鬼子   作:なんばノア

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形容するなら闇。いや、ソレは真実闇とは異なる物だとはっきりわかってはいた。

ただ、黒く。黒く繕われたその巨大な体。それはまさに、ちっぽけな俺から見れば深淵に他ならなかった。

日も暮れて、闇が深くなるこの時間帯だ。その化け物じみた生物が、狂おしい程愛しく想う人間に見えても不思議じゃない。なすがままに、そいつは俺に覆いかぶさった。

あぁ、その日の晩はとても心地よく、―――夢のような一晩だったと記憶している。

 

 

 

 

 

■ ■

 

 

 

 

PM 19:20頃

 

駅前に店を構える、ちょっとした小洒落た居酒屋。そこに集まったのは奇人が3人と私。

 

「おう、姉ちゃん。このフレッシュトマトのゆずマヨサラダっての一つ頼むわ。トマト抜きでな」

トマトサラダをトマト抜きで頼むという暴挙を何の躊躇いもなくやってのけたこの男、多治米恭一(タジメキョウイチ)。大柄で強面、いかにも(やから)のような雰囲気を身にまとった私の先輩の先輩。

頼りがいがあり、周囲への面倒見がとてもいい。そんな性格からかこの人の周りには人が集まる。仲間内からは、私も含め親しみを込めて彼の事を「キョウさん」と呼んでいる。

「ちょっと恭一さぁん。トマトサラダなのにトマト抜いちゃうと、ただのサラダじゃない。ちゃんとトマト入れましょうよ」

私と全く同じツッコミを入れたコチラも大柄な男宇陀浩史(ウダコウジ)。去年まで私と同じ高校に通っていた私の先輩。何故女子のような喋り方なのかという問への答えだが、―――まぁ、所謂(いわゆる)「おねぇ」と言うやつだ。しかし人がいいのか親切かつ厄介事を引き受けたがる性格。皆からは「ウダねー」と呼ばれて親しまれている。

「やかましいわ。俺は生のトマトが大っ嫌いなんだよ。あの皮がな、なんとも言えねぇ不快感を生みやがる。」

そう言い、キョウさんは右手で手前に置いていたジョッキグラスを持ち上げ中身のトマトジュースを飲み干す。

「トマトジュースは最高だけどな!!ハッハッハ!なぁ、お前もそう思うだろ?レイカ」

「トマトジュースっすか、まぁ嫌いじゃないっすけど。」

そして、私にとって最も頼れる先輩であり、友人でもある、柴月麗華だ。

「つーか、なんでいっつも居酒屋なんすか?ウチらの中で酒飲めるのキョウさんだけじゃないっすか。年齢的に(・・・・)

「ん。お前ら俺が酒を飲む所を見たことあるか?俺ァコイツだけで生きていけんのよ。」

先程までトマトジュースの入っていたグラスを、人差し指でコンコンと啄く。

いや、麗華先輩が言っていたのはそういう事じゃない気がするけど・・・まぁいいか。

「おい。それよりお前ら、今度これに出ねぇ?」

キョウさんがテーブルの上に差し出したのはあるパンフレット。

「コレ、八月の末辺りにアリーナで開かれるバスケの大会なんだけどよ。西谷のバカも誘ってみんなで出ねぇか?」

それはイベントとして催されるバスケットボールの大会であった。

大会というよりお祭りに近いイベントであり、出場する選手は様々。現役の選手も参加すれば、過去にバスケを嗜んでいた者も然り。基本的にルールは公式の物と変わらず、現役であろうが体格のいい大人が相手であろうがハンデなどは一切ない。10分4クォーター制。大凡が高校バスケのルールに則った物となっている。

 

―――何故、こんなにも詳しいのか疑問を抱いた人も少なくはないだろう。

私を何も出来ない女だと見縊(みくび)らないで貰いたい。これでも中学の3年間はバスケ部に所属しており、3年生の時にはチームのレギュラー選手にもなっていた。因みに、ここに居る人間は皆、過去バスケを嗜んでいた者達だ。キョウさんと宇陀姉さんに至っては高校バスケを経験しており、うちの高校を県大会へと導いた世代の人間だ。

「うーん、バスケかぁー。3年もやってないからブランクヤバいなぁ。」

「大丈夫だろ。俺だって3年のブランクだ。」

「キョウさん達とウチらを比べないで下さいよ。アンタら2人はもう別格でしょー。福山にキョウさんとうだねーを超えるフォワードは居ませんよ。」

「あら、言ってくれるじゃない。レイカちゃんこそ、当時貴方より優れたガードは居なかったわよ?女バスの中でも飛び抜けてたし。下手したら、男バス(ウチら)のガードより上手かったんじゃない??」

「あぁぁぁぁ!溝渕(みぞぶち)の話はマジで勘弁して下さいよぉ~!」

そうこうしてるうちに注文の品を届けに、定員の女性がテーブルの前まで来た。

「お待たせしました~、フレッシュトマトのゆずマヨサラダのトマト抜きです」

トマト抜きトマトサラダが届いてか、宇陀姉さんの顔つきが変わった。

「それより恭一さん。アタシらを呼んだ理由って一体何よ?」

ソレは私も気になっていた事であった。まさかバスケの大会の話のために集めたわけでは無かろうと。その程度のようなら電話で済む話だ。恐らく、仲間内の人間に直接話さなければならないような要件なのだろう。

「―――お前ら、最近妙な外国人見たりしてねぇか?」

瞬間、背筋が凍りつく程の寒気が全身を襲った。

あまりにも身に覚えがありそうな話であったからだ。そして脳裏にはあの間抜けヅラの居候を想像した。

まずい、目が泳いでいるのが自分でもわかる。

「黒い牧師様みてぇな格好した、ガキのような(ツラ)したヤツだ。

一昨日、ウチの若いモンが職質(しょくしつ)まがいの事されてな。勿論アイツら馬鹿なもんだから、’’ガキが舐めたこと言ってんなよ?,,つっていざこざ起こして、若いの2人共が病院送りにされたわけよ。」

牧師―――?うーん、牧師ではないかなぁ。別人だろうか、多分ブラハムの事ではないかな?と、少しばかり安堵。ため息をつくにはまだ早いので、スッと肩を下ろした。

「えー?その坊や凶器でも持ってたのかしら?」

「いいや素手だ。」

既に察している人もいるだろうが、その通り。多治米恭一先輩、キョウさんの家は所謂、世間一般に暴力団と呼ばれている仕事柄の家だ。そしてキョウさんはその組長の一人息子であり、同時に若頭と呼ばれている。

そしてその暴力団員である2人の男を、素手で甚振ったと言う牧師姿の少年。

「ふーん、そんで?ソイツに気を付けろって話っすか?」

「気を付けろって、お前と宇陀の心配はしてねぇよ。あと呼んだのに来やがらねぇ西谷のアホもな。心配なのは香桜と美香子だ。カオ、美香子と夏休みなんか予定でもあるか?」

美香子―――とは、私と同じクラスの親しい友人の1人である、茅野 美香子の事だ。

「いいや、特に無いですけど。」

と言うか、あの子は自由奔放と言うか。その日にいきなり電話をかけてきて予定を付けたりしてくるなどワンパクな人間だから。早いうちからの予定など珍しい事なのである。

「あ、それならアタシ。明後日美香子と勉強する予定があるから。伝言でしょ?任せろっすよ。」

「あら、レイカちゃん受験勉強?偉いわねぇ、アタシもその日暇だし教えてあげましょうか?」

「おっ、うだねーサンキュっ!なぁ、香桜もウチ来るか?」

「うーん、今のところ予定は無いですけど。最近何かと忙しいんで、行けなかったら予定が入ったと思ってください。その時はすみません。」

まさか、居候の吸血鬼に連れ回されている―――。など、言えるわけもないので、予定という事についてはあえて深くは言わない。

「なんだ?香桜。バイトでも始めたのか。偉いな。麗華も見習ってバイトでも始めたらどうだ?」

「あの、人の話聞いてましたか?受験勉強で大変なんですよこっちは!」

そう吐き捨て机を軽く叩いた。

キョウさんは「そんなに怒んなよ。」と笑いながら次のトマトジュースを頼む。

「でも偉いわねぇカオちゃん。バイトなんて大変でしょう?」

「いや、そんな事はないですよ。」

まぁ、大変といえば大変だった。まさか、深夜の徘徊など。生活リズムは狂うし、夜更しはあまり好きじゃないし。それに、あんな残酷な現実を体験するなんて・・・・・・。―――でも、

「確かに、最初は大変でしたよ。慣れない事ばかりで、訳が分からなくなったら理不尽に相方にと怒ったりした事もあったけど。それ以上に大切な事にも気づけたり、自分を見直す機会を貰えたりと、嫌なことだらけじゃないので。―――今は辛くないですよ」

宇陀姉さんと麗華先輩はふーん、と軽い相槌を打ち返事をした。

「お待たせしました~、こちらトマトジュースです~」

「さ、お前らも飲め飲め食え食え。今日は俺が奢ってやるよ。」

などと、こういった集まりの時は何時も奢ってくれているキョウさんが気前よく声を上げた。まぁ、人に奢ってもらう以上、注文を頼まないというのは失礼にあたる。逆に頼みすぎるのも悪いので、申し訳程度に注文をとることにした。

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで話も進み、時刻は20時45分。今回の集まりは幕を閉じた。

今回の議題、「妙な外国人に気を付けろ」という話。概ねがその話であり、またバスケットのイベントの話であった。

結局、最後まで西谷と美香子ちゃんは来ないまま終了したが。美香子ちゃんは麗華先輩が忠告してくれるので安心だし、西谷においては心配いらないだろう。あの男、西谷翔はたいへん屈強な人間である。

実際にこの目で見たことなどはないが、彼が喧嘩ごと等で負けたという話は聞いたことないし、キョウさんが太鼓判を押すほどの男だ。心配する必要が無い。

「なぁ、香桜」

私と麗華先輩は家が近所であるため、毎度毎度こういう帰りは共にしている。

「なんですか先輩?」

「なんで西谷は今日来なかったんだろうな。」

「なんでって・・・・・・」

あいつの事情なんてわからないし知るはずもない。無論何故かなどはわかるはずもなかった。

「何か用事があったとか・・・?」

「んー、それならいいんだけどよー。」

「―――だけど?」

ポケットに突っ込んでいた右手を取り出し、後頭部を無造作に掻き毟る。コレは麗華先輩の癖だ。考え事などする際はいつもこう。決まって右手で数秒、自分の後頭部に手を置き掻き毟る。そして決まって、その考え事は―――

「なーんか、嫌な予感がするんだよなぁ。」

麗華先輩の勘による物だ。

実際、この人の勘はよく当たる。それはちょっとした事から重要な事まで様々。予知能力でもあるのではないかと思えてくるほど、この人の勘ほど頼りになる物はない位に。

「先輩の勘てよく当たりますからねー。嫌な予感ってどんなです?風邪でも引いたんですかね?」

「いや、馬鹿は風邪引かねぇーってよく言うし。多分違う」

よく人の事を言えるなこの人も・・・。とは思ったが口にはしない。

ご存知の通り、柴月麗華は頭が悪い。持ち前の勘の良さも勉強には生かせず、学問の面では八方塞がりといった状態だ。そのため、彼女の受験勉強のために多くの人が先生として買って出ているのだ。まぁ、その、私もその中の1人なのだが。

「まぁ、アイツの事だ。どうせ何でもない事だろうよ。」

私も、特に心配はしていなかった。西谷翔は見た目通りの人間で、何一つ悩みなどもなく、敵も少ない。そして、何よりあのポジティブ思考。アレを(へこ)ます事が出来る人間などそういないだろう。だから心配は全くしていなかったし、今日の彼が来なかった違和感なども次の日には忘れていた。

まさか、あのような事態の元凶となる事件が起きていたとは、予想だにもせず。それを知ったのは今から数ヶ月程先の冬の事だ―――。

 

 

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