空想の顕現を肯定。
全工程―――完了。コレより、秩序の発現を許可します。
◇
目を開くとそこは見覚えのある光景だった。
向日葵の群、乱立する風車、流れる小川。
あぁ、成功したのか。私は、彼の切り札を創り出せたのだ―――。
「な―――」
今度は2人の絶句。
代行者と死徒2人による物だ。先程、顕現した事実を抹消された世界。ブラハム・レコッツの心象が、今再び具現したのだ。
「馬鹿な―――、どういう事だ!?いや、展開したとしても既に10秒は経過している。魔力の維持が不可能な筈だ!お前何をした!?」
「―――わからない。僕じゃない。この心象世界は確かに僕の物だ。降る雨も間違いなく。寸分違わず“太陽の死徒”だ。けど、僕が展開したものでは無い。僕の魔力維持により成立している世界ではないんだ」
有り得ないと頭を掻き毟る代行者。
また有り得ないと周囲を見渡しては事実を肯定せざるを得ない吸血鬼。
また、当然のようにこの事象を眺める少女。
この世界は紛れもなく、死徒ブラハム・レコッツの心象風景“
唯一異なる事があるとすれば、それは展開した人間の違いであろう。
「私が創った世界だもの。ブラハム、貴方がこの現象を理解出来ないのも無理ないわ」
少女は彼らの疑問に答える。自分が創り出した世界なのだと。
そしてそれは事実であった。
この現象はあくまで、少女の空想を具現しただけ。それ以上でもそれ以下でもない。
しかし、この現象には無理などない。
なぜならこの現象は
「お嬢さんが創った??ヤツと同じ心象風景を!?」
「不可能だカオ!仮に君にも固有結界が展開出来たとして、他人と全く同じ心象な筈がない!」
2人の意見は正しい。
他人と全く同じ固有結界など存在する筈がない。心象風景とは術者の心の在り方、心情や元となる思い出や経験。それら全てを総じて構成される世界である。故に、全く同一の心象世界とは有り得ないのである。
「違う。これは私の心象風景なんて物じゃ無いわ。この世界は間違いなく貴方の物。創ったのが私なだけで、私の世界じゃないもの」
「創った!?お嬢さん、他人の心象風景を自在に創り出せるなんて事は不可能なんだぜ?お嬢さんが創るならお嬢さんの心象風景。コイツと同じ物は創り出せ無い」
「そう創りました。不可能じゃないわ。ただそう言う事が可能だからそうしたまで。私にもよくはわからないわ」
度し難い現実だが、事実である以上認めねばならない。テオルバスは納得いっていない。だが、この心象風景が本物なのも事実。
「自分でもわからない、か。―――うん。お嬢さん、やっぱりアンタは危険だ。最優先排除対象に切り替えるとしよう」
テオルバスが走る。身動きが取れない少女に向かって。だが、動けない事実など最早どうでもいい。だって意味ないもの。
「カオ!!!」
「それも無駄。貴方はここまで来れない」
悲しきかな。事実、代行者は少女へと辿り着けないでいた。その距離、実に残り5メートル弱。本来なら一秒と経たず辿りつけよう距離だ。
「―――なんでだ。なんで立てないんだ」
テオルバス・レムドールは立ち上がる事が出来ないでいた。いや、正確には、
「なんでだ―――なんで立ち上がる度に転げるんだ?!」
「私にそれを強制する権利があるから。貴方の意思なんて関係なく、貴方は転げ続ける」
有り得ない。有り得ない。有り得ない。
なんだコレは、なんだこの現象は。この俺が、埋葬機関第4位のこの俺が。立ち上がる事すらままならないなんて、どういう因果だ!?
摂理すら飛び越えた。秩序など俺の前には全てが無意味だった。理を意に介さないこの身体。変化を許さず、死を許容しないこの駄体。
何故だ、何故だ俺を縛る事を可能とする!?この少女は、―――なんなんだ!?なんだと言うんだ!?
「貴方は“転げ続ける”。そう言う現象を強制しただけよ。私には、その権利がある」
「権利―――だと?いや、有り得ないだろう。それはあってはならない力だ。それを行使する事は人間には不可能。幻想種でもない限り死徒でも不可能な程の奇―――」
瞬間。血液が津波の如くテオルバスの身体を襲う。
「―――なっ」
気づいた時にはもう遅い。
彼の体は、外的な変化が無効化される。そう言う仕組みになっている。ならば、彼を取り巻く環境で彼を無力化するしか無いのだ。
故に―――
「そういう事か―――」
血液操作の魔術特性。ある死徒からブラハムがコピーした能力だ。血液の状態から性質にかけて、霊長類の血液に対するすべての権利を振るえる能力だ。
もしも今、血液を流体から個体に変化させたなら、テオルバス・レムドールはどうなってしまうだろうか?
「動けないね」
「当たり前だ。お前が無敵たる
血液を流体から個体へと変化させた事。津波のように襲いかかり身体中に絡みに絡まった流体が個体化した事により、テオルバスは身動きが不可能になった。
「なるほどね・・・そのお嬢さんの力も理解が行った。―――確かに、アンタなら可能な力だよ。そうなってくると、俺はお嬢さんへ危害を加えられなくなるわけだ」
「―――?どういう事?」
「いや。それはいずれ自分自身で気づく時が来る。俺がとやかく言うことではないのさ」
代行者はもはや抵抗する気などは微塵もない。殺気も無ければやる気も無い。無力な自身の状態を理解しており、これ以上の抵抗は無意味だと理解していた。
そして彼の中では、新たな感情が芽生え始めていた。
「ふふふ・・・」
「―――ん?どうしたテオルバス、死なないからって余裕だな?」
唐突にほくそ笑む代行者。彼の中には今、二つの感情が嵐の如く渦巻いている。
一つは―――
「いやね?
「―――は?え、ちょ、今なん―――」
ブラハムの言葉を遮るように自身の質問に移る。
「どういうこと?同種って」
香桜はテオの言葉に関心があった。テオは、もしかしたら自身の
「そこの間抜けから聞いてない?俺の事。
俺はね、この世の法則や秩序に反する身体の持ち主だ。言ってしまえば、俺の身体はコレより先の時間に行かないんだ」
テオルバス・レムドールの存在は異質すぎる。彼の身体は文字通り、
彼の身体は、ある病により蝕まれている。病というよりは呪い。彼の身体には、“時”と言う概念が適応されないのだ。
死なない。とはそういう事。
テオルバスが戦闘により、頭部の切断が成されたとする。通常なら当たり前のように死ぬ。だが、テオルバスは頭部の切断そのものが
呪いを病んだその瞬間のテオルバスの身体状態から、世界は彼をそれ以上の変化を認めなくなった。故に、頭部の切断と言う変化を許容出来なくなる。
コレが、彼の異質さ。彼を彼たらしめる所以だ。
「君はアレだ。俺と同じく世界における異質な存在なんだ。君のそれも、世界のあらゆる法則の無視であり、秩序の再現に他ならないのだから」
テオルバスが彼女に抱く感情の一つ。それは“同族愛”、“仲間意識”と言ったものだ。
「いいよ、俺の負けだ。約束なんてして無いけど、誓うよ。アンタがコイツの主人である限り、俺はコイツを狙わねえ」
「な―――」
絶句するブラハム。それを他所に話を進める2人。
「わかったわ。じゃあ、貴方は彼を襲わないのね?貴方の部下の彼女も?」
「あぁ、そういう風に命じるよ」
「ありがとう。それじゃあ可哀想だし、この拘束は解くわね」
展開の早さに付いていけないブラハム。ただ、先ほどの主人の一言にどうしても納得がいかなかった。
「ダメだカオ!コイツが約束を守ると思うかい!?そんな簡単に解いては―――」
「もう解いた」
時既に遅し。先程までカチンコチンに凝固していた血液は、元通り流体と化している。と言うか、なんでカオは僕の仕掛けた魔術を無効化出来るの!?
「さて。一段落した事で、俺から
「おい。だからなんだ、そのカオさ―――」
再びブラハムの言い分は遮られ、香桜はテオルバスの提案とやらを聞くことにした。
「何かしら?」
テオルバスが、彼女に抱く二つ目の感情。
それは―――
「率直に言います。俺とお付き合いしてください!」
“恋心”である。