余程の業物でないかぎりは“自分の目利き”で選びたくなるものだ。

 次いで消耗品の類は「ナザリック謹製の品を得る機会」と天秤にかけるとなると余りにも勿体ない。

 故に装飾品だ。各種耐性から能力増強、特殊能力の付加などなど。指輪や首飾り、腕輪や護符などの装飾品ならば戦い方を変えることなく己を強化できるからだ。ただし、装飾品の類は希少な媒体を必要とするために値が張るのだ。

 

 お節介を承知で好奇心が口をついてでる。

「ご自分用には宜しいのですか?」

「問題ない。それに、探索はまだ残っている」

 確かに探索を半分残している。最終目標である死者の大魔法使い(エルダーリッチ)に至る頃には、何かしらの武具なり装飾品なりを再び手にする機会もあるだろう。

 ティナ殿はそれを見越して現状で得られるもっとも有用な品を手に入れたのだ。

 

 

 

 

 

「そろそろいこっか」

 頃合いを見計らってクレマンティーヌ殿が出発を促す。それに頷き返し、ワンコ様とベータ様に別れを告げると、私たちはナザリック第一階層の攻略を再開した。

 

 “泉の間”を出る。誰に指示されるまでもなく自然とティナ殿が先行し、その後をクレマンティーヌ殿と追従する。まだ戦友と呼べるほどではないものの、実戦並みの緊張感を持って共に過ごせば多少は一体感を覚えるものだ。

 

 進むにつれて魔物が少しずつ多く、そして強くなっているのを感じつつ、何度か戦闘を繰り返す。それでも難度の変化は緩やかで、決して倒せない相手は出現しない。

 本来ナザリックに配置されているシモベの強大さを知っているからこそ、この探索が私のために用意されたものだと否応なしに理解してしまう。

 

 しばらく順調に攻略していると、ティナ殿が通路の出口を前に姿勢を低くする。出口自体には扉は無い。背中越しに覗くと、出口の向こう側は地下墳墓(カタコンベ)に似つかわしくない高さも幅もある円形の広い空間だ。周囲の壁には複数の祭壇があることから、埋葬地というよりは儀式用の広場なのだろう。

 そして、広場中央には嫌でも目に付く巨大な存在が待ち構えていた。

 

「デカブツはめんどーだなぁ」

「さっきまで数で押してきてた。怪しい」

「いえ、集合体という意味ではあれも集団なのでは?」

「む、一理ある」

 視線の先にいるのは集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)

 その名の通り複数の死体が重なり合ってできた4メートルを超える巨人で、暗がりの中でもその特徴的な外見のおかげで遠目にも判別が可能な相手だ。

 

「とりあえず、囲んで蛸殴り?」

「そーだね。狙われたら回避、死角から随時攻撃でよゆーでしょ」

 ここにいる3人で同時にかかれば苦戦する相手ではない。強力な物理攻撃を除けば特筆すべき能力はなく、つまるところ死体の塊、巨大な動死体(ゾンビ)だ。

 

「そうと決まれば、一斉に行きましょう」

 互いに視線を交わし、広場に突入する。

 集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)もこちらに気づいたのか、不気味なうめき声を上げながらゆっくりと立ちはだかる。

 

「奥に扉! 閉まっている!」

 集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)の後ろへ回り込もうとしていたティナ殿から短い報告が入る。視線を巡らすと、いままでその巨体に隠れていた扉が目に入る。

 

「ティナ、先に扉の確認を! レイナース、デカブツの注意を引く!」

『了解!』

 指示に従って集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)を攻撃する。

 狙うは脚。油断のならない膂力も、移動を阻害できれば脅威は減る。

 

 振るわれる剛腕をやり過ごしながら二度三度と膝や踵を攻撃するが、ふと違和感を覚える。

「何か変です!」

「あ?! 何かってなによ?」

 クレマンティーヌ殿に問われるも、違和感の正体を上手く言語化できない。

 強いて言えば鈍重過ぎて戦闘になっていないのだ。

「……動きが、ぎこちない」

「動き? うーん……、言われてみれば?」

 腕を振り回してはいるが、こちらを狙っている素振りがない。

 いくらオツムの弱い動死体(ゾンビ)種とはいえ、これは“生者憎しの不死者(アンデッド)”らしからぬ動きだ。

 

「ただいま。扉には何か仕掛けがある。調べるのに時間が欲しい」

「ならコイツをさきにしとめよーか」

 違和感を拭えぬまま、今度は3人で集中攻撃を開始する。

 誰かの攻撃が命中するたびに集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)の一部だった死体がドサリと落ちる。通説では個々の死体が持つ“不浄な気”が互いに結び付いて集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)になるとされているが、それにしても結合が弱いように感じる。

 

「脆すぎる」

「カッツェ平原のはもう少し歯応えがあったのですが……」

 こぼれ落ちた大量の死体が周囲の床を埋め、既に足の踏み場がないほどだ。

 当の集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)も残すは頭と胴だけとなり、その姿はもはや“死体の山”。ここまで形が崩れてしまうと、いったい何と戦っていたのかすら分からなくなる。

 

 頭部に手が余裕で届くようになったところで指示が飛ぶ。

「よーし、そろそろ仕留めちゃいな」

「はい」

 死に体の集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)の頭部を、手槍で突いて魔法を流し込む。

 そして、神聖な光が収まると同時に死体の山が崩れ、巨人の討伐を確信する。

 

 しかし、()()()()()()()()()あり得ないものを見る。

 中肉中背、標準体型の死体が多くあるなかに、卵のように丸々と太った死体が現れたのだ。

内臓の(オーガン)……(エッグ)?」

「離れろ! 疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)だ!」

 

 反射的に跳び退こうとするが、()()()()()()()()()()()

「――くっ!?」

 目を向けると集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)を構成していた死体が足首を掴んでいた。

「ば、馬鹿なっ!?」

 本来、切り離された死体は“不浄な気”を失い、物言わぬ骸に成り果てるはず。動けるはずがない。

 ましてや疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)のような別種が混ざっているなど聞いたことがない。

 

「伏せろ!」

「っ!?」

 警告と同時に疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)がグポンと震えると、丸々と膨らんだ腹が爆発する。

 負のエネルギーと腐った血肉が飛礫となって広場を駆け巡る。

 

「ぅえ゛っ! さ、最悪ですわ……」

 咄嗟に屈んだが、爆心地に近かったために腐った血肉を盛大に浴びてしまう。

 下賜された武具のおかげで疫病化は抵抗(レジスト)できた。体調に変化はない。しかしその反面、悪臭と全身を伝う不快な感触を“正常に認識できてしまい”思わず顔を歪める。

 

「な、何だコイツら?!」

「これは、不味い!」

 クレマンティーヌ殿とティナ殿の叫びに視線を上げると、周囲の状況が一変していた。

 

 広場中央を埋めていた死体たちが一斉に起きだしたのだ。

 集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)を3人で取り囲んでいたはずなのに、今は大量の動死体(ゾンビ)に包囲されている。しかも、負のエネルギーを浴びた動死体(ゾンビ)達は、巨人の一部だった時に受けた傷が治っているようだった。

 

 広場はいままでにない修羅場となる。

「クソッ! ただの動死体(ゾンビ)じゃねーじゃん!!」

「速すぎる! 全方位はやばい!」

 そう、動きだした動死体(ゾンビ)は一般的なものよりも圧倒的に素早かったのだ。

 余りの猛攻に、個々が攻撃を凌ぐだけで精一杯。ここまで培ってきた連携力をまったく発揮できない状況だ。

 

「通路に戻りましょう!」

 動死体(ゾンビ)改め敏捷な動死体(ファスト・ゾンビ)を相手に乱戦は分が悪い。せめて広場ではなく通路のような細い地形で迎え撃たねば押し負ける恐れがある。

 そう思い、通路への撤退を提案し踵を返すが、即座にそれが不可能だと知る。

 

「嘘でしょ!?」

 順当に攻略してきた通路。全ての敵を殲滅したはずの通路から、大量の敏捷な動死体(ファスト・ゾンビ)が雪崩れこんできたのだ。

「後ろ! 扉が開いている」

「走れ!」

 再度、踵を返し走り出す。

「……絶対、罠」

 ティナ殿の言う通り、閉じていたはずの扉が開いていた。

 追い込まれているようで気味が悪い。

「他に道はありませんわ!」

「あークッソ! キモいキモい、キモいって!!」

「扉を塞ぐ。2人は止まらずに走って」

「任せた!」

「了解!」

 

 扉に向かって飛び込むと同時に後ろからティナの声が響く。

「――不動金剛盾の術!」

 息を切らしながら振り向くと、ティナ殿の手から七色に輝く光が広がり、間一髪のところで結晶が扉を塞ぐ。

 直後、押し寄せた大量の敏捷な動死体(ファスト・ゾンビ)たちが派手に激突する。そして自らの腕が潰れるのも構わずに結晶を叩き始めると、瞬く間に結晶が赤黒く濁っていく。

「キッしょ! 怖すぎるっつーの!!」

 珍しくクレマンティーヌ殿が悪態をついている。

 敏捷な動死体(ファスト・ゾンビ)がよほど生理的に受け付けなかったのだろう。

 

 

「ティナ殿、これは?」

「……めっちゃ硬い盾」

 それを聞き、試しに輝く結晶の壁をコツンと叩く。

 この輝きには見覚えがある。

「魔法の金剛石(ダイヤモンド)……。効果時間はあるのですか?」

「魔力をそこそこ割いたけど、せいぜい30分」

「なら、さきを急いだほうがいいですね」

 頷くティナ殿の様子から余裕は無さそうだ。

 今も結晶を挟んだ反対側では敏捷な動死体(ファスト・ゾンビ)たちが叩き割ろうと暴れているのが伝わってくる。

 

 とりあえず扉を背に歩き出す。

 なるべく広場から遠ざかり、結晶が消える前に距離を稼がなければならない。

「それにしても……、酷い有様ね……」

「この先に“泉の間”みたいな水場があればいいんだけどね……」

 改めて互いの姿を確認すると、全員が疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)の血肉に塗れていた。こんな時、第一位階魔法の〈清潔(クリーン)〉を未修得なことが悔やまれる。

 

「ティナ、……もしかしなくても体調悪い?」

「……頭痛と吐き気、悪寒がする」

 クレマンティーヌ殿の指摘にティナ殿は頷き、素直に症状を申告する。ベータ様から購入した護符の効果で外傷は癒えているようだが、心なしか顔色が悪い。恐らくは疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)から何かもらってしまったのだろう。

 

「そーゆーのは早く言いなって。ほら、これ飲みな」

 クレマンティーヌ殿が水薬(ポーション)を差し出す。アインズ・ウール・ゴウンの関係者に支給されている万能薬だ。

 彼女はなんだかんだで面倒見が良い。

護符(これ)買ったから、……お金がない」

「カネなんて取らねーから! ぶっかけんぞ!」

 照れ隠しなのか水薬(ポーション)を振りかざしている。

 

 その光景に苦笑しつつ、私も飲むよう促す。

 最悪、生きたまま不死者(アンデッド)化が進む腐敗病に感染している恐れもある。このチームの目であり耳である彼女には万全でいてもらわなければならない。

 

「ほら、さっさと飲みな! んで先を急ぐよ」

 クレマンティーヌ殿が強引に飲ませている横で、私も念のために水薬(ポーション)を飲んで細かい傷を癒す。疫病は抵抗(レジスト)したものの、腐った血肉と骨の飛礫で負った細かい傷は気持ちの上でも治しておきたい。

 

 そして互いに準備を整えると、再び探索の途に就いたのだった。

 

 




独自設定と補足
・スレイン法国の暗部がイジャニーヤと繋がっている描写は書籍には無い。WEB版でクレマンティーヌが雇っているけど、彼女の伝手なのかズーラーノーンの伝手なのかは分からない。
・宮殿及び迎賓館は現地人による建築物。六大神のギルド拠点ではない。
・シュゾン・ディ・フーシェはオリジナルキャラです。スレイン法国の人名はフランス系らしいのでジェネレーターでランダム生成しました。洗礼名の「ディ」は原作登場人物のロンデス・ディ・グランプから拝借。両者に関係はありません。
・女官長は礼儀作法の教官も兼ねている。怖い。
・長らくペストーニャの魔力譲渡を位階魔法だと思い込んでいたけど、ざっと読み返しても正確な記述が見つからなかった。もしかするとスキルなのかもしれないが、そうなると「第19話:神社」にて、やまいこが計画していた神社の「魔力タンク」化計画が破綻してしまう。どーしよー。助けてデミエモン。
・ティナがイビルアイ用に護符を買った理由として「ラキュースの魔法が届かない場合を想定して」とレイナースに聞かせたが、信仰系魔法で吸血鬼は癒せない。ルプスレギナは生命力持続回復(リジェネート)(書籍3巻)で不死者を回復可能だと知っているため彼女の方便を見抜いている。生命力持続回復(リジェネート)の効果は書籍3巻を参照。ティナはチーム内で唯一回復手段を持たないイビルアイのために護符を選び、チームとしての安定感をとった。彼女がその効果を知った経緯は、値札の説明、イビルアイ本人、お婆さんのいずれか。
・レイナースはシャルティアとイビルアイが懇意にしていることは知っているがイビルアイの正体は知らない。特に詮索する気も無い。心のどこかで自分も守護者との距離を縮めたいと思っているかもしれないけど、そのことに関しては今のところ無自覚で、現状は新しい職場に早く慣れようとする新人社員。
・レイナースのお土産選びはウキヨライフの主観が占めています。「ラストエリクサーを使うか、それとも温存するか」レベルで意見が分かれるものだと思います。節制して買った水薬(ポーション)に一喜一憂するブリタ、武具のみならず消耗品まで拘るブレイン。買い物も十人十色ということで。
・登場した集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)は元から敏捷な動死体(ファスト・ゾンビ)らが擬態したもの。彼らは必死に組体操をしている。上位の不死者(アンデッド)が遠隔操作しているか、不可視化して近くで指示している。敏捷な動死体(ファスト・ゾンビ)の強さは未定。チーム内にひとりでも敵感知(センス・エネミー)不死者(アンデッド)を感知する手段を持っていたら違った展開になったはず。
・ティナが“不動金剛盾の術”を雑に説明したのはまだ全幅の信頼を寄せていないから。盾が魔法に弱いことは意図して伏せている。効果時間は誤魔化せないので事実とするが、ふんわり設定。

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