インフィニット・ストラトス~龍と飛ぶクーゴ~   作:ハンバル

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第1章 灰色の龍~Awakening~
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 4月半ば。

 

 その日も、青峰空護(あおみね くうご)にとってあまり普段と変わったことはないはずだった。

 地元でも競争率の高い倉持工業高校に無事入学して、中学からレベルの上がった授業にもこなれてきたし、入りたい部活も決まってきた。

 そんな順風満帆な日常が明日も来週も続くと思えていたその日―――

 

「空護くん、この後ヒマかい?」

「久々にオケろうぜー」※カラオケ行こうぜ、の意

 

 その日、帰り支度をしていたところを友人である赤城(あかぎ)鮫島(さめじま)に声をかけられた。

 いかにもなマッチョ体系ではないもののがっしりした肉体に人懐っこい丸顔が乗った赤城と、モデルと言っても通用する美男子の鮫島は、中学時代からよくつるむ仲だった。

 

「ゴメン、今日は兄さんの所に行かなくちゃだから」

 

 だから、彼らの誘いを断るのは少し心苦しかった。

 

「えー、残念だな。まぁしゃあないか、兄貴んトコだもんな」

 

「そうだね。では今日はなしで……明日はどうだい?」

 

「明日なら特に予定はないよ。赤城は?」

 

「オレも大丈夫だぜ。んじゃ明日ってことで!」

 

 それからしばらく他愛ない話をした後、明日の約束を楽しみにしつつ学校を離れた。

 明日、またここに3人揃うと疑わずに。

 

 ◇

 

 倉持(くらもち)市は、埋め立て地に作られた工業地帯が主な産業となる海辺の町だ。

 大小さまざまな工場が立ち並ぶ埋め立て地と、そこで働く住民が暮らす住宅地、娯楽施設やオフィスビルが立ち並ぶ駅前に大きく分けられる中で、空護は埋め立て地に向かって自転車を走らせた。

 

 学校を出て10分少々を走ると、工業地帯の中でも仲間外れのようにぽつんと、しかし埋め立て地の1ブロックを丸々占有する大きな建物の前で自転車を降りた。

 

「到着っと。いつ見ても広いよなぁ……。倉持技研」

 

 名前の通りこの町に端を発する倉持技研の本社――第1研究所の開発課が兄の仕事場だ。

 元々はそこまで大きな会社ではなかったのがここ10年ほどで驚異的な伸びを見せ、今では大企業と言って遜色ないほどまでに成長したのは、ISという新分野にいち早く目を付けたことが大きい。

 

 IS―――正式名称インフィニット・ストラトス。

10年前にとある天才によってもたらされた飛行パワードスーツは、既存の兵器をはるかに凌駕する性能を発揮した。

各国はこぞってIS開発に乗り出し、発祥国である日本では倉持技研が頭角を現した。

兄はその中でもまさにIS開発の最先端にいるわけで、何かと多忙な兄のもとへ、母に代わって着替えや差し入れを持っていくのはそう珍しいことではなかった。

 

「悪いね空護。わざわざ届けてもらって。どうだい、もう高校には慣れたか?」

 

4日ぶりに見る兄の顔は、気持ち痩せているように見えた。

 

 青峰風真(あおみね ふうま)

 空護と同じ藍色の髪を後ろで束ね、眼鏡の奥に落ち着いた瞳を覗かせる風真は、白衣と相まって、一目で理知的な印象を抱かせる。

 実際理知的であり、一時はアメリカに留学して飛び級を重ね、今では若干24歳にして倉持技研のIS開発の主任を務めている兄は、幼いころから空護の憧れでもあった。

 

「まぁね。兄さんこそ大丈夫?ここひと月ほどロクに家に帰ってないけど、そんなに仕事忙しいの?」

 

「あぁ。だけどもうすぐ一区切りつきそうなんだ。実は代表候補生用に専用機を組んでいてね。本体は一通り組みあがって、後は武装の調整だけだから3日ぐらいで終わるさ」

 

「専用機ぃ!?うそ、スゴい!ってことはここにあるの専用機!?」

 

 専用機、の言葉に、衝動的に兄に詰め寄っていた。

 

 諸事情からISの絶対数は全世界でも500機を下回っており、たいていの機体は不特定多数の操縦者が乗り込む量産機だ。

 しかし、ごく一部だが試験機や国家代表用など、個人のためにあてがわれる専用機がある。

 ただでさえ少ないISの中でも希少種とでもいうべき機体がここにあるという事実が空護を高揚させていた。

 

「はいはい、落ち着いて空護。心配しなくても見せてあげるから」

 

「え、いいの?新型機なんだからけっこうな機密の塊じゃないの?」

 

「ああ、とは言っても見るだけで触らない、機密保持の誓約書に記入してもらうという条件はあるけどね。どうする?」

 

「見る見る!誓約書でも血判状でも書くよ!」

 

 こうして、空護はいつもよりも幸せな時間を手に入れる―――はずだった。

 

 ◇

 

「あら空護くん、こんにちは」

 

 風真に連れてこられた研究室では、長髪の女性が待っていた。

 

「こんにちは、長瀬(ながせ)さん。今日はよろしくお願いします」

 歳は風真とそう変わらないものの、立場上は風真の部下に当たる長瀬栄子(ながせ えいこ)は、この日も柔らかな物腰で出迎えてくれた。

 

「悪いね長瀬さん。ウチの弟がどうしても見たいっていうから」

 

「またまた。そんなこと言って、焚き付けたのは主任じゃないんですか?」

 

「そうでもあるか、ははは。それじゃあ早速頼むよ」

 

「はい。ではこちらに」

 

 広い研究室の中央には複数のIS用ハンガーが並んでいて、組み立て中と思しき《打鉄(うちがね)》が2機、そして見慣れない灰色のISが収まっていた。

 ハンガーのアームに支えられ、操縦者のいない機体を屹立させている様は、箱詰めされたロボットの玩具か、はたまた展示品の鎧を想起させる。

 

「《打鉄弐式(うちがねにしき)》って言ってね。名前の通り、《打鉄》の後継機として開発した第3世代機さ」

 

「おお……!」

 

 《打鉄》は倉持技研が開発した第2世代量産型ISであり、日本の武者鎧のような装甲のデザインが特徴的な機体だ。

 

 その後継機という《打鉄弐式》はというと、武者鎧風の印象はそのままに、全体としてはより洗練された印象を受ける。

 シールドは全部で4枚に増え、両肩に並ぶさまは翼のようにも見える。

 

「基本は《打鉄》の上位改良だけど、スカートアーマーがウイング状になってて、シールドの裏はスラスターかな?……だとすると、これ機動性も重視されてるんですか?」

 

 外見からの推測を口にすると、まあ、と長瀬に感心された。

 

「流石は主任の弟さんね。正解よ」

 

「やっぱり!確かに《打鉄》は防御力のわりに軽量な機体だから、スラスター増やせばそれだけでも相当な機動性が得られますね。それに基本は変わってないようだから今までのパッケージも無改造で装備できそうですし……。問題は火力ですけど、《打鉄》のフレーム強度ならまだ余裕がモガッ!?」

 

 うんうん、と頷いている長瀬の顔が次第に引きつってきたところで、風真が空護の口をふさいだ。

 

「ストップ。空護、お願いだから僕の説明を取らないでくれ。兄の面目が立たなくなるだろ」

 

「たはは、ごめん」

 

「あはは、さすが主任の弟さんね……」

 

「どうもすみません……」

 

「いいのよ。それだけ空護くんがIS好きってコトだもの。ウチに来たら、きっといい技術者になれるわよ」

 

 好きなことになるとつい止まらなくなる、というのは空護の癖だった。

 

 巨大ロボットへのロマンの延長でISには憧れがあったし、そうでなくても空を自由に飛ぶ姿を見れば、乗ってみたいと思う人間は多い。

 だが、何より兄が関わっていることが憧れを一層強くした。

 専門雑誌の“インフィニット・ストライプス”は毎号欠かさず読んでいるし、世界大会(モンド・グロッソ)の生中継を見てヒートアップしすぎ、母に怒られたこともある。

 

「まぁでも、気に入ってもらえたようでよかったよ。《打鉄》好きの空護が気に入ったんだし、こいつはきっと世の操縦者に受け入れられるはずさ。いやあ、開発者冥利に尽きるというものさ」

 

「兄さんも、ずっと頑張ってたもんね……。ところで第3世代機って話だけど、どの辺が?」

 

「ああ、それは―――」

 

 風真が言いかけた言葉は、「青峰主任、お話し中失礼します!」という声に遮られた。

 見ると、若い社員が風真に話しかけていた。

 

「外線2番にお電話です。その……更識(さらしき)さんからです」

 

「あぁ、ありがとう。すまないが長瀬さん、弟を頼んでいいかな?」

 

「はい、お任せください。早くいかないと、あの子の機嫌が悪くなりますよ?」

 

「それはまずいな。じゃ、行ってくるよ」

 

 そのまま早足で部屋を出ていく風真を見送ると、長瀬は話し始めた。

 

 

「そういうわけで空護くん、あっちの方は私が説明するわね」

 

「お願いします、長瀬さん」

 

 すると長瀬はずい、と空護に顔を近づけ、

 

「……義姉(ねえ)さん、と呼んでくれていいのよ?」

 

「そういうコトは兄を口説き落としてから言ってください」

 

「そうよねぇ……はぁ」

 

 若き天才、かつ少女漫画から飛び出してきたようなイケメンである風真は女性受けがよく、かなりモテると聞いている。

 長瀬もそのうちの一人なのだが、今のところ仲が進展している様子はまるで感じられない。

 そういえばモテる割に浮いた話を聞かないな、と考えたところで、わざとらしく咳払いをした長瀬は《打鉄弐式》について説明を始めた。

 

「と言っても私も詳しくは話せないのよ。システム周りはほとんど主任が設計しているし、一応機密扱いだから―――」

 

 

 瞬間、耳をつんざくような轟音と共に世界が揺れた。

 

 

「な、何がっ!?」

 

「空護くん、危ない!」

 

 覆いかぶさる長瀬の体を知覚した直後、部屋の壁が崩れる音がして空護の視界は暗転した。

 

 ◇

 

 

「くっ……何があった!?」

 

 いち早く状況の確認に動いたのは、電話を終えたばかりの風真だった。

 空護たちのハンガーから2部屋ほど離れた事務室。

 衝撃で散乱した書類が散らばっていたが片付けようとする者はいなかった。

 鳴り響くアラートの中、誰もが突然の事態に戸惑っていた。

 

 ようやく状況を把握できたのは、モニターを操作していた研究員の一人が声を上げたときだった。

 

「主任、大変です!これを見てください!監視カメラの映像なんですが……!」

 

 研究員を押しのける勢いでモニターを睨むと、そこには瓦礫の散乱したISハンガーと、黒い人影が映し出されていた。

 

 ―――いや、違う。

 

 人影というにはその姿は異様すぎた。

 太さが人の胴ほどもありそうな腕は地面につきそうなほど長く、頭部は胴体に陥没しているかのように見える。

 そして何より、周囲のISハンガーと比較して身の丈3メートルに達しようかというその巨躯はもはや人のそれではない。

 

「まさか、IS!?……いやまて、ハンガーだと?」

 

 嫌な予感を胸にモニターの表示を見ると、そのカメラの場所は―――

 

「まずい、空護たちのいる部屋だ!」

 

 ほかの職員の制止も聞かず、風真は走り出していた。

 

 ◇

 

「なんだ、あれ……。IS、なんですか?」

 

「分からないわ。初めて見るタイプだけど……」

 

 長瀬に起こされた空護は、その黒い影を見た。

 

 それはISだとしても異常な姿だった。

 人型のバランスを欠いた異形はまだいいにしても、全身を覆う黒い装甲は尋常ではない。

 通常のISは、操縦者を強固なシールドバリアが覆うため、物理的な装甲はあまり必要としない。

 装甲防御力を重視した《打鉄》のような機体もあるが、それにしたって操縦者が完全に隠れるほどに装甲化するというのは聞いたことがなかった。

 操縦者の顔すら完全に丸い装甲に覆われ、不気味に光るセンサー・アイと相まっておおよそ人間味が感じることはできない。

 

「あれ、やっぱり敵ですよね……」

 

「たぶんそうだと思うけど……とにかく気づかれない方がいいわ。今はここに隠れていましょう」

 

 空護たちのいる場所は黒いISからは物陰になっているが、ISの高感度センサーはその気になれば人の息吹さえも鮮明にとらえることができる。

 さりとて逃げ出すにも退路がないので、空護と長瀬は息をひそめて隠れるしかなかった。

 

 黒いISは辺りを見回すようにセンサーアイを動かすと、やがて何かを見つけたように歩き出した。

 

(まずい、気づかれた!?)

 

 ずしん、と重い足音を立てながら黒いISがこちらの方に近づいてきて、空護は思わず悲鳴をあげそうになった。

 足音が一歩、また一歩と近づき、空護は震える手で頭を抱えて見つからないことを祈って―――

 

 やがて、足音が止まった。

 

 恐る恐る顔を上げて様子をうかがうと、黒いISはIS用ハンガーの前で立ち止まっていた。

 

 より正確には、灰色のIS―――《打鉄弐式》の前で。

 

 その太い腕が振り上げられ、黒いISの意図を察してしまった空護は思わず叫んでいた。

 

「やめろぉ!!」

 

 黒い剛腕が振り下ろされ、金属がはじける衝撃音とともに乗り手のいない《打鉄弐式》の機体が壊れた人形のようにハンガーごと倒れ伏す。

 

 さらに黒いISは、その足で倒れた《打鉄弐式》を踏みつける。

 

 2度、3度の衝撃音が灰色の機体を揺らし、装甲が歪んで―――

 

 

 瞬間、頭の中で何かが切れた。

 

 

「やめろって言ってんだろッ!この黒坊主(くろぼうず)!」

 

 何か制止の声を叫ぶ長瀬を無視して物陰から飛び出した。

 

 視界の隅に移った消火器のピンを引っこ抜き、ノズルを黒いISの顔面に向けて噴射する。

 

 ぶわ、と大量の白い粉末が噴射され、黒いISの上半身を見えなくする。

 それに戸惑ったのか、黒いISが《打鉄弐式》を踏みつけていた足を離した。

 

「この機体は兄さんたちが一生懸命作ったんだぞッ!それを……それをォォッ!!」

 

 脳裏に夜遅く帰ってきた兄の姿が、仕事は大変だけど楽しいと語る兄の姿が、《打鉄》の事を楽しそうに語る兄の姿が、それを支える長瀬やほかの職員の姿が浮かんだ。

 彼らの顔を思い浮かべるだけでもISの開発が大変だということは分かるし、それを成し遂げる兄の姿はいつだって憧れだった。

 コイツはその結晶を踏みつけた。

 それは兄を、長瀬を、この機体に携わったすべての人を嘲笑する行為に思えた。

 

 消火剤を使い果たしたのか勢いが弱まった消火器を、空護は怒りのまま黒い装甲に叩きつけた。

 人間相手ならば凶器になりかねない消火器の缶は、しかしISにとってはまるで無力だった。

 あっさり弾かれた消火器が床を転がると、黒いISはおもむろに長い腕を振り払った。

 

「う、うわぁ!?」

 

 それは黒いISにとっては軽く腕を振って消火剤の煙幕を払っただけなのだが、生身の空護には関係なかった。

 

 慌てて後ろに下がろうとして足が何かをひっかけ、硬い床に尻餅をつく。

 

 それが幸いして黒い腕から逃れられたが、現れた光景に空護は絶望した。

 消火剤の煙が晴れたそこには、消火剤の粒子すら付いていない黒い機体の姿があった。

 (センサー)を封じれば勝利の糸口があるというわずかな思惑が外れ、空護は声にならない声を漏らした。

 

 赤く輝くセンサーアイが空護をまっすぐ見る。

 

 無機質で無表情のはずの黒い機体が、見つけたぞ、と嗤ったように見えて、空護は怒りがすっと引いていくのを感じた。

 逃げて、と叫んでいる長瀬の声も耳に入らず、ただ目の前の黒い機体が拳を振り上げるのを呆然と見上げた。

 

 ここで死ぬ。

 冷たい床で腰を抜かしたまま、何もできないまま死ぬ。

 あの拳が振り下ろされれば、ヤワな自分の体など原型を留めることすらないだろう。

 

 兄は無事だろうか?

 長瀬はこのあとどうなるのだろう?

 自分が死んだあと、母は悲しむだろう。

 赤城に鮫島も―――そういえば明日カラオケ行く約束をしていたっけ。

 

 

 ああ、死ぬ前って色んなことが思い浮かぶんだな―――

 

 

 スローモーションのように見える視界の中で、黒いISの拳が振り下ろされた。

 

 

 

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