インフィニット・ストラトス~龍と飛ぶクーゴ~   作:ハンバル

6 / 7
第2話 長い一日目~Believe your partner~
2-1


倉持技研の研究室でモニターを睨んでいた風真は、うんと伸びをすると溜息をついた。

 

 未確認ISの襲撃事件から丸二日。

 あの後は警察への対応やら報告やらの事後処理に追われ、ほとんど眠れなかった。

 充血した目に目薬を差していると、横合いからこと、とカップが置かれる音がした。

 

「主任、お疲れのようですね。はい、コーヒーです」

 

「ありがとう、長瀬さん。例の無人機の方はどうだい?」

 

「破片の回収はあらかた終わりました。解析はしていますが、重要な個所はほとんど吹き飛んでいますね。おそらく、機密保持のためかと」

 

「やっぱりか。コアの方は?」

 

「こちらはダメージを負っているようですが生きています。1週間程度で回復するでしょう。……しかし、よくあの砲撃で壊れませんでしたね」

 

「戦闘記録を見たら、砲撃中に照準がずれた形跡があった。……もしかすると、空護が急所を外したのかもしれないな」

 

「そういえば空護くんはどうしたんですか?」

 

「今は部屋で休ませてるよ。……あぁそうだ長瀬さん、すまないがもう30分くらいしたら空護を連れてきてくれないかな?」

 

「構いませんが……今度は何を?」

 

「僕の知り合いなんだが、空護の事でいろいろ助けてくれる人が来るんだ。空護も会っておいた方がいいからね」

 

「主任のお知合いですか。どんな方ですか?」

 

「IS学園の教師だよ。ここまで言えば、空護をどうするかは分かるだろう?」

 察したのであろう長瀬は息をのむと、そのまま何も喋らなかった。

 

「空護には不自由をさせてしまうだろうな。もう、今まで通りの生活はできない。……それでも、あいつを守るにはこうするしかないんだ」

 

 そう言い切ると、風真はコーヒーを一口飲んだ。

 長瀬の淹れる濃い目のコーヒーが、いつにも増して苦く感じられた。

 

 

 ◇

 

 

〈一昨日の夕方、倉持市の倉持重工で発生した爆発事件について、警察は未確認のISによる犯行と発表しました。幸い、けが人などはいないものの建物が崩れるなどの被害が出ており、警察では―――〉

 

 空護が部屋のテレビを消すと、出し抜けに静寂が訪れた。

 事件後に宛がわれた部屋は、本来は泊まり込みで働く人のために設けられたらしい簡素な和室だった。

 

 ISを動かして敵と戦った当日はもちろん、その翌日も事情聴取やら身体検査やらIS起動試験やらであまり休ませてもらえなかった。

 色々分かったことがあるにせよ体も精神も疲労困憊であり、今日は朝食をとってからはずっと部屋で寝転がって過ごしていた。

 

「僕がISを?……なんか、夢みたいだな」

 

こうして目を閉じると、あの戦いが夢だったかのように思える。

 

「けど、夢じゃない」

 

 目を開けて自分の左腕を見やると、そこには灰色の腕時計が巻かれていた。

 灰色。

 つい2日前に、自身が乗り込んで戦った機体の色。

 ISを解除するとともに左腕に現れたそれは、《灰龍》の待機状態だった。

 それはつまり、《灰龍》が一次移行(ファーストシフト)によって完全な空護専用として生まれ変わったということの証でもある。

 

「いきなり専用機ゲットだもんなぁ……」

 

 IS操縦者にとって最高の栄誉ともいえる専用機。

 それを素人の男性がいきなり貰ってしまったのだから、日々努力しているIS操縦者からは羨ましがられるか、いっそ殺されても文句は言えないのではないかと思ってしまう。

 

 そのまま何をするでもなく栓のない思索にふけっていた空護は、こんこん、と扉を叩く音に体を起こした。

 

「空護くん、いいかしら?主任が今後の事でお話があるそうよ」

 

「はい、今行きます」

 

「それから、お客さんも来ているからそのつもりでね。なんでも、IS学園の先生で、主任のお知り合いとか。空護くんは知ってる?」

 

「先生?……いえ、そういう話は聞いたことありませんね」

 

「ふーん?空護くんも知ってる人だって聞いたんだけどね……まぁいいわ、とにかく行きましょう」

 

 

 

 

 長瀬に先導されて着いた部屋には、応接室の札がかかっていた。

 扉をノックした長瀬が失礼します、と言って扉を開けると、中には2人の男女がいた。

 1人はソファーに座る風真で、もう1人は黒いスーツを着こなした女性。

 ショートカットの黒髪の下に引き締まった美貌がのぞき、空護はつかの間息ができなくなった。

 この顔に、空護は見覚えがあったからだ。

 

「来たね。彼が僕の弟の空護だよ。空護、こちらは―――」

 

「ぶ、“ブリュンヒルデ”……!?」

 

 かつてテレビの前で何度も、母に怒られるほど応援した女性。

 ISの世界大会である“モンド・グロッソ”、その記念すべき第1回大会にて見事総合優勝を果たした世界最強のIS操縦者、織斑千冬その人が家の玄関にいた。

 

「ふむ、私を知ってるようだが……すまないが、その呼び名はあまり好きではない。ましてや今は一介の教師だからな。織斑先生と呼んでくれ」

 

「す、すみません織斑先生!つい、驚いてしまって……」

 

「いいさ。では改めて……私は織斑千冬だ。IS学園で教師をしている。今日は君のお兄さんに呼ばれてな、君の今後の事を話しに来た。よろしく頼む」

 

 その手が差し出され、空護はどぎまぎしながらもその手を握り返した。

 

「え、えっと、青峰空護です。よろしくお願いします……」

 

 引き締まっていながらも柔らかな手の感触に意識が真っ白になった。

 

「その、大丈夫か?顔が真っ赤だが……」

「悪いね、千冬さん。うちの弟はミーハーでね、モンド・グロッソを見てた時なんてうるさいのなんの」

 

などと会話が聞こえてきた気がするが、ロクに耳に入らなかった。

 気分的にはこのまま飛び上がって、天井をブチ抜いて大気圏を離脱し、銀河をも超えて宇宙の深淵をのぞき込みたい気分だった。

 要するにそれだけ舞い上がってたのである。

 

(お、織斑千冬選手に握手してもらっちゃった……も、もう死んでもいい……!)

 

「おーい空護、そろそろ戻ってこーい。……あぁっ!?あんなところにイタリア代表のアリーシャ選手が!」

 

「え、どこ!?……あ」

 

 苦笑する風真や長瀬と、何やら頭を抱える千冬の姿を見て、空護はようやく自分がやらかしたことを悟った。

 

「すみません。少し取り乱して意識が宇宙に飛んでしまいまして……」

 

「……いや、気にはしていない。よく考えたらウチの生徒も大体こんな感じだ」

 

 それを聞いた長瀬が「え?IS学園の生徒さんってみんな意識が宇宙に飛ぶんですか?」という顔をしていたが気にしないことにした。

 

「さて千冬さん、そろそろ本題に入りたいんだけどいいかな?」

 

「そうだな。……では空護くん、君は現在の自分が置かれた立場を分かっているな?」

 

 千冬の真面目な表情に、空護も気持ちを切り替えた。

 

「はい。僕は世界で2人だけのISを扱える男子。下手なことをすればモルモットにされてもおかしくないんでしょうね。それに……成り行きとはいえ専用機持ちになってしまった以上、僕はISと向き合わなければいけないんだって思います」

 

「うむ、その通りだな。そこで君には、IS学園に転入してもらう」

 

 千冬はカバンから書類を取り出すと、応接室の机の上に広げた。

 写真が美麗なパンフレットに、やたらと記入欄が多いのは何かの手続き書類だろう。

 

「IS学園……ISの操縦者の育成を目的とした国際的な学園ですね」

 

「ああ。ここならば空護の身に危険が及ぶ確率はぐんと減るし、それに何より、ISの扱い方を学ぶことができる。いわば一石二鳥さ。学力的にも空護なら何とかなるぐらいだし、千冬さんと話し合ったけど、やっぱりこれが最善だと思うよ」

 

 長瀬と風真の言葉に、なるほど、と思う。

 あの黒いISとの戦いの跡地である試験場は、見るも無残に崩れ、焼け爛れていた。

あのような惨状を巻き起こすISとは、絶大な兵器でもあるのだ。

 それを専用機という形で個人所有する以上、その扱い方を知らないわけにはいかない。

 なら―――

 

「分かりました。僕は、IS学園に転入します。いえ、しなければならないんです。そうしなければ、この力は扱いきれない……!」

 

 空護の言葉に、千冬は少し考え込むように目を閉じたあと、「しなければならない、か」と呟いた。

 

「え?」

 

「いや、君の言うことは正しい。ISとは既存の兵器をはるかに凌駕する力を持つ。それはあの“白騎士事件”で証明されている」

 

 白騎士事件。

 約10年前、突如として世界各国の弾道ミサイルが一斉に日本に向けて発射された。

 あわや日本の終わりと思われたその時、1体の白いISがそれらをすべて破壊し、日本は守られた。

 そのISの名前を取って“白騎士事件”と言われるようになった一連の騒動の時、空護はまだ幼かったが、それでもおぼろげながら当時のパニックと緊張感、そして、珍しく兄が戦慄の表情を浮かべていたことを覚えている。

 

「専用機というのはその力を個人で所有する、ということだ。大いなる力には大いなる責任が伴う。それを自覚するのは、IS操縦者として必要なことだ。その点において、君は大丈夫そうだな」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 千冬に褒められて照れくさくなった空護は、しかし次の言葉でそれを吹き消すことになった。

 

「だが、それだけか?」

 

「……え?どういうことでしょうか?」

 

「例えば―――そうだな、君はその専用機を倉持技研に返して、これまで通りの生活に戻るという選択肢もある。無論、簡単なことではないが不可能でもない。君の存在は公には発表されていないし、男の操縦者が希少と言っても二人目であって唯一ではない。裏から手を回せば、君はISと関わらずに生きていくこともできるかもしれない」

 

「千冬さん、それは―――」

 

「風真、すまないが今は黙っていてくれ。……つまり、別に君にはISに乗る義務はないということだ。元々、君は事件に巻き込まれただけの被害者だからな。―――それでも、君はISに乗ることを選ぶか?」

 

「僕は―――」

 

 思ってもいない言葉だった。

 実際、風真や長瀬の戸惑い顔を見る限り簡単なことではないのだろう。

 しかし、千冬の言うことに理があるのも事実だ。

ただ巻き込まれただけの自分が、これ以上厄介ごとに巻き込まれる必要はない。

 

しかし、それは心のどこかでは納得できなかった。

 

「―――確かに、僕はたまたま巻き込まれただけで、たまたまISに乗れたってだけです。……けど、あの時敵に殴り掛かって、《灰龍》で戦ったのは僕の意志です!」

 

「ほう」

 

「それに―――えぇと、うまく言えませんけど……ここで逃げたら、《灰龍》を裏切ることになるような気がするんです」

 

 我ながら抽象的というかよく分からない答えだとは思いつつ、一方で自分が言っていることに間違いはないという確信もあった。

 ISを起動したとき、おぼろげだが夢を見たような気がした。

 どんな内容だったかも覚えていないが、自分はその時に《灰龍》と通じ合った、そんなイメージだけは覚えている。

 

「だから僕は、IS学園に行きます。義務ってだけじゃない、行きたいんです!」

 

 じっと聞いていた千冬が、ふっと笑った気がした。

 

「いいだろう。では青峰空護、お前は次の月曜から私の生徒だ!私が担当する以上、厳しいのは覚悟しておけよ」

 

「……はい!よろしくおねがいします、織斑先生!」

 

 空護は深々と頭を下げた。

 

 

 ◇

 

 

 その後、いくつかの事務手続きが済むと、風真は空護を部屋に帰らせた。そのときに長瀬も付き添わせたので、部屋に残ったのは風真と千冬の二人だけになった。

 

「しかし、空護くんも大きくなったな。私の記憶ではこんなチビッ子だったのに」

 

「それは僕らが中学生の時の話だろ。今じゃあ僕も君も24だ。……そういえば、君の弟さんも空護と同い年だったね。まさかISを起動させるとは思わなかったけど」

 

「まったくだ。お互い、弟には驚かされるな」

 

「そうだね。……さて、これで空護の事はひと段落、かな。転入したらウチの弟を頼むよ、織斑先生」

 

「ああ、任せておけ。……ところで、ここを襲撃したIS、人が乗っていなかったそうだな?」

 

 その言葉に、風真も真面目な顔で端末を操作して黒いISの解析データを呼び出した。

 

「その通りだ。大事な個所はほとんど破壊されているが……やっぱり君も、彼女(, ,)の仕業だと思うかい?」

 

「他にいるか?そんなものを作れる人物が2人も3人もいてたまるか」

 

「僕も同じ考えだ。恐らく、空護にもまた何らかの形で絡んでくるだろうね……」

 

「風真」

 突然名前を呼ばれた風真は、千冬がじっと自分の顔を見ていることに気が付いた。

 

「その割に顔が嬉しそうだぞ」

 

「いや、彼女も元気でやってるんだろうな、と思うとね。弟が狙われてるというのに不謹慎だけど、彼女ともう一度会えるというのは嬉しいものさ」

 

 千冬は小さくため息をつくと呟いた。

 

「昔から思っていたが風真。お前は頭がいいのに、女を見る目だけは致命的だな」

 

「はは、そうかもね」

 

 そういう風真の顔は、やはり嬉しそうだった。

 

 

 ◇

 

 

 その日以降は、学園に入るための下準備としてISの基本的な訓練や座学を行ったり、寮に持っていくための荷物をまとめたりしているうちにあっという間に過ぎた。

 

 そして出発の日、空護は荷物をまとめたスーツケースを転がすと玄関を出た。

 

「それじゃあ母さん、そろそろ行くよ」

 

「ああ、体に気を付けてビシバシ頑張っておいで」

 

 結局、母である青峰美空(あおみね みそら)に事情を話すのは後回しになってしまったが、当の美空はあっさりと受け入れてくれた。

 色々と心配もされたが、最後には「風真もアメリカに行く、って言いだしたのは突然だったよ。まったく、やっぱり兄弟なんだね、あんたたちは」と言ってくれたのが印象深い。

 

「そうそう、これは風真を見送るときにも言った言葉だけど―――」

 

「“やるからにはとことんやっといで”でしょ?」

 

「なんだ、覚えていたのかい。ま、帰って来たくなったらいつでも来なさい」

 

「うん、それじゃ、行ってきます」

 

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 そうして空護はスーツケースを引きずりながら、学園への一歩を踏み出した。

 

「ああそうだ、空護」

 

「なに?」

 

 

「ついでに彼女でも見つけてきなー!」

 

 

 

 学園への一歩は、盛大にずっこける形となった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。