「すごい、空護くん……。あの子、本当に初心者?」
手近な建物の屋上に上がり、長瀬がようやく視認できた戦場では、空護が敵に肉薄し、殴り飛ばしたところだった。
動きは直線的でいかにも素人丸出しだが、その挙動に不慣れさは見受けられない。
戦闘技術はともかく、こと“動かす”という点のみに絞れば、空護の動きは国家代表候補生のそれにも匹敵している。
当然、空護がISを動かす訓練をしていたなどという話はないし、通常なら動かすだけでも精いっぱいなはずだった。
「待たせたね。空護は―――今は大丈夫そうだね」
遅れてやってきた風真が、長瀬の傍らに立つ。
「はい。それで主任、援軍の方はどうでしたか?」
「ダメだ。有線・無線ともに外部に通じない。おそらくあのISがジャミングをかけているんだろうね」
「そうですか……それにしても空護くん、すごいですね。初めてのISであそこまでやれるなんて」
「そういえば、長瀬さんにはシステムの詳細を説明していなかったね」
「ええ。もしかして、何か関係が?」
「ああ。実は―――」
遠雷のような爆発音によって、風真の言葉は遮られた。
見ると、試験場の地面が煙を上げ、空護の《打鉄弐式》が吹き飛ばされている。
すぐに身を起こした空護のもとに、黒いISはその腕をまっすぐに構えた。
その手のひらから極太の光軸が放たれ、どうにか回避した空護が次なる砲撃に備える。
「あの機体、ビーム兵器まで持っていたか。これはまずいな……。起動準備を急いでくれ!」
風真が慌ただしく動く研究員に指示する。
「起動準備?いったい何をされるつもりですか?」
風真はいたずらっぽく笑う。
「弟の危機を黙って見ているつもりはないさ。長瀬さん、君にも協力してほしいことがある」
続く風真の説明に、長瀬はコクリと頷いた。
◇
「うわっと!ビームなんて聞いてないぞ!?」
どうにか拳を交わしながら互角程度の戦いをしていたときだった。
不意に距離を離した黒いISの掌がこちらに向けられ、まずい、と思った時には遅かった。
その掌から高出力のビームが放たれ、極大の光芒が空護の視界を埋めた。
咄嗟にシールドで防御したものの、空護の体は衝撃で吹き飛ばされ、4枚のうち左前部のシールドが機能不全のアラートを吐き出した。
空護が歯噛みしている間にも立て続けの射撃が傍をかすめ、衝撃波が機体をがくがくと揺らす。
連射速度は遅いが、威力が半端ない。
あと2、3発ももらえば無事では済まないだろう。
それまでに倒しきることができればいいのだが、生憎ナックルガードで殴った程度ではあの
「ならもう一つの武器だ!確か―――“轟雷”!」
光は長大な形状に収束すると、弾けるようにその姿を現した。
「思ったより大きい……!」
それは長さ2メートルを下らない長大な武器だった。
全体の半分ほどを占める四角い砲身はおそらく展開式の粒子加速帯で、内部にジェネレータまで備わっているのだろう後部はやたら重い。
表示されたスペックデータを見る限り、威力は破格のものだが連射は効かないようだ。
パワーのある《打鉄弐式》だからまだマシなものの、正直言って使いづらいことこの上ない。
「アイツ、撃たせてくれるかな?」
直後に足元をかすめたビームの光軸を見て、やっぱり無理だよなぁ、と考え直した。
(せめて機体を安定させるかアイツの動きが止まれば自動照準で撃つこともできそうなのに……!)
こちらの動きを読んだのか、続けざまの砲撃がじわじわと機体をなぶる。
「このままじゃジリ貧か……。いや、それならいっそ!」
空護は機体を急降下させ、追いすがるビームをかわしつつ試験場の地面に降り立った。
同時にシールドをすべて前面に展開し、敵に向き直る。
敵はそんな空護の行動に特に関心がないのか、掌のビームを再び放ってきた。
空護はそれを、ただ動かずにシールドで受け止める。
直撃の衝撃で機体ががたがたと揺れ、受けきったビームが拡散して消える。
先ほど機能不全を訴えていたシールドが使い物にならないほど溶解していたが、ほかの3枚は無事だ。
ならば―――
「来なよ黒坊主!こうなりゃ我慢比べだ!」
立て続けに降り注ぐビームをひたすら耐えながら、空護は手にした“轟雷”に起動を促した。
砲身が展開し、向かい合う2枚の板のような粒子加速帯が露出する。
それと同時に内蔵されたジェネレータが低い唸りをあげ、砲身の中のエネルギーが増大するのを知覚した。
空護の考えた作戦はいたって単純だった。
敵の砲撃を耐えて、隙ができたところで“轟雷”を撃つ。
もはやゴリ押しに近い、作戦とも呼べない代物だったが、よく言えば防御重視の《打鉄弐式》の特性をよく理解した戦術とも言えた。
(いくら素早いアイツだって、砲撃のときは隙ができるんだ。それを狙えば―――!)
2枚目のシールドが耐え切れずに弾け飛ぶ。
“轟雷”のチャージ完了まであと12秒。
3枚目のシールドのダメージが蓄積する。
チャージ完了まであと5秒。
内蔵スラスターを誘爆させた3枚目のシールドが火球に変わる。
チャージ完了まであと1秒―――チャージ完了!
そして敵が次なる一撃を放とうとして―――
「今だぁ!」
トリガーを引く。
爆発的な閃光が砲身から迸り、一直線に黒いISの胴体に直撃する。
すさまじい反動に機体が後ずさりそうになりながらも、空護はそれをパワーアシストで強引に耐えた。
高熱の荷電粒子を浴びた敵の装甲が融解し、弾け飛ぶのを見た空護は勝利を確信した。
―――ピシ、と嫌な音がしたのはその時だった。
「え?」
直後、空護が踏ん張っていた足元がガラガラと崩れ、機体を支えていた地面が沈む。
度重なる敵のビームの砲撃で、埋め立て地の地盤が脆くなっていたところに“轟雷”の強烈な反動がとどめを刺した―――
理解した時には遅く、空護は機体のバランスを崩して、それにつられて荷電粒子砲の砲撃が上に逸れてしまった。
「しまっ―――」
踏ん張り切れずに尻餅をつきながらもどうにか敵に視線を戻し、そして息をのんだ。
荷電粒子砲が掠め、溶解した装甲がめくりあがった頭部。
そこにあるはずの人の顔はなく、ただ機能を失ったセンサーがあるだけだった。半壊してグロテスクになった鉄の骸の奥で、生き残ったセンサーが怪しく光る。
「まさか、人が乗ってないのか……?」
しばし呆然とした空護は、しかし敵が軋みながらも両腕を上げ、両の掌が自分に向けられるのを見た。
すぐに立ち上がろうとして、足が瓦礫に埋もれていることに気づく。
ISのパワーならどかせない量ではないが、すぐに脱出はできないだろう。
少なくとも回避するには致命的なロスだった。
(2門のビーム砲の同時攻撃……シールドたったの1枚で耐えられるのか!?)
敵の砲口に光が集まる。
アラートが止まらない。
直撃の惨状を想像して覚悟を決めようとした空護は、しかし脳裏に別の声が響くのを知覚した。
ここで兄の作った機体を壊すのか?
死んで母や兄を悲しませる気か?
カラオケの約束はどうする?
お前はここで諦めるのか、と。
(―――ああ、嫌だね……!)
オォォォン、と何かの唸り声を聞いた気がした。
たった1枚のシールドと、今更のように再チャージを開始した“轟雷”を構えなおす。
「兄さんが作ったのなら、耐えて見せろッ!!」
叫んだ瞬間、敵の両手から破滅の光が放たれた。
◇
黒いIS―――《ゴーレムI》という名前があった―――は熱線砲の直撃を確認すると、ノイズの走るセンサーで敵の姿を探した。
センサーが半分死んでいるせいで爆炎に包まれた敵機の末路は分からないが、熱線砲の破壊力と分析した敵機の耐久性をすり合わせ、良くて重症、悪くて完全破壊だろうと結論付けた。
《ゴーレムI》は人間を殺傷しないようにプログラムされていたが、同時に目標の機体を破壊することをあらゆるプログラムに優先するように命令されていた。
あとはコアを回収し帰投するだけ。
着陸し、任務を果たそうとした《ゴーレムI》はしかし、異常を発見して足を止めた。
爆炎の中で、何かが動いた。
センサーで爆心地を拡大した《ゴーレムI》に、もし感情があったなら驚いただろう。
それは突然、ぶわ、と“翼”を広げた。
視界を妨げていた煙が一気に晴れ、1機のISが姿を現す。
灰色の重装甲は敵機のものに間違いないが、その姿は大きく変わっていた。
灰色一色の無機質だった装甲には鮮やかな青のラインが走り、追加されたスパイクアーマーと合わさってその姿を絢爛に見せている。
再生された4枚の盾を翼のように広げ、角の生えた爬虫類にも見えるハイパーセンサーを持つその姿は、まるで―――
その“目”がぎらりと光り、《ゴーレムI》は得体のしれない感覚を覚えた。
それは、人間が”悪寒”と呼ぶものだった。
◇
〈
爆発で起きた煙に身を隠しながらアイ・タッチでボタンを押すと、視界に生まれ変わった機体のステータスが表示された。
「まるで龍だな……。灰色の龍、か」
ふと思いついたことがあり、空護は視界の隅で明滅を続けるウインドウを呼び出した。
先ほど表示された後、それどころじゃなくて保留していたメッセージ・ウインドウ。
〈機体名を入力してください〉
「決めた、お前の名前は《打鉄弐式》改め―――《
思考を読み取ったのか、自動的に名前が入力されると、もう一つのメッセージが開いた。
〈ようこそ《灰龍》へ。青峰空護さんを操縦者として歓迎します。よろしくお願いします〉
「こちらこそ……よろしくっ!」
機体を守っていた4枚のシールドを一気に開くと、視界を遮っていた煙が一気に晴れた。
「行くぞ、黒坊主!」
こちらを認識した黒い機体が再びビームを放つのを見た空護は、翼をすぼめるようにシールドを展開した。
〈エネルギー・シールド展開〉
その装甲が展開し、光る力場が展開されると敵の熱線が完全に弾かれる。
直後に“轟雷”のチャージ完了を知らせるアラートを聞いた空護は、それを敵に向けていた。
しかし敵も甘くはない。
先ほどの射撃がよほど効いたのか、すぐに地面を蹴った敵が射線から外れるべく上昇する。
「くそ、動かれると当たらない……!」
ならばいっそダメもとで撃ってみるかとトリガーにかけた指に力をかけた瞬間、突然敵の姿が爆炎に包まれた。
〈お待たせ、空護くん!〉
視界の隅に長瀬の顔が映り、さらに数百メートル離れた新たISの姿を映し出した。
表示された識別は《打鉄》、操縦者は“長瀬栄子”とあった。
〈オーバーホール中の《打鉄》を組みなおすのに手間取っちゃってね…〉
「長瀬さん、ISに乗ってるんですか!?」
〈これでも学生時代はIS適正Aだったのよ。さあ今よ、空護くん!〉
その手に持った誘導ミサイルランチャーが火を噴き、離脱しようとした黒い機体に殺到して爆発を起こす。
その挙動が混乱するのを見た空護は、迷わず照準を合わせてトリガーを引いた。
「当たれぇぇぇ!」
大出力の粒子ビームが加圧リングから解放され、一直線に黒い機体に伸びる。
回避できずにまともに食らった黒い機体の胴の装甲板がめくりあがり、内部でコアが光るのを知覚した空護は、ぴくりと砲身を支える手を震わせた。
わずかにコアを外れた高熱の粒子は黒い機体を真っ二つにし、腰を境に生き別れになった機体が海に落ち、爆発とともに派手な飛沫を上げる。
「やった……?」
センサーから敵反応が消失し、飛び散った破片が辺りを転がるのを見た空護は、湧き上がる高揚感に思わず拳を掲げていた。
「……ぃやったぁぁ!!」
雨のように降り注ぐ飛沫が夕日を映してきらきらと舞う中で、灰色の龍が勝利の声を上げた。
◇
「うわぁお。まさか《ゴーレムI》をやっつけちゃうなんてね」
暗い部屋の中で、いましがたの戦闘を見終わった女性は思わず感嘆した。
「なーんか変なもの作ってるなーと思ってちょっかい出してみたけど、これは思わぬ収穫だね、うんうん」
子供のようにはしゃぎながら女性はかたかたと端末を操作すると、モニターに1人の少年のデータが映し出された。
「ふぅん。いっくんには及ばないけど、なかなかかわいい子だねぇ。ん、アオミネぇ?……おぉ!やっぱりそうか」
その少年のデータを確認すると、ひと際楽しそうに笑った。
「この子、
女性はしばらく楽しそうにモニターを眺め続けた。
短くまとまった紺色の髪に、幼さを残した顔立ちの少年の顔写真。
名前の欄には“青峰空護”と表示されていた。
というわけで第1話が終了でございます。
IS二次創作なのに原作キャラがほとんど出てきませんでしたが、
次回からは色々なキャラを出せる予定です。
なお、作中の《灰龍》こと《打鉄弐式》は原作で簪が乗っていたものとは
別物です。詳しい説明は今後の作中もしくは設定等で語っていけたらと
思います。
それではまた次回!