「外に出かけるわよ」
思いもよらぬ言葉を放ったのは香桜だった。ブラハムは、ただただ目を点にして不思議がる。
「え・・・?どうしたのカオ?いきなり」
「どうしたもこーしたもじゃ無いわよ。あんたの誕生日なんだから、ちゃんとお祝いしなきゃ。さ、出かけるわよ」
戸惑う吸血鬼、全く話についていけない様子。そして彼女のある事を思い出す。
「え、カオってさ、夜で歩くの嫌いじゃなかった?」
そう。時刻はじき午後10時だ。以前この男は目の前の少女を夜に連れ回しお怒りを受けた事があった。無論目の前の少女からだ。だから、今夜出かけようなどと言うことに些か以上に疑念を感じた。
「ん?そりゃあまり好きじゃ無いけど。ブラハムの誕生日だから。どこか美味しい物でも食べに行きましょ?」
効果は無かったようだ。別状、ブラハムは外に出る分には何も問題はなかった。だが、手紙の内容の事にもまだ気になっていた。思わずの提案に少しだけ驚いたのだ。
「―――わかった。それじゃあ、出かけよう」
ブラハムの笑顔に、香桜も応えるように笑う。どうやら彼女も、この男の笑顔が大好きなようだ。
◆
貸切になったあるホテル。駅前に位置したそこは人通りもよく、たいへん賑わうであろう。そこを貸し切るのだ、生半可な金額では無理。その最上階のレストラン。コックや従業員以外はほぼ無人。テーブルに座るのはカソック姿の青年と女性だけ。
「来ませんが」
「来ないな」
おかしいなー、と頭をポリポリとかく男。女は呆れるようにため息を漏らす。
「だから言ったではありませんか。あんな見え見えの罠に引っかかるのは小学生くらいだと」
「は?誕生日なんだから純粋に嬉しいだろフツー。それに美味いご馳走と来た。誰でも引っかかるよ。俺でも引っかかると思う」
「―――それは貴方が小学生レベルの頭だからですよ」
ホテル最上階。その夜景の華やかさとは真逆。2人虚しく、作戦失敗を味わうのであった。
◇
暗い闇。都市部である城付近の街から離れると、福山は一気に田舎になる。
電灯すらない野の道。いや、ソレは山の下道を行く故ではあるが。それでも、福山は中心部以外の街は隔てなくドが付くほどの田舎と言えよう。ひたすらの田園地帯、ひたすらの川や整備のされていないアスファルト。それら全ての事実を容認せしめる山。
「蔵王山」と呼ばれるそこは地元のその筋の人間には有名な自殺の名所だ。その筋、と言うのは敢えて控えるが。まぁ、あまり縁起のいい所ではない。
「はっ、はっ、は―――」
ノースリーブのランニングシャツを身に包む少女。
夏の夜。蒸し蒸しとした暑い今晩。汗を滝のように垂れ流す。
見ればランニングの最中なのだと誰でもわかるであろう。それほどまでに、彼女の呼吸の荒さと顔つきや眼差しは真剣だった。
ようやくの電灯。その光に晒されたタイミングを見計らって、腕に付けた時計を覗く。
「22時半か、ざっと1時間」
1時間。早いように思えて意外と長い。一般人ならとうに疲労でいっぱいいっぱいだろう。しかし、少女は慣れているのか、眉一つ動かさず視線を目の前に戻し、更にスピードを上げる。どうやら1時間毎に、スピードのギアを一段階上げるように決めているようだ。
「あと2時間。」
戒めのように、しかしながらどうでもよさそうに。少女は一言だけ口にした。