骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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後日談
死者の都(ネクロポリス)


 帝国に両親を残し、乗合馬車に揺られること数日。少女はバハルス帝国とリ・エスティーゼ王国の間、カッツェ平野北部にある小さな街に到着する。

 

「お嬢ちゃん、着いたぞ」

「あ、はい。お世話になりました」

 御者に声をかけられた少女が下車の用意をする。

 乗合馬車なので客車は大きいが、少女以外に客はいない。荷物は小さな背負い鞄だけで武装の類は無く、旅装束に身を包んでいる以外は普通の町娘と変わらない。

「この先に冒険者組合がある。赤い看板だ。……寄り道するなよ?」

「ご親切にありがとうございます」

 少女は不愛想な御者に会釈すると馬車を後にする。

 降り立った街の名は「ヴァディス自由都市」。帝国と王国の共同出資により運営されており、カッツェ平野に発生する不死者(アンデッド)の討伐を生業とする冒険者や帝国騎士、そしてそれを支える商人たちで成り立っている。その物々しさから雰囲気は砦に近い。

 当然、そんな街に非武装の少女がひとりで出歩けば目立つ。変な輩に目を付けられる前に護衛を雇う必要がある。

 

 少女は御者に教えられた赤い看板を探し出し、迷わず戸をくぐる。受付に真っすぐ向かうと、歓迎する受付嬢に手短に用件を述べた。

死者の都(ネクロポリス)までの護衛を雇いたいのですが」

「ご指名したい方はいらっしゃいますか? または予算に見合った方をご紹介できますが」

「えっと、銀貨20枚でお願いします」

「畏まりました」

 受付嬢が名簿を取り出し、ページをめくっては指を這わす。途中「男性のみのチームよりは女性がいたほうが良いですよね?」と聞かれた少女は強く頷いた。

 

 しばらく待つと冒険者の写し姿と経歴が書かれた紙を提示される。

「こちらの金級(ゴールド)の2人でしたら往復で銀貨18枚で雇えますが、如何ですか?」

「え、金級(ゴールド)の方をですか!? その、宜しいのですか?」

 少女は提示された金額に驚く。

 安すぎるのだ。一般的な職人の日給が銀貨1枚。二泊三日の運搬人(ポーター)が銀貨6枚という相場だ。だというのに冒険者2人を、それも金級(ゴールド)を銀貨18枚で雇えることに、“何か裏があるのでは”と勘ぐってしまう。

「はい。死者の都(ネクロポリス)へ続く街道は安全ですので、危険度を考慮しますとこの金額が適正となっております」

「安全なんですか?」

「ええ、モモンガ様の御威光により、ね」

 

 詳しく話を聞くと、死者の都(ネクロポリス)の樹立以降、都市に集まる大量の不死者(アンデッド)が作りだす濃厚な死の気配によって、カッツェ平野全域の危険度が増したという。しかし件の街道は死の支配者(オーバーロード)たるモモンガ様の御威光により、安全が保障されているらしい。

 そして当の死者の都(ネクロポリス)からは、周辺を彷徨う不死者(アンデッド)の討伐に対して様々な支援がヴァディス自由都市へされており、それを目当てにした冒険者たちでかつてないほど活気づいているとのことだった。

 

 受付嬢が声を落とす。

「ここだけの話、お客様が独りで向かわれても大丈夫だと思いますよ。――まあ、道を逸れなければ、ですが。如何しますか?」

「いえ、や、雇わせて頂きます」

「承りました。ではこちらにサインと依頼目的をご記入して頂き、左手の階段を上って1番の部屋でお待ちください」

 

 

 

 

 

「失礼するぜ。お前さんがリュッカーさんかい?」

 部屋で待機していると如何にも熟練の冒険者といった大柄な男が現れる。

「はい、カーリン・リュッカーと申します」

「俺はステン・ヨンソン。そしてこっちが――」

「アンナ・バールレンクビストよ。苗字は長いから、アンナって呼んでくれて構わないわ」

 ステンの後ろから相棒であろう女性冒険者が名乗りでる。

 

「依頼内容の確認だけど、死者の都(ネクロポリス)へ墓参りに行く間の護衛ってことで間違いないかい?」

「はい。あの、死者の都(ネクロポリス)へは初めてなんですけど、片道どれくらいかかりますか? もしかして日数によって報酬の割増とかあるのでしょうか」

 

 カーリンは思い切って疑問を投げかけると、アンナが苦笑交じりに答える。

「安すぎて不安かい? まあ、話は単純さ。死者の都(ネクロポリス)関係の依頼には色が付くから、報酬の心配はいらないよ」

 アンナの言葉に頷きながらステンが補足する。

「討伐依頼の方が稼ぎがいいから皆あっちに流れちまってるがな。死者の都(ネクロポリス)への輸送や護衛は、俺らみたいな少人数か、何か理由があって無茶できない奴が請け負うことになってるのさ。ああ、それと日数か……」

 言葉を区切ったステンがまじまじとカーリンを観察する。

 

「それに関してはお前さんの体力次第かねえ。徒歩なら1日半、馬なら数時間。銅貨1枚で馬を借りれるから、俺は馬をおすすめするが、どうする?」

「申し訳ありません、乗馬の経験が無いので……」

 

 カーリンが難色を示すと、アンナが明るく笑い飛ばす。

「私の後ろに乗れば大丈夫よ。少し特殊な馬だけど、すぐに慣れるわ」

「では、お言葉に甘えて馬にします。後は――、出発は明日を予定しているのですが、数時間で着くなら10時頃にこちらの組合に集合で宜しいでしょうか」

「それで大丈夫よ。安全とはいえ、日が高いうちに着きたいからね」

 

 おおよそ話が纏まったところでアンナが場を締める。

「それじゃあ、移動に必要なものはこっちで用意するから。今日のところは宿屋に案内して解散にしましょう」

「お手数をお掛けします」

「気にしなさんな。この街は荒くれ者相手の店が多いからね。可愛い依頼主さんが如何わしい店に引っかけられる方が困るわ」

 

 

* * *

 

 

 翌日、カーリンは再び訪れた冒険者組合の前で、ステンらが用意した馬を見て目を丸くする。

「初めて見るようだな。驚いたか?」

「これが数時間で着く理由よ。疲れ知らずだから直行できるって訳」

 “骨”だった。昨日の会話を思いかえしてみれば、確かにアンナは「少し特殊な馬」と言っていたような気がするが。

 

「はい、これを着たら出発よ」

 カーリンが骸骨の馬(スケルトン・ホース)を前に固まっていると、アンナから厚手の外套を渡される。

「あの、これは?」

「カッツェ平野は霧が濃いから。コイツで走ると濡れるし、身体を冷やさないためにも必要よ」

 言われるままに外套を羽織ると、先に乗馬していたアンナに引っ張り上げられる。

 視線の高さに僅かに心躍る。これが骸骨の馬(スケルトン・ホース)でなければまた違った感覚を味わえたかもしれない。

 

 

 

 

 

 出発してすぐに、一行は霧に包まれた。

 初めは骸骨の馬(スケルトン・ホース)の速さに恐怖を覚えたカーリンだが、それにも徐々に慣れて周囲を見る余裕が生まれる。とはいえ霧深い街道は見通しが悪く、広大な平野を楽しむことはできない。

 

 骸骨の馬(スケルトン・ホース)は結構な速さを維持しながら走り続けていた。ステンによると“襲歩(しゅうほ)”と呼ばれる速度で、一般的な軍馬でも5分ほどしか持たないらしい。

 振り落とされないようにアンナの腰を強く抱きなおすと、彼女が肩越しに振り返る。

「中間地点に休憩所があるからそこで小休止を挟むけど、その前に“休憩”が必要なら遠慮しないで言いなよ」

「はい! 分かりました!」

 馬の勢いに思わず大声で返事をしてしまい恥じ入る。

 アンナの心遣いに感謝しつつ、しかし、例え催したとしても不死者(アンデッド)が闊歩する平野の真ん中で致す気にはなれない。休憩所まで我慢しようと決心する。

 

 

 

 

 

「ようこそ、いらっしゃいました」

 漏らしそうになった。

 休憩所で出迎えてくれたのは、“駐在員”を名乗る死者の大魔法使い(エルダーリッチ)だった。

 

「ヴァディス冒険者組合の者だ。休ませてもらうぜ」

「ごゆっくりどうぞ」

 ステンが駐在員に挨拶する横を、アンナに手を引かれながら手洗い場へと連れられる。正直腰が抜けかけていてありがたい。

「さあ、奥に個室があるから。行っておいで」

「あ、ありがとうございます」

 

 用を足して休憩所に戻ると、ステンが共用の炊事場らしきところで火を起こしていた。

「リュッカーさん、急かすようで悪いが、こいつを飲んで温まったらすぐに出発だ」

「分りました」

 

 急かすステンにアンナが問う。

「何かあったのかい?」

「近くで不死者(アンデッド)が活性化しているらしい。既に討伐に動いているらしいんだが、早めに離れたい」

「ああ、流れ玉が飛んで来ないとも限らないしね」

 2人の会話を聞いてカーリンはなるほどと思う。街道の安全が保証されているとはいえ、近くで戦闘が発生すれば魔法や矢が飛んでくる可能性があるようだ。

 

 一行は茶葉で軽く味が付いたお湯を流し込むと、死者の都(ネクロポリス)へ向けて再出発した。

 

 

* * *

 

 

 それから間もなくして死者の都(ネクロポリス)に到着する。恐らく正午を過ぎたばかりのはずだが、霧が濃いために空を仰いでも太陽の正確な位置は分らない。ただぼんやりと光る太陽であろう光の存在に、妙な安心感を覚える。

 視界不良で全容が把握できないものの、城塞都市エ・ランテルの城壁よりも遥かに高く重厚な壁が、都市全体を取り囲んでいるのが分かる。

 

 そして入り口らしき大門に近づくと、意外な光景が飛び込んでくる。

 ヴァディス自由都市からここに至るまで、生者らしい生者とはひとりもすれ違うことが無かったのに、大門の左右には人間や亜人など、一目見て生者と分かる者たちの集落があった。

 

「驚いたか? 彼らはモモンガ教の信者たちだ」

 ステンによるとモモンガ教の聖地はスレイン法国の神都にあるのだが、一部の熱心な信者が「死者の都(ネクロポリス)はモモンガ様が興した都市」ということで、遥々と巡礼に訪れているという。

 しかし、基本的に死者の都(ネクロポリス)は生者を受け入れていない。アインズ・ウール・ゴウンに貢献した者、貢献して死亡した者、各都市の協力関係にある神殿に属す者、そしてそのいずれかの関係者と繋がりがある者に限られる。

 都市に入れなかった信者たちが大門の前で祈りを捧げるようになり、いつしかこうして集落を形成するようになったという。

 

「噂じゃ大々的に区画を整備するらしいが、どうなんだろうなあ。――じゃあ俺は厩舎に馬を預けに行くから、アンナは検問所に案内してやってくれ」

「了解。さあ、降りて」

 アンナに鞍から降ろされると、ステンに骸骨の馬(スケルトン・ホース)を預け、一足先に検問所へ向かう。

 

 

 

 

 

 またしても死者の大魔法使い(エルダーリッチ)だった。

 検問所は他の都市と同じ“兵士の詰め所”といった風情だが、詰めているのは不死者(アンデッド)。その数は片手で数えられる程度だが、ここに詰める不死者(アンデッド)だけで小国を落とせるとの噂だ。

 

死者の都(ネクロポリス)へようこそ。名前と出発地を」

 検査官役の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は想像以上に穏やかな声だった。

「カーリン・リュッカーです。バハルス帝国帝都から参りました。こちらはアンナ・バールレンクビストさん。ヴァディスで雇った冒険者の方です。あともう一人いるんですけど……」

「“月下の流星”のおふたりですね。存じあげております」

 どうやら先方は2人のことを知っているようだ。

 アンナがカーリンの背中越しに補足する。

「ステンは馬を預けに行ってるわ」

 

「畏まりました。では、リュッカー様、ご来訪の目的をうかがいましょう」

「あ、祖母の墓参りに。名はデリア・リュッカーです」

「デリア……、リュッカー。ふむ、少々お待ちを」

 検査官が一見して他国のそれよりも分厚い台帳をペラペラとめくる。

 

「ありました。ほう、雲海地区ですか。ご立派な最期を遂げたようですね。――こちらをどうぞ。墓所の住所となります」

「あれ、聞いていたのと違う」

 両親から聞いていた住所と違うことに首を捻る。

「ご引っ越しの記録がございますね。現在は雲海地区の3番地19号301号室となっております。死者人口も流動的でございますので、珍しいことではありませんよ。――では、最後にこちらをお持ちください」

 住所を確認し終えると、手のひら大のペンダントを手渡される。

 清涼な雰囲気を醸し出す女性の横顔が彫られた、銀のペンダントトップだ。

「お守りです。治安は良いのですが、やはり死の気配は生者には障りますので。来訪者の方には身に着けて頂いております。お帰りの際にこちらへご返却ください」

 

 最後に「行ってらっしゃいませ」と頭を下げる検査官に別れを告げ、アンナと共に門をくぐる。

 死者の都(ネクロポリス)に踏み込んだ第一印象は“普通”。帝都と同じように、大通りに沿う形で商店や宿屋らしき建物が並んでおり、意外と生活感があった。

 唯一違和感を覚える違いといえば、“静か”なことだろう。

 

「私ら“付き添い組”は、この宿場区から奥には行けないから。ここから先はひとりで行ってきな」

「え、そうなんですか!?」

「そんな不安がらなくても大丈夫よ。用事が終わったらそこの宿屋に呼びにおいで」

 

 

* * *

 

 

 アンナに見送られて大通りを進む。途中、道端に設置されていた地図で雲海地区を確認する。目指す地区は小高い丘の上、都市の中央付近らしく、まだまだ距離があるようだった。

 霧の中、記憶にある地図を頼りに、どこまでも続く石畳を延々と歩く。人通りは多いものの、その行きかう者たちが不死者(アンデッド)なのか、それとも生者なのかが一見して分からない者が多い。

 

 何度となく死者の都(ネクロポリス)の旗を掲げた荷馬車とすれ違う。運んでいるのはおそらく食料だ。

 モモンガ様が打ち立てた“死後契約”は、モモンガ教の信徒を中心に普及し始めており、既に履行も始まっている。その為、食料を運ぶ死者の都(ネクロポリス)の荷馬車は他国でも目にする機会があり、珍しいものではなくなりつつある。

 

 かく言うカーリンの祖母、デリア・リュッカーもモモンガ教の信者で、“死後契約”の契約者。今では死者の都(ネクロポリス)の労働力となり、日々畑を耕しているはずだ。

 そして彼女の世話した畑から年に1度、100キロの小麦粉が孫であるカーリン宛てに届く。帝国市民の平均年間小麦消費量の約半分と言えば分かりやすいだろうか。パンにして1000個分の生活費が浮くことになるので、平民階級としてはこの上なくありがたい話だ。

 

「お婆様……」

 ひとつ心残りがあるとすれば、祖母の葬儀に顔を出すことが出来なかったことだろう。全寮制の学校で卒業に向けて大切な時期だったこともあり、祖母の死も、そして自分宛てに死後契約が為されていたことも後から知ったのだ。

 鮮血帝が血の粛清を成したとき、祖母は「血筋やコネが効かなくなる時代が来る」と予見し、孫のカーリンに全てを託すように両親を説き伏せた。

 平民が上り詰める機会をふいにしてはならないと、一族の運命を託すため、カーリンに教育を施してくれたのだ。

 

 そんな祖母に、不死者(アンデッド)になったお婆様に、もうすぐ会う。

 両親によれば、祖母は契約により与えられた墓所と畑を往復するだけの身だが、意思も無く、物言わぬ以外は生前と同じらしい。

 実は今日という日に特別な意味はない。学校を無事に卒業したこと。奉公先が見つかったことを報告しに来たのだ。

 ここが死者の都(ネクロポリス)であることを除けば、至って普通の墓参りと言える。

 

 

 

 

 

「おい、この先は行政区だぞ。ここの住人ではなさそうだが、迷子か?」

「え!?」

 考え事をしていたせいか、不意な「行政区だ」という言葉に焦る。

 投げかけられた声に顔を上げると、目の前には漆黒のワンピースドレスを纏った、長い金髪の少女が立っていた。歳は近そうだが背丈は低い。ぶっきらぼうな物言いとは裏腹に、可憐な容姿をしていた。

 霧の中、防寒具を羽織らないその姿に肌寒さを覚えるが、台詞から少女が死者の都(ネクロポリス)の住人ではと思い至り、そして気づく。生者には叶わない透き通るような白い肌。唇からわずかに覗く鋭い犬歯。そして血のように赤い瞳。

 間違いなく人外だ。

 

「あの、雲海地区の3番地に行きたいんですけど」

「雲海地区は少し戻ったところだ。――もしかして、宿場区から歩いてきたのか?」

「はい、そうですけど」

辻馬車(タクシー)を使えば迷わずに済んだだろうに。まあいい、付いてこい」

「あ! はい!」

 歩き出す少女を慌てて追いかける。

 

 

 

 

 

「なるほど、その冒険者が伝え忘れただけかもしれんが、もっと周知させた方がいいな」

「いえ、辻馬車は帝都にもありますし、思いつかなかった私が悪いんです。でも、無料はいいですね。羨ましいです」

 聞けば死者の都(ネクロポリス)の辻馬車は行政が管轄する奉仕的な活動とのことで、帝国のそれとは違い完全に無料らしい。馬と御者が不死者(アンデッド)だからこそできることでもあるようだが、平民としては帝国でも無料にしてほしいと願わずにはいられない。

 

「ここの辻馬車をそのまま同盟国に輸出するつもりだったらしいがな。カッツェ平野の状況を鑑みて計画は白紙になったようだ」

「カッツェ平野の状況、ですか?」

骸骨の馬(スケルトン・ホース)がそこらを走り回ってみろ。墓地の管理だけでも手がかかるのに、自然発生する不死者(アンデッド)に悩まされることになるぞ」

「た、たしかに……」

 その理由に納得する。帝国市民であれば兵士が墓地を巡回していることや、軍団規模でカッツェ平野の不死者(アンデッド)を間引いていることを知っている。そして帝国が勝利を収めた先の戦争で起こった城塞都市エ・ランテルの悲劇も伝わっている。

 善悪の意志に関係なく、死の気配が不死者(アンデッド)を呼ぶのなら、ここの辻馬車をおいそれとは走らせることはできないだろう。

 

 ふと、道端に立つ死の騎士(デス・ナイト)に注意を引かれる。

 死者の都(ネクロポリス)では区画の各要所に死の騎士(デス・ナイト)が警備兵として配置されていた。ここに来るまでにも何体もの死の騎士(デス・ナイト)を目にしてきたが、いま目にしている1体の足元に、花を添える少年がいたのだ。

 

 その視線に気づいたのか、隣を歩く少女が語る。

「この街に来たということは“死後契約”を知っているだろ?」

「はい。私の祖母も契約者ですので」

「なら話は早い。“あれ”はその契約のひとつの形さ」

 

 件の少年が花を添える死の騎士(デス・ナイト)はその縁者、死後契約をした者だという。

 おそらく戦うことを生業としていた者が、死後に死の騎士(デス・ナイト)となって奉仕することを望んだのだろうと。

 言われてみて改めて観察すると、死の騎士(デス・ナイト)の首には「トルステン・ハグベリ」と刻まれたプレートがかかっていた。名前の響きからリ・エスティーゼ王国出身だと分かる。

 少年の他に年長者が近くに居ないことが気掛かりだ。墓参り――と呼んでいいのか分からないが、独りで遥々王国からお参りに訪れたとすれば、少年と死の騎士(デス・ナイト)の関係を慮ると胸が締め付けられる。

 

「そら、雲海区はこの坂を上った先だ」

 カーリンを呼ぶ声に、後ろ髪を引かれる思いで歩を進める。

 

 

 

 

 

 長い坂を登りきると、急に視界が拓ける。

「うわあ、凄い」

 周囲を見渡せば、そこが雲海地区と名付けられた由来を知る。丘の頂上付近に出ており、眼下には雲海を思わせる霧が広がっている。丘に建てられた建築物は、さながら雲の海に浮かぶ小さな街だった。

 空を見上げると傾き始めた太陽がさんさんと輝いている。

 久々の太陽光に、カーリンはホッとする。

 

「お別れだ。ここまで来れば標識もあるし、迷うこともないだろう」

「ありがとうございました。あの、そう言えばお名前を伺っていませんでした。私はカーリン・リュッカーと申します」

「あー、そうだな。今更な気もするが、キーノだ。――じゃあな」

「キーノさん、お世話になりました」

 礼を述べて頭を上げると、キーノと名乗った少女は姿を消していた。

 

「え!? あれ?」

 忽然と姿を消した少女を探そうと辺りを見渡すも、背丈の違う通行人が疎らに居るだけで少女の姿はない。

 すわ幽霊かと疑うも、ここが死者の都(ネクロポリス)だったことを思い出し、「不思議な体験ができた」と自分を納得させる。

 

 

* * *

 

 

 標識を頼りに歩を進め、ようやく目的地に着く。見上げたそこは、帝国のものよりもやや大きい4階建ての集合住宅。これが墓所だというのだから驚きだ。

 玄関口を入ってすぐのところに表札が並んでいる。1階は広間になっており、遺族が複数人で訪れた際の“休憩室”も兼ねているようだった。

 

 目指す祖母の部屋は最上階。

 歩き通しの足腰には辛い。

 

「や、やっと着いた……」

 階段を登りきり、301号室の前。返事をする者が居ないと理解しつつもノックをし、ドアノブをひねる。両親から聞いた通り、鍵はかかっていない。

 治安の良さがうかがえる。

 

 まずは部屋の掃除、それからお供え物をして、と今後の予定を立てていると――。

 

「よく来たわね、カーリン」

「きゃっ!?」

 まさかの出迎えに仰天する。

「おや、驚かせてしまったね。大丈夫かい?」

「お婆様!?」

 生前と変わらぬ祖母の姿に安堵するものの、自我を以っての出迎えに混乱する。

 その混乱を感じ取ったのか、祖母が苦笑する。

 

「驚くのも無理はないけどね。私はお前の祖母、デリアで間違いないよ」

「お婆様なのね? 悲鳴を上げてしまってごめんなさい。でも、お父様たちには、その、自我は無いって聞いていたので」

「ウィレムを責めないでやっておくれ。私が目を覚ましたのはつい先月の話だからね。……と、2人は来ていないのかい?」

 

 祖母に両親不在の理由を伝える。

 現在、カーリンの両親は職業訓練に勤しんでいた。鮮血帝の影響に加えて帝国が共栄圏に参加したことで、帝国市民を取り巻く雇用状況が劇的に変化した。元々能力主義だった帝国がより個人の能力を重んじるようになり、また能力や技術の研鑽と共有に力を入れるようになったのだ。

 カーリンの父、ウィレム・リュッカーの場合は、軍縮による希望退役者であり、国への奉仕実績から職業訓練中に給付金を受けることができた。ウィレムはその給付金を妻の受講料に充て、晴れて夫婦そろって訓練中というわけだ。

 

「ほう、あのエッダがねぇ。それに、ウィレムが除隊を選ぶなんて、大したもんだ」

 帝国で軍人になることはさほど難しいことではない。しかし、平民である場合、高い教育を受けているか、または剣術や魔法など、他を圧倒する実力がないと下士官止まり。大きな出世は望めないのだ。

 共栄圏のもとで比較的安全となった軍に所属していた方が生活は安定していたかもしれない。しかしそれは命を担保にした安定であり、祖母としては危険のない職について欲しいというのが本音だったようだ。

 

「それにしても、こうしてまたお婆様と話せて嬉しいです」

「そうだね。私も会えて嬉しいよ」

 同意する祖母だが、その表情は暗い。

 

「お婆様?」

「ああ、カーリンに会えて嬉しいのは本心さ。ただ、目覚めたことが本当に良いことなのか、私には分らないのさ」

 祖母は畑仕事をしている最中に自我が――、意識を取り戻したという。

 そして、強大な存在に支配されていた“心地よさ”から突然放り出されたような、一種の心細さを感じたまま立っていると、死者の都(ネクロポリス)の兵士、死の騎士(デス・ナイト)たちに拘束、連行されたのだ。

 

 どうやら死者の都(ネクロポリス)の管理者たちは祖母の支配権を何者かに奪われたか、または滅ぼされたと勘違いしていたようで、死の騎士(デス・ナイト)が拘束した相手が当の消えた祖母本人だったことに大層驚いたそうだ。

 諸々の調査の後、死後契約の継続意志や死者の都(ネクロポリス)への残留意志を確認され、今に至るらしい。それが“引越し”の主だった理由であり、現在は書記官として働いているという。

 

 聞く限り、カーリンには祖母の待遇が良くなったように思えたため、祖母が意識を取り戻したことに対して思い悩む理由が分からない。

 それを察した祖母が静かに語る。

 

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 カーリンはハッと息を呑む。

 不死者(アンデッド)となった者が再び意識を取り戻す確率は非常に低いはずだ。それこそ死者の都(ネクロポリス)の管理者たちが驚くほど非常に稀なことだと分かる。

 ということは、両親やカーリンが同じようになれる保障はどこにもないのだ。

 

「まあ、色々と心の整理は必要だねえ」

 遠くを見る祖母になんと声をかけて良いのか分からず、カーリンは俯いてしまう。

 祖母を慰められるほど深い人生経験を積んでいないのだ。いや、そもそも慰めるという行為が正しいのかさえ分からないのだ。

 

 そんなカーリンの頭をそっと祖母が撫でる。

「せっかく来てくれたのに、湿っぽくなって悪いね。――さあ、気持ちを切り替えようじゃないか。こうして会いに来てくれたということは、学校、卒業したんだろう? カーリン、話を聞かせておくれ」

「――はい、お婆様」

 

 カーリンは顔を上げると、笑顔を見せる。

 そして学校に入学してから今日までの日のことを、少しの誇張と精一杯の明るさで語って聞かせるのだった。

 

 




独自設定と補足
・ヴァディス自由都市はオバマスで登場する都市。作者は未プレイでwikiからの知識しかないので、都市に関わる描写は独自設定とさせていただきます。
・主人公カーリン・リュッカーは18歳。元軍人の父ウィレム、専業主婦だった母エッダ、モモンガ教の祖母デリアを持つ。祖母のデリアは神殿関係者で、運良く教育を受ける機会があった。ドイツ系の名で統一。
・冒険者のステン・ヨンソンとアンナ・バールレンクビスト、死の騎士(デス・ナイト)のトルステン・ハグベリは、リ・エスティーゼ王国出身者。スウェーデン系の名前で統一。
・途中で出会う少女はあの人。死者の都(ネクロポリス)に別荘を持つ。
・死後契約は相手に合わせたバリエーションがある。
・オーバーロードの世界において、支配を受けている自我の無い動死体(ゾンビ)が自我を持つ、または自我を取り戻せるかは不明。当二次創作内では死者の都(ネクロポリス)に立ち込める死の気配が奇跡的に作用した稀な例とする。
・今後も後日談を投稿するかもしれませんが、基本的に各話一話限りの物語になります。また時系列などもバラバラとなります。

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