放課後の学校はほとんどの生徒がとっくのとうに帰宅し、部活をする為に残っている生徒やまだ居残りしている教師ぐらいとしかすれ違わなかった。
ここに来たのは大事な理由がある。
大切な親友である未確認生命体・キュゥべぇは一年上の先輩である巴マミに突如奪われてしまった、キュゥべぇ曰く彼女は「最凶の少女」。
すぐに彼女の下から奪還しなければ彼が危ない。
急いで救出に向かう為鹿目まどかはキュゥべぇと同じく親友である暁美ほむらと共に巴マミの居場所を知る為に学校に戻ってきたのだ。
だがほむらの方は学校に来るや否や「別行動よ」と言ってすたこらさっさと何処かへ行ってしまい。
ポツンと残されたまどかは仕方なく一人で、彼女、巴マミの手掛かりを見つける為に職員室に来ていた。
「巴マミさんの住所が知りたい?」
「は、はい」
職員室にやってきてまどかが最初に話しかけたのは担任の早乙女先生こと早乙女和子だ。学校が終わり帰った筈の彼女がいきなり職員室に押しかけて来たので、彼女は自分用の事務椅子に座ったままキョトンとした表情を浮かべている。
「私ちょっとマミさんの所にどうしても会わなきゃいけない事情が会って……」
「鹿目さん巴さんと面識ありましたっけ? ん~私は知りませんから、巴さんのクラスの担任から聞いてみるとしましょう」
「あ、ありがとうございます!」
「男子に聞かれたら代わりに私の住所教えてる所なんですけど……。ちょっとそこで待ってて下さい」
「なんて言いました先生……?」
不審な様子で首を傾げるまどかを尻目に、早乙女先生は席から立ち上がって鼻歌交じりで三年生の巴マミを受け持つ担任教師の方へ向かった。
彼女の席から少し離れた席で、その担任の教師はある漫画雑誌を読んでダラダラとしている。銀髪天然パーマでメガネを掛け、国語担当なのに何故か白衣を着た男性だ。
「すみません、私の担当している生徒さんが巴マミさんの住所を知りたいと言っているんですけど、教えてもらえないでしょうか?」
巴マミの担任教師は漫画雑誌に読みふけっていたが早乙女先生に話しかけられるとチラリと彼女の方へ見上げ、すぐにまたチラリと職員室の端っこにつっ立っているまどかに目を向ける。まるで死んだ魚の様な目をしていた。
まどかをチラ見した後、その教師は髪をボリボリと掻き毟り、菓子やら漫画雑誌やらで散らばっている自分の机の引き出しからガサゴソとある物を取り出した、生徒の住所が書かれている書類だ。
彼はめんどくさそうに懐からメモ帳を取り出してその書類に書かれているある部分をボールペンで写し始め、それをすぐにビリっと剥がして早乙女先生に渡す。
当然、そこには巴マミの住所が書かれていた。
「ありがとうございます」
早乙女先生がお礼を言って受け取ると銀髪の教師はヒラヒラと手を振ってすぐに先程まで持っていた漫画雑誌に再び手を伸ばして読み始めた。
そんな彼をボーっとした表情で眺めていたまどかに、早乙女先生はメモを持って来てくれた。
「貰って来ましたよ、巴さんの住所」
「あ、はい! ありがとうございます!」
巴マミの住所が書かれたメモを受け取るとまどかはすぐに目に取る、妙に乱暴な書き方だが一応読める。
(この辺だとここから歩いて20分ぐらいかな……)
「用は済んだのかしら? まどか」
「うわ! いきなり背後から出てこないでよほむらちゃん! あれ?」
気配も感じず後ろからポンと現れたほむらにまどかはビックリして後ろに振り返るとすぐに「?」と首を傾げた。
「なんで鼻押さえてんのほむらちゃん」
「気にしないで、誰もいない廊下を歩いてたらついテンション上がって顔面スライディングしただけよ」
「顔面スライディング!? なんの理由でそんな事を!?」」
(誰もいない事をチャンスと思い教室に行き、まどかのお尻をいつも受け止めている椅子を頬擦りしてたらテンション上げ過ぎて鼻血が出たなんて言えないわ)
鼻を押さえながら目を背けるほむらにまどかが唖然とした表情を浮かべていると、そんな二人を見て早乙女先生が「あら?」と少し驚いた様に見せる。
「鹿目さんって暁美さんと仲良かったんですね」
「互いのホクロの数を覚えるぐらい仲良しです」
「健全なお友達です!」
すかさず真顔で答えたほむらの後に続いて急いでまどかが修正する。
早乙女先生は二人を眺めながらクスッと笑い。
「いいですねぇ、ホクロの数を覚えれるぐらい心が通じ合える人がいるなんて」
「私の言葉が先生に届かなかった!」
「これから鹿目さんの家に戻ってまた互いのホクロを数える作業に入ります」
「やらないよ! 目を光らせてこっち見ないでよほむらちゃん! やらないからね!」
キランと目を光らせてこっちを見るほむらにまどかが激しく拒否する姿勢を見せていると、早乙女先生は今度はハァ~とため息を突いて何故か落ち込んだ様子を見せる。
「私もホクロを数えれるぐらいの相手と付き合いたいですね……」
「先生……ホクロを数える仲はちょっとどうかと思うんですけど……」
「……なんで長続きしないんでしょう私……」
まどかのツッコミもスル―してげんなりと呟く早乙女先生。
どういうわけか彼女の恋愛は長く続かない。
それをよく知っているまどかはアハハと苦笑してみせる。
「大丈夫ですよ、先生美人だし。きっとすぐに“先生に似合う”素敵でいい人見つかります」
「そうかぁ……そうですよねぇ……ねえ鹿目さん?」
「はい?」
自分の椅子に座ってうなだれていた早乙女先生が虚ろな目をしてまどかの方に顔を上げる。
「あなたのお父さんって……“先生に似合います?”」
「パパは狙わないでください!」
早乙女先生の目はマジだった
3ステップ ヤンデレの罠
数十分後。まどかとほむらは巴マミが住んでいるというマンションに辿り着く。
一番上の階で一番端っこの部屋、こころなしかその箇所だけ陰気なオーラをかもしだしているような気がする。
しかしそこが彼女の、巴マミの住む部屋だった。
「なんかこの部屋の前に立つと寒気がするなぁ……」
「私が暖めてあげるわ、さあ、裸になって抱き合いましょう」
「なんで人様のマンションで裸にならなきゃいけないのさ」
隣に立って真顔で服を脱げと強要するほむらにツッコミを入れると、まどかは緊張しながらも恐る恐る指でチャイムのボタンを押した。
すぐにピンポーンという音が鳴りその後、長い沈黙……
ドアの向こう側からはなにも聞こえない。
「……留守なのかな?」
「警戒しているんじゃないかしら?」
「あの人から見たら私はキュゥべぇを攫いに来た誘拐犯だからね……」
「諦めて帰りましょう、私達の愛の巣に」
「いや諦めるの早いしほむらちゃんは私を何処に連れて行くつもりなの……」
「知りたいのかしら?」
「やっぱいいよ……」
手をこちらに差し伸べるほむらにまどかがジト目で返していると、ドアの向こう側からガチャっと音が聞こえた。
まどかがビクッとその場から数センチ跳ね上がると、巴マミのいる部屋のドアがゆっくりゆっくりと開いて行きそして……
「な、な、なんのようかしら……? え! そ、そんな……」
「あ! ど、どうも!」
ドアの隙間からちょこんと巴マミ本人が顔を出してきた。
まどかは慌ててお辞儀をして挨拶するがふと違和感を抱く。
(あれ? 喫茶店で話した時と雰囲気違うような……)」
(なんか知らないけど怯えてるわね)
マミはこちらに対してビクビク震えながら物凄い不安そうな目つきでこちらを覗いていた。
喫茶店では泣きながら笑ったり凄い剣幕で怒鳴ってきたりと恐い印象があったのだが、今の彼女は獲物にロックオンされた小鹿のように弱々しい。
「……私の家に……私の家に女の子が二人も来るなんて……しかも同じ制服って事は学校は同じ……! 一体どうして私なんかの所に……!」
「え?」
「こんな事初めてよ……どうしよう、どうやってお持て成しすればいいのかしら……!」
「いや別にお構いなく……ていうか私の顔覚えてないんですか……?」
「そうよお母さんに聞けばいいんだわ……! あ! 今は買い物行ってるからいないんだっけ……どうしよう、どうすればいいの……一体どうすれば……! 私は一体どうしたら……!」
「ドアが壊れる!」
両手に持っているドアが彼女の震えに反応して激しく振動している。
壊れかなねい程大きな音を鳴らすのでまどかが慌てて叫び声を上げた。
「あの大丈夫ですから! 別に家に上がる訳じゃ……」
「とととととりあえずこんな所で待たせちゃ駄目よ……! 部屋に上げてお持て成ししないと……!」
「やっぱり話聞かないよこの人……」
呂律も回らず完全にパニくっている彼女を見てまどかは軽く苦笑してガックリとうなだれる。様子は変わっていても喫茶店の時と同じくマミは話を聞こうとしない。
まどかがどうするべきか悩んでいると、隣にいたほむらがボソッと口を開く。
「あの宇宙生物もここにいるんだし部屋に上がった方が都合がいいわ。この人と交渉するなんて『マミ語』を話せる通訳呼ばない限り時間の無駄よ」
「そうだね……マミ語ってなに?」
まあ確かにこのままだと話が進まないまま無駄に時間を費やす事は目に見えている。
彼女の意見にまどかが賛同すると、部屋のドアは完全に開き、玄関に巴マミが全身を震わせながら立っていた。
「こんな肥溜めみたいな所ですけどよかったらどうぞ……」
「肥溜め!? いやそんなことないですから!」
「お邪魔するわ」
自虐気味に哀しそうにそう言うマミにまどかが手を振って否定している間に、ほむらが堂々と中へ入って行く。まどかも急いで後に続いた。
「お、お邪魔します……」
「ごめんなさいこんな所で……」
「大丈夫ですから本当に……」
中は一見どうってことない普通の玄関だ。ほむらとまどかが靴を脱いで上がって行くとマミは緊張した面持ちで立ったまま玄関に一番近い部屋を指差す。
「えと……私の部屋……入る?」
「ああはい」
「同年代の子を部屋に招き入れる事が出来た……! お母さんとお父さんに教えなきゃ……!」
「あのぉ、マミさん……?」
いきなり頬を染めて嬉しそうな声を出して小さくガッツポーズをする彼女にまどかが唖然としている中、ほむらは勝手に彼女の部屋のドアにある妙にメカメカしい取っ手を握って開けようとする。
だが
「? おかしいわねこのドア、開かないわ」
「ごめんなさい……そのドア、私しか開けれない構図になってるの。そうしないと“私の大切なお友達”が逃げちゃうから……」
(キュゥべぇ絶対この中だよ……)
「ちょっと待っててね」
首を傾げるほむらに優しくマミが説明しているのを聞いてまどかが頬を掻きながら一つ確信していると、今度はマミはドアの取っ手を握ってみる。
ドアからビーっと甲高い音が鳴った後、何事も無い様に自然にガチャリと開いた。
「指紋認証が付いてるの、この部屋を外から開けるのも中から開けれるのも私だけ……フフフ……」
「夜神月並に用心深いんですね……」
喫茶店で会った時と同じ恐怖がまた蘇る様な笑い声を上げるマミにまどかはゾクッと背中に悪寒を感じながらも、私室に入って行くマミに続いて彼女もほむらも中へと入って行く。
「ここがマミさんの部屋かぁ……」
「く、臭くないかしら……? ファブリーズでファブったほうがいい?」
「臭くなんかないですよ……」
「心配しなくてもまどかがいればその周りの臭いはたちまち薔薇の香りになるわ」
「そんな特殊能力持ってないよ!」
さも当たり前の様に語るほむらにまどかがツッコんでいると、マミはコソコソと部屋から出ようとする。
「そ、それじゃあ私……紅茶持ってくるわね……」
「いやそこまでしなくてもしなくても結構ですよ」
「紅茶……嫌いなのかしら……?」
「う……」
こちらに振り向いてきたマミにまどかは思わずたじろぐ。彼女の目からウルウルと涙が出始めているからだ。
「こ、紅茶好きです!」
「私は紅茶よりも無糖のコーヒー……むぐ」
隣に立っているほむらがまた余計な事を言いそうになったのでまどかが瞬時に彼女の口を手で塞ぐ。
マミはそんな二人を見て涙目になるのを止めて安心したように笑った。
「良かった……じゃあすぐに持ってくるわね」
「はい……」
(まどかの手が私の唇に……まどか成分をたんまり堪能できるわね……あの“ニセありがとうウサギ”には感謝しないと)
(なんかほむらちゃんの息が荒くなってる……早く手を離したい)
不安を抱くまどかと不安の塊の様なほむらを残し、マミは自分でしか開けられないドアを開けてそそくさと行ってしまい、まどかは彼女がいなくなったのを確認した後、そっとほむらの口から自分の手を離す。
「フゥ……マミさん泣かしたら怖いから気を付けてね……」
「ハァハァ……あら、もうお預け、まだ舐めてないわよ私」
「あそこで舐められてたら私が泣くよ」
荒くなっていた息を整えているほむらに呆れたように言葉を返すと、まどかはふと部屋の中を見渡してみる。
「普通の部屋だよね……テーブルにテレビ、本棚にベッド、そのベッドの上で死んだように倒れているキュゥべぇ……ってキュゥべぇ!」
一つ一つの物を数えて行った先にはあろうことかベッドの上で倒れている白い物体を発見。
まどかはすぐにその物体、キュゥべぇに駆け寄って抱き上げて見る。
「しっかりしてよキュゥべぇ! うわ! 凄い頑丈そうな首輪付けられてる!」
「う~ん………まどか、いきなり「彼女は瑠璃ではない」って連呼しまくってどうしたんだい……? しかも美樹さやかをそんなに腹パンしたらさすがに死ぬと思うよ……」
「しかもなんか変な夢見てうなされてる!」
長い鎖の付いた首輪を付けたままキュゥべぇが目をつぶって苦しそうにもがいている。
どうやらこんな過酷な状況に再び舞い降りてしまったせいで悪夢を見ているらしい。
キュゥべぇを両腕で抱きかかえたまま驚いてみるも、まどかは彼を揺すって起こそうとする。
「うなされてないでキュゥべぇ起きてよ!」
「エクシーズ召喚、それが君の力かまどか……この力があれば融合次元の暁美ほむらも圧倒出来る筈……」
「エクシーズ召喚!? なにそれ!? 私そんなの持ってないってば! キュゥべぇ!」
「は!」
耳元に口を近づけて大声でまどかが叫ぶとキュゥべぇはやっとパチリと目を覚ました。
目の前にいるのは心配そうにこちらを見下ろすまどか。
「あれ? おかしいな僕は地獄の奥底に再び堕ちたと思っていたのに、目を覚めたらこんなプリティーな天使がいるなんて」
「天使なんかじゃないよ私……あとプリティーとか止めて恥ずかしいから……」
「その誰よりも謙虚な姿勢は正しく鹿目まどか……! まさか君もここに来てしまったのかい!?」
「あ、うん……ほむらちゃんも一緒だよ」
「は?」
キュゥべぇはまどかが向いた方向に振り向いてみる。
安堵の笑みを浮かべるまどかと対称的に。
部屋の真ん中に立ってこちらを感情のこもって無い表情で見下ろしているほむらと目が合った。
「……おかしいな、なんで君がいるのかな? 全く持ってわけがわからないよ。離れ離れになっていた主人公とヒロインの再会はとても素敵でクールでセクシーなシーンなのに。どうして君はこう毎度毎度邪魔をするんだい、消えてくれよ、ロケットにくくり付けられて宇宙へ射出されればいいのに」
「相変わらず性根の腐ったナマモノね、貴様が宇宙に還りなさい」
「ほむらちゃんどんどん口調が荒くなってない……?」
すっかり元の調子に戻ってきたキュゥべぇに対して冷静ながらも物騒な一言を言い放つほむらにまどかが少し心配しつつも、キュゥべぇを抱きかかえたまま彼に話しかける。
「それでキュゥべぇ、本当に大丈夫なの?」
「いやそんなことよりも、まどか、君はどうしてここにいるんだ?」
「え、私? 私はマミさんを説得してなんとかキュゥべぇを助けようとしに来たんだよ」
「巴マミを? やれやれ、君はどうやら彼女の事を知らないままここに来てしまったんだね」
彼女の話を聞くとキュゥべぇはするりとまどかの両腕から抜けて、改めて彼女の前に座る。
彼の首に付けられてる頑丈な首輪はこうやって見るとかなり目立つ……。
「キュゥべぇその首輪、痛くない?」
「痛くは無いけど屈辱的かな、SMプレイは趣味じゃないしね」
「そういう問題なんだ……」
「まどか」
「え? どうしたのほむらちゃん?」
キュゥべぇとの会話中に急にほむらが近づいて加わってくる。
彼女は自信満々の表情でまどかを見据えたまま……
「私はあなたの為なら喜んで飼い犬になれるわ」
「このタイミングでなんの話してるのほむらちゃん!?」
「もう君は黙っていてくれ、宇宙が滅びるまで。まどか、変態は放置プレイして本題に入ろう」
ほむらのとんでもない告白をキュゥべぇは冷たく流すと、まどかとの話を続けた。
「君が助けに来てくれたのは本当に嬉しいと思ってるよ。けどね、僕としては君はここに来て欲しくなかった」
「ど、どうして……?」
「巴マミは君が考えてるよりもずっと危険な存在だからだよ、まどか」
「マミさんってそんなに恐い人なの……?」
恐る恐る尋ねるまどかにキュゥべぇは縦に頷く。
「彼女は昔から友達というものが上手く作れない性格でね。人に対して臆病なクセに、物事を勝手に自分の考える方向で進めてしまうんだ、君もそれは大体わかっているだろ?」
「そういえばマミさんって人の話全然聞かないよね……」
「けど彼女の“本当に”恐ろしい所はそこじゃないのさ」
そう言ってキュゥべぇは首に付けられた首輪をジャラッと鎖の音を鳴らして見せつける。
「一度でも友達と思いこんだ相手を、絶対に自分の傍から離れないようにする。それが彼女の最も恐るべき所だ」
「じゃあやっぱりその首輪もこの部屋のドアも……」
「ちなみにこの部屋の窓には頑丈な鉄格子が付けられてるよ。全て僕がこの部屋から逃げない為に彼女が用意した物さ」
「どこから用意してきたのこんなの……」
頑丈な首輪や窓の鉄格子、指紋認証の付いたドア。
キュゥべぇを監禁する為にここまでやるか……
神童とまで呼ばれている天才少女の本当の顔……それを知ったまどかは愕然とする。
「何年もここにキュゥべぇを閉じ込めてたんだ……あれ?」
周りを見渡しながらまどかはふとある事を思い出す。
「でもさキュゥべぇ、前にここから逃げたとか言ってたよね」
「うんまあ一応ね、どうやって脱出したか聞きたいかい?」
キュゥべぇはベッドの上で首輪を付けたまま横になって話始めた。
「あれは僕の勇気と美しさが試される最大の試練だった」
(美しさは絶対関係無いんだろうなぁ……)
「今から一週間前、僕はいつも通り巴マミの監禁地獄に必死に耐えていた。だがその時の僕はいつもと違っていた。数ヶ月前からやるかやらないか考えていた“ある脱出計画”を遂に実行しようと決めていたのさ」
「その計画って?」
「急かさないでくれハニー、順を追って説明するから」
「……」
ハニーと言われてつい目が点になってしまうまどかを置いてキュぅべぇは話を進める。
「その日、学校から帰って来ていつものようにご満悦の様子で僕に抱きついて来た巴マミ。僕は彼女にこう言ったのさ「トイレに行かせて欲しい」ってね」
「え、キュゥべぇってトイレしたっけ……?」
「いやしないよ、僕は全宇宙のアイドルだし。アイドルはウンコなんてしないからね」
「アイドルはそんな言葉使わないよ!」
ビシッとツッコんできたまどかにキュゥべぇは何故かうんうんと頷く。
「まあ当然巴マミも君と同じ反応したよ、けど策士である僕は次にこういったのさ「今日はなんか出る気がする!」ってね」
「策士の割にはアバウトすぎないそれ!?」
「それで彼女は納得し、この忌々しい首輪を外して、あの強固なドアを開けて僕を部屋の外に出してくれたのさ。そして彼女は僕をトイレのある部屋へ入れてくれた「見られてると出ないから!」って言ったら彼女は素直にその場から笑顔で出て行ってくれたよ」
「納得したんだマミさん……」
そんなふざけた言い分がすんなり通るのかと、まどかは疑問を抱くが、それよりもキュゥべぇが“普通に”あの巴マミと会話が出来る事に驚く。
「ていうかキュゥべぇってマミさんと会話できるんだね、私なんか全然無理だったのに……」
「嬉しくないけど彼女とは一応付き合いが長いからね……。彼女が病んでなければ一応まともな会話はできるよ、ホントは彼女と会話なんてしたくないんだけど、ま、暇つぶしに色々と話してた時があったよ……」
「へ~」
ふて腐れた様子を見せながらそう言うキュゥべぇに対しまどかは感心したように頷く。
なんだかんだで彼は彼女の事を理解していたのではないのだろうか……?
「それで何処まで話し進めたかな……? ああ、巴マミからようやく解放されて僕がトイレのある部屋に侵入できた所からだね」
まどかがふとそんな事を思っている中、キュゥべぇの話はいよいよクライマックスを迎えた。
「ここまでくれば後は簡単だったよ。僕しかいない空間、そして目の前にトイレ、二つのピースが揃い僕は遂に脱出する時が来たんだ」
「うん」
「僕はまずトイレに飛び乗り、すぐに水を流すレバーを押した」
「うん……」
「トイレの中では大量の水が渦を巻いてみるみる奥にある穴に飲み込まれていく、その穴を見て僕は目を光らせ……」
「うん?」
「“息苦しいし狭いし死ぬかもしれない体験”をしながらようやく巴マミの魔の手から逃れられる事が出来たのさ、やれやれ」
「ううん!?」
話が一段落ついた所でまどかは思わず変な声を漏らした。
なにかとても大切な部分を省いている気がする、だが自分の推理が正しければもしやキュゥべぇは……。
「もしかしてキュゥべぇ……トイレの穴の中へ入ったの?」
「……ほんと死ぬかと思ったよ」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
少しブルーになった様子でそっぽを向くキュゥべぇを見てまどかは確信する。
彼は巴マミから逃げる為にプライドを捨てて一世一代の大博打に挑んでいたのだ。
というかよく“あそこ”を通れたのかが不思議でたまらない……
「幻滅しないでくれまどか、僕はプライド捨ててでも彼女から逃げたかったんだ」
「いや幻滅はしないけど、逃げる方法は他にもあったんじゃないかなって思ってる……」
頬を引きつらせながらまどかがキュゥべぇに対しそんな事を言っていると、さっきからずっと黙って話を聞いていたほむらがサラッと髪を掻き上げてキュゥべェを冷たい目で見下ろす。
「飛んだ変態ね」
「いやそれ銀河系の中で一番君だけには言われたくないワードなんだけど?」
「他人のトイレに頭突っ込むなんて私だってしないわよ」
「まどかが入った後のトイレだったらどうだい?」
「それは“別”よ、躊躇せずに突っ込んでやるわ、しかも飲むわよ」
「“別”にしないで! あと飲むってなにを!?」
無表情で凄みのある一言を言い放つほむらにまどかが必死な様子で叫んでいると。
「! 急に寒気が……」
この部屋のドアの向こう側からミシミシと廊下を歩く音が近づいて来たのだ。
その音を聞いて思わずベッドの上に座っていたまどかは背後に悪寒を覚える。
一歩一歩ゆっくりとこちらに迫って来ているのがわかった。足音の主はもちろん彼女であろう……。キュゥべぇとほむらも“珍しく”空気を呼んで黙っている。
そして足音がフッと止んだ瞬間
“彼女”にしか開ける事の出来ないドアが静かに開いていった。
「楽しそうねぇ……私の部屋がこんなに賑やかになったの初めて……」
「……」
「会ったばかりだし、たくさんお話しましょうね……ウフフ……」
両手に4人分のティーカップを乗せたお盆を持って巴マミは戻ってきた。
満足げにうすら笑みを浮かべた彼女を見てまどかは蛇に睨まれたカエルのように固まったまま、現在なにをすればいいのかを頭の中をフル回転させて思案する。
(そ、そういえばこれからどうすればいいんだろ私……部屋に閉じ込めるまでキュゥべぇの事が好きなマミさんに、直接「キュゥべぇを返して下さい」なんて恐くて言えないよ……)
ここに来た目的はもちろん監禁されたキュゥべぇの奪還だが果たしてそれが可能なのだろうか……。
いやむしろここにずっといるとキュゥべぇはおろかほむらや“自分の身”さえ危ないのでは……?
マミの視線はまっすぐにまどかに向けられている。
「私達とっても……とっても仲良くできる気がするのよ……特にあなたとは初めて会った気がしないの……」
「はい、初めてじゃないですから……」
「ねえあなた……」
「は、はい……」
部屋に入って来て、真ん中に置かれたテーブルにティーカップを置いて行きながら。
巴マミはベッドから降りて絨毯の上で緊張した様子で正座しているまどかに笑いかける。
「私と……“お友達”になってくれないかしら?」
「……」
その瞬間。
まどかの脳裏に一つの言葉が浮かんだ。
ミイラ取りがミイラに
部屋のドアは静かに閉まった。