めざめてソラウ 作:デミ作者
諸々の用事のお陰でまだちょっと執筆時間が奪われそうで、多分来週水曜日の更新も無理そうです。
やあ、こんばんは。ソラウちゃんだよ。
……という冗談は横へ置いておいて、切嗣による魔術工房のダイナミック解体から数日が経過した。あれから俺たちケイネス陣営が新たに構えた拠点は原作通りの場所――ではなく、ただの一般的な住宅。それも、住宅街のど真ん中にある普通の一軒家だ。これは別段ウェイバーちゃんと同じような効果を期待しての事ではなく、ただ単に戦術・戦略的観点から『原作』の拠点では不安だという結論に達した為である。そもそも我々ケイネス陣営は既にアインツベルンと一戦交えているのだ、現時点での所在地など筒抜けである可能性すらある。
故にケイネス陣営――と言ってもケイネスとディルムッドの二人で決定したことだが――は、住宅街のとある家に間借りする運びとなったのだ。
だが、俺としては少々文句を言いたいところではある。別に俺を省いて場所を決めたのは良い。今後の戦略を鑑みて、爆発物やその他切嗣の行為から身を守り得る場所を選んだのも構わない。間借りした一般人さん達に掛けた暗示の内容が『ケイネスとソラウは新婚ほやほやのラブラブカップルの貴族であり、今は新婚旅行中であり、かつて大学で共に勉学に励んだ友の家に泊まりに来ており、ディルムッドはその側仕えである』という、
だが、なぜ此処を選んでしまったのか。そう、ここは新都。襲撃に遭ったハイアットホテルから極めて近い駅前外れの住宅街。もっと言えば――冬木市民会館と市民公園が目と鼻の先に存在する住宅。
そう、此処は『原作』に於いて、確実に
まあ、ケイネスやディルムッドはそれを知らないから仕方ないと言えば仕方ないのだろう。人工とはいえ側に地脈が通っていて、『現場から逃げるだろう』と予測しているであろうアインツベルン陣営の裏を突き、加えて市井に紛れることでカモフラージュ効果を高める。理に適っている――だが、ただ『原作』という一点を考えた上で、俺だけが悶々としてしまっていると言うわけだ。
まあ、唯一の救いはこの家に『赤毛の少年』など影も形もないことか。もしこれでそんなものの居る家をケイネスが引き当てていたなら、一切合切の事情をブチ撒けた上で彼を攫ってとんずらしていた自信が――いや、無い。多分極力関わらないようにしただけだろう。
「……まあ、取らぬ狸の皮算用――は違うか。仮定にすらなってない冗談だけどな」
独りごちる。返ってくる言葉は皆無。俺は、それを当然だと受け止めた。この家の宿主は既に深い夢の中であるし、その宿主に俺――ソラウの旦那だと思われている彼とその従者は、今は家にいないからだ。ならば、その彼らは何処にいるのか。
「……さて、と。俺も準備しますか」
答えは簡単。アインツベルン城である。
「
そう、今日はケイネスと切嗣が激突する日。ついでに言えばディルムッドとアルトリアがジルと戦ってたり、綺礼がアイリさんと舞弥さんに八極拳を叩き込んでいたりする日だ。
尤も、ケイネスの性格がえらく男前になってしまった関係、そもそもケイネスがアインツベルン城へ向かわない可能性すらあったのだが。
原作において、ケイネスがアインツベルン城へ攻撃を仕掛けたのは魔術師としてのプライド故だ。名門魔術師であることに対する誇りと、同じくその誇りを持っている筈の名門アインツベルンに対しての怒りと嘆き。総じて魔術師らし過ぎる魔術師としての性格が原因と言える。
その性格が変化してしまったのだ。搦め手、現代兵器、大いに結構。寧ろ魔術師の身ながら勝つ為に全力を尽くす姿勢に賞賛を贈りたい――とでも言い出す可能性が割と大きな確率で実現しうると俺も考慮していたが、現状を鑑みるにそれは杞憂だったと言えよう。
ケイネスがその心中で何を思っていたかは定かではない。俺――ソラウにすら語らずに、ただアインツベルンの拠点へ向かうとだけ言ってこの拠点を出たのだから。
衛宮切嗣のやり方については、怪しまれない程度ではあるが全て伝えた。魔術師殺しという通り名があると言うことも伝えた。その上で、全てを知った上で戦場へ出たのだから、ケイネスにも戦う理由があったのだろう。
ちなみに、俺もケイネスに着いて行きたいと申し出たが却下された。なんでも、「君の言う通り、衛宮切嗣が勝つ為に手段を選ばない魔術師だと言うのならば、君が人質にされる可能性が高いだろう。間違いなく、ね。ならば、君には此処に残って貰った方が良い。此処ならば少なくとも衛宮切嗣の魔の手は及ばないだろうし、君の言っていた衛宮切嗣の協力者とやらが現れようと、協力者程度なら君ならばどうにでも出来るだろう」だとか。誠に正論である。
ただ、この言葉を発した際のケイネスの表情は何かを悔いているようだった。そして、この状況でケイネスが悔いるとすれば……おそらく、倉庫街での戦いの時のことだろう。
ケイネスは、俺が切嗣の牽制をしていたこと――あるいは、俺からそれを伝えられるまで気付いてすら居なかったことを悔いている。
結果――俺、ソラウは切嗣に目を付けられただろう。身を隠していた切嗣を発見しただけでなく、ケイネスはおろか自身への攻撃をも防ぐ為に場所を変え、プレッシャーをかけ続けた存在として。
少なくとも、ケイネスはそう考えていると見える。だからこそ、ケイネスは俺を連れて行かなかったのだろう。人質に取られる危険性は確かにある。しかしそれ以上に、俺――ソラウに、愛する婚約者に降りかかる危険を少しでも少なくしようと考えたのではないか。そう考えると、ケイネスは今日アインツベルンと決着をつける算段すら立てているかも知れない。
故に――今日この夜こそが、俺達アーチボルト陣営がどう立ち回るか。あるいは俺が、用意した複数の策の中からどれを選ぶのか。その分水嶺と言える夜なのだ。
「魔力充填。魔術回路稼働、術式選択――」
なので、置いていかれたからと言って指を咥えてじっとしている訳にはいかない。俺は起動した魔術回路を維持したまま魔力を高め、同時に自らの胸の谷間に片手を突っ込み、
「――『置換』、発動」
置換魔術を用いて、胸の谷間と『
この『蔵』は以前
別にこれは伊達や酔狂で胸の谷間を使っている訳ではない。勿論、何かにつけて胸を触りたいとかいう理由でもない。胸の谷間を『蔵』への唯一の取り出し口としたのは、偏に俺の置換魔術の特性故だ。
俺は『置換』、『転換』、そして『降霊』を得意とする。そしてそれらは、他者や外部ではなく自己へ働きかける際に最大限の効果を発揮する。逆に言えば、俺の得意とする魔術――『置換』、『転換』、『降霊』に最大の効果を発揮させるには、自己を対象とする必要があると言うことだ。
俺はヘラクレスのカードを安置する際に、万全の保管場所を欲した。普通に形成する魔力空間では駄目だ。俺の成し得る全力でないからか、外部から空間に干渉することが出来、何より俺と『蔵』の基点にしたものとが離れ離れになってしまえば意味がない。
俺が求めたのは決して俺と離れることなく、そして外部から決して干渉されない……俺の全力で編む魔術空間。
故に俺は成したのだ――『胸の谷間』の『蔵』への『置換』を。
だから正確には、『胸の谷間と蔵の取り出し口とを置換する』と表現するのは間違っていて、『置換魔術を行使している時だけ胸の谷間の奥が蔵へと置き換わる』と表現する方が正しい。正しいのだが、この魔術を生み出す際にイメージしたもの――パッションリップのブレストバレー、あの胸の影響か、どうしても取り出し口云々と考えてしまうのだ。
ともかく、そんな経緯で誕生した俺の秘密の『蔵』から、菫色に染まった水晶玉を取り出す。正直この水晶玉を使う理由は無いのだが、そこはそれ雰囲気という奴だ。キャスター――ジルも水晶玉を使ってたし。
「さあ、ケイネスはどんな具合かな――『
「――なんでさっ!?」
水晶玉に浮かび上がった光景。それは、切嗣の放った銃弾をケイネスが華麗に
『く……っ、
『あれは……。ならばこうするまでだ!
何事かを呟くと同時に挙動が加速する切嗣。対してケイネスは、その前後に控えさせる
上、下、そして場合場合に応じた死角。常に三方向から襲い来る斬撃――しかし切嗣もさる者。固有時制御の発動・停止を繰り返すことでテンポを替え、巧みにケイネスの追撃を躱し続ける。時折その回避に銃撃を紛れ込ませるあたり、流石の戦闘者と言ったところか。
加えて、切嗣は固有時制御の反動こそ受けているものの無傷。対するケイネスは――左肩に風穴を空け、そこから血が流れ出している有様だ。おそらくここは原作通り、トンプソン・コンテンダーによる一撃を受けたのだろうと予想出来た。
『短い方――それは通じぬぞ、衛宮切嗣!』
『くっ……ケイネス・エルメロイ、此処までとは』
回避しつつ機関銃による掃射を仕掛ける切嗣、しかしそれはケイネスの水銀――その一つが防御に回ることで防がれる。ということは、自動防御の無い残る二つが俺のプレゼントしたやつだな……などと、半ば呆然とする俺。そんな俺など知ったことでは無いとでも言うように、二人の戦いは更に激化する。
機関銃を牽制として放ちながらコンテンダーを構え撃つ切嗣。対してケイネスは、あらゆる魔術の発動を取り止め、壁に空いた穴から隣の部屋へ逃げ込むという方法を選択した。おそらく俺がケイネスに衛宮切嗣の手法――『魔術師を確実に殺し得る手段を持っているそうだ』、という情報を警戒してのことだろう。しきりに肩の銃創を気にしていることから、コンテンダーによる一撃こそが切嗣の奥の手だと読んでいるのだろう。あるいは――このケイネスなら、コンテンダーによる一撃を呼び水に魔術防御を誘発させ、そこを追撃するという切嗣の悪辣なやり口も看破しているのかも知れない。
「……っ、いかんいかん。どう転ぶにせよ、俺も此処に立ち会わないと」
でなければ、未だどれを選択するか悩んでいる策――その選択を、為せなくなる。それでは駄目だ。
それは別に、選択できないことでこの先の死が確定するといった意味合いではない。このままアインツベルン城に出向かずに迎える未来なら、おそらく俺――ソラウは高い確率で生存出来るだろう。そしてそれ――『選ばなかった末の未来』は、今の俺には安息を与える筈だ。その場に居なかったから仕方ない、という言い訳と共に。
でも、そうでなく、この先往く道を自ら選ぶこと。それを為さねば、おそらくきっともっと大切な時にいずれ俺の首を絞める、そんな予感がする。
「……置換魔術――空間置換。
一つ指を鳴らせば、目の前に大きな空間の裂け目が現れる。これは極めて条件を限定した代わりに、力の及ぶ範囲を拡大した魔術。即ち――ケイネスの近く、かつ繋がる位置をランダムにすることで、その付近までの道を作る魔術だ。
俺はそうやって開けた孔を躊躇いなく潜り抜ける。カーペットから一歩踏み出した先は――土。
どうやら此処は、アインツベルン城の正門前のようだ。それを如実に示すように、遠くから銃声と爆音が絶え間なく聞こえてくる。
「……『遠見』」
走りながら、網膜の裏側に微細な映像を投影する。
映し出されたものはやはり予想通りのもの。ケイネスが、切嗣に追い詰められている様子だった。
横や後ろに逃げ込む空間は無く、上階は瓦礫、下階は戦場が一階である関係で回避を封じられている。切嗣は機関銃を連射しながらも時折クレイモア地雷を炸裂させることで、ケイネスに令呪を用いる隙を与えない。あるいは――隙を敢えて晒し、令呪を使わせる瞬間に起源弾を撃ち込むつもりなのか。
まあ、この結果は分かっていたことだ。いくらケイネスが強くなり、精神面において改善が見られようと、あくまでケイネスは魔術師であり研究者。潜り抜けてきた死線の数が桁違いな切嗣に、彼のホームグラウンドであるアインツベルン城で、勝てる可能性はない。
だから、この状況を切り抜けるには外部からの助けが必要なのだ。
「…………」
この状況こそが、俺が俺の意思で選択を成す場面。ケイネスを撃たせるか、撃たせないか。
撃たせた場合は、俺の生存への難易度が一気に低くなる。ケイネスの魔術回路や刻印がお釈迦になり、せめて身体だけでも動かせるようにするため『稀代の人形師』の協力を仰ぐ。
俺はその際に――俺、つまりソラウボディを精巧に模した人形を一つ購入するだけでいい。後はその人形に一時的に意識を置換し、本体を隠し、原作通りに全滅するだけ。撃ち殺される寸前に精神置換を解けば、晴れて俺は自由の身と言うわけだ。
何せ、この策を採用すれば『ソラウ』は世間的に死んだことになる。その後は魔術からも離れ、田舎ででも静かに暮らすのならば、死んだ人間が更に殺されるような事は無いだろう。
安全で確実――最高の手段。少なくとも、起きるかどうか確実ではない人理焼却が訪れるまでは。
「……切嗣が、コンテンダーを構えた」
対して、ケイネスを撃たせない場合だが――その場合、阻止した瞬間から賭けが始まる。切嗣の一撃目を防いだ次の瞬間に二撃目を撃たれたり、クレイモア地雷で消し飛ばされたりする可能性があるのだ。
そこを凌いだとしても、第四次聖杯戦争を俺の策通りに動かさなくてはならない。そこまでやった上でのメリットは、ほぼ無い。あるとすればただ一つだ。
それは、全てが上手くいった前提に限っての話だが――ケイネスを、対外的に死んだことにして、生き延びさせることが出来るということ。後はこれも賭けになるが、人理焼却を生き延びられる可能性がある。ただその二点だけだ。
「衛宮切嗣の起源弾に対し、魔術的干渉は不可能。魔術的防護壁はもちろん、空間置換で銃弾の軌跡を曲げることすら危ない」
冷静に考えれば、取るべき選択肢は一つだ。俺は身体こそソラウだが、心は男。ケイネスはまあ好きなキャラではあるが、その為に危ない橋を渡る必要はない。
そもそも俺の目的は、ソラウとして生き延びることだ。俺が奪ったソラウの生を、あらゆる可能性を鑑みた上で、一秒でも長く存続させること。加えて、個人的にも苦しんで死にたくなんかない。
ならば、選択などとうに決まっている――
「……なら、やることは決まってる!」
――あらゆる可能性を鑑みるなら、人理焼却も発生し得ると考えるべきだ。その際に、生き延びられないのは駄目だ。
――俺にとって協力的なケイネスの頭脳は、今後起こり得る様々な事態に対処出来るだろう。賭けてみるだけの価値がある。
――単純な話、ここで逃げるようなら先は無いだろう。この程度の窮地も越えられないと、自分で示しているようなものだ。
それに、何より――
「――ケイネスから、離れなさいっ!」
――なんだかんだ言っても、やっぱり俺なんかに人を見殺しにする度胸なんて無いんだよコンチクショー!!
「……なっ、お前はっ!?」
切嗣が引鉄を引こうとした瞬間に、彼の体勢を崩す為にタックルを仕掛ける。起源弾の餌食とならないようにあらゆる魔術的作用を除いた一撃、女の身体で成し得る威力は極めて低いものだったが――それでも、銃口を逸らすには充分。
機関銃が暴れ、跳ねる弾が俺の身体の数カ所を突き破る――あたたた、痛い痛い痛い。けど、正直デミサーヴァント化手術する時の方が痛かったぜ!!
「ケイネスっ、早くっ!!」
「ソラウ……っ、分かった。――来い、ランサーッ!!」
痛みを置換で抑えつつ、壁に突き刺さった起源弾を尻目に俺は叫ぶ。
直後ケイネスの右手から目映い赤光が迸り、膨大な魔力が拡散し、一瞬の間に深緑の影が現れる。それは切嗣と共に床へ倒れ込んだ俺を抱え上げれば同じくケイネスをも引っ掴み、全力で床を蹴り戦場から離れてゆく。
「……感謝する、ランサー。お前の助けなくては、私は彼処で再起不能になっていただろう」
「勿体無きお言葉です、主よ。また、セイバーと尋常に勝負をつける機会を下さったことにも感謝を」
「構わん。そして――ソラウ。本当に助かった、君のお陰で私は……ソラウ?」
あ、ケイネスってばようやく俺が撃たれたことに気付いた。一気に顔が真っ青になる様子は、まあ見てて少し面白い。なんだか声が遠くなっていってる気がするけど、まあ仕方ないよね!
にしても、やっちゃったなぁ。その場の勢いとか雰囲気とかに流された感はあるけど、後悔は――いや、してる、かも。
というかアレ、側から見たら『愛する婚約者のために身を投げ出す妻』とかそんな図だったんじゃないか? うわー、うわー。そう考えると一気に後悔が押し寄せて来たぞ。
夢じゃあない。痛いし。でもその場のノリだとしても、もっとやりようがあったんじゃないか。どうして俺はあんなことぅおぅぅおぅ……。
「ソラウっ!? ソラウ、しっかりしてくれ!!」
失意のあまり頭がガクンと落ち、それをケイネスが何かと勘違いする。お前のせいで醜態を晒す羽目になったのだから、少しは慌てるがいい。
ともあれ、なし崩し的にではあるが、俺は選択をした――してしまった。ならば、後は目標へ向けてひた走るだけだ。そりゃあ別の策に比べれば難易度は高いかも知れないが、そこはまあ原作主人公達よりは低いはず。
こうなりゃもうヤケクソだ。選んだ案はわりと荒唐無稽だが、それが何するものぞ。やるだけやって、見事生き延びてやる!
さあ、待ってろよ――
下宿先に赤毛の少年がいた場合別ルートも開拓されます。