「ただいまー」
「お、お邪魔しま~す……」
数十分前まで公園でリアルホームレス中学生をやっていた佐倉杏子。
現在彼女は偶然出会った鹿目まどかに招待を受けて、鹿目家に泊まる事になったのだ。
ドアを開けて玄関で元気に家族に帰宅を知らせるまどかの後ろから、私物が入っているリュックを肩にかけて杏子は恐る恐る中へと入って行く。
「見た目からなんとなく予想出来てたけどよ、やっぱデケェなこの家。玄関からしてデケェ……」
「そうかな? 私は普通だと思うけど」
「普通じゃねえから……いいなぁこんな家私も住みたい……」
「貧乏人には縁のないこの家で一晩過ごせるなんて君は幸せ者だね」
「黙ってろ家畜……」
10人は入るぐらいのスペースがある玄関に立ち杏子は羨ましそうに呟いていると、まどかの肩に乗っかっていたキュゥべぇが可愛らしく小首を傾げとんでもない毒を吐いて来た。
杏子がそんな彼を睨みつけていたら、まどかはさっさと靴を脱いで中へと上がって行く。
「ほらほら、上がって杏子ちゃん。槍はそこに置いといてね」
「おう、じゃあ遠慮なく上がらせてもらうよ」
「え、君は玄関で寝るんじゃないの?」
「お前を一生寝かしてやろうか?」
自前の槍を壁に掛け、靴を脱いで部屋に上がろうとするき杏子がキュぅべぇとそんな雑談を交えながらまどかの家に上がっていく。
こんな広い家に初めてやってきた彼女は好奇心旺盛な目で入って早々キョロキョロと周りを見渡した。
「おおすげぇすげぇ、お前ほんといい所住んでんだな!」
「そりゃあそうだよ、ここは僕とまどかの愛の巣なのだから」
「お前に聞いてねえから、うわ~アタシも金持ちになったらこういう家に住もう~」
キャッキャッと家の住人を残してはしゃぎまわる杏子を見て、すっかりわんぱくなお子様の雰囲気を醸し出す彼女にまどかは苦笑する
「ハハ……私の家ってそんなに大きいのかな?」
「洞窟暮らしの彼女にとっては大きいんだろうねきっと」
「いつの時代だよそれ! アタシは洞窟なんかで暮らしてねえ! テメェさっきからアタシの事バカにしすぎだろ!」
「バカにバカって言ってなにがおかしいんだい? さくらあんこ」
「テメェまたそんな変な呼び方しやがってぇ!」
切れるに切れて何度も修繕していた堪忍袋がの緒がまた切れてしまい杏子はまどかの肩に乗っかっているキュゥべぇに右手を伸ばして掴みかかる。
乱暴に宙ぶらりんにされたキュゥべぇにまどかは慌てて叫んだ。
「うわー止めてよ杏子ちゃん! キュゥべぇも杏子ちゃんに早く謝ってよ!」
「ごめんよまどか、君がこんな原始人と接触してしまったのは僕の責任だ」
「いや私に謝るんじゃなくて!」
「悪いけど、バカに下げる頭は持ってないんだよ僕」
「うっぜぇホントなんなんだよコイツ! マジうっぜぇ!」
杏子にぶらんぶらん揺らされているキュゥべぇは謝る気など毛頭無いらしい。
二人の喧嘩を前にしてまどかがオロオロと困惑していると……
「おかえりまどか、おや?」
「あ! パパ!」
騒がしい音を聞きつけ居間のドアを開けてやってきたのは線の細い眼鏡をかけた見た目は若そうな男性。
まどかの父である鹿目和久だ。専業主夫であり家の家事はほとんど彼が行っており、妻と子供達を影で支える絵に描いた様な優しい父親だ。
「聞き慣れない声が聞こえたと思ったら、お客さんが来てた様だね」
「う、うん……今ちょっとキュゥべぇと喧嘩してる所」
「アタシが本気出したらテメェなんてイチコロだぞ!」
「フ、残念だが僕のハートは既にまどかにイチコロで奪われてるのさ。君みたいな芋臭い娘にイチコロになるわけないだろ、身の程をわきまえて欲しいな」
「そういう意味で言ったんじゃねえし!」
やってきた父、和久にまどかは杏子をすぐに指差すと彼は「ハハハ」と呑気に笑って見せた。
「元気な女の子だね」
「うんそうだよね~じゃなくて! 呑気に言ってないで止めさせてよ!」
「それもそうか、騒がしいのは嫌いじゃないんだけど」
目の前で互いに罵合っている杏子とキュゥべぇを見ても和久は全く動じずに二人に近づいて行った。
「はじめまして、お嬢さん」
「ホントにテメェみたいな奴をなんでアイツが……! え? あ、どうも……」
キュゥべぇを掴み上げて怒鳴っている最中にいきなり目の前に和久が現れたので杏子は緊張しながらもキュゥベェをポイッと床に捨てて一礼する。
ようやく解放されたキュゥべぇは床に落とされて「いで」と声を出すと、すぐにまどかが拾い上げてあげた。
「大丈夫キュゥべぇ?」
「やれやれ乱暴でがさつな娘だね。まどかを見習ってほしいよ全く」
まどかに心配されながらキュゥべぇが全く反省の色を示してない頃、杏子はまどかの父である和久と向かい合っていた。
「君はまどかのお友達かい?」
「ああいや……さっき会ったばっかだからそんな関係じゃ……いやでもまあ……そういうわけでもないような気もする……」
キュゥべぇへの態度とは違い杏子は急に口をモゴモゴさせて和久と会話する。あまり年上の人と話すのが苦手らしい。
するとそんな杏子の隣にキュゥべぇを両手で抱きかかえたまどかがやってきた。
「ねえパパ、今日ここに杏子ちゃんを泊めてもいいかな?」
「構わないよ」
「OK出すの早いなオイ! もうちょっと聞けよ色々と!」
尋ねられて1秒も絶たずに承諾する和久に思わず杏子がツッコミを叫ぶと彼は「ハハハ」と笑う。
「まどかに無理なんて言えるわけないからね」
「どんだけ娘に甘いんだよ!」
「僕は愛する娘の為ならどんな願いでも叶えるつもりさ」
「も、もう止めてよパパ! 杏子ちゃんの前で恥ずかしいよ!」
「アタシの前でも後ろでもいいから止めろよ……」
「ハハハ、パパの家族愛は誰にも止められないよ」
「さすが僕のお義父さんだ。この家族に対するアガペー精神に僕は敬意を表す」
「恥ずかしい……」
杏子に指摘されても和久は後頭部を掻きながら平然とそんな事を言うので顔を赤くしてうなだれるまどか。キュゥべぇは彼に対しかなり心服しているようだが。
かくして佐倉杏子の鹿目家一日お泊り体験がスタートした。
「ここが私の部屋だよ~」
「自分の部屋まであんのか~、すっげ~」
和久と顔を合わせた後、杏子はまどかに連れられて二階へ上がり彼女の部屋にやってきた。
持っていたリュックを床に置くと彼女は興味深々の様子で辺りを見渡す。
意外にもなんてことのない平凡な部屋だがベッドの上の物置きのスペースには大量の人形が置いてあり、いかにも女の子の部屋という雰囲気を醸し出していた。
杏子はそのベッドの上に座ってキョロキョロと色んな物を眺めると羨ましそうにため息を突く。
「アタシも欲しいなこういう部屋……」
「じゃあ私、パパに杏子ちゃんの話してくるね」
「え? それってアタシが家出してる事? 大丈夫か?」
「ちゃんと事情を教えてあげればパパもわかってくれるよ」
不安になる杏子にまどかは頬笑みながらそう言うと、颯爽と部屋を出て階段を下りて行く。
残されたのはベッドの上に座っている杏子と、何故か彼女の隣に同じくベッドの上に座っているキュゥべぇ。
「お前はついていかないのか“淫獣”」
「この美しき白き聖獣に対して淫獣だって? あんこ、君はバカの上に愚かなんだね」
「あんこじゃない杏子≪きょうこ≫だ、早くあいつの所行けよ邪魔くさい」
「今の僕には君からまどかの部屋を護る使命があるからね」
「な~にが護るだ、ナマモノのクセに」
憎たらしい奴だとキュゥべぇを横目で見つめると、杏子はベッドの上から腰を上げてまどかが使っていると思われる本棚に近づいてみた。
その本棚の大きさは自分の身長よりも高く、一番上の本を手に取るには傍に置いてある椅子の上に乗らないと届かないぐらいだ。
ジャンルはバラバラで様々な分野の漫画や本が置かれていた。少女漫画や少年漫画まで、果てには明らかに彼女の年には不釣り合いな古い漫画まで置かれている。
「アイツ女の子なのにいろんなモン読むんだなぁ。こんだけあればアタシ一日中暇をつぶせるぞ。」
「まどかの母上が色々と彼女に買って上げてるんだよ、古い漫画はかつて母上が持ってた奴なんだけどね。ちなみに僕はジョジョは4部が一番面白いと思ってる」
「へ~いいなぁこんなに一杯買ってもらえて、あとお前の好みは聞いてねえ。ん?」
後ろから話しかけてくるキュゥべぇにツッコミながら、杏子はすっかり本棚に置かれた漫画に夢中の様だ。
だがよく見ると、一番下の棚には漫画ではなくDVDが置かれていた。
それに気付くと杏子はその場にしゃがみ込んでジーッとどんなタイトルなのかチェックしてみる。
「……魔法少女物のDVDと……刑事ドラマ物のDVDがやたらと置いてあるな……」
「彼女は魔法少女と刑事ドラマをこよなく愛しているんだ」
「よりによってなんでこの二つを好きになるんだよ……全然タイプ違ぇじゃん。天使と堕天使じゃん」
「僕も魔法少女はともかく刑事ドラマが好きってのは意外だと思ったね」
魔法少女物と刑事ドラマ物のDVDを一つずつ取り出して交互に眺めながら杏子は眉間にしわを寄せる。片方には可愛らしい女の子が、もう片方には男らしさ全開の刑事がパッケージになっている。
「『カードキャプターさくら』と『踊る大捜査線』……すっげぇ組み合わせだなオイ」
「織田裕二の着てた緑のコートに憧れて、お年玉でその緑のコートと同じ奴買ったって言ってたね確か」
「マジか、アイツも変わった所あるんだな……普通の女の子だと思ってたよ」
「しかも休みの日は絶対にそれを着て出かける徹底ぶりさ」
「え!? 年中着てんのかアイツ!?」
「それ本人に言ってみたらいいよ」
『青島さんだってずっと着てるんだよ~えへへ~』
「って太陽のような眩しい笑顔で返されるから。美樹さやかもアレには引いてたね、さやかのクセに」
「アタシには理解出来ないねぇ……」
緑のコートを着てはしゃいでいるまどかを脳裏に浮かべると、杏子はDVDを棚に戻しながら呟く。まともなキャラかと思いきや“意外な趣味”があったのか……。
「魔法少女に刑事ドラマね、まあ好きなモンがあるってのはいい事なんじゃねえの?」
「君にはそういうのはないのかい、君ならイノシシ狩りとか漁に出てモリで魚を突くとか趣味にしてそうだけどなぁ」
「さっきまで普通に会話してたんだから毒吐くの止めろよ……アタシはそうだな……変身ヒーローとか結構好きだぞ」
唐突に毒舌に戻ったキュゥべぇに杏子はジト目で振り返って答えた。
「特に“エキセントリック少年ボーイ”とか“ゴレンジャィ”はアタシのイチオシだぜ。あれ見てると腹抱えて笑えて死にそうになるんだよ。親父なんか笑い過ぎて病院行きかけたし」
「いやそれ変身ヒーローじゃないよ、ダウンタウンのコント作品じゃないか」
「え、マジ!? あれ~? 確かになんでこんな夜にやってたんだろうとは思ってたけど……」
「やっぱ君、バカだろ」
ずっと好きだった戦隊ヒーローがまさかの某深夜番組のコントだったと聞いて「おかしいな」と首を傾げる杏子。
キュゥべぇがベッドから彼女を見下ろしながらバカにしていると杏子はキッと歯をむき出して彼に向かって吠える。
「でもアタシの中ではアイツ等はヒーローだからな! 貧乏で苦しんでる時もアタシ達家族を毎週笑わせてくれたんだから!」
「おいおい、なに無理矢理いい話にしようとしてるんだい? わけがわからないよ。全く松っちゃんも浜ちゃんも「わけわからへん」と言うレベルのバカだね君は」
胸を張ってそう答える杏子に、呆れに呆れてキュゥべぇがそんな事を呟いていると……。
「“ねーちゃ”、帰ってきたの?」
「ん? うわ!」
開いていた部屋のドアの隙間からいきなりひょこっと小さな少年が顔を覗かせて来た。
それにビックリして声を出す杏子に対し、キュゥべぇは落ち着いた態度で振り向く。
「なんだ、僕の可愛い義弟じゃないか」
「ぎ、義弟……? てことはん~と……まどかの弟か」
「察しがいいね、バカのクセに段々わかってきたじゃないか。僕とまどかの関係を」
「関係っていうかテメェの“脳内設定”だろ、淫獣。で、この子の名前は?」
「鹿目タツヤ、通称たっくんさ。チャーミングでイカしてるだろ? なにをかくそうこの僕が将来は中々のセクシーボーイになるだろうと期待しててね。今は僕が直々にセクシー道を教え込んでいるんだ」
「お前の紹介トリビア多過ぎだろ、名前だけ言えよ名前だけ」
部屋に顔を覗かせて来たのはまどかの弟である鹿目タツヤ。まどかの年の離れた弟であり姉であるまどかが大好きな幼稚園に通う男の子。
「赤いおねーちゃ。誰?」
「え? アタシの事かい? アタシは杏子、アンタの姉ちゃんの知り合いだよ」
見たことない杏子に好奇心旺盛でまどかの部屋の中へ入り、指を咥えながら彼女に近づくタツヤ。するとベッドの上からキュゥべぇが彼に向かって
「たっくん、そのおバカさんの名前はあんこだよあんこ」
「あんこ!」
「横から間違った名前教えんじゃねぇ! そっちで覚えたらどうすんだ!」
「あんこあんこ!」
「ほら覚えちゃった! お前のせいだぞドチクショウ!」
両手を上げてピョンピョン跳ねながら楽しくあんこを連呼するタツヤ。どうやら誰かのおかげで名前を間違えて覚えてしまったようだ。
杏子は余計な事を言ってくれたキュゥべェにメンチを切った後、座ったままタツヤに近づいて話しかけてみる。
「アタシの名前は杏子≪きょうこ≫だぞ~、きょうこきょうこ」
「……きょうこ?」
「そうそうそう! 偉い偉い!」
「わ~い! きょうこきょうこ!」
偉いという言葉が褒め言葉をわかっているようで嬉しそうにタツヤがまた飛び跳ねた。
まだまだ自分よりずっと小さな少年を見て、杏子はすっかり癒されてしまいあぐらを掻いたままにへらと微笑んでしまう。。
「うへ~こんなにちっちぇ子だとやっぱ可愛いな~。ウチの生意気な妹とは大違いだぜ~」
「チャンスだよたっくん!」
「へ?」
杏子が癒されてる隙にキュゥべぇが突然タツヤに向かってなにか叫ぶ。
それに一瞬彼女が呆気にとられていると、タツヤは飛び跳ねるのを止め腰を捻って彼女目掛けて……
「釘パンチ!」
「おご!」
油断していた杏子の腹にタツヤの小さな拳が炸裂した。子供なので当然手加減など持ち合わせていない。
さっきまでの癒しの天使がまさかの戦う戦士に早変わり、あまりの痛みに腹を押さえながら杏子が呻き声を上げる。
「ち……小さいくせにいいパンチ持ってやがる……」
「フッフッフ、まだまだだねさくらあんこ。僕はたっくんにセクシー道を叩き込んでいるだけではなく、武道も教えているのさ。己の拳のみで世界の覇者になれるぐらい強くする為にね」
「人様の弟に勝手に変な事教えてんじゃねえ!」
不敵な笑い声を上げても相変わらず無表情なキュゥべぇに向かって杏子が勢い良く起き上がった。
こんな小さい子に何を覚えさせているのやら。
「これでもまどかの母上のお墨付きなんだけどな」
「なにやってんだアイツのお袋は……」
「シロ~」
「ハッハッハ、この子は僕に忠実に動く可愛い弟子さ。油断したら命取りだよ」
ベッドの上に座っているキュゥべぇに無邪気に駆け寄って行くタツヤ。そんな可愛らしい姿にキュゥべぇが満足げに(といっても無表情だが)杏子に話しかけていると……。
「フォーク!」
「うぐ!」
「うおぉい! 目潰し食らわされてんじゃねえか!」
油断していたキュゥべぇに彼のフォークこと目潰しが炸裂。二つの赤い目にタツヤの中指と人差し指が容赦なく突き刺さる。
「チ、チビッ子でありながらいい目潰し持ってるね……」
「全然忠実じゃねえじゃねえか! 油断したら命取りになるってそれお前だろ!」
「最近やってるアニメに感化されてついハッスルしちゃうんだよたっくんは……」
ベッドの上で倒れて悲痛の声を漏らすキュゥべぇに対し、タツヤは躊躇見せずに手を振り上げ
「ナイフ!」
「いで! チビッ子の割にナイスチョップ!」
「思いっきりサンドバッグにされてんじゃねえか! どこが弟子だよ! 完全にお前がおもちゃ扱いだぞ!」
「ナイフナイフ!」
「たっくんストップ! 目が痛い上に脳天にチョップは洒落にならないよ! 何度も言ってるけど僕は食材にはならないよ!」
杏子がツッコんでいる時にもタツヤは手刀を何度もキュゥべぇの頭に振り下ろしている。
頭部を叩かれキュゥべぇが思わず悲鳴のような叫び声を上げていると……
「たっくんここにいるの~? ってキュゥべぇ!」
「マイヴィーナス鹿目まどか! この子を止めてくれ!」
下の階にいる父親と話を終えたらしいまどかが部屋に戻ってきた。
だが目の前にいきなり我が弟が小動物にチョップを食らわしている惨劇の光景が。
慌てて彼女はタツヤを後ろから押さえる。
「たっくんダメ! いつも言ってるでしょキュゥべぇ叩いちゃ!」
「ねーちゃ!」
帰って来た姉にタツヤが両手を彼女に掴まれながらも嬉しそうにしているが。
彼に無邪気な一撃を何度も食らっていたキュゥべぇは頭に湯気を出して動かない。
さすがに杏子もこれには同情する。
「いつも叩かれてるのかよお前……」
「強くなる為には師をも殺す、それが師である僕が弟子に伝える覇道さ……」
「漫画の影響受け過ぎだろ……本当に宇宙人かお前?」
呆れた様子で杏子がジト目でキュゥべぇに話しかけていると、まどかの方はタツヤの両手を掴んで注意していた。
「キュゥべぇはね、お姉ちゃんの大事なお友達だから痛い事しちゃ、めっ」
「めっ」
「もう返事だけはいいんだから……」
「ねーちゃ」
「ん?」
人差し指立てて忠告する姉に、タツヤは首を左右に振らしながらにぱーっと笑ってあげた。
「ねーちゃおかえり~」
「フフ、ただいま」
「……」
嬉しそうにする弟にまどかが思わずつられて微笑んで彼の頭を撫でて上げている。
杏子はそれを神妙な面持ちで眺めながらボリボリと頭を掻いた。
目の前の二人の姿が自分と妹の姿に被る
「おかえり……か」
「おやおや、美しい姉弟愛に見とれてついホームシックになったのかいあんこは」
「う、うるせえ! そんなんじゃねえよ! それとあんこって呼ぶな!」
いつの間にか元通りに復活しているキュゥべぇに杏子がつい顔を赤らめて叫んでいると。
下の階からガチャっと玄関のドアが開く音が聞こえた。
「ただいまー……」
「あ、ママだ! まだ夕方なのにもう帰って来たんだ!」
「まま!」
姉弟揃って一階から聞こえた声に反応して黄色い声を上げる。
あぐらを掻きながら杏子がまどかに尋ねた。
「なんだお袋が帰って来たのか?」
「うん! ちょっと杏子ちゃんの事話してくるね!」
「そうか、ならアタシも行くよ」
杏子はよっこらせと腰を上げる。
「泊めさせてもらうんだから挨拶ぐらいしなきゃな」
「わかった、じゃあ一緒に行こう」
「おう」
そう言って杏子はまどかと彼女の弟であるタツヤと共に部屋から出る。
ベッドから飛び下りて後ろからトテトテとキュゥべぇも歩いて来た。
「母上がこんなに早く帰って来るなんて珍しいね」
「今日は仕事早帰りだったのかもね」
「お前のお袋は仕事してんのか?」
「うん、私の家はお父さんが家で家事やってお母さんが外で働いてるんだ」
「ふ~ん面白いなぁ」
本来は父親が仕事して母親が家事をやるものなのだが。
まどかの話を聞きながら杏子は一緒に階段を降りて行く。
早速玄関にその母親が立っていた。
死にそうな表情で夫・和久の肩に身を預けながら
「帰ったぞコラ~……」
「詢子さんしっかり」
「マ、ママ~!?」
「まま! おかえり!」
死んだ目をした女性がこちらにグッタリとした格好でこちらに手を振っている。
それを見てまどかは慌てて、タツヤは嬉しそうに駆け寄って行った。
この女性こそが鹿目家の大黒柱的な存在である鹿目詢子。
夫と子供達に支えられながら外で働くバリバリのキャリアウーマンだ。
だが今の状況から見て杏子にはとてもじゃないが彼女が健康体には見えない。
「おいおい! なんかヤバくねえかアイツのお袋!」
「まどかの母上が大好きなものトップ3を教えてあげるよ」
ビックリ仰天している杏子を見かねて、階段から降りて来たキュゥべぇが説明して上げる。
「1位は家族で2位は仕事、それで3位がお酒さ。あの姿から見て今日も一杯飲んで来たんだろうね」
「……あんな状態になるまで飲むか普通?」
「飲むというより“飲まれてるね”。まあいつもの事だよ」
顔を手で押さえて呆れる杏子にキュゥべぇがそんな事を話していると。一家全員揃った鹿目ファミリーは玄関でゴタゴタと騒いでいる。
「仕事早く切り上げたからまっすぐ家に帰ろうとしたんだけど、途中で和子に会っちゃってさ……ちょっとバーで愚痴聞いてあげてたらこのザマ……へへ、私も焼きが回ったな、いや酔いが回ってんのか、へへへ」
「先生と飲んでたの!?」
「和久~、水くれ~、あとちょっと横になりたい……」
「はいはい、じゃあまどか。ちょっと詢子さんを部屋に運んでくるから」
「う、うん……」
「まま~おかえり~!」
「ただいまタツヤ、けど耳元で思いっきり叫ばないで、ママからのお願い……」
詢子はグッタリしながらも家族とそんな会話をした後、夫に体を支えられながらふと階段の所に立っている赤髪の女の子に視線を泳がせた。
「ところでその子は……まどかのお友達?」
「あ、うん。杏子ちゃんって言うんだ」
「へ~……」
「ど、どうも……」
虚ろな目でこちらに視線を向けて来る詢子に杏子は後頭部に手を置きながらペコリと頭を下げて一礼した後、彼女の方に近づいて行く。
詢子はなにが面白いのかヘラヘラ笑った後、前にふっと倒れて咄嗟に杏子の両肩をガシっと強く掴んだ。
「う、うわ大丈夫かアンタ!」
「……ちょっと悪いんだけどさ……」
「へ?」
いきなり両肩を掴まれて杏子が心配そうに詢子に話しかけると、彼女はゆっくりと顔を上げて……
「背中さすってくんねえか……? うぷ!」
「うおわ~ッ!! ここで吐こうとすんな~ッ!!」
頬を膨らませて苦しそうな声を出す詢子、慌てる杏子を尻目に和久は冷静に
「まどか、居間に行って『詢子さん専用ビニール袋』持ってきてくれないかい?」
「わかった!」
「専用ってなんだよ! もしかして日常茶飯事なのかコレ!?」
和久に言われてすぐに居間へと向かうまどかの後姿を見て杏子は叫びながら詢子の背中を一応さすってあげる。
すると突然キュゥべぇが杏子の肩に飛び乗って来た。
「そのまま背中をさすり続けるんだ、もし止めたら“すぐ出てくる”からね」
「うげぇ、昼間食ったカレーがすぐそこまで来てるわ……」
「マジかよ! ここで出されたらアタシにも被害が出るんだぞ! “ま、まどか!”早くビニール袋持ってこい!」
キュゥべぇにそう言われて焦った表情で詢子の背中を高速でさすりながら杏子は後ろに振り返る。
だがそこにいたのはまどかではなく、彼女の弟であるチビッ子ファイタータツヤ。
「まま~5連釘パンチ!」
「おい! なんかチビッ子ギャングが拳振り上げてこっち近づいてきたぞ! 出る! この状況でこの人腹殴られたら間違いなく出るから!」
「僕に任せてガッテンしょうちのすけ! あべし!」
「ナマモノが身代わりに! 大丈夫かお前!」
無邪気に詢子の腹にロックオンを定めるタツヤの前に、杏子の肩に乗っていたキュゥべぇが颯爽と飛び下りて前に現れた。
壁となったキュゥべぇはそのまま顔面を拳でぶっ飛ばされクルクルと空中をコマの様に回転した後ボトリと玄関に落ちる。彼と馬の合わない杏子もさすがに彼に向かって叫び声を上げてしまう。
そんな鹿目家の玄関で繰り広げられるちょっとした騒がしい事件。
鹿目和久はそんな状況を傍から見ながら顎に手を当て幸せそうにニコッと笑みを浮かべた。
「やっぱり家が騒がしいのはいい事だね」
「いや見てないでアンタもなんかしろ!」