2287年の荒野から   作:フランベルジェ

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 書類にサインし、私の所属鎮守府が決まった後私は元帥と再び面会し、固い握手を交わした。その際に元帥は期待しているとか、何かあればすぐに言って欲しいだとかありがちな台詞に適当に頷き今は鎮守府行きの車の中だ。

前と後ろを装甲車に守られ、揺られること数時間。私は鎮守府に到着した。アサルトライフルを持った守衛二人が守る門の前で降ろされ、恭しく敬礼する守衛に敬礼を返しつつ進むと、白い軍服の男性――提督がやって来た。

 

「私がこの鎮守府の提督だ」

「私はUSSコンスティチューション、鎮守府に着任します」

「歓迎しよう、アイアンサイズ……さて、畏まったのはここまで。大本営はどうだった?」

「部屋や食事は最高だった。が、何となく陰謀や良からぬ考えが集まっている様に思えたな。ま、総司令部とはそういうものだ」

「あそこはペテン師と嘘つきの集合住宅だ。そう思うのが正しいだろう」

 

 提督に連れられて提督室まで向かう――ものと思っていたが、どうやら違うらしい。

 

「我々はどこに行くのだ?」

「私の鎮守府では新たな仲間が着任するたびに皆を集めて着任式を行う事にしている。質問は?」

「何を話せば? 志とか?」

「名前だけで良い、式と言っても五分程で終わる。まあ、気楽にな」

 

 大きな開かれた扉の向こうから喧騒が聞こえる。扉を潜り、簡易的なお立ち台に提督と登った時には、喧騒は消え百人近い艦娘の視線が注がれる。緊張して粘り気を持った唾液を飲み下し、提督を見ると提督は頷き、マイクに近づき声を発した。

 

「皆も噂で聞いたと思うが、世界初の艦息が呉鎮守府に着任する事になった」

 

 提督は私を見て小声で「さあ、名前を」と言った。

 

「USSコンスティチューションだ、アイアンサイズと呼んで欲しい。その……話は得意ではないが、仲良くしたいと思う。よろしく」

 

 200年も生きていてこの拙いスピーチは我ながら呆れるが、彼女らは万雷の拍手で迎え入れてくれた。どうやら最初の挨拶は成功したらしい。問題はこの後、女性だらけの軍隊で上手く生活していけるかだ。私が生まれてから最終戦争が起こるまで乗組員と言えば男ばかりだった。そんな私が上手くやっていけるか……。

 

「以上で着任式を終了する、艦娘は各々の任務に戻ること。以上、解散」

 

 艦娘達は威勢よく「はい!」と返すとそれぞれの持ち場へと戻って行った。しかし、天龍と五人の少女達が此方へ向かって来ていた。提督は「私は執務に戻る、終わったら執務室に来い。鎮守府を案内させる」と言うと帰ってしまった。天龍達は私の前に一列に並ぶとニヤリ、と笑った。

 

「この前は改めて世話になったな。紹介する、右から不知火、如月、睦月、暁、電だ」

「わざわざ礼を言いに? 私も君達が無事で嬉しい」

 

 天龍が紹介した子達が軽い自己紹介の後にそれぞれお礼を付け足してくれた。小さいのによく出来た子達だ。

 

「わざわざって、お前が居なけりゃ全員死んでたかも知れないんだぜ?」

「不知火もとても感謝しています」

 

 肩を竦め言う天龍に深く頭を下げる不知火。天龍は見た目通りさっぱりした性格の様だ。彼女とは、上手くやれそうだと思った。

 

「ま、今日はこれだけだ。いつか一緒に戦う日が来るかもな、えーと、なんだっけ?」

「アイアンサイズ」

「そうか、またな。アイアンサイズ」

 

 天龍はカラカラと笑うと駆逐艦達を引き連れて大広間から出て行った。あの様子だと駆逐艦達からかなり慕われているのだろう、彼女も駆逐艦達といると楽しそうだ。さて、私も執務室に向かうとするか。提督から呼ばれているし。広い鎮守府をどうにか提督の執務室に行くと、椅子に座って大量の書類と格闘する提督と、傍に立つ青を基調とした和服に、黒い胸当てを付けた美しい女性が立っていた。感情を削ぎ落としたようなその表情は、静謐な美しさを湛えていた。

 

「来たぞ、提督」

「来たか、アイアンサイズ。彼女は加賀だ。鎮守府を案内してもらえ」

「秘書官は金剛では無かったか?」

「この鎮守府では秘書官を日替わりで変えているわ、経験を積ませるためよ」

 

 書類から目も離さずに言う提督の代わりに加賀が答える。その声は見た目とは裏腹に優しさが潜んでいた。最初は少し怯んだが、その必要はなさそうだ。ただ、何となく呼び捨てにはできない。

 

「さ、行きましょう。案内するわ」

「よろしく、加賀さん」

 

 執務室から出て、階段を下へ。少し歩いて多くにつれ良い匂いがしてくる、開け放たれた扉をくぐると多くの艦娘が居る場所に着いた。皆一様に談笑しながら何かを口にしている、ここは……食堂か。

 

「ここが食堂よ、夜中以外は開いているけれど、朝の七時半と昼の十二時、夜の七時からはとても混むから、人混みが苦手なら時間をずらすといいわ」

「分かった、覚えておこう。ところで、メニューは何がある?」

「基本的に和食よ、和食を食べた事は?」

「無い。残念だが」

「郷に入っては郷に従え、よ。食べれるようにした方が、不自由が少ないと思うわ」

 

 「さあ、次よ」と言って先を歩く加賀さん。後をついて行くと、外に出た。水平線の果てに幾つかの艦影と砲撃の煙が見える、遠くから響く間延びした砲撃音と波止場に当たって砕ける波の音を聞くと、チャールズタウン基地を思い出す。遠い故郷の事を想い、哀愁を感じていると明らかに先ほどとは違う、しかも近距離から銃声が聞こえ、反射的に右ホルスターの44.ピストルに手を伸ばし引き抜こうとした所で「待ちなさい」と加賀さんに腕を掴まれた。

 

「敵ではないわ……射撃場からの音よ」

「射撃場だって? どういう事だ」

「この鎮守府では艦娘達にライフルなどの小火器も扱えるように訓練しているの」

「そりゃまたどうして――ああ、外敵か」

「私達の敵は深海棲艦だけとは限らないわ」

 

 『私達の敵は深海棲艦とは限らない』その言葉がこの世界の状況を如実に表していた。この世界にはきっと鎮守府を占拠して身代金を要求するような愚か者や深海棲艦を崇拝する――艦娘を殺して深海棲艦を助けることで自分たちが助けてもらえると思っている狂信者達が居るのだろう。馬鹿馬鹿しく聞こえるが、人間は自分達の及ばない存在が現れると、それを神格化し媚びることで自分達を守ろうとする。放射性物質を崇め、通りかかった者全てにガンマ線銃で放射能を浴びせるチャイルド・オブ・アトムのように。戦争には女子供は無く、あるのは敵か味方だけとはよく言うが、それでも子供に人を撃たせることは避けるべきであろう。

 

「駆逐艦のような小さな子供も銃を撃つのか?」

「ええ、出来れば撃って欲しくないけれど、ただ死なせるわけにもいかないわ」

「……そうなったら私が最前線で戦おう。艦内に人間達が置いて行った武器がある」

「そう、優しいのね。それなりに期待はしているわ」

 

 後で艦内から武器を出しておこう。ちゃんと練習もしておかねば。再び歩き出した加賀さんについて行った先は、所狭しと並んだ軍艦、大きな鋼材を吊るすクレーンやドラム缶を重そうに運ぶ妖精さんなど中々にメルヘンな光景が広がっていた。その中央でスパナ片手に指揮を取っているのが、ピンクの髪の少女だ。

 

「ここがドックよ、艦の改装とか、新しい装備が欲しければ来るといいわ」

「なるほど、あの子がやってくれるのか? あのピンクの子が?」

「明石よ。彼女は艤装の改修が仕事ね」

 

 明石、そう呼ばれたピンクの子が此方に気付いて、大きな目を見開き「アイアンサイズさん! と、加賀さん」と言って駆け寄ってきた。

 

「貴方の艦を拝見しましたよアイアンサイズさん! あのキャノンや核融合炉……どれも素晴らしかったです! もし改修したくなったら持ってきて下さいね、出来るか分からないけど! いやあ、楽しみだなあ」

「……エネルギッシュだな、とても」

「そういう子なのよ。こと艤装に関してはね」

 

 目をキラキラと輝かせて子供のようにはしゃぐ明石。だが私には聞きたい事があった。

 

「一つ聞きたいんだが、艦が傷ついたら誰が修理してくれるのだ?」

「ああ、それは妖精さんがやってくれます。もしお急ぎならこの高速修復材であっと言う間に修理可能です!」

 

 そう言って明石が差し出したのは中に空色の液体が入ったバケツだった。しかしその液体は若干光を放っていた。思わず後ずさる。

 

「おい、放射性物質じゃないだろうな」

「とんでもない! 妖精さん由来の謎物質ですよ。艦の故障部分に掛ければあら不思議、すぐ直ります!」

「非科学的で非現実的だ」

「私達だって非科学的で非現実的でしょう?」

「ふむ……そう言われると」

 

 隣の加賀さんに言われ、考えを改める。そうだ、我々こそ非科学的を非現実的で包んで作った様な存在ではないか。一人物思いに耽っていると、加賀さんは明石と話を終わらせてドックから出ようとしていた。慌てて追いかける。先ほど出たばかりの玄関を潜り、二階へ上り、更に廊下を歩き一番端の部屋のドアの前で止まった。加賀さんは懐から鍵を取り出し、開けた。机やベットに戸棚が一つあるだけで後は波止場が見える窓だけだ。

 

「ここがあなたの部屋ね。自由に使って貰って構わないわ、鍵は個人管理だからなくさない様に。無くしたら反省文を書かないといけないから注意して」

 

 いい部屋だと思った。何がいいって、私の艦が見えるところがいい。

 

「いい部屋だな。ありがとう、ここは元々誰かの部屋だったのか?」

「いいえ、元々空き部屋よ。他にも幾つかあるわ。気に入ったかしら?」

「ああ、とても。提督に感謝を伝えておいてくれ。それと、好きにしていいんだよな?」

「常識の範囲内でね」

「分かった」

 

 後から艦内の荷物を幾つかこっちに持ってきておこう。折角戸棚があるんだから、何か飾らないと勿体ない。

 

「じゃあ、私はこれで。貴方も今日はもう自由よ……ああ、ここは駆逐艦達の部屋が多いから少し煩いかも」

「子供は好きだ。だが……なぜ私が駆逐艦達と一緒に?」

「あなたはフリゲート艦でしょう。それじゃあ、また」

 

 そう言うと加賀さんは扉を閉めて去っていった。確かに、確かに私はフリゲートだが、少なくとも子供では無い。女児とはいえ女性だ、どうも気を使って生活せねばいかんようだ。女性だらけの軍隊に入る時点で覚悟はしていたが。

 

 私は窓に近づいて窓を開け放った、海風が心地よい。どうも一先ずは受け入れられた様に見える。だが軍隊で真に受け入れられるには、戦場でお互いの背を預けるに値すると思われなければいけない。私は前の世界では歴戦の戦士だったが、この世界では新兵だ。今はただ、チャンスを待つ時だ。戦いで力を示すチャンスを。そう考えていたら、地面から声が聞こえた。

 

「おーい、アイアンサイズ! 昼飯食おうぜ! 降りてこーい!」

 

 どうやら天龍は私を食堂に連れて行ってくれるらしい。時計を見ると後数分で十二時に差し掛かる時だった。「ああ、今行くよ!」と返事を返す。さあ、まずは腹ごしらえだ。加賀さんが言っていた和食を食べてみよう。和食への期待を抱きながら部屋を出る私に、心地よい風が歓迎するように吹いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




元ネタとか

チャイルド・オブ・アトム
前々作、Fallout3ではちょっと頭のネジが外れた人畜無害な集団だったのにFallout4で急に凶暴化した人たち。彼らが持っているガンマ線銃に被弾すると高い放射能ダメージを食らうので防護スーツを着込んで防ごうとするとヌカ・グレネードで爆殺される。頭に来ますよ!

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