満を持して召喚したサーヴァントがイケメンだった件 作:天理彼方
「よーし、今日こそは絶対に負けないからね!」
そう意気揚々と宣言しながら、切嗣の先に立ち、ずんずんと雪景色に染まる森を進んでいくのは、周囲の雪景色以上に純白な少女の姿だった。その名前はイリヤスフィール。
それが衛宮切嗣が女性であるが故に、運命の修正力が働いたのかどうかは定かではないが、とにかくこの世界におけるイリヤスフィールは、母親であるアイリスフィールの遺伝子から生み出された、いわゆるクローンとしてこの世に生を受けていた。
ちなみにイリヤスフィールを初めて見た時の切嗣の反応は「アイエエエ! イリヤ!? イリヤナンデ!?」というものだった。驚いた理由は先に述べた通りなのだが、とにかく、出会えるはずもなかったイリヤスフィールと出会えた彼女はその事を神に感謝した。ちなみに彼女はロリコンではない。常人と比べて多少、守備範囲が広いというだけのことだ(二回目)。
なお、今、二人がこの肌寒い中、アインツベルンの森に繰り出しているのかというと、従来でもしていたようにクルミの冬芽探しの競争をするためである。無論、切嗣はクルミの冬芽など分らんし、探したいとも思わないのだが。
「あ、見つけた。今日一個目」
「うそ! どこどこ? わたし見落としたりしてないのに!」
「ふっふっふ、いつまでもおばさんをクルミ冬芽の素人だと思うなよ? 時間を見つけては、ネットでクルミ画像を調べ、学習していた今のおばさんに資格はない」
「負けないもん! 今日は絶対負けないもん!」
切嗣はたとえ子供相手も絶対に手を抜かない。むしろ、子供相手だから手を抜かない。かっこよく聞こえるかもしれないが、要約すると大人げないというだけである。憑依前は社会の底辺の地位に位置する人間だった切嗣には、勝てる時はどんな汚い手を使ってでも勝つという本能が刻み込まれているのである。やらなきゃやられる――こんな子供相手に何を考えているんだとツッコミたくなるが。これが典型的な醜い大人の矜持である。
せめてもの救いはそんな全力の切嗣を相手にして、イリヤは不貞腐れることなく、素直に喜んでいるというところだろうか。手加減されるのは性に合わない。強者を叩き潰してこそのチャンピオン――こちらは純粋な子供らしい可愛らしい矜持である。
「あ、あった。イリヤも一個みーつけたっ」
やはり純度混じり気無しの幼き少女の笑顔は可愛らしい。しかし、それにしてもそんなイリヤに焦りが見えるのは、ここ最近の連敗にあるのかもしれない。今年の戦績は十二勝九敗一分けとイリヤがリードしているものの、ここ最近は切嗣が怒涛の三連勝を収め、(大人げなく)チャンピオンにプレッシャーをかけているのだから。
「ふふふ、おばさんも二個目を見つけたぞ」
「どれ!? どれ!?」
容赦ない追撃の一言。イリヤは弾かれたように切嗣に詰め寄る。
「えー? あの枝クルミじゃないよ?」
「あれはサワグルミといって、クルミの仲間なんだよ。だからあれもクルミの冬芽だ」
子供相手に心の底からドヤる切嗣。悪い意味で彼女の精神年齢は幼かった。
「ずるーい! ズルイズルイズルイ! キリツグずっとズルしてた!」
「だってこうでもしないと勝ち目ないし」
「キリツグだけ知ってるクルミなんて駄目なの!」
「ふふ、これが大人の情報力というものだな」
もっぱらグー○ル先生なのだが。誰でも調べられる便利なモノである。決して大人の情報力ではない。
「そういうズルいことばっかりやってたら、もうイリヤ、キリツグと遊んであげないよ!」
「そりゃ困る――ゴメンゴメン、謝るよ」
切嗣は慌てたように謝る。なぜなら切嗣がイリヤと遊んであげているのは、勝負に勝つ以上に、その笑顔を守りたいだけなのだから。決して、不機嫌なイリヤの顔が見たいわけではない。
かっこよく聞こえるようだが、これもただ単に幼い少女の笑顔こそ至高という考えに基づく行動なのだが。
「もうズルしないって約束する?」
「するする。もうサワグルミはなし」
変態が幼女の笑顔見たさに傅くその光景に、そんな裏事情など露知らずのイリヤは満足げに頷いて、えっへん、と胸を張る。
「よろしい。なら、また勝負してあげる。チャンピオンはいつでも挑戦を受けるのだ」
そのあまりに可愛らしい
「……
「え……? キリツグ、今なんて言ったの?」
「……なんでもないです。さ、お姫様、私の肩にどうぞ」
恭順の証として、切嗣がその場にしゃがみ、イリヤに合図する。それを見て、イリヤは嬉しそうにぱあっ、と顔を輝かせて、その肩に跨る。
「あははっ! 高い、高い!」
切嗣のしてくれる肩車は、イリヤの大のお気に入りだった。彼女の足では踏み込めないような深い雪の中でも、切嗣の長い足ならば難なく渡ってしまえる。おまけに視野も高くなり、冬芽探しにはますます有利だ。
(イリヤの太もも、最高ー!)
切嗣にとってもお気に入りだった。理由は説明するまでもない。そのふにゃけただらしのない顔が全てを物語っている。変態とはどうにも救いようがない人種である。
「さぁ、しゅっぱーつ!」
「ヤーヴォール!」
イリヤにとって幸いだったのは、肩車することにより、心を許したおばさんの狂喜に満ちた一面を、視認することがないということだ。それが知らぬが仏なのかはわからないが。
+++
森のとば口でじゃれ合う二人の小さな姿を、城の窓から見送る翡翠色の眼差しがあった。
窓辺に佇むその青年の立ち姿は、雄々しくも凛々しく、それでいて清流のように清々しい。同時にその幻想的な出で立ちは、一種の儚ささえ、見る者に感じさせる。
柔らかで美しい金髪は男性としては少し長めに目頭にかかる程度に整えられており、男性としては線の細い部類に入るかもしれない。だが、決して侮ってはいけない。その古風な衣装に隠されたその向こうには、鋼ようなの強靭性とバネのようなしなやかさを併せ持つ屈強な肉体が鍛え上げられているのだから。
総括して例えるならば、その青年は――そう、
「何を見ているの? セイバー」
背後からアイリスフィールに呼びかけられて、窓辺の青年――セイバーは振り向いた。
「……外の森で、ご息女と切嗣が戯れていたもので」
訝るような、困惑したような、わずかに眉を寄せた固い表情でありながら、それがまったく青年の精悍さを損なっていない。笑顔ももちろん似合うのだろうが、きりりとした張りつめた眼差しもよく似合う、まさに王に相応しき青年であった。
「切嗣のああいう側面が意外だったのね?」
微笑するアイリスフィールにセイバーは素直に頷いた。
「忌憚なくいわせていただければ。僕のマスターは、もっと冷酷な人物だという印象があったので」
セイバーの言葉に、アイリスフィールは困り果てた顔で苦笑した。
「まぁ、それは無理もないわよね」
召喚されてこのかた、セイバーはただの一度もマスターの切嗣から言葉をかけられたことがない。始めに何かを呟いたように思えたが、その言葉がセイバーの耳に届くことはなかった。
サーヴァントを、あくまでマスターの下僕に過ぎない道具同然として扱うのは、たしかに魔術師然として道理に適った態度かもしれない。だがそれにしても切嗣のセイバーに対する態度は度が過ぎていた。一切言葉を交わさず、問いかけも黙殺し、視線すら合わせることなく、切嗣は自らの呼び出した英霊を拒絶し続けた。
切嗣のそういう人もなげな態度には、セイバーもまた、表にこそ出さなかったが、内心では大いに不満を感じていたに違いない。そんな彼の抱いていた人物像が、今、城の外で少女と戯れている女の姿と、大きく隔たっていたのも当然であろう。
「あれが切嗣の素顔だというなら、僕はマスターからよほど不興を買ったのでしょうね……」
苦々しげに呟くセイバー。たしかに彼は切嗣から不興を買っているといえば、買っている。
ただし、それは決して彼のせいではない。ただ、切嗣はモテざる者の本能として、一目見た時から悟ったのだ。
――コイツは、敵だと。
その爽やかさ。凛々しさ。白馬の王子様感半端ない伝説の騎士王の登場を前に、切嗣の中で憑依以前に抱いていた非リア充としての劣等感という醜い感情が爆発したのだ。
天国から地獄。希望から絶望へ。抱いていた好感は一気に嫌悪に。喜びは怒りと憎しみに。
大げさかもしれないが、魔法使いになるまで童貞を守り続けてきた男(今は女だが)の抱く心の闇は、常人では計り知れないほど深く、重い。
こうして
「僕は侮られているのでしょうか。このような若造など、剣を執らせるに値せず、と」
あくまでも被害者でしかないセイバーであるが、それでも心苦しそうに告げる所を見ると、イケメンのみならず、性格までもパーフェクト・ヒューマンのようだ。切嗣が最も苦手とする人種である。理由? そんなことは聞くまでもない。イケメンの上に性格までよかったら、ブサイクに一体、どんな対抗手段が残されているのだろうか。
哀れな騎士王を、どうにか励まそうとアイリスフィールが健気に声をかける。
「それはないわ。彼女にだってあなたの力は透視えている。セイバーの座を得た英霊を、そんな風に見損なうほど、あの人は迂闊じゃない」
イケメンだったからって勝手に逆ギレする馬鹿ですが。
「彼が腹を立てているとするなら、それは別の理由でしょうね」
「腹を立てている?」
後半のアイリスフィールの言葉に、セイバーは耳ざとく反応する。
「僕が切嗣を怒らせたというのですか? それこそ理解できない。彼女とは未だに一度も口を利いたことがないというのに」
ちなみに切嗣とて、不安材料だらけな聖杯戦争において、セイバーの力を借りなければ勝ち抜けないことは重々理解している。切嗣はあくまでも愚か者あるが、馬鹿ではないのだ。心の片隅では、「やっべ、ちょっとやらかしたかも」くらいには後悔しているのかもしれない。ただここまで無視してしまったからには今更話しかけ辛いし、そもそも今の切嗣は
……訂正、衛宮切嗣は愚か者であり、馬鹿なのだ。そして変態でもあるのだ(追加)。
「だから、あなた個人に対しての怒りじゃないの。きっと彼女を怒らせたのは、私たちに語り継がれたアーサー王伝説そのものよ」
しかし、そんな切嗣の裏の事情など知るはずもないアイリスフィールはセイバーに向けてそう告げる。
「たぶん、あの人は、あなたの時代のあなたを囲んでいた人たちに対して腹を立てているのね。たった一人の人間に、王という役目を押し付けて良しとした残酷な人たちに」
「それは是非もないことでした。岩の剣を抜く時には僕も己の運命を覚悟していましたから」
「……そんな風にあなたが運命を受け入れてしまったのが、なおのこと腹立たしいのよ。その点についてだけは、ほかでもないアーサーという一人の男に対して怒っているのかもしれないわ」
「……それでも、それは出過ぎた感傷です。僕の時代の、僕を含めた人たちの判断について、そこまでとやかく言われる筋合いはありませんから」
「だから黙ってるのよ、あの人は」
一連のやり取りを交わした後、アイリスフィールは悲しげに笑みを浮かべる。
「衛宮切嗣と、アーサー・ペンドラゴンという英雄とでは、どうあっても相容れないと――そう諦めてしまっているのね。たとえ言葉を交わしたところで、互いを否定し合うことしかできないと」
「アイリスフィール……」
たしかに否定はしているし、相容れないと切嗣も思っているのだが、その観点がズレてしまっていることにセイバーも、アイリスフィールも気づかない。
しかしいったい誰が彼らを責められようか。セイバーは切嗣についてはまだ何もしらず、アイリスフィールは切嗣から告げられたその理想に基づくその考えを、ありのままにセイバーに伝えただけなのだから。
これはシリアスでもなければシリアルでもない。
衛宮切嗣という女に憑依した、中途半端に抜けている知識を持つ男が、イケメンの騎士王の登場に絶望し、逃げ出したくなったが、それでも崩壊したかつての人格が抱いていた儚き理想の実現のために、半ば自棄気味に聖杯を巡る戦争に挑んでいく、そんなどうしようもなく救いのない物語である。
満を持して召喚したサーヴァントがイケメンだった件・その一幕――完。
切嗣とイリヤの関係はおばさんと知り合いの子供みたいな関係です。
これからも区切り区切りでアイデアが思いついたら投稿したいと思います。