2287年の荒野から   作:フランベルジェ

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風呂敷様、SEVEN様、都会の男子高校生様、WallBlister様、陣陽様、評価ありがとうございます!

更新が遅れたのは仕事の所為であって、元奴隷の女の子を撫でまわしていたからではないです。

仕事がひと段落着いたので、更新スピード挙げられる……かも。

お気に入りが150人超えて嬉しいです!皆様ありがとうございます!


The Ever-Living child

「朝だぞおらあああああああああああ! 起きろオラァ!」

 

 朝早くにも関わらず、駆逐艦寮全体を突き抜ける程の声量を今まさに発揮しているこの声の持ち主は天龍だ。時刻は朝六時十分、総員起こしから十分後だ。天龍がこうやって叫びながら駆逐艦寮の廊下を端まで歩くのは毎朝の恒例行事で、朝が苦手で起きる事の出来ない一部の駆逐艦娘達を片っ端から叩き起こしているのだ。駆逐艦娘達の姉貴分として有名な天龍らしい行動と言えよう。

 で、普段五時には起きている私がなぜ天龍の声を聞いているかといえば、昨日横須賀鎮守府艦隊との演習を終えた我々はへとへとで鎮守府に戻り、半分眠った様な状態で提督に報告を終えて泥の様に今まで寝ていたからだ。つまるところ、非常に不本意ながら寝坊したという形になる。

 

「おい、起きてんだろうなアイアンサイズ!」

「おはよう。ノックぐらいしたらどうだ?」

「ああ? 俺とお前の仲だろ」

 

 艦長服の上着に手を通している途中でノックもせずに扉を開ける天龍に注意を促すが、当の彼女はこの調子だ。彼女の性格からして何となく予想はしていたが、異性の着替えなどには何の関心も持たないタイプらしい。そっちの方が私としてはありがたいが。着替え終えた私は扉を開け、マイカップを持って廊下に出た。

 

「起こしてくれてどうも。私は食堂に行ってくるよ」

「おう、またな」

 

 寝ぼけ眼の望月の首根っこを掴んでいる天龍に礼を言い、私は食堂に向かった。余り食欲は無かったが、コーヒーとパン程度なら食べてもいいだろう。時に米よりパンが懐かしくなるものだ。

 

 

 

 

 食堂に着いた私は食券の列には並ばず、受付の横で妖精さんがパンを扱っているコーナーへと向かい、イングリッシュマフィンとバターを取って奥の壁に面した席に座った。この付近は余り人気が無く長居しても罪悪感が薄いのがいい。窓際は競争率が高く長居しづらい。

 席にマフィンを置き、一先ず確保した私はコーヒーを求めて大量の電気ポッドが置かれている一角へ向かう。ここでマイカップが機能するのだ。一応紙コップは用意されているが、紙コップに熱いコーヒーを注げば当然熱いし、量も少ない。そこでマイカップを持って入れば諸々の問題を回避できる――と加賀が教えてくれた。実際、マイカップを持参する艦娘も多い。

 

 カップにインスタントコーヒーの粉を入れ、お湯を注いで出来たコーヒーとスティックシュガーとミルク、プラスチックのスプーンを一つづつ取って自分の席へと帰った。湯気を上げるコーヒーにシュガーとミルクを投入しスプーンで混ぜる。そうして出来たコーヒーを一口飲み、背もたれに体重を預けた。

 正直言って、酷く疲れていた。まるで手足に鉛を括り付けている様だ。艦の年齢は肉体には何ら影響しないと言うが、この疲労具合は200歳越えの老人そのものだ。もし艦齢と肉体が比例していれば、この疲労も納得できたろうに。

 

 水平に真っ二つに切られたイングリッシュマフィンの片方にバターを塗って食べてみるが、どうにも完食できる気がしなかった。おいしいのだが、胃が受け付けない。今日私が本当に食べるべきだった物はおかゆやうどんなんかの胃に優しい物だったのかも知れない。マフィン片手にぼんやりしていると背後に気配を感じ、振り向くと陸奥が立っていた。

 

「あらあら、大丈夫? キツそうね」

「私も年だからな」

「何言ってるのよ、あなたせいぜい二十歳でしょう」

 

 「いい?」と言って向かいの席を引く陸奥に頷きかけて座らせる。彼女は足を組み、机に片肘を突いて、「それ、食べてあげましょうか?」ともう片方のマフィンを指差した。どうやら私は随分苦々しい顔で食べていたらしい。「ぜひ頼むよ」と言うと、彼女はマフィンを手でちぎって食べ始めた。バターを勧めたが、彼女はダイエット中だと言って断った。彼女の何処にダイエットの必要があるのか理解に苦しんだが、女性とはダイエットしたがる物だと私の中の偏見で納得した。

 

 私がマフィンを苦心してどうにか食べ終えた頃、既に陸奥はマフィンを食べ終えていた。すっかり温くなったコーヒーを啜って落ち着き、深く息を吐いた。やれやれ、これから仕事があるってのに、これじゃ薬物を摂取する必要があるかもしれない。人間の船員達の置き土産の中には、メンタスやバファウト、サイコなどの薬物が残されていたのだ。あまりそのような物に手を出したくは無いが、中毒量を摂取しなければ問題ないとも考えている。

 

「君は元気そうだな? 陸奥」

「私は慣れてるもの。貴方は人間の体になったばかりでしょう? きっと心が付いて行ってないのよ、気疲れってやつね」

 

 気疲れか、確かにそうかも、いや、そうに違いない。精神疲労は肉体に大きな影響を与えるとマサチューセッツ外科ジャーナルに書いてあった。昨日の演習中ずっと気を張っていたのだから、その間掛かったストレスは大きな物だっただろう。

 

「その調子で今日の秘書艦が務まるの?」

「仕事だからな、やらないと仕方ないよ」

「間宮券三枚で代わってあげてもいいわよ」

「君に間宮を奢るのも悪くないが、一回は経験しておかないとマズいだろうし、そのために提督はわざわざ一日交代制なんて面倒な制度を作ったんだろう。無下にはできないよ」

「そう、じゃあ間宮はまたの機会でいいわ」

「そうしてくれ、じゃあ私は九時まで仮眠をとるよ。おやすみ」

 

 マフィンが入っていたビニール袋とマイカップを持って、席を後にした。秘書艦業務は午前九時からと決まっている。現在時刻は午前七時だ。例え二時間でも寝るのと寝ないのでは大きな差が出るだろう。そう考えた私は、皆出払ってすっかり静かになった駆逐艦寮の自分の部屋へと向かった。

 

 

 

 

「来たぞ、提督。私が秘書艦だ」

 

 午前九時、私は提督の元を訪れていた。仮眠のお陰で眠気はバッチリ取れた。提督は書類にペンを走らせる手を止めて私を見て、「来たか、仕事を始めるぞ」と言った。提督はそう言ったが、私は何をしたらいいのかさっぱり分からなかったのだ。

 

「何をしたらいい?」

「そこに書類があるだろう。それを私の署名が必要な物とそうでないものに分けてくれ」

「分かった」

 

 提督の机に小高く積まれた書類の山――それを分けるのが私の仕事らしい。私はいつも着けている白い手袋を外し、書類の山を切り崩しにかかった。艦隊の戦果報告、大本営からの作戦指示、鎮守府の意見箱に寄せられた要望――提督は毎日この量と格闘しているのだろうか。

 

「毎日この量の仕事を?」

「そうだな、今日は少し多いか。もうバテたのか?」

「バテてはないが……楽しくはないね」

「そうだろうな」

 

 話しながらも手は止めずに延々と書類を仕分けていく。一時間ほどあって、ようやく書類の山は二つに分かれた。

 

「ふぅ……これでいいか? 提督」

「午前の分はな」

「まだ午後があるのか……取り敢えず、コーヒーでも飲むか?」

「ああ、頼むよ。コーヒーメーカーはそこだ」

 

 提督が指さした先にあったのは紙のフィルターをセットして抽出するタイプの一般的なコーヒーメーカーだった。傍らに置かれている缶にはただ英語でCoffeeと刻印されているだけだった。

 

「提督、このコーヒーの品種はなんだ?」

「さあね、知らんよ。私は品種にこだわるタイプじゃないんだ」

 

 要はコーヒーであれば何でもいいという事か。如何にも提督らしい考え方だった。

 水を入れ、スイッチを押して暫く待てばコーヒー特有の香ばしい香りが提督室を漂い始める。後はカップに注げば完成だが、私は提督に聞かなければいけない事があった。

 

「提督、塩はどうする」

「塩? ……ああ、君たちはコーヒーに塩を入れるのだったな」

「塩を入れると苦みがマイルドになるんだ」

「ふむ……ま、やってみるか。頼むよ」

「よしきた」

 

 コーヒーに塩を入れるのは我らがアメリカ海軍に伝わる伝統だ。ただし、入れるのは一つまみだけ。それ以上は塩辛いコーヒーになってしまう。

 私と提督の分のコーヒーに一つまみの塩を入れて、提督の分を渡した。提督は一口飲むと顔を上げて言った。

 

「角が丸くなった……気がする」

「それが分かってくれればいいさ」

 

 コーヒーを飲みながら何気なく提督室を見回すと、大きな書棚が目に付いた。提督に「見ていいか?」と聞くと彼は頷きで返した。

 書棚の前に立ち、どんな本があるのか見ていると『呉鎮守府所属の艦娘が二度としてはいけないことの公式リスト』という本を見つけて、それを手に取った。内容はタイトルの通りの用だったが、一つ気になる一文があった。それは『112.比叡および磯風は鎮守府敷地内で調理、またはそれに準ずる行為を禁止する』という文だ。一体何をすれば調理を禁止される?

 

「提督、この本の112番――」

「112.比叡および磯風は鎮守府敷地内で調理、またはそれに準ずる行為を禁止する」

「……その意味が聞きたい」

 

 提督は内容を全て把握しているのだろうか。

 

「何、以前比叡と磯風が料理を作って大惨事になっただけの話だ」

「食中毒のような?」

「食中毒ならばまだ良かっただろうな。あれはバイオテロだよ」

 

 調理がどうしてバイオテロになるのか見当もつかなかったが、世には知らない方がいい事もあるだろう。

 リストを書棚に戻すと、その横に艦娘名簿という本が収まっているのに気づき、今度はそれを引きだした。どうも呉鎮守府に所属している艦娘の活動記録らしい。出撃記録、戦果、演習結果、撃沈者の名前――そんな類だ。撃沈者の項目を開き、ざっと斜め読みすると、一つの違和感を覚えた。『白露型5番艦 春雨 第二次渾作戦にて撃沈』この一文だ。春雨が死んだって? 馬鹿を言うな、春雨はしょっちゅう目にしているし、白露型の部屋は私の部屋向かい側だ。もし本当に死んでいるならば、私が見ている春雨はゴーストという事になる。ゴーストの存在は信じているが、これに関しては馬鹿馬鹿しい。

 

「提督、春雨が撃沈とはどういう事だ?」

「どういう意味も何も……そのままだ。深海棲艦爆撃機の空襲を受け、反跳爆撃を艦尾に受け春雨は戦没した」

「ならば私が見ている春雨は何だ? 私だけでは無い。鎮守府の誰もが見ているはずだ」

「……アイアンサイズ、彼女は“二代目”だ」

 

 提督の“二代目”という言葉に私は出所不明の嫌悪感を覚えた。

 

「二代目だって?」

「“最初”の春雨が沈んだ二週間後、大本営から“次の”春雨がやって来た。なんでも運よく直ぐに建造出来たそうだ。こういう事は稀なんだがな」

「待て待て待て……じゃあ白露型はどうなる。まさか、これが新しい姉妹です――とでも言って紹介するのか!?」

「その通りだ」

「滅茶苦茶だ!」

 

 家族が死に、喪失感に苛まれる中に新しい家族がやって来たらどうする? 空いた穴はすぐに塞がれる――それは自分が死んでも次の自分が来るということだ。それを狂気と呼ばずに何と呼ぶ? 自分は死んだ者との思い出を覚えているが、“次の”者は自分達との思い出は無いのだ。

 

「それは同一人物と言えるのか!?」

「何をもって同一人物とする? 構成する物質的には完全に同一人物だ」

「物質的な事じゃない!」

「少し落ち着いたらどうだ?」

 

 提督に言われて、声を荒げている自分に気付いた。深呼吸をして、心を落ち着かせた。

 

「……すまない、続けよう」

「アイアンサイズ、お前は二代目が来た事が気に入らない様だな。何故だ」

「死者は死者のままであるべきだ。絶対に生き返るなんて事があってはならない」

「それについては完全に同意する。けれどね、彼女達――特に駆逐艦の子達は幼い。精神年齢は肉体に比例しないが、殆どの子達は身近な者の死に耐えられるほど強くは無い。現に日本海軍では仲間を失った駆逐艦の精神疾患に悩まされている。彼女らは人類の唯一の希望だ。絶望して死なれるぐらいなら、同一人物を造って悲しみを忘れてもらう方が都合がいいのさ――例え、次の死にはもっと大きな悲しみが襲うとしても」

「……地獄に落ちるぞ」

「だろうね、私も、大本営も」

 

 何も言う気が起きなかった。提督が言っている事は理論的に正しいのか、正しくないのか。それすらも考える気が起きなかった。言葉を探していると、正午を告げるサイレンが鳴った。

 

「昼だな、飯でも食ってこい。私も昼食を摂る事にする」

 

 ありがたい申し出だった、今は提督室に居たくなかったのだ。私は頭を下げてから提督室を出て、食堂に向かう事にした。向かう途中、私は白露型を目にした。中には白露と笑い合う春雨の姿があった。彼女ら――白露は、どんな気持ちなんだろうか? 生き続ける少女を眼の前にして、何を考えている?

 少なくとも、私がその事を問う日は永遠に無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




元ネタとか注釈

・コーヒーに塩
 きっとググった方が良く分かると思う。上手く作ると結構いい感じ。

・呉鎮守府所属の艦娘が二度としてはいけないことの公式リスト
 他の人類が光の中で暮らす間、我々は暗闇の中に立ち、それと戦い、封じ込め、人々の目から遠ざけなければならない。We secure.(確保) We contain.(収容) We protect.(保護) SCPで検索してみよう! 一年ぐらい暇が潰せる。




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