つっかえ! もーホンマ使えへんわ。やめたらこの小説?
遅れてごめんなさい。
今日も一日が終わる。ウェイストランドでは考えられなかった、騒々しくも賑やかな一日が。この世界は今まさに深海棲艦との戦争の真っただ中だが、少なくとも人間同士が僅かなキャップを争って不毛な戦いを繰り返す世界では無い。私の居る鎮守府は子供たち駆逐艦の笑顔に満ちていて、たった一本のスティムパックが買えないがために失われる命を見る事も無い。私はここでの生活を割と愛しているのだ。
「何ニヤついてんだよ……気持ち悪いぜ」
「おっと、申し訳ない」
「もーっとニヤついてもいいのよ!」
「それはちょっと怖いのです……」
歯磨きをしていると、天龍にニヤけていたらしい事を指摘された。ニヤついていた気は無いのだが、知らぬうちにニヤけてしまっていたらしい。雷は構わないと言うが、電は若干引いた顔だった。それはそうだろう、私だって歯磨きしながらニヤけた顔の男と遭遇したら警戒する。警戒を通り越して銃に手を掛けるかも知れない。
現在時刻十時、駆逐艦達が就寝準備をしている時間だ。三十分後の十時半には駆逐艦寮は消灯となる。駆逐艦寮に部屋がある私も当然その例に漏れず、十時半には眠りにつく事になる。だが私は早寝早起きの、天龍に言わせれば、『爺さんみたいな生活』を送っているので、全く問題ない。と言うよりベッドに入れば五分と立たずに眠りに落ちる。途中で目が覚める事は滅多に無いが、あるとすれば隣の部屋の暁にトイレまでのエスコートに叩き起こされるぐらいか。
支給された歯ブラシで歯磨きを終えた頃には消灯時間も近くなっていた。私は歯ブラシをケースに仕舞って部屋に戻る事にした。
「じゃあ天龍、雷、電、また明日」
「おい、どこに行くんだ」
「ん? 私はもう寝ようと思うんだが」
部屋に帰ろうとする私を口に歯ブラシを突っ込んだままの天龍が引き止めた。
「だから、お前今日寝れねえだろ」
「一体何の話だ」
天龍は怪訝な顔をすると何か思い当たった様な顔になり、「まさか誰からも聞いてねえのか」と言った。私は誰かから何か聞いた覚えも無かったので、「聞いてない」と言った。すると彼女は歯ブラシを加えたまま器用にため息を吐いて言った。
「お前今日夜間警備担当だぞ」
初耳だった。
基本的に鎮守府では緊急を要する事態――侵入者や火事など――を除いて提督以外の人間が敷地を一歩でもまたぐ事は許されていない。各鎮守府の前には武装した兵隊が常駐しているが、彼らも一歩でも踏み入れば即時逮捕されてしまう。人類最後の希望と言うだけあって、艦娘は手厚く保護されているのだ。しかし、これだけの防御を敷いても鎮守府に何者かが忍び込む事態が有り得ないわけでは無い。事実、深海棲艦が艦娘に擬態して夜中に提督を殺害した事件があったらしい。そのような事件を未然に防ぐため、駆逐艦を除く艦娘達が一日交代のローテーションで夜間警備を行うというわけだ――深海棲艦が艦娘に擬態して忍び込んだ鎮守府でも夜間警備は当然していたが、深海棲艦は夜間警備担当の艦娘に擬態していた――
と言うか私は分類上フリゲート艦であって駆逐艦より小さい艦なのだが夜間警備は免除されないのだろうか? まあ見た目が立派な大人である以上仕方がないとも思うが、それならばせめて重巡や戦艦寮に移してもらいたい物である――駆逐艦達が嫌いなのでは無く、何か気恥ずかしい――
愚痴を言ってもやらなければならない事は変わらない。私は任された仕事は全力で行う主義だ。夜間警備にはそれなりの装備が必要になるはず。そこで私は艦内に人間達が置いて行ったコンバットアーマーのフルセットとサブマシンガンで武装して、乗組員のプロテクトロンを一体連れて行くことにした。チャールズを連れて行こうかとも思ったが、彼は大きすぎるし鎮守府の廊下が抜けでもしたら大変だ。それに排熱の問題もある。室内でフュージョン・コアを露出すればどういう事態になるか想像は容易だろう。コンスティチューションにはやたらと白兵戦装備が多いが、彼らは移乗攻撃でも行う気だったのか? いや、まさかね。
私は初めてこのコンバットアーマーという物を装備したが、見ためよりずっと着心地が良くて驚いた。裏地に張られたレザーのお陰だろうか。胴体の真ん中にペイントされた星マークも気に入っている。欠点はやはり重量か。海の上では着ない方がいいだろう、もし海に落ちたらそのまま海底に真っ逆さまだ。
暗い波止場を歩いて天龍の元へ向かう。彼女は私を夜間警備の待機室まで案内してくれるそうだ。話によると一時間に一回の巡回以外は待機室で休んでいていいらしい。だが夜間警備で一番きついのは待機時で、睡魔との戦いが最も過酷だそうだ。しばらく歩くと、天龍を見つけた。彼女は寮の入り口で両手を組んで壁に背を預けていた。
「待っててくれてありがとう、天龍」
「……戦争でも始めるつもりか? ロボットまで連れてきてよ」
「なに? 警備には武器がが必要ではないのか?」
「誰がトミーガン持ってロボット連れてこいって言ったよ!」
「ホアント ホウシニ ツトメマス」
電子音を鳴らすプロテクトロン。荒廃した世界では彼らが数少ない癒しだった。
「……まあいいや、行こうぜ」
「なんか疲れてないか?」
「誰のせいだと思ってんだ」
疲れた様に歩く天龍の後を追って待機室に向かう。彼女は夜間警備担当の艦娘は四人いると言っていたが後二人は誰なのだろうか。待機室の扉を開けると、二人はそこに居た。
「ハーイ、アイアンサイズ。久し振りネー」
「初めまして、アイアンサイズさん」
待機室のソファーに座っているのは金剛とよく金剛の隣で見かける黒髪の女性だった。金剛の事は知っているが、黒髪の彼女の事は知らなかった。
「ああ、君は?」
「金剛型三番艦、榛名と申します」
「私はアイアンサイズだ。よろしく」
黒髪の女性は榛名と言って金剛の妹らしい。確かによく見れば金剛に少し似ている――気がする。自己紹介を済ませた私はプロテクトロンをドアの横に待機させ、金剛達の向かいのソファーに座った。少し辺りを見回してみると、テレビやカゴに盛られたちょっとしたお菓子、棚には書籍や薄いパッケージの……ブルーレイとか言ったかな? が整然と並んでいた。軍事基地では中々お目に罹れない光景だろう。
「色々あるんだな、娯楽室みたいに」
「所々でガス抜きしないと潰れちゃうからネー」
「なんか映画とかやってねえのか?」
早速お菓子を摘まみながらリモコンを操作する天龍。しばらくして、「おっ、コマンドーやってるじゃん。好きなんだよコレ」と言ってチャンネルを合わせた。画面の中ではやたらと筋肉モリモリの男が電話ボックスを持ち上げていた。凄い筋肉だ。
少し頭が重くなってきたので、コンバットヘルメットを脱いでソファーの傍らに置いた。やはりこういう類の装備品は訓練を受けていないと長時間装着するのは少し辛いな。私も鍛練が足りないらしい。
「今更だけどサー、凄いHeavyな装備ネー」
「榛名もびっくりしました……」
「いや、加減が分からなくて、初めてだから」
私の想定した夜間警備と実際の物はかけ離れていた。考えてみればこの世界にレイダーやスーパーミュータントは居ないのだ。この世界にはもっと恐ろしいのも居るが。
「アイアンサイズさんってどんな世界から来たんですか?」
「あっ、俺も気になるな」
榛名の質問にテレビから顔を戻す天龍。金剛も興味津々といった顔で見ていた。しかし……何を話した物か、私はウェイストランドでの殆どの時間を銀行の上で座礁して過ごしたのだ。私の知っている世界などその辺りだけだった。
「緑色の巨人とブリキの兵隊が戦って、スカベンジャーを素手で爆散させる様な奴が居る世界だった」
「なんじゃそりゃ、世紀末覇者かよ」
世紀末覇者とは一体……? だが考えてみればネイトは世紀末の覇者と言えるのかも知れない。彼はタバコと鉄でベッドを作れると聞いたことがあるが、多分与太話だろう。
「なんだかよく分からない所から来たんですね!」
「榛名は直球すぎネー……」
榛名の言う事も最もだ。私の説明はかなり意味不明だっただろうが、私が説明べたという事実を除いてもこれ以上の説明は出来ない。少し前のめりになっていた姿勢を直すと、天龍が何かをテーブルの上に置いた。酒だった。
「おいおい、どこから持って来た? 不味いんじゃないか?」
「お約束って奴だ。お前も飲むだろ?」
「……ラム酒か」
「他にもあるぜ」
天龍は椅子の下に置いてあった鞄から次々と酒の瓶をテーブルに上げた。ウイスキー、ウオッカ、シードル――グラスは待機室の食器棚に沢山入っていた。ワイングラスやショットグラスがある所を見ると、提督が承認している気さえしてくる。実際そうなのかもしれないが。そもそもどこから持って来たんだ? 不思議に思う私をよそに天龍はグラスにウイスキーを注いでいた。どうやらロックで飲むつもりらしい。
「酒に強いんだな」
「世界水準超えてるからな」
「……天龍さん、下戸じゃありませんでしたっけ」
「多分カッコつけてるネー」
金剛の呟きに「カッ、カッコつけてねーし」と顔を赤らめて反撃する天龍。頬の赤みは恥ずかしさなのかアルコールからなのかは分からなかった。
どうも皆飲むようなので、私もウイスキーをショットグラスに注いで飲んだ。琥珀色の液体が喉を通り、心地よい温かさを与えてくれた。ちびちび飲んでいると、天龍が赤らんだ顔で私に言った。
「そう言えば、演習の報酬は何にしたんだ?」
演習の報酬。それは私達が前に行った横須賀鎮守府相手での演習に勝って、報酬として与えられた権利だ。この鎮守府では演習で勝てばある程度の要望を通す事が出来るチケットが配られる。天龍が聞いたのはそのチケットをどう使ったかという事だろう。因みにそのチケットで川内は夜戦を、加賀は焼肉屋の食べ放題券を要望した。休日に空母全員で行くそうだ。今はただ、不運な焼肉屋のがこれからも経営出来る事を祈るばかりである。その焼肉屋に取って唯一幸運なのは、空母艦娘達にしっかりとした理性が備わっている事か。その時に理性が働くかどうかは別として。
「私は乗組員、ボースンのマニュピレータを修理したよ」
「ロボットの修理か」
ボースンはコンスティチューションの甲板長だ。彼は本来あるべき三本のマニュピレータ全てを失っており、甲板長と言ってもできる事は甲板を飛び回って他の乗組員を鼓舞するぐらいだった。勿論鼓舞も大切だが、あまりに不憫なので提督から余った資材を貰い、それをもって明石の所へ行くと喜んで手を貸してくれた。数日後、完成したと言うので見に行くと、そこにはマニュピレータの一本から緊急修復材をぶちまけながら、「うわー」と言って回転するボースンがいた。明石、君は一体どんな改造をしたんだ!?
「アノ……」
プロテクトロンの声だった。彼は此方に歩み寄りつつ手首をくるくると回し、「ソロソロイチジカンデス」と言った。手持ちの懐中時計で確認すると、確かにその通りだった。
「ありがとう、プロテクトロン」
「便利なロボットだな」
「じゃあ、アイアンサイズと天龍は駆逐と軽巡寮、私たちは他を担当するネー」
「了解だ、プロテクトロンは待機室を守っていてくれ」
プロテクトロンを置いて部屋を出て、しばらく歩いた所で天龍が言った。
「連れてかねぇのか?」
「彼の足音でみんな起きてしまうよ」
「あー……確かにあれは大きすぎるか」
彼は駆動音がうるさく、少し歩いただけでも眠りを妨げるのに十分な音を出すのだ。それから我々はくだらない話をしながら歩き、駆逐艦達の部屋の前で天龍が言った。
「よし、アイアンサイズ。駆逐の部屋の前歩くときはわざと足音立てながら行くぞ」
「え、何故だ?」
「年頃の娘が寝ろって言われて大人しく寝るかと思うか? 俺達が部屋の前通るとき静かなら良いんだよ」
「寝ないと作戦に支障が出ないか?」
「駆逐も自己管理が出来ないほど馬鹿じゃねぇ、頃合いを見て寝るさ」
そう言って天龍は木板を踏み鳴らしながら進んで行く。こういった気遣いも彼女が駆逐のボスたる所以なのだろう。L字廊下を突き当たりまで進んで行くと、一つの扉が半開きになっているのが目に入った。確かこの部屋は誰も住んでおらず、空室だったはずだ。確認のため中に入ると、美しい銀髪の少女が開いた窓から外を眺めていた。傍らのサイドテーブルにはウォッカの瓶が置かれていた。私はその少女に見覚えがあった。
「……響?」
「っ……驚いたじゃないか、入るなら入ると言ってくれ。それに私はВерныйだ」
「べー……ベールヌイ?」
「ヴェールヌイだ」
後ろから天龍が補足してくれた。ヴェールヌイ? 聞きなれない名前だ。確か彼女は第六駆逐隊で、その仲間たちからは響と呼ばれていなかったか? だから私は響だと思ったのだ。驚いたと言ったが彼女は私達が足音を立てながら歩いてきたのに気が付かなかったのか? 酔っているのか?
疑問に思う私をよそに、天龍はВерныйに近づいて行った。
「他のチビと一緒に寝たと思ったぜ」
「彼女達はベッドに入ると直ぐに寝てしまうんだ」
寝なくていいのか? 私は疑問に思って言った。
「いや、消灯時間なんじゃないのか?」
「六駆は明日休みなんだ」
いくら休みと言えどもこの時間帯に少女がウォッカを景気よく飲む姿はどうしても違和感が拭えなかった――そもそも子供が飲酒する事に違和感がある――おまけに顔も全然赤くなっていない。天龍はグラス一杯で真っ赤なのに。
私はふと彼女が窓から何を見ていたのか気になって、Верныйの横に立って外を見ていた。窓から見えるのは大きな三日月が海に反射する姿だった。彼女はこれを私達の足音が聞こえないほど熱心に見ていたのか。
「綺麗だろう? ここは私のお気に入りなんだ。新しい駆逐艦が来たら此処に入るだろうから、それまでに見納めしておくんだ」
「確かに綺麗だ。だがウォッカは……」
「飲むなって? アイアンサイズさん、私も貴方もいつ死ぬか分からないんだ。楽しめる時に楽しむべきだよ」
ここに来て私がВерныйに抱いていた違和感が飲酒では無いと分かった。違和感の元は彼女の纏うどこか達観した雰囲気だ。彼女は自らの死も、周りの死さえ覚悟している様な感じだった。誤解してほしくないが、諦めでは無く覚悟だ。その両者は大きく異なる。諦めは足を止めるが、覚悟は前へと進む勇気をくれる。
「まあ程々にしておけよ、飲んでいいのはその一本までだ」
「これが最後の一本だ、天龍さん」
Верныйを部屋に残して我々は来た道を戻った。すると白露型の部屋の前を通過した時、不意に扉が開いた。扉を開けたのは春雨だった。彼女は頬を桜色に染めて小さな声で言った。
「あの……トイレ、ついて来てほしいです」
「トイレ?」
駆逐艦寮からトイレまでは少し距離がある。子供が真っ暗な中を進むのは怖いのだろう。暁だって私の袖を握り閉めながらトイレまで行くのだから。
「しょうがねえなぁ。アイアンサイズ、先に戻っといてくれ」
「いえ、アイアンサイズさんの方が……あまりお話したことないので……」
「おっ、そうか。じゃあ先に戻っとくからな」
そう言って天龍は待機室の方向へと歩いて行った。トイレと待機室は逆の方向だ。春雨とトイレに向かっていると、彼女は妙な質問をした。
「……アイアンサイズさん、深海棲艦についてどう思います?」
「……どう、って?」
どうにも春雨の様子がおかしい気がした。トイレまでついて来てくれと言う割に怖がっている様子が無かった。大人が隣に居るからか?
「深海棲艦と戦い続けて、人間に勝ち目があると思いますか? 深海棲艦との戦いは完全に消耗戦です。私達は数に限りがあるのに、深海棲艦には無い。倒しても倒してもまた何処かから湧いてくるのです」
「案外人間が同士討ちで戦争が終わるかもしれないぞ。何処かの誰かが自暴自棄で核のスイッチを押すかも」
「……もし深海棲艦との和平が望めるなら、どうしますか?」
深海棲艦との和平。それは願っても無い事だ。しかし残念な事にこれまで深海棲艦が和平交渉に応じた事は一度も無い。ただの一度もだ。
「私はそれを決める立場にないが、もし和平のチャンスがあるならそうするべきだろうね」
「……そうですか」
話している内にトイレに着いていたらしく、春雨はトイレへと入って行った。しばらくして春雨が出てきたが、今度は特におかしな様子は無かった。そのまま部屋に送り届けて一回目の夜間警備は終わり、結局朝まで続いた夜間警備で異常は無かった。ただ一点、春雨の様子がおかしかった事を除いて。
元ネタとか注釈
・コマンドー
アーノルド・シュワルツェネッガー主演のアクション映画。シュワちゃんの転機となった映画。様々な有名台詞が多く、語録となっている。某所で迂闊に使うと一瞬で市場が制圧される。『プレデター』や『トゥルーライズ』語録もある。