めざめてソラウ 作:デミ作者
「――素に銀と鉄、礎に石と契約の大公」
外界と繋がる一切を魔術的に締め切られた大部屋の中央から、朗々と呪文を詠み上げる声が響く。紡がれる言葉の一つ一つが覚えのある――いや、忘れようにも忘れられないもの。俺の型月道は此処から始まったと言っても過言ではないそのフレーズは、同好の士ならば一度は暗記したことがあるだろう
部屋の中央には魔法陣。その前に立ち、呪文を唱えるのはみんな大好きケイネス・エルメロイ・アーチボルト。魔法陣の中央には、少し離れた此処からでも感じられる程の神秘を誇る聖遺物。
そう――これはサーヴァント召喚の陣。呼び出す英霊は、勿論決まっている。
ギリシャからローマ、ペルシャにまで足を伸ばした
色仕掛けの副作用としてケイネスが俺にもっと好意を向けてくるようになったのはまあ仕方がないとして、気分が滅入ったとしても参加しなければならない。俺の予測の付かない所で死に襲われることを防ぐ意味合いもあるが、一番の理由は、第四次聖杯戦争の『後』のことを考えざるを得なかったからだ。
今更繰り返すことでも無いが、俺は第四次聖杯戦争で死ぬつもりなど毛頭無い。毛頭無い以上、その先もこの世界をソラウとして生きていかなければならないのは当たり前だ。そう考えると――第四次聖杯戦争を、
ここで問題になってくるのが、二人の誕生条件だ。衛宮士郎の誕生に関しては衛宮切嗣を勝者とするだけで解決するだろうが、問題は後者。ウェイバー・ベルベットがロード・エルメロイ二世となるには、幾つかの条件が必要だ。その一つが、聖杯戦争に参加すること。一つが、第四次聖杯戦争で征服王イスカンダルと主従関係となり、敗北すること。一つが――ライネスやエルメロイ教室に恩を売ること。
問題となるのは、勿論三つ目だ。ライネスを含めたエルメロイ派に恩を売る為には、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの死は必須事項となっている。ケイネスの死により魔術刻印が失われ、それを復活させること等を契約としてウェイバーちゃんはエルメロイ二世となるのだ。そして、ケイネスの死が意味するところは一つ。共に参加している俺――ソラウも同様に、死するということだ。
つまり、ウェイバーちゃんが二世になると俺は死ぬ。それを踏まえた上で、俺は俺が生き残る為にウェイバーちゃんを二世にしなければならない。
詰んでいるというレベルじゃない。『ウェイバーを生かし、ケイネスを死なせた上で、ソラウは生存する』という不可能に等しい可能性を掴まねばならないのだ。勿論、俺達ケイネス陣営が聖杯戦争に勝利するなんて達成してはいけない最大の悪手だ。なまじ聖杯を掴み得るだけに、抑止力に妨害を受けて無残に死ぬことが目に見えている。
紛れもなく不可能に近い――けれど、不可能だと断じてしまえば死ぬだけだ。策を巡らせ、分の悪い賭けを繰り返し、どうにか生き延びなければならない。
その為に必要な仕込みの一つは、既に終えている。
まず、原作よりも大幅に改善されたケイネスが周到に準備していた聖遺物を、全て秘密裏に独占した。手元に入ってくる触媒を、イスカンダルのマントの切れ端とディルムッドの遺物だけに限定する為だ。ケイネス自身そう簡単に聖遺物が手に入るとは思っていなかったようで半ば諦めもついていたようだが、悪いなケイネスこれも俺が生き残る為だ。あとで四十八の美少女奥義の一つ、ソラウ胸押し付けを見舞ってやるから我慢してくれ。
次に講じた策は、ウェイバーちゃんとケイネスの仲違いだ。此方に関しては、馬鹿みたいに金と手間を使った第一の策に比べればいとも簡単に達成することが出来た。今のウェイバーはケイネスに無駄な敵愾心を抱いてはいないし、ケイネスの方もウェイバーに対して『よく研究室を訪れる生徒』として、魔術以外の才能については認めている。原作からすれば極めて良好な関係を築いている両者であるが、そこを利用した。
と言っても、取った手段は簡単だ。イスカンダルの聖遺物が届く予定の日に合わせてウェイバーにケイネスとの補習のアポイントを入れさせ、そこで二人に
結果はご覧の通り。見事にケイネスとウェイバーは論争に発展し、半ば喧嘩別れのようにウェイバーが部屋から飛び出し、その流れでイスカンダルの触媒を手に入れさせたという訳だ。
その結果がこの召喚。手に入れる触媒を限定されたケイネスは、その触媒を礎としてサーヴァントを呼び出そうとしている。
「……抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――……!」
魔法陣に満ちていた光が収束し、凝縮し、弾ける。明滅するそれが臨界に達したと同時に、俺の全身から魔力が奪われる感覚に襲われた。流れ出す魔力は、そのまま魔法陣の内側の何かへと流れているのが理解できる。
――繋がった。
思わずぼそりと漏らした言葉に応えるように、部屋を照らしていた眩い光が拡散する。その中から現れたのは、深緑のボディスーツに黒髪を携えた、極めて端正な偉丈夫だった。俺から流れる魔力がその男に流れ込んでいるのが分かる。ちらりと此方を向いたケイネスに首肯で答えると、彼は正面の男へと口を開く。
「……問う。貴様が私のサーヴァントか?」
「如何にも。この身はフィオナ騎士団が一番槍、我が名はディルムッド・オディナ。貴方の槍となり、あらゆる敵を貫く者です」
「宜しい。これより貴様は我が『槍』だ。その名に恥じぬ活躍を期待するぞ――ランサー」
ランサー――ディルムッド・オディナ。フィオナ騎士団の誇る英雄の一人であり、原作でケイネス陣営が呼び出したサーヴァント。正直なところ、クラスカードに封じた
まず第一に、純粋に彼の運用など不可能だからだ。ヘラクレスなど超一級のサーヴァント、バーサーカー化せずとも魔力消費とて桁違いだろう。満足に運用するならばバズディスロット並みの下準備が必要だと言うこと。宝の持ち腐れも良いところだ。
次に、原作との齟齬を少しでも減らすため。仮にヘラクレスを召喚したとして、
第三に、そもそも俺――ソラウの立場からすれば聖杯戦争に勝利する気が無い為だ。俺の目的は抑止力に睨まれずに生き残ること、ヘラクレスなど召喚してしまってはそれこそ抑止力に殺されるだろう。
とまあ、これがヘラクレスを選ばなかった理由だ。……実は、他にももう一つだけ理由がある。これは理詰めやメリットの問題ではなく、ただ単に俺の、一型月厨としての我儘だったりする。ヘラクレスを召喚出来た場合のメリット全てを考えた上でそれを選ばなかった理由。
――それは、俺が、ヘラクレスにはイリヤちゃんのサーヴァントでいて欲しいからだ。ギリシャ神話最大の英雄、あらゆる戦場の理をねじ伏せて自らの信念を通した大英雄、狂化して尚理性を保つ精神の高潔さ。そんなものを持つ彼を、俺の為に使う訳にはいかない。これは、自分の死のリスクと引き換えにしても彼を選び得なかった我儘。
故に、俺は『ヘラクレスのクラスカード』を所持していることを誰にも告げていない。置換魔術で組み上げた俺専用の蔵に保管し、誰にも手出しが出来ないようにしている。
それで良い――と俺は思っている。彼のような偉大な男を、俺の私欲で使ってはいけない。そんな事を考えていると、不意に精神と肉体に働きかける
「……あまり良い気分ではないわね」
「ッ――申し訳ありません。この貌の魔力は私でも止められないのです」
「構わないわ、その程度
「はっ。――っ、主の、奥方殿?」
「ええ。そう言えば、ケイネスとは名前の交換が終わったようだけれど私は自己紹介をしていないわね。私の名前はソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。今回の聖杯戦争では、あなたの魔力供給を担当するわ」
「失礼致しました、ソラウ様。我が名はディルムッド・オディナ、主ともどもお守り致しましょう」
「ええ、期待しているわ」
心底安堵した表情で手を差し伸べてくるディルムッドと握手を交わす。やたらごつごつして大きな手だ――というより、これはソラウの手が小さいだけか。久しぶりに新鮮な感覚を味わいながらも、俺はさも今思い出した風を装ってケイネスとディルムッドに話しかけた。
「あ、そうだケイネス。ディルムッド、少し借りて良いかしら? 別にこの部屋から出るわけじゃない――というか、この空間も借りたいのだけれど」
「ああ、構わないよソラウ。君が何をするのか、多大な興味があるからね」
「ありがとう、ケイネス。じゃあ……お待たせしたわね、ディルムッド。あなたに少し聞きたいことがあるのだけれど、構わないかしら」
「ええ、勿論。俺に答えられることならば何でも答えましょう」
鷹揚に頷くディルムッド。きらりと光る白い歯がまぶしい。イケメンは座に帰れ――ではなく。正直なところディルムッドがどれだけイケメンであろうと、俺の精神は既に男として固定してある。ソラウの仮面を被っていたとしても、惹かれることは万に一つもない。無いが、原作のこともある。ディルムッドにときめくような事が無かったことに安心しながら、俺は更に言葉を紡ぐ。
「なら、ディルムッド。あなたは生前、二振りの剣と二本の槍を使いこなす騎士だったと記録されているけれど、それは間違いないかしら」
「はい、その通りです。俺は二刀二槍の宝具を組み合わせて使うことで、フィオナ騎士団の一番槍に恥じないだけの活躍をしました」
「そう。じゃあ次ね、ディルムッド。あなたはランサーのクラスで現界したようだけれど、保有している宝具に剣は含まれているの?」
「……申し訳ありませぬ、ソラウ様。此度はランサーとしての現界の影響か、我が二振りの剣をお見せすることは叶いませぬ」
「そう。じゃあ――最後。ディルムッド、血を一滴、私に頂戴?」
「……なんと?」
訝しむディルムッドだが、そこは忠義の騎士の面目躍如か素直に言われたものを差し出してくれる。展開した『破魔の赤薔薇』で自らの人差し指を傷つけた彼の指から溢れる血を、事前に用意しておいた特製の試験管に収める。治癒を施し、ディルムッドを再度魔法陣の中心に立たせれば準備は完了だ。
「英霊本人の血液なんて、何にも勝る聖遺物よね。反則だわ」
「あの、ソラウ様。貴女は一体何を――」
「――素に銀と鉄」
言いかけたディルムッドを制するように、
展開した魔法陣に、再度魔力が充満する。呪文が一節ずつ進むにつれて輝きを増す魔法陣と魔力、その流れをしっかりと把握する。把握して、俺はそれを
それは一枚のカード。剣を真っ直ぐに構えた騎士の図柄が描かれた、黒い染みの滲む一枚のカード。その染みの上へ、試験管の中の一滴の鮮血を垂らし――
「抑止の輪より再び来たれ、天秤の守り手――
そのカードを、ディルムッドの胸板に叩き付け叫ぶ。力の流れ全てを目の前のサーヴァントへと置換されたそれは、カードに記された通りの効果を彼に齎す。英霊の中に、英霊を加える。元々一つだったものを一つにする。槍兵の中へ、剣士の力が流れ込んで行く。
「――
閃光。
収束。
再び部屋に満ち溢れた光が霧散してゆく。そこには――
「……やっぱり、上手くいったわね。私ってば天才かしら?」
二槍に加えて腰に
驚愕する男二人を尻目に思う。ディルムッドに剣を使わせれば、本来よりも上手く立ち回れるだろう。セイバーとも互角に戦えるようになれば、即座に狙われることもない。後は潰しやすい
――よし、目指せ円満な敗北ライフ!
巧妙なヘラクレスのステマ。