「天使とは神の御使い。言わば神の
唖然の一言に尽きた。天使、天使。それは、全く予想だにしなかった答えであった。
「―――いや、正直驚いた。天使、か。なるほど。確かにそれであれば神々の権能すら行使できて然るべき存在だろう。そして、世界を創造した彼らであれば、世界からの修正は働かない。全くもって理にかなった答えだ」
ブラハムはそう言うが、正直なところ、私自身これといった実感を持ててはいない。彼はもともと私が普通の人間ではないことを見抜いていた。けれど私本人は、自身がただの人間であるということを信じて疑わなかった。真実を受け入れるのに時間がかかること、受け入れる際それに時差が生じるのもそれが起因している。
「加えてこの子は、その中でもさらに特別な存在だ。本来なら如何な天使との混血といえど、権能を十全に振るうことは困難なのだ。神秘が消失し行く今、神性を帯びた善性概念その実像幻想は、力の低下を余儀なくされている。それは、
「―――な…。まさか、」
「そのまさか、だ。血が薄れるのなら、
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血が薄れゆく。神の性質、それを帯びたDNAが、代を重ねる都度に薄れゆく。それは真理だ。天照の末裔たる一族も西暦以前まで、またそれ以降の時代も、僅かながら奇妙な力を行使していたと聞く。だが、彼らは廃れた。自身に宿る神秘、その消失を是とした。そして、我々の一族はそれを受け入れなかっただけ。我々はその尊血を守り抜くために、多種多様な魔術系統を取り込んだ。そうすれば解決策、この血を存続するための方法が見つかると。―――そうして見つけた。神秘を守るのではない。
その子が生まれたのは偶然などではない。初めから、いや、そもそもこれは決定事項であった。そうでなければ、彼らの血は途絶えてしまう。だからこの結論に至ることは至極当然である。南香桜がこの世に誕生したのは、全てこのため。彼女は生まれるべくして生まれ、南に流れる尊血を守るために生を受けた。神秘を継承し、彼女を用いて根源に至ろうとした一人の魔術師の企みによって、彼女は生まれたのだ。単一性能…。その点のみで云えば、南香桜の存在はホムンクルスや使い魔と何ら変わりない。魔術的実験。魔術師、南権四朗が根源に至るためだけに用意された、一つの道具だ。
古くから福山に根ざした魔術一家。その一族は南と同様、神秘を身に宿した一族だった。権四朗はその一族を利用することにした。そしてそれを、当時の当主たる一族の魔術師は受け入れた。互いに根源に至るため、互いを利用しつくそうという腹だ。そうして胎盤として得た女、南香桜の母、南
そして同年、協力関係にあった一族も、無事に跡取りを授かる。―――だが、その跡取りとなる少女こそ、南の傑作をも上回る存在になるとも知らず。それは、生誕より6年の年月を数える夏の日。この話は、また後日。
しかし、その事実とは裏腹に、南香桜は内心安堵していた。
有り得ないだろう。と、南香桜は内心憤慨の念を吐く。だがそれは事実。南香桜は一切の事実に対して、芥ほどの憤りすらも感じていないのだから。
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“オレ、言うなればお前の誕生。それは神秘も減ったくれもない、まごうことなき人為的なものだ。自分の誕生秘話に絶望する日が来るなんて夢にも思わなかっただろう。ま当然の反応だろうさ。お前みたいな弱い人間が、こんな裏切り、信じていた、信じさせられていた事実が、全て崩れ落ちる様を、平常心でいられるはずがない。安心しろ。俺はお前を罵っているわけじゃない。逆に、励ましているくらいだ。同情するぜ。自身に植え付けられていた両親との記憶はすべて偽物、全てがでっち上げ。自身を唯一自身たらしめる記憶が、自身を証明するための人生譚が、偽りだらけの道化と来た。そりゃあ、自我だって崩壊してもおかしくない告白さ。―――今の話は、お前の存在意義を断定したんだ。単なる道具だって、俺たちはそのために生まれたんだって。俺の、俺たちの在り方は、俺たちが決める以前に決定されていたんだって!わかるだろ?なぁ、おい。お前に与えられた役割は『道』を開くだけ。逆説的に言うなら、それが済んだら用済みだって事だ!!自分の存在がいかに無駄で、いかに無意味で、いかに無様か、お前も理解しているはず。いや、俺と同調しているなら理解していないはずがない。なのに!何故お前はそうも平気でいられる!何故お前には怒りが存在しないんだ香桜!!?”
それは、きっと―――私は今、幸せだからだと思う。私、貴方のように物事を深く考えれない。だってそれは、貴方が言うように私は弱いから。自身の目の前の事だけで手一杯。先の先のことまで考えてたりしてたら、きっと私は壊れちゃう。だって、自分の弱さとすら向き合えなかった私が、自身の強さを求めようとなんてしない。私は強くなりたかったわけじゃないもの。私は、自分が嫌で嫌で仕方なくて、頑なに自己を嫌悪していただけなのだ。
救いなんて求めてはいない。だってそれは、救われる方が弱者で、私が弱者だと肯定することになるから。だからそもそも向き合わない。私のソレは、私には関係のないものだと認識する他、逃れる手段がなかったからだ。ほら、自己矛盾。弱いのは嫌いなのに、そも強くなろうとしない。それは自分が弱いと認めたくないからで、そんなことは考えないようにしてはいるが、そんな自分が、どうしても好きになれない。
だから私は、“今”さえ良ければ充実なんだ。誰もが羨む幸せは、きっと私にとってもそうなんだろうけど、私には必要ない。誰もが羨むということは、それだけで需要が膨大だ。そんな高価な幸せなんかより、私には日常が似合っている。
幸せなんかじゃなくていい。幸福と感じられなくともいい。ただ私は、今が良ければそれでいい。何でもないあの日常が、彼と過ごした日々が、私にとっては満ち足りた幸福の毎日だったんだから。さっき、同調とか言ってたね。それなら、貴方にも感じれた筈。私の気持ちも、貴方は理解できる筈。
―――その通りだ。あの感情は本物だ。彼女が日々感じる
何が弱い―――だ。君は、強い人間じゃないか。