インフィニット・ストラトス~龍と飛ぶクーゴ~   作:ハンバル

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 そこは、灰色の空間だった。

 

 黒にも白にもならない灰色(どっちつかず)の床の上で、空護は目を開けた。

 

「あれ?僕、何でこんなとこにいるの?」

 

 仰向けになっていた体を起こしてきょろきょろと辺りを見渡すも、見渡す限りの灰色の空、灰色の床で構成された空間に、自分以外の存在はなかった。

 

「ってか、僕どうなったんだっけ?」

 

 直前の記憶を探って―――ああそうか、と納得した。

 

「そうか、死んじゃったんだ、僕」

 

 今頃、自分の体はあの拳に叩きつぶされてミンチになっているはずだ。

 だとすればここは天国か―――いや、死んだ直後だからまだ三途の川あたりだろうか。

 

〈いいえ、あなたはまだ生きています〉

 

 突然、後ろから声が聞こえた―――というより感じることができた。

 

 振り向くとそこには、甲冑を身に纏った女性がいた。

 武者鎧のようにも見える甲冑は周りに溶け込むような灰色で、顔はバイザーのようなものに覆われて見えない。

 

〈ここは意識の深奥。私を守ってくれた者よ、あなたはまだ生きている。このまま死ぬか、抗うかはあなた次第です〉

 

「何言ってんだよ。僕はあの黒いのに殺された―――いや、殺されかけてるんだよ」

 

 相手の奇妙な恰好やら灰色の空間やら、この際どうでもよかった。

 死後の世界ならこういうこともあるのだろう、程度の認識だったし、何より女性の言葉が気になった。

 

 抗ってどうする?

 生きてどうする?

 あの黒い敵に殺されるまでの時間が1秒伸びるだけじゃないのか?

 

 考えれば考えるほど馬鹿らしくなり、空護はどっかりと灰色の床に腰を下ろした。

 

「もし仮にあそこで生きてたって、あんなに強いやつに僕が敵うわけないだろ。そりゃあ、死にたくはないけど……もう僕じゃ無理なんだよ、あんなの。きっとあそこで死ぬ運命だったんだ、僕は」

 

 そう、仕方のないことだ。

 自分には誰かを助ける力もないし、生きて戦う力もない。

 そういう人間もいるのだろうが、少なくとも自分ではない。

 

 それだけの話だ―――

 

〈では、もしも力があればどうしますか?理不尽を撃ち貫き、運命を切り裂き、大切なものを守る力があれば――――あなたはどうしますか?〉

 

「え―――?」

 

 もしもあの黒いISと戦い、勝てる力があれば―――

 

「決まってる。あの黒坊主を倒して、兄さんも長瀬さんも、兄さんが作ったISもみんな助けたい!」

 

 すると灰色の女性はふむ、と何かを納得したように頷いた。

 

 それが合図だったのか、灰色の空がいきなり青空に変化する。

 ありえない速度で流れる雲を背景に、灰色の女性は告げる。

 

〈では、あなたに力を与えましょう。生き抜く力、守る力、戦う力を―――〉

 

 雲の流れが急速に早くなり、目で追えなくなって―――

 

〈抗う者よ、私はあなたの盾となり、剣となり、鎧となりましょう。あなたは私の使い手となってください〉

 

「な、なんだかよく分かんないけど……わかった!」

 

 灰色の女性が微笑んだような気がした。

 

〈最後に―――あなたの名前を聞かせてもらえますか?〉

 

「僕は―――」

 

 青空の輝きが増して、空間を覆いつくそうとしていた。

 

 

「僕は、青峰空護だ!」

 

 

 その瞬間、空護の意識は光に包まれた。

 

 

 ◇

 

 

 何が起こったのか咄嗟にはわからなかった。

 

 黒いISの拳が振り下ろされる直前、爆発的な光が《打鉄弐式》から発せられ、空護を巻き込んで広がっていく。

 黒いISはその光に躊躇したのか腕を振り下すのをやめ、こぶしを振り上げた姿勢のまま硬直している。

 

 ――――否、よく見れば躊躇したのではなかった。

 

 振り下ろされようとしている腕は別の“腕”にがっしりと押さえつけられ、阻まれているのだ。

 

 やがて光の勢いが徐々に弱くなってきて、長瀬はその正体を見た。

 

 最初に見えたのは、灰色の装甲に覆われた“腕”。

 床をしっかりと踏みしめる“脚”。

 ウイング状に広がるスカートアーマー。

 特徴的な4枚の大型シールド。

 そして、武者鎧の兜を模したようなブレード・アンテナを備えたバイザーの下には、歯を食いしばる見知った少年の顔―――

 

「空護くん!?」

 

《打鉄弐式》を纏った青峰空護が、黒いISと組み合っていた。

 

 バイザーの下の表情は苦悶に歪みつつも、ISを装備してもなお埋められぬ敵との体格差に負けることなく踏ん張り続けている。

 

「ぐっ……こん、の………ッ!負けるかぁ…!」

 

 空護の意思に呼応するかのように4枚のシールドが翼のように広がり、内蔵されたスラスター・フィンが展開する。

 

「出てけってんだよぉぉぉぉ!!」

 

 瞬間、爆発的なスラスター光が《打鉄弐式》の背中に広がり、圧倒的な推力が黒いISを押し返した。

 

 黒いISを壁に叩きつけた勢いでそのまま壁を突き破り、組み合った2機のISが部屋から消える。

 

 それを見届けた直後、「長瀬さん!」という風真の声が聞こえた。

 

「主任……」

 

「ケガはないか?……空護は?」

 

「空護くんは―――その、《打鉄弐式》に乗って敵を押し出して……そこの穴から出ていきました」

 

「なんだってッ!?」

 

 温厚な風真にしては珍しい大声に、長瀬はびくりと身を震わせた。

 

「すみません、私も何が何だか……」

 

「なんで、空護が……?あいつに適性があったというのか?」

 

「え?」

 

 何か違和感を覚えたような気がして、長瀬は風真の顔を見た。

 その顔は驚きにわなないているが、同時に何か―――あえて言うなら後ろめたさのようなものが浮かんでいるように見えた。

 

「あの、主任……」

 

「あぁ、すまない。とにかく今は、空護を追いかけてくれ。いくらISに乗れたからって、あいつは素人なんだ」

 

「主任はどうなさるんですか?」

 

「少しやることがある。先に行ってくれないか?」

 

「分かりました!」

 

 とにかく今は、目の前の事態に対処する。

 それが長瀬にできる第一歩だった。

 

 

 ◇

 

 

「しまった!?」

 

 壁を突き破り、建屋の外に出て数百メートルのところで腕を振りほどかれ、空護はそのまま蹴り飛ばされた。

 

 大したダメージはないが、せっかく捕まえた敵を逃してしまった。

 敵の黒い機体がこちらに向き直り、距離を取って体勢を立て直す。

 こちらもセンサーで周りの様子を確認し、現状を整理する。

 

(広い場所に出たな。ここは―――試験場か)

 

 埋め立て地のはずれの倉持技研、その中でも端っこの広大な空き地。

実際に富んでいるところは見たことないが、作った機体をここで飛ばして試験するのだろう。

 その気になれば音速を簡単に突破するISを飛ばすにはいささか広さが物足りないが、周りは海なのでスペースとしては十分といったところか。

 ここならば周りの被害も抑えられると判断した空護は、次いで機体のコンディションを表示した。

 先ほど殴られたときにできたのか胸部装甲に若干のへこみがあるが、それ以外は特に損傷はない。

 

「……ん?」

 

 コンディション・モニターの隅に点滅する表示を視線誘導操作(アイ・タッチ)で開いてみると、短いメッセージ・ウインドウが開かれた。

 

〈機体名を入力してください〉

 

(機体名……?《打鉄弐式》じゃないのか?)

 

 もしかすると仮にそう呼んでいるだけで正式な名称はないのかもしれない。

 そういえばコンディション・モニターにも“強化外装・九七式”と表示されるだけで機体名はなかった。

 ならばどんな名前がいいだろうか、と考え出したところで警告【アラート】が鳴った。

 

「やばっ!?ったく、名前なんて考えてるヒマないか……!」

 

 慌ててその場から飛びのいた直後、自分がいた地面に黒い拳が叩きつけられた。

 続けざまに2発、3発と拳が繰り出され、紙一重でかわしながら地面を蹴って距離を取ろうとするが敵の足運びがそれを許さなかった。

 

(くそ、意外と素早い……!)

 

 何度目かの拳が自分の顔面に迫るのを見た空護は、咄嗟に腕でそれを防いだ。

 

「ぐっ!?」

 

 装甲越しにも強い衝撃が右腕を襲い、衝撃を殺しきれずに機体が浮き上がる。

 

(なんて馬鹿力だよ……!いや、それなら!)

 

 シールドのスラスターを敵に向け、全力噴射。

 吹き飛ばされた衝撃にバックブーストが加わり、空護の体は瞬時に敵との距離を話すことに成功した。

 

 速度までは出ないのか、黒い敵も追撃はしてこない。

 

「よし、今のうちに……とにかく武器だ。アイツを倒す武器を!」

 

 それに反応したのか武器一覧が視界に映し出された。

 

 両腕部増加装甲“鬼瓦”

 試製高出力荷電粒子砲“轟雷”

 

「思ったより少ないな…。“鬼瓦”ってこれかな?」

 

 

 両腕を見やると、通常の腕部装甲に被せる形で籠手のような装甲が追加されていた。

 その装甲がスライドし、拳【マニュピレータ】を覆うように変形するのを見た空護はなるほど、と納得した。

 

 さっきの拳をガードした部分にも目立った損傷はない。

 

 この“鬼瓦”は小型のシールド兼格闘用ナックルガードなのだろう。

 

「それなら……!」

 

 今度は逆にスラスターを全開にして敵に突っ込んでいく。

 敵が反応し拳を振りかぶり、巨大な腕が胴体狙いで振るわれるのを見た空護は肩のシールドを1枚、前面に展開すると同時に腰を落とした。

 

 振るわれた拳をシールドで反らし、殺しきれない衝撃にはPIC制御を駆使して無理やり耐える。

 

 目の前には拳を振るい、がら空きになった敵の胴体があった。

 

「もらったぁ!」

 

 空護の全力の拳が、黒いISの胴体に直撃した。

 

 

 

 

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