骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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if:自然を愛した男

 モモンガとやまいこの転移から数百年後。アインズ・ウール・ゴウンは世界の大半を支配下に収めていた。

 ここで“大半”とする訳は、共栄圏への恭順を強制せずに各勢力の判断を尊重した為であり、それらに加えて()()()()()()()()()()()()()が存在するためだ。

 

 完全環境都市(アーコロジー)は普及した。より正確には完全環境都市(アーコロジー)の基本概念を噛み砕いた都市設計が普及していた。アインズ・ウール・ゴウン共栄圏に加盟し、一定の技術力を持つ共同体に限る話ではあるが、その住み慣れた都市や集落の再構築が進んでいた。

 その都市機能は、現実(リアル)世界のそれと比べるとだいぶ劣る。それでも従来の都市構造体よりも立体化が進み、社会的資源運用の効率化に成功したのだ。

 興味深いのは各完全環境都市(アーコロジー)の建築様式で、モモンガとやまいこの願い通り、各々の種族や文化に基づいた建築様式が生きている点だろう。

 

 ナザリック地下大墳墓の第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレが治めるフィオーラ王国も大きく発展していた。闇妖精(ダークエルフ)の人口に大きな変化はないものの、トブの大森林を掌握しており、森に属する亜人たちも繁栄を遂げたのだ。

 森の繁栄に大きく貢献したのは、アゼルリシア山脈に住む山小人(ドワーフ)たちだった。森の東西を遮るように鎮座するアゼルリシア山脈に、大トンネルを通したのだ。これによりトブの大森林の東西を縮めただけでなく、リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の距離をも縮めたのだった。

 

 フィオーラ王国には御神木と呼ばれる象徴的な巨大樹が生えている。森祭司(ドルイド)魔法で成長を促した、品種改良されたトレントだ。高さは100メートルにもなり、意思は持たないものの、周囲の土壌を豊かにするバフを発動している。

 かつてこの地を荒らした魔樹とは正反対の存在だ。

 

 そんな御神木の天辺に、ひとりの異形が佇んでいた。

 彼は樹上からフィオーラ王国を、闇妖精(ダークエルフ)流の完全環境都市(アーコロジー)を見下ろし、その有り様に感心していた。

 

 

 

 

 

「300年くらいだっけ? これが、あの2人が作り上げた、守り続けた自然か」

 眼下に広がるのは、幾何学模様に広がる水路に区切られた都市群。建築物の大小に関わらず、ほぼ全ての屋上が緑化されている。そのため都市の輪郭が曖昧で、まるでトブの大森林に溶け込んでいるようだった。

 各建築物の高さはまちまちだが、どうやら10階を超えるものは無さそうだ。それが法的な理由からなのか、それとも技術的な理由からなのかは分らないが、おかげで御神木からの眺めは良い。

 

 研究分野が偏っているものの、国を挙げての支援にも好感が持てる。支援を受けるための審査は厳しいらしいが、学者を活かせる国は豊かになるからだ。

 そして一次産業の主力は農業と林業。生産物を加工した様々な酒が特産品らしい。安易に大量生産せず、グレードに合わせて流通量を調整することで価格を維持していた。

 

「見事なものだ」

 現実(リアル)完全環境都市(アーコロジー)と比べても遜色がない。いや、断然こちらの方がいい。なによりも空気が美味い。森林浴ができる。それだけで荒廃した現実(リアル)に勝るというもの。

 人工心肺が無くても生きていける、素晴らしい世界だ。

「それに、酒で目が潰れる心配もないしな」

 

「――でも、不自然だ」

 自然環境は守られている。しかし、人々は完全環境都市(アーコロジー)に閉じ込められ、移動は厳しく制限されていた。人口が増えすぎないようにと手も入れている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これは、俺が憧れた自然なのだろうか?」

 人と自然の距離感に違和感を覚える。うまく言えないが、もっと気軽にキャンプができたらと思う。もっと身近な自然に憧れていたはずだ。

 

 全てが管理された都市。

 しかも、そこに住む者はそれに気づいていない。

 

 “巨大複合企業”、その言葉が頭をよぎり、追い出すように頭を振る。

 

「いや、分かってはいるんだ」

 俺が望んだ自然は、()()()()()()()()()()()()

 環境の変化で砂漠化が進めば、迷わず緑化しようとする程度に身勝手なものだ。

 

 研究に身を捧げた半生を振り反る。

 あの荒廃した世界で自然環境を復活させようと足掻いた。

 

 だから、知っている。

 人は小さなフラスコの中でしか自然を守れない。

 

 文明の成長と資源の消費は切っても切れない関係だ。

 この世界には魔法がある。だからといって、生産魔法や森祭司(ドルイド)魔法で補いきれるものではない。その担い手、絶対数が足りないと聞く。

 であるならば、管理するしかない。

 

 かつて俺がやっていたように、フラスコや水槽のなかで守るしかない。

 あの2人がしているのはそれだ。自然環境と自然破壊の原因、どちらを閉じ込めるか。違いはそれだけだ。

 

 

 

 

 

「こちらでしたか。ブルー・プラネット様」

 呼ばれて振り返れば、そこにはNPCのデミウルゴスが立っていた。

 オールバックに丸眼鏡。ストライプ柄の赤いスーツに、先端に棘を生やした尻尾。ゲームで見たままの姿だ。

 まだNPCが生きているという事実に慣れない。

 

「そろそろお戻りにならないと、お身体に障ります」

「そうは言っても、異常は感じないんだけどな」

「今しばらくのご辛抱を」

 対応こそ丁寧なものだが、デミウルゴスはお目付け役だ。

 

 俺はまだ、正式に“御方”としてナザリック地下大墳墓に帰還していない。

 その意思表示をしていないのだ。

 

 この世界に転移してきたとき、漠然と「俺は死んだ」と感じた。その死因も状況も何もかも思い出せないが、現実(リアル)世界で確かに死んだ。

 目覚めた場所はナザリック地下大墳墓の第九階層、円卓の間(ラウンドテーブル)。たまたま清掃にきた一般メイドに発見され、連絡を受けた2人がすぐに会いに来てくれた。

 

 数十年ぶりの再会に初めは懐かしさが勝っていたが、会話が進むにつれて徐々に違和感を覚えた。

 言葉を交わせば、かつての気心の知れた遊び仲間。しかし、「こんな人だったっけ?」と首を傾げたくなる時があった。記憶の中の彼らと同じようで、どこかが違う。「久しぶりに会った知人の雰囲気が変わっていた」なんて話は珍しくもないので、“まるで別人”と言い切れないところがもどかしい。ただ漠然とした違和感だけが存在した。

 

 そして、その違和感の正体を、当の本人たちに明かされた。

 

 ユグドラシルのサービス停止と同時に起こった転移。

 種族特性に引っ張られる人格。

 そして転移してから過ぎ去った時間。

 

 どれも眉唾な話だった。だが納得もできた。目の前の2人が死に際の幻なら、記憶の中の彼ら――、“想い出の中の彼ら”が語りかけてきたはずだ。

 でもそこに居たのは、変異しつつも友人たろうとする、かつての仲間だったのだから。

 

 ともあれ、2人は包み隠さず全てを語ってくれた。それこそ後ろめたいことも、全てだ。そして「復活直後は記憶の混乱もあるだろうから、安静にしてほしい」と頼まれたので、従っている。彼らの紳士的な態度、誠意を裏切りたくはなかったのだ。

 強いて言えば、少々心配しすぎな気もするが、“NPCたちの忠誠心”とやらを聞けば、過保護に思える扱いもやむなしだと諦めることができた。

 

 転移とやらに懐疑的で、未だにこれが「死に際の夢なのでは」と疑っていることも恐らくバレている。お目付け役に守護者最弱のデミウルゴスを付けているのも、彼らなりの気遣いだ。

 

「――仕方がない。戻るとしよう」

「恐れ入ります」

 

 ふと、デミウルゴスの生みの親、ウルベルトのことを思い出す。あれほど歪な社会を憎んでいた彼が、この世界を見たらどう思うのだろうか。

 やはり“ナザリック(勝ち組)”に憎悪を向けるのだろうか。

 

「デミウルゴス」

「はい」

 足を止めた俺に合わせ、デミウルゴスも数歩後方で待機する。

 その“優秀な秘書官”といった佇まいに思わず苦笑する。

 ウルベルトさんに見せてやりたい。彼の情熱が形となり、動いているのだ。2人揃ったらさぞかし絵になるだろう。

 

「もしもウルベルトさんが帰還して、そしてモモンガさんたちと敵対したなら、お前はどうする?」

 その問いにデミウルゴスはほんの僅かに顎を引く。

 忠誠心を試す言葉に長考するかと思いきや、意外とすぐに返事が返ってくる。

「アインズ・ウール・ゴウンの為に、ウルベルト様に付いて行きます」

 

 その言葉を何度も咀嚼する。

「なるほど。“意思を持つ”とはこういう事か」

 数百年という年月は悪魔にも影響を与えるようだ。そうでなければ悪魔らしくない。ウルベルトさんがそういった設定を織り込んだか、あるいは転移した時になにかが起こったのか。

 まあ、単純に「生みの親より育ての親」という線もある。

 

 デミウルゴスに目をやると何か思うところがあるのか、珍しく表情が硬い。

「どうした、デミウルゴス」

「ブルー・プラネット様、これは私個人の言葉として受け取っていただきたいのですが」

 そう前置きをしたデミウルゴスは姿勢を正す。

 俺は無言で先を促す。

 

「我々シモベは、御方が元は人間であると知っております」

「っ!? ――そうだったのか」

 動揺を隠せなかった。

 モモンガさんたちからは、NPCがギルドメンバーのことを“御方”と呼び崇拝していることは聞いていた。だがそれ以上の説明は無く、てっきり創造主と被創物の関係性がそうさせているのだと思っていたのだ。

「薄々“そうなのでは”と勘ぐっていた者はおりましたが、モモンガ様とやまいこ様の告白により確信に至りました。しかし、今も昔も変わりなく、いえ、むしろ昔以上に、敬愛しております」

「なぜだ?」

 問わずにはいられない。

 彼らは真実を知って幻滅しなかったのだろうか。

 

「モモンガ様とやまいこ様は、ナザリック地下大墳墓が転移した時、人の世に紛れて生きていくことができたはずです。我々に墳墓を出るなと命じることもできました。我々に自害しろと命じれば、簡単に過去を清算できたはずです」

 つまり、モモンガさんたちは当時不確定要素だったNPCの守護を選んだ。もしかしたら危険性に思い至らなかっただけかもしれないが、事実として彼らはナザリックを守ろうと動き、NPCたちと行動を共にした訳だ。

 もっと楽な生き方、巨大な組織を運営せずともこの世界で生きていけたはずなのに、そうしなかった。

 

「我々シモベは救われたのです。ユグドラシル時代だけでなく、この世界でも救われたのです。――あの御二方を裏切ることは、私にはできません」

 デミウルゴスは口をつぐむ。

 

 一抹の疎外感。

 

 絆の強さが窺えた。

 いったいどれだけの刻を共に過ごせば、この悪魔にここまで言わしめるのか。あの日、サービス最終日に顔を出していたら、この輪の中に入れていたのだろうか。

 

 転移という現象がなんであれ、彼らは変わった。

 モモンガさんたちも、NPCたちも、必要に駆られた変化だったのかもしれない。

 互いに向き合って得たもの。それが堪らなく眩しい。

 

 

 

 

 

 覚悟を決める。

「デミウルゴス、2人に謁見したいと伝えてくれ」

「っ! 畏まりました」

 一礼するデミウルゴスに、素直な気持ちを伝える。

 

「あの2人を支えてくれてありがとう」

「とんでもございません! 我々はずっと守られてきました。報いるのは当然です」

 ガバリと顔を上げた彼の目に涙が滲んでいる気がした。

 

「変質は免れない。だからこそ、どう変質するかを選ばねばならない」

 やまいこの言葉だ。

 己を受け入れ、向き合わなくてはならない。

「まったく、――長い付き合いになりそうだ」

 

 もっと気楽に行こう。

 あの2人にできたんだ。きっと俺にもできるだろう。

 

 それに、あれだけ望んだ大自然が、手つかずのまま残っているんだ。

 

 まずはこの世界を楽しもう。

 

 


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