めざめてソラウ 作:デミ作者
皆さん大変長らくお待たせいたしました。ごめんなさい。
いやね、遅れたのは反省してます。でも、私も遅れたくて遅れた訳じゃない。どうしても、遅れざるを得ない理由がありました。
以下がその理由です。
――エクステラと七章やばいよね。
ディルムッド・オディナ。
ケルト神話はフェニアンサイクルに語られる、二槍二剣の英雄。他のケルトの英雄――例えば、彼の主君であったフィン・マックールやケルトの光の御子クー・フーリンに較べれば幾らか知名度は劣るものの、その実力においては両者に比肩する紛れも無い英雄。特にその特異な得物を用いての戦闘や、極至近距離においての駆け引きにおいては無類の強さを発揮し、今回の聖杯戦争に於いては初戦で『あの』アーサー王の左腕を使用不能にするという快挙をも成し遂げた。
その英雄が――
「……いやいやいや、これは流石になんでさ」
――空を飛んでいた。
正確には、空を『跳んで』いる、あるいは駆けていると言うべきだろうか。まるで見えない足場が存在するかのように、何も無い空を足場に跳躍する。跳躍し、迫る大海魔の触手を断ち、その触手を足場に更に跳ぶ。正しく縦横無尽と形容するのが正しい光景。海魔の足元や低い位置で奮戦するアルトリア、そして戦車で飛び回るイスカンダルもディルムッドの奮戦に目を剥いている。
しかし、何故ディルムッドはこんなことが可能なのだろうか。使い魔の視覚を操作し、視界を広げる。高い位置――もちろん
原因はすぐに分かった。ケイネスだ。地に描かれた魔法陣の中央で先程から何やら呪文を唱えているケイネスだが、ディルムッドが跳躍する瞬間にのみ何らかの魔術を発動させている。此処からでは詳細は把握できないが、おそらくは大気を操作して一瞬だけ固めているのだろう。
「流石はケイネス、と言ったところかね」
一流を超える実力を備え、風と水の二重属性を持ち、それらの才能に溺れることなく研鑽を重ね、その上自らのサーヴァントの呼吸を完璧に見極められるこのケイネスだからこそ成し得る所業。いや、この時この時代においてはケイネス以外に成し得ることの出来ない偉業か。ともかく、そんなケイネスの助力を得て、ディルムッドは正に水を得た魚のように空を跳び回っていた。
『――疾れ、
赫閃。
破魔の赤薔薇と同じ色をした刃が轟音と共に振るわれ、醜く濁った青紫の触手が千切れ飛ぶ。その工程は何度も繰り返されたものだ。だと言うのに、醜悪なそれは一向に減る様子を見せない。
その理由も俺は知っている。大海魔の内部に座するキャスター、ジル・ド・レェの宝具の効果だ。彼奴が存在する限り大海魔が衰えることは無く、大海魔が存在する限り内部のジルに関与することは難しい。
俺がそれを知っているのは『原作』における知識からだが、実際に戦っている面々も似たような結論に達しつつあるようだ。特に一度ジルの宝具を目にしたアルトリアとディルムッドは、ほぼ正確に現状を理解しつつある。
即ち――ジリ貧。このまま戦闘を続けようと決定打を与えることは出来ず、かと言って戦闘から離脱しようにもこの大海魔を野放しにすることは不可能。戦局を覆すには何か
ディルムッドが苦々しげに顔を歪ませ、飛び回るイスカンダルに目を遣る――その瞬間に生まれた僅かな隙。
大海魔はもはやジル・ド・レェの制御下を離れているとはいえ完全にコントロールすることが出来ない訳でもないのか、あるいはただの偶然なのか。どちらにしても結果は変わりない。ディルムッドが足場としていた脚を大海魔が突然下げ、宙に放り出される形となったその身体めがけて太く重い触手が迫る。
『なッ――』
焦燥に歪んでいた表情が驚愕へと変化する。迫り来る一撃に虚を突かれたディルムッドは迎撃を行えず、咄嗟に両手の武器を交差させ防御の体勢を取る。取るが、大海魔の一撃をもろに喰らえばどれだけのダメージを受けるか。それほどまでに大海魔の触手は重く、太い。唯一その速度が遅いことだけが救いだが、それも比較的と言うだけのこと。地に立っているならばまだしも、空を蹴っている今では咄嗟に動くことなど出来はしまい。
この状況に於いては流石のケイネスと言えども手を出せないらしく、憎々しげに歯噛みしている。攻撃が致命傷を与える類でなかったことも災いした。喰らえば大きなダメージを受けるが、一撃で霊基を損壊させる程でもない。令呪を使ってまで回避するべきか否か、その逡巡が一瞬の遅れとなる。まあ、戦闘者ではないケイネスにこの状況で最善の判断を素早く下すことは出来まい。まあそれは、ウェイバーちゃんであろうと俺であろうと同じことなのだが。
『ランサーッ!』
『おいおい、ありゃちとマズいぞ坊主! どうにかならんか!?』
『オマエに無理なことをボクがどうにか出来るわけ無いだろぉ!?』
アルトリアとイスカンダルが各々焦燥の声を上げ――しかし、彼らの助力は間に合わない。防御の態勢を取っているディルムッドが衝撃に備え、その身体目掛けて触手が横薙ぎに振るわれる。丸太、大木を思わせるそれ。あまりにも暴力的で、冒涜的なそれがディルムッドを木っ端のように吹き飛ばし――
「――『
使い魔から聞こえる低音質の声や音を掻き消すように、しんと静まり返った部屋に俺――ソラウの
術式を発動した瞬間、ディルムッドとの間に繋がっている魔力の
「……ふう」
その光景を使い魔越しに見届けてから、俺は勢いよくベッドに腰掛けた。ベッドが軋み、胸が揺れる。全身に伸し掛かるのは軽い疲労。負傷明けの寝起きで魔術を使ったのがその原因だろうか。
「しかし、流石に些か予想以上だよなぁ……。まあ、
――コードキャスト。
言わずと知れた『Fate/EXTRA』、『Fate/EXTRA CCC』に登場する術式の一種。色々と種類があったことは確かだが、『事前に術式を製作しておき、使用の際は魔力を流すだけで発動できる』という点で全ては共通していた筈だ。利便性という面ではとても使い勝手が良く、更に『転換』を得意とする俺にとって術式の製作・保存はお手の物。まさに俺――ソラウにとって使い易いものであったことは確かであり、コードキャストから発想を得たのが礼装化させた俺の『菫色の水晶玉』だったりするが、そこは割愛。
と言っても、俺はそこを重視した訳ではない。俺が着目したのはその効果。魔力を流すだけで発動できる『効果』、特に戦闘用コードキャストの効果は原作に於いて多岐に渡り、そして非常に強力なものが多かった。
――例えば、少しの間だけ筋力や耐久、魔力の値を大幅に向上させるもの。
――例えば、一瞬だけ敵サーヴァントを怯ませ隙を作り、場合によっては
――例えば、一瞬で体力を回復し、様々なマイナス効果を消し去り、あるいは敵のプラス効果を封じるもの。
そのどれもが強力であることは勿論だが、何より『サーヴァントにすら通用する』というその一点が肝要だ。そう、サーヴァントと対峙する可能性を鑑みるに当たって、一秒の差が有ると無いとではどれほどの違いが出てくるか。
『ッ、主! あれはっ!?』
『何でもいい、今は後回しだッ! ライダーを援護しつつ、遊撃を続けろランサー!』
使い魔との視界の共有こそ切った――切った理由はあまり大海魔を見ていたくなかったりしたからである。なんだか背筋に悪寒が走るからね。男だった頃はセイバーが海魔に捕まって
善戦しているとは思う。原作に比べてもなお、ディルムッドは良く戦っているだろう。俺のお茶目なミスにより二振りの剣を手に入れたことも要因ではあろうが、それにしてもマスターと息の合ったディルムッドがこれ程までに良く戦うとは。
『うおぉぉォォォォッ!!』
『下から来ているぞ、ランサー』
『無論、承知の上です我が主よ!』
気になって切った視界の共有を再び繋ぎ直せば、そこに映ったのは正に獅子奮迅の活躍と言うに相応しい働きをするディルムッドの姿だった。
紅剣、黄剣、紅槍、黄槍。目まぐるしく手の中を入れ替わる四つの刃が、四方から迫る触手を両断してゆく。極至近距離から中距離まで、およそ騎士と名のつく人種が接近戦で扱わなければならない範囲の全てをカバーしたディルムッドは、正にフィオナ騎士団の一番槍という異名を遺憾無く発揮していると言えよう。サーヴァントとの一騎打ちであれば、今の彼に敵う者など極一部では無いだろうか。そんな感慨を抱かせるほどに、今のディルムッドは強かった。
『――主よ』
……けれど、それでも駄目なのだ。戦闘力は高い。けれど、火力が足りない。全てを焼き払い薙ぎ払う、圧倒的な火力が無い。それを持ち得るのは、この場においてアルトリアかギルガメッシュのみ。そのギルガメッシュは何もする様子を見せないところから、辿る未来は決まっているようなものだ。
『仕方があるまい、背に腹は変えられぬ。……だが、ランサー。お前はそれで良いのか? その槍、貴様にとっての誉れであろう』
『その誉れ一つで、数多の民の命を救うことになるのならば、何を躊躇うことがありましょう』
作戦会議の後、三騎はそれぞれ駆け出す。イスカンダルが大海魔を固有結界内部に引き摺り込み、ディルムッドが己の黄槍を真っ二つにへし折る。それらを受けたアルトリアが、未遠川へ位置取る――その前に。
『セイバーよ。あなたは我が騎士ランサーに対し、あの怪物を打倒し得ると仰られたな』
『ええ、その通りです
『――あれは騎士だ。自らの得物に命を賭した騎士だ。その騎士が、己の誇りである槍を折ってまであなたに賭けたのだ。……ならばあなたには、奴の槍一本に見合うだけの光を見せて貰わねばならない。もしもそれが叶わなかったのならば、私はあなたを永劫に軽蔑するだろう』
『――――』
『それは、あなたが誰であろうと変わらない……アーサー王よ。あなたが、我等イングランドの民が誇る偉大なる王であると言うのならば、どうか奴に報いてやってくれないか』
『……承知した、
――未遠川の中央に位置取ったアルトリアの正面に、大海魔が落とされる。その醜悪な肉の塊へ向けて、常勝の王は騎士達の夢を振り被る。告げられる奇跡の真名は、約束された勝利の剣――エクスカリバー。
――星の光が悪を焼き、絶望に堕ちた哀れな騎士の魂を救済する。立ち昇る光の柱は、救われた魂の数々だろうか。その光は希望を背負った尊き王と同じように、尊き光で夜闇を照らす。
それは、確かに――目を奪われる光景だった。
だからこそ、俺は決意する。人知れず、静かに、しかし譲れぬと。
――原作を、全うする。『Fate』ルートをなぞり、彼の王に最期の夢を……と。
と、そんな風に決意を新たにしていた時、感覚を共有したままだった使い魔の聴覚に声が聞こえてくる。二つとも、覚えのある声だ。
『ところでなぁ、ランサーよ。お前、ランサーってことは槍を使うだろう? なのに剣の宝具まで、しかも二つも持っておるとはどういうことだ?』
『ああ、そのことか征服王。確かに俺は槍兵のクラスで現界した。その時には宝具も槍を二つしか持っていなかったのだがな。酒の席で話が出ただろう? 主の婚約者殿が魔術で俺に二本の剣を与えてくれたのだよ』
『――なんと。つまり、その婚約者とやらは宝具を生み出せると?』
『俺も魔術に精通している訳では無いから詳しくは分からんが、少なくとも俺に関してはそうだ』
――何を言ってくれたんですかねぇこのどこに出しても恥ずかしい最高最低の主大好き駄サーヴァントがーーッ!!
クォンタムタイムロックについて考えると世界線がアレになって死ぬ。