満を持して召喚したサーヴァントがイケメンだった件   作:天理彼方

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満を持して召喚したサーヴァントがイケメンだった件

 この世界の衛宮切嗣は女であった。

 

 濁り切った黒目、相変わらずの『魔術師殺し』の異名を取るなど従来の切嗣との共通点もあるといえばあるのだが、とにかく女。TS。性転換という訳だ。

 

 彼女は――否。彼女()というべきか。彼女もまた、かつては己の抱いた理想に燃え、その理想を実現する為に己の全てを犠牲にしてきた人間だった。

 

 この世の誰もが幸せであってほしいというあまりに純粋な願い。しかし理想を突き詰めれば突き詰めるほど、一つの真実に辿り着く。

 

 どんな幸福にも、代価となる犠牲があるのだということを。

 仮にこの世の全ての生命が、犠牲と救済の両天秤に載せられているのだとしたら。

 決して片方の秤皿を空にすることはできないという真実を。

 

 それでも諦めることができないで。尚も理想を追いかけて。ここで従来の衛宮切嗣との相違点が発生する。

 

 それは救済と犠牲の天秤の計り手として、数多くの生命の選別を行ってきた彼女であるが、彼女の精神は従来の衛宮切嗣以上に繊細だったという点。これが女であるが故の弊害であるのかどうかは謎であるが、とにかく彼女は従来の衛宮切嗣以上に己が行動の矛盾――人を救うが故に人を殺すという矛盾に耐え切れず――結果として、己の抱いた理想に溺死した。より具体的に説明するならばそれは精神の崩壊。すなわちそれは衛宮切嗣という女性としての自我の消滅を意味していた。

 

 言うなれば魂の抜け落ちた人形のような状態。しかしある日、突然、彼女は自分の自我を取り戻す。

 

 「あれ……ココ、どこ?」

 

 否。正確に言うのであれば、それは取り戻したのではなく、()()()()と言った方が正しいのかもしれない。

 

 「私、たしか録画していた深夜アニメ見ていて、それで寝落ちしちゃって……それでアレ? 何かが、流れ込んで、く……る?」

 

 切嗣の中に芽生えた新たな自我というのは、言うなれば二次小説などでよく見かける、何かしらの理由で別の体から体へと憑依した人格だった。

 なお、この度憑依した人格は男である。男であるのになぜか一人称が『私』であるが、それはどうやら彼の記憶と衛宮切嗣のこれまで生きてきた記憶が混合し始めたことが影響しているようだ。言い換えればそれは人格の統合とも言っていいのかもしれない。

 

 そうして新たに衛宮切嗣の体に憑依した彼は、三日三晩の寝込みを経て、己の身体の本来の持ち主の凄絶な半生を理解する。

 彼女が抱いていた悲しいまでに純粋な理想に、彼は心を打たれた。できることならその志を引き継ぎたいと思ってしまうほどに。

 

 しかし、それと同じくらいに彼には驚いたことがある。この身体の持ち主――衛宮切嗣。彼はその名前を、既に知っていたのだから。

 ただ、一つだけ解せなかったのは、彼が知る衛宮切嗣は男であったということだ。自分の立ち位置、境遇から間違いなく自分が()()衛宮切嗣であるという確証が持てるのだが、女であるというその一点だけが彼にとってはイレギュラーであった。

 

 「……二次小説でよく見かける、憑依先の人物がTSしていたという設定みたいなものか……」

 

 すっかり本来の衛宮切嗣の人格に影響された彼はハードボイルドな声音でそう呟く。もっともその言葉の内容は、その声音の持つ雰囲気にそぐわないおかしな内容であったが。憑依する以前の彼は漫画やアニメをこよなく愛するいわゆるオタクと呼ばれる類の人間であり、同じくらいに二次創作を愛していた。そんな彼がこの考えにたどり着くのはもはや宿命――否、必然の理だったのであろう。

 

 そんな彼――いやもう彼女と言うべきか。彼女は知っていた。この世界にはあらゆる理想を叶える万能の願望器(聖杯)が存在していることを。

 その聖杯さえ、手に入れることができれば、志半ばで自我を崩壊させてしまったかつての彼女の理想を、神の奇跡を以て、実現することが可能であるのだ。

 

 「……フヒヒ、セイバー……アルトリア……」

 

 ……いや、特にそこまで深い考えはしていないのかもしれない。ちなみに彼はロリコンではない。守備範囲が常人と比べて多少は広いというだけのことだ。

 

 とにかくそれから間もなくして彼は、従来の衛宮切嗣と同じようにアインツベルンに聖杯を勝ち獲る為の傭兵として雇われた。

 ……大事な事を一つ、忘れていることに彼は気が付いていなかった。憑依する前は肝心な所でいつも抜けている、と上司にいつも叱られていた彼が、その事実を思い出すまでにはもう少し、時間がかかるのだった。

 

 +++

 

 「英霊を召喚するというのに、こんな単純な儀式で構わないの?」

 

 切嗣がこのアインツベルンの城にやって来て、親交を深めた白髪の女性――アイリスフィール・フォン・アインツベルンが、礼拝堂の床に魔法陣を描かれた魔法陣を見て僅かに驚きの声を上げる。

 

 八年前――ここアインツベルンの城に、聖杯を勝ち獲る為の切り札として招かれた衛宮切嗣という女性に対しアイリスフィールが抱いた初対面での印象は、恐い、という印象だった。

 無理もない。その時の切嗣の容姿は全身黒づくめの上に、ぼさぼさの手入れの行き届いていない黒髪を後ろで無造作に一つに纏め、この世の全てに絶望したのかのような濁り切った虚ろな黒目だったのだから。ぶっちゃけていうなら変質者だ。女だからとはいえその評価に容赦はない。

 だが、実際に話してみると、若干不愛想なところはあるものの、アイリスフィールにまだ見ぬ外の世界のことについて沢山のお話を聞かせてくれ、当初抱いた印象とは対極に位置するような人物であることがわかった。

 ではなぜ、そんなに絶望した――悲しげな瞳をしているのか。気になったアイリスフィールは彼女に問いかけたことがある。

 そして知った。彼女――衛宮切嗣が抱いた美しくも、そのあまりに残酷な理想を。その理想を追い求め続けた結果、彼女は絶望し、それでも希望を捨てきれず、最後の望みの綱である聖杯に救いを求め、このアインツベルンの城にやってきたのだということを。

 アイリスフィールはそんな彼女の理想にひどく共感し、彼女の力になることを決めた。

 

 ――でも切嗣も女性なんだから、もう少し、自分の手入れも行わなきゃダメよ?

 

 それほどまでに衛宮切嗣の容貌は酷かったのだ。

 今現在の衛宮切嗣は全身黒づくめ、濁り切った眼という基本的な部分は変わらないものの、ぼさぼさに伸ばしているだけだった黒髪はきちんと櫛でとかされ、清潔感溢れる容貌となっている。それはアイリスフィールを中心とするアインツベルンのメイドから、手入れという名目の着せ替え人形にされた結果だ。

 その一件以降、二人の距離は縮まり――今となっては、アイリスフィールにとって衛宮切嗣は気の知れた友人のような存在――以上に生まれて初めて出来たかけがえのない親友というべき存在になっていた。

 

 ちなみに初めてこのアイリスフィールと出会った当初の衛宮切嗣の反応は「人妻系ヒロイン、ktkr」と内心、変態ゲスの極みたるニヤケ顔であったのだが、すぐに今の自分が女であることを思い出し、「あーでも、私、今は女だから結婚できねー!」と人知れず涙を流した。知らぬが仏とはまさにこのことだろう。

 

 「拍子抜けかもしれないけど、サーヴァントの召喚には、それほど大がかりな降霊は必要ないよ」

 

 水銀で描き終えた紋様に、歪みやムラがないか検証しながらも、切嗣は説明する。

 

 「実際にサーヴァントを招き寄せるのは術者ではなく聖杯だからね。私はマスターとして、現れた英霊をこちら側の世界に繋ぎ止め、実体化できるだけの魔力を供給しさえすればいい」

 

 ちなみに魔術に関してだが、ここ八年間で従来の衛宮切嗣が扱えた魔術に加え、衛宮切嗣の記憶の中にある知識でしか魔術を知らなかった彼女は、独学で魔術について学ぶ日々を送っていた。始まりの御三家たるアインツベルンの、その城の書庫には貴重な魔導書などもそれなりに保管されており、気合い(社畜魂)くらいしか取り柄のない彼女は、一日中勉学に明け暮れ、時にアイリスフィールの手助けを借りながら魔術の鍛錬に励んでいったのだ。

 無論、本来受け継がれるはずだった魔術刻印の二割程度しか受け継がれていない彼女の魔術師としての実力は、微々たるものしか上がらなかったが、それでもまぁ、形くらいにはなっただろう。現に英霊召喚の儀式を行えるくらいには、魔術の理解度は深まっている。

 

 「……アレ、呪文の最初の一節の言葉、なんだっけ?」

 

 ……深まっていると、信じたい。

 

 「告げる――」

 

 それから五分間ほどウンウン唸ってから、どうにか呪文を思い出した切嗣は描かれた魔法陣に向かい、そう宣言する。時同じくして、戦争に参加する他のマスター達も召喚の儀式を始めているのだが、当の切嗣は完全に忘れていた。

 

 「これで……桜ちゃんを救える……!」

 

 「や、やった! 成功した!」

 

 「……勝ったぞ綺礼。この戦い、我々の勝利だ……!」

 

 それぞれがそれぞれの場所で己が従えしサーヴァントの召喚に成功し、その失われし神秘の再来に各々の感想を述べる中、衛宮切嗣は完全に固まっていた。

 

 「コイツは……!」

 

 英霊の召喚自体には成功していた。召喚された英霊はたしかに最強格の力を誇る伝説の騎士王で、魔力のパスもしっかりと繋がっている。何も気に悩むことはない。

 

 ――ただ一つ。目の前で凛然とこちらを見据える金髪緑眼のサーヴァントが、もうどうしようもないくらい、イケメンでなければ。

 

 (どうしてこうなった……アルトリアさんは……?)

 

 じわじわと切嗣の心を絶望が蝕んでいく。まさかいや、そんな馬鹿な――。こんな残酷なことがあっていいのか?

 

 そんなマスターの心情を露知らず、召喚されたサーヴァントの凛然としていながらもどこまでも爽やかな、()()()()響き渡る。

 

 「問おう。汝が()を招きしマスターか」

 

 金髪の、凛々しい美青年のその言葉に切嗣は反射的に――半ば本能的に――誰にも聞こえないくらいの小さな声音でぼそっと呟いていた。

 

 「……リア充爆ぜろ」

 「え?」

 

 これはシリアスでもなければ、シリアルでもない。

 

 衛宮切嗣という女に憑依した、中途半端に抜けている知識を持つ男が、イケメンの騎士王の登場に絶望し、逃げ出したくなったが、それでも崩壊したかつての人格が抱いていた儚き理想の実現のために、半ば自棄気味に聖杯を巡る戦争に挑んでいく、そんなどうしようもなく救いのない物語である。

 

 

 満を持して召喚したサーヴァントがイケメンだった件――完。




 切嗣の召喚したセイバーはプロトセイバーを想像していただければわかり安いかと思います。
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