IS【Three Heroes ~白・黒・灰~】 作:オブライエン
――――彼女の願いを叶えると、ずっと一緒にいると約束した。それが自分の下した違える事のない決断だ。
その夜、ギリシャ軍国防基地にあるメッセージが送られてきた。至極短い文にはこう記されていた。
『――貴官達は、我らの敵か?』
20秒。
それがこのメッセージを受信してから国防基地が陥落するまでの時間だった。
襲撃者はIS一機。防衛設備を破壊し、己が道を阻むものだけを排除した不明ISは、過分な破壊は全くしようとしなかった。離脱する者があるとすれば見逃したし、基地内の居住スペースへは一歩も踏み出しさえしなかった。それは、この基地占拠がただの手段に過ぎず、目的が更にその先にあることを示している。
そして、銀色のISはごく短い要求を、メッセージをギリシャ軍に突き付けた。
――我らの敵はどこだ?
ギリシャ国家代表、アガシャ・フリンビキは自身の専用機である第三世代ISアテランテを駆って襲撃された国防基地まで急行していた。国防基地を選挙した襲撃者の撃破、もしくは捕獲の命令が彼女に下されていたが、内心彼女は不安にかられていた。
「防衛部隊が全滅……それもたった20秒でなんて……」
国防基地には対IS戦を前提とした兵器や対IS戦の訓練を十二分につんだ熟練の兵士達がいた。平均的なISならば十分撃退できる戦力が揃っていたはずだ。それをたった20秒で全て撃破するとは並の相手ではない、少なくとも自分だったら襲撃者と同じことが出来るとは到底思えない。
「だけど……引くわけにはいかない…!」
占拠された基地にはまだ多くの仲間達と一般人がいる。必ず助けださなければならない。そして、自分は国家代表。国と民を守る最後の砦。正体不明の襲撃者如きに遅れをとるわけにはいかない。
「これは……」
辿りついた国防基地の有様は墓場のような有り様とはまた違う。国防基地は異様なまでに静かだった。最低限の、最小数の、「道を阻むもの」だけを破壊しているというような。基地に転がるパワード・スーツや戦車の残骸は、いやに数が少ないだけにかえって凄惨な感じがした。
それは最小限の撃破であるが故に、残骸はある一定のラインに沿って転がっているようだった。
道のように。
「北にISの反応が一つだけ……待っているぞってことね」
北――パワード・スーツや戦車の残骸が示す方角だ。
スラスターを吹かして、闇に黒々と横たわるそれらを飛び越える。ISの速度をもってすれば基地施設を突っ切るなどすぐだった。基地北側。そこにあるのは施設の総面積の三割を占める広大な演習場だ。
柵を飛び越え、強化コンクリートに固められた広大な演習場に足を踏み入れる。主にISの使用を想定したこの演習場は直径数キロにも渡るほど広く、関連施設はすべて外周にのけられているため、使用されていない今訪れると奇妙なほどに広く感じられる。転々と転がるパワード・スーツと戦車は今だに黒煙を吹き上げ、平らにならされた敷地と同じく月光を浴びている。
そして、アガシャは気付いた。
演習場の中心に一機のISがいる。
「……!」
思わず立ち止まった。
その影を地面に投じるISは、まるでオブジェのように微動だにしない。
その姿はまさしく白銀の獣王だった。
頭部は、獲物を噛み砕く肉食獣の牙を模した意匠と雄々しい鬣(たてがみ)のような金色の放熱索を持ったフルフェイスヘルメット。両腕を覆う生物的な丸みを持った巨大な手甲から伸びる通常のブレードの三倍以上の厚みを持つ鉤爪状のブレード。月光を受け美しい光沢を放つ白銀の装甲に走る金色のラインが、獣性の中に隠れる神性を演出している。胸部に埋め込まれた何らかの装置であろう、獅子座の軌跡を描く九つの宝玉からその身に宿る膨大なエネルギーを吹き出させていた。
そして、最も目を引いたのはその肩に刻まれたエンブレムだ。
「数字に……髑髏のライオン?」
骸骨の獅子と『Ⅰ』の数字。軍属であるアガシャにも見たことも聞いたこともない形状のエンブレムだ。所属不明組織のISである証拠――間違いない、奴だ。
「貴方ね、この基地を……そして、私の仲間を大勢殺したのは!」
アガシャは愛用の一対の短槍と長槍カリュドーンを展開して、気迫と共に獅子座のISに突きつける。国家代表の全力の殺気を受けても獅子座のISは変わらず微動だにしない。否、ゆっくりと瞳――蒼いデュアルアイセンサーを開き、アガシャへと向けた。
そして、言葉を発する。低く良く通る『男』の声だった。
「貴方は、我々の敵か?」
「お、とこの声!? そんなことがある筈が!?」
男が操るISなどあり得ない。なぜならISは女性にしか使えない。唯一の例外である日本人の少年『織斑一夏』を除けば、この世界に男性IS操縦者は存在しないはずなのだ。なら、目の前にいるのは何者だ。動揺するアガシャを尻目に獅子座のISは再度同じ言葉を口にする。
「もう一度聞く、貴方は我々の敵か?」
「……っ! 何を言っているの今更っ」
変わらぬ獅子座のISの態度にアガシャは思考を切り替える。目の前にいる相手が何者であれ、基地を襲撃し仲間を殺した『敵』であることに変わりはない。そう思えば、相手のとぼけた態度に怒りが湧いてきた。
「仲間を殺した貴方は、間違いなく私の敵よ!」
裂帛の気迫と共にアガシャは獅子座のISへ向けて一直線に突撃する。アテランテの背部装甲が展開し、コイル状のパーツが現れた。それこそが第三世代ISであるアテランテが持つ第三世代兵装だ。コイルが高速回転を始め、紫電を放つ。その次の瞬間、予備動作無しで真横に鋭角に飛んだ。
アテランテが持つ第三世代兵装の能力『磁場跳躍』を持ってすれば、予備動作ほぼ無しの鋭角軌道も容易だ。連続での直角軌道で瞬時に獅子座のISの死角に入り込み、空間を穿つような突きを放つ。
――――殺った!
国家代表の名に恥じない、タイミングも速度も完璧な会心の一撃だった。それを――
「敵、か。――感謝する」
それを、獅子座のISは見向きもせずに、軽々と手甲で受け止めた。
びくともしない。体制は全く変えずに、アガシャの方を見てすらいない。ただ、腕を掲げて突きの軌道に置いただけ。それだけで第三世代を駆る国家代表の全力の一撃を子供の拳を受け止めるかのようにあっさりと防いだ。
「そ、んな」
あまりの出来事に呆然となるアガシャ。だが、すぐに背筋に冷たいものを感じて正気を取り戻すことになった。
此方を見た。頭だけを動かして獅子座のISが、蒼いデュアルアイセンサーで硬直するアガシャを見捉えていた。その視線は人の物とは思えなかった。それこそまるで、この地上の数多の獣達の頂点に君臨する獣王である『獅子』のような――――。
――瞬間、獅子に喉を噛み千切られ絶命する自身の姿を幻視した。
「~~~~~~~~~!?」
本能的な恐怖からアガシャは磁場跳躍を用いていて弾けるように全力で真後ろに飛んだ。逃げなければ幻視した通りになると直感していた。敏捷性に特化したISでの国家代表の全力の逃走。みるみる二人の距離は離れ、アガシャは演習場の淵までたどり着いた。それでも獅子座のISから視線は外さなかった。それは恐怖からの行動でもあったし、何があろうと敵から目を外してはならないという戦士として判断でもあった。
すると獅子座のISが奇妙な行動をとりだした。腰を沈め、右肩がアガシャと正対するほど大きく体を捻り、左腕を掲げた。至極分かりやすい単調な上段からの振り落しの構え。だが、獅子座のISがいるのは演習場の中央、アガシャがいるのは演習場の淵だ。誰がどう見ても完全に間合いの外である。
だが、その常識に当てはまらないものが、存在した。
ただの意匠だと思われたヘルメットの牙が大きく開き、獅子の咢へと姿を変える。そこから放たれた咆哮は、人間の物と認識するにはあまりにも暴虐的で、破壊的だった。そして、振り落された一撃も。
「GUUURAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!」
全ては一瞬だった。予想も、反応もできなかった。形容しがたい咆哮と共に演習場の中央から演習場の淵にいたアガシャの目の前に瞬間移動(・・・・)した獅子座のISから振り落された一撃。それを受けたアガシャは強化コンクリートの地面に叩きつけられる程度では済まなかった。
あまりの衝撃に一瞬で意識を刈り取られ、身に纏っていたアテランテは原型が無いほどに粉々に砕け散り、叩き付けられた衝撃で砲撃にも耐えるはずの強化コンクリートが爆散して巨大なクレーターを作り出した。
獅子座のISの展開した口から膨大な熱と蒸気を吐き出され、鬣状の放熱索が排熱によって金色に発光する。倒れ伏し、血を流すアガシャを見下ろす。見たところ重傷ではあるがISの持つ絶対防御の恩恵で命だけはなんとか無事のようだ。それを確認すると獅子座のISは、アガシャから視線を外し、視線を星空へと向ける。
「――任務完了だ、アンジー。回収を頼む」
回線を開き、自分たちの司令官と通信を行う。返ってきたのは、ひどく機械的な年若い少女の声だった。
「了解しました、NO.1(レオ)。三分後に其方に到着します。合流後、貴方は別命があるまで休眠任務に入ってください」
「了解した」
獅子座のIS――レオは事務的な返事をして回線を切断して、ISを待機状態に戻す。全身の装甲が光の粒子になって姿を消すと、そこには背の高い男の姿が残った。
汚れ一つない白い軍服を纏った歳は二十代後半頃。色の薄い金髪に、肉食獣のように鋭い碧眼。軍服の肩にはISのエンブレムと同じ骸骨の獅子とIの数字の刺繍があった。
レオは、暫く無言で星空を眺めたのち、倒れ伏すアガシャを見下ろした。彼女は、レオにとって脅威とはなりえなかった。短い戦闘であったが彼女の思いも信念も理解できた。それに対して敬意も抱くが、自らが全力で戦うに値する『敵』として認識することは出来なかった。
想う。
終わりなき戦いに身を落とした自分とその仲間達。そして、あの幼き司令官の未来に想いを巡らせる。
武装組織『黄道十二使徒(ゾディアック)』隊長、NO.1獅子座(レオ)は一人呟いた。
「――――我らの『敵』はどこだ?」