過去編です。ここでやっと、タイトルと何故コードネームがスピリタスなのかが明かされます。
久し振りに夢を見た。
炎が正面でうねりを上げ、燃え盛っていた。
夢の筈なのに何故か喉が乾いて、チリチリと肌を焼く炎がやけにリアルに感じられた。
もう今までに何度も見たその景色は自分にとって絶望でしかなくて、ただ呆然と立っている体が恨めしかった。
何度見ても、何度見ても、全く同じ夢で、目が覚めてから何故動かなかったんだと自分を責めるけども今更どうしようもない事も確かで。
父の死を乗り越えて、吹っ切れているつもりだった。この世界での始まりだったせいか、その夢を見た後は酷く憂鬱な気持ちが残った。
パーティーの中で脱出マジックを披露する最中の事故死に偽装され殺害。自分の父、黒羽盗一は目の前で炎に焼かれて死んだ。また、助けられなかった。何故、戻るのがこのタイミングなのかと、神を信じてはいなかったけど酷く恨んで、目の前が真っ暗になった。
そこからの記憶はない。酷くフワフワとした意識の中、気が付くとまたもや炎の中にいた。だが今度は規模が違う。すぐ近くではないものの、自分の周り全てが火の海なのだ。そこでやっと思い出した。そうだ、ここは父の敵を捕まえた場所ではないだろうか。探していたビックジュエルを見つけて、名探偵と協力して壊滅させた奴らの本部だ。それが燃えている。更には点々と見える死体の数々。
考えるまでもないが、恐らく原因は自分にあるのだろう。手から石油系の匂いがする。ジャケットの中にはまだ弾が残った銃が入っていた。
あぁ、疲れた。体もだが、何せ心が疲れてしまった。そうだ、このままここで自分も燃え尽きてしまっても良いかもしれない。特に生きる理由も無いのだし、このまま何もせずとも自分は死ぬだろう。いや、生き延びられるのかさえ怪しい。
目を瞑って、炎に身を委ねようとして、何故か複数の足音を捉えた。自分は全て殺した筈なのにおかしい。ともかく警察や消防じゃないのなら殺さなければいけない。そう思って未だ動かせる手足を音の方向に向ける。
「あら、こんばんは、ぼうや。」
慌てて振り返ると綺麗な女の人がいた。足跡に集中していて気付かなかったか。
「こんばんは、貴方は組織の人間ですか?」
質問がストレート過ぎたか? 女は目を瞬かせると、クスクスと笑い始めた。
「まさかとは思ったけど。ねぇ、これは全部貴方がやったの?」
この言い方からして組織の人間に間違いない。自然と体に力が入る。
「何の事ですか? 僕は一職員の息子ですよ。」
さっき思い出した事だが、自分がこの建物に入る時にそう言って侵入していた。そしてこの女の人が言った内容もあながち間違ってない。ただ、子供1人では職員全員を撃ち殺すのは無理があるので、閉鎖空間で少しずつこっそり人を殺していき疑心暗鬼にさせ、自滅を誘ったのだ。思い返してみても、我ながら非人道的だと思う。
「職員の息子が銃を持っていたりするのかしら。」
何が可笑しいのか、ジャケットの中の膨らみを指さして未だ笑い続ける女の人。ともかく、これ以上粘っても不審さは拭えない様だ。
「あは、バレちゃいました?」
おどけた様に話して銃を取り出すと、女の警戒が上がり銃に意識が集中したのが分かった。そのまま銃を上に放り投げて、自分は気配を薄くして女の脇を駆け抜けた。すぐ様反射で出された足掛けを飛び越えて女の裏にまわる。もう一つ用意してあった銃を懐から取り出して、背中の心臓あたりに突きつける。ヒールのお陰か、身長差のため頭に銃を突きつけられないのが悔しかった。
「チェックメイトです。」
手を上に上げる女。自分が何も言わずとも、銃を床に落として遠くにやった。
「降参だわ。そこそこ自信があったのに、残念。」
その声色は言葉とは裏腹に全く残念そうではなくて、本当に銃を突きつけられている事が分かってるのか不思議でならなかった。それとも殺さないだろうと決めつけているのだろうか。あの死体の海を作り出したのは自分だというのに。
「こちらも残念ですが、貴方の事は殺しますよ。僕も綺麗なお姉さんを手にかけるのは気が引けますが、せめ一思いに殺しましょう。このまま会話を続けると貴方のお仲間が来そうですしね。」
そう言って引き金に手をかけた瞬間、頭が真っ白になる位の衝撃を受けた。
「…ッ!!」
思わず手から落としてしまった銃。崩れ落ちる体。最後にやつらの会話が聞こえて意識を落とした。あぁ、失敗した。何をちまちまやってるんだ自分は。まさか今更女の人を殺すのに躊躇してしまうなんて……
「遅いわよ、ジン。」
「随分と面白そうなガキだったからな。こいつは良い拾い物だぜ。」
「見てて手を出さなかったのね……性格が悪いわよ。それに始めに見つけたのは私なんだから、勿論私が貰うわよ。」
そう言って女は男から庇う様に子供を抱き抱えた。
「ちっ、確かに俺にガキのお守りなんて無理だが。そいつに色々と仕込んでみるのも楽しそうだ。たまに借りる位ならいいだろ。」
「ふふっ、それなら良いわよ。……楽しみだわ。」
この男女の会話、ここまで当事者の意見は全く聞いてないのである。最も、これだけの人を殺しておいて全うな生き方は出来ないし選択肢も大してないのだが。だが、女には自信があった。この子供が目を開けて、抵抗しても最終的にはこちら側に付いて来てくれると。それは何故か。
子供が女を認識した時に、その瞳に驚愕と警戒の他に□□を感じ取ったのは女だけが知る事である。
「ふふっ……やっぱり子供ね。」
女は子供の頭を一撫でした後、またくすりと笑って建物を後にした。
それからは目まぐるしかった。
まずは組織に連れていかれて頭の怪我と火傷の治療。3日後には目が覚めたのだが、目の前には何故か黒の組織の幹部と来たものだ。炎の中では気付かなかったが、ベルモットと名乗られて一気に警戒心が上がった。会話こそした事がないが、情報としてその存在は知っていたのである。
ちなみに自分が壊滅させた例の組織は黒の組織の末端であり、抑制の効かない悪行三昧だったのを目に付けられていたらしい。黒の組織は必要のない殺しはしないし(必要があればする)、あれと一緒にするなと、どちらにしろ黒の組織に壊滅される筈だったと聞かされて、間抜けな顔をしてしまったのは仕方ないだろう。
だが、それでもベルモットに対して警戒は怠らず日々を過ごしていたはずなのだが…………あれよあれよと世話を焼かれて、本当に女がベルモットという組織の一員なのか分からなくなって来た。全く似てない筈なのに自分の残して来た母親が被るあたり、重症としか言いようがない。
女は自分を一切攻撃しなかった。自分が女に手を掛けようとした時でさえ、仲間が助けに来るという余裕もあっただろうし、そんな暇さえ与えなかったが攻撃をしなかった。出会ってすぐも互いに怪しんではいたが会話をしていて、始めからもっと警戒していたらこんな事にはならなかったのにと悔やんでも遅い。気付いた頃にはベルモットは自分の中で大切な存在になっていた。
前は酷く人を殺す事に抵抗感があったけど、前世のあの事件があってからはそれも無くなった。というか殺人を忌避していた事に対して後悔しかしなかった。あの時あいつを殺しておけば、名探偵は死ななかったのに、どうして自分は殺さなかったんだ。
だから今世では邪魔な奴は殺して生きる。その行為を正当化はしないけど、それでも自分は人を殺す。
予期せず大切な存在となってしまったベルモットのために、最後まで守れなかった名探偵のために。ベルモットはともかく名探偵は嫌がるだろう。だがこれは自己満足だからそれでも良いのだ。この世に絶望して、疲れてしまって、それでもたまたま生き延びられた自分だから出来る事なのだ。酷く優しい彼に、せめてその真意だけは知られない事を願おう。
「スピリタス」
「何だ? ベルモット」
スピリタス……世界で最もアルコール濃度の高い酒である。ボスから賜った時に、何の皮肉かと言う気持ちを抑えるのに苦労した。スピリタスは取り扱い注意。火気を近づけると、燃焼、爆発の危険性あり。
あの炎を作り出したのが自分だから……父さんをも殺したあの炎を。
「ジンが呼んでるわよ。今日も体術の特訓だって。」
「えっ……もう任務から帰って来たのか。」
「頑張りなさい。」
そしてジン。何故かベルモットに次ぎ、自分に構ってくるのはありがたい事なのかはよく分からないが、こうして特訓をつけたがる。
以前も体術はあまりやらなかったのもあり、あの組織の抹殺も視覚誘導や精神操作と銃位しか使えなかった。だからその申し出はありがたい筈なんだが、大人と子供の体格差が恨めしい。手加減無しでジンが組手をするので、あっという間に痣が量産されるし体力もないのに無理やり立たされるしで、とんでもない鬼畜教官なのだ。
「はぁ……行ってきます。」
ともかく名探偵が小さくなるまで、まだまだ先である。今はまだ、もう少しだけ、この偽りの繋がりに浸かっていても良いだろう。
ちなみにタイトルの業火の奇術師は、それぞれ映画タイトルの業火のひまわりと銀翼の奇術師にかけてたりします。
特に意味はないんですけどね。