IS【Three Heroes ~白・黒・灰~】 作:オブライエン
彼の意識の深奥にある「灰」は、死がそこに迫った時に己を取り巻いていた色だ。
大地を覆う粉塵と、空を覆う煙。
少年は、その灰の只中で独り死にかけていた。
崩れ落ちた瓦礫が、左腕を潰してしまっていた。彼は自身の血で血だまりに体を浸し、仰向けになったまま、彼は思う。
――ああ。ぼくは、死ぬのか。
自身のことだというのに、それは極めて俯瞰的な思考だった。
廃墟になった街を思う。かつては自分が暮らしていた場所。小さいけれど温かかった、彼の世界の全て。光が一度瞬いただけで、炎と瓦礫が支配する地獄へと姿を変えてしまった。父や母、みんなが塵のように死んでしまった。
意識が朦朧とし、記憶が混濁していく。頭の中に靄がかかり、あとはただ、誰にも見守られず死にゆくのみ。
その時、白い騎士を見た気がした。
夢かもしれない、とは思わなった。こんなところにそんなものがいるわけがないとも。
彼は直後、ほとんど無意識に左手を伸ばした。
例え意味など無くとも、まだ生きているから。生きているなら、まだ何かができる筈だから。彼の頭の中にはただそれだけがあった。上げられた左手はひらひらと虚空を踊り、瀕死の蝶のように炎に照らされた。
生きている。
まだ。
なら、戦わないと。
このまま終わるのは許されない。
恐い。
痛みが怖い。
感覚が消えていくのが恐い。
他の皆と同じなるのが恐い。
――――そして、無意味に消えることが何よりも恐ろしい。
恐いままでいい。痛いままでいい。その上で、もう一度立たないと。だって、この手はまだ―――
――自分の意志で、戦ってすらいないのだから。
その意思を、誰かが証明した。
「生きたいか?」
問う者の声は、幻聴ではなく確かにあった。彼女がいつからそこにいたのかなんてわからない。
覗き込む顔。灰色の煙が切れ、見えた空の色は、嘘みたいな朝焼けの赤だった。その逆光を背負い、彼女の表情はよく見えなかった。
声は出ない。
頷く力さえない。
だから彼は、突き出した左手で拳を作った。強く、命あるものの意地であるかのように、強く。
「いいだろう。……私と、来い」
拳に、そっと彼女の手が重なる。
その先のことはよく覚えていない。だが、彼女の手の温かさは、今でも鮮明に思い出すことができる。
それは十年近く前の、彼の始まりの記憶だ。
「…………久しぶりだな。あの時の夢を見るのは……」
半身を起して、頭を軽く振る。
少年――シオン・スミカは自身の左腕を見る。そこにあるのは機械仕掛けの自分の左腕だ。
左腕が、痛い。
光学神経と人工筋肉、合成骨格などの機械部品で造られた人ならぬパーツが、命あるものにしか有りえない痛みを発し続けていた。幻肢痛(ファントム・ペイン)と言われる、体の欠損した者だけが味わう、失った部位を求め、発せられるある筈のない痛みだ。
シオンは、痛みを発し続ける左腕を無理に動かして、自身の首に巻かれた灰色の首輪を強く握りしめる。
(久しぶりに師匠(せんせい)に会うんだ。情けないところは見せたくない)
今の自分は昔とは違うと言い聞かせる。
自分はあの人に救われて、新しい腕と戦うための力を貰ったのだ。戦うことも出来ずに何もかも奪われた無力だったあの頃とは何もかもが違う。過去の記憶などに怯える必要などないのだ。
だから、自分を変えてくれた恩人の前で、こんな情けない姿を見せるわけにはいかない。あの人には、強くなった自分の姿を見て貰いたいのだ。
(それに、あの二人共にも久しぶりに会うことになるわけだし)
二人の幼馴染の姿を思い浮かべる。
一人とは六年前に、もう一人とは二年前に別れたきり一度も会っていなかったが、二人の幼馴染はシオンにとっては家族に等しい大切な人達だ。
「元気にしてるかなぁ、一夏に箒ちゃん」
二人のことを考えると自然に笑みがこぼれた。これからの過ごす日々が少しだけ、楽しみになった。
――気が付けば、左腕の痛みは消えていた。
取りあえず、オリジナル主人公その2のプロローグです。早く原作主人公のブロローグも書かなければ……(-_-;)