やはり俺がチート部隊の隊長をするのは間違っている 作:サラリーマン
変な夢から目の覚めた俺を目に映ったのは、何回か見たことのあるボーダーの医務室の天井だった。
目が覚める前の記憶を探ってみると千種隊の防衛任務のときに倒れたのだと思い至った。
(それにしてもなんか騒がしい)
医務室のベッドの上からでもわかるほど慌ただしい気配が漂ってくる。なんかあったことを直感し、ベッドから出る。どれくらい寝ていたのかはわからないが固くなっていた体を軽く伸ばすと、医務室から出る。
さしあたって情報収集するにちょうどいい中央オペレーター室を目指す。近づくにつれ何が起きているのかわかってきた。
(要するにネイバーが攻めてきているってことか)
それが分かると俺はすぐに警戒区域を目指す。ネイバーが攻めてきているのなら迎え撃つのがボーダー隊員である俺の仕事だ
***
俺が警戒区域に出て近くの戦場に着き俺の目に映ったのは、楓子さんが見たことのないトリオン兵にやられそうになっているところだった。
そしてそれを見た瞬間、俺の心にある一つの感情が爆発した。
それは憤怒。
怒り。圧倒的な怒りが俺の体を駆け巡る。それと同時にゆがんだ声が脳裏いっぱいに響く
―我ハ汝。汝ハ我。
―永遠ノ時ヲ経テ、今ツイニ蘇ラン。我ハ≪災禍≫。我ハ≪終焉≫。世界二終ワリノ鐘声ヲ響カセル者ナリ。
―我ガ名ハ―
「≪ザ・ディザスター≫!!」
俺の体がトリオン体に変わりどんどん鎧に包まれていくのが分かる。一時の激情に身を任せてしまった結果、もう取り返しのつかないところにたどり着いてしまったことが鎧に包まれていく体に伝わってきた。
全身が鎧に包まれると同時に手には一振りの長剣。はるか昔にスターキャスターと呼ばれたトリガー。
その剣を手に俺は吠えた。
「グル…アアアアアアアアッ!」
その雄たけびは無限の憤怒に満たされ、俺の体を勝手に動かしていく。次第に意識が遠くなり、俺の意識は飛ばされた。
―素晴ラシイ。ココマデ適合シタノハ初メテダ
***
目覚めると、俺はサイドエフェクトのハイレベルを使った時に来る空間にいた。普段であれば俺が何かを想像しないと何もないただ真っ白な空間なのに今回は既に物があった。
俺の手足を縛る鎖という形で。
俺の手足はその鎖に縛られて身動きが取れない。今動かせるのは首から先だけだ。その動かせる首で周りを見てみると俺の正面には大きなモニターがあった。モニターって言うのは語弊があった。本当は空間にただ映像が映し出されていた。その映像は…
見るからに重そうな鎧なのにそれを着たまま俊敏に動き二体のトリオン兵を手に持った長剣で簡単に一刀両断するディザスターとなった俺の姿だった。
そしてその映像の中で俺は二体のトリオン兵の近くにいた楓子さんの首を片手でつかみ持ち上げ、今にも絞め殺そうとしていた。
「おい待て!やめろ!」
俺の声は届かずになおも映像の俺は楓子さんの首を絞め続ける。
「やめろって言ってんだろうが!止まれよ俺の体!」
「無駄ですよ。あなたがここでいくら叫んだところで今の彼には届かないですし、今のあなたにあなたの体の制御権はありませんよ。だからここであなたがいくら抗おうと無駄ですよ」
俺だけだと思っていた空間に一人の女性が現れる。その女性は夢で見たフランと呼ばれていた女性とそっくりだった。
それと同時に本来のあり方を思い出したように映像がゆっくり映しだされるようになった。
「うるせえ。そんなことは関係ない」
女性の言葉を無視し今度は両手両足を縛っている鎖を力の限り引っ張る。鎖はびくともしないがそれでもなお引っ張り続ける。
「なぜそんなに災禍に抗うんですか?」
俺の行動を見ていた女が不思議そうに尋ねてきた。
なぜ災禍に抗うのか…そんなものは決まってる。
「仲間のためだ。」
「仲間…ああ知っていますよ。仲間なんて自分の目的のためなら人を容赦なく襲う。そんな人たちのことですよね?そんな人たちのためになんでそんなに頑張るのやら。私には理解できませんね。」
「は?なに言ってんだお前。」
女の言葉に俺は鎖を引っ張ていた力が抜けた。
「仲間はそんなもんじゃない。仲間は同じ目的に向かって進む同志だ。いや、目的なんて違くていい。一緒に笑って、支え合って、互いが互いを信じあえるようになる。それが本当の仲間だ。仲間の絆舐めるなよ!」
抜けた力を再び込める。するとさっきまでとは違い鎖は少しだが確実に鎖は動いた。
それを見て女は驚いた顔を浮かべた後、笑った。
「いいでしょう。私の力あなたに託します。信じていますよ。きっと彼に会わせってくれるって」
「何―
俺の言葉は最後まで続かなかった。なぜなら
(You got an enhanced armament≪star caster≫)
この言葉が頭の中に入り込んできたからだ。これが頭に入り込んでくると同時に俺の手足を縛っていた鎖が砕けた。
「さあ行ってきて。…信じていますから」
女の言葉に俺は
「任せろ」
自然とこの言葉が出てきていた
***
俺の意識が現実に戻る。体はまだ鎧に包まれたまま。そしてまっすぐに突き出した左腕の先にはこれ以上ないほどに傷ついていき、意識を失っている楓子さんがいる。
すぐさま地面に下ろそうとするが左腕は動かない。
―ナゼ我ニ抗ウ!
―ソレハ≪敵≫ダ!
体全体がぎしっと震えたがそれ以上は動かない。獣が邪魔をして俺の意志で体が動かせないように、今は俺の意志で獣の行動の邪魔をする。
だが、いつまでもそれを続けてはいられない。いつまで邪魔を続けられるかわからない以上早々に行動を移さなければならない。
当たり前だがやったことはない。けど、やり方は知ってる。
俺は何とか右腕を動かし、近くに突き立てられていた禍々しいフォルムのスターキャスターを掴む。この剣はもともとこんな禍々しいフォルムではない。遥かな過去、鎧が姿を変えた時に一緒に取り込まれてしまったフォルムが変わった。
姿かたちが変わろうとも、この剣の中には使い手であったフランの魂が残っている。それを獣―ファルに会わせる。そのためには…
手に持った剣を逆手に持ち替える。そして切っ先を自分へと向ける。
「…ハチ、さん?」
「すいません。つらいと思いますがもう少しだけ待っててください」
意識を取り戻した楓子さんにそう言うと、剣を自分に向かって突き刺した。
―我ヲ、裏切ルノカ!汝マデモガ我ヲ裏切リ滅シヨウト言ウノカ!!
―違えよ。今のお前ならもうわかるだろ。
脳裏に響く獣の怒りの声。その声に返事をすると俺の意識はまた飛ばされた。
***
再び俺はハイレベルの加速をした時の空間に来ていた。この場には俺とフラン、それに獣がいた。
フランが怖れるふうもなくまっすぐに歩み寄りながら、獣に向かって右手を差し出した。
「ごめんね。長い間一人にして。寂しかったよね………。苦しかったよね。」
獣の巨大な口から、低い唸り声が漏れる。目の前にいる少女の存在が信じられないというように小刻みに首を振り尻尾を垂らして後ずさろうとする。
だがフランはスピードを緩めることなく獣の前まで達すると、広げた両手で躊躇いなく巨大な首を抱いた。それから獣の頭をなでながら囁く。
「これからはずっと一緒だよ。ずっと、ずーっと一緒………」
ばっ、と音を立てて獣から鎧が剝がれていく。中から現れたのは夢でフランと一緒に居た少年。
「…フラン」
「…ファル君」
二人はお互いの名前を確かめるように呼ぶと、その場で手をつなぎ抱きしめ合った。しばらく抱きしめ合うと二人は離れたが、その手につながれたままだった。
ファルがこちらを向く。
「ありがとう。君のおかげでまたフランに会うことができた。………サラバダ、我ガ最強ノ共闘者ヨ。なんてね。」
「ああ。じゃあな。…幸せに、な。」
どちらからともなく笑うと、ファルの体が淡く光りだした。しかしフランの体は光りだしたりせずにそのまま。
「ねえねえ、二人とも何言ってんの?」
「「え?」」
俺とファルの言葉が被った。
「ファル君が鎧を歪めちゃったせいでハチ君の国は今大変なんだよ?だったら最後まで責任とらないと!」
「でもどうやって?僕たちはここから出られないよ?」
「ファル君が負の心意で鎧を歪めちゃったように今度は私たち二人で正の心意で鎧を変えるの!ほら想像してファル君。誰にも負けない絶対無敵のトリガーを!ハチ君が使いやすいように!」
二人の体からさっきファルから出ていた光とは違う光があふれ出し、繋いでいた手を前で収束していく。光が収まり出てきたのはブレスレット。
「はい、出来たよハチ君。これがハチ君のためのブラックトリガー。名前は≪絶滅天使(メタトロン)≫。大切に使ってね」
「けどいいのか?もともとはお前らの国のブラックトリガーなんだろ?」
「気にしないで。今の所有者はハチだから。それにたぶん敵のリーダーが持ってるトリガーはもともと僕たちの国が持ってた七星外装(セブンアークス)の一つだから。対抗するならなおさら持ってた方がいい。」
いつの間にかこの二人には俺の呼び方がハチで統一されているようだった。
そんなことは今はどうでもよくて。ファルの言葉から敵のリーダーが持ってるのは七星外装(セブンアークス)?と呼ばれるたぶんすげえブラックトリガーなんだろうと推測できる。それに対抗できるって言うならおとなしく貰っておくのが吉と見える。
「分かった。ありがたく使わせてもらう。」
「うん。私たちはここから見てるから頑張ってね」
「ああ。」
俺に向かって手を振っているフランとファルにうなずいてからいつものように加速を解除した。
***
現実に戻るとすぐに楓子さんを地面に寝かせる。
「楓子さん大丈夫ですか」
「ええ。ベイルアウト寸前ってところを除けばなんともないです。それより鎧は…」
「鎧はこれになってもうなくなりました。」
俺は左腕についているブレスレットを見せる。
「それは…いいえ、今は敵を倒すことを優先しましょう。話はまた後で」
「はい。敵はどこですか?」
「向こうに。今は陽乃さんと謡が戦っているはずです。」
楓子さんの指さした方にかすかに爆発音が聞こえる。たぶんそこだろう。
「私はもうベイルアウトします。後は頼みました。」
「任されました。」
一回深呼吸をし、俺は彼らからもらった名前を口に出した。
「絶滅天使(メタトロン)、起動」