「いってきま~す!!」
玄関で大声で叫んだ後、鹿目まどかはドアを開けてタタタッと急いで駆け出す。
日はすっかり落ち、夕焼けの空にうっすらと綺麗な星がちらちらと見えていた。
「うわぁ~雲一つない絶好の花火日和だ~」
走りながらまどかは空を見上げ、その夜空に思わず独り言を呟く。
春が終わり、夏に入り。そして1学期も終わりを迎えて待ちに待った夏休み。
そして今日は夏休みの1日目、そして彼女の住む見滝原市で花火大会がある日なのだ。
彼女の服装もさすがに今日は“青島コート”は羽織っておらず、自分の髪色と同じのピンクの着物を着飾っている。
「早くみんなと合流しないと」
「いやぁ、別に彼女達と一緒じゃなくてもいいんじゃないかい? この僕と二人っきりで是非花火の上がる夜空を眺める方が、一兆倍ロマンチックなひと時を過ごせると思うよ」
「一兆倍のロマンチックの規模がわからないんだけど……怖いから遠慮するよ……」
そして彼女の肩にはいつも傍にいてくれるナルシストナマモノことキュゥべぇ。
相変わらずの臭いセリフを吐いて来る彼にまどかは頬を引きつらせながら夜になっていく街中を走って行く。
「キュゥべぇは花火見るの初めてだよね?」
「そうだね、けど僕は花火自体には興味無いかな、君が花火を見上げるチャーミングな横顔を見る為についてきたのさ」
「いやそれ花火大会の時じゃなくても見れるよね……チャーミングなんかじゃないし」
「夜に浮かび上がる花火の光に照らされたまどかの横顔が見たいんだよ」
「なんなのそのプロカメラマンみたいなこだわり……」
無表情で口説いでくるキュゥべぇ、まどかもすっかり彼の対応に慣れてしまった。
「僕は永遠に君専属のカメラマンさ。君の一生をこの目で撮り続けるのが僕の使命なんだ」
「一生って……やっぱりキュゥべぇって私の傍にずっといてくれるの?」
「もちろんさ、どうしてそんなわかりきった事を今更尋ねてくるんだい?」
まどかの肩にしがみついたまま、キュゥべぇは彼女の方へ振り向く。
「なにせ僕は君の夫となる存在なんだからね」
「う~んそれはどうかなぁ……」
「大丈夫さハニー、これからも僕がずっと君を守ってあげるよ」
「ハニーって呼ぶのは止めて……」
気恥ずかしそうにしながらまどかは彼にツッコミを入れながら夕日の落ちる空の下を走って行った。
花火大会のあるこの近くにある川の所へ。
大切な人達の下へ
「あ~約束の時間に間に合わないよ!」
「落ちる! そんな走ったら落ちるよハニ―! このアルティメットハンサムが落ちちゃうよエクセレントマイハニー!」
「だからハニー止めて!」
ラストステップ 絆
ペタンペタンとビーチサンダルの足音を立てながらまどかはようやく花火大会の場所に着いた。
年に一度の大切なイベントであるからか、やはりそこには数えきれないほど膨大な人が一杯いる。その中にはまどかと同じく浴衣を着た人達もちらほらと。
「ふぇ~やっと着いた……急いで走ったから疲れたよ……」
「それは大変だ、それじゃあこの天使も嫉妬して憤死するぐらい美しいボディラインを見てその疲れを癒すといいよ」
「普段見慣れてるから1ポイントもHP回復しないや……」
キュゥべぇとの会話をしながら、ゼェゼェと息を吐いてまどかは呼吸を整える。
何とか約束の時間に間に合った。合流場所はこの見滝原の川岸にある時計柱の下だ。
だが今の所、他の友人達はまだ来ていないらしい。
「急いで来たのにみんなまだ来てないね」
「おかしいな、マミならもうとっくの前にいると思っていたのに」
「確かにマミさんは約束通りの1時間前のそんな次元の話じゃなくて、1日前とか2日前に待機してる時もあるけどさすがに今日は……あ」
時計柱の下に着いた瞬間まどかは気付いた。
彼女と遊ぶ時は必ず集合場所に配置されている“アレ”があることに。
「マミ一人分がすっぽり入りそうな丁度いい黄色いテントが時計柱の下に配置されてるね」
「人目の多い花火大会でやって欲しくなかった……」
ガックリと頭を垂れながらまどかは恐る恐るそのテントに近づいてしゃがみ込む。
そしてキョロキョロと辺りをうかがった後、そっとそのテントに顔を近づけて
「……マミさん」
「来てくれたのね!!」
「うわッ!」
恐る恐るその名を呼んでみた瞬間、ガバッと勢いよくテントの入り口が開いてまどかの前にその人物が嬉しそうに出て来た。
勿論巴マミだ、黄色い浴衣を着飾り見た目はかなり美人に入るのだが、性格が残念なちょっぴり可哀想な子である。
「もう来ないんじゃないかと怖かったの……けど良かった……鹿目さんとキュゥべぇが来てくれるなんて……私もうひとりぼっちじゃない……」
「だ、大丈夫ですよマミさん……あと早くテントから出て来て下さい、人目が……」
「もういつになったらその心配症は治るんだい君は」
「ごめんなさい……謝るから絶交しないで……」
「いえしませんから……」
めそめそとした声で謝ってくるマミを促してまどかは彼女の両手を取って立ち上がらせた。
本当はマミの方が一歳年上なのだが、これでは完全に立場が逆である。
「“あの時”のマミさんにはもうならないのかなぁ、あっちのマミさんは凄い頼りになるんだけど」
「勘弁してくれよまどか、あの時のマミは別の意味でキツイから……」
「う、うん。まあ私もちょっと苦手な所はあったね確かに……」
珍しく低く辛そうな声で訴えて来たキュゥべぇにまどかもぎこちない表情で頷く。
あの時とはまどかともう一人の友人が仲違いしていた時に起こっていた時である。
その時にある事がキッカケでマミのキャラが急変。
誰からも頼りにされる様な立派なお姉さんキャラに早変わりしたのだ。
しかしこの変化にはキュゥべぇや周りの連中もかなり戸惑った思い出がある。
「まさか辛い物を食べさせるとマミのキャラが急変するなんて……数年間一緒にいた僕でさえわからなかった事だよ」
「キュゥべぇも大変だったね、マミさんを元に戻すのに自分からマミさんの家に戻って……」
「一週間かかったね、もうひたすら彼女に甘い物与え続けてようやく元の彼女に戻ってくれたよ、治るまでの一週間はもう本当に地獄だったね」
思い出すだけで疲れたのかキュゥべぇは小さくため息を突く。
「まだこっちの彼女の方がマシだよ僕にとって、あっちはもう……やりにくい」
「そういえばマミさんの家って辛い料理は出さなかったの?」
「ああ、マミは甘党だからね、あそこは甘い料理以外出さないんだ、卵焼きなんか砂糖まみれだよ」
「どんだけマミさんのママさんとパパさんはマミさんに甘いの!?」
「甘いだけにかい?」
「いやそういうつもりで言った訳じゃないから!」
こちらにサッと振り向いて来たキュゥべぇにまどかは慌てて手を振って否定していると、突然、マミが前触れも無しに彼女の肩に乗っかるキュゥべぇを両手で抱っこしてぎゅっと抱きしめる。
「ふふ、キュゥべぇ……」
「ぐふ……いきなりなんだいマミ、勘弁してくれよ。君のその無駄にデカイ乳のせいで僕が何度も圧死しかけているのに気付かないのかい?」
「どうしてキュゥべぇはそんなイジワルするの……鹿目さんに抱きしめられても全然嫌がらないのに……」
「そりゃあ彼女の胸なら圧死される危険性も無いし」
「鹿目さんが羨ましいわ……」
「あの、怒っていいですか……」
この二人の性格からして悪意が無いのがわかるが、一応まどかも年頃の女の子でありそこん所は気にしているのだ。
菩薩の精神を持つ彼女であってもさすがに豊満な胸を持つマミにそれを言われるとさすがにイラっとくる。
「甘い物好きだと胸が大きくなるのかな……」
「心配する事無いさ、まどか。昔、僕の友人が言っていた言葉がある「貧乳はステータス」だって」
「負け惜しみにしか聞こえないんだけど……」
キュゥべぇの全く励ましにならないお言葉に肩を落としたまどかが気の抜けた返事をしていると。
「おお、やっぱお前等早いな、わりぃな遅れちまって。さやかが歩くの遅くてよ」
「アンタが何回も屋台を覗いてせいでしょうが」
「あ、杏子ちゃんとさやかちゃん」
遠くからタタタッと走って来た二人の少女に気付いてまどかはそちらに振り向く。
隣町に住む佐倉杏子とクラスメイトの美樹さやか。
杏子は赤、さやかは青の浴衣を着飾り約束の時間にちょっとだけ遅れてやってきたのだ。
「二人はここに来る前にもう会ってたんだ」
「そうそう、コイツが屋台でバクバクタコ焼き食ってるの見かけたからあたしがここまで引きずって来たのよ」
「仕方ねえだろ、この辺来るのはアタシ初めてだし、集合場所が何処にあるのかさっぱりわからなかったんだよ」
「なんで道がわかんない=タコ焼き食うになるのよアンタの頭は……あたしが見つけてなかったらどうなってた事やら……」
ムスッとした表情で腕を組む杏子にさやかが呆れた様子で睨みつける。
二人を見てまどかは「アハハ……」と苦笑した後、彼女達の服装を改めて見てみた。
「そういえばさやかはちゃんはともかく杏子ちゃんも浴衣着て来たんだね」
「一週間前に母親と一緒に買いに行ったんだよ、アタシは別にいいって言ったのに……」
嫌そうに言うが満更でもない様子で顔を少し赤らめて頬を掻く杏子。
隣でさやかは茶化すように彼女に笑って見せた。
「へ、アンタって普段から男っぽい服ばっか着てたからたまにはいいんじゃない?」
「妹みたいな事言うなよ。別にいいだろ男っぽくたって」
「どうかねぇ、アンタはもうちょっとスカートとか履いた方がいいと思うけど」
「ん~? まどかみたいなフリフリの付いたスカートとかか?」
「なんでそこでまどかを参考にすんのよ、アンタじゃ似合う訳ないでしょ。あ、そうだ」
真顔で尋ねて来た杏子にさやかはビシッとツッコミを入れた後、ふと思い出したのか今度はまどかの方へ振り返る。
「まどか、そういや仁美は来れないんだってさ。今日の昼頃にアタシの所に電話でそう言ってた」
「ああやっぱり上条君と一緒に回るのかな?」
「違う違う、なんか「天授の儀」に勝利して北斗神拳の真の伝承者になったのはいいんだけど、今度は仁美の義理のお兄さんの一人である世紀末覇者が決闘を申し込んで来たんだってさ。それが今日やる予定なんだから無理なんだって」
「仁美ちゃん、義理のお兄さんとかいたんだ……」
「うん、しかも三人いるんだって」
「仁美ちゃんって生まれた時代間違えたんじゃないの……?」
相変わらずずば抜けた世界観に到達しているもう一人の級友にまどかが思いをはせていると、キュゥべぇを抱きしめたマミがオドオドとした様子でこちらに近づいて来た。
「佐倉さんと美樹さんも来てくれたのね……良かったわ本当に……」
「なんでもう目に涙溜めてんだよ! 涙腺崩壊一分前じゃねえか!」
「だって久しぶりに佐倉さんの顔を見れて私……もう何年も会って無かった気分だわ」
「アタシの記憶が正しければ確か二日前にお前と遊んだ記憶があるんだけど……?」
既に泣きそうな態勢に入っているマミに杏子は髪を掻き毟りながら会話していると、ふと隣に立っているさやかが彼女の脇を肘で小突く。
「アンタちゃんとマミさん用に飴持って来たでしょうね……」
「いやマミさん用ってなんだよ……アタシはマミの調教師になった覚えはねえし。それにこの辺には甘いモン売ってる店なんてゴロゴロあるし大丈夫だろ」
「はぁ? じゃあ持ってきてないの? あのメチャクチャ辛い飴は?」
「持ってきてる訳ねえだろ、ナマモノに絶対にマミに食べさせるなって言われてるし」
「ああコイツに言われてたの……」
さやかはジト目でマミに抱きしめられている小動物を見下ろす。
「そうよね、だってコイツはいつものマミさんが大好きだものね」
「気持ち悪い事言わないでほしいなぁ美樹さやか、僕は覚醒状態のマミが嫌なだけで別に今のマミが好きだとかどうだとか無いんだよ。強いて言えば扱いやすいんだよこっちの方が」
「あ、そう。良かったねマミさん、そいつがずっと一緒にいようねだって」
「ホント! 嬉しいわキュゥべぇ! 大好き!」
「く、苦しい……! ギブギブ……!」
さやかの言葉になんの疑いも無しに歓喜するマミ、そのままキュゥべぇを抱きしめる強度を上げているとみるみる彼の顔が青ざめていく。
杏子は同情するように「うわぁ……」と呟いた。
「なんつぅか、よくもまあコイツはマミと何年も一緒に住んでたよな」
「そこは長年連れ添った“絆”みたいなモンじゃないの。ずっと一緒にいれば慣れるモンなんだよ、マミさんとコイツにもそれがあるんだよきっと、絆って奴がね」
「へ~」
感心したように頷く杏子にさやかは笑いかける。
「あたしも仁美や恭介と幼馴染だけど、なんだかんだであの二人とも長く付き合ってるし。こうなると切っても切れない関係になるんだよ本当」
「そうだな、アタシも妹とはしょっちゅう喧嘩してるのに、いざアイツがイジメられたと聞いたらすぐにアイツの代わりに仕返しに言ったモンだよ」
「家族愛って奴でしょ、妹さん思いのいいお姉さんですこと~」
「姉が妹守るなんて当たり前だっつーの」
歯を出して笑って見せるさやかに照れくさそうにそっぽを向く杏子。
二人の会話を聞きながらふとまどかは空を見上げた。
ここに来る前の時と同じ、満天の星空だ。
「絆かぁ……」
さやかの言っていた言葉を思い出し、ふとまどかはその子場を自分の口で呟いてみる。
(マミさんはキュゥべぇと、杏子ちゃんは家族と、さやかちゃんは幼馴染との絆を持っている)
人は皆大切な者がいて絆という言葉で繋がっている、無論この三人と一匹も例外ではない。そしてまどか自身も多くの大切な人達に囲まれて生きている。
「私もパパとママとたっくん……さやかちゃんや杏子ちゃんに仁美ちゃん。マミさんにキュゥべぇ、それと……」
「嫁である私ね」
「うわ!」
一人指を折って数えていた時に突然にゅっと隣から湧いて来た人物にまどかはビクッと驚いてその場から後ずさる。
「ほむらちゃん! いい加減気配を消して近づくの止めてよ!」
「ごめんなさい、あなたを見つめていたらムラムラしちゃって、いつの間にかこんな近くまで接近していたわ」
いきなり現れたのは春から転校生としてまどかのクラスにやってきた少女、暁美ほむらだ。
赤い糸で花の刺繍が施された黒い浴衣を着ている。
「ほむらちゃんはいつから私の事見てたの……まさか私が家から出た直後とか無いよね?」
「そんなわけないわ私のまどか、ちゃんと昨日の夜からずっとあなたの傍にいたから」
「それってつまり……私が家で家族とご飯食べてた時や部屋に戻ってベッドで寝てる時も……」
恐る恐るまどかが引きつった表情で尋ねると。
ほむらはファサッと自分の長い黒髪を掻き上げた。
「お風呂に入ってる時もよ」
「ほむらちゃ~ん! 家宅侵入と覗きはしちゃダメだって前から何度も言ってるのに~!」
「ほむぅ……けど私の熱いパトスは誰にも止められなかったのよ、自分自身でさえ」
「熱いパトスってなに!?」
「ほむほむ用語よ、訳すと性欲」
「聞かなきゃよかった!」
女子中学生が用いるとは思えない卑猥な言葉を放つほむらにまどかが頭を押さえてガックリとしていると、杏子とさやかもほむらの存在に気付いた。
「おう変態、お前まどかに怒られたクセにまだストーカーなんてやってんのか?」
「うるさいわね、限度は過ぎないようにちゃんと心がけてるわよ、同じ失敗はしないわ」
一応前にまどかに本気で怒られたので多少は自分なりに制御しているらしいが。
傍から見れば何処を制御しているのかはさっぱりわからない。
さやかもそんな彼女にブスっとした表情で口を開いた。
「ストーカーの時点で社会で適用される限度はとっくに過ぎてるんだけど」
「ストーカーじゃないわよ、強いて言うなら愛の狩人≪ハンター≫よ」
「愛の狩人≪ハンター≫、いい加減にしないとそろそろ警察にぶち込むわよ」
「フン、警察程度じゃ私とまどかの愛を妨げる障害にもならないわ」
「どうやらまだ覚醒マミさんのお説教を聞かせないとダメみたいね」
「……美樹さやかのクセにこざかしい事を企むわね……」
「あ~やっぱりあの時のマミさんはアンタも苦手なんだ」
ぐぬぬと歯がゆそうに睨みつけて来たほむらのリアクションを見てさやかは苦笑する。
「アンタ、マミさんに口でボッコボコにされたもんね」
「……今はちゃんと元に戻ってるのよね?」
「御覧の通りいつものマミさんよ」
さやかが手で指した方向に振り向くとそこにはキュゥべェを抱きしめた巴マミの姿が。
彼女を見て一瞬ほむらの顔が強張るが、マミは「?」と首を傾げる。
「私がどうかしたの暁美さん? 遊んでくれるの?」
「良かった、いつもの「ぼっちマミ」で安心したわ」
「ぼっちなんて酷い! キュゥべぇ暁美さんが私の事イジめる!」
「え~、変態の言葉なんて真に受けちゃダメだよ全く。変態は変態な事しか言えないから相手にしなくていいよ」
ほむらの毒舌に過敏に反応したマミが泣きそうな顔でキュゥべぇに言いつけるも、めんどくさそうに彼は気の無い返事をして、そのまま彼女の両腕から脱出してストンと地面に降りた。
だが彼の言う「変態」にほむらはいささかカチンと来て彼を睨みつける。
「淫獣にだけは変態なんて呼ばれたくないわね、私は知っているのよ。お前が私の愛するまどかと一緒にお風呂に入っているのを」
「なんでそれを知っているんだいと聞きたい所だけど、別に僕がまどかとお風呂に入ってても君に関係無いだろ」
「許せないわ、私のまどかの全裸を間近でジロジロ見ているなんて、万死に値するわよ」
「ジェントルメンな僕は人間の裸に興味なんて無いよ、どっかのレズビアンの変態ストーカーと違ってね」
「誰の事を言っているのかしら」
「鏡見ればすぐにわかるよ」
キュゥべぇの一言にほむらは腕を組んだまま目を細めた。
彼の言う通りに彼女はすぐに浴衣の袖の奥から手鏡を取り出してまじまじと自分を見る
「おかしいわね、淫獣から愛する姫を護る為に戦う勇敢な騎士しか見えないわ」
「こりゃあ失敬したね、まさか君の眼球が両方とも腐ってたなんて知らなかったよ」
「……」
「ほむらちゃん無言で拳鳴らすの止めてよ!」
ポキポキと女の子にも関らず綺麗に拳の音を鳴らすほむらにまどかが慌てて止めに入った。
無表情でキュゥべぇを見つめる彼女の姿は殺気に満ち溢れている。
「離れてなさい私のプリンセス、このナマモノはナイトであるこの私が粛清するわ」
「うわぁさすがストーカーだね、よくもまあそんな気持ち悪い妄想を公然の場でベラベラと喋れるね。そこに痺れもしないし憧れもしないけど」
「キュゥべぇ、ほむらちゃんを挑発するの止めてよ!」
「僕は悪くないよ、悪いのはいちゃもん付けて来るこっちの変態だよ」
「惑わされちゃダメよ、コイツの言う事は全部デタラメ。あなたのナイトはここよ、悪いのは全てアイツ」
「こんな所で喧嘩してる時点で両方とも悪いから!」
まどかが停戦を求めてもまだキュゥべぇとほむらは顔を向かい合わせて激しい罵り合いを繰り広げていた。
この二人はこの先もずっとこうして喧嘩して行くのだろう。
そう思うとまどかはハァ~とため息を突いて肩を落とす。
「なんでいつも顔を合わせたら喧嘩ばっかりしちゃうんだろ……」
「まあ別に仲が悪いって訳じゃねぇだろ、アイツ等は」
「え?」
「そうそう、喧嘩するほど仲が良いって奴だよきっと」
肩を落としているまどかの両隣に杏子とさやかが自分を挟んで話しかけて来た。
二人がそう言うのでまどかは「ん~」と難しそうに首を捻る。
「そうなのかなぁ……?」
「それより花火大会ってもう始まるんじゃねぇのか? 7時とか言ってたよな?」
「げ! もう7時じゃん! うわぁ、あたし絶対絶景が見れる特等席探そうと思ってたのに……あ!」
まどかが不思議にそうに顔をしかめている内に突然上空でパーン!と大きな音が聞こえる。
その音を聞いて一同一斉に空を見上げた。
鮮やかかつ繊細に作られた美しい虹色の花火が、星空をバックにして綺麗に咲く。
そのあまりにも素晴らしい光景に一同言葉を失ってただ上空を見つめるだけだったが、やがて杏子が興奮したように空に向かって叫び声を上げた。
「う、うおー! 超すげぇじゃん! やっぱ生で見ると迫力あるなー!」
「ハハハ! なによこれ! これならどっから見ても絶景じゃん! この辺一帯が全部特等席じゃん! これなら探す手間が省けたわね!」
「うわぁ、キレー……」
キラキラと宝石の様に輝く花火が次々と上空で弾けていく。
迫力あるその光景にまどかは思わず身惚れてしまってそこから動けない。
「毎年来てるけど今年は一段と綺麗になってる~」
「君の方が綺麗だよ」
「あなたの方が綺麗よ」
「え……?」
「「……え?」」
背後から聞こえた全く同じセリフにまどかは引きつった表情で振り向く。
背後にいたほむらと地面にちょこんと座っているキュゥべぇがバッと同時に顔を向かい合っていた。
「私の口説き文句を真似するなんて、どうやら本当に死にたいらしいわね」
「僕のセクシーボイスから放たれたスタイリッシュなセリフをまんまパクるなんて、これにはさすがの僕もプッツンしたね、コレほど不愉快な気持ちになったのは初めてだ」
「そのセリフって案外使い古されてるから被るのもしょうがないよ思うよ……」
せっかく花火のおかげで口喧嘩を一時中断したのにまたもや睨み合って喧嘩を始めるほむらとキュゥべぇに呆れた様子でツッコミを入れるまどか。
ホント隙あらば口論になるコンビだ。
「も~せっかくの花火大会なのに~」
「花火ってこんなに綺麗なのね」
「そしていつの間に私の隣にマミさんが……」
ふと隣を見るとそこには無邪気にほほ笑んで花火を見上げるマミの姿が。
純粋に喜んでいるようで何よりだが、まどか自身は背後から聞こえるキュゥべぇとほむらの口論が気になってしょうがない。
(マミさんに辛いモノ食べさせるよ!って言ったら二人共喧嘩するの止めるかな……)
「お友達と一緒に見てるとなおさら輝いて見えるわね」
「へ? あ、ああそうですね……」
ドーンドーンと大きな音を立てて次々と浮かんでは消えていく花火。
そのはかない光にマミはすっかり見惚れてしまっていた。
「これから先もこうして私達で一緒に花火を見れるのかしら……」
「見れますよきっと……それにもしかしたら来年はもっと色んな人達と一緒に見てるかもしれないですよ」
「色んな人達ですって!? そんな! これから私にもっとお友達が増えると言うの!?」
「え、ええ……多分」
こちらにすぐに振り返って嬉しそうな声を上げるマミにまどかは苦笑しつつも答えてあげると、彼女は恍惚な表情で空を見上げる。
「それはいいわね……ウフフフフ……もっと一杯通販で買わないと、ウフフフフフ……」
「なにを通販で買う気ですかマミさん!?」
病んだ顔で薄ら笑みを浮かべる彼女にまどかはハッと慌てて叫んだ。この顔は完全にヤンデレ状態のマミだ、明らかになにか企んでいる。
だがまどかがマミに叫んだその時、前にいた杏子とさやかがこちらに陽気に手を振って来た。
「オーイお前等、花火も上がった事だしちょっとメシ食いに行こうぜ~!」
「杏子の奴がタコ焼き食ってたクセにもう腹減ってるんだってさ。しょうがないからあたし達も付き合って美味しいモン食べに行こうよ」
「あ、うん!」
どうやら杏子にとっては花より団子、花火より屋台の食べ物が優先らしい。
二人に向かってまどかが元気良く返事していると、マミが嬉しそうに二人の方へ駆け寄って行く。
「私はチョコバナナがいい!」
「また甘い物かよ……甘い物ばっか食べると太るぞ?」
「ふ、太る!? うえ~ん!」
「うお! 一発で泣いた! なんだよ「太る」ってマミのNGワードだったのか!?」
「なにやってんのよ! 早く甘い物買ってあげないとマミさん泣き止まないじゃない!」
「マミ! チョコバナナ! チョコバナナ買ってやるから!」
マミが泣き、さやかが慌てて、杏子がなだめに入る。
そんな三人をまどかがふとボーっとした表情で見つめていると、今度はそんな三人の下にほむらがツカツカとめんどくさそうに歩み寄る。
「また巴マミが泣き出したの? まどかといいムードを作りたいのに本当に邪魔ばっかりするわね」
「うるせぇ! 泣き止んで欲しいなら早くチョコバナナ買って来い!」
「なんで私が買いに行かないといけないのよ、いつもの飴はどうしたのよ」
「それが杏子の奴持ってきてないんだってさ」
「佐倉杏子、なんて融通の効かない可哀想な子なのかしら」
「なんで飴持ってきてないだけで可哀想って言われなきゃいけないんだよアタシ!」
哀れみの込められた目でそう言われて杏子がガッと噛みつくがほむらは冷静に返事。
「つべこべ行ってないでさっさとマミを泣き止ませる物を買ってきなさい」
「あ~わかったよ! じゃあアタシが戻ってくるまでマミはお前に任せるからな!」
「良かったわね、ようやく存在意義が生まれたわよ美樹さやか」
「任せられたのはアンタだろうが!」
ポンと自分の肩に手を置くほむらにさやかが額に青筋を浮かべてキレる。
これからもずっとさやかはほむらから上目線で見られる運命なのだ。
ギャーギャーと喚くさやかにプイッと顔を逸らして指で両耳を塞ぐほむら。
コントみたいな掛け合いをしている彼女達に思わずまどかも苦笑してしまう。
「アハハ……本当私達って喧嘩ばっかしてるよね……」
「なのにどうしていつも一緒にいるんだろうね僕等は、全く持ってわけがわからないよ」
「そうだよね」
苦笑するまどかの肩にヒョイッとキュゥべぇが飛び乗って来た。
するとまどかは前方で騒いでるさやか達を眺めながら彼にそっと話しかける。
「キュゥべぇ」
「ん?」
「ありがとね」
「……僕はなにか君に褒められた事したかい?」
「うん、一杯あるよ」
まどかはキュゥべぇと夜空に浮かぶ花火を見上げながらひと時の会話を始めた。
「だって私、キュゥべぇがいなかったらきっとこんな大勢の友達に囲まれて花火を見れなかったもん」
「そうかな?」
「マミさんに杏子ちゃん、さやかちゃんにほむらちゃん。みんなの問題をキュゥべぇが解決してくれたからこうしてみんな笑って一緒にいられるんだよ」
「別に僕は彼女達を助けようとした訳じゃないよ。まどかがそう望んだから僕が叶えただけさ。なにせ僕はまどかの願いを叶える美しき聖獣、セイントビーストだからね」
小首を傾げこちらをジッと見つめるキュゥべぇに、まどかはクスッと笑って笑顔になる。
「フフフ、キュゥべぇが傍にいて本当によかった」
「……そうかい、その言葉を聞けただけでも僕は宇宙一の幸せモンだよ……」
その言葉に若干照れくさそうにするキュゥべぇ。彼にも一応ウブな所があるらしい。
まどかはさやか達から距離を取った状態で更に話を続ける。
「それにね、私自身もキュゥべぇのおかげで少し変われた気がするんだ」
「君がかい? 君は初めて会った時から変わらず美しい僕の嫁だけど?」
「そういうのじゃなくてさ……」
ハハハと笑った後、まどかは少し暗い表情を浮かべた。
「私ってキュゥべぇと会う前は自分に自信が全然無かったんだ、得意なものとかも無いし、なにをやっても中途半端。そのせいですっかり内気な性格になってたから友達もあまりいなかったの……」
「……」
「それに本当はね、一番最初キュゥべぇの事ちょっぴり怖いな~とか思ってたんだ、宇宙人だしいきなり結婚してくれと行って来るし。けど付き合っている内に次第に変わってきたの」
顔を上げてまどかはまっすぐな目でキュゥべぇを見つめる。
「いつも自信満々な態度を取って、トラブルに巻き込まれてもなんの疑いも無く決断してすぐに解決しちゃう。それで私、キュゥべェの事尊敬するようになったんだ。私もこんな風になりたいって」
「……そうかい」
「それからは自分で言うのもなんだけど、ちょっと変われたと思っているんだ。前よりも色んな人に積極的になれたし、悲観的に考えるのも止めた。まだちょっと自暴自棄になっちゃう所があるけどね」
笑って見せるまどかにキュゥべぇは言葉足らずだった。いつもはベラベラと喋るこの生物だが、彼女の話をちゃんとまともに聞いてあげているのだ。
「だからね、本当にありがとうキュゥべぇ。私を変えてくれて、みんなを助けてくれて」
「……」
「私、本当に“あなた”と出会えて良かった」
まどかは飛びっきりの満面の笑顔でそう言った。
それを見てキュゥべぇも思わずフッと笑ってしまう。
「どういたしまして……かな」
「フフフ」
「じゃあ次は僕から礼を言わせてくれ、まどか」
「え?」
キョトンとするまどかにキュゥべぇはいつもの無表情に戻って彼女に礼を言った。
感謝しているのはまどかだけではない、彼自身もまた彼女に感謝している。
自分の人生に様々な思い出を刻みつけてくれた事を
「僕と出会ってくれてありがとう、鹿目まどか」
「……うん」
「これも『絆』って奴かもしれないね、遅かれ早かれ、僕達はこうして繋がる運命だったのかもしれない」
「そうかもしれないね……」
「まどか」
「なぁに?」
キュゥべぇは静かに彼女の名を呼び一つ尋ねた。
「これからも僕と一緒にいてくれるかな?」
「うん……これからもずっと一緒だよ」
「ありがとう、やはり君は僕の妻となるに相応しい存在だ」
「そ、それはわからないけどね、アハハ……」
ひきつった笑みを見せるまどかだがキュゥべぇはどこか満足そうだった。
いつもの無表情だがどこか嬉しそうに感じる。
しばらくして痺れを切らしたさやかが手を振って二人を大声で呼び始めた。
「ちょっとアンタ達ー! マミさんがようやく泣き止んだから行くわよー!」
「あ~しんどかった、チョコバナナ売ってる店中々見つからなくて大変だったぜ……」
「チョコバナナ甘いわ、私、お友達とこうして食べ歩きしながら祭りの夜を練り歩くのが夢だったの」
「巴マミ、どうしてそこで私を見て言うのかしら……」
美樹さやか、佐倉杏子、巴マミ、暁美ほむら。
こちらが来るのを待っている四人を見てまどかは思わず笑顔になる。
「早く行かないとね、みんなが待ってる」
「全く騒がしい連中だよ。これじゃあせっかくのまどかのデートも堪能できないや」
「でもみんなと一緒に入れてキュゥべぇも楽しいでしょ?」
「さあどうだろうね~」
「ウフフ!」
素っ気ない返事で答えるキュゥべぇにまどかが笑い声を上げるとすぐに彼を肩に乗せたまま四人の方へ行く。
前方にはこちらに振り返っている彼女達。
「さあ行くわよまどか! それとナマモノ!」
「へへへ、まどかもナマモノも早く来ねえと置いてっちまうぞ!」
「キュゥべぇ、鹿目さん。一緒にかき氷食べましょう」
「まどか、はぐれないように私の傍にずっといなさい。ナマモノ、お前は星に帰りなさい」
四人が待つその場所に、まどかはキュゥべぇと共に嬉しそうに駆け出した。
「ねぇキュゥべぇ!」
「なんだい」
走りながらまどかがまた一つキュゥべぇに尋ねる。
「この先もずっとずっと! 私達の絆はずっと繋がってるんだよね!」
「そりゃあそうさ、例え糸が切れそうになっても、この僕が何度も結び直してあげて一つにまとめてあげるよ、なにせ……」
まどかの肩に乗っかってキュゥべぇは、即座に彼女に答えてあげた。
いつものように一点の曇りもなく自身満々の声で
「僕は宇宙でいちばんセクシーだからね」
あとがき
これにてこの作品は完結です。短い間でしたがここまで読んでくれてありがとうございました。
この作品は原作である「魔法少女まどか☆マギカ」のキャラ崩壊物で全くの別物でしたが、それでも読んでて楽しいと思っていてくれたのならこれ以上嬉しい事はありません。
たまにこんなバカばっかやってた連中を思い出してくれたら幸いです。
また近い内に会えるかもしれませんがその時はよろしくお願いします。
それでは