その日、IS学園の1年1組の教室では、朝早くから生徒たちが噂話に興じていた。
クラスの女子が噂好きなのはいつもの事だったが、その日の話題は一つに集約されていた。
「織斑くん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」
その話が席に着くなりようやく自分に振られてきて、
昨日は寮のルームメイトである箒が急遽引っ越しすることになり、その手伝いをしていた時にそんな話も聞いた気がする。
「そういえば、2組に転校生がくるって話は聞いたな。けど、この時期に転校ってことは……」
「うん、中国の代表候補生なんだって」
「ん?それは私が聞いた話とは違うな」
いつの間にか傍にいた幼馴染、
「私の聞いた話では、この1組に転校生が来るらしい。中国の代表候補生とは初耳だな」
「あれ、そうなの?じゃあ、どっちがホントなんだろ?」
「どっちも本当らしいよ~?なんでも、先生が“この時期に転校生が二人も……”って話していたみたいだし」
「あら、ということは1組に入る方も代表候補生なのかしら」
イギリス代表候補生のセシリア・オルコットが腰に手を当てながら話に入ってくる。どうやら、立場上他の候補生の話は気になるらしい。
「そこまでは聞いてないなぁ。ま、この時期に来るってことはそうなんじゃない?」
IS学園への転入は条件が厳しい。
試験に加えて国の推薦が必要なので、転入性と言えば多くの場合、代表候補生になる。
「代表候補生か。……どんなやつなんだろうな?」
「む、何だ一夏。気になるのか?」
「ん?そりゃあウチに来るわけだし。強いやつなのかなー、とか気になるだろ」
「そ、そうか。その転校生の強さが気になっているというだけなのだな。ならいいが」
箒が1人納得したように席に戻ると、教室のドアが開き、副担任である
「おはようございます。全員揃ってますねー。少し早いですが、ホームルーム始めますよー」
その声を聴いて噂話に興じていたクラスメイトが次々と席に戻ったのは、この後に来る担任に怒られないためだろう。
「えー、出席を取る前にですね、今日はなんと、転校生を紹介します」
その一言にざわざわとした空気が流れると、真耶は教室の扉の方に呼びかけた。
「では、入ってきてください」
その声と共に、噂の転校生が教室の中に――――
―――いつまで待っても入ってこなかった。
「あれ?……入ってきて大丈夫ですよー。……青峰くーん?聞こえてますかー?」
されども教室には誰も入ってくる気配がなく、静まり返った教室に気まずい沈黙が流れる。
―――いや、教室が静かになって気づいたが、廊下の方からは誰かの声が聞こえてきた。
防音仕様の扉越しのためよく聞こえないが、すごい勢いで何かをまくしたてる声だった。
ふと、その声に聞き覚えがあるように感じた一夏は、出し抜けに聞こえたスパーン、という鋭い打撃音に体を竦ませた。
「痛ぁ!?」「あだぁ!?」
二人分の悲鳴だけが妙にくっきりと聞こえ、一夏はなんとなく扉の前で起こった事態を察した。
(今の、よく聞く音は……具体的に言うと俺の頭上でよく聞く音は、やっぱり千冬姉だよなぁ……っていうか今の悲鳴、男みたいな声がしなかったか?)
ほかのクラスメイトも同様に聞こえたらしく、ほぼ全員が神妙な顔つきで扉の方を見ていた。
やがておもむろに扉が開き、その転校生が教室に入った瞬間、今度は全員の顔が驚きに変わった。
短くさらりとまとまった紺色の髪に、まだ幼さが残る顔立ち。
その顔が涙目になっている理由はお察しとして、問題はそこではない。
ブレザーのようなIS学園の制服に身を包んだその姿は―――どう見ても、
彼は痛みに耐えながらもしっかりとした足取りで教壇の前に立つと、緊張を振り払うように前を見て、ゆっくりと口を開き始めた。
「初めまして、今日からこのクラスに来ました、青峰空護です」
静まり返った教室に気圧されたのか、少し目が泳いだ彼は、付け加えるように再び口を開いた。
「えーと、見ての通り、男です。……色々あって、ISに乗ることになりました。その、
緊張しているのか、出来の悪いロボット玩具のようにぎこちなく頭を下げる。
不束者ってまるで結婚の挨拶みたいだな、と思っていると、緊張に顔を強張らせた彼と目が合った。
おそらくこの沈黙に戸惑っているであろう彼に、一夏は両手で“耳をふさげ”とジェスチャーを送る。
“え、なんで?”とでも言いたげな感じに彼が戸惑い顔を見せた瞬間、黄色い声の濁流が彼を呑み込んだ。
「キャ――――――――!男子よ、男子!二人目の男子!」
「しかもかわいい系!織斑くんとはまた違ったタイプ!」
「私の好みだわ!行ける!」
「涙目もそそるわぁ……」
「受けかしら!いえ、ああ見えて攻めっていうのも……あぁ!」
若干名、危険な発言が聞こえたのは気のせいだと思いたい。
黄色い音圧をまともに受けた彼は目を白黒させ、「えぇと……」と困惑していた。
「諸君、おはよう。ずいぶん騒がしいようだが?」
その音圧が、担任の千冬の登場でぴたりと止んだ。
まるでスピーカーのスイッチをいきなり切ったかのような反応は、千冬の恐ろしさを知るが故の超反応だ。
「まったく、静かにできるなら最初からそうしろ。……あぁ、青峰の席は後ろの空いている席だ。織斑、同じ男子として面倒を見てやれ」
「あっ……はい!」
恐縮した様子の彼は、そのまま歩いて席に向かう。
よろしくな、と軽く手を振ると、軽く笑って手を振り返してくれた。
「では、出席を取りますね」
こうして、思わぬ来訪者と共に長い一日が始まった。
◇
倉持技研の一室では、長瀬がモニターに向かって作業をしていた。
少し離れたところでタブレットに向かって何かを書き込む風真は、時折そわそわしたように作業の手を止めていた。
「今頃、空護くんは学園で授業を受けている頃でしょうか?」
やはり弟の事が気になるのだろう、と思った長瀬は声をかけてみた。
「ん、そうだろうね。空護なら、授業についていけるだろうし、《灰龍》だってそれなり以上に動かせるように
「そうですね。……けれど、良かったんでしょうか?“彼女”の事を言わないで……」
「仕方ないだろう。ただでさえISを動かしたり戦ったり、おまけに学校が変わったりで大変なのに、これ以上空護の負担は増やせないさ。……それに、空護に落ち度はない。これは僕らと“彼女”の問題だよ。そのために申請もしたし、設計も進めている。上の許可が下り次第、“彼女”に連絡してあげればいいさ」
「だといいのですけど……」
長瀬は“彼女”の事を考えて、必ずしも風真の言う通りにはならない、と思った。
いや、空護に関しては風真の言うことは確かだろうが、“彼女”もそう考えているとは限らない。
もしも“彼女”の方から行動を起こすようなことがあれば―――
「大丈夫かしら、空護くん……」
とはいえ、このことを教えたら教えたで風真の言う通り、空護の負担になるだけだろう。
結局、空護と“彼女”を信じるしかない―――
それでも長瀬の脳裏からは心配が消えなかった。
◇
「つ、疲れた……」
昼休み。
空護はぐったりと机に突っ伏していた。
別に授業で疲れたわけではない。
確かに競争率の高いだけあってIS関係だけではなく一般教養のレベルは高く、勉強が必要だとは感じたが、それはまだ良かった。
問題なのは休み時間の方で、転校生のお約束というかなんというか、空護は休み時間を迎えるたびにクラスメイトの女子たちから質問責めにあった。
その結果が机に突っ伏した己の現状である。
「お疲れ~、あおみん」
そんな中で比較的気を使ってくれたのは隣の席に座る、この妙に間延びした声の少女――確か本音と名乗っていた――で、質問攻めにパンクしそうな空護を見かねて時折助け舟を出してくれたのがありがたかった。
「あはは、ありがとう本音さん……なんていうか、女の子ってすごいね……こう、エネルギーが」
「まー、おりむーも最初はおんなじような感じだったし、大丈夫だよ~。それじゃぁ、私はお昼行ってきま~す。早く行かないと食堂混んじゃうよ~」
ぺたぺたと足音を立てて本音が教室を出ると、空護は再び机に突っ伏した。
「あー、そうだ。昼ごはん……」
「よう、大変だったな」
突っ伏していた顔を上げると、織斑一夏がいた。
同じ男子同士で話しかけようとは思っていたのだが、女子に囲まれてその暇もなかった。
「まぁね。……えぇと、織――いや、一夏の方がいいかな?」
「ああ、少ない男子同士、仲良くしようぜ。俺も空護って呼ぶからさ。よろしくな、空護」
「うん、よろしく一夏」
どちらともなく手を差し出し、握手を交わした。
自分の物よりも大きくがっしりとした手を少し羨ましく思いつつ、その顔立ちに彼が千冬の弟であること再認識した。
「それじゃ、良かったら一緒に飯行こうぜ。ここの学食、結構うまいんだよ」
「そうなんだ。じゃあお言葉に甘えて」
一夏に連れられて廊下に出ると、やはり周りの女子たちに囲まれそうになったが、その辺は一夏も心得ているようで、人ごみの少ない場所を縫うように進んでいく。
「うわ、さすがに慣れてるねぇ」
「まぁ、俺もまだ入学から一月経ってないんだし、空護もすぐに慣れるんじゃないか?」
「だといいけど……。一夏はこの中を男子一人でやってきたんだよね。それに比べればマシかな」
「そうそう。一人より二人ってな。正直空護が来てくれて心強いよ。……それじゃ、急ぐぞ!」
「うん!」
女子であふれる廊下を、たった二人の男子が突っ切っていった。
その光景を、好奇とは別の視線が見つめていた。
「あれが、青峰空護……」
◇
学園の食堂は混んでいた。
並ぶメニューに悩みながらも、最終的に
「空護、あっちに行こうぜ」
「わかった」
周りからの視線を集めながらも努めて意識しないように移動すると、やがて一夏が「いたいた」と隅の方の席を指した。
見ると、4人掛けの席に黒髪の少女と金髪の少女が座ってこちらを手招きしていた。
二人とも、確かクラスにいた生徒だ。
特に金髪の方は目立つ上に、なんとなく見覚えがあるのでよく覚えている。
「悪いな
「いえ、私たちもそんなに待っていませんわ」
「そもそも、席を確保するためにお前より早めに来たのだ。さ、一夏も青峰も座ってくれ」
黒髪の少女に促されて座ると、一夏が二人を紹介してくれた。
「朝からずっと忙しくて紹介できなかったんだけどな、こっちは箒。俺の幼馴染なんだ」
そう紹介された彼女は、長い黒髪をポニーテール上に束ね、凛としたその佇まいは武者や侍を想起させる。
いわゆる大和撫子、と言ったところか。
「
その苗字に引っ掛かりを覚えた空護は、それを声に出さないように努めた。
「よろしく。……えーと、箒さんって呼べばいいかな」
「ああ、そうしてくれ。私も空護と呼ばせてもらう」
もしかすると見透かされたかもしれない、と思いつつ、空護は隣の金髪の少女へと意識を移した。
ロールした金髪と碧眼を持つ彼女は、姿勢から仕草の一つ一つに至るまで育ちの良さを感じさせる。
まるでイギリスかどこかの貴族だ―――そう考えたところで、彼女に見覚えがある理由に思い至った。
「では、わたくしは―――」
「もしかして、イギリス代表候補生の人?確か、《ブルー・ティアーズ》の」
どうやら当たったらしく、彼女は少し驚いたようだ。
「あら、どうやらわたくしをご存知のようですね。まぁ、わたくしほどの実力者ともなれば当然ともいえますが……」
「あぁやっぱり!雑誌の特集に載ってたよね!いやぁ、あんまり美しくて印象に残ってたんだ!正直、もう一目惚れって感じで」
すると彼女は照れたように頬を染め、髪をいじり始めた。
「まぁそんな、そこまで……。いいえ、お気持ちはありがたいのですが、わたくしには心に決めた―――」
「ホントにいいよね!《ブルー・ティアーズ》!」
一瞬、
「……はい?」
「あの流線型の装甲!青い色ってのも好きなんだけど、全身のコンデンサがクリスタルみたいで綺麗だよね!《打鉄》とはまた違ったデザインラインだけど、いやぁー、雑誌で見たときは思わず叫んじゃったもん。“おぉぉ!”ってさ。もう一目惚れっていうかなんていうか。イギリスのデザインもいいよねぇ……ってあぁ、ごめん。つい喋りすぎちゃって」
「……ま、まぁわたくしの専用機なのですから、美しいのは当然でしてよ。あなた、なかなか見る目がおありのようですね」
「これでも“インフィニット・ストライプス”は毎月読んでるから。……あぁ、ところで」
「なんですの?」
「……ごめん、名前覚えてなくて。紹介の邪魔しちゃってごめん」
「わたくしは、セシリア・オルコットですわーーー!!」
食堂にセシリアの絶叫が響き渡った。
◇
空護が平謝りし、一夏がセシリアをなだめるのに、結局3分を要した。
「まったく、ISの方はあれだけ語れるのに何で私の事は名前すら覚えてないのですか……」
「ごめんごめん、操縦者の事ってあんまりチェックしてなくて」
「ファッション誌の服だけ見て、モデルを見ないようなものかもな」
「まぁ、私の《ブルー・ティアーズ》への敬意に免じて許して差し上げますわ」
「たはは、ホントごめんね」
空護はそう返ししつつ、昼食に手を付けた。
火が通っていながらもシャキシャキとした食感を残すピーマンと、タレが絡んだ肉のハーモニーがたまらない。
「空護は青椒肉絲かー。それ、美味いよな!」
「うん、火加減が絶妙だね。さすがIS学園」
「中華かー。懐かしいな。昔、よく中華料理屋で飯食ってたっけ」
「ん?あのあたりに中華料理屋なんてあったか?」
一夏とは付き合いが長いであろう箒が、ふと疑問を口にした。
「あぁ、店ができたのが小学5年生の時だから、ちょうど箒が引っ越してったのと入れ違いだな」
「ふぅん。一夏と箒さんって幼馴染って聞いたけど、ずいぶんと昔からの付き合いなんだね」
「そうだな。小学1年生からの付き合いだからな。一夏と共に過ごした時間は長いぞ」
胸を張って強調する箒に対し、セシリアは悔しさと羨ましさが入り混じった複雑な表情をしていた。
なんとなく彼女たちと一夏の関係を察した空護は、自分たちが座っている席の前に誰かが立ち止まるのを見た。
顔を上げてその誰かの顔を確認した空護は、あっ、と声をあげそうになった。
「見つけたわよ、一夏!」
朝に会ったツインテールの少女が、びし、と一夏を指さしていたのだから。
「あ、さっきの……」
「
「そうよ。中国代表候補生にして1年2組クラス代表、
ふふん、と不敵な笑みを浮かべる彼女を見て、朝の言動に納得がいった。
「あぁ、それで朝に1組の教室に来たんだ。インパクト抜群の登場がしたいって言ってたのはこのコトだったんだね」
鈴の不敵な笑みが、ぎょ、と引きつった表情になって空護に向けられる。
「ぐ、アンタは……!そうよね。よく考えれば同じクラスなんだし、アンタもいるわよね……」
「なんだ空護、鈴と知り合いなのか?」
「いや、朝にチラッと会っただけなんだけど……一夏こそ、なんか親しそうだけど?」
「そうだぞ、一夏!知り合いか?」
「一夏さん!いったいどういう関係ですの!?」
「どういう関係って、ただの幼馴染だよ」
「幼馴染……?」
箒が怪訝そうな声で聞き返すと、一夏が説明してくれた。
曰く、箒が小学4年生の終わりに引っ越した後、小学5年生の始まりに入れ違いの形で鈴が転校してきたようだ。
当時、千冬がIS操縦者として家を空けていることが多く、一夏は鈴の実家――先ほど話題に上がった中華料理屋によく行っていたらしく、鈴とはよく遊ぶ間柄だったらしい。
その関係は中学2年生の終わりに鈴が中国に帰るまで続き、今日で1年と少しぶりの再会となったようだ。
それを聞いた箒と鈴が幼馴染同士の火花を散らし、さらにはセシリアが代表候補生同士のにらみ合いが繰り広げられる中、空護はなんとなしに鈴を見た。
ぎゃあぎゃあとセシリアや箒と言い争う彼女の手にはラーメンの載った盆があり、それが香ばしく湯気を立てていた。
「あのー……鈴さん、だっけ?」
「なによ、青なんとか」
話の腰を折られた鈴にじろ、と睨まれつつも空護は続けた。
「青峰空護だよ。いや、ここで立ち話して大丈夫?ラーメンのびるよ?」
鈴は言葉を詰まらせると左右を見渡した。
本当ならば一夏のいる席に行きたいのだろうが、生憎と4人掛けの席は自分と一夏、箒とセシリアで埋まっている。後で知ったことだが、昼休みぐらいは空護をゆったりさせてあげよう、という一夏たちのありがたい気遣いが見事に鈴を直撃した格好だった。
「ぐぅ……っ!なら箒とか言ったわね、アンタ、席代わりなさい!」
「なぜ私が貴様に席を譲らなければならん」
「そうですわ!あなたはさっさと別の席に行きなさい!」
「なら僕が席変わろうか?」
「いや、わざわざ空護のためにとった席なんだからいなくなったら意味ないだろ。あー鈴、話ならまた後でいいか?」
「うっ…。分かったわよ。青汁とか言ったわね。覚えてなさいよ!」
「いや、僕は青み―――」
空護の話を聞くことなく、彼女は朝と同じように去ってしまった。
「悪いな、空護。ああいう性格だけど、悪いやつじゃないんだ」
「はは、見てて飽きないっていうか、にぎやかな子ではあるよね……」
覚えてなさいよ、という言葉に何か嫌な予感を覚えつつも、空護は食事を進めた。
◇
「……そうか、大変だったんだな。ISに乗れたと思ったらいきなり戦いとか俺よりすごいぞ」
「そういう一夏はなんでISに乗れるってわかったの?やっぱりISに触っちゃった?」
「いやー、それが受験の時迷ってたらIS学園の受験会場に行っちゃって」
「えぇ?どういう間違い方したらIS学園に行くの!?」
「ほら、
「うわぁ、ある意味僕よりすごいよそれ……」
放課後、空護は一夏に手伝ってもらいながら寮の自室に荷物を運んでいた。
手で運んできたスーツケースと通学カバンは必要最低限の物しか入れていないが、宅急便で送った段ボールの中身が本や雑誌ばかりなのでやたらと重い。
一夏に手伝ってもらわなければ結構な重労働だっただろう。
「……よっと。これで全部か?」
「うん、手伝ってくれてありがとう」
空護の部屋は当然ながら一夏と同じ部屋で、半分を占める一夏のスペースは小奇麗にまとまっていた。
「あぁそうだ」
空護は手近な段ボールを開けると、中から一冊の雑誌を取り出して目当てのページをめくり、一夏に差し出した。
「一夏、ほらこれ。お昼に話したセシリアさんが載ってるやつだよ」
「あぁ、これか。あいつってやっぱり有名人だったんだなぁ」
差し出したページには、晴れやかな笑顔を浮かべるセシリアが専用機である《ブルー・ティアーズ》を纏う姿が見開きで載っていた。
「こうして見ると物腰柔らかなお嬢様って感じなんだけどなー」
「あはは、確かにセシリアさんって実際の印象違ったね。お嬢様って感じは変わんないけど」
どう違うか、というのはあえて言わず荷物の整理を続けていると、部屋の扉が軽くノックされた。
「一夏、先にアリーナに行ってるぞ」
「ああ、分かった。また後でな」
扉越しの箒の声に答えると、一夏は作業中の空護に視線を向けた。
「こっちはまだ時間かかるし、あとは僕がやるからいいよ。一夏は先にアリーナ行ってて」
「あぁ、分かった。アリーナの場所は分かるよな?第2アリーナだぞ?」
「第2だね。じゃあまた後でね」
一夏が部屋を出た後、段ボールを開封して荷物を整理する。
と言っても、殆どが“インフィニット・ストライプス”のバックナンバーをはじめとした本類なので、備え付けの本棚に並べるだけで事足りる。
先週の事件の影響で組みかけのプラモデルともども、10分程度であらかた棚に並べ終えた空護は、背後にコンコン、とノックの音を聞いた。
「はーい、開いてますよー」
振り向かずに返事をする。
「なら邪魔するわよ」
聞き覚えのある声―――それも飛びきり嫌な予感をはらんだ声に、振り向く首がぎぎぎ、と音を立てた。
「や、やぁ……鈴さん」
そこに、不機嫌そうな顔の鈴がいた。
「何ビビってるのよ?」
「いやだって覚えてなさいとか言われたら……」
「そりゃそうよ、アンタのせいでアイツに2回も近づき損ねてるんだから、アンタが責任取るのは当然でしょ?」
「どういう理屈さ!?っていうかやっぱり一夏の事好きなんだ?」
途端に鈴の顔が林檎のように真っ赤になり、あたふたと手を振り始めた。
「んなななななな何言ってんのよ!アンタ変なコト言うとぶっ飛ばすわよ!」
あまりにもわかりやすい反応に何やら微笑ましいものを感じつつ、空護は着替えの入ったバッグを持ち上げた。
「それじゃあ僕はこれで。一夏ならアリーナにいると思うけど―――」
そのまま部屋を出ようとしたところで、肩をがっしりと掴まれた。
「ちょっと待ちなさいよ。アンタ、これから一夏とISの練習するつもり?」
「え?そうだけど」
一夏は1年1組のクラス代表を務めていて、近々各クラスの代表による対抗戦があるらしい。
箒やセシリアの提案で対抗戦に向けて訓練をすることになった一夏に誘われ、空護もこれからアリーナに向かうつもりだった。
「ならアンタ―――」
何かを思いついたように笑う鈴に、空護は嫌な予感を覚えた。